海水浴デート中の女子高生(リョガサエ+千石に遭遇) <前編>


 ただ今私は彼氏と、千葉の九十九里浜でデートしてますv 初めてのお泊りデートv どきどきvv
 にしてもやっぱ、デートスポットっつったら湘南じゃねえの? 彼氏にもそう言われました。それでも九十九里を選んだ理由は〜―――(ドコドコドコドコ・・・)
 ――――――安かったからぁ〜!!! ・・・ではありません。
 ちょっとした楽しみがあったりしたからなのですv





△     ▽     △     ▽     △






 「ふへ〜。あち〜」
 「疲れたね〜」
 目いっぱい泳ぎまくって・・・いたのは私だけで、彼氏は「海の男っつったら日焼けだ!」とかホザいて日光浴してたけどね。まあロクに運動してないなよなよ大学生だもの。文句言っちゃ可哀想よね・・・・・・お昼ちょっと前に、たまたま近くにあった(強調)海の家に入った。
 適当に混んだ店で、席を探す振りして店内確認。―――あ、いたいたvv
 「いらっしゃ〜い」
 笑顔で声をかけてくれた店員さんに、私も笑顔で応えた。
 「今日は〜。2人なんだけど、席あります?」
 「ああ、こっちが空いてますよ。どうぞ」
 「ありがとう」
 案内してくれた彼こそが『ちょっとした楽しみ』。
 『サエ君』ってみんなに呼ばれてて私もそう呼んでるんだけどね、銀髪で背はそんなに高くないけど体つきがスリムで―――っていっても彼氏みたいに脂肪もないけど筋肉も無いガリガリ君じゃなくって、多分何かスポーツやってんだろーな〜って感じの体型―――、笑顔が爽やかで優しくって気配りも細やかv 1ヶ月前友達と遊びに来て、一緒に
Fanになりましたvv
 え? 彼氏はいいのか、って? いいじゃない別に(暴言)。世の中の恋人夫婦が相手しか見ないんじゃ、芸能界なんてあっさり衰退でしょ。テレビで出るスターの
CD買ったり、街ですれ違う人を目線で追ったり、つまりはそんなものよ。実際サエ君はこの海の家の―――どころかここら辺一体のイケメンアイドル状態。今ここにいる客らの何割もが彼見たさで入ってたりするのよね。おかげでカップルで来た人は・・・・・・2人で盛り上がってたり。ここがサエ君の凄いトコよね。ふつ〜男は彼女が別の男見てたりしたら腹立てないのかって思うけど、男女両方魅了しちゃうし。
 ・・・・・・あ、彼氏機嫌悪そうだわ・・・。
 「ご注文何にします?」
 「焼きそばとソーダ!」
 ガン飛ばしながら注文を並べる彼氏。器ちっちゃ・・・・・・。
 逆にこっちは全く崩れない笑みのサエ君。う〜ん。この位で怒ってちゃ店員なんて勤まらないか・・・。
 「そちらは?」
 「えっと、じゃあ〜・・・
  カキ氷と私もソーダ下さい」
 メニュー表を見て言う私に、
 こつこつ
 「?」
 頭を何かで軽く叩かれ上を向く。注文表を持っていたサエ君が、笑って口を挟んできた。
 「思いっきり泳いだ後は何かちゃんと食べないと腹減りますよ?」
 「え? 何で知って・・・?」
 「『禁止区域ぎりぎりのブイまで泳いでいった女の子がいる』。朝から3回もそれで呼び出されましたよ」
 「あはは・・・・・・」
 目を逸らして笑う私。実は先月私はそれで彼に『救出』されてたり。ついつい海は広いなおおき〜な〜♪と調子こいて泳いでたらあっさり遊泳禁止区域到達。こっちは手前の安全圏で泳いでた友達が焦りまくってそばにあったここに助けを求めて。何も知らずに泳いでたら彼が来てくれたのよね。やっぱこっちも泳いで。
 それで救助されるのも恥ずかしすぎるから「大丈夫です!」って断って自分で戻ってきて。今考えるとせっかく善意で来てくれた人にすっごい失礼な事したな〜って感じだけど、友達とお礼言いに行ったらサエ君は特に怒るでもなく、こんな風に頭こつこつって叩いて「ブイより先は危ないから行かないように」って教えてくれた。
 後で聞いたんだけど、なんでごく普通の店員さんなサエ君がわざわざ直接助けに来てくれたのか。人呼んでボートで来たほうが確実かと思ったんだけど、それやるとむしろ時間かかるしこれだけ人が多いとモーターボートなんかは使いにくいしね。なら直接来た方がいい、と。周りもそんなワケで結構サエ君に頼ってるみたいだし、実際この海の家の前には ≪困った時はお呼び下さい。何でも承ります1回
100円で≫ とか書いたのれんが掲げられてた。泳ぎの速さも物言ったんだろーなあ。ついていこうとしたけど全っ然ムリだった。男女関係なしに大抵抜けるんだけどなあ・・・。
 「んじゃあ、焼きそばとアメリカンドック追加!」
 「『追加』?」
 「もちろん前の注文にプラスでね」
 「・・・食べ過ぎじゃないですか?」
 「いいもーん。動いて痩せるから。そういう事でよろしく!」
 「はいはい」
 苦笑しながらサエ君が去っていく。やっっっぱ爽やかな人だな〜・・・。
 「・・・・・・オイ」
 「ん?」
 「お前何だ? あの店員に色目使いやがって」
 ・・・・・・・・・・・・。
 うわどーしよ。アレで『色目』だって。使えるワケないじゃん。『アイドル』にそんな事したら即行袋叩きだっての。
 「ま、まあホラ、せっかく注文取りに来てくれたんだからさ、ちゃんと愛想よくしとかないと」
 「そりゃ俺に対する嫌味か」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 疲れた。
 でもま、ここで仲違いしちゃったりするとせっかくの(彼氏持ちでの)お泊りがね。こんなので怒るのも大人げないし(ってそれこそ嫌味か・・・)。
 「それにね、愛想よくしとくとサービスで来るのが早くなったりするかも―――」
 「お待ちどーさまっした〜」
 『早ッ!!』
 ばっ!と振り向く。さすがにこの短時間で用意されたのはソーダとカキ氷だけだった。
 それらを片手(もちろん盆に載せて)登場してきたのは・・・・・・サエ君じゃあなかった。
 にこにこ笑顔で置いていく、多分未成年だろう少年。こっちは背も高くて、濃い緑色なんていう珍しい髪。やっぱ鍛えてるんだろーなあっていうのは、Tシャツやハーフパンツから覗く引き締まった手足で伺えた。・・・・・・筋肉フェチじゃないので悪しからず。
 その人をじっと見る。知らない人だった。友達と来た時は2泊3日。フルで遊びまくって、おかげでここの店員さんの顔は全部わかっていた。
 ・・・・・・のに。
 彼の方でも気付いたらしい。こっちをじっと見てくる。あ、彼もカッコいい・・・vv
 にっと笑い、
 「いきなり俺にナンパ? 随分積極的だね〜」
 「えいやあのそうじゃなくって・・・
  ・・・最近入ったんですか?」
 首を傾げる私に、彼はどこからともなく取り出した扇子・・・なんでこんなモノ持ってんだ? 団扇でいーじゃん・・・をバッ!と広げ、
 「あやっぱ俺都会ちっく? 洗練された雰囲気を敏感に嗅ぎ取るとは君もやるねえ。どう? そんな俺と」
 「えっ・・・と・・・・・・」
 どうしようこの人。
 話し掛けてしまった事を真剣に後悔する。この調子で何かが来そ―――
 「はい仕事はしよーなリョーガv」
 ごすっ・・・
 ―――後ろから歩いてきていたサエ君の、立てた盆による一撃がきた。・・・そういう『何か』じゃなかったような気がするんだけど。
 倒れた彼―――リョーガ君と言うらしい―――の上でサエ君が盆を戻す。まるで魔法のように、上から皿と中身が降ってきた。跳ね上げてその間に殴ったらしいけど・・・・・・面妖な。中身が全く零れていない。
 ぱちぱちぱち!!と惜しみない拍手に笑顔で応え、サエ君はテーブルに注文を置いていった。
 「はい、焼きそばとアメリカンドックお待たせしました」
 「あ、どうもありがとう」
 2つの意味で礼を言う私。多分悟ってくれただろう彼は、軽く手を振り倒れたままのリョーガ君を回収して去って行った。
 (は〜助かった〜・・・・・・)
 心の中で汗を拭う。前にいた彼氏は――――――完全に腹を立てていた。





△     ▽     △     ▽     △






 もくもくと食事が続く。『黙々と』であり、『モクモクと』―――『モグモグと』か―――であり。とりあえず私たちは無言で食事をかっこんでいた、と。
 注文が全部来たのでもう『邪魔(彼氏視点)』は来ない。ちらっと周りを見てみると、リョーガ君も本気でナンパしてたワケじゃないみたいで、どうやらあれは彼のリップサービスだったようだ。他の客ともいろいろやってるし、慣れた人は「やっだも〜リョーガ君ってば〜」と軽〜くいなしてる。やれやれ焦っただけ無駄だったらしい。あ〜あ。せっかくのおしゃべりチャンスが・・・・・・。まあサエ君に助けてもらったのは嬉しいけど。
 食べてると・・・
 「あ〜? 随分繁盛してんじゃねーの」
 「こーんなトコのどこがいいんだか」
 「お、けっこーイイ女いんじゃねーか」
 ・・・といった感じでガラの悪いあんちゃん達5人が入ってきた。
 「きゃっ―――!」と吸い込むような悲鳴を上げ逃げていく何人か。さすがに本当に出てしまうと食い逃げになるためか、あくまで逃げるのは店の端っこくらいにまでだが。
 それらを無視して、私はまだ黙々もぐもぐと食べ続けていた。何かいろいろあって腹も立ててたしどうせ客その1にまで絡んだりはしないだろう。それ以上にここで逃げてしまうとせっかくのお昼が・・・!!
 そんなワケで食べていて、
 ―――異変に気付いたのは目の前が暗くなってからだった。
 アメリカンドックを口に突っ込んだまま顔を上げる。いかにも『人を脅すのが大好き!』な人らが、なぜか私を取り囲んでいた。
 「うぶ?」
 「よーおねーちゃん。随分景気いい食いっぷりじゃねーの」
 「俺らほっとかれてサミシーんだけど」
 咥えたまま周りを見る。全員の視線がこっちに注目していた。私除いて。
 アイスじゃないんだから口に入れたものをそのまま出すのもマナー違反。しっかり噛み切りぐむぐむごくんと飲み込んでから、私は改めて声をかけてきた男らを見た。
 「だってお腹空いたし」
 至極当然の事を返す。なんかそれだけだと不満だったらしい。男らは顔を引きつらせた。
 「ま、まあ無礼もそれ相応の詫び入れりゃ俺らは許してやるけどよ」
 「無礼?」
 (何かしたっけ?)
 呼ばれる前に顔を上げた。質問にはしっかり答えた。口の中に物が入った状態では話さなかった。
 しっかりと考える。首を捻り眉間に皺を寄せ。
 (―――!!)
 私はパンと手を打った。びびった男らに指を突きつけ、
 「会話の基本は挨拶と自己紹介!! アタシとしたことがしまったあ!! すっかり忘れてたわ!!」
 「違げえ!!」
 頭をぺしりと叩き己の無礼を謝る。こういう事をやるから私は人に紹介される際『落語家の娘』と必ずつけられる。ちなみに正解は『ホテル王の娘』だからびっくりだ。この程度の相手は見慣れてるからどうって事なかったり。脅すのだけは一人前だけど、実際何か出来る筈もない。ホントに出来るならむしろこのような安っぽい脅しはかけない。
 「何? 違うの? じゃあそういう事で」
 「お、おう・・・」
 軽くお辞儀をして今度はカキ氷へ。みぞれにつき透明なままのそれをしゃくしゃく崩してスプーンではくり。くくぅっ! この冷たさがなんともまた!!
 「・・・ってオイ!!」
 スプーンを咥えたまま目をぎゅっと閉じる私に、今度こそ本物の『邪魔』が入った。ちっ。人がせっかくこの冷たさを堪能してる時に!!
 「テメーいい度胸じゃねえか!!」
 「こっち向けよおらあ!!」
 「――――――!!!???」
 怒った男らが私のパーカーを掴み上げる。本当ならそれで顔を近付け凄みを効かせるつもりだったんだろう。が・・・
 ・・・・・・ものを咥え途中の状況でそんな事をやられれば、陥る結果はただひとつ。
 「ぐえほっ!! げほっ!! がはっ!!」
 ばんばんばんばんばんばんばんばん!!!!!!
 私はスプーンを喉に詰まらせ白目を剥いて咳き込んだ。おぞましい光景に男らが引いていった。
 「だ、大丈夫!?」
 「ホラこれ飲んで!!」
 慌てて介抱してくれる・・・・・・隣の席に座っていたカップル。前回に続き、今回もまた人の温かさに触れる良い旅だった・・・・・・・・・・・・。
 暫し会話不能となった私に代わり、男らは彼氏に話し掛けた。
 「テメーこの女のコレか?」
 ・・・こう尋ね、今時小指を立てる人が存在するとは思わなかった。咳き込みが益々激しくなる。
 そして彼氏―――あくまでこの人は私の『彼氏』強調するけど―――は、
 「いえいえ全然そんな事ないですよ?」
 ――――――かように私をあっさり見捨ててくだされた。
 さっきのサエ君を再現するかのような爽やかな笑みで言い切る彼氏ああ
彼氏さ。その役者顔負けのナチュラル否定は、咳き込んでなかったら拍手を送りたいものだった。
 「そ、そうか・・・・・・?」
 あまりの綺麗な見捨てっ振りに、さすがに男らもたじろいだ。
 「だがてめーら2人で来たんじゃねーのか?」
 「別に友達でもアリでしょ? どーしても来たいっていうから連れてきてあげただけですよ。お金ないみたいだから俺持ちで」
 「そーかそーか貧乏は辛いなあ・・・」
 「お恵み施してやるたあテメーもいいヤツだなあ・・・・・・」
 なぜか感動されてしまった・・・。まあ今の説明は間違ってはいなかったけど。
 「んじゃそんな美談に免じてお前は許してやるよ」
 「この女置いてったらただで出してやるぜ」
 「ああそうですか? では」
 すたすたと出て行かれてしまった・・・・・・。咳き込みは収まったがさてどうしよう。
 男らが戻ってくる。距離がでもあり表情がでもあり。
 「ハハハハハ! あっさり見捨てられたぜ!?」
 「んじゃ、テメーは俺らと一緒に行くよな!?」
 「俺ら金持ちだぜ? アイツと違って優しいしよ」
 選択肢―――@.ついていく。A.開き直る。B.誤魔化す。C.あくまで逃げる。D.もうちょっと食べる。E.いくら持ってるのか訊く。F.逆切れする。G.・・・・・・
 いろいろ悩み、とりあえず悲鳴のひとつでも上げてみようかと(大声で叫ぶのはストレスの解消にもなるし)息を吸い込んだところで、
 すこけーん!!
 「ぐはっ!!」
 男の1人が、後ろから(男からは前からか?)飛んできた『それ』に頭を打たれ倒れた。
 (あれは・・・・・・)
 水泳やってる私に何で必要なのか訊かれるけど、なぜだか私は動体視力が良かったり。飛んできて男の頭で跳ね返ってくるくる回る間にその正体を見極めていた。
 それは閉じられた扇子だった。つい先程見たばかりの。
 「て、テメー!!」
 「何しやがる!?」
 男らが私の後ろを見る。席があり、レジがあり、その奥には厨房があり・・・
 そこから、扇子の持ち主である彼が悠々と・・・飄々と進み出てきた。うっわ・・・。近いとはいえ5m以上離れてこんなに正確に投げるんだしかも扇子。
 「お客さ〜ん。店内で騒ぎ起こすの止めてくんねえ?」
 正面きって言い切るリョーガ君。笑ってるよ馬鹿にしてるよ逆上させ振りじゃ私ゃ到底及ばないよ。
 「なっ・・・!!」
 「テメー!! たかがバイトのクセして!!」
 まあ、ごく普通に男らも怒った。気にせずリョーガ君が腰を屈める。落ちた弾みにちょっと開いた扇子を拾い、自分を指すようにとんとんと胸を叩いた。
 「そ。俺は『たかがバイト』。店内で騒ぎ起こされたりすると即座にクビになるしがないバイト。よくわかってんじゃねーか」
 「だったら―――!!」
 引っ込んでろ!! ・・・とでも言うつもりだったっぽい。その言葉は、パシリと閉じた扇子の音に遮られた。
 「脅して楽しいだけのてめえらと違ってこっちは生活かかってんだよ。だから―――
  ―――本気でいってもちろん文句はねーよなあ?」
 ばきっと音が鳴った。適当に下げられてたリョーガ君の指の音。雰囲気に当てられ、しん・・・と静まり返った。
 少しでも頭の中身がある人なら引いただろう。男らは、頭はないが安っちいプライドはあるらしかった。
 「ざ・・・ざけんなよ!?」
 「そー言われて誰が引くか!!」
 「あっそ。ならとっとと来いよ」
 「・・・は?」
 呆気に取られる男らに、リョーガ君は軽く肩を竦めてみせた。
 「別に俺は『引け』なんて言ってねえだろ? むしろかかってきてくれた方がこっちも被害者ヅラ出来ていーんだよな。ホラさっさと来いよ」
 くいくいと指招き。自分から吹っかけといてなんといい加減なという感じだけど、ここまで正面きって肯定されるとむしろ行きづらいのが人情である。
 とまどう男らをさらに煽るように、リョーガ君はへっと笑った。
 「大体さっきっから聞いてたけどよお、おたくらナンパはとことんド素人だなあ。その気なしってわかったら引くモンだぜおっさんら?」
 「誰がおっさんだ!!」
 「アンタら」
 うお即答。扇子でビシリと差され男らがパクパクやっていた。
 「脅さねえと女の子1人モノに出来ねえ。こりゃ立派におっさんの証拠だぜ? ノリはアレと一緒じゃねーか。部長だの課長だのがお茶汲み
OLに手ぇ出すヤツ。まあ俺がそーいう立場だったらぜってーヒールで股間踏み潰して二度と使いモンになんなくなるようするけどな」
 うわ〜・・・。私より過激な人発見。ちなみに私は触ってきた痴漢、よろける振りして肩脱臼させましたv 本格的に怪我させると治療費請求させられるからねv
 「女の子〜・・・には限んねーけど、ごくふつーに接してりゃ応じてくれるもんだぜ? こんな感じでな」
 言いながらリョーガ君は私の顎を持ち上げ、軽く唇を合わせてきた。一瞬の早業。気がついた時にはもう離れていて。
 「な?」
 きょとんと見上げる私を指し示し笑うリョーガ君。私は何か・・・・・・会話するのと同じくらいの軽さでされたキスにどきどきもへったくれもない感じでぽりぽり首筋を掻いてみたりした。『都会ちっく』とリョーガ君は自分を指して言っていたけど、多分田舎都会じゃなくって住んでた国そのものが違うんだろう。口と口はあまりないが、今のは完全に挨拶のキスだった。
 ・・・・・・私は慣れてるからいいけど、妙な(というか一途な)子にやると誤解されるような・・・。
 実際周りは騒いでいた。そして―――
 どごすっ!!
 「うごっ!!」
 「はーいお客様に手は出さないたかがバイト
 今回もまた、いつの間にか後ろから来ていたサエ君が盆で容赦なくぶっ叩いた。
 「ってーな!! 何しやがる!!」
 「そーいうバイトは即行クビだなあ」
 「あ、ごめんなさいすいませんv ちゃんと頑張りますんで置いてやって下さいvv」
 (うあ・・・。へたれ万歳)
 さっきまでの冷酷さとかそこら辺完全に無にして、リョーガ君はサエ君にきゅいんきゅいんと泣きついていた。
 サエ君はそんなリョーガ君ににっこりと微笑み、
 「さって店長に報告報告。給料日明日だったけど今日クビになるんならいらないよな?」
 「俺の生活費があああああああ!!!!!!!!!!」
 ・・・どうやら彼の先程の台詞は煽りでも何でもなく本音だったらしい。いやあ。世の中大変な人は多いようだ。
 もがくリョーガ君をずりずり引っ張り・・・・・・サエ君はぴたりと止まった。どうやら仏心を出したらしい。
 「んじゃ、全部もみ消しといてくれ。今日の責任者俺だから。そしたら店長には報告しないでいてやるよ」
 おおっと出ました責任逃れ!! 一見リョーガ君に有利なようでいてその実最高に得するのはサエ君! 自分が責任持ってる日にトラブル発生なんていったら大問題だもんね!
 「おっしゃ了解任しとけ!!」
 ばっ!と扇子を開き扇ぎながら言うリョーガ君。開かれた状態で初めて見るけど・・・・・・なんで『平和』?
 ぱしっと手に打ち付け閉じ(・・・開く意味はどこにあったのかしら?)、リョーガ君は男達の方へと戻っていった。一息で。
 (なぬっ!?)
 面妖な人2人目発見。ビーチサンダルがざりっと砂を掻き分ける音がした時には、既に残り4人中3人が倒されていた。
 屈めていた身を起こしながら、リョーガ君がにやりと笑った。
 「さって、後はてめえだけってか」
 「ひっ・・・!」
 呻くラストの男。じりじりと下がり・・・
 (ええ〜っ・・・!?)
 ・・・なぜか私の腕を掴んで無理やり立たせた。
 「これ以上近付くな! この女がどうなってもいいのか!?」
 (それは銀行強盗犯の台詞じゃないの!?)
 いやまあ他の場面でもいろいろ使えると思うけど。
 そんな私たちを見て、さすがにリョーガ君も止まった。ここでのセオリーはおおむね3つ。
 1つ、そのまま私は連れて行かれる。・・・却下。金払ってないし。
 2つ、人質が直接犯人を倒す。別に構わないけどそれをやるとせっかく頑張ってくれてるリョーガ君に水を差すような気が・・・。
 そんなワケで、私は3つ目を選ぶ事にした。即ち―――
 ―――人質のとっさの機転で隙が出来た犯人をヒーローが倒す。
 後ろから抱きつかれた場合出来る反撃法。頭突きを食らわす・腕に噛み付く・顔面に裏拳・後ろに倒れこむ・鳩尾に肘鉄・弁慶の泣き所を蹴る・足を踏みつける・スプーンで目潰しエトセトラ。
 押さえ方が甘すぎるおかげで出来る事が多すぎ、さてどれにしようか悩んでいたところ・・・
 「―――これより指一本動かしたらお前の命は無いと思え」
 びくぅっ!!!
 底冷えする声に、私は硬直した。ただのチンピラ風情と思っていたのにこの殺気はプロ――――――いや待て。
 「ゆっくり手を上に上げろ」
 囁きを合図に、拘束していた?手がそろそろと外された。
 害の加わらないよう安全圏までゆっくり歩き、そこで振り向く。その先にいたのは、逆に男を拘束する―――訂正。男の後ろに立ち肩に軽く片手を置くサエ君だった。
 どうやら先程の声、私にではなく男に言っていたらしい。2人の耳が近くにあったから、同時に私にも聞こえたようだ。多分他の客にも聞こえてはいない。なにせ・・・・・・
 振り向いた時には、サエ君から発せられていた殺気は見事に消え去っていた。いつもどおりの爽やかな笑顔で、
 「お客様、先程から何度も注意申し上げているのですが、聞く耳はお持ちですか? 理解する脳は?」
 笑顔のまま、サエ君は男からよく見えるよう―――そして他の客からは死角になるよう―――ゆっくりと移動していった。
 「騒ぎはお控え頂けないでしょうか? 特に他のお客様を巻き込まれるというのは、こちらとしても失礼ながら口を挟まずにはいられない問題でして。
  その旨に関してはそっちにいるバイトが何度もお伝えしましたね? ああこのバイトの無礼はお許しください。『忠告』をする前に『警告』をしてしまいました」
 ・・・・・・彼曰く、手を出す事を『警告』というらしい。さてでは『実践』というか『処罰』というか、その辺りの時は何をやるんだろう・・・?
 目に見えてガタガタ震える男。サエ君の表情は見えないけど―――間違いなく笑顔だろう。
 笑顔のまま、今まで下に下ろしていた左手を上に上げた。曲げた指の間に尖った串を挟み、あたかもそれが指だと言わんばかりの手を。
 「ですが、どちらもお受け取りになりましたよね? それでもなお無視されるようでしたら、こちらはあらゆる方法でお止めしますのでその点お忘れなく。
  ―――ああそうそう、私はここのバイトを始めまだ2年目ですが、得意なのは眼球の串刺しです。もちろん片方残しますので、どうぞお好きなだけご鑑賞下さい。なかなか乙なものですよ。自分同士で見つめ合うというのは」
 「ぅわああああああああああああああああああああああ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁ」
 ・・・あ、男が失神した。
 「・・・つーかお前、料理店でそういうグロい解説は止めろよな」
 うん。私もそう思う。
 顔を覆って項垂れるリョーガ君に、私も助けてもらって何だが口を軽く押さえた。小声で囁いてたからまあ他の人には聞こえてないだろうけど・・・・・・。
 振り向くサエ君。もちろんその顔は笑っていた。
 「ははっ。何言ってんだよお前。ちょっとした冗談に決まってんだろ? 夏っぽく怪談風味で」
 「めちゃくちゃ現実だったよな・・・・・・」
 ボヤくリョーガ君に、やっぱ私も頷いた。





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 その後、全部食べ終わってお金払って(しくしく)私は店から出てきた。男たちは軒先に干されていた。・・・・・・あんまいいダシは取れなさそうだ。
 それをじっと眺め、さてこれからどうしよう・・・などと物思いに耽っていると、
 「よっ、もう食い終わったか?」
 そんな言葉と共に、ぽんと肩を叩かれた。
 振り向く。もちろんかの『彼氏』だった。何事もなかったかのように声をかけられた。
 (う〜わ〜。この人どーしよ)
 テレビや小説の中ではいるものだ。寛容な人、広い心の持ち主というのも。きっとそういう人なら許すのだろう。「だって人数も多かったし、仕方なかったのよ。彼だって悪気があったんじゃないわ! 不可抗力だったのよ!!」
 ・・・・・・考えて寒気が走った。やっぱ私にはムリだわ。
 そんなワケで、
 私はその中でも最も寒気が走ったものを実際やってみた。
 「怖かった〜〜〜!!」
 叫んで泣きつく。自分に山ほどツッコミ入れたいのをぐっ!と堪え、薄っぺらい胸板にすりすり。ちょっとマーキングする動物を思い出す。
 ちらっと見上げると、彼氏はよしよしといった感じで抱き締めてきた。うあここは絶対零度下か!?
 ぞぞぞぞぞ〜〜〜と立った鳥肌は必死に無視し、上目遣いで見上げる。
 「もう、ひとりにしないでね」
 ・・・目が潤んでいるのは、こんなクソ寒い芸をする自分に対する哀しさだろう。頑張れ私。負けるな私。あと一歩の我慢だ!!
 「当たり前だろ!? 俺がお前置いてくなんて事あると思ってんのか!?」
 (つい5分ほど前にありましたが)
 言いたいのをぐぐぐっ!!と堪える。それを言い出したら今日1日むしろ一緒にいた時の方が少ない!! 9割方私が彼氏置いていったからだけど!!
 親指で目元を拭われ、そのままキスされて。さっきのリョーガ君のは何も感じなかったけど、今度は不快感しか感じない。あーあ。ふぁーすとちゅうがリョーガ君でつくづくよかった・・・。
 へへっと顔面神経痛寸前の笑みを浮かべ、
 「じゃあ泳ぎに行こう!!」
 「ああ!」
 私は彼氏の手を取り海へと突入していった。





 
10分後。
 「た〜す〜け〜て〜く〜れ〜〜〜!!!」
 (よし)
 遠く離れた遊泳禁止区域でじたばたやってる彼氏を浜辺で見送り、私はぱんぱんと手を叩いた。



―――後編