跡部と付き合うようになった、ごく平凡な女子(跡部に遭遇) <前編> *跡部といい仲になれます
全くもって不思議な事なんだけど、私は今かの跡部様とお付き合いをしている。どの位不思議かっていうと、私は別にミスほにゃららに選ばれるほどの美人でもなければ勉強も運動もからきしダメ。家柄も普通なサラリーマンの娘。資産はまあ・・・ローン地獄からかろうじて逃れたほんのちょっぴりをちびちび貯めてる位? いや自分で稼いでもいないクセに文句言うなって両親には怒られそうだけど、まあ中学生がヘタなバイトやると怒られるしねえむしろ雇った側が。
話を戻して性格面? 明るくって人を笑わせたり、逆に真面目で頼りになったり。そんな事は絶対無い保証する。まあ人に笑われるのは得意だけど。強いて言えば―――どころか無理やり捻り出せば―――頑張り屋といったところ。ただしこんなものが通用するのは履歴書の文面だけだろうし。
ますます疑問だ。顔良し見た目良し頭脳明晰スポーツ万能家柄も良くお金持ち、あえて欠点を挙げるなら性格といったところな跡部様が私と付き合うようにした理由というのは。・・・ああ、普通『性格に難有り』というとみんな引くか。私も「男は見た目じゃないわ中身よ!!」を公言としており、跡部様もテニスの腕等に魅了されはしても人としてはどうかな〜・・・とか思ってたりしたのだ。
さてではそんな私がなぜ彼と付き合うようになったのか、それに関してはこんな経緯があったりする。
△ ▽ △ ▽ △
今更ながらに解説しておくと、私は氷帝生ではなく(当たり前だ。そんなところに通えるほどの金も特待生として入れるほどの資格もない)、近所の公立校に通っている。たまたま跡部様Fanの友人に連れられ彼の試合を観に行き―――一目でその魅力に取り付かれた。自分もあんなテニスがしてみたい!と。
が、
・・・現実というのはそこまで甘くは出来ていない。希望だけで夢が叶うのならみんなプロなどとっくになっている。
テニス部に入ったはいいものの、1年はひたすら体力作りと基礎練。別に名門でもないから大会もいって都大会位だけど、だからこそなのか先輩達はやったら厳しく下に当たる。一緒に入った某友人は、1ヶ月であっさり辞めてしまった。
そして一方私は・・・・・・・・・・・・なぜか今だにやっていたりする。それも、部活が終わってからも公園で壁打ちとかしてたり。
どうせド素人なんだから基礎ばっかはむしろありがたい。これでいきなり試合に出ろとか言われたら、むしろ即行で辞表を出す。とりあえずルール覚えなきゃ・・・。
天才は1%の才能と99%の努力だとか言うけど、間違いなく才能0%の私は努力を100%しなきゃなんないワケで。ちびちび先輩達のプレイを見ながら少しでも頭に叩き込んで体に覚えさせて。何とか壁打ちは5回は出来るようになったぞ!!
そんなこんなで今日も練習。街灯の下スパンスパンとボールを打ちつける軽快な音が・・・・・・響いたらいいなと思う。すぽぺんぱぺんごげどすぎゅると様々な音を立て、強く打ちすぎた球は壁に当たり後ろに吹っ飛んでいってしまった。
「・・・・・・あ〜やれやれ。また探しに行くのか」
暗闇の茂みでボールを探すのは至難の業。練習時間の2/3を探査に費やし、最近ではついにコツまで掴んでしまった。・・・こっちで掴んでどうする。
掴んだコツそのままに、自転車用のライトをバンドで頭に巻く。こうすると両手で茂みが掻き分けられるし、目で見るところが自然と照らされる事になる。
手の怪我防止に軍手を装着。準備万端で行こうとし・・・
「――――――これから工事現場にでも向かうのか?」
ナイスなツッコミと共に現れたのが跡部様だった。
固まる私を他所に、制服姿で現れた彼は、ラケットの上に乗せていたものを軽くこちらに打ち上げてきた。かろうじてあった反射神経でラケットを伸ばし―――もちろん取り損ねて頭でキャッチ。さらに気まずい空気が流れる。
どうしようもない沈黙。きっと彼には私はさぞかし馬鹿に映っただろう。飛んできそうな罵倒か嘲笑か、それらを予想し、先回りする形で私は頭を下げた。勢いよく。
「ありがとうございました!」
だからこれ以上関わらずに去ってくれ、と。
言いたい事を察したか、跡部様はテニスバッグを下ろし適当な木の幹にもたれかかった。
「えっとあの・・・・・・」
こんなところで休憩だろうか? 格好からすると彼もまた部活帰りのようだが。だがだとしたらさっさと帰ればいいだろうに・・・
そこまで考え、私はハッとした。
「もしかして、ここ使います?」
「いや別に。壁打ちなんぞ家帰りゃいくらでも出来るからな」
・・・違ったらしい。
「じゃあ、そのお宅に帰らないんですか?」
問う私に、
跡部様は肩を竦め答えた。
「いくら夏とはいえ、ンな遅せえ時間に女の1人歩きは危ねえだろ?」
つまり送ってくれるという。
私は今だ軍手しっ放しだった手をぽんと叩き、
「そうですか。じゃあ帰りましょう」
「おい」
「・・・・・・。何か?」
「なんでもう帰るんだ? 見たトコ、まだ練習始めたばっかじゃねえのか?」
「ぐっ・・・!!」
痛い質問だった。実際、いつもならこれから1時間くらいやってから帰る。
ロコツに顔を引き攣らせた私をどう思ったか、跡部様はそれはそれは冷たい半眼を向けて下された。
「で、でもせっかく送ってくれるんですし、あんま待たせても悪いじゃないですか」
「俺に構うな」
構わせろ!!
―――もちろんこれは心の声。私が彼の前で練習したくない理由は簡単だ。彼からしてみれば私のテニスなどお遊戯以下の代物だからだ。
(そりゃ天下の跡部様からしてみればそうでしょうけどね!? 私はこれでも必死なんですけど!?)
そう、言えればいいのだろうが。
私が彼に歯向かえるワケもない。もししたとしたら、余計に笑われ馬鹿にされるのだろう。
引き攣り笑いの私。半眼の跡部様。
荒野の決闘前の如く、2人は真正面から対峙し合い・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・もちろん根負けしたのは私だった。
「じゃあ、壁打ちします」
大物にいきなりネタを披露しろと言われたお笑い芸人はこんな気分なのだろう。へこへこ頭を下げ、のろのろボールを拾い壁に向き直る。
斜め後ろから感じる無言の圧力。同じ無言なら向かい合う壁の方が余程いい。
打とうとしてライトと軍手をまだしっ放しだった事に気付いた。やはりのろのろ取り、脇に綺麗に片付け・・・
「・・・・・・まだか?」
「あ〜いやーまあ? ちょ〜っと時間かかるみたいですしここは諦めて帰られません?」
「壁打ちなんぞ打ちゃそれで終わりだろ? 何でちゃっちゃと出来ねえ?」
「だから!!」
察しが悪いのか恥辱プレイ好きなのか、あくまでやらせようとする彼についに私は本当の意味で根負けした。
ぐるりと向き直り、指を突きつけ、
「私はテニス初心者でドヘタだから見るなって言ってんのよ!!」
「ドヘタな初心者なんぞ腐るほど見てんぞ? ウチの部員で」
「アンタと私は赤の他人だ!! 見ず知らずの他人の前で恥は晒したくない!!」
「誰も恥晒せなんて言ってねえだろ? テニスしろとしか」
「それが出来ないから言ってんでしょ!? アンタなら『テニス=カッコ良い』でしょうけど世の中全部の人がそうだなんて思わないでよね!?」
「そりゃそうだろ。何言ってんだ?」
「即答!? そこはちょっと位否定してくれたっていいじゃない!!」
「さっきインパクト音が聞こえてきたからここまで来たが、ありゃ何だ? パイプイスで打ったってあそこまでの音は出ねえぞ? しかも壁打ちでホームランかよ」
「うるっさいわねえ!! 確かにアンタに比べたら私なんてズブの素人なんでしょうけどねえ!! これでもやろうとはしてんですからね!? どーせ私はヘタクソよ才能0よ!!」
泣き喚く私は相当迷惑だっただろう。彼は心底呆れ返って・・・・・・はいなかった。
なぜかきょとんとした表情で、
「なんで俺と比べんだ?」
「は・・・?」
それはつまり、私ごときが貴方様と同じレールにいると思い込む事そのものがまずおこがましい、と・・・・・・。
一発で意気消沈された。さすが性格に難有りの跡部様。
いっそ爽やかな気分で汗と涙を拭う。ああ、なんだか海が見たい・・・・・・・・・・・・。
そんな私に、さらに彼が続けてきた。
「なんでいちいち他人と比べる? お前はお前だろ?」
「え・・・・・・?」
拭っていた手をどけ、今度は私がきょとんとした。
私がそんな顔をしたからだろうか。跡部様はようやっと呆れ返った表情を見せ、
「そりゃテニスの最終目的は試合出て勝つ事だから、そん時は人と比べるだろうけどよ、
―――どう見てもお前まだンなレベルじゃねえだろ? 内申書つけてんじゃねえんだから、ンな早ええ時期から人と比べても意味ねえだろ?」
「で、でもやっぱ・・・、私テニス始めたばっかだし・・・。ヘタだし・・・・・・」
「ヘタだから? だからどうした?」
「だから―――そんな跡部様の前でやるほどの実力もないですし・・・・・・」
「俺の事知ってんのか?」
「そりゃ、跡部様っていったら有名じゃないですか・・・。全国区で、凄く上手くて・・・見惚れちゃって・・・・・・。
そんなんに比べたら私なんてとてもとても・・・・・・」
「ほお・・・」
言いよどむ私を見て、
なぜか彼は面白そうに笑った。
「つまりそりゃ―――
―――プロの前じゃ少しは恥じらい持てっつー、俺への嫌味だと受け取っていいんだな?」
「そ、そんなまさか・・・!?」
「おんなじだろ? てめぇがほざいてんのと」
「だ・・・だって! 全然そもそもの実力が違うんじゃ―――!!」
「『そもそもの実力』。つまりはただの基準点っつー事だな。相対評価じゃ基準点なんぞ自在に変わるからな」
「絶対評価なら間違いなく上じゃないですか!?」
「んで、お前は下だと」
「くっ・・・・・・!!」
さらっと言われた! しれっと言われた! 何か思いっきり笑われるより頭に来るし!!
「―――が、それには満足してねえ、と」
「そりゃもちろん!!」
続けられた言葉に力強く頷く。満足してたらンなトコで夜遅くに練習してない!!
握り拳まで作って意気込んだ私に、
跡部様は今度は楽しそうに笑った。
「ならいいじゃねえかそれで」
「へ・・・?」
「お前はヘタだ。だが上手くなろうと努力してる。
始めたばっかならヘタなのは当たり前だ。そこですぐ辞めちまうヤツ、ちっと周りより上手めえって天狗になってるヤツ。ンなのと『比べ』りゃお前の方がよっぽどマシだ。
誰かに言われたから練習してんのか? 違げえだろ? 自分でそうしようって決めて練習してんだろ?
だったら胸張って見せてみろ。自分はテニスに真剣に取り組んでるんだってな」
言われた。言い切られた。
初めてだ。こんな風に言われたの。いつも何やってもロクに出来なくて。失敗を笑われるキャラとして定着してて。
たとえ結果には現れていなかろうが、努力してればそれでいいらしい。なんて青臭い台詞だ。まさかあの跡部様からそんな台詞が飛び出してくるとは。
だが―――
何となくわかった。
―――彼はきっと、本気で言っているのだろう、と。
そして悟った。彼が氷帝部長である理由を。
練習試合にて始めて彼を見た時、不思議だったのだ。相手をとことん挑発し、敵を作る事にかけてはこの上ない才能を持つ彼が、なぜ部員らから熱狂的な支持を受けているのか。それなら普通まず部員らに嫌われるだろうに。
だがあの応援は本気だった。気持ちとは別にテニスの上手さで尊敬しているのか? カリスマ云々で操っているのか? それらもあるかもしれない。が、
(こんな風に言われちゃね、頑張るしかないじゃない)
苦笑し、ラケットを構え1打目を打ち出し―――
「行きます!!」
すぽぺんぱぺんごげどすぎゅるばんひゅるるるる〜・・・・・・・・・・・・
おお! 自分史上初の壁打ち6回成功!! やっぱ過度の緊張はいいものだ!! 『失敗した者には死を!!』最高だ!!
―――ちょっと現実逃避をし、再び飛んでいった球を見送る。
視線を戻すと、非常に珍しい感じで目を点にした跡部様がいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
――――――――――――――――――――――――――天晴れなまでに壊滅的だったな」
「言いたい事はそれだけかあ!?」
血涙を流し私は雄叫びを上げた。きっと彼は、目を点にしている間、どうやってこの事態を評するべきか散々悩みこんだのだろう。台詞の前に、ようやっと思いついたとばかりに1つ頷かれたのが尚更ムカつく。それだけ考えた成果がコレだというのが。
もうブチ切れた私は相手が誰だかも構わず、ラケットを突きつけひたすらに叫び続けた。
「何か言いたいんだったらこの際全部言いなさいよ!! 『テニスプレイヤーとしてこのヘタクソさはありえねえだろ』とか『そこまでのヘタさはむしろ恐れ入ったぜ』とか!!
だからドヘタだっつったでしょーが!!!」
「いやヘタさはいいんだけどな・・・」
跡部様は本人像ぶち壊しと言わんばかりに素晴らしく気さくな様子で頬をぽりぽりと掻き、
「お前テニス始めたばっかだっつってたが、部活か何かでか?」
「そうだけど? まあ、まだ1年だから基礎練ばっかだけどね」
「壁打ちっつーのは、もう部活でやってんのか?」
「まだだけど? 素振りと球拾いくらい」
「つまりお前が自分で考えてやってる、ってか」
「そうよ? 文句ある?」
なぜか咎めるような言い振り。さっきはそれでいいって言ったのに。
自然険悪な声音になるこちらに、質問を終えたらしい彼は残りの息をゆっくり吐き出した。重々しいため息が広がる。
顔を上げ、目線を上げ。
「部活で1年が最初にやる練習が素振りな理由、わかるか? ラケットに慣れるためだ。ラケットを手の延長として考えられるようにするためだ」
「・・・だから?」
「だからな―――」
ゆっくりと―――殊更ゆっくりと呟き、
跡部様は手を軽く振り上げた。いつの間にか持っていたボールが、放物線を描き私の元へ飛んでくる。
受け止めようとして・・・
ぱこん☆
・・・再び頭に激突した。
空の両手で頭を押さえる私に、彼はは〜っとわかりやすくため息をついてくれた。
「だからな―――
――――――そもそも手で出来ねえヤツがラケット持ったところで出来るわきゃねーんだよ」
「・・・尤もなご意見で」
他に言いようはないので頷く。跡部様は、空になった手を広げてみせた。
「お前の腕力じゃ、壁に投げても転がってしか戻って来ねえだろうからな。
投げてみろ。相手してやる」
「ホント!?」
「ああ。ただ見ててもヒマだしな。
―――そうだな、お前さっきの軍手つけとけよ」
「・・・何で?」
「どーせ突き指すんだろ?」
「取るわよちゃんと今度こそ!! 三度目の正直って言うじゃない!!」
「二度ある事は―――」
「なら頭にぶつけるから!!」
「余計駄目だろそりゃ・・・・・・」
といった感じで、テニスdeキャッチボールが行われた。上投げ下投げ横投げ。受け取れずに走り回らされる私と違って、跡部様は全ての球を余裕綽々で取った。ちょっとはミスらないかとわざと外して投げてもジャンプやダイブして取るし、制服が汚れないよう片手ついてきっちり回る。助走も準備もない分体操選手顔負けだ。さらにむきになって外していけば、最後には真面目にやりやがれと怒られた。すっかり目的を忘れていた。
時間も経って、随分疲れてきた。慣れてきたと言えないのが哀しい。呆れ返られるのには慣れてきたが。
「すっかり遅くなっちまったな。そろそろ終わりにすっか」
「はあ・・・・・・、ひい・・・・・・、へえ・・・・・・」
「・・・・・・どれが返事だ?」
「へえ・・・・・・」
「・・・。まあいいけどよ。
んじゃラストに、もう一回壁打ちやってみろ」
「ひへ!?」
ごすっ。
「元に戻れ」
脳天チョップ炸裂。これ以上頭に衝撃を喰らうとただでさえない中身がさらになくなりそうなので慌てて落ち着き、手振りつき深呼吸を1秒間隔で行い、
「再び行きます!!」
すぱこんぱこんパコンごすぱこぱこんどごぱこすぱこんぱこおおおおおおおん・・・・・・・・・・・・
「凄い!! 10回達成!! 2ケタの大台に乗った!!」
「ま、スイートスポットではまだ無理としても、大分マシになってきたじゃねえの。ちゃんとガットに当たるようになったしな」
・・・恐ろしく低い基準での褒め言葉。それが皮肉でも何でもない程度の実力です私はハイ。
「暫くはラケット使わず壁打ち。威力や角度変えてきゃロブも速球も出来るしな。フレームに当たんなくなってきたらそろそろラケット使っても大丈夫だろ。20回も出来るようになったらラリーも十分出来るようになる」
「ほへ〜・・・。ラリーかあ・・・・・・」
「あん? どうした?」
「何かこう・・・・・・夢みたいだなあ〜っと・・・・・・」
訊いてきた彼に、私はえへと笑った。もちろんテニス始めたきっかけは跡部様の試合だけど、打ち合ってる先輩たちとか見てるとやっぱ自分もやってみたいな〜と思い・・・・・・壁打ち初日で大体諦めてた。
ぽんと頭の上に何かが乗る。隙間から見上げてみれば、手を置いた彼がにやりと笑っていて。
「ンな夢、1ヶ月もすりゃ現実になんだろ」
「なるかな?」
「なんだろ。
―――天才は、1%の才能と99%の努力。だろ?」
「んじゃ凡人な私はもっと頑張れ、と」
「いいや?
お前は十分あんだろ? 『努力する才能』ってのがな」
手が離れる。バッグを肩に担いだ跡部様は、振り向かずに軽く手を上げていた。
「続けるんだったら、また会おうぜ」
――――――――――――これが、私と跡部様の出逢いだった。
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