跡部と付き合うようになった、ごく平凡な女子(跡部に遭遇) <中編>



 ―――『続けるんだったら、また会おうぜ』


 逢ったのは、僅か1週間後だった。
 「よお、やってんな」
 「跡部、様・・・・・・」
 「・・・。『さん』でいい」
 要求に応えてテイク2。
 「跡部、さん・・・・・・」
 「呼び直すないちいち・・・!!」
 目を閉じ、噛み付くように犬歯を見せる跡部さ・・・ん。頬が僅かに赤いところからすると、キャーキャー騒がれる中で『跡部様』と呼ばれるのはいいけど、知り合いに面と向かって普通には呼ばれたくないらしい。
 (そりゃそっか)
 私だってそうだ。誰も呼ばないが。
 「どうだ? ちったあ上手くなったか?」
 「さっぱり」
 「何やってたんだよてめぇは!!」
 「だっておんなじ姿勢での打ち方しか知らないからちょっとヘンな姿勢で打つとヘンな方に飛んでいくんだもん!!」
 「だったらその姿勢で打てるように早くポジションつくか違う体勢で打てるようにするかすりゃいいだろ!?」
 「どうやって!?」
 ・・・という事で、跡部さん指導によるテニス教室は2度3度4度5度と行われるようになった。うみゅ! もちろん2回程度で覚えられるほど私の理解力は良くないゾ!
 毎日はさすがに無理でも、週2回くらいかな? やっぱ部活終わった後にちょっとずつ。場所は公園から、コートのある跡部さんの家になった。
 自宅にコート。しかも夜間設備付き。さっすがお坊ちゃまとか思ってたら・・・
 ・・・実際はそんな私の想像を遥かに超えていた。
 高級住宅街に切れ目のない塀。やっと切れ目が出来たと思ったら「着いたぞ。ここだ」ときたモンだ。
 中ももう、豪邸というより城だし。ある意味制服でよかった。持ってる中で一番高価かつフォーマルな服だ。
 テニスコートに到達。体育館風のそこには、コートが3つとフリースペースが1つ分。なんで個人所有のものが学校のものより遥かに立派なんだろう・・・? それとも私立はもっと豪華なのか?
 何となく訊いてみたところ―――
 「ウチは母さんもテニスやるからな。それに近くに住んでるヤツも多いし。毎回どっか借りに行くんだったらここでやんのが一番手っ取り早いだろ。
  ついでに学校の設備は学校ごとに差が激しいらしいぜ? 他の私立のヤツも、氷帝の設備は驚いてたからな」
 『手っ取り早い』だけで自宅にコートを作っちゃう家。しかも土に棒切れで線引いたようなものではなく。
 改めて自分とは違うものを感じる。
 そんなものは置いておいて。
 場所が変わろうが練習に何か変わりが出る事はない。前回はまだ初めてという事で跡部さんも遠慮していたのだろう。今日は罵詈雑言が山ほど飛んできた。
 女の子なんだからもうちょっと優しくしてと言ったところ、「俺はフェミニストだ」と言い切られた。なるほど勉強になります。『性差別廃止主義者[フェミニスト]』は、男女平等に扱う人の事でしたね決して女性のみ優しくするのではなく。
 一応愛のムチだろうそれをひたすら喰らい続ける事1ヶ月。なんと本当に跡部さんと打ち合いが出来る位に上達した。もちろんただの打ち合いだけど。
 出来たーやったーやったよお母さ〜ん!!と喜ぶ私に、お母さん関係ねーだろと突っ込みを入れた後跡部さんも控えめながら褒めてくれた。
 「ま、なかなかやるようになってきたんじゃねえの?
  ――――――って何だよ?」
 怪訝な顔をする彼をさらに見上げ、
 「私はやったけど、跡部さんは?」
 「・・・・・・ああ?」
 「あいや別に手ぇ抜いてるとか言いたいんじゃなくって」
 険悪になってきた彼を、手を上げどうどうと諌め、
 「跡部さんにとっては、こんなの序の口よねえ?」
 「そりゃなあ」
 「わざわざそんなのに付き合って、時間の無駄とか思わない? 全然自分の練習にはなんないでしょ?」
 ずっと疑問だった事。私はもちろん感謝しているが、彼にとっては迷惑ではないだろうか?
 私の様子から、本気の質問だと察したらしい。跡部さんは皮肉の1つでも言おうかと口を動かし、そのまま何も言わず口をモゴモゴさせた。この程度がわかる位には私も彼に馴染んできた。
 言う事を思いついたらしい。目を閉じ肩をすくめ、
 「別に? 部員が
200人から201人になったようなモンだろ。嫌だったら1回で止めてる。金貰ってるワケでも義理があるワケでもねえしな」
 「でも、今は部活の時間じゃないでしょ?」
 「だな。でもってお前もな」
 「私は教わる立場だし自主的に・・・」
 「俺も教える立場として言われりゃいくらでも付き合おうとしてんだけどな、指導頼んでくるヤツはせいぜい正レギュクラス位だし。ちったあお前見習わねえかと思うんだけどな」
 頭に手を入れがりがり掻く跡部さんに、私は苦笑を浮かべた。
 「私も部員だったらむしろ頼めなかったと思うけどね」
 「あん? 何でだよ?」
 「だって、せっかく跡部さんに指導してもらえるんだし、ちょっとでもいいトコ見せたいって思うでしょ。部員なら尚更」
 「別に指導なんだから―――」
 「―――上手くなくたっていいって思うかもしんないけど、ま、そういうプライドも認めてあげなさいな。ぶ・ちょ・う・さ・まv」
 「ああ? 馬鹿にしてんのかてめぇ・・・!!
  ・・・まあ、ちゃんと上達してんならわざわざ気ぃ使う必要もねえってか。だが、その成果は卒業までに見てえモンだな、てめぇ含めて」
 「失礼ねえ! 私はちゃんと上達してるでしょ!?」
 「ほお。上達なあ・・・。打ち合いがせいぜいのクセしてよく言いやがるぜ」
 「さっき褒めたクセにいいいいいい!!!!」





△     ▽     △     ▽     △






 今日も今日とて練習の日々。いつも面倒見てもらってる(彼からしてみれば『指導』というほどのレベルですらないだろう)感謝の意を表し、今日はお菓子などを持参してみた。もちろん手作り。
 さっそくプレゼントして・・・・・・
 「・・・・・・・・・・・・木炭か?」
 「多分そんな感じの反応だろうと予想しつつあえて言わなかったけど。
  ―――クッキーね、普通の」
 「そうか・・・・・・」
 跡部さんが、心持血の気の引いた顔で頷く。私の凡々振りというかだめだめ振りは、テニスのみならず全方向へと威力を発揮する。ただしおかげでアフターケアは完璧だ。
 ビニール袋と紙袋を組み合わせた、バス遠足時必須の通称ゲロ袋(下品)を右手に、口直しのコーヒー(コーヒーメーカー作成)1リットルを左手に持ち、いつでもスタンバイオッケーで出番を待つ。
 厳戒態勢に、跡部さんも何かを察したらしい。心底嫌そうな気持ちを極力表には出さないよう顔を引きつらせ、一口目をはくりちびりと口に入れた。
 ますます顔から血が引いていく。ただでさえ色白の顔が蒼白になっていった。
 一口入れたら覚悟は決まったらしい。残りを全て口に入れ、口よりむしろ胸を押さえてむしゃむしゃごくんと飲み込んだ―――なり手からコーヒーを奪われた。
 ペットボトルだからこそよくわかる。一気に半分ほど飲み、は〜〜〜〜〜〜っと荒い息をついた。額に掻いていた汗をリストバンドで拭っている。
 そんな彼の、一挙手一投足をじっと見守り、
 「凄い! 飲み込んだ人初めて!」
 「俺にケンカ売ってんのか!? ああ!?
  感謝の意とか全然篭ってねえじゃねえか!! 殺意かてめぇが篭めたのは!?」
 「そんな!! 私は少しでも跡部さんに喜んで貰おうと―――!!」
 「やったら手際良く事後処理の準備してた時点で結果は見えてたんだろ!? 確信犯だろてめぇは立派に!!」
 「結果は伴わなくてもやる事に価値があるんでしょ!?」
 「人に迷惑かけた時点でマイナスだ!! やりゃ全部価値あんだったら強盗だろうが殺人だろうが正当行為になんだろーが!!
  いいか!? クッキーっつーのの基本材料は薄力粉・バター・砂糖・卵だ!! 重曹・チーズ・みりん・マヨネーズじゃねえ!! 姿かたちが似てるからとか原材料同じじゃんとか結果的に同じになるからとかンな言い訳は聞かねえからな!?」
 「何!? なんでそんな料理に詳しいの!?」
 慄く。顔良し見た目良し頭脳明晰スポーツ万能家柄も良くお金持ちでちょっと口は悪いけど優しくって頼りになって人望もあって、挙句料理まで出来るとはこれ如何に!? もう不公平とかいう話じゃないでしょ! あなたは神の代理ですか!?
 私を見据え、跡部さんはげんなりとため息をついた。微妙な笑みと共に。
 「知り合いに、口に入れた途端卒倒する料理作るヤツがいてな。死の危機回避のためにゃこっちも相当の知識と技巧を要されてな」
 「じゃあ、私の料理っていうのは・・・・・・」
 「とりあえず、食えるモンを作った時点で合格だな」
 「・・・ありがとう。どうりでヘンなものの組み合わせ即座に当てられると思ったら」
 「まだ材料が全部食いモンだった、ってのは賞賛に値するぞ。アイツは平気な顔して洗剤とロウぶち込みやがったからな。むしろ俺の方が殺意芽生えたぜあん時ぁ」
 「うわ・・・。なんか激しい人と知り合いなのね」
 「ああいうのを『天才』っつーんだったら俺は凡人でいいとつくづく思うな」
 「私も思う・・・・・・」
 後ろ向きな和解終了。跡部さんの気分も直ったらしく、いつもどおりの皮肉げな笑みを見せた。
 「んじゃテニスの次は料理教室か?」
 「遠慮シマス・・・・・・」



―――後編1