跡部と付き合うようになった、ごく平凡な女子(跡部に遭遇) <後編1>



 いっつもいっつもテニスというのもなんなので、たまには違う事をしてみようという事になった。部活帰りにファストフードにでも寄るようなものだ。ただし人数は2人と少なめだが。
 (・・・・・・ん?)
 はたと気付いた。
 男女2人きり。この状況は、世間一般でいわゆるところの・・・・・・
 (デート、というヤツでは・・・・・・・・・・・・)
 「どうした?」
 「え? あ、ううん別になにも〜♪」
 「・・・・・・。そうか」
 赤くなりかけた顔を扇いで冷ます。いや別に私と跡部さんはただの・・・師匠と教え子?・・・何かそういうみたいなだけだしそれ以上何かに発展するとかしたいとかそんな事思ってたりするワケもましてや叶う筈もないワケで〜・・・・・・
 ―――止めよう考えるのは。だんだん意味不明になってきた。
 「んじゃどこ行くよ? とりあえずメシは―――」
 「ぁああぁあああ!!!」
 「・・・何だよ?」
 「ご、ご飯はえっとその〜! 後回しにして高台にでも行きません私そんなお腹空いてないし!!」
 くりゅりゅりゅりゅ〜・・・
 「・・・・・・・・・・・・鳴ってるぞ、腹」
 「う・う・う・う・う・・・・・・・・・・・・」
 指摘され、私はただただ泣き崩れるしかなかった。そりゃ腹は減ってる。2人での練習こそしていないとはいえ部活後なんだし。
 それでもあくまでご飯を止めたかった理由。
 (跡部さんだったら・・・・・・すっごい高い三ツ星レストランとか行くんだろーなあ・・・・・・)
 それがどうしたとは言わない。お金はあるんだからそういう所に行ったっていいだろう。が、
 ―――もちろん私にはそんなお金はない。
 正直に言えば―――いや言わなくても―――きっと跡部さんは奢ってくれるだろう。こういうのは男が払うもの云々という固定観念は抜きにしても(なにせ自称『フェミニスト』だし)、向こうが先生だし年上だし元々持ってるし、そして提案した側だしで。
 (けど、恋人やましてや夫婦じゃないしねえ・・・)
 奢ってもらう正当な理由なしにされるのは嫌だ。金持ちに高額払わせるなら尚更。
 (それじゃまるで、私が金目当てみたいじゃない・・・・・・)
 向こうからしてみればそんな些細な事気にしないかもしれないが、それでも引け目のある付き合いはしたくない。だから迷惑じゃないか確認したのだ。
 俯く私の頭に、ぽんぽんと慣れた温かさが乗っかった。
 見上げる。もう手は引っ込められていて、そして―――
 跡部さんは、私ではなく高台を見、何気ない口調で呟いていた。
 「そういや、今日は夏祭りだったか。丁度いいな。行くか」
 「・・・・・・・・・・・・」
 相変わらず聡い。事情を完全に理解した上で、安い(実際そうでもないが)ところを提案した。しかも合わせてやってるといった恩着せがましさは与えず。
 だからこそ、私もありがとうとは言わなかった。立ち上がり、ぽんと跡部さんの背中を叩いて、
 「じゃ、準備して行ってみよー! おー!!」





△     ▽     △     ▽     △






 『準備』した。タンスの肥やしになってる浴衣を引っ張り出し、お母さんに手伝ってもらって大急ぎで着て、チャイムが鳴ったので扉を開け・・・
 「・・・・・・・・・・・・負けた」
 「てめぇの考える事なんぞお見通しなんだよバーカ」
 同じく浴衣で得意げな跡部さんを前に、私は呆然と呟いた。衣装が被ったのはどうでもいい。問題はその見た目だ。
 「ちょっとアンタ足袋忘れて―――!!」
 奥から出てきたお母さんも、同じく呆然と跡部さんを見やるだけだった。ぱさっと足袋を落とす音が聞こえる。
 「ああ、お母様ですか。お邪魔します。娘さんの友人で、跡部景吾と申します」
 私の前とは打って変わって、礼儀正しくお辞儀をする。緩めに着ていた着物の懐が下へと下がった。が、それは決して見苦しいものではなく、着流し風の着方はむしろよく似合っていた。明るい髪色とは打って変わって地味な紺色の浴衣。目の色に合わせたその浴衣は、一見地味な無地だがよくよく見ると細かく刺繍が施されている。帯もまた渋めのもので、総じてより顔を魅せている。
 一方私。さすがにお子様の定番・金魚模様は卒業したが、可愛らしい花柄のもの。帯もまた然り。総じて―――より顔の貧相さを見せている。あるいは隠している。ちなみに狙いは後半のほうだったし、お母さんもてっきり友達と行くものだと思ったのだろう。ちょうちょ結びな帯が、さらにアイドル染みたわざとらしい『可愛らしさ』を演出していた。
 まだまだ呆然とする私より、お母さんの立ち直りの方が早かった。
 精一杯の愛想笑いを浮かべ、
 「おほほ。すみません。少々失礼します。
  ―――ちょっと来なさい!!」
 襟を掴まれ再び奥の部屋へ。
 そこで、改めて両手で襟を掴まれぶんぶん振られた。
 「アンタ!! 彼氏とデートならなんでそう言わないの!! あんな人が相手だってわかってたら美容院予約してたのに!!」
 「だ! だって!! 行くって決まったの今さっきだし!! それに跡部さん別に私の恋人じゃないし!!」
 「だったら今日ちゃんとゲットしなさい!! 一世一代のチャンスよ!? アンタあんないい人もう2度と見つかんないわよ!?」
 
12歳にして人生崖っぷち!? 親としてこの上なく公正な判定ありがとう!!
 くりょくりょ目を回す私の背中を押し、
 「わかったらほらさっさと今すぐゴー!! ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たる!! 砕けても当たり続けなさい!!
  ―――あ、では行ってらっしゃい。跡部さん、ふつつかな娘ですが、よろしくお願いしますねv」
 「いえ、こちらこそ」
 「帰りは何時になってもいいからね。夏祭り・花火大会といえば告白シチュエーション
No.1よ! 浴衣ならそれだけで色気もあるし、特に暗いトコ選びなさいよ顔見えないように。ああ、青のりは食べないのよ。キスしてひっついてたら幻滅だからね」
 「ああもーわかったから!! っていうかそんな相談目の前でやってる時点で私の印象ガンガンダウンしてんじゃない!!」
 「大丈夫よ。こんなので下げられるほど元々高くもなかったんでしょ? ねえ跡部さん」
 「あいや、そんな事は・・・・・・」
 とっても珍しく跡部さんは困っていた。実はきっと頷きたかったのだろうが。
 ヤバい。これ以上ここにいるとゴムとか持たされる。ホテル代渡される。現に―――
 「この子間違いなく初ですし病気はしてませんよ。親として保証します。まあぜひとも遠慮なさらずv
  あ、手を出すと犯罪? 大丈夫ですよ決して訴えたりしないよう言い含めますからv」
 「は、はあ・・・・・・」
 「行って来ます!!」
 ばん!!
 慌てて扉を閉めた。恐る恐る隣を見れば、跡部さんの頬から一筋冷や汗が流れていた。
 「随分、理解あるお母さんだな・・・・・・」
 「なんていうか・・・、なんでか5歳で結婚諦められたから・・・・・・」
 そんな私が男連れてくりゃそりゃあ大騒ぎだろう。なんで諦められてたかといえば・・・
 「・・・・・・まあ、その気持ちはよくわかるな」
 「うるさい!!」
 「叫ばないはしたない!!」
 どがっ!!
 再び開いた扉によるボディアタック。私が吹っ飛ばされている間に、顔を覗かせたお母さんは私そっくりの笑顔で跡部さんにえへvと笑っていた。
 「・・・。似たもの親子だな」
 「そりゃ親子だからね」
 これ以上ここにいると何が起こるかわからない。私は跡部さんを引っ張って表に出た。
 さっさと祭り会場に行こうとして―――
 逆にぐいと引っ張られた。
 「中で何あったか容易に想像はつくが・・・
  ―――お前そのまんまの格好で人前出んのは、いくら何でもマズくねえか?」
 「え・・・?」
 言われ、指差され(視線は逸らされていた)。
 「――――――!!!???」
 下を向き、私は
Nooooooooooooooo!!!!!!!!と叫んでいた。さすがに心の中で。
 (お・か・あ・さ〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!!!)
 先ほどぶんぶん揺さぶられたせいだろう。浴衣の襟はぐちゃぐちゃだった。帯からでれ〜っと出てるし、前は胸元までがばりと開き、全く見当たらない胸の谷間らへんまでしっかり出ていた。一応襦袢は着ていたが、それごと掴まれてた時点でどうしようもない。
 「ちょちょちょ〜っと待って!! 今直すから!!」
 「・・・ああ」
 すすす・・・と門から出て行く跡部さん。横目で見送り、こちらを見ていないのを確認して浴衣の手直しに。
 「えっと、こっちを引っ張って・・・いやこっちが先か・・・。ん? 何か余計出てきた・・・? このっ・・・! あ! 今度入りすぎ!! くそっ!! そっち引っ張られんな!
  ―――っああ!! 帯解けた!!」
 ・・・ちなみに私は本気と書いてマジでやってます。門の向こうでコケた跡部さんは多分コントだと思っただろうけど。
 「ううう・・・。お母さ〜ん・・・・・・」
 開始
30秒でギブアップ。恥を掻き捨て怒られる覚悟で呼びに行こうとしたら、外から声がかかった。
 「なあお前・・・、着付け出来ねえのか・・・・・・?」
 「出来たら泣いてない・・・・・・」
 うりゅ〜と陰鬱な目を向ける私に、ちらりと見た跡部さんは頭痛を覚えたか軽く頭を振ってため息をつき、
 顔は背けたまま片手を伸ばしてきた。
 「浴衣と帯一式貸せ。やってやる。ああ、襦袢は自分で直せよ?」
 「出来るの?」
 「出来なかったら着てねえよ」
 「男物はまだしも、女物は?」
 「中学上がるまで、面白がられて女物の浴衣着せられてたからな。知り合いには爆笑されるわ知らねえヤツには誘われるわ襲われるわで散々なメに遭ったぜ。
  二度と遭わねえよう自分で着るようにした」
 「うわあ・・・。すっごい納得」
 今でこそ背も高く顔もカッコ良く男物の着物が似合うだろうが、小さな頃はさぞかし可愛かっただろう。
 「じゃあ―――」
 脱げた(否脱いだ)ものを渡し、襦袢を直す。さすがにこれ位は出来る。全く自慢になんないけど。
 「いいか?」
 「いいよ?」
 合図と共に、跡部さんが入ってきた。手ぇ上げろここ持ってろ指示され、珍妙な踊りを踊るのに必死で触られてる事すら思いついてない内に、あっという間に元通りいやそれ以上に仕上がった。帯が相変わらずちょうちょだけど、それも狙ってやったのだろう。ふんわり可愛らしくつけられている。
 「ついでだ」
 袖から取り出したピンでぺちぺち髪を留められ、仕上げに小さなかんざしを刺された。
 「これ・・・・・・?」
 近くにあった凹面鏡で確認。もちろん私のものではない(凹面鏡ではなくかんざしが)。
 「どうせお前の事だ。髪もそのまんまかと思ってな。せっかく浴衣なんだから、頭もこの位作れ」
 それでピンも持ってたらしい。そして手付きの鮮やかさとそういうアイテムを持っている理由は先程と同じものらしい。詳しくは聞くなオーラが垂れ流されている。
 素直に受け取る事にした。ふんわり笑って礼を言う。
 「ありがとう」
 「別にいいぜ? んじゃ行くぞ」
 「うん!」
 伸ばされた手をぎゅっと握る。着飾っていざパーティーへ。気分はちょっぴりシンデレラ? ただしこれだと跡部さんは王子様じゃなくって魔法使いだけど。



―――後編2