跡部と付き合うようになった、ごく平凡な女子(跡部に遭遇) <後編2>
地区をあげての祭はわりと盛大に行われる。屋台もたくさんあり、当然人でごった返している。いくら下は舗装されているとはいえ、その中を慣れない草履で歩くのは至難の業だ。特に運動オンチには。
「うわっ!」
「おいおい大丈夫か?」
色気0の悲鳴で(突発的に「きゃっ☆」とか言える人の方がむしろ知りたいわよ・・・!!)転びかけるからだろうか、跡部さんの止め方もまた色気0のものだった。抱き止めるのではなく腕を掴んで引っ張って。心配の仕方も完璧子ども扱い。実際子どもだし跡部さんだって年齢の上ではまだ子どもなんだからいいだろうけど。
「んじゃ適当に買ってくるからよ、お前は先高台行って場所キープしとけ」
「はーい」
このままだと間違いなくはぐれる。これ以上人混み掻き分け歩くのも疲れる。という事で、私はあっさり手を上げた。
ずんずん先行く跡部さんを見送ろうとして、
「あ、お金!!」
「後で貰う」
―――やっぱ割り勘にしたがってるのはわかってたようだ。跡部さんもあっさり手を上げてきた。
△ ▽ △ ▽ △
屋台のない裏側階段をずんずん上がり、いざ高台に―――
「あれ・・・?」
ついたところで会ったのは、件の友人だった。言い方良くすれば、私と跡部さんのキューピット。・・・まあそれは冗談として。
多分向こうも―――向こうは―――デートか何かなのだろう。元々可愛い子で、ウチの学校じゃ姫とか言われて親衛隊が出来るほどだ。男がいてむしろ普通だろう。
「あら?」
思っている間にも、彼女も気付いたらしい。こちらへ振り向いてくる。何気ないその様は、こちらがはっとするほど綺麗だった。浴衣は浴衣でも、お子様炸裂な私と違って大人びたもの。アップにした髪と白いうなじが、とても同じ中一だと思えない色っぽさを醸し出している。
ぽ〜っと見惚れていると(注:私はノーマル)、彼女の方が近寄ってきた。
「どうしたの? こんなところで」
「あー、いや、あの・・・」
何をどう説明すればいいのかわからず言いよどむ。
(デート・・・じゃあ絶対ないし、友人・・・っていう程仲いいのかしら私たち? 知り合い・・・とわざわざ祭りに来るっていうのもねえ・・・・・・。師匠―――この響きが一番好きな自分もどうかと思うけどね)
いろいろ悩む。その間の沈黙を、彼女はこう解釈したらしい。
「もしかして1人? なら一緒にいてあげましょうか? 彼もきっと喜ぶと思うわ。両手に花だ、って」
・・・つまり、私に引き立て役になってほしいらしい。いつもならOKしていただろう。そういうポジションを自分で選んでるワケだし。
(とはいえ、今回はねえ・・・・・・)
断ろう。
即決だった。加わるのが跡部さんなら、一体誰が引き立て役になってんのかわからない。
口を開くが、どうも私のテンポは彼女より1つ遅いらしい。彼女はもう次の話題に入っていた。
「あ、その髪飾りどうしたの? すっごい可愛いv ちょっと見せて」
「ダメ!!」
今度は即座に出た。練習の賜物だろうか。伸ばされた彼女の手を、反射的に払っていた。
触れさせたくはなかった。渡したくはなかった。
――――――髪飾りと一緒に、跡部さんも取られそうで。
「・・・・・・何で?」
彼女の機嫌が悪化していく。整った顔立ちだから、怒ると余計に怖い。ただし跡部さんほどじゃないけど。
だから、怯まずちゃんと言葉を返せた。
「何でって・・・・・・そう、その・・・・・・そうよ!! この髪飾りには呪いがかかってて、触れた人は300年以内に死ぬっていう!!」
「・・・・・・。呪い?」
ぬう! この完璧な理論を不思議がるとは!!
さらに詰め寄る彼女に私も第二の言い訳を考え―――
―――これまた口にする前に、彼女がぴたりと止まった。私越しに何かを見て、唖然呆然としている。
(この、反応は・・・・・・!)
思い当たる事が1つ。ついさっき私とお母さんもやったそれ。
周りを見てみる。周りもまた、同じ方向を見て固まっている。
その先にいたのは、もちろん彼だった。跡部さん。
片手にビニールを下げもう片方の手にチョコバナナが2本。正[まさ]しくむしろ正[ただ]しくお祭の様。ただしこの点を確認できたのは私だけだろう。他の人はもう、彼の存在そのものが夏の夜が魅せる幻想ではないか、まずその確認から行っている。
そして、それ―――私のをでもあり、他の人のをでもあり―――を決定たらしめるが如く、跡部さんはビニールを掲げこちらに声をかけてきた。
「買ってきたぞ。場所取れたか?」
そんな・・・・・・とっても普通な台詞を。
この瞬間、彼が幻想ではなく現実のものだと確定された。となると次不思議なのはその相手。
跡部さんが呼びかけてきた方―――つまりこっち―――に注目が集まる。こちらはこちらで、誰が該当者なのかきょろきょろしている。
もちろん正解は私なのだが、ここは周りに付き合うべきなのだろうか。一緒にきょろきょろしてみる。
「誰々? ねえ誰?」
「てめぇだてめぇ!! そこのガキくせー浴衣でざーとらしくきょろきょろしてるヤツ!!」
―――という突っ込みが即座に入るかと思ったら。
意外な事に、跡部さんは何も反応しないでこちらへのんびり歩いてきた。からん、ころんと下駄の音がスローテンポで響く。
ざわりと、ざわめきが音となって広がる。跡部さんを中心に、ドーナツ状の円が出来た。唯一動かなかった私が乱した円が。
気付いているいないの問題ではなく慣れているからだろう。何も気にせず、こちらに辿り着いた跡部さんは空の手を上に返して突き出してきた。
「お好み焼き1つにたこ焼きとチョコバナナ半分で〆て800円。払え」
「・・・・・・他に言う事ないですかアンタ」
「ああ? ちゃんとお前のお母さんに言われた通り青のりは抜いてきたぞ」
「間に受けるなあんな話!!」
「後他になんかあるか?
ああ、割り勘の事も考慮して安くあげたぞ。たこ焼きは400円のトコ探したし、チョコバナナにしたし」
「安くいっぱいを狙うんだったら三色飴の方が良くない? 上手くいったら300円で10本だし」
「アレは駄目だ」
「何で? 水あめ嫌い?」
「アレはくじ引きだからな。チョコバナナならじゃんけんだ」
「そんなのどっちも同じ―――」
言いかけて、はたと気付いた。見上げる。跡部さんはふいと視線を逸らした。
テニスプレイヤーとしてあると便利なもの――――――動体視力。
「・・・・・・・・・・・・アンタ、まさか後出ししましたか」
「後出しなんて反則はしてねえよ! 相手の手の形に合わせて出すモン変えただけだ!」
「それは立派な後出しだ!!」
「いーじゃねえかおかげで100円で1本換算だぞ!?」
「確かにちょっと嬉しいけど!!」
「なら問題は解決したな」
「・・・。そうね」
言い合いの不毛さを悟り(今更返しても仕方ないしね)、私はまずお金を払いチョコバナナを受け取った。これを食べないと次へ行けない。
「んで場所は?」
「ああ、ここらへんで―――」
指差し、
そういえばもう一人いた事を思い出した。実際視線も向けてようやく。
『あ・・・』
2人―――私と彼女の声は同時に上がった。私はすっかり忘れていた、と。そして彼女は、
―――こちらを指差し戦慄いていた。
「? 知り合いか?」
「ああうん。学校の友達。たまたまここで逢って」
「大丈夫か?」
「その台詞はものすっごい失礼になるから直接言わないでね」
そう問い掛けたくなる気持ちもわからないではなかった。そりゃ目ぇかっ広げて大口開けて固まってたら何事かと思うわよね。しかも自分指されてそんな反応されたら。
と、
友達が戻ってきた。
「な、な、な・・・! なんでアンタ跡部様と知り合いなワケ!? しかもタメで口聞いちゃって!」
思いっきり引っ張られて耳元で囁かれる一応。今日はこの展開が多いなあなどとのんびり考え、
「テニスの練習してたら偶然会って、今教わってるの」
「テニスって・・・え? アンタまだ辞めてなかったの?」
「まあ・・・」
「じゃあ―――続けてたら私も知り合えたの!?」
(それは絶対ない)
・・・などという指摘は心の中だけで止める。器用貧乏で何事もそつなくこなす彼女だが、だからこそ(と言うのも暴言だけど)部活が終わってもまだ練習するなどという発想は出てこないだろう。
だが、止めたのがマズかったらしい。彼女は一通り悔しげなジェスチャーをした後、
跡部さんに挨拶し出した。
「初めまして跡部様v いつもお姿拝見させて頂いております。テニスをする跡部様はとても素敵ですねvv」
「そーかい? ありがとよ」
礼を言われ、さらに彼女は前に出た。邪魔な私を押しのけて。
「なんでもこの子にテニスを教えてるとか? 大変でしょう? ロクに球拾いも出来なくて」
「・・・・・・」
「ご迷惑じゃありません? 何でしたら私が替わりましょうか? これでも運動は割と得意ですから。きっともっと充実した練習が出来ますよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「あ、何でしたらご一緒しません? せっかく着飾っていらっしゃるのに、隣がそれじゃ見劣りするでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
彼女が長舌振る間、私は俯いてチョコバナナをもしゃもしゃ食べていた。噛み砕いて、飲み込んで。フンと鼻息を吹いて涙を堪えた。
結局自分はこんなものだ。シンデレラ。いい配役だったじゃないか。あっという間に12時になって魔法はおしまい。王子様はみすぼらしい娘より綺麗な姫を選びます、と。自分にはうってつけだ。
わかっていた始めから。自分じゃ彼ととても吊り合わない事くらい。周りだってみんな思っている。無視を決め込んでいたが、跡部さんの相手が私だとわかった時、みんな「なんでこんな子が」といった目つきで私を見ていた。
今もそうだ。興味津々に見ている周りが何も口を出さないのは、私より彼女の方が跡部さんには合っているとみんなわかっているからだ。
―――そうやって俯いていたから、私は見ていなかった。跡部さんが、冷めた目で彼女と私を交互に見下ろしていたのを。
彼女の声を聞かないよう耳を閉ざしていたから気付かなかった。跡部さんもまた、何も言わず黙って聞いていた事に。
「そうだな」
上から、跡部さんの声が降ってくる。
「確かに迷惑だな。てめぇに付き纏われんのは」
決定的な別れの言葉。さすがに肩が震えた。
震え、苦笑する。自嘲する。
(別れって・・・・・・そもそも付き合ってないじゃん。なに勘違いしてんの私? 馬鹿みたい)
チョコバナナの代わりに唇を噛む。ここで泣くようなみっともない真似だけはしたくない。
走って逃げようとして―――
「うおうあっ!?」
―――またしても様にならない悲鳴を上げ、私は後ろに倒れこんだ。一応自己弁護しておくと、今のは別に私の前方不注意とかそういう過失ではない。後ろから腕を掴まれたのだ。
倒れ込み―――ぽすんと弾力のあるものに当たって止まった。目の端に映る紺の生地。そこから除く白い肌。初、跡部さんに抱き止められた。・・・引き止めたのも跡部さんらしいから、これで倒されてたらマジ切れしてたけど。
見上げる。跡部さんはただ前を見ているだけだった。誰も見ていない。彼女も、私も。
それでも、引き止めた私の肩を抱き、
「場所変えんぞ。胸クソ悪りい」
そのまま、引きずる勢いで歩き出した。
実際引きずられ、転ばないようわたわた小走りしながら、ようやく私は事態を飲み込んだ。彼が「付き纏われ邪魔だ」と言っていたのは、私ではなく彼女に対してだったらしいと。
――――――彼は、彼女ではなく私を選んだ、と。
「ちょっと待ちなさいよ!!」
置いていかれた友人がようやく声を上げる。どうやらさすがの彼女も頭の回転が遅くなっていたらしい。
「あん?」
立ち止まり、跡部さんが首だけ後ろに向ける。私もつんのめりつつ止まった。
「何で私よりそんな子の方がいいのよ!! 私の方が100倍はいいでしょ!?」
「ほお、100倍か・・・」
肩から手が離れた。振り向いた跡部さんは、離した腕を組んで仁王立ちしていた。端正な顔だからやられてあまり不快にはならないが、その顔にはにやにやと面白がる笑いが浮かべられていた。
「ならつまり、てめぇには少なくともコイツより良い点が100はあるワケだな? 挙げてみろ」
「え・・・?」
「『え?』じゃねえよ。コイツに比べててめぇのアピールポイントはどこなんだ?、って訊いてんだよ」
まさかそんな事を訊かれるとは思わなかったのだろう。ぱちくり瞬きした後―――
―――友人は薄く笑った。まあ、私よりいい点100なんてあっさり見つかるのだろう。
「私の方が見た目もいいでしょ?」
「残念だな。見た目の良さだけで恋人選ぶんだったら、俺は初恋どころか10番目の恋人辺りまで全部男が相手になるぜ」
彼女の表情が引き攣った。
「・・・私の方が可愛いでしょ?」
「きゃんきゃん喚いて『可愛い』って言われんのは子犬がせいぜいだな」
「・・・・・・スタイルもいいわよ? 胸もあるし」
「12歳児が?」
「13歳よ!!」
へっ、と笑う跡部さん。周りからも失笑が洩れた。まあ、中一が『ないすばでぃ』なんて言ってもタカが知れているだろうが。
「今だにガキくさくないわ。大人びてるでしょ?」
「俺の周りじゃ『大人びてる=年寄り染みてる』なんだが、そう解釈していいのか?」
「良くないわよ!」
「おら次」
「くっ・・・!
勉強だって私の方が出来るわよ?」
「替わりに常識が欠如したか」
「私が非常識だって言いたいの!?」
「人前で喚き散らして『自分は良識ある人間だ』って言われてもな。ついでに勉強なら俺は模試で全国4位だが?」
周りからの失笑がさらに激しくなってきた。私もちょっと笑ってしまった。彼女に睨まれ慌てて外方を向く。
「運動だって出来るんですからね!!」
「テニス部部長の俺に主張されてもな。しかもてめぇ、さっきの話じゃテニス部途中で辞めたんだろ? コイツ以下じゃねえか」
「私みたいなのは部活なんかじゃ合わないのよ」
「根性0協調性0。合計すりゃマイナス2。差っ引いとくから102個言えよ?」
ぶふっとどっかで噴き出し声が聞こえた。
「男子にも人気だし!」
「でもって女子には人気ねえ、と」
「あるわよちゃんと!!」
「ああ? タカピーお嬢様にンなモンあるワケねーだろ?」
「あなたに言われたくはないんですけど!?」
「アタック中の相手に向けての暴言。最悪だな。ペナルティーとして10個追加」
「くっ!!」
「ほらどうした? まだ8個しか出てねえぞ? ペナルティー分すらクリア出来てねえじゃねえか」
(う〜わ〜。相っ変わらず容赦ないな〜・・・・・・)
初めて跡部さんを観たあの試合でもこんな感じだった。とことん攻めまくって意気消沈した相手に「オラどうした? 攻めてこいよ」と来たモンだ。『性格に難有り』という私の評価はここから生まれた。
「そういや時間制限は設けなかったが、せめて花火始まる前には終わらせろよ?」
とどめを刺され、友人がついにギブアップ。項垂れる彼女に勝ちを確信したのだろう、跡部さんは腕を解き歩き出そうとして―――
「何よアンタ偉そうに!! 自分がちょっとカッコいいからって鼻高々になってんじゃないわよ!! いつか痛い目見るわよ!!」
「自分の胸に手ぇ当ててもういっぺん言ってみろ。もちろん『アンタ』を『私』に直してな。
そういや言い忘れてたぜ。俺は人と比べて自分が良いとか言うヤツぁ大っ嫌いだ。でもってデート中に他のヤツに見向きする恋人もな」
周りの失笑は、ついに爆笑になった。
人に笑いものにされる事に慣れてないため、顔を赤らめ俯き早くも泣きそうな彼女。隣でおろおろする多分彼氏。フォローすべきか否か。そりゃおろおろするしかないだろう。
涙の溜まった目をきっと鋭くし、吠える。
「何で私じゃなくってそんな子選ぶのよ!!」
・・・・・・最悪だ。そうやって比べるのが嫌だと、はっきり言われたというのに。
跡部さんが、肩を落としため息をついた。目を細める。
軽蔑してる。
こっちもおろおろする私の肩に、ぽんと手を置き。
「コイツは自分でやりたい、っつったから教えたんだ。さっきっから気付かねえか? てめぇが散々ボロクソに言ってる間、コイツは一言足りとも口答えしてねえんだぞ? たとえ人にゃ馬鹿にされようが、それでも自分で誇れる自分があるからだろ?
てめぇはコイツと比べなけりゃ自分のアピールも出来ねえのか? 所詮その程度か?
―――比べるまでもねえな。てめぇの負けだ」
「あ・・・・・・」
ふらり・・・とよろける彼女に、跡部さんは冷たい目で最後の言葉をかけた。
「目障りだ。失せろ」
「――――――っ!!!」
見開いた彼女の目から、ついに涙が零れ落ちた。
隠すよう、走り去っていく。彼氏もまた、それを追いかけていった。
先程まで笑っていた周りも、気まずい空気が流れていた。さすがに泣かせるのはやりすぎだと、跡部さんに非難の目が向けられる。
そして私は―――
パン―――!!
―――チョコバナナを食べ終わった手で、跡部さんの頬をはたいていた。
感情の浮かばない目で見下ろす跡部さんを睨み上げ、
「最っ低! 何もそこまで言う事ないじゃない!! そりゃ今の態度は許せなかったかもしれないけど、あの子にはホントにいいトコいっぱいあるんだからね!?
よく知りもしないクセに私の友達馬鹿にしないでよ!!」
それだけ言い捨て、私は彼女を追おうと走り出した。
その背中に、跡部さんの声がかかる。
「追うのか?」
「そうよ!? 泣いてんの放っておけるワケないじゃない!! 友達なんだから!!」
「友達、なあ・・・・・・」
腹の底から馬鹿にした言い振り。眉を吊り上げ怒る私に跡部さんは大股で近付き―――
パン―――!!
―――私もまた、彼に頬をはたかれた。
「何すんのよ!?」
横にずれた頭を戻し即座に怒鳴る。詰め寄ろうとした私を制するよう、跡部さんは襟を掴んで押さえ込んだ。
あえて距離を離して見下ろされ、
「頭冷やせ。『友達』ならちったあ考えて行動しろ。
追ってどうするつもりだ?」
「決まってんでしょ!? 慰めんのよ!!」
言って、
再び殴られた。
「俺よりはアイツの事よく知ってんだろ? 格下、ってみなしてる相手に負かされた上に慰められて。それがどれだけアイツにとって屈辱的な事かわからねえのか? それでよく『友達』なんぞと言い張れんな」
「それ、は・・・・・・」
怯む私に、さらに辛辣な言葉が浴びせ掛けられる。
「せっかく築いた友情ぶち壊しにするつもりか? アイツのプライド完全に潰すつもりか?
ざけんなよ。
今アイツを一番馬鹿にしてんのはてめぇだ!!」
「―――――っ!!」
見開いた私の目から、ようやく涙が零れた。今までとは違う意味で。
私は、一体何をしようとしていたのだろう・・・。
友達だと言い張りながら、彼女の事を何もわかっていなかった。わかってあげようとしていなかった。今会ったばかりの跡部さんの方が、よっぽど理解している。
襟から手が放された。支えを失くし、それでも崩れ落ちる事はなかった。そこまで、自分の事しか考えていない人間にはなりたくなくて。
肩から力が抜ける。自然と、顔も下を向いていった。
溜まっていた息と一緒に、言葉が洩れた。
「けど・・・、同情するなっていっても・・・・・・、
可哀想だよ・・・・・・。1人で泣いて・・・・・・」
「1人じゃねえだろ? 2人だ」
「へ・・・・・・?」
涙でぐしょぐしょの顔を上げる。跡部さんは、彼女ら―――彼女と彼氏らしき人の去っていった方を遠目で見やり・・・
「実際どの程度の関係かはともかくとして、否定しなかったからにゃ少なくとも名目上は『恋人』なんだろうよ。俺に突っかからずに即座に追ってったの見てもな。彼女の敵討ちが男としてのステータスだと思い込む馬鹿がいるが、泣いてる彼女放って敵討ちもクソもねえだろ。
さて―――」
跡部さんの視線が私に戻ってきた。突如訊かれる。
「デート中に俺が他の女をナンパした。お前ならどう思う?」
「そりゃ・・・・・・ムカつく」
「その結果こっぴどく振られたら?」
「指差して大笑いする」
「・・・・・・なんかお前、知り合いにすっげー思考似てんな」
「誉められてんの?」
「人生の荒波は渡るどころか粉砕出来るぜ? 保証する」
そんなやり取りをしながら、冷静になってきた頭でようやく今さっきあった事が理解出来てきた。
「じゃあ、あんなに冷たくしたのって・・・・・・」
「そうすりゃ後腐れも引け目もなくなるだろ?
あそこまでボロクソに扱われた様見りゃ浮気だ何だと怒る気も失せんだろ。女の方だって、後で思い出しても『あんな男に一瞬でもときめいた自分が馬鹿だった』って笑い飛ばせるようになる」
今更ながらに、彼の聡さに感服する。会ったばかりの相手をそこまで思いやる事が出来る心に。
それに比べ、私はどうなのだろう・・・・・・?
また、涙が零れて来た。自分自身が悔しくて。
「それにな―――」
頬を包まれ、親指で涙を拭われる。
見上げれば、跡部さんはいつも通りの―――人を小馬鹿にするような、それでいて人を魅了する笑みを浮かべていた。
「泣いてる女の涙止めんのは男の役割だ。邪魔すんのは野暮ってモンだぜ?」
「クサすぎ・・・・・・」
苦笑が零れた。
笑い合う私たちを、明かりが照らした。明るい、花火が。
「あ・・・・・・」
「そういや、もう始まる時間か」
空を見上げる跡部さん。合わせ、今まで見物してた他の人たちも空を見上げる。さすがにね。それ見るためにここに来てたんだし。
不定期的な明かりに照らされる中、もうお互いを見ているのはお互いしかいなくて。
見つめ合い、跡部さんは小さく笑った。
「『夏祭り・花火大会といえば告白シチュエーションNo.1』だったか」
だんだん顔が近寄ってくる。
(これは、やっぱ・・・、あの、その・・・、巷で伝説の・・・・・・それというヤツでは・・・・・・!!)
直接見れはしないけど、多分私の顔は真っ赤だろう。本やテレビで観た事はあってもそれ―――キスの経験なんて0なんだから。指示されない限り目を瞑ったり口を開いたりするタイミングはさっぱりわからない。
パニックにつき目はガンガンに広げて逆に口は堅く結んで。もうめちゃくちゃな私とは反対に、跡部さんは自然な様子で目を閉じ腰を屈め(私が全然背伸びとかしないおかげで酷く辛そうな姿勢だ)。
残り3センチ位になったところで、
ぺろりと舌を出した。
「――――――なんてな。してほしかったか?」
「・・・・・・・・・・・・」
からかわれたらしい。さらに目を見開く私を見て、跡部さんは楽しそうに笑っていた。
ふるふると拳を震わせ、
私は起き上がりかけた跡部さんの首にぶら下がった。さすがに少し体勢が崩れる。再び屈んだ跡部さんを引き寄せて―――
「―――っ!?」
一瞬だけ口を触れさせる。ぱっと手を放すと、跡部さんの方が真っ赤な顔で目を見開いていた。
仕返しにぺろりと舌を出して、
「さっき叩かれたお返し」
そう言ってやると、跡部さんはちょっとだけ呆気に取られて、やっぱ笑った。口端を吊り上げて。
「よくやるぜ」
「人には負けたくないの。もちろんあなたにもね」
「言ってくれんじゃねえの」
「それが私。でしょ?」
確信を持って言う。
何より負けたくないのは自分自身に。きっと跡部さんもそうなのだろう。
まるで正解だと言うように、
今度こそ、跡部さんはキスをしてくれた。
「好きだぜ」
――――――そんな言葉が、花火の音に紛れて聞こえたような気がした。