夜明け、嵐の訪れ 〜Opened Eyes






2.オープニングパフォーマンス


 『これより都大会準々決勝、風輪中学対千城学園の試合を始めます』
 「よし! 行くぜ!!」
 『おう!!』








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 加瀬の掛け声で気合を入れて、風輪中学レギュラー一同がコートへと足を踏み入れた。逆側からは対戦相手である千城学園のレギュラーらも入ってきて―――
 「よお烈。久し振りやな」
 「不来ぃ!?」
 その中に見える、見知ったどころか見慣れまくっていた姿に烈が思い切り叫び声を上げた。
 「な・・・!! な・・・!! な・・・!!」
 「・・・・・・ってなんでお前そこまで驚いてんねん。オーダー見いへんかったんか? その様子やと俺の名前忘れたっちゅうワケやなさそうやし」
 「オーダー・・・・・・・・・・・・」
 感動0%の再会。いきなり想像外の人の登場に呆然としていた烈だが、その口から語られた1センテンスに眉を潜めた。
 オーダー表。そういえば見ていないような・・・・・・。
 「――――――――――――――――――加瀬部長・・・・・・」
 「ん? どーした烈?」
 「そーいう事情、だったわけですね・・・・・・?」
 「まあそういうこった」
 半眼でゆっくりと問う烈に、全ての元凶であろう部長は肩を竦めて軽く答えてくれた。
 烈がドリンクを買って戻った時にはもう招集どころか再び解散までしていた。加瀬の元へ行き、オーダー表を見せてもらおうとしたのだが―――
 『あ? 別にわざわざ見る必要はねーだろ? どーせよく知った同士なんだし』
 そんなよく分からない理屈をつけられ、結局見せてもらえなかったのだ。千城はダブルスに強いが、逆にシングルスはそこまで強くはない―――つまりシングルス陣でそこまで有名な存在はいない。しかも自分がダブルスである事前提だったためシングルスについては耳聡くない。
 知らなくてもまあいいか、とかなり気楽に流してしまったのだが・・・・・・
 (よくよく考えてみれば僕がシングルス3にされた時点で怪しむべきだったよな・・・・・・)
 ダブルス外しの理由は先ほど話された通り(が理由の1%くらいにはなるだろう)。しかしそれならそれこそ
S3は加瀬にすべきだった。ここで勝てなければシャレにもならない。
 整列し、ため息をつく。コートを挟んだ目の前にはやはり笑顔で手を振る元親友が。
 (不来かよ
S3・・・・・・・・・・・・)
 非常に頭が痛い。かつてその座争った
S3。まさか今度はその座争うとは思ってもみなかった。
 「知り合いか? 不来」
 千城のユニフォームを来た短い黒髪の男―――
W1の光坂が隣にいた不来に尋ねた。
 それにきょとんとし、答える。
 「言ってはりませんでした? 俺半年前まで風輪中学[そっち]おったんですわ」
 「ああ、そういえば新人戦は風輪代表だったな」
 「せやせや。お久しぶりですわ加瀬先輩に瀬堂先輩その他一同。
  てなワケで、よろしゅうお願いします」
 「おう」
 「本当に久し振りだね」
 「元気には、やってるようだな」
 「ってゆうか、『その他一同』って・・・・・・・・・・・・」
 様々な言葉で返される。それに不来はうんうんと頷き―――
 ―――ラストに真正面にいた烈へと囁きかけた。
 吊りあがり気味の黒目を僅かに細め、犬歯を見せるように口を吊り上げ薄く笑う。彼独特の、『いつも』の笑みで。
 「よろしゅう」








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 始まった対千城戦。W2は予想通り4−6でこちらの敗退。
 そして
W1。


 「『全国区』、か・・・・・・」
 「少なくとも対豪戦略は完璧だな」
 備え付けのベンチに悠然と腰掛けそう評価する加瀬と三村。その隣では―――
 「あのバカは・・・・・・・・・・・・」
 台詞の割にさして感情のない声音で烈が呟いていた。
 現在2−1で豪&瀬堂チームがとりあえずリードしている。が、
 「瀬堂のヤツもずいぶんヒマそうだな」
 加瀬が揶揄する通り、前衛にいる豪は完全にスタンドプレーに走っていた。いや、走らさせられていた。
 相手は間違いなく豪を集中狙いしている。一見どこへ球を飛ばされようと届いている豪に目を奪われがちだが、わざとギリギリで届く範囲に落とされているのだ。
 豪は攻撃は得意でも守りは苦手だ。1ゲーム落としたのもそれが原因である。が、
 ―――それ以上に点を取ってしまっているためその事に気付いていない。しかもリードを守ろうとそれしか考えず、いつも以上に周りを見ていない。
 実際後衛にいる瀬堂はサーブを除きまだボールに触れていない。豪のスタンドプレーは誰よりも『パートナー』である瀬堂の動きを阻害していた。
 「何かコメントはあるか? 烈」
 「『無理だと思ったらさっさと先輩に渡せよバカ』
  ―――なんて言うつもりはありませんよ。それが出来るほど器用じゃありませんから。アイツは」
 「そうか」
 苦笑する烈を見下ろし、三村がクリップボードに何か書き込んでいく。今のコメントでも書いているのだろうか?
 「さ〜て、このままあいつがリードして終わる―――」
 『ワケないでしょ/だろ』
 「―――だろうな」
 自信たっぷりにぴたりとハモる烈と三村に、加瀬もくっくっと肩を震わせ笑った。








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 ゲームカウント4−2。いつの間にかリードはすっかり千城側に移っていた。
 「くそっ・・・・・・!!」
 舌打ちしボールに飛び込む豪。だが僅かに届かない。
 バン!!
 「ポイント千城! 
4015!!」
 バウンドした球を目で追う。自分の後ろでは―――
 瀬堂がただ笑顔で立っているだけだった。
 「ごめん豪君。追いつくかと思って」
 笑顔での謝罪。いつもと変わらぬその様に、
 「別にいいっスよ」
 豪も笑顔で答えた。答え―――前に向き直る。
 だからこそ、彼は気付かなかった。


 ―――彼の後ろで、笑みを消した瀬堂が冷めた目でその後姿を見つめていた事を。








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 「ゲームセット!! ウォンバイ千城!! 6−2!!」
 審判のコールにわっと湧き上がる千城サイド。あと1敗で関東大会へのチケットを失うとざわめく風輪サイド。
 1人ベンチに戻る瀬堂に、チームメイトから慰めと、そして悪友2人からはヤジが飛んできた。
 「お疲れさん」
 「別に疲れてないけどね」
 「こらまた見事な負けっぷりで」
 「だろうね」
 嫌がらせに渡されたタオルでかいてもいない汗を拭き、瀬堂はコート脇で軽く準備運動をしていた烈と、その隣でその様を見ていた豪の元へと向かった。タオルから上げたその顔には―――
 いつも通りの笑みが張り付いていた。








・        ・        ・        ・        ・








 「ゲームセット!! ウォンバイ千城!! 6−2!!」
 ウォーミングアップに軽くその辺りを走っていた烈。その判定は丁度戻ってきた時なされた。
 (やっぱ負けたか・・・・・・)
 さして何か思うわけでもない。どころかウォーミングアップを建前に席を立ったのは実のところ試合を見飽きたからだ。ひたすら踊らされる豪に何もしない瀬堂。点差が開けば開くほど頭に血の昇りやすい豪はより暴れだし、制止役となるべきパートナーの瀬堂はそんな豪相手にも何もしなかった。
 (何もしない、か・・・・・・)
 出来なかったのではない。やらなかったのだ。試合前の瀬堂の台詞にもあったように、彼はスタンドプレーをするパートナーの扱いには慣れている。なにせあの加瀬と唯一まともにダブルスが組める存在だ。加瀬の一人プレーぶりは豪とは比較にならない。実際烈自身も試しに組んだ事があるが、足手まといにしかならなかった―――今回の瀬堂のように
 (瀬堂先輩が動かなかったのはわざと。その理由は多分―――)
 自分が普段から感じているものと同じだろう。
 そう烈が結論付けたところで、タイミング良く豪がこちらへと近づいてきた。
 「お疲れ。惜しかったな」
 心にもない台詞。笑顔で全てを隠す事に慣れてしまった者の宿命。
 「んー。
  ―――まあ、仕方なかったんじゃねーの? ホラ、相手全国区だろ?」
 どう返事し様か悩んだ一拍に全ての答えが詰まっている。
 だが、
 「・・・・・・だな」
 特に烈は何も反応せず、簡単に受け流した。
 ラケットの握り具合を確認しながら、前を見つめる。
 コートを挟んで逆側にある千城のベンチ。すぐそばでそちらも軽くストレッチをする不来が、烈の視線に気付き不敵に笑ってみせた。
 準備運動同様の軽い挑発に、烈もまた唇を小さく吊り上げる。
 試合前からのこのようなやり取りなど、彼が相手でなければまずやらない事だ。
 自然と心地良く早まる鼓動に身を任せ、烈は綺麗なフォームで素振りに入った。








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 「―――やあ豪君、お疲れ様。負けて残念だね」
 完全他人事で笑う瀬堂に豪の目が一瞬厳しくなり―――
 「まあ仕方ないっスよね。相手全国区だし」
 「そうだね」
 烈へと同じ言葉で返す豪。偶然だろうか? それに対する瀬堂の答えも烈のものと同じだった。
 あっさり興味を無くし、素振りを続ける烈を見やる。瀬堂もそれに倣うように烈を見守った。
 途切れる会話。辺りにはラケットが風を切る音と烈の息遣いだけが響く。
 暫しして―――
 完全に視界の外へと追いやったところから、再び声が届いた。
 意味不明の一言が。
 「あんまりバカにしない方がいいよ。僕はともかく烈君は、さ」
 「へ・・・・・・?」
 謎の言葉に振り向く豪。その先にいたのは、
 無表情で自分を見下ろす瀬堂の姿だった。
 「それ――――――」
 どういう事っスか?
 口にしかけた台詞が喉の奥に詰まる。瀬堂のそんな姿を見たのは初めてだった。
 静かな中に醸し出される圧倒的な威圧感。普段とはかけ離れた様に、豪はただ硬直するだけだった。
 「―――ま、ただのおせっかいだけどね」
 固まる豪を前に、瀬堂が舌を出しておどけてみせる。消えた威圧感に、脱力した豪がそのままへなへなとしゃがみ込んだ。
 「結局なんなんスか・・・・・・」
 「さあね」
 ため息混じりの豪の質問に、笑顔で―――今度はいつも通りの笑顔でしれっと言う。
 (ワケわかんねえ・・・・・・)
 瀬堂に対し誰もが持っているであろう感想を豪もまた心の中で呟き、それ以上の質問は止めて頭を小さく振った。
 それを尻目にベンチへと戻る瀬堂。
 そして―――


 そんなやり取りにも気付かず、烈は一心不乱に調整を続けていた。








・        ・        ・        ・        ・








 「シングルス3の選手、コートへ」



 「お、烈。『頑張れ』よ」
 「少なくともとりあえずここで君が負けると敗者復活戦[コンソレーション]行きだよ?」
 「・・・・・・・・・・・・嫌がらせですか?」


 「頼んだぞ不来! これで勝ったら関東だ!!」
 「お前なら大丈夫だ! 一気に決めて来い!!」
 「・・・・・・・・・・・・ホンマええ嫌味やなあ・・・」



 審判の呼び声にあわせ―――まあお互いの応援陣に突っ込みを入れつつ―――コートへと出てくる烈と不来。
 ネット越しに向かい合う2人の髪を、この季節に珍しい冷たく澄んだ風が煽り立てる。
 「さっきも言ったけど、久し振りやな」
 「ホント。8ヶ月ぶり位?」
 「公式戦で当たるんは初めてか。まあよろしゅう」
 「こちらこそ」
 パン!
 お互いの差し出した手が、空中で弾かれた。








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 「え!? あれいいんですか!?」
 本来握手する場面でのハイ(いやまあ正確には顔程度の高さだったが)タッチ。マナー違反とも取れる行為に、風輪ベンチの後ろで1年の誰かが驚いた。
 「普通ならダメだろーな」
 「握手は―――自分の手を相手に預けるというのはお互いの手の内を見せる事であり同時にそれだけ相手を信頼しているという事だ。
  ―――烈は左手、不来は右手。利き腕とは逆な上触れたのは一瞬。あれじゃ全く相手を信頼していないという事になる
 「じゃあやっぱ―――」
 ベンチで2人を見ていた豪もまた驚きの顔で呟いた。礼儀や信頼に関しては人一倍どころか人2・3倍うるさい烈にしてはこのような態度はあまりに珍しすぎる。
 「いや」
 そんな豪に、瀬堂が首を振る。実に楽しそうに、笑いながら。
 「むしろあれは逆の意味での信頼じゃないかな? 烈君も不来君も用心深い性格だ。それなのにあの程度で許してる。
  お互いが信頼しきってるからわざわざ自ら相手を信頼させる必要がない。だからああいった『挨拶』になるんだよ。いや・・・・・・
  ―――『挑発』、かな?」








・        ・        ・        ・        ・








 「じゃあトスを―――」
 「あ、ちょい待ちい」
 サービス権決めの為ラケットを下に付けた烈。回そうとしたところで突如ストップがかかった。
 「何?」
 「今日は俺がやるわ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・極めて基本的な事聞くけどさ、回せるようになったの?」
 「しっつれいなやっちゃな!! 回せるに決まとるやん!!」
 「ちなみに何回位?」
 「聞いて驚くなや。
  ―――なんと2回半は回るようになったわ」
 「・・・・・・・・・・・・。
  やっぱり僕が回すよ」
 「何でやねん!?」
 「むしろこっちが訊きたいよ。なんでアイススケートのジャンプ以下しかラケットが回らないのさ」
 という会話で全てはわかるだろう。この2人の試合―――というか不来は試合前いつもトスを当てる側だった。理由はただひとつ。彼にラケットを回させると表裏決める前に倒れるからだ。
 「逆の意味でびっくりだったよ。まさかそれで自慢される日が来るなんて」
 「大きな進歩やん!! 毎日毎日血ぃ滲む努力したんやで!?」
 「はっきりきっぱり無駄な努力だったね。というか現在進行形で完全無意味だね。さっさと諦める事を薦めるよぶきっちょ大賞」
 「なんやと!?」
 「はいはい回すからとっとと表か裏か決めようね」
 「それやと俺不公平やん。お前先回しいな」
 「じゃあお言葉に甘えて」
 と、指だけでラケットを回転させる。本人そのままに重心を崩さず綺麗に回るラケット。それを首をかしげて見て、
 「よし。裏[ラフ]」
 「で、サービスとコートどっち取るの?」
 「そらサーブやな」
 「じゃあコートはこっちもらうね」
 ちなみにまだラケットは倒れていない。
 「けど本当によく当たるね」
 「まあ一応特技やし? せやけどお前の方が珍しいやろ」
 確かに、トスを確実に当てる不来よりもトスを確実に自分の思い通り倒す烈の方が世間一般では珍しいだろう。
 「お前はお前でもうちょい実りのある特技身に付けた方がええんとちゃう?」
 「まあいいじゃない。やり様によっては確実にサーブが取れるよ」
 不来が、烈が回し始めるまで表か裏か言わなかったのはこのためである。先に言ってしまえば絶対逆に倒される。
 「ところでな、
  ―――まだ倒れへんのか?」
 「『本日はいつもより多めに回しております』」
 「いらんわンなサービス」
 有名な芸をもじった烈の言葉を一言で断ち切る。その芸なら拍手ものだろうがトスがずっと回り続けるのはそれこそ嫌がらせ以外の何物でもない。
 不意に出来てしまった妙な間。限りなくアホな空白をどうやって埋めようかと頬を掻く不来に、
 「そういえばさ、さっきのダブルスって、やっぱ本当なら僕と豪が組むことが前提だった?」
 「あ? ああ」
 「ふーん。
  ――――――――――――よく止めなかったね」
 笑顔で頷いていた烈が目を細める。微笑みではない。だがそう呟く口元は僅かに吊りあがっていた。
 剣呑な笑みに、結局不来はもう一度頬を掻くハメとなった。
 「もしかしたら弟相手ならちょっとはマシになるんとちゃうかっちゅーうっす〜い希望を胸に抱いてみたりもしたやけど?」
 不来がまだ風輪にいた頃、これまた2人は試しにダブルスを組んだ事がある(ちなみにこのようにめちゃくちゃにダブルスを組んでみなければならないほど風輪中はダブルス要員が足りなかった)。不来は完全ダブルス初心者。烈はアメリカにいた頃豪とやっていたとはいえ不来とは初めて。
 当然の事ながら全く息が合わず、お互い相手無視で好き放題やっていたのだが・・・・・・
 ―――その試合で、不来は危うく烈に殺されるところだった。
 『ああごめんごめんv 失敗v』
 などという言葉と共に何度頭を中心とした急所にボールをぶつけられかけた事か! 邪魔ならいっそ『味方』を先に潰して3対1から2対1へとしよう、そんな考えがありありと詰まった妨害工作の数々に、結局最後は取っ組み合いのケンカになって自然とその試合は棄権負けとなった。
 今日の試合、もしも烈が豪と組んでダブルスに出てたとしたら自分の二の舞になるかと思わなくもなかったのだが・・・・・・。
 「ダブルスだったらもっとアイツ挑発して先にバテさせてたよ。動かないなら『邪魔』じゃないからね」
 他の誰にも聞こえないように、ラケットを見下ろすのを口実に自分の耳元に口を寄せ囁く烈を横目で見る。くすり、と笑うその口が語るのは真実かそれとも冗談[フェイク]か。どっちにしろ―――
 (やっぱ俺よりは扱いマシなんやな・・・・・・)
 虚しい考えに捕らわれ、不来がは〜っとため息をついた。
 そんな事をやっている間に、ようやく回転速度を落としたラケットが重心を崩しふらふらと倒れる。
 倒れたラケットの向いた先は―――
 「裏。サービスいただきやな」
 「次からは狙ったのと逆に倒すようにしようかな?」
 「意味あらへんやろそれ・・・?」








・        ・        ・        ・        ・








 「ザ・ベスト・オブ・1セットマット! 千城サービスプレイ!!」
 審判が言い終わるのを待って、不来が1球目を放つ。平凡極まりないサーブ。
 「アイツ本気で強えーのか?」
 様子見らしき一撃に豪が首を傾げ、そしてリターンを打とうとした烈が先ほどとは違う意味で目を細めた。
 ガン!
 奇妙なインパクト音。ガットではなくフレームに当たった球は、一気に勢いを落としヘロヘロと空中を漂う。
 見ようによっては異様にレベルの低い試合。だが―――
 「うまいな」
 僅かに目を見開いて呟かれた三村の一言は、果たしてどちらへ向けられたものか。
 ヘロヘロと漂い、ネットに当たる球。当たって―――
 ―――ネットを越えた。
 「よしラッキー! ネットインだ!!」
 『偶然』の出来事に喜ぶ風輪ギャラリー。
 だが、
 「な―――!!」
 「読まれてた!?」
 烈が打つと同時に前に走り出していた不来がギリギリで追いつき、ネット伝いに落ちる球に飛びついた。
 地面スレスレで返される球。やはりネットギリギリを伝い―――
 「―――!?」
 越えた先にはやはり打つと同時に前へ詰めていた烈がいた。
 「チャンスボールだ!!」
 「よし! 行けー!!」
 ネットから浮いた球。絶好のスマッシュチャンス。
 ―――でありながら、烈はラケットを振り上げなかった。
 「くそっ・・・・・・!!」
 狙いに気付いた不来が体を撥ね上げようとする。が、烈の方が僅かに早かった。
 弧を描いて飛び上がる球。自分の今いる位置とは全くかけ離れたコート隅へと正確に落ちていくそれを、不来はただ見送るしかなかった。
 「ムーンボレー・・・・・・」
 ライン上に落ちた球を見て誰かが呟く。
 「ポイント風輪! 
0−15!」
 「嘘だろ・・・?」
 「不来が先制点取られた・・・?」
 「しかもサービスゲームで・・・・・・?」
 盛り上がっていた雰囲気がどこへやら。一気に静まり返る千城側。
 その中で、
 「なんや。お前が弱なった聞いたから手加減したったってのに損したわ」
 立ち上がった不来がぱたぱたと汚れを払いながら呟いた。普通ならただの負け惜しみだろう。が、
 それを聞かされた烈は軽く肩を竦めるだけだった。あからさまに手加減をされていたのはわかっていた。というかそうわかるようされていたのだから当然だ。そして手加減した理由は今の台詞そのものだろう。ランキング戦前の瀬堂と同じその態度に、
 「別にそのままでも構わないよ。0−6で負けてみんなの前で赤っ恥かきたいんだったらね」
 にっこりと笑って返す。向こうももちろんわかっただろう。こちらも全く本気を出していなかった事に。
 「よー言うやん。ここで俺が負けたら次加瀬先輩に三村先輩やろ? せっかくリーチかけたんに3連敗は痛いわ」
 「よく言うのはむしろ君のほうだと思うよ。こっちはそもそもここで負けたら終わりだからね」
 「お互い『背水の陣』ゆうやつか。
  ―――負けてくれへん?」
 「嫌v」
 「ケチやなあ」
 「不来の頼みっていうと何も考えずに断りたくなるよね・・・・・・」
 視線を斜め
45度に落とし、ふ・・・と笑ってみせる烈に、半眼で不来が突っ込む。
 「いー性格しとるやん・・・・・・」
 「君には言われたくないな」
 「まーええけどな。
  何にしろ――――――」
 呟き、薄く笑った不来が下ろしていた手を烈に向け振り上げた。
 その手に握られていたラケットと共に。
 ガン!!
 右こめかみに迫るラケットを、やはり振り上げたれた烈のラケットが受け止めた。
 周りから悲鳴や怒声が上がる中、まるで旗[フラッグ]のように、バトンのように、そしてまるで剣のように絡ませ合うその先で、
 2人は力強い瞳で微笑み合った。
 「こっからは、本気出して行こか」
 「お互いにね」



―――『目覚め』3











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 さ〜てその2で・・・・・・試合が今だ始まらねえ! いや始まってるけどでもまだ本気でやってないし!!
 はい。久し振りの更新にしてようやく烈と不来が何の盛り上がりもなく接触しました。この2人の絡みは大変です。台詞が多すぎて試合が進まない。ちなみにこの2人は久し振りだからではなくいつもこんな感じでうるさいです。
 では次は、いよいよ試合も架橋に入りそうです!!

2003.9.2527




 さりげにこの話、豪が妙に悪役ちっくです。豪
Fanの方ごめんなさい!! 別に豪はわざとそうしているわけではなく、ちょっとした考え方の違いがあるだけです。