俺は今、非常に嫌なヤツに付きまとわれている。
 事の起こりは数日前。用事で東京に来て幼馴染の不二にも会って、せっかくだしとちょっと奮発して女性限定食べ放題サービスの店へ行った(この際不二はいなかった)。もちろん女装して。自慢じゃないがこの手のエセは得意だ。世の中何かと女性に得なように出来ている事が多い。
 思う存分食べまくって、さて帰ろうとしたところで声をかけられた。いわゆるナンパ。
 『ねーそこのおねーさ〜んv どこ行くの? 俺とデートしない?』
 人間空腹だと腹が立ちやすいというが、俺は満腹だったので即行断った。残念。2時間前にかけられてればコイツの驕りでたらふく食ったというのに。
 自分で女装した上でこういう台詞を言うのも何だが、女に間違えられたのは屈辱だ。しかもソイツは断っているというのにしつこく付きまとう。よほど物陰に連れ込んで蹴り倒してやろうかと思ったが、その前に幸い駅に辿り着いた。券売機に売られていない額の切符を買うのを見、相手はようやく諦めてくれた。そこまでの微遠恋をするほどの根性はないらしい。
 『じゃ〜ね〜。バイバーイ。今度また会おうね〜vv』
 誰が会うか。
 そう思った俺は非常に甘かった。まさか1週間待たずまたソイツに遭うハメになるとは。
 数日後、
Jr.選抜合宿にて俺は再びソイツと遭いまみえる事になった。
 ソイツ―――





 ――――――山吹中のラッキー千石こと千石清純と。










Rat

〜1.対千石〜







 

 

 
 
 

 

   




 「初めまして佐伯くん。俺山吹中の千石清純って言います。直接話すのは初めてだよね」
 「ああ」
 「・・・ってアレ? なんか機嫌悪い?」
 「別に」
 「そーんな事ないでしょ。他の人と話す時もっと明るいでしょ?」
 「お前みたいに馬鹿丸出しで話した事はないな」
 「おおっといきなり言うねー。氷帝の跡部くんじゃないんだから、初対面でその態度ってどーかと思うよ?」
 「そりゃ失礼。だからさっさと失せろ」
 「ありゃ。本格的に機嫌激悪?」
 「あのなあ―――」
 根負けし、佐伯は脚を止めた。振り向く。合宿に来てからずっと付きまとっていた男へ。
 へらへら笑っている千石にげんなりする。これだけわかりやすく拒絶反応を示してやっているというのに全然引きもしない。
 (ここまで鈍感なヤツも珍しいよまったく・・・!)
 『初対面』の時からわかりきっていた事ながら、呆れを通リ越し感心まで憶える。自意識過剰かそれとも強気で迫れば必ず墜ちると思ってるのか。
 (俺はそこまで甘ちゃんじゃない)
 苛立つ気持ちを抑え、佐伯は千石へと向き直った。怒ればこちらの負けだ。相手のペースに乗せられる。
 自分を落ち着かせる意味も含め、一字一字強調して論じる。
 「俺とお前は学校も都道府県も違うしそれによって関東でも一切当たらなかった。全国でもそうなるだろうしそもそも今回班が別々だった事を考えれば俺らが友情築く理由は無い。
  誰かとオトモダチになりたきゃ同じ班のヤツにでも絡んでろよ。迷惑だ」
 「うんうん。とってもわかりやすい理論ありがとう♪」
 「お前なあ・・・・・・」
 「ん?」
 「・・・・・・全っ然聞いてないだろ俺の話」
 「いやまさか。ちゃんと聞いてたよ? でもって今の君の理論だと、俺は同じ班の人とはもう仲良し。違う班の人ともけっこー知り合いだったり何だったり。
  目下のところ、この合宿内で1番仲良くないのが君なんだよね、佐伯くん」
 「俺? 他にもいるだろ? それこそ亮とかダビデとか」
 「いやいや。俺友達づくり大得意だもんv もー仲良くなっちゃったよ」
 (そんな馬鹿な・・・・・・!!)
 本気で驚愕する。コイツのどこが『友達づくり大得意』? ケンカ吹っ掛けるのがじゃないのか!?
 驚愕し――――――ふっと笑う。
 (『1番』。つまり2番目以降もいるワケだな)
 この合宿に来ているメンバーを思い出そう。如何にも友達少なそうでコイツとウマが合わなさそうなヤツといえば・・・・・・。
 「なら・・・
  立海の真田とか、あるいは丁度お前がさっき言ってた氷帝の跡部とかは? 俺よりそっちの方が仲良くなってメリットもあんだろ?」
 「いや〜残念。真田くんや跡部くんとは去年の
Jr.で一緒になったからね。もー仲いいよ俺ら」
 「・・・・・・・・・・・・」
 (コイツが真田だの跡部だのと・・・? 一体どんな会話繰り広げてんだ・・・・・・?)
 それはそれで興味が湧くが・・・・・・。
 (・・・・・・じゃなくって!!)
 「仲良くないの無理やり良くする必要もないだろ? そんな風にして造った『友達』なんてすぐ終わるのがオチだし」
 「けど少なくとも合宿中は一緒なんだからねえ」
 「だから? 接触しなきゃいいだけだろ? 幸い俺にもお前にもオトモダチはいっぱいいるしな」
 「う〜ん確かにそうなんだけどね」
 ここで千石がようやく言葉を止めた。先を探すように上を向く彼を放って歩き出す。これ以上愚にもつかない会話に付き合わされるのも真っ平だ。
 すたすた歩き出した佐伯。彼は―――
 ―――3歩歩いた後、壁に頭をぶつけ止まるハメになった。
 「けど俺ら、こうやって接触するし?」
 ごがっ!!
 「お・ま・え・が! 勝手に俺に付きまとうだけだろ!?」
 「いや〜ほらv だから仲良くして損はないでしょ?」
 「その前に付きまとうな! 目的と手段入れ替えるな!!」
 殴りたい衝動を必死で堪える。ここで殴ればかなりの問題になる。自分が追い出されるだけならまだしも、最悪六角の全国大会出場停止・・・!!
 ギリッ・・・と辺りに響くほどの力を込め歯軋りし、佐伯は千石を無視し踵を返した。走ったりはしない。そこまで負けたくはない。
 「ねえ待ってよ」
 「触るな!」
 掴まれた腕。掴まれたと理解した瞬間には振り払っていた。
 体が捻じれる。向いた先で千石は―――
 ―――もう笑みを浮かべてはいなかった。
 今までの媚びるような笑顔が嘘のように平坦な表情で。
 呑まれ、佐伯の激昂も収まった。
 底冷えする寒さの中、向かい合う。先に声を発したのは、千石だった。
 「何で俺の事そこまで毛嫌いすんの?」
 「嫌いだからだろ」
 「何で俺の事嫌いなの?」
 じっと見つめられ、自分も向かい合って碧い瞳を見つめ返し。
 「そのへらへら笑いが嫌いだ。人馬鹿にしたような接し方が嫌いだ。相手舐めきった態度が嫌いだ。
  ―――まだいるか?」
 「いや? もういいよ。ありがとう」
 「・・・?」
 意外と早い引き。自分とは完全に合わないとわかったからか。
 肩透かしを食らった気分だが、
 (ま、これでもうコイツも付きまとわなくなるだろ)
 「じゃあな」
 別れは―――
 三度妨害された。
 「じゃあ―――







  ――――――こんなんなら
OK?」







 言葉と共に手首を掴まれる。振り払おうとした瞬間には――――――壁に押し付けられていた。
 ダン―――!!
 「ぐっ・・・!!」
 両手とも取られ体ごと壁にぶつけられ。いきなりな事に何も出来ず、佐伯は息を詰まらせた。
 「何すんだ―――!!」
 そんな文句は、
 「―――っ!?」
 ―――続けてされたキスにあっさり阻まれた。
 「う・・・ん・・・・・・!!」
 首を動かし逃れようにも向こうも巧みにこちらに合わせ。舌を噛んでやろうとすればするりと抜かれた。
 肩まで上げられた両手はびくともしない。体重をかけて押されているからでもあるが、筋力の差によりだろう。自分も鍛えてはいるものの、千石の鍛え方は半端ではない。
 脚の間に脚を入れられ、体全体も固定されている。倒れるように押し付けられたおかげで足がついていかなかった。前に投げ出した脚を向こうが挟み込んでいる状態。キスから逃げながら、腿に押し付けられたものの存在を感じ寒気が走った。
 「はっ・・・!!」
 やっと顔だけ解放される。大きく息継ぎし、佐伯は目の端に涙を浮かべぎっと睨み付けた。息苦しさによる生理的な涙だ。決してファーストキスをこんなヤツに奪われた悲しさなどという乙女思考でではない。
 涙目で睨む佐伯に、千石はひゅ〜♪ と軽く口笛を吹いた。笑っている。先程までのへらへら笑いではなく、目を細めた酷薄な笑い。獲物を前にした獣の、実験動物を前にした研究者の、哀れみを込めた笑み。
 絶対的に有利に立った者が、相手を見下す時に浮かべるそれで、千石が囁いた。
 「俺、目的のためなら手段は選ばないから。欲しいものは絶対手に入れるよ。何やったってね」
 「何の話―――!」
 怒鳴ろうとする佐伯の耳元に顔を寄せ、





 「こないだの君、すっげー美人さんだったね。周りにいたどの女より綺麗だったよ」





 「―――っ!!」
 (コイツ知って・・・!!)
 驚きに声も出なかった。知り合いにだってバレない自信があったというのに、よりによってこんな、まともに会話した事もない相手にバレるとは。
 「驚きだねー。六角中の佐伯虎次郎くんは女装が趣味か〜」
 「違―――!」
 「みんなどー思うかなあ。そんな君の一面見せられて」
 「お前脅すつもりか!?」
 「脅すなんてと〜んでもない。俺はただ見た事を君に言っただけ。
  元々君の事は目付けてたけど、おかげで最上位になったね。見た目良し態度最高。そうやって拒む相手ほど堕としたくなる」
 「ひっ―――!」
 ぺろりと首筋を舐められ、佐伯が悲鳴に似た吸気音を上げた。
 ぎゅっと目を閉じ身を硬くする佐伯に、千石ははははははと楽しげに笑った。
 「何だよ・・・!!」
 佐伯が顔を赤くして問う。見れば、千石は最初と同じへら〜っとした笑みを浮かべていた。
 「いーや別に? ただほんっと君って可愛いな〜って思っただけさ。こういうの初めて?」
 「そんなの・・・お前に関係ないだろ!?」
 「そうだねえ。ないねえ。
  ―――だって君はこれから俺のものになるだけだもの」
 千石の声のトーンが下がる。寒気と、それだけではないものが沸き起こってきた。
 「もちろん、断ったりはしないよねえ?」
 囁かれ、封じ込めるように舌を入れられ。胸の奥に、どくりと熱いものが込み上げてくる。
 (何、だ・・・?)
 今まで感じた事のないもの。何故だろう。だんだん熱く・・・・・・・・・・・・。
 佐伯の腕から力が抜けた。解放してやれば、反撃するでもなくポロシャツの袖を摘んできた。
 早すぎる『堕ち』に、正直少しがっくりと来て―――
 (―――な〜るほどね)
 千石は、クッと小さく笑った。佐伯に聞こえてはいないだろう。彼は今、荒くなりつつある自分の呼吸しか耳に入らない。
 「そういえば君、束縛する人が好みだっけ?
  それって、
  ――――――追い詰められるのが好きだから?」
 「あっ・・・//!!」
 自由にし、自由になった手を下へと伸ばす。触れたそこは、確実に形を変えつつあった。
 「君ってや〜らし〜♪ 苛められて感じちゃうんだ〜。それとも、そんな自分に酔っちゃってる?」
 「そんな事あるワケないだろ!?」
 「じゃあコレなんなんだろ〜?」
 「う・・・あ・・・・・・」
 弱々しい反撃も、包んだそこを軽く揉み込めば簡単に収まってしまった。
 「止めろ千石・・・!!」
 「本当に止めて欲しい? なら止めさせればいいさ君自身の手で」
 「そんな事したらバラすんだろ・・・!?」
 「残念だねえ〜。俺は『抵抗しなかったらバラさない』なんて言ってないよ?」
 「なっ・・・!!」
 パ―――ン!!
 怒りかけた佐伯の頬を、千石は適当に加減して平手打ちした。あくまでここは合宿所であり自分たちは合宿中。手の跡など残せば大変だ。
 顔を背けたまま佐伯が頬を押さえた。全てを解放してやる。佐伯はずりずりとしゃがみ込んだ。
 見下ろし、堪えきれずに笑う。大笑いする。
 「いや〜。君ってほんっと可愛いよ。熱に浮かされたフリして冷静だ。そうやって逃げ道を用意する。
  『脅されたから従った』? 自分から体差し出したのに、そうやってイイワケすんだー」
 「違う!!」
 「違う? 何が違う? 俺が本当に脅した? 体差し出したのは君の意志じゃない? 言い訳じゃなくて本当だ?
  ああいーよこれ以上何も言わなくて。別に俺は君を責めてるわけじゃない。むしろ誉めてるのさ」
 「誉めて・・・?」
 「君に恋人がいない理由がよくわかったよ。君は頭が良すぎだ。どんなにしっかり握り込んでも僅かな隙間からするりと逃げる。難攻不落の城みたい。
  満足できないんだろ? 普通の相手じゃ。君風に言えば『ダメじゃん、俺をフリーにしちゃ』? 仕方ないじゃない。君が逃げすぎるんだもの」
 「俺が悪いのかよ!?」
 食って掛かろうとする佐伯。頬に手を伸ばされ、びくりと身を引いた。
 再び伸ばされた千石の手。今度は叩くのではなく、優しく撫でてきた。
 腰を曲げ、目を合わせ。
 「いいや? 君は悪くないよ? 悪いのは君を逃す相手さ。
  俺なら絶対そんな事はしない。羽根を毟って、手足もぎ取って、全身がんじがらめに縛って。絶対君を逃しはしない」
 「あ・・・・・・」
 ちゅ―――と、触れ合わせるだけの口付けを交わす。戦いの開始。攻城の開始。
 離れながら、千石は誰にも見せた事のない素の笑顔を見せた。優しい笑顔に手を伸ばした佐伯を払い、
 「今はダメ。まだ全部揃わないんだ」
 「何が・・・」
 揃わないのか。訊こうとしたところで―――
 ―――サエー
 「・・・周ちゃんだ」
 遠くから聞こえた声―――多分なかなか来ない自分を心配してだろう不二の呼びかけに、佐伯の目が横へと泳いだ。
 元に戻る。その時もう千石の顔には冷たい笑みしか浮かんでいなかった。
 「覚えといてね。これから俺は、君の逃げ道を1つずつ潰す。最後に残った俺の手の中で、君に俺が好きだと言わせてみせるよ。
  じゃあね、『サエ』くん」
 「周ちゃんに手は出すなよ!?」
 反射的に佐伯が叫ぶ。去りかけていた千石が足を止めた。
 「本当に君は頭がいいよ。時に自分の首を絞めるほどに」
 「やっぱお前―――!!」
 立ち上がり詰め寄ろうとした佐伯。千石は、タイミングを外すように自分も前へ突っ込んだ。
 攻撃を紙一重で避け、全身で佐伯を受け止める。抱き締め、もう一度激しいキスを送った。今度は佐伯も抵抗しなかった。
 顔を離し、
 「安心していいよ。俺が狙うのは君1人だ。他の人には興味がない。
  ただし―――
  ――――――利用はするかもね」
 「っ―――!!」
 「ああ怖い。ホントに虎みたい」
 佐伯の睨み。それもまた軽くいなし、千石は片手を軽く彼の首にかけた。
 「そんなに心配なら護ってあげる事だね。そうやって君はまた逃げ道をひとつ失う。自分の手で鎖をかける。
  楽しみにしててね。逃がしはしないよ、絶対に」
 それが、最後の言葉だった。千石は「じゃ〜ね〜♪」と手を振り去って行った。かくりと崩れ落ちる佐伯を置いて、いつもの笑顔で。
 「サエ!?」
 間髪いれず駆け寄ってきた不二に気付く事もなく、
 (アイツ・・・・・・
  ・・・・・・やっぱヤなヤツだなあ・・・!!)
 佐伯は、口元を覆いながら怒りとはまた違う意味で顔を赤くしていた。



―――Rat

   

 
 
 
 















§     §     §     §     §

 追い詰めに弱いサエの話。日々サエはSだと言っておきながら、さりげにMな彼も好きだったり。Mというか・・・自分が完全に太刀打ちできない状況に感じちゃう彼が。カウンターな不二に通じるところもありますが、不二はまだ肉を切られたら骨を断ち切るのに対しサエは徹底して肉も骨も裂断されてようやっとといった感じで。『束縛』はもちろん窓一つない完全に閉ざされた部屋で指の一本一本まで完全に拘束された位で!!
 そしてこの話、初っ端は跡虎の予定でした。カッコつけなナンパ野郎がいきなり豹変! 絶対服従の俺様モードで迫られサエもドッキドキv の筈でした(まとめるとこっちもいいなあ)。豹変といったら千石さんか・・・と考えたらこんな事になってました。そういえば票はしっかり入っているのに彼の話を今だに書いていませんでしたね。サエをヲトメにするためにもとことんカッコよく(?)書いてみましたv 確か彼のイメージはこんな感じだったような・・・。話になると情けなくなるばかりですが。

2005.6.4