それより少し前。
 「サエー」
 なかなか来ない佐伯を呼びに来た不二。呼びかけながら廊下を曲がり・・・・・・佐伯を発見した。佐伯、と―――
 ―――千石を。
 抱き合い激しくキスをする2人。なぜ。どうして。
 そんな事はどうでも良くて。
 ただ、どちらも嫌そうではなかった。それが重要だった。





 「安心していいよ。俺が狙うのは君1人だ。他の人には興味がない。
  ただし―――
  ――――――利用はするかもね」



 「そんなに心配なら護ってあげる事だね。そうやって君はまた逃げ道をひとつ失う。自分の手で鎖をかける。
  楽しみにしててね。逃がしはしないよ、絶対に」





 一方的に宣言し、千石が去って行った。駆け寄る。
 「サエ!?」
 崩れ落ちた佐伯。寄り添う自分に気付くでもなく、赤い顔で口を覆っていた。
 引っ越したとはいえ幼馴染をずっと続けている。彼の気持ちなど手に取るようにわかった。千石を決して嫌ってはいない―――いや、嫌っていながらも同時に惹かれているという事は。
 (・・・・・・・・・・・・)
 佐伯が気付いていないのを幸いに、不二は千石が去って行った方を見やった。その目には、
 ―――激しい怒りが浮かんでいた。










Rat

〜2.対不二〜







 
 
 
 
 
 
   




 コンコン。
 「やっ、不二くん」
 「やあ千石」
 夕食後、不二は千石の部屋へと来ていた。最初から謀っていたのか、千石と佐伯の部屋へと。
 笑顔で出迎えてくれた千石に、不二もまた笑顔で返す。自分がいるのはまだ廊下。ここで大喧嘩などやらかしたら、5分で参加者全員へと広がるだろう。それはそれで面白くもないし、千石に付け入らせる隙は作りたくない。
 「サエいる?」
 「あーサエくん? 今お風呂だけど。
  もーすぐ出てくるだろうし、待ってる?」
 「じゃあそうさせてもらうよ」
 こうして、不二は部屋への侵入に成功した。







§     §     §     §     §








 部屋へ入り、2歩3歩。狭苦しい棚の間をすり抜ければ、その奥にベッドが2つあった。もちろん自分の部屋と同じつくりだ。
 ベッドはまだ使われていない。物置程度としてしか。
 「手前がサエくんのベッド」
 唐突に、千石がそんな事を言い出した。その意図を察するより早く振り向く不二。振り向き、
 ドン!
 「うあっ・・・!」
 同時にそこへと突き飛ばされた。
 起きる間もなく千石がのしかかってくる・・・・・・事はなかった。彼はただ、横に座るだけだった。横座りで、こちらを覗き込んでくる。
 「で、サエくんがもうすぐ帰ってくるからね。単刀直入に行こうか。
  君は何の用事があるのかな?」
 今までと違う笑み―――とはあながち言い切れもしないか。人を馬鹿にする事に関しては同じだ。自分も馬鹿に見えるか、切れ者に見えるかが違うだけで。
 合わせ、不二も人のいい笑みを消した。底冷えする寒さで微笑を浮かべ、
 「ただの馬鹿じゃないと思ってたけど、なるほどね。一応『食わせ者』ではあるんだ」
 「『単刀直入に行こうか』。俺はそう言ったと思うけど?」
 (駆け引きの類は無用、ね・・・)
 判断し、
 「じゃあお言葉に甘えて。
  ―――サエに手、出さないでもらえないかなあ」
 不二は、単刀直入に切り出した。
 千石がにっこり笑う。
 「嫌v」
 ガスッ―――!
 死角から伸びてきた不二の手。食堂からパクってきたのだろう、箸の握られたそれをしっかり押さえ付ける。
 睨み付ける不二に軽く笑い、
 「さっすが天才は違うね。闇雲に打たず、ちゃんと頭蓋骨の隙間狙うんだね。
  けどごめんね。俺も一応動体視力の良さウリにしてるし。この位反応出来ないとね」
 「そうなんだ。てっきり目の良さだけが自慢で反応は出来ないのかと思ってたよ」
 「おおっと痛いねえ。それはアレかな? 神尾くんの音速弾見ての感想?」
 「桃に負けた時の事も詳細に述べあげて欲しい?」
 「いーや遠慮しとくよ。俺落ち込んじゃうから。
  けどあんま俺の悪口は止めた方がいいよ? 同じプレイしてるサエくんの悪口にもなっちゃうからね」
 「どこが? サエはしっかり反応してたじゃないか。君と違って」
 「だから今回俺も頑張ったっしょ? 過去の失敗ほじくり返すよりは現在の成果褒めてくんない?」
 「なんで僕が。
  それより『単刀直入』はどこ行ったの? 本当にサエ戻ってくるよ?」
 言いながら、不二の視線がちらりと扉に向けられた。今彼がこの光景を見たらどう思うのだろう? 意識し始めた相手に組み敷かれる大事な存在など。
 「俺は別に、戻ってきてもいいけどね」
 「嘘でしょ? 早くするよう切り出したのは君だよ?」
 「ありゃ。一発で見抜かれたか」
 おどけてみせる千石。ふっと笑った。
 「実のところ本当にどっちでもいいのさ。サエくんのベッドで俺と君が寝た。直接見せ付けるのとそれとなくほのめかすの、どっちがいいかなって考えてるだけだから」
 「語弊も甚だしいね。僕と君が? お断りだよ」
 「真実なんてどうでもいいのさ。大事なのは既成事実を作り上げる事なんだから。
  サエくんさぞかしショックだろーねえ。自分が護るって誓った君が、自ら俺に躰を捧げて」
 「あのねえ。冗談でもそういう言い方止めてくれない? サエが信じちゃうじゃないか。サエは君と違って素直に出来てんだから」
 眉を顰め言う不二に、千石ははははははと声を上げた。
 「何?」
 「あ〜可笑しい。
  サエくんは君を護りたがってたけど、その実君の方が保護者なんだ。とんでもない保護者だね」
 「どこが?」
 「羊が狼に食われないよう羊飼いが番をする。おかしいと思わない? 結局守り抜いたその羊を最後に殺すのは羊飼い当人なんだよ? 君はまさしく羊飼いだね」
 「僕がサエを殺すと?」





 「そうしたいんでしょ?」





 一字一字強調され、不二がぴたりと黙り込んだ。全てはさもしい独占欲がなせる業。取られたくない。佐伯は自分のものであればいい。
 自覚し、
 ―――不二はくすりと笑った。
 「そうだよ?」
 「開き直り?」
 「まさか。僕は一言もそうじゃないとは言ってない」
 「なるほどね。けど―――
  ――――――サエくんの前でその態度はどうかと思うよ」
 がちゃりと音が鳴った。扉が開いた。
 佐伯が帰ってきた。
 「周ちゃん・・・? 千、石・・・・・・?」
 「サエ・・・・・・・・・・・・」
 暫し呆然と見つめ合う。
 先に行動を起こしたのは、選択肢のない佐伯だった。
 「周ちゃんには手を出すなって言っただろ千石!!」
 吠え、佐伯は千石の下から不二を引っ張り起こした。そのままきつく抱き締める。
 「ごめん。ごめんね周ちゃん。俺がもっと早く戻ってればよかった・・・・・・」
 1人悔恨の思いに耽る佐伯。不二の肩に顔を埋め肩を震わせる彼を他所に、ベッドに座りっぱなしだった千石はさも可笑しそうに体をのけぞらせた。
 「(・・・何?)」
 抱き締められたまま、不二がきつい目で問う。
 「(ほんっとサエくんって純情可憐って感じだね〜。すっかり騙されてんじゃん)」
 「(君の計画もこれで失敗だね。サエは僕を取るよ)」
 勝ち誇って微笑む不二。だが、
 千石もまた、己の勝ちにほくそ笑んだ。
 「(そう。サエくんは君を取るよ。自分よりね)」
 「(まさか―――!!)」
 頭のいい人2人目発見。だがもう戻れない。彼は、わざわざ自らこちらの策に協力してくれた。
 愕然とする不二から視線を動かし、標的を佐伯へと固定させる。
 「サエく〜ん。俺の邪魔しないでくんない?」
 佐伯が顔を上げる。不二を後ろにかばい、
 「するに決まってるだろ? お前どういうつもりだ?」
 「どういう? 見たまんまっしょ。サエくんが相手してくんないから不二くんでも襲おうかと」
 「だったら―――!!」
 「『俺を襲え』?」
 「―――っ!」
 先に言われ、佐伯は言葉を詰まらせた。空いた間で、自分がどれだけこっ恥ずかしい台詞を言おうとしていたのか自覚したらしい。顔中真っ赤になった。
 「それでいいんならそうするけど?」
 ぎりっ・・・と佐伯が歯軋りをする。殺気に似た怒気が辺りを包み込んだ。
 「お前、周ちゃん利用するってこういう事か・・・・・・」
 「可愛い可愛い弟のピンチだもんねえ。体張って助けてあげなきゃ。
  ―――ねえお兄ちゃん」
 佐伯の目が泳いだ。泳ぐ目が、不二を捉える。
 頼りない、泣きそうな目だった。
 「周ちゃん・・・・・・」
 「サエ・・・・・・」
 手を伸ばしかけ、気付く。自分は何も言ってはいけないのだと。何を言っても、それは佐伯のお兄ちゃん根性を煽る事にしかならない。
 (なら―――)
 不二の目が千石へと向けられた。千石の目もまた、不二へと向けられた。





 「どっちか選んでね。不二くんの中のサエくんを壊すか、サエくんの中の不二くんを壊すか」





 『―――っ!!』
 2人の吸気音がハモった。意味は全く違う音が。
 射殺す眼差しが千石を刺す。が、
 (残念。視線だけじゃ殺せないな。少なくとも俺は)
 ここにいる2人は死ぬだろう。『壊れた不二』を見れば。見られれば。
 2人の意見が固まった。佐伯を壊す方へと。
 「サエ・・・・・・」
 不二の呟きを背に、佐伯は足を踏み出した。一切振り向かず、千石の前へと立つ。
 「最初に1つ約束しろ。今後一切周ちゃんに手は出すな」
 「そりゃもちろん。君が手に入るんならね。
  んじゃ、手始めに服脱いでよ。嫌とは言わないよね? もちろん」
 硬い表情を見せる佐伯。抱かれる覚悟は出来たが、そこまでやらされるとは思ってもみなかったのだろう。
 かろうじて残っている最後の砦―――自尊心で尋ねる。
 「お前が脱がせればいいだろ?」
 「駄目v
  君が逆らわないように、忠誠心見せてもらわなきゃ」
 「そんなの―――」
 「あそれとも」
 言いかけた佐伯を何気ない口調で遮る。視線を僅かにずらし、
 「―――やっぱ不二くんの方にする?」
 「俺でいい!!」
 反射的に叫んだ時点で、佐伯の負けが確定した。
 千石の視線が佐伯へと戻る。哀れむように笑い、
 「ホラ、自分で逃げ道潰した」
 「〜〜〜!!」
 佐伯が、拳を、肩を、全身を震わせる。震わせ―――
 ―――ふっと力を抜いた。
 「わかった」
 「サエ!!」
 悲壮な声を背に、佐伯は服を脱ぎ出した。Tシャツとジャージだけだ。あっさりと脱ぎ終わった。下着含め。
 「これでいいのか?」
 裸の躰を惜しみなく晒す。見上げ、千石は恍惚とした表情を浮かべた。
 「うんいいね・・・。サエくんサイコー・・・・・・」
 「ダビデかよ?」
 「まさか」
 苦笑する佐伯に千石も笑い、立ち上がるなり抱き締めた。
 「ん、あ・・・・・・!」
 「はふ・・・・・・!」
 口を合わせ舌を絡め合う2人。千石だけでなく、佐伯も強請るように彼の首に手を回した。
 ベッドへ優しく横たえさせられる。そこで、
 佐伯は不二を初めて見た。
 「ねえ周ちゃん、頼みがあるんだ」
 「え・・・・・・?」
 呼ばれ、必死に涙を堪え顔を背けていた不二がようやくそちらに目を向けた。泣きそうな顔で、それでも微笑む佐伯を。















 「お願い。見ないで、こんな俺は」















 ダッ―――
 「あっ・・・・・・!」
 バタン!
 言われた通りに背を向け、不二は部屋から走り出た。後ろに佐伯の喘ぎを聞きながら、それでも振り向くことはなかった。
 階段を下り、宿舎を出、どこまでも走っていく。
 明かりの届かないところまで到達し、ようやく不二は止まった。
 ドンッ!!
 「――――――っああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 目の前の木に両手を叩きつけ、
 そこで、不二はようやく泣き出す事が出来た。







§     §     §     §     §








 思う存分抱き、眠りについた佐伯を見下ろし、
 千石は実に皮肉げに笑ってみせた。
 「こんなんじゃないんだよ。俺の欲しい君は」
 従順に従った佐伯。そう仕向けたのは自分。不二を人質に取り、佐伯を思うがままに操った。
 佐伯は自らを捧げた。自分ではなく、不二を想い。
 銀色の髪を梳く。穏やかな寝顔だ。きっと見ているのは、大切な弟の夢だろう。
 髪を引っ張り、起こしたい衝動に駆られる。そのまま不二の元へ連れて行って、彼の目の前で抱いてやろうか。佐伯は2度と不二に会えなくなるだろう。無理矢理犯され、なのに喘ぎ悶え達する自分など見られてしまえば。
 そして彼は自分へと堕ちてくるだろう。他の全てを自ら放棄し、さも他に道はないんだ的甘ったれた被害者面して。
 (それじゃつまらないじゃないか)
 「まあ、焦る必要もないさ。まだ道は1つ塞いだに過ぎないんだから」
 さて次は何を仕掛けよう。考え、
 「ああそうだ♪」
 日中接してきた人物を思い出す。去年の
Jr.選抜合宿で同じく引っ掛け堕とした人物。彼ならこのお遊びにも付き合ってくれるだろう。
 「丁度ヒマなんだし。ねえ、跡部くん」
 嘲笑から一変、千石は実に楽しげに笑い、眠る佐伯の頬に唇を落とした。



―――Rat

   

 
 
 
 















§     §     §     §     §

 わ〜い千石さんがサイテー人間だ〜♪ 次じゃもっとサイアクになるぞ☆
 というワケで
Rat2。1話読み切りで始めたクセして1が書き上がる前に続編4くらいまで考え、しかしながら続けば続くほど必然的に千石が悪者状態になるためどうしようかと思っていたところ、『続かないんですか?』というありがたく頼もしいコメントを頂いたので思い切って続けてみました! とりあえず全5話前後ですか? 毎回出てくる『3人目』は変わりそうですが、次は千石の予告通り跡部です。

2005.6.12