それより少し後。
 佐伯を放って歩く千石。廊下を曲がったところで声をかけられた。
 「今回のターゲットはアイツだってか?」
 腕を組み、壁に寄りかかっていた男。彼にしては珍しいからかい口調に、千石はにっこり笑ってぱたぱた手を振った。
 「やあ跡部くん。盗み見? 君も趣味悪いねえ」
 「てめぇにゃ言われたくねえな」
 「俺の趣味は最高だよ? だって君墜としたもん」
 軽くキスをする。挨拶程度のそれ。もうした回数も思い出せない程だ。
 「んで? 墜とし終わったから俺にはもう興味なし、と?」
 「まっさかあ。だって君最近手塚くん手塚くんばっかじゃん。俺だってヤキモチとか妬いちゃうワケですよ」
 「ほお。
  ―――妬かせるために言ってた、っつったら?」
 「そりゃ光栄な事で」
 交わすキスが深くなる。暫し互いに堪能し・・・
 「んじゃあそろそろ行こっか。あんま遅れると怒られちゃうよ」
 「・・・・・・そーだな」
 先行く千石についていく跡部。今までの余裕はどこへやら、その顔には、
 ―――強い嫉妬が込み上げていた。










Rat

〜3.対跡部〜







 
 
 
 
 
 
   




 千石に抱かれるようになってもう何度目―――何日目か。快楽を得る行為だと割り切ってしまえばもう何も感じなくて。ただ不二と目を合わせる事が出来なくなったのだけが以前との違い。
 今日もまた飽きる事無く抱き合った。客観的に見れば自分も随分慣らされ上手くなったものだ。皮肉げに考える。
 ―――テニスの合宿に来てなぜ
SEXが上手くなるんだろう。
 満足げに眠る千石を置いて部屋を出る。喉が渇いた。
 各階にある洗面所へ向かおうとし―――
 結局佐伯は1階の自販機へと行った。多分にヤケクソ込み。千石は自分を閉じ込めるというような事を言っていたが、むしろ檻から飛び出してしまったようだ。安定した不自由から抜け出し、不安定な自由へと。価値観は完全に変わり、確かに見えていた筈の道は今や完全に見失ってしまった。これからどうなるのか。そんな事はもうどうでもいい。
 (どうせ、アイツのものになるだけだしな)
 いっそ開き直って金投入。押したボタンはスポーツドリンク。わざわざ買うまでもなく、明日になれば飲めるというのに。こんな小さな無駄も、だんだん楽しくなってくる。これもまた、心が麻痺した証拠。
 明るい自販機から2・3歩離れ顔を上げ、
 「跡部じゃないか」
 「ああ、佐伯か」
 こちらも飲み物を買いにきたのだろう。跡部とばったり鉢合わせになった。
 無言のままなのも気まずいので、とりあえず何か話し掛けてみる。
 「どうしたんだこんな夜遅く」
 「てめぇも同じだろーが」
 「・・・。それもそうだな」
 以上。実りのない会話終了。
 自販機に向かう跡部に、佐伯も何となく近寄った。元々さして離れてはいなかったが、会話するには少し遠すぎる位置だった。
 ―――近付いた時点で会話する意思ありと判断されたらしい。取り出し口に身を屈めながら、今度は跡部が口を開いた。
 「千石とは随分仲良くやってんだな」
 「・・・・・・つまり?」
 「隣の部屋でな。うっさくて眠れねえ」
 「それは失礼」
 悪びれもせず謝る。恥ずかしがるという感覚もまた、抜け落ちてしまった。
 「別にいいけどな」
 跡部もまた、特に怒るでもなく流した。元々文句を言うつもりでもなかったのだろう。
 立ち上がり、やはりこちらも習性で買ったらしいスポーツドリンクのキャップを開け一口飲む。
 再び封をし、
 「おかげでこっちも溜まっちまってな」
 「へえ?」
 近付いてくる跡部。薄く笑う佐伯からペットボトルを奪い、こちらにもフタをして。
 唇を触れ合わせてきた。
 「ふ、は・・・・・・」
 最初は浅く。だんだん深く。
 特に佐伯も抵抗はしなかった。されるがままに任せる。さすが跡部。女遊びが激しそうだと思われるだけある。早くも興奮し始め、下では出し切れなかった千石の残滓が脈動により押し出されとろりと下着を濡らした。
 (誰にでも感じる・・・か。淫乱だな、まるで)
 心の中で苦笑する。わざわざ確認を取るまでもなくわかっていた事だ。
 最初は不二を護るため千石に抱かれた。いつしか自ら進んで脚を開くようになっていた。完全に自分は、この快楽に溺れている。
 口が離れた。
 「反撃、しねえんだな」
 「気持ち良くしてくれるならな」
 跡部の頬を撫で妖艶に誘う佐伯。跡部も男味溢れる笑みを見せ、佐伯を自販機へと押し付けた。
 何度も何度もキスを交わす。力が抜け座り込んだ佐伯に覆い被さり―――










 「な〜にやってんのかなあ君ら」










 第三者の声に、2人は同時に反応した。彼もまた、喉が渇いたのだろうか。目覚めた千石が、悠々とした歩みでこちらに近付いてくる。
 「別に? ただ遊んでただけだぜ?」
 小さく笑いながら跡部が立ち上がる。
 「わざわざこんな時間に?」
 「適度な運動は眠りを深くするんだろ?」
 「テニスで充分じゃないの?」
 「不十分なのはお互い様だろ?」
 「だね」
 軽口を交わす間に、千石がそこへと辿り着いた。さりげない動作で跡部を横にずらし、
 ドガッ!!
 「ぐっ・・・!!」
 まだ起き上がれない佐伯の鳩尾を蹴り上げた。
 縮こまろうとする佐伯。脚の間を足で踏み込めば、喉を仰け反らせ喘ぎと叫びの中間のような声を上げた。
 「あっ・・・! んあっ! あっ! やあっ・・・! 止め・・・千石!! あっ!!」
 なおもぐりぐりとえぐり込ませる。合わせ、佐伯の躰がびくびく跳ね上がった。
 極限にまで達したところで、
 ぱっと足をどける。
 「あ・・・・・・・・・・・・」
 エサをねだる小鳥のようにぱくぱく口を開ける佐伯に冷たく笑い、
 「俺誰にでも尻尾振っちゃうインランな子大っ嫌い。反省するまで帰って来ないでね。
  ―――じゃあ部屋戻ろっか跡部くん」
 「そうだな」
 こうして、2人は部屋へと戻っていった。呆然とする佐伯を独り置いて。







§     §     §     §     §








 ゆっくりと息を吐く。ようやく興奮が収まった。息を整え、佐伯はその場に立ち上がった。
 近くにトイレもあったが、そこで出してきたくはなかった。そこまで惨めな思いはしたくなかった。
 (部屋戻れば、千石がやってくれるし)
 表面上の興奮は収まっても、昂ぶらされた気持ちは収まりはしない。
 乾いた喉をドリンクで癒し、佐伯は自分たちの部屋へと戻っていった。







§     §     §     §     §








 そっとドアを開ける。覗き込み、自分のベッドで待っていてくれた千石にほっとし・・・
 「千ご・・・・・・・・・・・・」
 声を掛けかけ、佐伯は笑顔のままそこで止まった。
 待っていたのは千石だけではなかった。いや、
 ―――千石もまた、自分を待ってはいなかった。
 「ん・・・。やっぱ、君が最高・・・」
 「ったりめーだろ・・・。散々、てめぇに開拓されたんだからよ・・・・・・」
 「そーゆー、身もフタもない事は言わない・・・・・・」
 「いーじゃねえか別に・・・その通りなんだからよ・・・・・・」
 ベッドで絡み合う千石と跡部。受け入れられない光景を前に、全く違う事を考える。
 どうりで跡部のを気持ち良く感じたワケだ。千石からの受け売りだったらしい。2人はずっと前からそんな関係だったようだ。
 頭が、だんだん回転を戻していく。現実を、現実として受け入れる。
 自分のベッドで、跡部が千石に抱かれている。
 いつもなら、そこにいるのは自分なのに・・・・・・・・・・・・
 「離れろよお前ら!!」
 気がついた時には、佐伯はもう行動を起こしていた。千石を引き起こし、拳を固め殴ろうとして。
 パシ!
 その手はあっさり受け止められた。
 拳がどけられる。脇から現れた千石の顔には、先ほどと同じ冷たい笑みが浮かんでいた。
 「何すんのかなあサエくん」
 「お前、俺にはああいう事言っておきながら自分はヤんのかよ他のヤツと!」
 「だ〜って君が先やった事じゃん。それに跡部くんが俺らのせいで溜まってるっていうから、出すの手伝ってあげただけでしょ?」
 「理屈になるかよ!? だったらその跡部だってさっき俺に迫ってきたばっかだろ!?」
 「跡部くんが君に? まっさかあ。跡部くん一途な子だもん君と違って。
  ―――ね〜跡部くんv」
 「ああそーだな。俺は千石にしか抱かれてえとは思わねえな」
 「―――っ!!」
 寝転んだままにやにや笑う跡部。しれっと言われる詭弁に、佐伯の中で何かが切れた。
 「だったら俺が抱いてやるよ!! それで同類になろうぜ跡部!!」
 両手を押さえ込み、跡部へとのしかかる。勝算は充分にあった。これで跡部は逃げられな―――
 ドズッ・・・
 「が、は・・・・・・」
 鳩尾へ―――千石に食らったのとぴったり同じ場所に膝蹴りを入れられ、たまらず佐伯は手を放した。
 倒れ込む佐伯からするりと抜け出し、跡部が冷め切った目で彼を見下ろした。
 「汚ねえ手で俺様に触んじゃねえよ」
 さらに、千石もまた見下ろして、
 「君はほんっとバカな子だねえ。頭いいかと思ったけど、やっぱ訂正。なんで1回だけじゃなくて2回も間違えるんだろ」
 「・・・・・・・・・・・・だったら」
 「ん?」
 ぼそりと佐伯が呟いた。うつ伏せていた顔を起こし、千石をきつく睨みつけ。










 「だったら教えてくれよ俺はどうしたらいいのか!! お前が俺を欲しいって言ったんだろ!? どうやったらお前の欲しがる俺になれるんだよ!?」










 千石は、暫く佐伯を見下ろし、
 ふ・・・と顔の筋肉を緩めた。
 ベッドに座り、佐伯へと屈み込みキスをする。
 「そうやって、訊いてくれればいいんだよ。そしたら何回でも教えてあげる。
  君はただ俺だけを求めてくれればいいんだよ」
 「千、石・・・・・・?」
 涙を舌で舐め取り、
 「ごめんね酷い事して。大好きだよサエくん」
 「千石・・・・・・」










 ベッドの上できつく抱き合う2人。横目に、
 服を着終わった跡部は物音一つ立てずに部屋から出て行った。







§     §     §     §     §








 部屋に―――隣に戻る気にもなれず、さてどうしようかと思い。
 (そういや、飲み物置きっ放しにしてきちまったな)
 そんなワケで、跡部は再び1階自販機へと向かう事にした。










 自販機前にて、飲みかけのボトル1つ発見。そういえばもう一つは佐伯が持って入っていたか。
 「ハッ・・・!」
 思い出した嫌な事。千石に抱かれる佐伯を打ち消すように短く吐き捨て、
 「・・・・・・・・・・・・跡部」
 「・・・ああ?」
 逆端に並べられたソファから、声をかけられた。
 ワンテンポ遅れて振り向く。声をかけられるまで他者の存在に気付かなかった。暗いから気付かなかったのか、それだけ動揺してたのか。
 暗闇で、人のシルエットがもぞもぞ動いていた。向こうからすればこちらはさぞかし明るく見えるだろう。逆光だが。
 「不二か」
 向こうと同様、跡部もまた上げられた声で相手を判別した。参加者の中で、自分を呼び捨てにするこれだけ高い声の相手。一番考えられるのは呼びかけた彼だった。
 そちらへと近付いていく。闇に慣れ始めた目に、さらさらの髪が揺れるのが見えた。
 ソファへと辿り着いた。不二は何をするでもなく、手の中で同じボトルを弄んでいる。
 「隣いいか?」
 訊かれるとは思わなかったらしい。それほど自分は横柄に見られていたようだ。
 見上げ、不二が小さく笑う。
 「どうぞ。別に僕の専用でもないし、それにそこまで必要なほど太ってもいないからね」
 「そりゃそうだな」
 揺らさないように腰を下ろし―――揺らすと弾みで不二が落ちそうだ。さすがに実際そんなことはないだろうが、今の不二は本当にそよ風に飛ばされそうなほどの頼りなさを見せている―――、跡部はボトルを傾けた。
 付き合いでか不二も同じようにし・・・・・・口をつける程度で戻した。中身はほとんど減っていない。喉が渇いてここに来たのではないらしい。
 気にせずぐびぐびと飲み、
 「眠みいんならちゃんと部屋戻れよ? 風邪引くぞ」
 きょとんと不二が見てきた。赤く腫れぼったい目。元々開いてはいないが、今は特にしっかり開いていない。
 前に目が戻る。虚空を見つめ、不二はぽつりと呟いた。
 「戻りたくないんだ、部屋には。
  ―――サエの声が聞こえる」
 (そういや、逆隣がコイツだったか)
 憶えていたのは、初日の騒ぎ以降何となく不二にも目を向けていたからか。
 「僕のせいで、サエが千石に・・・・・・」
 その先は聞こえなかった。聞こえたとしても、まともな説明にはなっていなかった。そもそもの始まりたるその騒ぎを知らなければ。
 ずっと隣の部屋にいたのなら、当たり前の話あの騒ぎは筒抜けだった。確かに佐伯は不二のために自分を犠牲にした。だが―――



 ―――『だったら俺が抱いてやるよ!! それで同類になろうぜ跡部!!』



 恐怖を煽る、凄絶な笑顔でそう吠えた佐伯。あの時彼を支配していたのは、間違いなくただの嫉妬だった。不二のために嫌々抱かれていたならば、むしろ喜んで差し出していただろうに。
 認めたくはない。だが、
 ―――自分は怖くて逃げ出した。あそこまで千石を想える強さ。烈しさ。自分には決してないものだった。乗せられ、煽られ堕ちただけの自分には。
 ちらりと目だけで横を見る。何も知らずに自分を責める、見ようによっては幸せな少年を。
 教えてやる・・・・・・事もないだろう。わざわざ他人を不幸に陥れる趣味はない。
 跡部はため息をつき、
 「そうか」
 とだけ答えた。
 そのため息で何かを察したのだろうか。俯いたまま、不二が笑みを浮かべた。口元だけに張り付く笑みを。
 「知ってるさ。わかってる。もうサエは僕なんてどうでもいいんだって。
  そうだよね。元々千石は『嫌い』なタイプじゃないし。サエは自分から進んで抱かれてる。
  ああわかってるよ。よーくわかってる」
 「やっぱさっきの聞こえたから出てきたのか。その前俺らが来た時は間違いなくいなかったもんな。どうりでドリンクも減ってねえし体も冷えてねえと思ったら」
 片手を、不二の肩へと回し凭れかからせる。不二も何も言わず寄りかかってきた。
 半そで剥き出しの腕に触れる。高原故夜は寒い辺りと比べ、不二の体はほとんど冷えていなかった。僅かな湿り気と合わせ、先ほどまで布団にくるまっていたのだろう。
 「ねえ跡部」
 「ああ?」
 顔は上げないまま問われる。





 「やっぱ君、千石の事好きだったの?」





 どう答えようか、悩むまでもなかった。
 突付けば泣きそうな、それでも何かを吹っ切ったような晴れやかな笑みで、
 言う。
 「多分な。少なくとも、アイツが思うよりは好きだった」
 「今は?」
 「勝者は常に1人だ。負けたら潔く引くしかねえだろ?」
 「・・・・・・強いんだね」
 「強かねえ。千石は俺じゃなくて佐伯を選んだ。ただそれだけだ。
  俺が何しようがアイツらにゃあもう何の関係もねえ」
 ふいに、不二が顔を上げてきた。冷えていないもう一つの理由―――泣き疲れた目に再び涙を浮かべて。
 「ねえ跡部」
 「今度は何だ?」
 見下ろす跡部に、不二もまた笑みを浮かべていた。










 「寒いよ。すっごく寒いんだ。芯まで冷えて、このままじゃ凍え死にそうなんだ。
  あっためてよ、君の強さで」










 言い終わる時には、答えを返す時には。2人の唇はもう、完全に触れ合っていた。
 飲み物を下へ置き、不二をソファに横たわらせる。
 上に跨り、跡部は苦笑を浮かべた。
 「フラれたモン同士がくっつく。ご都合主義の極みだな」
 「そのイイワケが使えるのは今だけさ。
  一夜限りか、それとも続けるか。決めるのは僕らだよ」
 「なるほどな」
 流され人生はもういらない。舵を取るのは自分自身。
 「上等じゃねーの」
 「よろしくね」
 密やかに笑い合い、2人は顔を近づけた・・・。



―――Rat

   

 
 
 
 















§     §     §     §     §

 サエが自販機に飲み物買いに行った!? コイツはタダで飲める水派じゃねえのか!? それとも寝てる間に千石の財布パクったか!?
 ・・・・・・意外と最後の答えがいいなあ。『ヤられても、タダで起きたら貧乏人』といったところで。正解はもちろん本文どおり、自暴自棄によりですが。
 それはともかく
Rat3。なんだか跡不二が誕生しました。不幸すぎる2人を無理やり救済した結果という感じですな。跡部が言ったとおりご都合主義でしょうが、やっぱたとえメインじゃなくてそれ故幸せにする義務はない(爆)としても、出たからにはそれぞれの納得出来る形で『幸せ』になって欲しいなあ・・・と思うのが親心ならぬ作者心なのか。おかげでサエ絡みのCPを目当てに読まれた方(企画の都合上普通はそうです)にもの凄い失礼な事になっているような気もしますが、とりあえず敵(再爆)は排除し、これからは心置きなくキヨサエに〜・・・・・・なるのでしょうか!? 残念ながらまだなりそうにありません! まだ千石が手に入れたのはサエの躰だけですからね。次こそ心を〜〜〜・・・・・・・・・・・・手に入れられるのやら。
 そうそう。千石かあるいはリョーガが、『アタック中前提、わざと他の子にちょっかいかける』というコメントがありました。今回はそれに、含まれるのか否か。次回はそんな展開になりそうです。ちょっかい『かけられる』かな?
 次はヲトメサエ全開だ!!

2005.6.13



P.SJr.選抜合宿の時って、室内裸足でしたっけ? 蹴り上げ踏み込む際はぜひ上履きで(最低)!! しかしそうなると後で汚れるか・・・・・・。