夜結ばれた、その反面、
佐伯は昼間、酷く千石を嫌悪した。
それは自然な成り行き。そうやって、昼と夜でバランスを取る。だが・・・
「ねえねえサエく〜ん」
「うるさいなあ。なんだよ千石、ついてくんなよな」
「ついてくな・・・って、同じ場所向かうんだからどーやったって一緒になるっしょ」
「ああそうかよだったら話し掛けるな。邪魔だ」
「くすん。俺泣いちゃうけど?」
「勝手にしろよ。俺には関係ないだろ?」
「む〜・・・」
「何ンな声出してんだよウザいなあ」
「・・・・・・」
「先行くからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
立ち止まった千石を置いて先に行く佐伯。姿が完全に見えなくなってから、千石は疲れたようにため息をついた。
そんな彼を、
―――後ろから見ていた切原は面白そうに目を細めた。
Rat
〜4.対切原〜
どん―――!
「うわっ!」
後ろから突如どつかれ、千石は慌てて振り向いた。にこにこ明るく笑って手を振る後輩(学校は違うが)を見て、
「ああ、切原くんか」
「どもっ! 千石さん。
どーしたんスか? 何か背中に哀愁漂ってるっスよ?」
「それはアレかな? 俺が落ち込むのは天変地異並に珍しい、と?」
「ハッハッハ! それ言っちゃお終いっスよ!」
「うわ〜! サミシー!! 否定してよ〜〜〜!!!」
ぎゃーぎゃー騒ぐ。
ぴた、っと収まり。
「冷たくされんの、嫌いなんスか?」
「嫌いだね。好きな人もそんなにいないっしょ」
「アンタは平気なのかと思った」
切原に心底意外そう―――落ち込むの以上の意外さで驚かれ、千石は力なく微笑んでみせた。人の前ではまず見せない、『食わせ者』の素の顔で。
「俺はそんなに強くないんだよ。君が思ってるほどには。
ねえサエくん」
ため息の延長のような呟き。「ふーん」と頷き、
切原はにっと笑って指を一本立てた。
自分を指し、
「なら、俺協力しましょうか?」
「え・・・・・・?」
§ § § § §
最近、千石につきまとわれなくなった。安心して練習に打ち込む。夜は相も変わらずだが、それは自分だってやりたいから構わない。
(あ〜・・・。何か、平和って感じだな〜・・・・・・)
初日初っ端以来、ようやく感じれるようになった束の間の平和。なんだって受け入れるぞ的おおらかさを醸し出す佐伯に、こちらも随分穏やかになった不二が話し掛ける。
「何か今日、調子いいね。サエ」
「そうかな?」
「その調子で選手入り目指す?」
「ははっ。さすがにそれは無理だって。
周ちゃんの方がずっと近いんだから頑張れよ」
「そうやってプレッシャーかけないでよ。もう残り枠少ないんだから」
「少ないって言っても、まだ後3つだろ?」
「どれだけ後選ばれそうな人が残ってると思ってんの?」
「え〜っと・・・」
指折り数えてみる。
「周ちゃんに、越前・・・」
「立海は全員要注意だから、柳君に切原君、それならそれに勝った乾も? 青学なら勝率が高いのは桃かなあ。あと英二が選ばれてるなら大石も来ると思うんだけどなあ。それに・・・・・・」
こちらも指折り数える不二。
後は〜・・・と空を見て、
―――佐伯はそれを見つけた。
「千石・・・・・・」
「ああそうか。なんて言ったって去年もJr.選ばれてるもんね。
―――――サエ?」
さらに1つ指を折ってから、不二はようやく気付いた。佐伯が、思いついたから口に出したではない・・・と。
ヘンな方向を向いたまま動かない佐伯。不二もまた同じ方向を見て、
「竜崎班―――というか手塚班だねえ」
コーチ限定で戻ってきた手塚も入れ、11人で練習している。それは別に珍しくもない光景。
どうかしたの? と首を傾げる。そんな不二には全く気付かないながらも、偶然佐伯は質問に答えてくれた。
「アイツら、また一緒にいる・・・」
「『アイツら』・・・・・・?」
該当しそうな人は――――――ぴったり目の前にいた。佐伯がそちらを見ているのだから当たり前か。
「千石君と、切原君・・・・・・?」
2人は練習をしていた(当たり前だ)。何かのフォームの確認をしているらしい。ラケットを振る切原を千石が指導している。
「・・・・・・・・・・・・が?」
だからどうした。・・・とはさすがに直接は訊けなかった。中間音らしいものを出す不二に、佐伯はさらにぼそりと続けてくれた。
「今日見ただけでもう3回目だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。よく見てるね」
他に何とも言いようがなく、不二は頬を引きつらせつつかろうじてそう返した。見てばっかいないで練習しなよ? とか、同じ班なんだから一緒にいて当たり前でしょ? とか、じゃあそもそも僕らは今日何回一緒にいるの? とか、いろいろ思うところではあるのだが・・・・・・・・・・・・。
突っ込んでいいのかどうか悩む不二を他所に、本日シリアス路線だったらしい佐伯はそのままふいっと顔を背けた。
「あ・・・・・・」
呼び止めようと手を上げ、
「不二! 練習中私語は禁止だ!! グラウンドを走って来い!!」
「・・・・・・僕、だけですか?」
「他に誰がいる?」
「・・・・・・・・・・・・。
いえ。走ってきます」
「兄貴が注意されるなんて珍しーなあ」
「んふ。驕り昂ぶっているからでしょう」
「全く。たるんどる!」
「不二のグラウンド走りか。実に4ヶ月ぶりだな」
「・・・・・・・・・・・・」
好き放題言われるのに屈辱感を憶え、よっぽど佐伯を巻き込もうかとも思ったが・・・・・・
(サエ・・・・・・・・・・・)
苛立ちを飛ばすように黙々と練習を始めた佐伯に、不二は何も言わず走り出―――そうとした。
「佐伯! 練習に身が入っていないぞ! ただやればいいだけではないだろう!
お前も不二と共にグラウンドを走って来い!」
「・・・・・・。はい」
(うわ・・・。意味な・・・・・・・・・・・・)
§ § § § §
その日、カウントしただけで千石と切原は8回一緒にいた。次の日からもカウントを続けてみると、大体1日平均10回程度だった。共に選手に選ばれてからは特に多かった。反比例して、自分にまとわりつく時間は減っていった。
これらにより、2人が一緒なのは偶然ではなく意図した結果だと判断し、
佐伯は上に乗る千石へと話を切り出してみた。
「なあ千石、最近お前の班どうだ?」
「どう? まあ、いろいろあったけどまとまってんじゃないの? 切原くんとかも素直になったし」
「へ〜。切原が、ねえ」
「いきなり何さ?」
「いや別に? 最近お前切原と仲いいな」
「まあね。切原くん可愛いし」
「可愛・・・・・・!
・・・・・・ま、まあ別にいいけどな」
「で? それが?」
「・・・・・・・・・・・・。
別に? 何でもないけど?」
「あ、そう? 話それで終わり?」
「まあ、な・・・・・・」
「ならさっさとやろっか」
「・・・・・・あ、あっ!」
言葉が消える前に、もう始まっていた。元から夜の千石は口数が少なく素っ気無い。昼夜のバランスで言えば、多分取れているのは自分だけでなく千石もだろう。昼間人懐っこくよく喋る分夜は無口で他人行儀。尤も・・・
(ヤるだけなら別に親近感沸かせなくてもいいしな)
道理に適った事だ。躰だけの関係ならば、快楽さえ得られれば他は何も必要ない。
抱かれながら、思い出す。かつての千石の告白を。
―――『楽しみにしててね。逃がしはしないよ、絶対に』
思い出すだけで胸を締め付けられるあの熱さ。今ではすっかり冷めてしまった。熱いのは躰だけで、心は完全に冷め切っていて。
一体あの頃の気持ちはどこへ行ったんだろう?
口で嬌声を上げ、
佐伯は心の中でため息をついた。
「ああサエくん」
「え・・・?」
「今日も一段と綺麗だね」
取ってつけたようなその言葉。そんなものに、
――――――泣きたいほど喜んでしまう自分へと。
§ § § § §
「あ、佐伯さん!」
「ああ、切原か・・・・・・」
合宿最終日の朝、佐伯は切原と何となく―――こうとしか表現出来ないほど脈絡もなく偶然ばったり出会った。予めわかっていればむしろ避けたかもしれない。
別に取り立てて親しい間柄でもない。挨拶してすれ違う・・・程度で終われば良かったが。
佐伯はやはり心の中でため息をついて止まった。切原の呼びかけ方は、明らかにこちらに話があって、だ。ここで理由なく(切原にとって)無視し悪印象を与えるよりは止まった方が賢明だろう。
「何だ?」
「訊きたいんスけど、佐伯さんって千石さんと付き合ってんスか?」
「また薮から棒に」
「薮から・・・・・・古いっスね〜。真田副部長位かと思いましたよそんなの使うの」
「放っといてくれ。俺の言葉遣いは中学生男子としておかしいと方々で言われるんだ」
「・・・・・・言われてんなら直した方がいいんじゃないっスか?」
「顔と言動は中学生だからオッケーだろ」
「まあ・・・・・・・・・・・・そう言われると反論出来ないっスねー。顔も言動も中学生じゃない副部長がいたりすると」
「だろ?」
「そうっスねー・・・・・・」
「じゃあそういう事で」
「んじゃまた。
・・・・・・ってそーじゃなくって!! 話題ずらして終わらせないで下さいよ!!」
がっしり肩を掴まれ、佐伯はようやく話題に戻ってきた。
「俺と千石か? 別に普通だろ? 何でまた」
「あそうっスか? そりゃよかった」
「・・・・・・また何で?」
問う佐伯の口調が、僅かに暗くなった。自分で訊いておきながら、大体の理由を察しているのだろう。
それに気付いているのか、対照的に切原は明るく言った。
「俺あの人に告ろうかと思って」
「え・・・・・・?」
「話してても面白いし、けっこー優しいし、ウマ合うし? 丁度いい機会だから合宿中にアタックかけてみようかと思ってるんスよ。
けど千石さんずっとアンタ見てたし。何かあんだったら揉め事起こすのも嫌でしょ? アンタも俺も。合宿途中退場とかなってもねえ。
だから確認したんスよ。ないんならいいっス。ありがとうございました」
「ちょっと待て切原」
立て板に水の勢いで会話を終わらせ去ろうとする切原を、今度は佐伯が留めた。
「お前が告白? 千石に? するのか?」
「そう言ってるじゃないっスか」
「いや止めといた方がいいんじゃないのか?」
「何で?」
「えっと、ホラ・・・。
そんな合宿中に浮ついた事やっても。不純異性―――いや同性だけど―――交遊なんて。なあ?」
「アンタ本気で言う事古いっスよ・・・?
今時恋愛禁止の部活なんてどこにあるんスか?」
「そんな理屈真田には通用しないぞ?」
「同レベルのアンタに通用しない時点で大体そりゃわかりますけど・・・。
―――ウチの部活、腐っても部長は幸村部長ですから。幸村部長なら普通に賛成しますよ」
「また・・・随分違うタイプが治めてんだな。真田・柳それに幸村でワンセット扱いされてるからてっきり同類かと思ってたよ」
「そのセットなら真田副部長の方がむしろ浮いてると思います。結構柳先輩ユーモアあるし」
「は〜・・・」
「んじゃ、特に反対はないっスね?」
「あ・・・・・・でも、千石も良いって言うかはわかんないぞ?」
「そりゃそうでしょ。わかんないから言うんだし」
「それでも・・・さあ。やっぱ狙うんなら安全圏で? お前なら例えば越前とか」
「・・・・・・どの辺りをどーいう基準で安全圏なんスか?」
「100%断られそうな辺りで」
「意味ないっスから!!」
「同じ山吹中ならここには来てないけど東方とか新渡米とか行く手もあるぞ?」
「・・・・・・誰っスか?」
「じゃあわかった。一番の安全圏は青学の大石だ!」
「参考までに訊くっスけど、理由は?」
「脅しに弱そうだ。お前がラケット片手にガン付ければ喜んで了承してくれるだろう」
「だからそれじゃ意味ねーだろーが!!」
「でも千石ってのもなあ・・・。人生博打みたいなヤツに合わせて博打? やっぱもーちょっと堅実そうなヤツ選んで幸せになった方がよくないか?」
「たとえば貯金はしっかり持ってそうな不二さんとか?」
「周ちゃんはダメだ!! お前みたいなヤツに渡せるか!!」
「・・・・・・・・・・・・アンタマジでいくつっスか? それ花嫁の父親の常套句っス」
「とにかく!! 堅実さなら手塚なりそれこそ真田なりでいいじゃないか!! どっちも財産は多そうだぞ!?」
「面白み欠片もなさそうじゃないっスか。いくら金あろうが管理が厳しかったら意味ないし」
「お前もワガママだなあ」
「アンタが話題ずらしてるからややこしくなってんだろ!?
とにかく!! 俺は千石さんに行きますからね!!」
「待て切原!!」
止める間もなく、切原はそう宣言すると今度こそ去っていった。
「あ〜あ。忠告したのに。
フラれて実力落とすとかやるなよ? せっかく選手になったんだし」
ぽりぽりと頭を掻き、
―――結局佐伯は切原の後を追う事にした。
§ § § § §
千石が見つかったのは割とすぐだった。
「千石さん!」
「ん〜?
やあ切原くん」
さっそくアタックをかける切原―――を見守る佐伯。
(フラれたらまずなんて声をかけるか。
「ご愁傷様」? これだと嫌味か。
「まーそう落ち込むなよ。世の中アイツだけが男じゃないぞ」? いやそれだと同性Onlyって感じじゃん俺が。
テイク2。「まーそう落ち込むなよ。世の中アイツだけが人じゃないぞ」? ・・・・・・範囲広・・・。
「よしよし可哀想だなあ。俺がこの胸で慰めてやるぞ」? 俺が次に立候補してどうするんだよ。
・・・・・・難しいなあ。いっそ何も見なかった事にするか。フラれようが何しようがアイツらの問題だしなあ。けどやっぱ煽った側としては責任があるワケで。だからちゃんと慰めてアフターケアとして次の相手を見つけてやって・・・・・・って何か違うか)
いろいろ考えている間に話は進んだ。先ほど話していても思ったが、どうやら切原は回りくどい事はしない単刀直入型らしい。
さっそく本題に入った。
「千石さん、俺と付き合わねえ?」
「いいよ?」
(え・・・・・・?)
首を傾げる。佐伯だけでなく、切原も。
「あれ・・・? アンタ佐伯さん狙いじゃなかったんスか?」
「ああサエくん?
まあいんじゃん? 2人いても」
―――『安心していいよ。俺が狙うのは君1人だ。他の人には興味がない』
「せっかく部屋も一緒になったし? 顔も態度も合格ラインだったからコナかけてみたけど、ちょ〜っとお高く止まりすぎ? ああいうタイプは墜とすまでは面白いけど、付き合ったら間違いなく3ヶ月で別れるしね」
「んじゃ俺滑り止めっスか?」
「嫌?」
「全然。代わりに、その内本命にして下さいね」
「君なら可愛いからオッケーだね。顔も態度も」
「へへっ。媚びんのも突き放すのも得意っスよ」
「いいね〜そーいう多面性。やっぱ無愛想なだけじゃすぐ飽きるし。
んじゃこれからよろしくね」
「ういっス!」
§ § § § §
そして明るく去っていく2人・・・・・・を見送る事もなかった。
佐伯は何も言わずその場を駆け出していた。
そして・・・・・・
「あーあ。あんなに言っちまったら逆効果じゃないっスか?」
「さあねえ。けど、
―――助けてくれそうな人、もういないし?」
去っていく佐伯をこちらは見送り、千石が口の端を軽く上げた。
「まさか君が、知り合いに泣きつくなんてそんなみっともない真似する筈ないでしょ? 上辺作りは慣れてるもんねえ。
さって最後は誰に泣きつくか。俺はいつでも準備オッケーだよ、サエくんv」
「・・・・・・アンタもサイテーっスね」
「はははっ。だから勝つんじゃん。
――――――今回も俺の勝ちだよ。間違いなくね」
―――Rat5へ
§ § § § §
はい。全体的にギャグの要素が増えてきましたRat4。真っ白サエのはずが、特に切原と話す際はかなり黒要素が入っていたようなそんな気が・・・・・・。
では次はRat5。ついに千石の作戦崩壊!? 知り合いには泣きつかないサエ。では見も知らない相手ならどうなんでしょうねえ?
2005.6.13〜14