「んで、ここにチビ助がいるってか。ったく親父の説明もワケわかんねえし、おかげで来んのは散々遅くなっちまったし、これでとっくに終わってたとか言ったらマジで親父しばくぜ?
  ―――お?」
 賭けテニス試合を前に、一足早く日本に来ていたリョーガ。早かったついでにと突発的に合宿所まで来た彼が、
 「アイツ、ンなトコで何やってんだ?」
 合宿所隅で1人蹲る佐伯に出会ったのは、果たして偶然か必然か―――それとも運命と呼ぶべきなのか。










Rat

〜5.対リョーガ〜







 
 
 
 
 
 
   




 「何だよ千石のヤツ、俺だけが狙いみたいな事言いやがって・・・・・・!!」
 千石に事実上の別れを告げられた佐伯は、最後の練習もほっぽり出し1人でいじけていた。



 ―――『俺なら絶対そんな事はしない。羽根を毟って、手足もぎ取って、全身がんじがらめに縛って。絶対君を逃しはしない』



 あんな事を言われたのは初めてだった。初めてで―――それを自分は悦んでいた。
 なぜ? ただの脅しだろう? 間違っても愛の告白とは程遠いし、告白そのものは日常茶飯事で聞いている。
 やはり、自分は千石に言われた通り追い詰められるのが好きだからだろうか。
 それとも・・・・・・・・・・・・



 ―――『覚えといてね。これから俺は、君の逃げ道を1つずつ潰す。最後に残った俺の手の中で、君に俺が好きだと言わせてみせるよ』



 「どーすんだよ千石・・・。俺は逃げたぞ・・・・・・。お前が逃がしたんだぞ・・・・・・・・・・・・」
 逃げたかった? 逃げたくなかった?
 待ち望んでいたのは、逃げる事? 閉じ込められる事?
 考え、苦笑する。
 どちらにせよもう無駄な事。千石はもうここにはいない。
 笑みの口で、口を小さく動かし―――










 「なー! そこのお前〜!」










 「・・・・・・俺?」
 呼ばれた(らしい)ので顔を上げる。佐伯の前―――フェンス越しに、誰かが立っていた。
 知り合い、ではない。ただし・・・
 ・・・・・・知り合いの誰かを彷彿とさせる相手だった。
 「ここってアレか? 
Jr.選抜メンバーが集まる合宿ってヤツ」
 「正確には『候補』だけどな。まあ一応そうか」
 「お? マジ?
  おっしゃ辿り着いたぜ!!」
 「・・・・・・」
 可哀想に。極度の方向音痴なんだなあ・・・と失礼な事を考えている間に、その男は身軽な動作でフェンスを上りこちらへと入ってきた。
 一連の事象をじっと眺め、
 佐伯の感想はこの一言に尽きた。
 「人生いろいろと頑張ってるヤツなんだなお前」
 「はあ? この位どーって事ねえだろ」
 「いや。
  ―――5m横に扉あるんだからそっちから入ってくればいいのに」
 「・・・・・・」
 「人生いろいろと頑張ってるヤツなんだなお前。『迂回する』とか『回避する』とか知らないだろ?」
 「うっせえな!!」
 顔を赤くする男。気にせず立ち上がり尻をぱたぱたはたく佐伯に顔色を戻し、
 「ここにチビ助―――リョーマいるか? 俺越前リョーガってんだけどよ」
 「越前・・・? アイツのお兄さんか何かか?」
 「おう。久しぶりに日本に来たんでよ、顔くらいは見とこーかと」
 「ならいるぜ。今練習中だろうけど」
 「お、サンキュー」
 男―――越前リョーガは軽く手を上げ立ち去りかけ・・・
 ふと止まった。
 「そういやお前何で泣いてんだ?」
 「泣いて? 別にないだろそんな事」
 きょとんとする佐伯。すたすた戻ってきて、
 頬の両側を包み込んできた。
 「〜〜〜//」
 「ほら泣いてんじゃねーか。目ぇ赤いぜ」
 キスでもしそうな程に近付いた顔。思わず赤くなる佐伯に、リョーガがにやりと笑った。
 「何? キスでもして欲しそ〜な顔してるけど?」
 「そ!! そんな事な―――!!」
 反論の途中でもうキスをされ、佐伯の言葉はぴたりと止まった。
 唇が離れる。ますます真っ赤になる佐伯に、リョーガは笑みを深めた。
 「ほ〜ら。やっぱして欲しかったんじゃねーか」
 「そんなワケないだろ!?」
 今度はちゃんと反論が出来た。
 あえてのんびりそれを待ち(ついでに全部聞き流し)、
 「そっかあ? けどな〜んか物欲しそ〜だし?」
 「そうだったらお前は誰にでもやんのかよ!?」
 「いーや? 俺は好き嫌い激しいからな。気に入ったヤツにしかやんねーよ」
 「なら―――!!」
 「でもってお前は『好き』の方だしな。やっぱ適当に付き合うんならお綺麗どころがいいしな。俺面食いだし」
 『適当に付き合う』
 コイツもまた、自分を弄ぶだけ弄んで捨てるのか?
 (千石と同じように・・・・・・・・・・・・)
 「んじゃそーいう事で―――vv」
 近付いてくるリョーガへ、
 「嫌だ!! 止めろ!!」
 佐伯はがむしゃらに手を振り回した。
 「っんだよ。いーじゃねえかちっとくらい」
 「断る!!」
 「ちゃ〜んと慰めてやっからよ。どーせ恋人にでも振られたんだろ?」
 「大きなお世話だ!!」
 「そームキになんなよ。そーいう態度も好きだけどよ」
 「止めろ!!」
 ビッ―――!!
 「っ―――!」
 振っていた手が何かを擦った。
 きつく閉じていた目を開く。リョーガの進撃は止まっていた。代わりに・・・
 「あ・・・」
 「っ、てぇ・・・・・・!」
 頬に、横一文字につけられた切り傷。爪で切り裂いたらしい。
 「あ・・・わ、悪い・・・・・・」
 切れた場所に早くも血が滲んでいる。自業自得だろうがそれでも傷つけたのはこちらだ。
 謝る佐伯にリョーガは顔を上げず、親指で傷を拭った。舌で舐める。
 味で血が出たとわかったのだろう。こちらを見る目つきが変わった。
 ぞくりと、寒気が走った。自分は、またも獲物となってしまった。
 (あの時と―――千石の時と同じ・・・・・・)
 なのに、
 なぜ―――
 (怖い・・・だけなんだ・・・・・・?)
 「嫌がる様も可愛いけどさあ、あんま拒否られるとマジでムカつくんだよな。
  従順になるよう、ンなにしつけて欲しいってか?」
 がっしり両腕を掴まれた。壁に押し付けられる。びくともしない。
 「嫌・・・だ・・・・・・」
 震えるように首を振る佐伯。小さな反抗は、
 「痛っ!!」
 「なんなら、この腕一本くらい折ってやってもいいんだぜ? ここにいるって事は、少なくともテニスはやるって事だろ? 腕一本ねえと、そりゃさぞかしキツいよなあ」
 「やめ・・・・・・」
 
Jr.では選手に選ばれなかったが、それでもこの先全国大会がある。中学最後の全国大会。怪我で棄権する位なら・・・・・・
 (抱かれろ・・・。いいんだろ別に相手が誰だって・・・。誰にだろうが脚開けるインランなんだろ俺は・・・・・・)
 もうそれを怒ってくれる相手はいない。もう・・・



 ―――『君はただ俺だけを求めてくれればいいんだよ』



 そう、言ってくれる相手もいない・・・・・・・・・・・・。










 体の力を抜く。お前に従うの合図。
 根性のない佐伯を、ハッとリョーガが笑い飛ばした。
 「最初っからそうやって大人しくしてりゃいいんだよ。ま、今からでも充分可愛がってやるけどな」
 両腕が解放される。だからといって抵抗する気も最早起こらず。
 壁にもたれかかる。リョーガの顔が近付いてきた。
 「は・・・・・・」
 首筋を舐められ、ポロシャツのボタンを外されさらに中へ。もう片方の手も裾から入り込んできて。
 リョーガが見ていない先で、
 佐伯は静かに涙を流していた。
 嫌悪感しか感じないこの行為。なぜ自分はこんな事をやっている? やらさせている?
 そして・・・・・・





 なぜ頭の中に千石の事ばかり浮かんでくる?





 ―――『君ってホント可愛いよ』

 もっと酷い事だってされただろう?

 ―――『うんいいね・・・。サエくんサイコー・・・・・・』

 上辺だけの言葉。中身のない態度。

 ―――『大好きだよサエくん』

 自分を遊び道具にしか見ない、リョーガと千石のどこに違いがある?

 ―――『今日も一段と綺麗だね』

 そう、思うのに・・・・・・・・・・・・




















 なぜ、千石への愛しさばかりが込み上げる?




















 「嫌だ・・・・・・・・・・・・。嫌だ・・・嫌だ・・・・・・嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!
  助けてくれ千石!!!!!!」
 自然と、声が出た。
 自然と、千石に助けを求めていた。
 そして、










 「呼ばれて飛び出てナントカってね。
  サエくんのご指名とあれば、来ないワケにはいかないっしょ」










 顔を上げる。そこには、
 「千、石・・・・・・」
 ―――待っていた、その相手が来てくれた。







§     §     §     §     §








 「へ〜。王子様のご到着ってか」
 「わかってんだったら、この子には手は出さないでもらえないかなあ?」
 下がったリョーガと佐伯の間に体を割り込ませる千石。佐伯を庇うように片手を広げ、リョーガと冷たく睨みあった。
 「けどよ、俺はそいつがして欲しそうだったからしただけだぜ?」
 「嫌がってるようにしか見えなかったけど?」
 不毛な話し合い。気付いたのだろう。リョーガが手を上げ2・3歩下がった。
 「ま、今日は下がってやるけどよ、





  ――――――姫様泣かすってのは、王子としちゃ失格じゃねえ? 俺なら呼ばれる前に駆けつけるぜ?」





 ハハハハハと笑い声を残し去っていくリョーガ。見送り、千石はぼそりと呟いた。
 「とっくに来てたに決まってるでしょ?」
 振り向く。目を見開き呆然としている佐伯を。
 時折しゃくり上げる彼の頭を、ふんわりと撫でてやった。
 「もう大丈夫だからね、サエくん」
 「おま・・・なん、で・・・・・・?」
 「俺はサエくんの事はずっと見てるからね」
 「そ、な事言って・・・・・・どーせそれだって・・・・・・口先だけだろ・・・?」
 「ん? 何でさ? 俺のホントの気持ちだよ?」
 「ウソ・・・ばっかつくな・・・・・・。お前・・・・・・だったら切原と・・・・・・」
 「あ〜あれは〜―――」
 ぽりぽり頭を掻く千石。言いよどんでいる間に、
 佐伯は千石へと突っ込んでいった。
 「うわっ!?」
 勢いに押され、千石がさすがにたたらを踏む。その胸にしっかりとしがみつき、
 「他のヤツなんかに目向けるなよ・・・。
  俺だけを愛してくれよ・・・。なあ、千石・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・それって」
 今度は千石が呆気に取られる番だった。目を見開く彼に、佐伯は顔を上げ。
 初めて、自分からキスを送った。










 「好きだよ千石」










 時間は、一瞬だったのかもしれないし、永遠だったのかもしれない。
 感覚はともかくとして、実際は
15秒後に千石は返事を出した。
 「やったあ!!」
 ぎゅっと佐伯を抱き締め喜ぶ。佐伯も腕の中で顔をほころばせ・・・・・・





 「やったっスね〜千石さん!」
 「おめでとう千石君」
 「ま、どーなるかと思ったが良かったんじゃねーの?」





 ぱちぱちという拍手と共に、隠れていた切原・不二・跡部がそんな言葉をかけてきた。
 「お前ら・・・・・・・・・・・・」
 事態がわからず戸惑う佐伯。千石もぱっと離れ、
 「ま、いろいろとお膳立てをね」
 「まさか・・・・・・」
 全てが、嘘・・・・・・?
 どこから、どこまで・・・・・・・・・・・・?
 千石を、愛した、この気持ちもまた・・・・・・・・・・・・
 「お前らが仕組んだっていうのか!? お前らに造られたものだってのか!?」
 誰も何も答えなかった。ただ、千石が軽く肩を竦めるだけだった。
 「お前ら楽しかったか!? 思惑通り動く俺見て楽しんでたのか!?」
 「ま、まあまあサエくん。それでもいいじゃん結ばれたんだから。ね?
  ホラ言うでしょ? 『終わりよければ全てよし』って」
 「何が良かったんだよ!? 手段は選ばないってこういう意味だったのか!? 他のヤツと組んで、みんなで俺の事笑い飛ばしてたのか!?
  ああお前はさぞかし『良かった』だろうな!! 思った通りに俺が動いて!!」
 「ねえサエくん―――」
 伸ばされた手を、
 「触るな」
 パン―――!!
 佐伯は強くはたき飛ばした。
 静まり返る周り。
 「丁度今日で合宿終わりだしな。金輪際お前とは他人だ」
 そう一方的に宣言し、佐伯はその場を去っていった。







§     §     §     §     §








 「んで? これでいーのか?」
 佐伯が完全に去っていった事を確認してから、まず跡部が口を開いた。
 呆然としていたはずの千石が、目を細め笑う。
 「オッケー。これでいいよ」
 それを合図に、場が動き出した。
 「アンタもわかんない人っスねー。せっかく上手くいったのにまた壊して」
 「あのままでサエは充分なびいたんじゃないの?」
 「何やんのも勝手だが、俺らまで巻き込むなよな」
 口々に文句を言う3人。なにせそれ以上の説明一切抜きで、いきなり集められやる事だけ告げられたのだから。
 3人を真正面から見つめ、
 千石はもう一度言葉を繰り返した。
 「いいんだよこれで。なにせ―――





  ―――サエくんにはまだ究極の逃げ道があるからね」





 「合宿終了?」
 「そう。一夜の過ちならぬ2週間の過ちとでも考えればそれで終わり。完全放棄。何もかも忘れて日常に戻る、と」
 「それで?」
 「実際させたら意味ねえじゃねーか」
 「いいや
 自信まんまんに首を振る。















 「そうやって、逃げた先にもう道はないのさ。誰も君を受け入れてはくれない。誰も君は受け入れられない。最高の快楽を、俺だけが与えてあげられるからね。
  戻ってくるしかないんだよ、俺の元へ」















 「アンタほんとにサイテーっスね」
 「ははっ。ありがと」
 「サエちゃんと幸せにしてあげてよ?」
 「大丈夫だって思ってるから俺に任せたんでしょ?」
 笑い合う彼らをじっと見て、
 跡部が最後に尋ねた。





 「もし戻ってこなかったら?」





 「つまり?」
 「てめぇの話だと、佐伯にゃあと2つ選択肢があんだろ? そこそこの満足で妥協するか、あるいは道を完全に断ち切るか。
  戻って来ねえ場合も考えた方がいいんじゃねえのか? 佐伯にとっちゃ、そのてめぇに追い出された事になるんだろ?」
 自分を追い出した相手の元へ帰る。余程の覚悟が必要だろう。先ほどのように興奮し錯乱した状態ならともかく、平常の状態ならば?
 それとも千石は、また似たような騒ぎを起こすつもりか?
 思う跡部に、千石が目を向けた。ぞくりとする。
 笑っていた。千石は確かに。自分を通して佐伯を見。
 悟る。佐伯の言った事は合っていた。彼は、最初から千石の手の平で踊っていたに過ぎない。
 「苦痛に慣れた者に取って、一番の苦痛は苦痛が来ない事さ。ぬるま湯みたいな平穏に浸かって、君はどこまで正気を保てるだろうねえ、サエくん。
  賢い君ならわかるだろう? 死こそが一番の『苦痛』―――2度と味わえなくなる地獄だって。
  ―――ねえ跡部くん」
 視線が、意識が戻ってきた。跡部を見つめる千石の目。それはいつもと変わらない―――ようでいてまずめったにお目にかかれない、『食わせ者』としての目だった。
 指を一本立て、
 「俺を誰だと思ってるの? 『ラッキー千石』? ノンノン。










  ――――――負ける賭けは絶対しない。だから俺は勝つんだよ。絶対ね



―――Rat

   

 
 
 
 















§     §     §     §     §

 さ〜って微妙な登場で当て馬になりましたリョーガ(爆)。とりあえず結ばれたー!! ―――と思いきや結ばれてない! 一番最後に敵となるのは誰よりも彼自身! ではいよいよ次でRat本編もラスト! 果たして2人は結ばれるのか!?

2005.6.1415