せんじょうの騙し合い Party Game








  4.深夜の密会 前編

 食後の事。決まったオーダーを提出に、手塚は桜吹雪の元へ向かう事にした。
 「なら俺も行くぜ。アイツにゃぜひとも挨拶してえからなあ」
 「事は荒立てるなよ、跡部」
 「わーってるってのそん位。俺を誰だと思ってやがる?」
 「お前だと確信した上で釘を刺したんだがな」
 「テメ手塚・・・!!」







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 桜吹雪の自室らしきところへ入る。いかにも高級そうなイスには桜吹雪本人。後ろの棚に適当に腰掛けているのは越前リョーガ。
 2人で席につき、話を切り出す―――
 ―――前に、跡部が口を開いた。
 「最初に確認しとくが・・・
  ―――てめぇはこの俺様を跡部財閥総帥息子だと知った上で招いたのか?」
 「は・・・・・・?」
 沈黙は、1分ほどになっただろうか。大口を開けて見本品のように『呆然』とする桜吹雪。後ろでおかしそうに笑いを噛み殺しているリョーガ。この時点で、本当の黒幕が桜吹雪ではなくリョーガだと判明した。
 1分ほど後。
 「―――どういう事だリョーガ!!」
 「どういう? まんまだろ?」
 「確かに相手選びはお前に任せた! だが最低限相手の素性は報告しろと言っただろう!?」
 「だからしたじゃねえか。『跡部景吾。氷帝学園3年テニス部部長。去年の
Jr.選抜にも選ばれる実力の持ち主で、日本では全国区。件の大会ではD2に出場。勝利』ってな。ああ後『俺のお気に入りv 絶対乗せろよvv』だったか。赤丸しといたぜ」
 「ほお。そりゃありがとよ」
 「ふざけるのはその程度にしろ跡部」
 にっと笑って指差され、跡部が笑って応えた。・・・即座にたしなめられたが。
 リョーガが話題に戻ってくる。
 「家柄は俺の管轄じゃねえよ。ンなモンアンタが調べろよ、おっさん。
  それにンな事言い出したら確か今回のメンバー、警察絡みが2人いたぜ? 手塚と真田か? 確かにそれっぽいよなあ」
 「貴様・・・!!」
 「別に何だっていいじゃねえか。どうせそもそもコレがまともな誘いじゃねえって気付いてたんだろ? それでも乗ってきた時点でもー関係ねえじゃねえか。
  どうせハナっからわかってたんだろ? ハリボテの船も、レトルト『高級料理』も」
 「レトルトじゃねえモンも混ざってたけどな」
 「それ作った料理人つれてくるか? 礼は直接言った方がいいだろ?」
 「いやいい。ソイツに会うと礼言う前に殴り飛ばしそうだからな」
 『謎』の会話に、手塚が眉を顰める。気にせず、跡部は手塚の手からオーダー表を引ったくった。
 テーブルに投げ出す。
 「おらよ。オーダー、ンなモンでいいか?」
 「へえ。どんなモンだよ?」
 こちらもようやく冷静になり手を伸ばしかけた桜吹雪から引ったくり、一通り目を通すリョーガ。顔を上げ、
 「チビ助がラスト? 合っわねー! 過大評価しすぎじゃねえの?」
 「てめぇの相手は越前で十分だろ? それとも自信ねえか?」
 「ハッ。言ってくれんなあ。チビ助なら俺が全勝してるぜ?」
 「今までの事だろ? 今回変わるかもな」
 「言ってくれんじゃねえの。イカサマなしでも俺勝っちまうけど?」
 「つまり、他はイカサマありでてめぇらが勝つってか?」
 「よし。わかってんな」
 跡部の挑発に、悪びれもせずリョーガが頷いた。そちらも持っていた紙を投げ出す。
 「オッズ表か?」
 「君らすげーぜ? 賭ける賭ける。俺よりずっとオッズ低い」
 「当然だな」
 「ただし君のオッズ微妙に高いけど。やっぱあのD2は痛いモンあったからねえ」
 「うっせえ。俺はシングルス専門だ」
 「ふむふむ。確かに今回はシングルス2試合目出場、ね。ま、こっちの方が合うと思うよ。俺も君の実力は十分目の当たりにしたからな。
  ―――で?」
 「何がだ?」
 「負ける気は?」
 「ねえな」
 他愛もない様子で聞かれ、跡部もまた他愛もない様子で答えた。答えてから手塚に視線を送る。最悪の事後確認。尤も手塚も同意見だったようだが。
 「あっそ」
 断られ、それでもなおリョーガは他愛のない様で肩を竦めた。この辺りのそっけなさはさすがリョーマの兄といったところか。
 肩を竦め、
 「じゃ、あばよ」
 ひらひら手を振る。同時に部屋の扉が開いた。現れたのは、肉切り包丁を持ったコック。
 「お客さん。素直にこちらのいう事に従ってもらいましょうか。―――こうなりたくなかったら」
 宣言し、包丁を振るう。左手に持っていた、頭と内臓を取られた鶏肉へと。
 突き刺され、哀れ鶏肉は『こうなった』。・・・・・・まあ刃先から3
cm程度は食い込んだか。
 首だけ後ろを向けていた跡部が肩をコケさせた。隣から手塚のため息も聞こえる。
 「・・・・・・・・・・・・何が主張したかったんだ?」
 「・・・・・・ああ待て。きっと砥ぎ石の宣伝だ。これしか出来なかった包丁が、砥ぐだけでこんなに出来るようになります、とか」
 「いや包丁そのものだろ。ンな使い方して刃こぼれひとつねえんだぜ? 最近の包丁ってのはえらく強くなったモンだな」
 「・・・・・・てめぇんトコのヤツだろーが。ちったあフォローしてやれよ」
 「今のは十二分にフォローだったじゃねえか」
 「どうだお前ら! ビビったか!?」
 桜吹雪の余裕綽々の声が響き渡った。それに対し、
 「ああ確かにビビったぜ。この程度のヤツ脅し役に雇ってたっつーのは」
 「しかもそれで本気で脅せると考えている辺り、十分に驚かせてもらった」
 「お! そりゃよかったぜ! アイツも浮かばれるってモンだ」
 「だからてめぇントコのだろーが!」
 なぜだか3人でそんなやりとりをやってみたり。
 「強がるのも今の内だぞ!?」
 「言葉通じてねえよ・・・」
 「跡部、遠慮するな。力いっぱい突っ込め」
 「断る! なんで俺がンな馬鹿の相手してやんなきゃなんねーんだよ」
 「お前も十分同レベルだからだろう?」
 「うあコイツと同レベルだと・・・!? 俺様最大の屈辱だな・・・」
 「つまりそれ以下だと?」
 「てめぇに全力で突っ込みてえよ越前リョーガ!!」
 「突っ込んでんだろーが」
 「よし。よくやった跡部」
 「そっちだったのかよ!? あーもーいい!! さっさと片付けんぞ手塚あ!!」
 一人で宣言し、跡部はずかずかとコックに近寄っていった。
 「は! 来やがるか!! ならまずはテメーからだ!!」
 「最初に言っとくがな、せめて骨は避けて刺せ。いきなりつっかかってんじゃねえか」
 相手の言葉の終わりにはさりげない動作で包丁を奪っていた跡部。さして力も込めず、包丁を鶏肉へとぶっ刺す。
 ずぶっ・・・
 ―――といった音は実際しなかったが、跡部が根元まで刺した包丁は鶏の腿を通り、あっさりと向こう側へ貫通した。完全に腕が違う。料理人としてなのかそれともケンカをする者としてなのかはともかくとして。
 驚くコック。適当に倒そうとし、
 「止めろ跡部!!」
 「―――っ!!」
 手塚の制止に、伸ばしかけていた手を止めた。体勢はそのままに、目線だけで後ろを向く。
 何も変わっていない。イスに腰掛けた桜吹雪も、後ろの棚に適当に腰掛けているリョーガも。だが・・・・・・
 「お見事。よく気付いたモンだ」
 一見謎なリョーガの賞賛。謎ではあるが―――彼の腰掛ける棚と入口の間に何も障害物がない事を考慮すれば、彼の賞賛も頷けるものだろう。跡部が気付かずコックに攻撃を仕掛けていれば、後ろから襲っていたという事か。
 僅かに体勢が変わる。千石や佐伯風に言えば、攻撃用に固めていた筋肉を解いたといったところか。
 リョーガが持っていたオレンジに齧り付いた。用のなくなったオレンジに。攻めていればまずあのオレンジが飛んできただろう。気付き、払っている間に本人が。
 攻撃の意思を失くしたのを確認し―――リョーガか、それとも跡部かはともかくとして―――手塚も上げかけていた腰を下ろした。もちろん跡部を助けるために動こうとしていた。ただし・・・・・・リョーガ相手にどこまで対抗出来たか。
 昼間の出来事を思い出す。迫るリョーガを追い返した跡部。だがあれはあくまで跡部が退かせたのではなく、リョーガが退いたのだ。なおもリョーガが攻めていたならどうなっていたか。
 跡部は人間凶器として有名だ。祖父から柔道を教わり、必然的に戦闘に対する
How toを知る自分としても、跡部の戦闘技術は相当のものといえる。それと互角かあるいはそれ以上となれば、下手をすれば自分では敵わないかもしれない。
 だからこそ、一番確実かつ安全な手を取った。そもそもの跡部が止まれば惨劇は起こらずに済む。
 3者3様の思惑。一致したからこそ何も起こらなかった。誰も相手の手の内を全て見てはいない。無鉄砲に比べれば疑心暗鬼の方が遥かにマシだ。
 止まった3人をどう判定したのか、何も見えていない桜吹雪はがははははと大笑いした。
 「では、よろしくお願いします。あなた方のためにも、お仲間のためにも」







・     ・     ・     ・     ・








 「―――というわけだ」
 適当なテラスで、会合の様子を伝える手塚。
 「やっぱりそういう展開か」
 「きったねーなあ!」
 「相手の非難などは後ででいい。
  それで、従わなければ危害を加えると脅してきたんだな、手塚」
 「ああ。コックにな。やはりニセモノだった」
 「用心棒かいな」
 「なら、従業員は全員黒って考えた方が良さそうだね」
 「実は俺たち以外全員グルだったりして」
 「あはは。それじゃ意味ないじゃないか」
 英二の言葉に明るく笑う不二。予め予想と覚悟をしておけばこんなものだろう。
 明るいまま、千石が受け継いだ。
 「それにしても、
  ―――脅されるまま、素直に従ったんだ。君ら2人」
 揶揄する物言い。険悪な雰囲気が流れる中、全て無視して手塚が続けた。
 「コック自体に問題はなかった。恐らく他の従業員もだ。
  ―――問題は越前リョーガだ。話し合ってわかったが、奴の方が黒幕だ。桜吹雪も踊らさせられてるに過ぎない。現に俺たちを選んだのは桜吹雪ではなく越前リョーガだった」
 「リョーガくんが、ね・・・。なら仕方ないか」
 「何が?」
 「2人が引いたワケさ。彼強いだろ? 少なくとも跡部くんと互角だ」
 千石の見立ては手塚と同じだった。さらに英二・切原・真田も頷く。何だかんだでここにいるメンツはこういった問題に詳しい。・・・・・・あまり大声では言えない事だが。
 「で、どうする? 俺らも大人しく引く?」
 「まさか」
 「売られたケンカは買うっスよ!」
 「でもって3倍にして売りつけ返してやるよ」
 「ケンカは感心出来んが、不正など以ての外だ」
 「したのでは2度とコートに立てないな」
 「なら決定だね。
  ―――『頑張ろう』ね、明日は」





 話し合いを終え、1人また1人と去っていく。
 最後まで残った手塚と不二は、
 「ところで越前はどうした?」
 「越前ならひとりでどこかに行ったよ。やっぱり気になるんじゃないかな、お兄さんの事。
  ならこっちも訊くけど跡部は?」
 「直接部屋に戻ったようだ。すぐに分かれた。説明だけならば俺一人でも構わないからな」
 「ふーん・・・」



―――4後編