せんじょうの騙し合い Party Game








  5.2日目午前中 −ダブルス編− <
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 「何というていたらくだ貴様ら!! ダブルス全敗だと!? 何のために私が貴様らを雇ったと思ってるんだ!?」
 問題の桜吹雪チーム控え室では、桜吹雪ががなり立てていた。耳にうるさい声に顔をしかめながら、そっと窓から覗き込む。
 部屋にいたのは桜吹雪と午前中の試合で負けた6人。試合前の挨拶で見たような気がする2人(つまり午後のシングルスに出てくる相手だろう)。噂のエセコック。そして・・・・・・越前リョーガ。
 怒られている6人をわずらわしげに見ながら、リョーガは上質なソファに遠慮なく腰を下ろしオレンジを齧っていた。チームメイトのピンチなどどうでもいいらしい。まあ自分には関係ないのだから当然かもしれないが。
 (なんかちょっと・・・、ヤな感じ)
 確かにリョーマも他人に対して希薄なところがある。揉め事などがあっても干渉しない事が多い。だが・・・
 (別にアイツらだけが悪いワケじゃないじゃん。ちょっと位助け舟出してやったっていいんじゃないの?)
 英二がしかめていた顔をさらにしかめている間にも、もちろん盗み見している彼に気付いていない室内では会話が続けられていた。
 「貴様らのおかげでどれだけ損が出たと思ってるんだ!? こうなったらその損害分、船で働いてもらうからな!!」
 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!!」
 「約束が違う!!」
 「俺たちは割のいいバイトがあるって聞いて来ただけですよ!?」
 「だからどうした!! 貴様らが普通に勝てばその通りだっただろうが!! 負けた貴様らが責任を取るのが当然だろ!?」
 「そんな!! アイツら本気で強いんですよ!?」
 「マジで中学生かよ!?」
 「大体アイツらがわざと負けてくれるんじゃなかったんですか!?」
 「うるさい!! 負け犬の言い訳なんぞ聞きたくもないわ!! 連れて行け!!」
 「はい」
 頷くエセコック。6人の前に回り、包丁を突きつけ、
 「さあガキども。しっかり働いてもらおうか」
 『うわあああああ!!!』
 もう見ていられない。隠れているのも忘れよっぽど飛び出そうかと思ったところで。
 「―――いちいちガタガタうっせーよおっさん」
 「何・・・?」
 静かな声が響いた。撫でられ、ざわめきが一気に収まる。それは飛び出そうとしていた英二も同じく。
 ただし英二が止まった理由は少しだけ違った。
 (アイツが止めた・・・?)
 驚く英二を他所に、アイツ―――リョーガはソファから気だるげに体を起こした。オレンジを齧りながら桜吹雪に近寄り、
 「ガキじゃねーんだからわめくなよ。みっともねえ上に耳が痛てえ」
 「リョーガ・・・・・・!!」
 「アイツら昨日八百長は断るってはっきり言ってきたじゃねえか。だったらこん位予想しとけよ」
 「何を他人事のように言っている貴様は!! そもそも貴様がアイツらを選んだんだろうが!!」
 「だから? 報告書にゃ書いたと思ったがな。『クセの強ええヤツばっかだからそれ相応の対応が必要だ』って。つまりまともに読まねえアンタの責任だ。大体まともに報告書見てたら考えるだろ? 『跡部』なんて名字出た時点であの跡部じゃねえかって。跡部財閥なら俺ですら知ってる位の有名どころだ。金持ちにうっせーアンタならまさか知らなかったワケじゃねえだろ? 本人に言われるまで気付かなかったっつーのはロクに下調べもしなかった証拠だ。
  以上。まとめりゃアンタが悪い」
 「貴様・・・・・・!!」
 (うっわ・・・。さすがおチビの兄貴。容赦ねーなあ)
 顔を真っ赤にして、それでありながら正論であるが故にやり返せない桜吹雪と、必死に笑いを噛み殺す英二。今のはかなりスカッとした!
 「ガキが・・・! 下手に出てりゃ付け上がりやがって・・・!!」
 ノックアウト寸前の桜吹雪に代わりコックが乗り出してきた。マニュアルどおりの脅し文句。それこそ頭の中に語彙がかなり不足している事が証明された。
 足りない知識の代用だろうか、目の前に突き出された包丁を見て、なおもリョーガは人を馬鹿にする笑みを浮かべたままだった。
 浮かべたまま、視線を包丁からコック、そして桜吹雪へと移動させて。
 「途中経過なんてどうでもいいじゃねえか。要は午後のシングルス3試合、俺らが勝ちゃ問題ねえんだろ? ちまちまほじくり返してぴーちくぱーちく。教育ママかアンタ。細かいトコに拘んのは小物の証拠だぜ?」
 「このクソガキ!! いますぐメッタ切りにして―――!!」
 「待て!!」
 包丁を振り上げたコックを、桜吹雪が一喝する。上から迫り来る包丁を前に、リョーガは瞬きひとつしなかった。
 「ですが・・・!!」
 「リョーガはウチのエースだ!! 今コイツが怪我して棄権にでもなってみろ!! 『勝てる選手』がいなくなるんだぞ!?」
 「・・・・・・っ!!
  クソッ・・・!!」
 包丁が下ろされた。忌々しげに舌打ちするコックに、にやにや笑ってみせる。
 「は〜あ。よくわかってんじゃねえの」
 「いい気になんなよクソガキ・・・!! 負けたらすぐぶっ殺してやるからな・・・!!」
 「はいはい。そういうアンタのその台詞が『負け』惜しみ。わかった?」
 「この・・・!!」
 口では勝てないと悟ったのだろう(他でも勝てそうにないが)。コックがようやく黙り込んだ。
 「んじゃ、『強ええ相手』に備えてウォーミングアップでもしてくるか」
 静かになった控え室を尻目に、リョーガは悠々と出て行った。





 これ以上話す事はないのか、誰も何も話さない。全員揃って、リョーガの出て行ったドアを見つめるだけで。
 もう動きそうにない事態に、英二は彼らと逆にドアから視線を外した。
 壁に凭れ、腕を組む。みんなに知らせる前に状況の整理が必要だろう。
 (つまりおチビの兄貴ってのは、黒幕っつーよりジョーカーか。強ええから桜吹雪も手放せねえ。自分でもわかってっから好き勝手に振舞う、ってトコか。にしても・・・)
 そこで軽く苦笑した。
 (けっこーいいヤツじゃんアイツ。仲間かばったりして。やっぱさすがおチビのお兄さん)
 クールなようで肝心なところで熱い。どうやらあの性格は遺伝のようだ。
 解決への糸口は見えた。桜吹雪はともかく、リョーガは話してわからない相手ではないらしい。ジョーカーを味方につければこちらのものだ。桜吹雪もそれを理解しているからリョーガ相手に下手にしか出られない。
 (でもって、ジョーカーに有効なカードはこっちが持ってる、と・・・)
 弟然り惚れてる相手然り。しかも都合の良い事に2人ともシングルス出場。リョーガと接触するチャンスはいくらでもある。
 (何だ。けっこー俺たちに有利なゲームじゃんコレ)
 そんな油断が、隙を生んだ。
 カン・・・・・・
 (げっ・・・!!)
 一体誰の悪質なイタズラだか、何の気なしに動かした足はそこに置いてあった缶をしっかり蹴飛ばしていた。
 静かな空間に、缶の転がる音はどうしようもないほどよく響く。
 「誰だ!?」
 (掃除くらいまともにしろよ清掃員!!)
 中からの誰何の声(そのまんま)に、英二は不条理とわかっていてもそう叫ぶしかなかった。従業員が全員グルなら清掃員などいるワケはない。
 心の中で叫びつつ、もちろん行動は起こしている。あっさり見つかるほど馬鹿ではない。
 柵に手をかけ一息で飛ぶ。まともに落ちればそのまま海落下だが、かけていた手を滑らせ柵の一番下まできたところで再び掴む。そこを支点に、振り子運動を行った体は下の通路に放り出された。
 膝で衝撃を十分殺す。スポンジ底の運動靴も手伝い、着地音は一切しなかった。せいぜい一瞬の飛翔に合わせ固まった肺から洩れた空気音程度だろう。
 次いで飛び出してくるであろう追っ手に合わせ、猫の鳴き真似でもしようかと上を向き、
 「―――っ!?」
 後ろからいきなり口を塞がれた。
 (ンなトコにも仲間がいやがったか!!)
 みぞおちに肘打ちを食らわせるため拳を固める英二。その目の前に、相手の手が差し出された。
 (な・・・!?)
 手が纏っていた服に、攻撃も忘れ驚く。それは自分が今着ているものと同じ服―――
Jr.選抜チームのジャージだった。
 上に向けられた手を、何かが動いている。黒い塊にも見えたが、違う。
 滑らかな動作でそいつの手を伝った黒猫は、英二以上の身のこなしで上の通路へと上っていった。さほど間を置かず、にゃ〜・・・っと軽く鳴く声が通路に響き渡る。
 「何だ、猫か・・・」
 次いで聞こえる安堵の声。本当に猫だったのだから確かにそう呟くしかないか。
 口から手が離される。解放され、振り向けば、
 「やっ。菊丸くん♪」
 「千石・・・!!」
 叫びかけた英二の口に指が当てられる。静かにしろという合図らしい。千石は、立てた人差し指を自分の唇にも当てた。
 こちらも安堵で一息つき、
 「何やってんだよ、お前」
 「いや? ただの散歩さ。試合終わってヒマだからね」
 「ワケわかんねえ・・・」
 今の自分たちは非常に危うい状況だというのに。八百長を命じられ、しかも破れば殺すと脅された―――手塚はあくまでまだ穏便な言い方をしたが、実際に凶器をちらつかせられた以上楽観視はしない方がいいだろう。実際に殺されなくとも利き腕を潰されればテニスプレイヤーにとって死んだも同じだ。全国を前にそんなヘマは出来ない―――にも拘らず、自分たちは従わなかった。そのせいで出ている被害は莫大なものらしい。そして負けた自分のチームにまであんな罰を与えるのならば、勝ったこちらはそれ以上のものが来ると見て間違いないだろう。
 (・・・つーのに1人でうろついてたあ?)
 バレれば危険度大幅アップ。脅しまでかけてきた以上隠す意味は何もないのだが、だからといって秘密を覗かれいい気はしないだろう。厳重注意程度で済めばいいが、最悪見つかっていたら監禁くらいはあったかもしれない。特にもう試合を終えた自分たちは用なしなのだから。
 げんなりと英二は相手を見やった。千石清純。ラッキーの他にもうひとつ、食わせ者としても有名だが、では果たして彼のこの行動は何かを計算してなのかそれとも何も考えていないからなのか。その判定がつかないからこその『食わせ者』に、最早ため息しか出てこない。
 「んでもって見てたら菊丸くんが上に上っていってたからね。何かあるのかな、って思って」
 「『見てた』?」
 目を見開く。警戒は怠らなかった。誰が敵となるかわからない以上、普段より一層。なのに見ていたという千石の事をまったく気付かなかった。先ほどバックをあっさり取られたところといい、普段そうそう表に出ては来ないがやはり千石の戦闘技術は相当なものだ。
 「そういや・・・
  ―――さっきの猫、どうしたんだお前?」
 「ああアレ?」
 にっこり笑い、千石は種明かしをしてみせた。
 「跡部くんの猫。こっそり連れて来てたみたいでね、部屋戻ったらやっぱいたから連れてきたんだ。いや〜連れてきてよかったね〜。ラッキ〜♪」
 「ホントお前『食わせ者』だな・・・」
 ため息を数乗してボヤく。都合良過ぎる出現タイミングにあり過ぎる備え。『ラッキー』などで済ませられる次元ではない。コイツはどこまで未来の先読みをやっているんだ?
 答えの出そうにない問いは捨て、英二は今見た聞いたまとめた事を伝えようと口を開き―――
 これまた先読みされた。
 「ま、立ち話も何だから戻ろっか。あんまりここでダベってるとさすがに見つかるよ」
 「そ・・・そーだな」
 意気込みを一気に挫かれる。それでも反論し様はないので素直に従った。・・・何だかまるでさっきのリョーガと桜吹雪のようだ。
 踵を返した英二の肩を、
 千石はぽんと叩いた。
 「そんなワケで、
  ―――跡部くんに謝る時は一緒にしようねv 勝手に連れ出したってめちゃくちゃ怒られるから」
 「せ・ん・ご・くうううう・・・!!!」







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 「どうだった?」
 「猫でした。ただし―――動物を持ち込んでいる客はいませんが」
 「そうか」
 「どうします? 追いますか?」
 「いやいい。どうせ聞いてたヤツなんて誰でもいい。それより―――」
 もう誰も聞いてはいないだろうが、それでも自然と声が下がる。
 小声の桜吹雪の言葉をしっかり聞き取り、コックは頷いた。
 「はい。わかりました」
 「頼んだぞ。
  ―――午後の試合は楽しみだ。これでアイツらも大人しくなる」



―――5γ