せんじょうの騙し合い Party Game








  6.人質救出作戦 −シングルス編 
First Part− <ろ>

 不二の圧勝で終わったシングルス1試合目。不機嫌になった桜吹雪に、さらに悪い知らせが入った。2試合目に出場予定だった選手が船酔いで倒れたという。
 試合が出来なければ賭け金を全て返さなければいけない。誰でもいいから代理を連れて来いと命令したところ、リョーガが見繕って来たのは本当にどうでもいい感じの人材だった。そこらで働いていたバイトその1だという。もうどうにでもなれという気分で、顔すら見ずに直接コートに放り出す。
 (こーなったらあのガキ共適当に1人出して来て直接脅すか)
 まさか目の前で殺されかけている仲間を見捨てるほど非人道的ではないだろういくらなんでも。
 コートを見下ろしつつ手近にいた手下に命令を飛ばそうとし・・・
 「あのガキまさか―――!!」
 桜吹雪は臨時自チームとして現れた少年を見て大声で叫んでいた。





 いきなりの選手変更にざわめく客席。無視し、跡部はコートに進み出た男(注釈として、もちろんコック服からジャージに着替えている。リョーガとお揃いな時点で借り物だろう。ついでにラケットも)ににやりと笑いかけた。
 「やっと出てきやがったか佐伯」
 「お前の熱烈ラブコールに応えてな」
 普段なら「ざけてろ」とでも切り捨てるところ。今回はさらに乗ってみた。乗ってみて・・・・・・
 「そりゃ光栄だ。てめぇとリョーガはぜひとも潰してえと思ってたモンでな。リョーガは越前に任せるとして、てめぇは俺様直々に潰してやるよ。ありがたく思いな」
 「それはいいけど、微妙に前半と後半で言ってる事逆転してないか?」
 「うっせえ」
 ・・・・・・結局切り捨てた。





 「リョーガ! あのガキどうした!?」
 「ああ? だから言ったじゃねえかそこらで働いてたバイトその1だって。いい加減話聞けよおっさん」
 隣にいたリョーガの襟を掴んで説明を求める。ばしりと裏手で払われ、それでも桜吹雪は詰め寄った。あの髪、あの顔。年齢を重ね『子ども』から『大人』に近付いていってはいるが、それは間違いなくかつて一度会った人物だった。
 忘れはしない。忘れられやしない。あの時はただ恐怖に震えるだけだったが、正気に戻ってみればどれだけ惜しい事をしていたか! 悔し紛れに買ったリョーガもそれ相応の働きをしてはいるが、もしアレを手に入れる事が出来たならばこんな危うい橋など渡らずに済んだというのに。
 しかもそれだけではない。同じ事を考えるのは自分以外にも多数いるのだ。裏の世界では懸賞金すらかけられている。誰もが血眼になって探していたあの子どもが、まさか自分の下にいたとは・・・!!
 ふと、自分と彼を引き合わせた張本人を見やる。同じ場所にいたリョーガならば、確かにあの子どもを知っていても不思議ではない。
 「まさかリョーガ、お前知ってて今まで―――」
 「何の話だ?」
 眉を顰めるリョーガを暫し見て、
 「―――いや。何でもない」
 よく考えてみればあれは7年前。リョーガもまだ小さかった。大人の7年と子どもの7年を同じに見てはいけない。もう忘れているのだろう。
 偶然の神に感謝する。感謝して―――
 桜吹雪は笑顔でマイクを手に取った。





 サーブ権を決め、当然佐伯が打とうとしたところで。
 《みなさん!! 試合開始前にすみません!! 提案があります!!》
 「・・・・・・ああ?」
 スピーカーを通してがんがん響いてくる声に、試合は中断を余儀なくされた。こんな声を聞きながらでは集中も出来やしない。
 顔をしかめる跡部に佐伯も苦笑いを浮かべる。考えは同じだったようだ。サーブの構えが解かれた。
 コート内では試合をする2人が、コート外では試合を終えた1人(もう1人は負けと同時に退場させられた)とこれからの1人が、さらに会場中からいっぱいの人が、同じ場所を注目する。
 マイクを持った桜吹雪が、にこにこ貫禄を見せたいらしい営業スマイルを浮かべこんな事を言い出した。
 《この度は我がチームのアクシデントにより、急遽選手を変更する事になってしまい誠に申しわけありません。賭けられた皆様にしても、選手変更により賭け方を変えたいと思われるかもしれません。そこで今回は特別ルールとして、これより
10分、賭けの変更を認めます。そのままでももちろん構いません。では皆様、どうぞ!》
 合図と同時、客席や他の場所でビデオ中継を観ていた者らが一斉に近くの機械に飛びついた。それで賭けはまとめて行われる。
 「・・・どういう事?」
 「つまり向こうはここで勝負に出たんだよ。いきなりの選手変更、しかも代理選手は昨日の『品定め』にすらいなかったとなれば自然と客は跡部の方に流れる。ここでもしサエが勝ったなら今までこんでた負け分は一気に取り返せるだろうね」
 「でもそれ、佐伯さんが勝てたらでしょ? それとも人質連れて来る? 跡部さんがそれでわざと負けるとは思えないけどね」
 「まあいくら跡部でもさすがにいざとなったら負けるんじゃないかな? そこまで非人道家じゃないと思うよ・・・。
  それより―――
  ―――サエは跡部に勝った事がある。偶然でも何でもなく実力で。彼がここで勝負に出たのは多分それを知ってるからだ。ただし・・・・・・何で知ってるのかはわからないけど」
 「は? まさか。跡部さんの方が明らかに実力上じゃん」
 目を大きく見開くリョーマ。確かに信じられないだろう。実際その様を見ていなければ、幼馴染としてずっと一緒にいる自分ですら思いもしなかった。
 見上げるリョーマの頭をぽんと撫で、
 「見てればわかるよ。答えは
10分後だね」





 慌しい周りとは裏腹に静かな中心部。やる事もなく暇な2人は、ネットまで詰め寄り直し盛り上がらない会話を繰り広げた。
 「だってよ佐伯。どうやらてめぇはよっぽど人気ねえって見なされたな」
 「ははっ。別にいいよ。いつものお前との試合に比べれば随分マシな方だし」
 「そうか?」
 「そりゃあの跡部様コールはなあ。すっごいやる気挫かれるよ。ちょっと何かやるたんびにブーイングだし」
 「クッ。てめぇもまだまだ精神修行がなってねえなあ」
 「精神修行って・・・・・・そんなの言うの真田だけだと思ってたよ」
 「うっせえ!」
 「だから―――
  ―――跡部様コールがブーイング一色になる瞬間って好きなんだよなあ・・・・・・」
 「・・・言ってくれんじゃねえの。ああ?
  ならぜひともやってもらおうか。今回は金がかかってるからな。ブーイングどころか缶程度は飛んで来る事覚悟しとけよ」
 「それもいいなあ。俺が勝ったら儲けの3割くらいくれないかなあ」
 「知るか。
  まあ何にしろ、
  ――――――今回は本気で来いよ、佐伯」
 薄く笑う佐伯。同時に、会場中を風が疾った・・・・・・・・・・・・ように思った。
 実際は何も変わっていない。確かに時折風は吹くが、決して船上の一点から放射状に流れたりはしない。
 なのに感じる。鋭く冷たい風。もしも生物の発する気迫が物理的作用を持つとしたら、確かにそれはこんなものかもしれない。
 それ――――――殺気は。
 感じるのは自分だけではないらしい。会場内に広がる会話と、腕を両手でさすったリョーマを横目で見て跡部は僅かに苦笑を浮かべた。もう影響が出ているらしい。
 (ったく。ますますバケモンじみてきたな、コイツ)
 コートの向かいに視線を戻す。体から溢れさせる殺気に比べれば、えらくちっぽけな存在へと。別に力んではいない。リラックスしたままだ。こちらを睨んでいたりもしない―――笑ったままだ。
 「
10分経過。試合開始だ」
 審判の代わりになされるコール。聞き、
 跡部もまた笑った。こちらは獰猛な笑みを浮かべる。
 「ずっと待ってたんだぜ。この時を。
  ―――本気のお前を倒せるこの日をな」
 一瞬だけ、佐伯から発せられる殺気が霧散した。
 目を細める。笑おうとして失敗したような顔で目の前の男を見やる。ずっと待っていたのはこちらだというのに。ずっと待っていた。こんな自分を跡部が受け入れてくれる日を。
 (・・・・・・ったく)
 今度こそ、佐伯は笑った。素の―――心からの笑み。
 「今日はよくプロポーズされるな」
 「・・・・・・そう、か」
 頷き、わざとらしく目線を上に上げる。桜吹雪の隣でこちらを見ているリョーガへと。
 佐伯もわざとらしく乗ってきた。誘導し、視線を戻す。リョーガを見上げる佐伯へと。
 素のままの佐伯。こんな顔を見なくなって早どれだけか。
 (振られちまった、ってか。そういや初めてだな)
 この気持ちが恋だというわけではない。愛しているのはリョーマただ1人だ。それでも、
 ―――佐伯に持っていた気持ちを全て足すと、それはもしかしたら『恋』と呼べるものだったのかもしれない。
 もう何も確認する事はない。跡部は瞳を閉じた。
 気持ちの中からひとつを消す。ひとつ―――佐伯という存在そのものを、リョーガに託す。これで足しても『恋』ではなくなった。
 佐伯の視線が戻ってくる。直接見れたわけではない。ないが・・・
 再び全身を襲う寒気からすれば、戻ってきたのだろう。殺戮態勢へと。
 目を開く。目の前にあるのは、確かに素の笑顔だった。純粋な、だからこそ誰もが恐怖する狂気の笑み。
 「ワンセットマッチ! 桜吹雪チームサーブ!」
 「前回の屈辱、存分に晴らしてくれよ、跡部」





 佐伯のいなくなった控え室では、制御役の不在にここぞとばかりに盛り上がっていた。
 「許せないっスよ佐伯さん!! あの人何しれっと裏切ってるんスか!!」
 「男の風上にもおけないな」
 「元々コウモリのケありおったけど、何や、俺ら見捨てられ組かいな」
 「金金金金!! アイツいくらで俺ら売りやがった!?」
 「こうなればこちらも遠慮する筋合いはなくなったな」
 「そうだね。じゃあ行こうか」
 『は・・・?』
 今までどちらかというと消極派だった―――それ故に今回も抑えようとするだろうと思っていた千石にむしろ先を取られ、5人が呆気に取られる。
 首を傾げる間にも、とてとて普通に扉から出た千石が普通に見張り役一同をノしていた。
 「どしたの? 行かないの?」
 「そりゃ行くけど〜・・・」
 「何故お前がまず意見を翻す?」
 「俺? 別に何にも変えてないよ? チャンス見てただけで」
 「なら今がその『チャンス』だと?」
 「そう」
 頷き、
 千石はぴたりと足を止めた。振り返り、言う。
 「サエくんコウモリじゃないよ? どころか不利有利関係なしに自分の決めた方だけの味方になる。サエくんはずっと俺たちの味方だよ」
 「佐伯が俺たちの?」
 「どこがっスか! さっき俺佐伯さんに攻撃受けたっスよ!?」
 「それで命救われたよ?」
 「え・・・?」
 「俺言ったよね? 踏み込んでた人の何人かピストル持ってたって。狙ってたよ飛び出した君の事。サエくんが先に攻撃してなかったら間違いなく撃たれてた。
  だけじゃない。サエくんはあの場に留まって俺たちと同時にあの手下たちも牽制してたんだよ。最初に力を見せ付けて、手下たちに『何かあったらまず自分が動く』って認識させた。でもって俺らの会話にも1人で相手して、手下たちの緊迫感を和らげてた」
 「そうか。安心させる事によって俺達をいきなり攻撃する危険性を下げていたのか」
 「それにあのコックの代理も務めていたのか」
 「あ、やっぱあのコックさん、司令塔っていうか煽り役みたいなモンだったんだ。いきなり気絶されたらそりゃあかなりパニくるだろうね。サエくんがいなかったら逆に突撃かけられてたかも。まあそれならそれであっさり片付いてたかもしれないけど。
  その司令塔代理が自然すぎる流れでいなくなった。だからいきなり反抗されて誰も動けなかった」
 作業を終える。外に転がっていた手下たちを中へ運び込み、容易に外へ出られないようカギに細工をし(なおこれまたなぜそんなものを知っていると真田と手塚に詰め寄られた)。
 千石は外で、最後となるであろうミーティングを行った。
 全員を見回し、
 「サエくんはさっき跡部くんとの試合を『前回のリベンジでも果たさせてもらう』って言ってた。サエくん独特の紛らわしい言い回しだけど、今回リベンジを果たすのは跡部くんの方だ。この試合、長くなるよ」
 「え? どういう事?」
 「跡部が負けたのか?」
 「いや違う。当たり前に非公式だけど、関東準決勝の後サエくんはとある実験をやったんだよ。内容は『試合時間の最短記録はどこまで作れるか』。切原くんの記録を上回ろうって企画だね。その試合相手に選ばれたのが跡部くんだった。
  サエくんはサーブ以外の球は一切打たず、試合は跡部くんがサービスエースとリターンエースで圧勝。6−0で終わって6分
32秒」
 「それ・・・『試合』?」
 「もう少し内容に拘らん・・・?」
 「同じ理由で跡部くんはめちゃくちゃに怒った」
 「それは・・・そうだろうな」
 「その『リベンジ』だって。つまり今回は濃い内容―――本気で行くっぽいよ」
 「だがそれだとしても実力が違うでしょ?」
 「それに跡部にしろ佐伯にしろ速攻型だ。仮に普通に勝負をするとしても短時間で終わるのではないか?」
 「いや」
 切原と真田の危惧に、まとめて首を振る。
 「サエくんは本気でやれば跡部くんと互角以上だ。でも跡部くんとしてもかつて負けた相手にまた負けるのはプライドが許さない。絶対に食らいつくだろうね。
  仮に1ゲーム3分とカウントしても確実にタイブレークまで縺れ込む。それぞれの間の休憩も入れて1時間はかかるって考えていい。しかも試合は相当荒れる。ただでさえいきなりのオーダー変更で賭けた側は混乱してる筈だ。その上ラストまでどっちが勝つかわからない。桜吹雪も客の対処と試合観戦で動けないだろうね」
 「空白の1時間か。これがお前の言っていた『チャンス』か?」
 「そう」
 今度は首を縦に振り、
 千石は真剣な眼差しで鋭く囁いた。
 「俺たちはサエくんに3つのチャンスをもらった。1つ、事態を理解するチャンス。2つ、逃げるチャンス。3つ、他の人を助けるチャンス。
  サエくんが裏切ったのは俺たちじゃない。桜吹雪側だ。バレたら他の誰よりサエくんがタダじゃ済まない。試合終わる前に片付けるよ」
 『オー!』



―――6は