せんじょうの騙し合い Party Game








  7.賭けの代償 −シングルス編 
Latter Part− <mono

 1時間経過。全ては同時に起こった。
 多勢に無勢、その後逃げる手段を考えていなかった当然の結果として、従業員全員に追い回された挙句捕まった6人も。そして、
 「ゲームセット! ウォンバイ
Jr.選抜チーム! 7−6!!」
 「強く、なったんだな・・・跡部・・・・・・」
 「まあ・・・、いつまでもてめぇにやられてる俺様じゃ・・・ねえしな・・・・・・」
 タイブレークも長々と行われた末、ようやく決着がついたのもまた。
 握手を交わす2人。周りから拍手が沸き起こった・・・・・・損をさせないでくれてありがとうというお礼の拍手が。
 手を離し・・・
 まずは勝者跡部が他の2人の元へと戻った。
 「お疲れ様」
 「やっぱアンタの方が強かったね」
 「アーン? 当然だろ?」
 「その割に結構苦戦してなかった?」
 「うっせーぞ」
 次いで、敗者の佐伯が桜吹雪の元へ。
 桜吹雪がいるのは、同じ会場でも客席とは隔離された場所だった。それこそコートとは違った意味でのステージ。先ほどからここで司会の真似事などをし、
 ―――そして現在は死刑台として利用している。
 向かう途中で、リョーガとすれ違った。相変わらずオレンジを齧るだけの彼。互いに視線を向ける事もなく。
 歩きながら、佐伯は焦点は合わさず目に見えるもの全てを視界に納めた。桜吹雪の隣には毎度のコック。横手を歩いてきた自分から見て前―――つまり桜吹雪の隣に先程の試合で負けただろう選手。さらに後ろには、後ろ手に縛られ従業員らに拳銃を突きつけられている知り合い6人―――
 「この裏切りモン!!」
 「アンタ最低っスね!!」
 「見損なったぞ、貴様」
 「所詮はこの程度の男だったという事か」
 「まあ、その仕返しは跡部が十分しおったみたいやけど」
 「残念だねえ。負けちゃって」
 飛び出してくる罵倒の嵐。黙って全て浴び、
 佐伯は表には出さないよう苦労して笑った。
 (あーあ。まった苦しい芝居を・・・)
 周りにいる従業員の中に、あの部屋にいた者も混在している。リョーガがどこまで自分の事を桜吹雪に報告したかはわからないが、彼らと知り合いだという事は知られていると考えた方が良さそうだ。
 自分が抜けた直後に脱走した彼ら。おおまかな成り行きだけ聞くと、まるで自分が脱走の手助けをしたかのようだ。そして偏見としてこの従業員らのように実力のない者は反比例してプライドが高い。実力で負けて逃げられたとは報告しないだろう。ならばどう桜吹雪に伝えたか。一番簡単なのは自分が裏切り者だという事。これで桜吹雪の怒りの矛先は自分にのみ向く。
 ・・・・・・と、彼らも考えたのだろう。だからこそ先手を打った。自分を2重の裏切り犯に仕立て上げた。
 まるで仲間のように振る舞い、油断したところを捕らえさせる。桜吹雪からすれば、『手下』の独断とはいえ今まで自分に逆らい続けていたクソ生意気なガキどもが踊らされた姿はさぞかし満足だろう。
 (だからバレないようにやってくれってリョーガにも言ったのに)
 情に厚く仲間思いなのは自分よりむしろ彼らだろう。こんなバレバレの芸をして少しでも自分に降りかかる怒りを下げようとする。
 (千石もどういう美談デッチ上げたんだか)
 劇が始まる寸前に見てしまったのだ。千石が、隣にいた英二の足を爪先で小さく蹴ったところを。そして英二の怒声を合図に一同が喚き出した。
 6人に焦点を合わせる。こんな猿芝居は普通ならやらないであろう手塚や真田、それに実際痛めつけられはらわた煮えくり返っているであろう切原まで巻き込んだ主は、『食わせ者』の名にふさわしくそんなそぶりは全く見せないまま嫌みったらしく笑ってくれた。
 嫌みったらしく・・・面白そうに。
 (つまりは俺にもその学芸会に乗れ、と・・・)
 笑みの意味を正確に理解し、綺麗な笑みを作る。
 綺麗な笑みで・・・・・・
 鼻で笑ってやった。
 「騙されるお前らが悪いんだろ?」
 『〜〜〜〜〜〜!!!』
 (あ、何か本気で怒ってるような・・・・・・)
 学芸会勝者はどうやら自分のようだ。まあ素で怒れば『真に迫る演技』となってむしろありがたいのだが。
 (だが・・・・・・)
 笑みを消し、桜吹雪へと向き直る。彼らは知らないだろうが、自分にはもうひとつ『怒られる』要因がある。さて彼らの演技はどこまでそれを帳消しにしてくれたか。
 「負けてしまい、申し訳ありませんでした、オーナー」
 馬鹿丁寧に頭を下げる。一応『従順な手下』を気取るのならばこの程度はすべきだろう。プライドというものがない自分には実に簡単な事だ。
 下げた頭を引き上げられる。首を絞める勢いで襟首を掴まれ、
 「なんで負けた!? あの時の実力はどうした!?」
 ・・・・・・残念ながら彼らの劇は全く役に立たなかったらしい。心の中でそちらに謝り、見た目では桜吹雪に謝った。
 「すみませんでした。相手の方が実力が上でした」
 嘘ではない。跡部は自分を攻略した。
 認めなければならない。跡部は自分より強くなったと。
 きっとそれを―――跡部に決して引かない心の強さを与えたのは自分ではないだろう、と。
 事実を実に端的にわかりやすく述べた佐伯。もちろん桜吹雪はそれで満足はしなかった。
 「ふざけるな!! 簡単に負けおって!! 貴様のせいでさらに損害が増えたんだぞ!?」
 『なっ・・・!!』
 完全な言いがかりに、反応したのは『仲間』であり現在『敵』であるメンバーだった。それぞれ追っ手から逃げ惑うその間に、各所に設置されたテレビで、あるいは会場で直接2人の試合は見ていた。タイムリミットを計っていた。桜吹雪らの動きを見ていた。イイワケはいろいろあるが―――
 ―――試合に見惚れてしまったというのが真実。中学テニス界の歴史に名を残すと称されたほどの手塚対跡部戦に勝るとも劣らない試合だった。許されるならば会場に駆け込み直接この目に収めたかった。それほどの試合だった・・・・・・というのに。
 (うわあ・・・)
 桜吹雪の顔越しに見える怒気溢れた一同から、佐伯は半眼で目を背けた。自分たちで企てた作戦を自分たちで壊そうとしてどうする。
 幸いにして気付かなかった桜吹雪。こちらも劇抜きで目を背けた佐伯を、自分への反抗と捉えたらしい。
 「この役立たずがあ!!」
 真っ赤な顔で怒鳴り、拳を振り上げてくる。
 2・3発殴られ事態が収まるのならば安いものだろう。そんな打算で佐伯は抵抗を止めた。
 顔に迫る拳。最低限の準備として目を閉じ顎を引き歯を食いしばり・・・・・・
 「―――だからいちいちぎゃーぎゃーうっせーんだよアンタ」
 後ろから飛ばされた声―――昨日と今日で一番よく聞いているような気がする声に、瞼を開ける。目の前
10cmで止まっている拳。止めたまま、桜吹雪が見ていたのはもう佐伯ではなかった。
 さらに後ろに向けられた視線を追い、佐伯もまた後ろを向く。首だけを後ろに回す。
 そこにいたのは初めから1人だけだった。そしてその1人は、
 桜吹雪を心底軽蔑した目で見下ろしていた。
 「キタねー声でそうそうわめくな。やる気が失せる。
  何度言ったらわかんだよ。損取り戻してえんならもう一回賭け直させろ。俺があのチビ助
15分で片付けてやる。それでいーんだろ?」
 いつもならここでおとなしく引くはずだった。しかしながら予想外の連敗により、桜吹雪の中でリョーガへの信頼度は最早0に等しかった。
 見た目苦しい笑みを浮かべ、桜吹雪が言った。
 「その台詞を信用してこれで何敗した? 今更貴様の言う事などどうやったら信じられる?」
 思い通りに動かない桜吹雪に、リョーガは顔を青褪めさせた・・・・・・・・・・・・りするのが普通なのだろう。
 それを聞き、なぜかリョーガは笑っていた。肩を震わせ、さもおかしそうに。
 「・・・・・・何がおかしい!?」
 「い〜や別に。けどいいのか? 俺にそういう事言っちまって」
 「何・・・?」
 「んじゃアンタのお望みどおり負けてやろーか? それでアンタの人生賭けた一代勝負は完全敗北。儲け0どころか―――いくら古っちいとはいえこの船にやけにいっぱいいた『従業員』に一体いくら費やした? 完全赤字で構わねえってんならさっさと負けるぜ?」
 「ま、待てリョーガ!!」
 「俺もそのバイト見習ってたまにゃオーナーのご機嫌取りしねえとなあ。いや〜下っ端はつらいぜ。よかったなー俺みてえな上司思いの部下がいて。なあおっさん」
 「わ、わかった! 今の発言は撤回する!! お前なら勝ってくれんだろ!?」
 それこそご機嫌を取るかのような卑屈な笑みを見せられ、リョーガはにやにや笑った。笑いの奥で―――冷めた目を向け。
 脅しにあっさり屈する桜吹雪。それは今まで見てきた他の者と同じ。他人を脅し、屈した者を嘲笑うクセ自分もまた脅しに弱いらしい。馬鹿馬鹿しくてたまらない。こういうヤツを見ていると反吐が出る。何より・・・
 ・・・・・・それでありながら今だここから抜け出せない自分に苛立つ。
 どこへ行っても変わらない光景。裏であろうと―――表であろうと。



 ―――『そういえば思い出した。親父の口癖。
     「テニスはな、でっけえ夢見せてくれんだ。お前らも見つけろよ、でっけえ夢をな」だっけ』




 (俺が忘れてたとでも思ったか? まだまだだぜ、チビ助)
 忘れてなどいない。忘れなかったからこそ、自分だって小さな頃、それはそれでガキらしく夢や希望も持っていた。父:南次郎の跡を継ぐわけではないが、自分もプロになって世界を制してみたいと願っていた。
 そして見つけた夢は叶えるものだ。叶えるために前に進むものだ。極端な前向き思考は父親譲りだろう。さっそくいくつもの大会に出てはタイトルを総なめにしていった。遺伝・才能・環境・努力。どれによりその成績が現れたかは不明だが、サムライジュニアの誕生と周りに騒がれた。騒がれ―――それ相応の洗礼を受けた。
 都合が悪くなると逃げるのは今も昔も変わりはなく。そんなつもりではなかったが結果として自分はあっさり逃げ出していた。表の世界から、裏の世界へと。
 桜吹雪などというバックをつけ、今度は自分が洗礼を与える側となった。自分の前にあっさりひれ伏す者らはまるでかつての自分のようだ。
 これ以上付き合う気を失くし、リョーガは桜吹雪に背を向けた。と・・・
 「確かにお前は強い。ずっと見てきたからな、それは認める。一切八百長なしで全勝を飾るお前の実力はな。
  だが―――」
 いかにも何か思いつきました的台詞をほざく桜吹雪。興味なさげに目線だけ送り、
 ぴたりと足を止めた。
 今だ佐伯を押さえ込んだままだったかの男は、手下に借りたらしい包丁を彼の喉に当てていた。反らされた白い首を、一筋の紅が染める。
 目線だけ送ったまま止まっていたリョーガ。だからこそ桜吹雪は気付かなかった。開かれた目が血走り、同じく開かれた唇が怒りで戦慄いていた事など。
 気付かなかったからこそ、言ってしまった。やってしまった。禁忌を、犯してしまった。
 「お前にはぜひやる気を出してもらわなければな。お前が負けたらこの役立たずを殺す。どうだ? 他人の命が自分の肩に乗ってる状態というのは。これでちょっとはやる気を出して―――」
 馬鹿な男の言葉はそこで止まった。生まれて初めて直に向けられた、本物の殺気に。
 かつてそして今日佐伯の試合を観たのとはわけが違う。あの時は観客として無責任に怯えていればそれで済んだ。今は・・・
 「てめえに声かけられた時、言ったよなあ? 『俺に命令すんな』って。手駒になってやる代わりに命令しやがったら即座に下りる。それが条件だっただろ?
  ―――俺は命令されんのが大っ嫌いなんだよ」
 「う、あ・・・・・・」
 睨み据えられ、
 桜吹雪はあっさり打ち倒された。
 どん、と佐伯を突き飛ばし、震える足で後ずさりする。情けない事この上ない。
 突き飛ばされた佐伯を受け取る。こちらは特に恐怖に震えてもいない。やはり肝の据わり方が違うようだ。
 確認し、
 リョーガもまた、佐伯を突き飛ばした。今度は飛び出たステージを区切るへりへと。
 落下寸前で柵に手を乗せ堪える佐伯。殺気は収めつつもなお冷たい視線を向け、
 「お前もそこらへんでおとなしくしてろ」







・     ・     ・     ・     ・







 冷たい嵐が過ぎ去った跡地で。
 英二は千石の耳にこっそりと囁きかけた。
 「ほら、やっぱアイツいいヤツじゃん? 仲間かばったりしてさあ」
 「仲間かばったり、ねえ・・・」
 「にしてもさっすがおチビのお兄さん。命令されんのは大っ嫌いだって」
 「まあ、うん・・・・・・」
 曖昧に頷く。頷き、思う。
 (あれってどう見ても・・・・・・)





 「―――サエだから、かばったよねえ・・・?」
 「・・・他にどう捉えるよ?」
 こちらはコート外にて。珍しく引き攣った笑みで耳打ちする不二に、跡部はは〜〜〜っと深い深いため息をついた。リョーマを見ていてもつくづく思うのだが、本当にこの兄弟は素直で挑発に乗りやすい。相手がそれ以上の馬鹿だったからいいようなものの、
 (気付かれてたらどーするつもりだったんだ・・・・・・?)
 あれでは自白したようなものだ。佐伯は自分の弱みだと。
 弱点を見せびらかしてどうする。自分は桜吹雪の弱みを握って好き勝手しているというのに。
 佐伯をそっけなく扱ったのはそれを防止するためだろう。しかしながら余程の博愛主義者でもない限り、どうでもいい他人を人質に取られあそこまで怒り狂う事は出来ない。あのリョーガの性格を考えると、本当にどうでもいい他人だったならば笑って「勝手にしろよ」とでも言い出すだろうに。
 「負ければ殺す。負けなければ殺す。
  一番追い詰められてるのは誰だろうね?」
 謎かけのような不二の言葉。その顔に普通の笑みが浮かんでいる事からすると、もう答えはわかっているのだろう。
 跡部もまた、いつもどおりにやりと笑って言った。
 「『殺される』アイツら7人だろ。どっちも人の言う事にゃ従わねえ」





 再び上に戻り。
 コートを見下ろす佐伯。切れた首筋に手を当てれば、もう血は止まっていた。消毒もなされている。
 リョーガの元へ飛び込み、突き飛ばされるまでの僅かな時間。その間に、自分で死角を作りながらリョーガに舐められていたのだ。何かの言葉をかける代わりだろうが・・・。
 (あいつスリかよ。どういう手際の良さでそういう事が出来んだよ・・・)
 そんな事を考える。考え、頭を必死に本題からは逸らす。逸らさなければ顔が赤くなりそうだ。
 塔の上のか弱いお姫様に憧れた事など皆無だ。誰かに護られなければならない程自分が弱いなどと思った事はなかった。なのに、
 ―――くらっときてしまった。今のリョーガのナイト振りに。
 (さって試合・・・)
 逸らしたまま、頭を切り替える。下では丁度のんびり下りていったリョーガがコートに入ったところだった。
 リョーガを見、リョーマを見、さらに跡部を見。
 佐伯は口の中で小さく呟いた。しっかり目を据わらせて。
 「勝ったら覚えてろよリョーガ・・・・・・」





 コートに下りてきた兄に、リョーマは笑みを浮かべた。人を小馬鹿にする、あの生意気な笑みで。
 「ふ〜ん。一切八百長なしで全勝、ね・・・」
 「わざわざンなモンやるまでもねーだろ?」
 「そうだね。アンタ強いし」
 「・・・あ?」
 あっさり肯定する。余程予想外の反応だったか、リョーガが言葉を止めた。
 「どーしたお前? 何か悪りいモンでも食ったか?」
 ・・・・・・つまりはそれだけ予想だにしなかった反応だったらしい。ムカッとしつつ、必死に押し殺す。
 押し殺し、代わりに言う。
 「でも―――
  ――――――俺の方が強いよ?」
 「ハッ! 言ってくれんじゃねえの。んじゃどれほどのモンか、お兄様がじっくり判定してやるよ」
 「せいぜい今だけ強がりなよ。でもって・・・もちろん賭けは忘れてないよねえ?」
 これまた挑発のつもりだった。だったのだが・・・・・・
 なぜかリョーガがびしりと音を立てて固まった。
 「どしたの? 具合悪いんじゃん? ヘンな汗流れてるよ?」
 兄の予想外過ぎる反応に、今度はリョーマが的外れな事を言い出した。
 5秒ほど沈黙した後、
 リョーガは固まった空気をぱりぱり割る感じで無理やり笑みを作ってきた。
 「・・・・・・忘れてるワケねえだろ? チビ助こそせいぜいあがけよ?」
 「何そのはっきりしない返事と間」
 「よし! 試合始めるぞ!!」
 「変なリョーガ」
 「さっさとやんぞ!!」



―――di