せんじょうの騙し合い 〜Party Game〜
7.賭けの代償 −シングルス編 Latter Part− <di>
残念ながら試合は『さっさと』は始まらなかった。リョーガの提案どおり再び賭け金変更が行われ、おかげでヒマな10分間彼は弟に散々不審げな目を向けられるという人生最大の屈辱を味合わされ続けた。
気を取り直して試合開始。サービスラインにつきボールを何度も地面にバウンドさせるリョーガに、ふいにリョーマが声をかけた。
「そういえばさ、こうやって試合すんの初めてだよね」
「は? しょっちゅうやってんだろ?」
「リョーガがふざけてばっかでね。たまに普通にやれば途中で止めるし」
「だってお前弱すぎてつまんねーんだもん」
「だから―――」
リョーマが構えを解いた。昨日の再現のように、兄にまっすぐラケットを突きつけ、
「勝負だリョーガ!」
「望むところだ。受けて立ってやるぜ!」
雄叫びとともに放たれた1球目。自分も得意なツイストサーブを、
リョーマはただ避けるしか出来なかった。
「サムライ南次郎直伝のツイストサーブ。お前のただの真似っコとは格が違うんだよ」
「・・・・・・言ってくれんじゃん」
サムライ南次郎の子どもとして、共に物心ついた頃からテニスをしていた自分たち兄弟。しかしながら幼い2人に2歳という年の差は歴然だった。当たり前の話兄であるリョーガの方が上達は早かった。
父は意外に子煩悩であるらしい。あるいは日に日に目に見えて上達するリョーガが面白かったか。技やプレイなど、自分の全てをリョーガに教え込んだ。教え込み、さらに学ぶ機会を提供しようと多くの大会に出場させた。尽くした結果が・・・・・・まあこんなものだった。
だからこそ父は自分には何も教えなかった。自分が同じ技を使うのは見て覚えた―――父や兄から盗んだからだ。『無我の境地』も自分においてはこれの名残だろう。だから使う時無意識のうちに英語が出る。盗もうと必死になっていたあの頃のままで。
だが見た目からわかる事しか学べない自分と、それの中まで良く知る本人から教わった兄とでは、身に付けたものの重みが違った。
「けど・・・・・・」
顔を上げる。リョーガを見据え、言ってやった。
「俺は俺だ。親父の亡霊じゃない」
「・・・・・・言ってくれんじゃねーか。
なら―――亡霊は打ち倒してみろよチビ助」
「倒してあげるよお望みどおりね」
再び放たれたツイストサーブを、
リョーマは今度はしっかり返した。
・ ・ ・ ・ ・
「ゲーム桜吹雪チーム! 0−4!」
「越前が・・・手も足も出ない」
「こないだ試合やって思ったが、やっぱ強ええなアイツ」
審判の判定に息を呑む不二。呟く跡部。
特に不二は初めて見せられたが、リョーガの実力は確かに手塚や跡部と互角だった。思い出す。リョーマと彼らの試合。初めて手塚とやった時はボロ負けだったらしい(後に手塚に聞いたのだが、1ゲームも取れなかったという)。次も手塚と。肩を壊し右手でやりながらも本来の強さを保ち続けた彼に、一応今度はリョーマもまともに食らいついた。そして意表をついた手で手塚ゾーンを破ってみせた。その次は跡部とだ。1週間伸ばされた関東大会決勝。その間行われた短期合宿で、ラストに組まれた氷帝との練習試合で2人は対戦した。結果は6−6の引き分けだったが、様子見で1ゲーム取らせて以降、5−1まで跡部のワンサイドゲームだった。そこからリョーマが巻き返してきたのだが、実際は逆で跡部がわざと巻き返させたのだ。威力を落とした破滅への輪舞曲を連打で放ち、試合を長引かせリョーマを潰すつもりだった。潰れなかったから引き分けとなったのだが、もし跡部が単純に勝つ事だけを目的としたならば6−0となっていたかもしれない。
そして今回。リョーガは間違いなく勝ちに来る。負ける筋合いもなく、もっと簡単に兄として弟にそうそう負けられないだろう。それに・・・・・・
(絶対に負けられはしないだろうね。負ければサエが殺される)
桜吹雪は一度は引いた。しかしながらここでリョーガが負ければ彼の言う通り桜吹雪は大損。破産どころの騒ぎではないだろう。先ほどから客らの会話を注意深く聞いていたが、そこから計算すると1試合につき億単位で金が動いている。特にこれでラストとなれば賭けられた額も恐らく最高値。首をくくっても全く足りないほどの損害を負わされるかもしれない。こんなボロ船に乗っている事を考えれば財産があるとはとても思えない。
だからこそリョーガが負けたならば桜吹雪はヤケを起こすだろう。ヤケを起こして何をし出すかは・・・・・・まあ今まで見ていた通り。佐伯ならば実はあの程度楽にかわせるだろうが、6人いて(しかも全員にある程度以上の心得があって)全員捕らえられた自分のチームメイトを考えると、そうそう楽観視は出来ない。6人の後ろにちらちら見える黒い塊が拳銃だと推測すればなおさら。
そして・・・
(こんなことは、僕よりずっと桜吹雪と一緒にいるリョーガ君の方がよっぽどよくわかってる、か・・・)
時計を見る。試合開始からまだ8分。速攻だとかいうより―――焦っている。初めて見る自分にすらわかってしまうほどに。
・ ・ ・ ・ ・
「ねえ」
「ああ?」
サーブを打とうとしたリョーガに、リョーマはむしろのんびりと声をかけた。
かけて、何も言わない。
「何だよチビ助?」
訊き返し、ようやくリョーガが構えを解いた。
じっと見て、問う。
「アンタ何焦ってんの?」
「・・・・・・ああ?」
不二と同じ問い。初めて見る不二が気付いたほどだ。何度も対戦しているリョーマが気付くのは当然だろう。
「リョーガらしくないよ? いつものアンタなら俺のこと散々からかったテニスすんでしょ?」
「お前が言ったんじゃねえか。今回は真剣勝負だって感じで。だからやってんだろ?」
「だったらちゃんとやってよ。フザけられて苛つくんだけど」
「俺がいつ―――!」
リョーガの声に怒りが滲む。『弱っちい』弟に侮辱されてさぞかし苛立つだろう。
射殺しそうなほど鋭い目つきで睨むリョーガを、
リョーマは鼻で笑ってやった。初めてだ。兄にこんな事をやったのは。満足感は――――――全く生まれなかった。
「弱いよリョーガ。
ずっと一緒にいて初めて思った。今のアンタなら、俺楽勝で勝つよ?」
「いっちょ前に言うじゃねえかチビ助! だったらやってみろよ!!」
「言われなくてもね」
言葉と共に放たれた、何の工夫もないただのツイストサーブを楽々返す。勢いに負け、次の球はロブとなった。
飛び上がる。体を捻って。
放ったサイクロンスマッシュは、リョーガのラケットをいとも簡単に弾いた。
ゆっくり着地し、言う。
にやりと笑って。
「ホラ」
「このヤロ・・・・・・!!」
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