せんじょうの騙し合い 〜Party Game〜
7.賭けの代償 −シングルス編 Latter Part− <deca>
崩れ落ちる船上にて、佐伯は(もちろんバイト費はかっぱらってから)プールの見える柵に凭れ、座り込んでいた。
「ま、これで一件落着、と・・・」
微笑む。バイト費と一緒にリョーガの部屋から盗ってきたオレンジを齧りつつ。
微笑み・・・口の中にやけに残る苦味に、顔をしかめた。
「あれ・・・? 外れ引いたかな・・・・・・」
今まで当たらなかったというのに。最後の最後でとんだ目に遭った。最後の・・・・・・最期に。
ため息をつく。安堵の、ため息を。
「リョーガの奴、あれならもうどこでだってやってけるよな・・・・・・」
リョーガは抜け出してしまった。水の中から。
・・・自分は今だに抜け出せないというのに。
全てを吹っ切り試合をするリョーガを見て、恋焦がれる一方嫉妬した。彼を束縛するものはもう何もない。彼はこれで自由に羽ばたける。自由に羽ばたく翼を、自分の力で手に入れた。
自分は駄目だった。一緒に行く事が出来なかった。前を走る彼の背中を眩しいと感じてしまった。彼は、隣にいる弟と同じ輝きを放っていた。
その瞬間、悟ってしまった。自分と彼が違う存在になった事を。
自分はもう彼の元にはいられない。やっと抜け出た彼を、また引っ張ってしまう。また水の中へ沈めてしまう。だから・・・・・・
もう一口オレンジを齧る。この苦さも今の自分には丁度いいか。
無理矢理笑みを浮かべる佐伯。口を離したオレンジに、透明な雫が零れ落ちた。
呟く。彼は言えて、自分は言えなかった言葉を。
「愛してるよ、リョーガ。昨日会った時から、これからずっと・・・・・・」
「―――佐伯!!」
「え・・・?」
きょとんとする。今確かに聞こえた。自分を呼ぶリョーガの声が。
(いや・・・。でも、まさか・・・・・・そんな事・・・・・・)
佐伯は聞こえて来た方―――後ろの下の方をちらりと覗き込んだ。
確かにそこにいた。水上バイクに跨り、こちらを半眼で見上げるリョーガが。
「リョーガ!?」
「ったく。やっぱ残ってると思ったぜ。お前も世話かけさせやがって」
体を起こし、柵を掴んで身を乗り出す。がりがりと頭を掻くリョーガに、佐伯は思い切り叫び返した。
「何で戻ってきたんだよ!」
「はあ!? 後で行くとか言ったクセにお前が来ねーからだろ!? 言った事は守れよちゃんと!」
「・・・・・・さりげに生真面目なんだなお前。今ちょっと跡部に似てた」
「褒められてんのか・・・?
で?」
「ん?」
「来んのか? 残んのか?」
「どうしよっか?」
「あっそ」
実に冷たい返事だ。さすがリョーマの・・・と思うのもこれで何度目か。
もう彼に自分は必要ない。彼はこれからもっといいものをいっぱい見つけるのだろう。
モーター音が響く。立ち去ろうと向きを変え、
―――そこで音が消えた。
「は・・・?」
何の脈絡もなく消えた。燃料切れだろうか。なんだかお調子者っぽいイメージを抱くリョーガならばやったところで不思議はなさそうだ。
が、
こちらにお尻を向けるバイク。跨っていたリョーガは、へりに立ち上がりこちらに顔を向けてきた。
逆向きに座るリョーガに、言う。心底気の毒そうに。
「せめてメーターは確認してから乗れよ?」
「ガス欠じゃねーよ!!」
一声吠え、リョーガが後ろ向きにどっかと腰を下ろす。腕を組み足を組み背筋を伸ばす様はまさしく某俺様帝王。なぜリョーマと跡部が付き合うのか、なんとなくわかってきたような気がした。
「じゃあなんで止まるんだよ?」
「いいじゃねーか俺の勝手だ」
「またそんな子どもの理屈を・・・・・・」
「どーせまだ子どもだろ? 俺ら」
「危ないぞ。早く逃げろよ」
「お前が決めたらな」
「はあ?」
「まだどっちにするか決めてねーんだろ? 決めたの見届けてから逃げる」
「見届けてからって・・・・・・んじゃその間に船沈んじまったら?」
「ま、仕方ねえな。それもまた人生だ」
「今度はやったら悟った台詞だなあ・・・・・・」
「んで、どーする?」
「んじゃ決めた。残る。はい。お前は逃げろ」
「よしわかった。なら俺も残るか」
「何をどう理解した!? さっき俺が決めたら逃げるって言っただろ!?」
「人の話はよく聞けよ。俺は『お前が決めたらな』とは言ったが『お前が決めたら俺がどうするか』は言ってない」
「俺の文章と繋げたら―――!」
「俺が責任を負うべきなのは俺が言ったことに対してだ。台詞の連帯保証なんて聞いた事ねえぜ?」
「うわ。腹の底からムカつくなお前」
「さっきチビ助にも言われちまったよ。んで?」
「選択肢ないじゃん・・・・・・」
「なきゃ勝手に作りゃいいだけだろ? さっきの俺みてえに」
「そっか・・・。
―――んじゃここにある錨をお前の頭の上に落として沈めた後そのアシを奪い俺だけ生き延びるっていうプランも可、と」
「三択だ!!」
「やっぱ選択肢ないじゃん・・・・・・」
「お前の方がよっぽど腹立つな・・・!!」
「おおサンキュー」
素直に礼を言う佐伯に、リョーガががっくりと項垂れた。
項垂れ、立ち直り、ぽんと手を叩く。
「立ち直り早・・・」
「そういえば昨日跡部クンがこんな事を言ってた。相手に向かって何かを言う場合、それは自分でもそう思ってるからだそうだ」
「ああ懐かしいな。俺の屁理屈第一号だ。母さんの大事にしてたネックレス勝手に持ち出して絞殺実験をやってたら普通に壊れた。おかげで跡部は助かったけど、勝手に持ち出して挙句壊した事について俺を責めてきた。だから跡部にそういって責任押し付けて逃げてきた。後で確認したら7分殺しぐらいのメにあってた」
「お前かよ言ったの!! つーか意味違うだろーが!! ってか災難だったなあ跡部クン・・・」
「そんな事ないぞ? あまりのやられっぷりにさすがに俺も可哀想に思い、『景吾も反省してるんだから許してあげなよ母さん』と仲裁に入った。そしたら跡部は恩を仇で返すかのように俺の方が主犯だと言い出した。おかげで残りの2分は俺が引き受けるハメになった。ちなみに10分全部にすると殺人罪に問われるからな。ちゃんと母さんも考えてるらしい。殺さなければ揉み消しは可能、と。
でもってその屁理屈により得られた教訓は『自分の言葉に惑わされるな』だった」
「真性の外道だなお前・・・。それだけやられて今だに跡部クンがお前の友人な理由がつくづく知りてえよ」
「いやこの程度まだまだ序の口だぞ?」
「もういい・・・。おかげで何言おうとしてたか忘れるトコだったじゃねえか」
「ああ、ここにある錨をお前の頭の上に落として―――」
「それはもう終わった!」
「終わった? でもお前生きてんじゃん」
「その話題はもう終わった!」
「最初っからそう言えよ」
「マジでムカつく・・・!!
―――じゃなくってな。もう何かけっこー時間経ってるしさすがにそろそろ本気でヤバそうだから短縮していくけどな、お前の屁理屈一号の話だ」
「ああ」
もちろん本気で忘れていたわけではない・・・・・・と思う。
(ところで屁理屈一号ってどれだっけ・・・? 多すぎて思い出せないな・・・・・・)
そんな事は微塵も出さず、佐伯は自然に問いかけた。
「んでそれが?」
「昨日お前俺に言ったよな? 俺は水の底にいるって思い込むから苦しいんだって。だから助けて欲しいんだって。でもってさっきも言ってたな?
2回も繰り返すって事は跡部クンの言い分によると―――」
「俺の屁理屈」
「跡部クンの言い分によると、それだけお前もそう思ってるって事だ」
(なるほどなあ。俺の事は俺が一番よくわかってる、か。さすが俺)
なんとなく自画自賛してみたりして。
(な〜るほどね)
にや〜っと笑う。わかってしまった。リョーガが次に何を言うか。
笑う佐伯を見て、
リョーガもまたにや〜っと笑った。
笑って、言う。
「一生沈んでろバーカ!!」
どごっ!!
・ ・ ・ ・ ・
「・・・・・・すんません。冗談です」
「よし」
鼻を押さえくぐもった声を出すリョーガの隣で、佐伯はぱんぱんと手を払った。飛び降り見事リョーガの顔面に着地したのだが(そして手を払う意味が全くわからないのだが)。
小さな水上バイクはかろうじて沈まなかったものの、突然の重量付加に大きく後ろに傾いだ。びっしゃり水を被りずぶ濡れ状態であるにも拘らず、なぜか佐伯は爽やかに笑ってみせた。まさに海の男。光る歯よりも光る銀髪が目に痛い。
「んじゃテイク2」
「ちょっと待て。お前まさかもう一回船戻る気じゃねえだろーなあ?」
「もちろんやり直すからにはきっちりと」
「悪りい。俺が悪かった。謝るし次はまともにやるから戻るのだけは勘弁してくれ」
「そんなに俺の命を心配してくれるのか?」
「・・・・・・・・・・・・ああ」
どちらかというと次ピンポイントで飛び降りられたら自分の方が死にそうなのだが、そこに関してはもう触れない事が吉だろう。リョーガは無難に頷いてみせた。
危なっかしいバイクのへりに2人で立つ。危なげなく見つめ合い、
「んじゃテイクつ―――」
そこで、佐伯の言葉は途切れた。リョーガにきつく抱き締められ、キスをされ。
佐伯もまた抱き締め返す。2人の口の中に、今度は佐伯が食べていたオレンジの味が広がった。
(あれ・・・?)
さっきはあんなに苦かったというのに・・・・・・。
唇が離れる。
リョーガがカッコよく笑ってみせた。
「苦しいときは人工呼吸、だろ?」
「やり方間違ってる」
「いや。実際やったらむしろ呼吸困難で死ぬだろお前」
「・・・他は?」
「お前自分で来ちまったじゃねーか。わざわざ俺が能書き垂れても仕方ねえだろ?」
「そこは気分の問題で」
「自分で泳げるヤツに手え貸すのはただのお節介だ。どうしても苦しいって時だけは助けてやる」
どこかで聞く台詞だ。考えるまでもなく思い出す。今まで一番そばにいた相手の言葉を。
「お前ってホント―――」
「何だよ?」
跡部に似てるよな・・・言いかけてやめた。自分が跡部の代理でないのならばリョーガも彼の代理ではない。
苦笑して、佐伯は首を振った。
「何でもない。お前はやっぱお前だよ」
「はあ?」
「まあ気にするな」
「気になるだろその言い振りは」
「愛してるよリョーガ」
「そうやって誤魔化す――――――――――――はい?」
「残念だなあリョーガ。1度聞き逃すと次はなかったりするんだよなあ」
「いやだってお前いきなりンな脈絡もなく言われてもなあ」
「そこまで理解してる時点で聞いてたんじゃん」
「それでも聞きてえだろ今のはしっかり」
「ならお前も言えよ。1回しか聞いてないぞ?」
「愛してるぜ佐伯」
「そんなさらっと言うなよ・・・//」
「いやお前もだろ・・・」
「やっぱお前タラシなんじゃないのか? 言い慣れてるから普通に出んだろ」
「だからどうしろってんだよ!?
にしても・・・」
リョーガが片手を離した。佐伯の片手を掴む。その手には、先ほど齧っていたオレンジが握られていた。
甘く睨みつける。
「俺の部屋から勝手にパクってきやがったな?」
「いいじゃんあのまんま沈むより」
「ま、確かにそりゃそうだけどな」
「そうそうそれでこのオレンジ。
お前ハズレ入れるなよな? 本気で苦かったんだけど」
佐伯もまた、リョーガを真似るように甘く睨み付けた。と、
「ハズレ? 入れてねえだろ。ウチのオレンジはどれも甘くて美味いって評判なんだから。
貸してみろ」
食っておいてどこが『貸す』なのか疑問だが、佐伯の手ごと顔に近付けリョーガが一口齧った。息と唇が少し指先に当たる。くすぐったさに佐伯が身をよじって笑った。
口の中で十分味わい、結論を出す。
「ホラやっぱ。別にハズレじゃねえぜ?」
「はあ? どこが。さっき食べた時あんな苦かったんだぞ? お前の舌慣らされすぎたんじゃないのか?」
「ンな事ねえって。ホラ」
と、差し出されたのはオレンジではなく顔。つまり口の中のを味わえと言いたいらしい。
煽るように小さく舌を見せるリョーガに、
「じゃあ遠慮なく」
佐伯はにっこりと微笑んでみせた。
10秒後。
「痛ってえ!!」
黒煙漂う船の近くでは、その場に合っているような合わないような、そんな微妙な悲鳴が広がった。
・ ・ ・ ・ ・
「おっそいねー2人」
「ちゅーか・・・、これ以上おったらホンマやばいで?」
黒煙に纏われよくは見えないが、それでも見えている部分、それも高さがだんだん低くなっているのはかなりヤバイ証拠だろう。
ただいま沈没中の船に、誰もが苛立ち始めたところで、
「―――いた! 2人だ」
「ホントか千石!?」
「今ちらっと見えた!! ちゃんとサエくんも乗ってる!!」
「よしっ!!」
一気に盛り上がるボート内。迎え入れようと前に詰め寄り、
「・・・・・・あれ?」
「遠ざかってるの、気のせい・・・・・・?」
「いや、気のせいでも目の錯覚でもないだろう・・・・・・」
呆然とする一同へと、
水上バイク後部座席に後ろ向きに乗り足をぶらぶら振るという曲芸をこなしている佐伯は、足だけでは飽き足らないか手まで振ってきた。
振った手から、オレンジが放たれる。ゆっくりと放物線を描き、それは跡部の元へと落ちてきた。
「佐伯・・・」
「じゃ〜な〜お前ら! ゆっくり帰って来いよ〜!!」
さらに前―――運転席にいるリョーガも後ろを向いて手を振ってくる。
振りつつ、こちらもオレンジを放る。ほぼ同じ軌道を描き、こちらはリョーマの元へと落ちてきた。
「リョーガ・・・・・・」
「チビ助ー!! お前もでっけえ夢、見つ・けろ・よー!!」
「えっと・・・・・・」
「あの・・・・・・」
「ていうかアンタらは・・・・・・?」
誰も何も言えない、もちろん手など振り返せない内に2人は消え去っていった。夕日の向こうへと。
2人を名残惜しむようにさらに暫し無言の時が続き、
「まあ、よくよく考えてみりゃ俺らこれから警察に保護されんだよな」
「でーもって跡部くん、会話全っ部警察に送ったんだっけ?」
「2人、こっち戻ってきてたら事情聴取程度じゃあ・・・・・・済まなかっただろうね」
「だが逃げて何になる?」
「罪は償うべきだろう?」
「お前らの言うことは正しいわ手塚・真田。せやけどな・・・・・・アイツら何の罪に問われるん?」
「あれ・・・? 実はあの2人って―――何もしてない?」
「なのに俺らめちゃくちゃボロクソに言いましたよね。首謀者扱いしてたような・・・・・・」
「つまり―――」
夕日の綺麗な海に、爽やかスポーツ少年たちの掛け声が広がった。
『お願いだから捕まらないでね〜〜〜〜〜〜!!!』
―――7undecaへ