せんじょうの騙し合い 〜Party Game〜
7.賭けの代償 −シングルス編 Latter Part− <tetra>
驚く周りは放っておいて、千石は佐伯の様子だけに注意を払った。表情は変えないまま、顔を青褪めさせる佐伯を。
「君には言ってないけどさ、俺リョーガくんとメル友なんだよね。詳しい経緯は省くけど、リョーガくんがリョーマくんと同一人物なのか違うのか、確認したくてメール送った。俺の自己紹介込でね。
俺の事知らないっぽかったし返事も愛想よかったからリョーマくんじゃないって確信した。でももうひとつあるんだ。リョーガくんがリョーマくんじゃないって俺が確信した理由」
これは選抜メンバーにも言わなかった事。妙な先入観を植え付けたくなかったからだ。
この時点で自分が何を言うか、推測はともかく実際わかるのは自分と送ったリョーガだけ。佐伯を含め首を傾げる一同の中で、今度はリョーガが顔を青褪めさせた。
「待て千ご―――!!」
「返ってきたメールの最後で、こんな事訊かれたよ。『関東でお前と同じくテニスやってる中学生の中で、六角中の佐伯ってヤツ知らねえか? 銀髪で青い目のヤツ。知ってたら教えてくれねえか?』って。
リョーマくんなワケはなかった。知りたければサエくんの幼馴染で先輩の不二くんに訊けばいい。わざわざ俺になんて聞いてないで。それにリョーガくんも誤魔化してたみたいだけど、そもそもこのメールが来たのはJr.の大会後じゃなくって青学対六角戦の1週間後だ。いくらリョーマくんでももう忘れてるわけないっしょ。
だから俺もこう返した。『佐伯虎次郎くん。千葉の古豪、六角中3年テニス部エース。これ以上知りたかったら教えてくれないかな。君がなんでサエくんの事知りたがるのか』って。賭けの相手探してたのかとも思ったけど、それにしてはサエくんだけご指名っていうのは何かおかしい。同じ関東で有名どころっていったら立海しかり手塚くんしかり跡部くんしかり。言っちゃうけどサエくんははっきり無名の選手だ。誰でもいいんならそれこそ今アポかけた俺にでもすれば話は早い。一応俺のことも青学と対戦してた学校の選手として知ってたみたいだからね」
「あ・・・・・・」
千石の説明の途中で、佐伯が小さく声を上げた。昨日の台詞―――リョーガが発した第一声を思い出す。
―――『千葉の古豪、六角中3年テニス部エースの佐伯虎次郎がンなところで何やってやがる?』
リョーガはJr.の候補だから自分の事も調べたと言っていたが、よくよく考えるとおかしな調べ方だ。六角中について知っている者は、大抵一度はこの疑問に首を傾げる。即ち―――六角のエースは一体誰なんだ?
1年で部長の葵ともいえる。氷帝百人斬りを成し遂げた天根かもしれない。実力で考えれば去年もJr.に正式に選ばれていた亮か。『エース』を他の者を引っ張る存在と考えれば自分としては黒羽を推したい。そして・・・・・・客観的に見れば自分もまた選ばれる。確率1/7で。
つまるところ六角に際立った実力の持ち主はいないのだ。レギュラーであれば誰を『エース』と呼ぼうが間違いではないが、誰もそう呼ばないのが一番正しい。
それでありながら自分をそう呼ぶ。自分の実力を知っているリョーガならばそう呼ぼうと不思議ではないような気もするが―――本当にJr.関連で調べたのならばあのメンバーに選ばれていなかった他の者の実力は知らない筈だ。それで『エース』と言い切るのはいささか的外れだろう。言い切るのならば―――
―――他の全員の実力を知ったうえでなおかつ自分の方が実力が上だと知っている者・・・早い話が普段から自分をエースだと思っている者から聞いたからか。この時点で密告者が幼馴染か六角レギュラーその辺りの中にいると考えるべきだった。この中でそんな事をやりそうなヤツなどひとりしかいないではないか。
ため息をつく。この様子では千石は全て知ったであろう。どうりでリョーガがJr.選抜代表候補などという当事者除き誰にとってもどうでもいい、実際メディアには取り上げられなかった情報を持っているわけだ。千石に聞いたのだろう。自分の過去と引き換えに。
開き直って、佐伯は肩を竦めた。
「で? 聞いたんだろ? 俺の事」
「聞いたね。君がかつて賭けテニスに参加してたって話を」
『なっ・・・!?』
先ほどと同じメンツから上がる声。
変な誤解を生むと面倒だ。先を制して説明を追加する。
「1回だけだ。それに厳密には賭けテニスの前座。丁度いいバイトだったからな。受けないと路頭に迷うトコだったんだ」
「路頭に迷う、って・・・・・・」
「持ち金0で親にアメリカに置いてかれてな。7歳のガキが金稼ぐ方法っていったらこれかあるいは身売るしかないだろ」
「どういう家だよお前ん家・・・・・・」
「そういう家だ」
佐伯の完璧な答えに黙り込む選抜メンバー。そちらはいいとして。
「リョーガ! 貴様やはりわかっていたのか!!」
「そいつの事か? そりゃわかんだろ。これだけ特徴溢れてりゃなあ」
「ならばなぜ私に言わなかった!?」
「訊かなかったからだろ」
「訊いただろう!?」
「『まさかリョーガ、お前知ってて今まで』で何を理解しろってんだ? そこで切っちまったじゃねえか」
「あれは貴様が訊き返してきたからだろうが!!」
「だから『何の話だ?』って訊き返したんだろ? 説明が欲しけりゃそこで終わらせんなよ。『何でもない』っつーからああいいのかと思って止めちまったじゃねえか」
「―――ああ、本当に言ってなかったんだ」
試合中断―――まあ丁度ゲーム開始前のインターバル的状態の時だったからいいのだが―――で行われたリョーガと桜吹雪のやり取りに、話題提供主である千石が口を挟んだ。心底不思議そうに。
「勿体無い。俺なら即座にチクって金もらうけどね」
「金?」
当人がきょとんとする。
「実は俺が賭けテニスに興味持った理由ってさ、君が懸賞金付で手配されてたからさ。それもあちこちでね」
「俺が?」
「名前もなしに試合中の写真やらビデオやらだけでだったけど。でも君知ってる人が見れば一発でわかると思うよ。実際リョーガくんも気付いたしね。
聞いたよ。随分活躍したんだって? その時は現役だったプロ相手にほぼ完全ワンサイドゲーム。7歳の子どもがそれだけやればそりゃあ逸材として誰でも欲しがるだろうね。懸賞金、最高で5億円くらいかけられてたよ」
「俺を? わざわざ?」
なおもワケがわからないらしい佐伯に、リョーガが解説を加えた。もしかしたら佐伯もそうなっていたかもしれない1つの未来の形が。
「つまり今の俺と同じさ。誰でも欲しいのは『確実に勝てる選手』だ。確実に勝てるんなら同時に確実に負けられる。自分の思い通り試合を調節できるってワケだな。懸賞金までつけて一見馬鹿馬鹿しいだろーが、いくトコいきゃ1回の試合で100億は動く。それを丸儲け出来る金の卵をたかだか5億で買えたらそりゃ安い買い物だろ?
ちなみに桜吹雪がお前を欲しがる理由な、俺だけじゃ不満なんだとよ。『勝ち』しかやんねー俺じゃな。もうアメリカじゃやっても俺にしか金が賭けられねえ。今回日本に来たのも俺が無名なトコを選んだからだ・・・・・・
・・・・・・?」
解説を加えながら、佐伯しか見ていなかったリョーガは気付かなかった。千石が薄く笑っていた事に。自分が千石の仕掛けた罠に嵌り、その解説を引き出させられていた事に。
リョーガは佐伯を見て解説していた。そして、
リョーガは佐伯を見て解説を止めた。目に見えて青褪める佐伯を見て。
止まったリョーガに替わり、佐伯が口を開いた。リョーガから目を逸らし、俯いたまま。震える声で、呟く。
「ああよくわかったよ。お前の言ってた事が1から10まで全部でたらめだったってな・・・・・・」
「・・・・・・はあ?」
それこそわからない。佐伯が何を言いたいのか。
間抜けな声を上げるリョーガに、佐伯はようやく顔を上げた。睨みつけ、怒鳴る。
「俺が今ここにいる理由教えてやるよ!! 割のいいバイトがあるって知らせが届いたんだよ!! 一緒にあの時の写真が入ってた!! 『ぜひともこの写真について語り合いたいものです』ってメッセージ付でな!! よりによってその船に選抜メンバーが乗るって事知った次の日にな!! だから来たんだよ!! どう解釈しても行かなかったらバラされそうだったから!!
宛名がなかったから誰が出したのかわかんなかった!! わかんないから2日待ってた!! 誰が声かけてくんのか!!
・・・・・・お前だけだったよリョーガ。俺に声かけてきたのは」
そこで佐伯が力尽きた。先に手をかけ項垂れる。自然と、合っていた目は再び逸らされた。
逸らされた事で、激昂に固まっていたリョーガが動き出す。が、
「ちょっと待てよ。俺はそんな手紙―――」
「最初は普通に桜吹雪が出したのかと思ってた。それで手駒のお前使って俺に接触してきたのかと思った。だから味方にならないかって誘われた時受けたんだ。直接本人に会って話そうと思って。
なのにお前は俺を桜吹雪のところへは連れて行かなかった。しかも自分のものにならないかとか言ってきて、思わせぶりな事ばっかやってくる。
すっかり騙されたよ。お前の事無条件で信頼してた。お前は大丈夫なんだって、根拠なく思ってた。俺らしくもない。もっとちゃんと考えてればよかった」
「待てよ佐伯! 俺は本気でお前の事―――!!」
「まだ言うのかよ!! どうせ全部嘘なんだろ!?」
「なんで勝手にンな事思うんだよ!?」
「お前と千石に繋がりがあんなら全部繋がんだろ!? どうせあの手紙出したのお前なんだろ!? 千石に俺の事聞いてさあ!
なんでただ写真だけじゃなくってバイトの案内まで来てんのか不思議だったよ! 千石のアドバイスだろ!? アイツならそうやったら俺が飛びつくって事よく知ってるもんな! 何も知らせずいきなり俺がいなくなったら周りも気にするだろうけど、そういう理由でなら家族も周りもみんな納得する! 俺を連れて日本から離れる時間は十分稼げるわけだ!!
そうやって乗せて、俺を試合に出して、それ桜吹雪に見せて。でもって俺の事桜吹雪に売りつけるつもりだったんだろ? ところが品定めの筈の試合で俺が負けた。このままじゃ桜吹雪が俺を買わないかもしれない。だから挑発して焦点逸らしたんだろ? 俺庇ったのも殺されたら売り物にならないからだろ? それにさっき千石止めようとしたのもカラクリがバレないようにだろ?
―――さぞかし面白かっただろうな。お前らの手のひらで面白おかしく踊ってた俺は」
「佐伯・・・・・・」
「もういい。さっさと試合終わらせろよ。終わらせたら買われてやるよ。お前のお望みどおりにな、リョーガ」
陰鬱な、暗い声で呟く佐伯。無表情な彼の、隠れた目元から雫が流れ落ちた。
気付き、リョーガが何か言おうと口を開いた。開き・・・・・・何も言う事が出来ず、吸った息を全てため息に変えた。
再び息を吸い、
言う。
「何言ってももう無駄なんだろーな。お前の耳にもう俺の言葉は届かねえんだろーな」
「ならもう何も言うな。何も聞きたくない」
堅く閉ざされてしまった佐伯の心。今更何を言おうと、もう中へは届かないのだろう。
わかっていて、
リョーガは最後に一言だけ言った。昨日一度だけ見せた、泣きそうな笑みを浮かべ。
「愛してるぜ、佐伯。7年前のあの時から、今でもずっと」
「・・・・・・何も知らない時に聞きたかったよ。その言葉は」
佐伯が顔を上げた。涙の跡が薄く頬に残る顔に、綺麗な笑みが浮かんでいた。
最後にそんな顔を見れた。それだけで満足するべきなのだろう。
俯く。ベンチに置いておいた飲み物を飲み、タオルで顔を拭く。乾いたタオルが水気を吸い取っていく。タオルにとっては関係のないことだ。それが汗だろうが―――涙だろうが。
コートに入る。対面では、リョーマが既にラケット片手に待っていた。
暇そうにバウンドさせていたボールを手に取り、訊いてくる。
「もういいの?」
いつも必要最低限以下しか話さない弟の質問に、リョーガは苦笑を浮かべた。何が『もういい』のだろう? 試合を続けてか? それとも―――佐伯を諦めてか?
「ああ。いいぜ」
悩まず、答える。結局自分は逃げてしまった。振られるのが怖くて告白も出来ず、これ以上嫌われたくなくて自分から離れる事を選んだ。
ため息の延長のような頷きを受け、リョーマはサーブの構えに入り・・・・・・
「―――おい越前」
「なんスか? 跡部さん」
「ボール貸せ」
「いいっスけど・・・」
上に投げかけたボールを、跡部へと投げた。何をするのか見ていれば。
跡部はリョーマの代わりといわんばかりに一球打ち込んだ。
当たり前に反則の一球は、さすが反則らしくサービスエリアにバウンドもせず直接リョーガの顔面へと向かっていった。
「うおっ・・・!!」
寸前で気付いたリョーガがラケットでボールを弾く。・・・・・・跡部が小さく、だが本気でちっと舌打ちしていたのは幸い隣にいた不二にしか聞こえなかった。
注意しようとした審判を眼差しひとつで退かせ、
跡部は怒気満点でリョーガを睨み付けた。
「てめぇ昨日俺に宣言したよな。佐伯は大事にするって。
―――泣かしてんじゃねえよ。次やったらマジで殴りこみかけっからな。ああ?」
「・・・・・・心配すんなよ。『次』なんてねえから」
「ほお・・・?」
力なく呟くリョーガに、
なぜか跡部は面白そうに笑った。
「つまり2度と泣かせねえ、と? そりゃ大した自信だなあ。さすが越前の兄貴だけあるぜ」
「・・・ってさりげにそれ俺まで馬鹿にしてるでしょ」
「気にすんなよ。お前のその根拠のねえ自信ってのも好きだぜ?」
「やっぱ馬鹿にしてんじゃん・・・!」
むくれる弟を見て、呆然とする兄を見る。
昨日押し付けられたオレンジを取り出した。空中に投げ上げ、掴み取る。ジャージの裾で軽く拭き皮ごと齧り付けば、広がる苦味と酸味それに甘味はまるでこの兄弟のようだ。兄であり――――――弟であり。
オレンジを掲げ、にっこり笑う。
「返品不可、だよな?」
暗に告げる。てめぇも返すんじゃねえぞ? と。
2人だけにわかる隠語。2人目として、ちゃんとリョーガもわかったらしい。苦笑いを浮かべ、リターンの構えに入った。その瞳に、力強い炎が灯される。
「ならさっさと試合終わらせるか。終わらせるとアイツは俺の望みどおり動くらしいぜ?」
「その極端な前向き思考。やっぱお前越前の兄貴だよな」
「だからなんでいちいち俺まで馬鹿にするワケ!?」
―――7pentaへ