せんじょうの騙し合い Party Game








  7.賭けの代償 −シングルス編 
Latter Part− <hexa

 「ゲーム桜吹雪チーム! 1−5!」
 聞こえたコールにひやりとしつつ、千石はそれを表に現さずに『賭け』を開始した。自分で仕掛けた事とはいえタイムリミットまであと最短で1ゲーム。
 (リョーマくん、出来るだけ伸ばしてね・・・!!)
 「今回の出来事をおさらいすると、そもそもの始まりは俺たち
Jr.選抜チームがこの船に招待された事だ」
 厳密にはその前に佐伯・リョーガ・桜吹雪の遭遇やらリョーガと跡部の接触やらいろいろあるが、それこそ本当に始まりを考えると自分たちの出生からにしなければならない。そこから始めると試合どころか1日が終わるので必要なさげな辺りは省略するとして。
 「さてここで疑問。そもそも何で俺たちが呼ばれたんだろう?」
 視線で桜吹雪に説明を求める。
 「そ、そんな事私がわかるわけはないだろう? 相手選びはリョーガに全て任せたのだから」
 「普通にそれが一番有名どころだったからじゃないのか? お前たちとアメリカチームの試合はメディアでもかなり取り上げられたし」
 当事者よりも遥かに理知的な説明をする佐伯。うんうんと頷き、
 「ところで
Jr.選抜の話が出たのはかなり最近だ。関東終了後いきなり出た。この辺りはサエくんもよく知ってるよね?」
 「毎年全国終わってからだもんな。今年はなんか事情で急遽繰り上げになったとか」
 「まあ多分その『事情』をベイカー監督が作ったんだろうけど。
  ―――んじゃ桜吹雪さんにもう1つ質問。日本でコレやるって決めたのいつ? 決めて―――でもってリョーガくんに選手探し頼んだの」
 「1ヶ月・・・いや、2ヶ月前といったところだな。正確には覚えとらんが」
 「どんなに遅くても関東の途中だね。俺がリョーガくんとメル友になった時にはもう相手探してたし」
 「で、それが何の関係があるんだ?」
 「あるといえばあるしないといえばない。つまりは事実確認さ。特にサエくんは大前提としてこの背景を憶えておく事」
 「・・・? 了解」
 首を傾げつつも頷く。千石の、結論が出るまで本題がわからない話はいつもの事だ。説明能力が欠けているわけではない。むしろ抜群にいいのだ。いいからこそ結論が出た瞬間には誰もが納得し―――そして結論が出るまで誰も抜けられなくなる。
 「じゃあ確認が終わったところで話に入ろう。でもって即座に終わらせよう。
  俺たち選抜チームが選ばれる理由はなかった。以上」
 「は・・・・・・?」
 早すぎる説明終了に口を開けて固まる桜吹雪。そして・・・
 「ん? サエくん反論あり?」
 「・・・・・・いや」
 口を開きかけたのを目ざとく見咎められ、佐伯は小さく首を振った。この辺りの話は千石にわざわざ解説されるまでもなくリョーガ自身に聞いていた。ただし―――
 (やったらこじつけっぽかったよな。どうせ俺の事逃がさないように無理矢理コビ売ったんだろ?)
 一度疑うと全てが怪しく見える。しかも厄介な事に、理屈人間で全てを客観的に見る事に長けた佐伯は、先ほどの演説からもわかる通りちゃんと理論として成立したものの見方をする。感情に流され偏った見方をしない代わりに、感情に訴えたところで決して崩されはしない。理論は理論で打ち破らなければならない。
 だからこそ千石は理論勝負に出た。慎重に出すカードを選び、順番を決め。なんとなく気分はポーカーをしている時のようだ。
 「俺ら選抜チームっていうのは各校寄せ集めで作られた特殊チームだ。大抵の場合俺たちは学校単位で動くし周りからもそれで認識される。『山吹の千石』然り『六角の佐伯』然りね。実際最初リョーガくんが君を指名した時も学校単位で言ってきた。モロ学校対抗の団体戦たる関東大会見てたんだから特に。
  だからリョーガくんは最初学校単位で呼ぼうとしてた。でもって、だからこそリョーガくんは俺に訊いてきたどこの学校が強いか
  俺も答えた。丁度都合よく他の地方大会も終わって全国出場校が決まった頃だったからね。全校名前出して、後実力考えて特に注目校を上げてみた。全国には出ないけど実力としては十分全国レベルな氷帝も含めてね。
  その辺りから選ぼうとしたところで―――
Jr.選抜の話が出た」
 さすがに息が切れたので吸い込み、
 「面白そうだったからこれもリョーガくんに教えておいた。ただし出たばっかだから候補者はわかっても誰が選手になるかわからない。というワケで、その辺りを強調して―――後でそれで話が違うって怒られても仕方ないからね―――候補者を上げておいた。
  そしたらリョーガくんは随分とこれを気に入ってくれた」
 「まあ同じ学校内っていっても実力が一定とは限らないもんな。六角[ウチ]みたいにどんぐりの背比べ状態から青学だの氷帝だのみたいに全国区が混じってたり。
  関東だけとはいえそれらが集められて上の方だけ掬い取られる。普通に考えれば強いヤツばっかの理想のチームが出来上がるってワケだ。リョーガが注目するのも当然だろ?」
 「確かにそうだよね。理論的にはそうなる。でもって、
  ―――極めて辛口のコメントありがとう」
 「いや別に。あの選抜試合は大会そのものも胡散臭かったけど選抜チームも相当に胡散臭かったからな」
 「上がった候補者リスト見て多分みんな首傾げただろうね。強い人を『選抜』するはずが肝心の強い人がすっぽ抜けてた。手術直後の幸村くんと手塚くんははともかく立海のレギュラーなら全員全国区。関東は優勝を逃したとはいえ2年連続全国優勝の実績、でもって関東でも十分披露された個々人の実力の高さを考えれば、全員候補に選ばれたとしても反対する人はいないはずだ。それにウチの学校の自慢するみたいだけど、山吹はダブルスの強さがウリだ。ダブルス2組はどっちも全国区。実際大会でも俺より勝ち率は高い。なのに4人とも候補に選ばれなかった。関東決勝で青学を下した立海のダブルス4人も。おかげでてっきりシングルスの試合しかしないのかと思ってたけど、大会じゃしっかりダブルスもやった。でもってそんなこんなで大会じゃ跡部くんと真田くんなんていう相当ムリある2人がペアを組んだ。新しい才能開花させるにしても、そんな重要な大会のそれも1戦目でいきなりやらなくてもいいっしょ。それにあの2人が今後ダブルス組む可能性なんて0に近いんだから才能開花させる意味ないし」
 「ああそれ納得。おかげで冗談抜きであの大会のオーダーはヤケクソ気味にくじ引きで決めたんだと思ってた。相っ変わらず跡部運ないな〜って腹の底から大爆笑したし」
 「それにダブルス向きの人選ばれたには選ばれたけど、黄金ペアは菊丸くんだけがメンバー入りしたし、挙句忍足くんなんてダブルス専門なのにペアの向日くんは候補にすら入らなかった。お互い相手が普段のペアと似た性格だったから上手くいったけど、普段のペアそのままだったらもっと上手くいってたんじゃないかな。総じて言うと―――
  俺ら選抜メンバーは確かに『強く』はあるけど『最強』じゃない」
 「でも代わりに有名だろ? だからお前らの方にみんな賭けた」
 「でもねえサエくん。有名になる事は必ずしも良い事ばっかじゃないんだ。悪目立ちした人が中に1名いるからね
 「ああ跡部か」
 「直接言わないで俺が怒られる!!
  試合始まる前にオッズ見たんだけどさ、・・・・・・跡部くんのトコだけ微妙に高かった」
 「まああの『実力』見せられちゃあなあ。ラストはともかく凄まじく酷いダブルスだったもんな。しかも1人で乗せられてブチ切れる寸前だったし。ああヤバい。日本中学生のダブルスの実力がここまで低いって見られたらどうしよう、ってみんなで言ってたしな。
  でもそこはともかく他はみんなまともだっただろ? だから他のオッズは低かったんじゃないのか?」
 「実際そうだね。でも考えてみてよ。もしここに呼ばれたのが立海とか青学とか、実力はあるけど一般には有名じゃない人たちが来てたら?」
 「互角のオッズに――――――はならないか」
 千石の言いたい事が読めてきた。意見を逆にする佐伯に、千石は再びうんうんと頷いた。本当に理論的な人間との会話は進みやすい!
 「実力を見せるために昨日の『品定め』があった。普通の姿を見れば実力の高さは理解された、って事か。ヘンな先入観がない分よりはっきりと」
 まだまだ続く毒舌トーク。一応俺は参加してないよv と下に向かってアピールし、話題に戻る。
 「つまり選抜メンバーを相手に選んだのは見ようによっては失敗なんだよ。ずっとその世界に浸り続けてるリョーガくんがまさかそれを見落としたとは考えにくい。
  それでもあえて選んだのにはそれ相応の理由[ワケ]があるはずだ」
 「だから越前がいて跡部がいて・・・」
 「そう。弟のリョーマくんがいて、さらに事前に目をつけておいた跡部くんがいる。だからこのメンバーを選んだところで不思議じゃない―――俺たちはみんなそう思ってた。
  でもねサエくん。跡部くんについてよっく考えてみて。跡部くんは一体いつリョーガくんに会ったの?」
 「・・・・・・そういや・・・」
 「確かに跡部くんはリョーガくんがいるアメリカにもよく行ってた。でもそこで会ってたんだったら、リョーマくんが登場した時点で俺たちに何かは言ってたはずだ。『アイツの兄貴に会ったことがある』とか何とか。特に自分と互角だった人の弟となれば跡部くんが興味持たないワケはない。でもってリョーマくんは青学に入学した時から俺たちの前で不二くんが散々話題に出してた。だったらその時リョーガくんの事も話題のネタにすればよかった。そうすればますます不二くんが食らいついてきてただろうからね。なのに不二くんですら昨日までリョーガくんの存在を知らなかった」
 「つまり会ったのは越前と知り合ってから、と・・・」
 「ところがリョーマくんと知り合った4月以降は大会あったしそれ以前の問題で1学期の真っ最中だったからアメリカになんて行けたはずがない。生真面目な跡部くんが学校も部活もサボって旅行なんて・・・ねえ?
  なら2人が会ったのは日本でだ。で、ここからが面白い話。
  昨日の話によるとリョーガくんが日本に帰ってきたのは久しぶりらしい。『久しぶり』をどの位の期間だと考えるかは人それぞれとして、日本に来たのをリョーマくんが不思議がるくらいだから頻繁に里帰りしてたって事じゃないらしい。一番簡単な答えが、リョーマくんたちが日本に帰国してから初めて来たんじゃないかな。だとしたら4ヶ月は空いてたワケだから『久しぶり』ってなる」
 「じゃあ跡部と会ったのは今回リョーガが帰ってきて?」
 「それが一番自然な考え方だ。だとすれば初めて会ってから昨日再会するまでの期間は数日程度。他の誰にも何も言わなかったのも、その短い期間に誰とも会わなかったからだって考えられない? 実際跡部くんはリョーマくんの恋人だ。自然な流れで、リョーマくんを通じてリョーガくんが跡部くんに会う機会は十分あった」
 「でもだとすればおかしくないか? その時点でこの大会をやる事はもう決定されてたんだろ? でもって選抜メンバーを招く事も。決定したからリョーガが日本に来たんだろ?」
 時間的なずれが生じる。リョーマと跡部がいるからこそこのメンバーを選んだはずなのに、選んだ時点でまだ跡部とそういう関係になってはいなかったという。
 それともそれこそきっかけ作りだろうか? リョーガが自分に言っていた話を跡部に置き換える。選手を探す中で見つけた跡部に一目惚れ。接触するためにこのメンバーを選んだという考え方も出来なくもない。そう考えて選んだところ、たまたま事前にその本人に会えたとすれば・・・。
 (少なくとも突拍子も無く俺の話が出るよりはなあ・・・)
 思う佐伯に、千石も同意した。
 「そうだねえ。考えれば考えるほどおかしい。こういう時は考えの大前提からひっくり返してみる事だ。『このメンバーが選ばれたのはリョーマくんと跡部くんがいるからだ』っていう大前提を。
  リョーマくんはまあともかくとして、跡部くんがいるから選抜メンバーを選んだんじゃない。選んだメンバーの中に跡部くんがいたんだ。
  じゃあ本当の大前提は何だろう? リョーガくんは何でこのメンバーを選んだ? リョーマくんがいて欲しいなら普通に青学を選べばいい。
  ―――ところでサエくん、実は君、リョーガくんに聞かされてたりしない? 俺らが選ばれた理由」
 「聞いたよ?」
 ここまでくれば隠す理由もない。おかしい事では千石の理論とどっこいどっこいだ―――と思い言わなかったのだが。
 (今の千石の話と組み合わせれば納得、か・・・)
 佐伯は先ほどリョーガから聞いた話を簡潔にまとめた。
 「俺が選抜候補に選ばれてたって事知って、お前ら足がかりに俺に接触しようとしてたらしい。直接俺呼んでもいいけど八百長やられたら俺が実力出さないんじゃないかって心配したそうだ」
 まとめて、
 自分なりの結論を足す。
 「つまり俺が実力出さないで負けると桜吹雪に俺の売り込みが出来なくなるからだな。だから直接は招かず、こうやって密かに乗せた。試合は試合で普通にやらせて、それとは別に俺にテニスをやらせて売り込もうとした。ところがなんと丁度いい事に俺が自ら試合に出たいと言い出した。まさしく渡りに舟。しかも桜吹雪チームとして出るなら実力出して勝って問題なし。だからリョーガはああもあっさり俺の条件を呑んだ。そういう事か」
 「ちょ〜っと待ってサエくん! その『条件』って何!? やっぱ君が試合に出たいって言い出したんだよねえ!? 選手決めたのがリョーガくんの独断ならやっぱ選手代理も決めたのリョーガくん!?」
 「代理決めたっていうか、選手無理矢理棄権させて代わりに俺出させたのが? ちなみに条件は俺がアイツのものになる代わりに跡部と試合をさせろ、だ。
  ・・・いかにも俺の願い聞き入れた的態度取りやがって。どーせハナっからそのつもりだったんだろ?」
 ぶつぶつと、某不動峰2年並にボヤき出す(ただし彼のバックにこんなオーラはなかったが)佐伯の『理屈』に、
 「それ何かおかしくない? 元々そのつもりなら選手用意する必要なかったんじゃないかな? とりあえず無理矢理棄権させる必要は」
 「演出過剰だろ。いきなり変わるなんてハプニングがあったほうが目立つ」
 「・・・・・・跡部くんずっと見ててだんだんおかしくなってく君の基準もわからないでもないけど、さすがに予め決めてたんなら選手本人には話つければよかったんだと思うよ。少なくともぐるぐる巻きにして物置に放り込んどかなくても」
 逃走劇の最中に見つけてしまったのだ。昨日紹介されていた選手がそんな状態だった事を。その選手が午前中のダブルスには出ていなかった事からすると、多分佐伯が『代理』したのは彼だろうと思ってはいたのだが・・・、
 (てっきりサエくんが試合でる口実にやったのかと思ったら・・・・・・やったのリョーガくんなんだ・・・。うわあ、びっくり☆)
 彼も相当な無茶をしたものだ。そこまでして佐伯を代理にしたのは・・・・・・その条件があったかららしい。
 (目的のために手段は選ぼうよ越前兄弟・・・・・・)
 名前は忘れたが哀れ被害者の彼。心の中で黙祷を捧げる。
 しかし今のではっきりした。彼にとっての一番のハプニングは佐伯がこの船に乗り込んできた事だったようだ。
 はっきりしたから言ってみる。
 「やっぱリョーガくん、君の事桜吹雪に売り渡すつもりないみたいだよ。それに手紙についても一切タッチしてない。リョーガくんは君をこの船に乗せたくなかったんだから」
 「はあ? どこが」
 「本当に君を乗せて売り渡したいなら素直に六角を招けばよかった。さっき君は自分が八百長に遭って実力が出せないから呼ばれなかったって言った。でも桜吹雪自身が元々君の実力を知っているならこの心配は無用だ。実力をセーブしているのは桜吹雪本人が誰より知ってる。それこそ試合中はそのままで、他の時に改めて実力を見ればいいだけだ。ところがリョーガくんは決して六角を―――君を招こうとしなかった。俺は六角も十分に推しといた。『強い学校』として六角を選んだところで何にも支障は無いはずだったのに。
  で、話題戻すけど俺らが選ばれた大前提。君がメンバーから落ちたからだ。君とは繋がりを持ちたいけど君を直接招きたくはない。その大前提を『
Jr.選抜チーム』は完璧に満たした。リョーガくんは嬉々として俺らを相手選手として選んだだろうね。が、ここでも問題が起こった。さっき言った跡部くんの大失敗。このままじゃ桜吹雪に反対される上、ヘタに推せば怪しまれて最悪君の事がバレる。だからといって他の人を見繕うにはこのチームは惜しすぎる。
  そこでリョーガくんは別の理由・・・伏線を作り出した。それに利用されたのがさっきっからずっと話に出てる跡部くん。2人が出会ったいきさつは後で本人たちにいくらでも聞くとして、『自分は跡部くんを気に入っている』っていうウソ―――とは言い切れないけどとにかくそれを作り上げた。これで自分が選抜メンバーを推しても不思議じゃなくした。弟のリョーマくんまでいればますますね。実際その跡部くんの事以外俺たちに問題はなかった。最強じゃないけどそこそこには強いし、その上名前まで売れてる。たとえ他の何にしても跡部くんが外せないんだったらこのメンバーにして損はない。
  ―――俺たちが招待を受けたのがぎりぎりだったのは、多分このデッチ上げをしてからリョーガくんが正式報告したからだろうね。しかもぎりぎりなら直接招かれた俺たちならまだしも候補に上がっただけのサエくんまで調べは及ばない。その上ぎりぎりなら今更変更は出来ない。ちなみに『関東辺りで選手を選んでいる。候補が複数いて現在交渉中だ』とかボカしてでも言えば企画もちゃくちゃくと進むだろうし、『交渉のために日本に行く』とか言っちゃえば事前にこっちに来れたワケだ。桜吹雪はリョーガくんに選手選びを任せすぎた。俺たち選手自身の事ですらロクに知らなかったらしい。後で怪しく思って問い詰めたところでリョーガくんの作ったシナリオを読むだけになった。これでサエくんの安全が保証されたわけだ。―――サエくん自身に崩されるまで」
 「俺が崩したって・・・だからそうなるよう仕組んだのがお前たちだろ? 直接手紙出したのはお前かもしれないけど、リョーガだって1枚噛んでたんじゃないのか? 直接招かれなかったのだって、俺だけに何かがあれば他のヤツがすぐに気付く。俺だけが船から降ろされなかったとなればすぐ騒がれる。全員降ろさなかったとして同じ。実際お前らがこの船に招かれた事はみんな知ってるからな。けどバイトとして密かに乗り込んだんだったらそのまま連れ去ったところで気付かれにくい。だからじゃないのか?」
 「仮にそうなら乗り込んできた君をすぐ桜吹雪に知らせるさ。この試合が終われば俺たちは船から降りる。バイトの君も降りようとするだろう。そこを拘束してもいいだろうけどヘタに騒げば俺たちが気付く。しかもそんな誘拐までやってサエくんの実力が期待以下だったらどうしようもない。やるんだったら乗り込むなり拘束、桜吹雪に知らせてヒマだった昨日の夜にでも実力見。後は俺たちが降りるまでどっかに閉じ込めて会わせなければいい。こんな俺たち・客たちの目の前で実力披露なんてする必要はどこにもなかった。
  ところが桜吹雪に会わせてくれなかったんでしょ?」
 こくりと佐伯が頷く。
 「でもって桜吹雪さんもサエくんが乗ってたって知らなかったでしょ?」
 「ああ。いきなり出てきて初めて知った」
 桜吹雪が、こちらも小さく頷いた。
 「ホラ。
  リョーガくんは桜吹雪がサエくんに気付かないようにしてたんだよ。サエくんが試合に出たのだって、君が頼んだからでしょ?
  そんな風に考えてたリョーガくんが、君をわざわざ危険地帯に踏み込ませる手紙なんて送ったと思う?」
 「確かに、な・・・・・・」
 呟く佐伯。それを掻き消すように、審判のコールが響いた。
 「ゲーム
Jr.選抜チーム! 5−2! チェンジコート!」
 (ラッキ〜♪ リョーマくんありがと〜vv)
 確かに佐伯の気持ちは傾きかけているが、まだ行動を起こす段階にまで踏み込んでくれていない今試合が終われば賭けは桜吹雪の勝ちだった。
 「随分粘ってるな、越前」
 「え、ああ・・・。そりゃリョーマくんだし・・・」
 ぽつりと囁かれた言葉。意図を察しかね曖昧な返事をする千石を、
 佐伯はひたと見つめた。
 「今の話、全部ただの理屈合わせだろ?」
 「え・・・・・・?」
 「手紙はお前が独断で出したもので、リョーガは俺を売る気はなかった。そこまでは納得してやる」
 「じゃあ・・・」
 「俺の言う事ならアイツは従う? 愛は無敵?
  ―――なら俺じゃなくって跡部に言えよ。お前の理屈どおりなら、リョーガは跡部の言う事に従うんだろ?」
 「え、っと・・・。何でまた?」
 本当にわからない。なぜ話題がそんな方向に進む?
 (もしかして・・・・・・)
 目線だけで隣を見る。こちらのやりとりを息を潜めて見ている英二を。リョーガの仕立てたシナリオに乗った典型例を。
 「君、リョーガくんが跡部くんの事好きだって本気で信じてる・・・・・・?」
 「当たり前だろ!?
  越前がなんであんなに粘ってると思う!? あの2人は昨日こんな事言ってたんだぞ!? 勝った方が跡部をもらうって!! 越前が粘ってるのは跡部を手放したくないからだろ!? だったら何でリョーガまで頑張ってんだよ!? 跡部が欲しいからだろ!?」
 (いや・・・・・・。勝たないと君が殺されるからです・・・・・・)
 ビバ悲観的思考の持ち主!! 万歳自分を大事にしない人間!!
 千石は肺の中身全てを搾り出す気持ちでため息をついた。自由に動いてオッケーだったら頭を抱えて蹲りたかった。
 元来より佐伯は自分の事を顧みない。大事に思わない。そんな彼にとって―――
 ―――どうやら自分の生き死にだの身の割り振りだのは、本当にささいな問題らしい。それらをすっぽ抜けば、確かに彼にとっての一番の問題はリョーガが誰を愛しているかだろう。リョーガを信じられなくなった後の告白では全く足りなかったらしい。
 吐いた分の息を吸い込み、再び吐く。息が上がるまで頑張ってしゃべった自分がちょっぴりかなしい・・・。
 深呼吸を2・3回繰り返し、落ち着いたところで説得を続ける。というか始める。
 下で必死こいて頑張ってくれている越前兄弟には悪いが、どうやら自分たちの『賭け』は1分かからず終わるものだったらしい。
 「まあリョーガくんが現れるなり跡部くんに詰め寄ったのはさっき言ったデッチ上げを決定付けるためだった・・・って言ったところで信じないと思うけど」
 「当然だ」
 まるで跡部のような口調で言い切る佐伯。ちなみに跡部がこのような口調になる際は・・・・・・『それ以上の追及は不可』という意味を含んでいるのだが。
 なので話題を次へと持っていく。
 「ところでサエくん、君実は聞いてなかった? さっきの跡部くんの言葉。
  サエくんを大事にするって、昨日リョーガくんは跡部くんに宣言したらしいよ? 跡部くんの事好きならこんな誤解されて当たり前の告白まがいしないと思うけど?」
 「だ・・・、それ、は・・・・・・!」
 実に脆く崩れる佐伯の理論武装。これを崩すのに一体何分無駄にしたんだろう・・・・・・?
 「でもって俺、リョーガくんが無実な裏付け2つ持ってるって言ったけどさ、実はまだ1つしか話してなかったんだよね。こっちはさっき言おうとしたらリョーガくんに止められたから。
  俺とリョーガくんの繋がりの中でさ、確かにサエくんの過去を教えてもらう代わりに俺は現在を教えた。でもね、
  ・・・・・・・・・・・・俺はそこまで薄情な人間じゃないよ? 少なくとも明らかに怪しい人相手に友達売り飛ばすほどじゃあ」
 「なら・・・・・・なんでだよ・・・・・・?」
 拗ねたように、困ったように、佐伯が上目遣いで口を尖らせてきた。
 人を愛するにはまず自分を愛する事。他人に大事に思われない者は自分を大事に思えない。そんな感じの戯言も世間では言われているようだが、
 正確には人を愛するにはまず愛について知る事。自分を大事に思えない者は他人に大事に思われていると気付けない、だろう。佐伯を見ているとつくづくそう思う。
 彼がにぶちんというわけではない。彼はあまりに純粋すぎる。純粋だから、言葉の態度の裏に隠された曖昧なものには気付けない。・・・・・・結局にぶちんらしい。
 そして―――だから逆にはっきり示される事に対する耐性がない。この程度で照れられたのでは、多分先程のリョーガの告白をまともに聞いてしまった日にはそのまま失神するだろう。
 (やっぱ言わない方がいいかなあ・・・・・・)
 今更ながらそんな後ろ向きな事を思ってしまう。尤も今更引けはしないだろうが。
 「何で君の事を知りたがるのか訊いたのは、教えるかどうかの判定材料にしようと思ったからだ。たった1回のメール、それも赤の他人ってわかってのものじゃ信用なんて出来るワケがない。特にリョーガくんが賭けテニスやってて挙句に桜吹雪もサエくんの事探してるなんてわかってたらね。
  リョーガくんは事細かにその時の事教えてくれた。読んでびっくりしたよ。内容なんてどうでもよかった。



  ――――――それ、どう読んでも熱烈なラブレターだったよ。もちろん君宛の」



 「え・・・・・・?」
 「だから俺は訊いてみた。『君はサエくんの事、愛してるのかい?』って」
 「返、事は・・・・・・?」
 「
Yes―――じゃあなかった。『まだわかんねえ。この気持ちが何なのかは。だからただ会いたいんだ。会って、確かめたいんだ。この気持ちについて』だって。
  ・・・確かめた結果が何だったのか、それは君が一番よくわかってるんじゃない? 自分の事には気付かないのに、人の事にはよく気がつく君なら。
  俺が君をこの場に呼んだ理由、あれは冗談じゃない。ぜひとも君とリョーガくんを会わせたかった。曖昧なものには気付けない君も、これだけのストレートな気持ちならきっと気付けるって、そう思ったから」
 「・・・・・・・・・・・・」
 佐伯はもう何も言わなかった。何も言わないまま、黙ってコートを見下ろしていた。
 見る。リョーガの事を。
 思い出す。昨日と今日の彼を自分を。
 なぜ自分はリョーガを信じ、彼を受け入れられたのだろう? 無条件で信じ、根拠なく受け入れ。
 自分らしくない? 本当に?
 人を見る目には自信がある。少し一緒にいれば、大体どんなヤツか把握出来る。
 ―――本当はわかっていたからじゃないのか? リョーガが決して嘘などついていないと。全てが真実だったのだと。
 (なあリョーガ、俺は信じていいのか? お前が俺の事を本当に愛してるって・・・)
 「ポイント
3040! 桜吹雪チームマッチポイント!!」
 審判の声を合図に、佐伯は行動を起こした。



―――hepta