テニプリパロディ略してパロプリ劇場
―――スリップスリップ千石次第!―――





第3回―――2


 さて今日も跡部は、目的を忘れ元気に働いていた。
 《マジで忘れ去ってるよね・・・》
 「ああ? いーじゃねえか。たとえ本人じゃねえとしても、不二のためになるんだったら俺は何でもやるぜ?」
 《まあ、他に何かやろうにもやり様ないからいいけどさ・・・。
  ―――『内助の功』が不二くんじゃなくって君の事になりそうですっげー怖いよ・・・》
 「任せろ。手塚のために俺が何かやってやるなんて事あるワケねえだろ?」
 《そっちなんだ任せていいの・・・・・・》
 語りのみしかやらない千石と話しながら掃除を続ける。
 ところで跡部。神経質で完璧主義者の彼は、掃除1つを取ってもきちんとやらなければ気が済まないタチらしい。
 そう、例えば・・・





 ―――鏡を見たら枠と分解して徹底的に磨かないと。





 「うわわわわわわ!! ちょっと待って跡部!!」
 慌てて不二が止めに来る。しかし時既に遅し。
 跡部の手元から、中に密かに隠しておいたヘソクリ―――金貨
10枚合計10両がばらばらと落ちてきた。
 「・・・・・・・・・・・・あん?」
 「あああああ・・・・・・・・・・・・」
 落ちたそれを呆然と見下ろす跡部。がっくり崩れ落ちる不二。
 金貨と不二を交互に見やり、
 跡部は何もなかった事にした。
 そそくさと鏡を元に戻す。もちろん金貨も中にしまい。
 周りの指紋も全て綺麗に拭き取り、
 「さって次行くか」
 「・・・・・・うわすっごい無理やりな展開だね」
 「問題ねえ。何せこっちには展開担当の『語り』がいるからな」
 「へ・・・?」
 「・・・いや何でもねえ」
 雑巾を持って立ち上がる。ズボンの裾を、がっちりと不二に掴まれた。
 見下ろせば、不二は真剣な眼差しでこちらを見上げていて。
 「お願い、手塚には言わないで」
 「いいぜ?」
 「さらっと?」
 「手塚がお前に隠し事ならもちろんチクるが、お前が手塚になら何の問題もねえだろ」
 「う、う〜ん・・・。その発言にこそ問題があるみたいに聞こえるんだけど・・・」
 《てゆーか今の君、すっげーサエくん入ってるよ?》
 「ンな事ぁねえ。断じてねえ」
 「・・・・・・そう?」
 《どっちを否定したのさ・・・・・・》
 千石のは聞き流し、跡部は今だ裾から手を離さない不二の前にしゃがみ込んだ。上目遣いで懇願する不二を見つめ・・・
 ふっ・・・と笑う。
 「手塚のために使いてえ、ってか?」
 「な―――//!?」
 「わざわざンなトコ隠して手塚には言うな、っつー事はヘソクリだろそれ? だがお前の性格から考えて自分のために貯め込んでるとも思えねえ。
  違うか?」
 「あ・・・・・・。
  ・・・・・・・・・・・・うん」
 畳み掛けるような問いかけに、否定は無意味だと察したようだ。開きかけた口を閉じ、不二が小さく頷いた。
 頷き、下を向いたまま、
 「でも、何に使ったらいいかわからないんだ・・・。
  僕は戦場とかに出た事もないし、手塚もあんまり家で仕事の話してくれないからどんな事やってるのかわからないし・・・。
  だから、何買ってあげたら手塚が喜んでくれるのか・・・・・・」
 「手塚が・・・、喜んで・・・・・・・・・・・・」
 《想像力むしろ創造力の限界に、たまらず跡部くんはフェードアウト―――》
 (余計な解説入れんじゃねえ!! せっかく何も考えねえようにしようと暗示かけてたってのに・・・!!)
 《うわ何か俺より酷いよ君・・・・・・》
 語り千石の解説は脇に追いやり―――
 ―――ふと中央に戻す。
 (なあ・・・)
 《ん?》
 (つまりこれこそが、あのさっきから言ってる『内助の功』だよなあ?)
 《そうだねえ。このお金で上等の馬買ってあげて、それが褒められて手塚くん・・・っていうか山内一豊は一国一城の主となる、と》
 一拍置き、さらに続けられる。その一拍は多分、気分だけでもこちらの肩に手を置いたのだろう。
 《うん。どうやら本当に『内助の功』は君の担当らしいね。
  ハハハハハ。おめでとう》
 (俺が手塚をなあ・・・・・・。
  ―――ま、これも不二のためって思や安いモンだよな)
 《そうそう♪》
 心の会議終了。
 今度は跡部が不二の肩に手を置き、
 「なら馬だ。全額まるまる出して上物の馬買え」
 「え・・・? 馬・・・・・・?」
 「もうすぐ『馬揃え』っつーモンが行われる。簡単に言や馬の品評会だな。戦に使える馬探しってワケだ。
  手塚は馬引きだ。そのアイツが上物の馬持って上司―――つまりは信長の所へ行く。ともちろん信長の目に止まる。
  仕事ってのは古今東西上の目に止まったヤツの勝ちだ。もちろんいい意味でな。
  他のヤツより一歩リード。褒めてもらってそこから出世コース入り。ゆくゆくは一国一城の主、って寸法だ。正に『風が吹けば桶屋が儲かる』方式だな」
 《跡部くん。いくら諺は古くからあるからって、さすがにこの時代では通じないと思う》
 「そうか! 風桶方式か!」
 《通じてるし!!》
 「よくわかんないけどそうなんだね!?」
 「ああそうだ!!」
 《この流れこそよくわかんないよ!!》
 「わかったよ! 跡部ありがとう!!」
 《3秒前にはわかんないって言ったじゃうぎゃ!!》
 「ああ! 頑張れよ不二!!」
 「うん!!
  けど凄いねえ跡部。よくそんなところまで頭働くね」
 「まあ、この俺様の頭脳を持ってすれば未来を見る事位なんて事ねえよ。なあ?」
 「え!? 跡部未来見えるの!? 未来人[みらいびと]!?」
 「・・・・・・『未来人』?」
 妙な合いの手に跡部が首を傾げた。もちろんいくら眼力を持っていようが未来など見えるワケがない。それでもわかるのは、今自分のいるここが、自分の知る中では『過去』の事だからだ。
 さてでは思う。
 ―――なぜ不二がそんなものに対する名称まで知っている?
 (この時代なら宗教だの何だのが盛んだからか? そういった力のヤツが多いのか?
  だが・・・)
 《君の姿のどこをどう見ても、とてもそういった不思議な力を持つ存在には見えな―――》
 回復し何か言いかけた千石が再び没する。千石は己の未来を予言出来ない事が判明した。
 妙な顔をしたのが向こうにも通じたか、不二が指を立てて解説してくれた。
 「あのね、光秀様もそうなんだって。未来を見通す不思議な力があって、本当にそうなるんだって。だからみんな『未来人』って呼んでるよ」
 「光秀様? 明智光秀か?」
 「そうそう。信長様の部下の―――ってよく知ってるね。ああそれも未来を読む力なのか」
 ぽんと手を叩きのほほんと笑う不二には答えず、跡部は顎に手を当て考え出した。
 (つまり本当に光秀=リョーガ、ってワケか・・・)
 《サエくんが言ってたとおりだね。天下取り第一歩スタートだ!》
 (かなり反則に近くねーか・・・?)
 《リョーガくんだし。正規の方法でなんて来るワケないじゃん》
 「・・・・・・・・・・・・それもそうだな」
 「へえ〜。いろいろ凄いんだね〜」
 「・・・・・・あん?」
 ついついため息ついでに言葉を洩らしていた跡部。なぜか不二にきらきら輝く目で見つめられていた。
 「じゃあさ、もしかして僕の未来とかもわかるの?」
 「・・・・・・・・・・・・」
 もちろんわかる。これでも歴史成績は5だ。
 だが・・・
 (なあ千石、お前未来って・・・・・・わかりたいか?)
 心の内に問い掛ける。答えはすぐに返ってきた。
 《さあね。
  過去現在未来。語りの俺にはどれも関係ないさ。ただある事象を伝えていくだけ。
  そういう君は?》
 振られ、跡部も悩まず答えた。
 (そうだな。俺は―――)
 続きは言葉にする。握り拳で迫る不二の頭をぽんぽんと叩き、
 「未来なんてわかんねーから人生楽しいんだよ。結末わかった話なんて読む気失せる。
  お前はお前だ。世界でたった一人のな。そんなお前にしか出来ねえストーリー作り上げてみろ。
  そんで最後の最後、振り返って全部知れ。それで充分だ」
 「・・・・・・。
  そっか・・・・・・」
 安心したように不二が頷く。
 ふいに、何の根拠もない妄想が浮かび上がった。
 (もしかしたら、コイツこそが本当の『未来人』なのかもな・・・)
 答えは、返ってはこなかった。





・     ・     ・     ・     ・






 不二との話の後、跡部はすぐに手塚と出会った。探した甲斐があった。
 「光秀様と会わせろ・・・?」
 「そうだ」
 「・・・・・・。
  で、その橋渡しを俺にやれ、と?」
 「そうだ」
 ためらいもなく頷く跡部に、手塚は重くため息をついた。
 「あのな、確かに俺は光秀様と同じく信長様に仕えている。だが俺はただの1家臣。光秀様は、信長様に気に入られ今や城を持つほどのお方。
  位が違いすぎる。そんな俺がどうやって、光秀様にお前を会わせる橋渡しが出来るというのだ?」
 「そん位てめぇで考えろよ」
 無茶な要求をした挙句にこの態度。頼み事をしているという心構えは、この男には全くないらしい。
 呆れ返る手塚だが、なぜか対する跡部はクッと小さく笑い、
 耳元に囁いた。
 「もし拒否するようなら、
  ―――てめぇが俺を押し倒したって事、不二にバラすぜ?」
 「っ・・・!!」
 言っているのはあの合戦場での事。これ自体は誤解―――というか戦いの最中での事だ。事、ではあるのだが。
 ―――哀しい事に、そんな考えに手塚自身も至ってしまい、しかも跡部を連れてきた理由が色気にほだされたとなれば、同情の余地もなければ言い訳のし様もない。
 「・・・・・・・・・・・・」
 暫し悩み。
 手塚は難しい顔のまま、重苦しく頷いた。
 「――――――わかった。出来るかどうかはわからんが、手は尽くしてみよう」
 「ほお。浮気未遂を隠すってか。
  不二だけを愛するっつーこないだの話も・・・・・・随分信憑性が薄れてきたなあ」
 「お前が持ちかけてきた取引だろうが!!」
 「いーや。自分には不二だけって自信があんだったら、ンな話されたところでヘでもねえだろ。
  なんなら今から試してみっか。
  ―――おい不二!! 手塚がお前にむぐ!!」
 「何? 跡部、手塚」
 「い、いや。何でもない。何でもないぞ〜不二。ふはははは」
 「・・・・・・?
  ヘンな手塚」
 どこからともなく現れた不二は、首を傾げたままどこへともなく去っていった。
 完全に姿が見えなくなり、気配も消えてから・・・
 手塚は跡部の口を塞いでいた手をどけた。
 「何を言うつもりだ・・・!!」
 一応辺りを気にして小声で怒鳴る。振り向いた跡部は―――口端を吊り上げへっと笑っていた。
 「言うワケねーじゃねえかバーカ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
  約束はなかった事にしていいか?」
 「ほお! 実直一辺倒の見た目とは裏腹に、1度約束した事すら都合が悪くなるとすぐ破棄するようなそんなヤツだってかてめぇは。
  ・・・・・・不二も随分なハズレくじ引いたモンだなあ」
 「心底残念そうな顔で首を振るな! 本当に哀れそうに目尻を拭うな!!
  俺がそのような男だと!?
  よかろう!! ならばどんな手を使ったとしても必ず貴様を光秀様に会わせてやろう!!」
 「よーしよーしやっぱてめぇはそういうヤツだよな!! 俺が見込んだだけの男はあるぜ!!」
 「見込み方相当に違わないか・・・? 実はさりげなく馬鹿にしているだろうお前」
 「してねえ。思いっきり馬鹿にしてる」
 「尚更悪い!!」
 結局怒鳴り、手塚は上がった血圧を元に戻した―――じゃなくて激昂を呼気一息で収めた。
 「以前から思っていたのだが、お前は俺の事を嫌いなのか?」
 「はあ?」
 意味を察しかね跡部が間抜けな声を上げる。こう見えて彼は意外と穏便主義、包容力はある方だ。相手が自分を嫌わない限り、自分から嫌いになる事はまずない。
 相手が手塚ならばむしろ唯一無二のライバルという地位を確立させたほど『好き』だし、この男に関してはそもそも好き嫌い言えるほど触れ合っていない。
 「事ある毎に俺に突っかかる。不二の事では特にだ。
  アイツの事を知っているようだし、嫉妬でもしているというのか?」
 鋭いんだか鈍いんだか、ピンポイントで的を外した事を聞いてくる手塚に、
 跡部は荒く鼻息をついた。
 「バーカ。違げえよ。
  ただ・・・」
 「ただ?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
  単純にムカつくだけだ!」
 「・・・その言い分で何をどう理解しろと?」
 吐き捨てむくれる跡部。困り果てて呻く手塚。どうやら互いに、一応友情を築く気はあるようだ。やはり前途多難ではあるようだが。
 このままではただのアホ2人だ。
 悟り、跡部は空を見上げため息をついた。
 「俺が不二の事を知ってるってのは、正確にゃ違う」
 「つまり知らないと? だが―――」
 「俺が知ってるのはアイツとそっくりのヤツだ」
 反論を遮り続ける。
 「今ここにはいねえが、俺の弟―――弟同然に可愛がってる幼馴染とそっくりだ。
  なモンでな。違うってわかっててもつい気にしちまう。ちゃんと大切にされてるか。幸せにやってるか。相手はどんなんか」
 視線は空から先程不二のいた辺りに向けられ、
 そして手塚に戻ってきた。
 薄く笑う。見下した笑みでも媚びる笑みでもなく、同等の位の者へ与える笑み。
 嬉しそうな、それでいて寂しいような、酷く魅力的な本心の笑みで。
 「悪りいな、舅面して文句ばっか言っちまって。
  別にお前の事、嫌いじゃねえぜ? 周がお前みたいなヤツと結ばれてよかった」
 晴れやかに笑う跡部に、手塚もまた小さくだがはっきりと笑った。安堵の笑みか、それとも意外と照れ笑いか。
 穏やかな空気が抜けていく。暫し己を風に預け・・・・・・。
 「そういえば、『周』と言うのか? アイツは」
 「つーか俺の知ってる幼馴染はな。正しくは『周助』だ。
  アイツは千代だろ? 何言ってんだ?」
 「いや・・・、それは・・・・・・」
 言い淀み、
 手塚はぽつりと呟いた。
 「アイツは戦で両親を亡くしてな。そこを俺が拾ったんだ。
  だがどうもその時の衝撃が大き過ぎたらしくてな―――当たり前だが。自分の名すら思い出せなくなっていた」
 「んじゃ『千代』ってのは・・・」
 「俺が思いついた名をつけただけだ。かろうじて家紋から不二家の者だとわかったのだが・・・・・・。
  出会った時着ていた着物が艶やかで印象に残った。まるで千代紙のようだ。
  暮らしてみてよくわかった。やはり両親に愛されて育ってきたのだと・・・・・・」
 精一杯に愛情を注ぎ、戦の最中ですら上物の着物を着せる。そんな両親の想いを無にするかのように、違う名を付け契りまで結んだ。
 不二を名で呼ばないのは両親への罪悪感からか。
 (ったく。マジでどいつもこいつも・・・!)
 《まあまあ。
  いいじゃん。純情にぶにぶ恋愛ってのも。サエくんとリョーガくんとは逆っぽく。ね?》
 頭をがりがり掻き毟る、さりげな世話好き人間跡部。こういうのを放っておけないのは性分であり、相手が手塚と不二となれば最早運命か。
 とりあえずそのまま動いてやるのもムカつくので、お約束で一発頭を殴ってから。
 「アイツは『千代』だ。不二千代だ。アイツだって嫌がってなかっただろ? つけたてめぇが嫌がってどーする」
 「別に嫌がってなどいないだろう?
  だから俺も、アイツのご両親に、そしてお前に恥じないようアイツを愛する。アイツのためなら何だってする」
 「あーはいはい。バカップルおのろけありがとよ」
 熱すぎる空気をぱたぱた追い払い、
 「だったら、次アイツに何か提案されたら頷いてやれ」
 「む・・・? それは・・・」
 「いいから。てめぇは今俺が言った通りにやりゃいい。
  『兄貴』の忠告は聞くモンだぜ? なあ義弟ぎみ」
 引っくり返した指を突きつけ力強く笑う跡部。その心では、こんな声が聞こえていた。
 《ホントに、君がプロデュースしてあげちゃうんだね。『内助の功』》
 (ああ? 仕方ねーだろ? コイツらに任せりゃ・・・
  「手塚! このお金で好きな馬買って!!」
  「そんな金があるのならお前こそ着物や紅を買え不二!!」
  ・・・ってな感じでまった馬鹿くせえ喧嘩が始まりそうだからな)
 《ふーん。でも・・・
  ――――――ちょっとは焼きもち妬いてるでしょ、君?》
 (・・・・・・。
  まあな)





・     ・     ・     ・     ・






 そして本当に跡部を光秀に会わせる事に成功した手塚。『どんな手を使ったとしても』と豪語した割には辺りを駆け回りツテを辿ってひたすらに頼み込むという、涙無くしては聞けないが話にすると盛り上がりもなくつまらない地道な努力ではあったが、逆にそんな様が有名となり光秀の耳にも届いたらしい。地味万歳と湛えられる瞬間だ。
 「んじゃ、今までありがとよ」
 「こっちこそ、いろいろとありがとうね」
 「跡部も元気でな」
 手塚に調達してもらった馬に乗り、跡部は2人の元を後にした。乗馬で鍛えた腕と動物に好かれやすい体質を生かし軽やかに走り去る後姿を見送り、
 ぽつりと不二が尋ねた。
 「ねえ手塚。馬・・・って、欲しい?」
 「む・・・?」
 唐突な質問だ。だが―――
 ―――『だったら、次アイツに何か提案されたら頷いてやれ』
 (コレの事か・・・?)
 もしかしたら違うかもしれないが・・・
 思い出すのが、最近来た馬売りが連れていた駿馬。あれを馬揃えで信長様に献上出来ればいいと思ったのだが、さすがいい馬。とても手が出る値段ではなかった。
 不二を見る。えらく真剣そうな表情だ。ここで頷けば本当に買ってくれるようだ。そのお金がどこにあるのかはわからないが。
 頷くその顔には全く何の飾り気もなく、着物も質素なもの。拾った当初はあった長く綺麗な髪も、手入れが面倒だからとざっぱり切ってしまっていた。
 もしもそれだけのお金があるのなら、それこそ不二に使って欲しい。
 何よりも誰よりも不二が幸せになる事。それが自分の望みなのだから。
 返事をためらう手塚の脳裏に、跡部の残したもう一言が響いた。



 ―――『「兄貴」の忠告は聞くモンだぜ? なあ義弟ぎみ』



 跡部とこの不二は完全赤の他人だという。だがとてもそうだとは思えないほど跡部は不二を可愛がり、不二も跡部に懐いていた。
 不二には分からない程度に、手塚が小さく小さく笑う。それはとても珍しい、イタズラを考えついた者の笑み。
 (では、聞いてみようか。お義兄様)
 「どう・・・かな? 手塚・・・・・・」
 なかなか返事がないのに戸惑ったか、控えめに繰り返す不二を見下ろし、
 手塚はゆっくりと頷いた。
 「そうだな。あればいいものだな」
 「ホント!?」
 嬉しそうに不二が笑う。その笑顔は、あの着物と同様とても艶やかだった。
 (やはり、兄は偉大だという事か。
  だが―――
  ―――俺は負けない。どんなにかかっても、いつか必ず俺の力で不二を幸せにしてやる。
  そしたら、その時また会おう。跡部・・・)
 「あ、手塚ちょっと寂しそうだね。
  実は結構、跡部の事気に入ってたでしょ?」
 「それはお前も同じだろう? 不二」
 「そうだね。
  ちょっと強引なところとかもあったけど、すっごく優しくしてくれた。あんなお兄ちゃんがいてくれたらいいな、って思ったよ」
 言いながら、不二はそっと横目で手塚を見上げた。眉間の皺を少し深めた手塚を。
 嬉しげに笑い、手塚の首筋に腕を絡め唇を触れさせる。
 驚く手塚をじっと見つめ、
 「もちろん、一番好きなのは君だけどね。手塚」
 「・・・・・・。当然だ」
 「君も?」
 「・・・・・・・・・・・・。





  ――――――――――――当然だ」



―――第3回 3

2006.1.1215