テニプリパロディ略してパロプリ劇場
―――スリップスリップ千石次第!―――





突発ラスト予想!―――9


 跡部の目の前で、リョーガが崩れ落ちる。
 エリザベーテから降り、何とかそちらに駆け寄ろうとする。
 足がもつれる。前に進めない。全ての動作が重苦しい。見えない何かにのしかかられているようだ。
 潰れた肺から声を吐き出し―――。










 「安心しろ。峰打ちだ」
 「いや。だから峰だろーが当たった場所と力加減じゃ充分死ぬだろ。『撲殺』って言葉いい加減知れ――――――って・・・」










 数日前とほぼ同じやり取りをし、
 跡部ははたと気がついた。
 「峰打ち?」
 佐伯が持っていた短刀を見せてくる。夜に合わせわざわざ真っ黒く塗ってくるという凶悪な改良を施されたそれ。それには―――
 ―――血が全くついていなかった。
 「第一問題で鎧の上から刺せるワケないだろ?」
 「けどお前なら隙間から差し入れるとかやりそうだし・・・」
 「俺が? そんな凶悪な事を? まさか」
 「・・・その手に持ってるモンが説得力奪ってるぞ」
 呻く。
 佐伯は一切とり合わず身を屈め、
 「景吾手伝え。急いでコイツの身包み引っぺがすんだ」
 「そうか会わねえ内に野盗に成り下がったか・・・」
 「違う!
  ―――鎧兜だけだ。その下はいいからな」
 「やんねーよ変態じゃねえんだから!!」
 「ほら景吾静かにしろって。他のヤツが来るだろ?」
 「結局怒られんのは俺なのか・・・?」
 事情が全くわからない。だが急いだ方がいいらしい事だけはわかった。
 ボヤきながら跡部も近寄る。そちらに野盗もどきは任せ、佐伯は唐突に脇へ首を振った。草木生い茂る雑木林の方へ。
 「そっちは用意できたか?」
 『出来たで?』
 「ああ? その声・・・」
 疑問に合わせ、草むらから大柄な男が出てきた・・・・・・いや訂正。普通の体型の男が大きなものを担いで出てきた。
 明らかに自分より重いだろうものを平然と担ぎ上げる男は、出てくるなり笑顔で手を振ってきた。
 「久しぶりやなあ跡部」
 「てめぇ、白石じゃねえか・・・!」
 前回の黒装束とは違って普通の土民姿。合わせ髪も少しぼさぼさにし肌も汚し。
 だがそれでも、以前坂本城で自分に『信長』と『秀吉』を見せた男に間違いはなかった。
 驚き、跡部は眉を顰めた。
 リョーガ―――というか光秀お付の忍びがなぜここに・・・?
 「・・・・・・『光秀』殺しに来たってか?」
 視線が引き絞られる。裏切り者の代名詞忍者ならば、かつての主の首を持って新たな主に取り入るなど造作もないだろう。
 敵意剥き出しで睨み付ける跡部に、
 やはり白石は笑って手を振るだけだった。
 「嫌やわあ。そない事せんよ。
  俺が始末しとったんはこっちや」
 どさりと荷を下ろす。荷だと思っていたそれは、人だった。
 ―――かつては。
 爪が剥がされ歯が抜かれ、もげない程度に各所を切り刻まれそこを焼かれ。
 人型の肉塊と果てたそれ。ただ殺されたのではない。拷問、でもされたのだろうか? まともな死に様ではなかった。まさに嬲り殺しだ。
 その中で、かろうじて顔はわかった。
 それは・・・
 「コイツ、斎藤利三じゃねえか・・・」
 「知ってんのか?」
 佐伯が問う。歴史上の人物としてという意味ではない。実際面識があるのかという質問だ。
 頷き、
 「本能寺の変の時な、どさくさ紛れにリョーガも殺して自分が天下取ろうとしてたヤツだ」
 「それで?」
 「ムカついたんで手下ごとのしてきた。おかげで止めんのが遅れた。どちくしょう・・・・・・」
 感情は押し殺して呟く。このせいで少なくともリョーガを、親の首を掻っ切った男に仕立て上げてしまった。
 俯く跡部に、意外な言葉がかけられた。
 「おおきに。光秀様助けてくれはって」
 「・・・・・・あ?」
 「止めるん遅らせてまで光秀様暗殺阻止してくれはった。
  光秀様の家来代表として礼言うわ。
  ありがとな跡部。自分は光秀様の命の恩人や」
 「・・・・・・・・・・・・。
  ああ・・・」
 問いかけた事を、止める。これ以上何か言うのは野暮というものだろう。
 代わりに、心の中で微笑する。
 (何だ・・・。何だかんだ言ってアイツ、やっぱ結構人気モンじゃねえか)
 少し、嬉しい。
 散々な目に遭って来たリョーガ。だが、それでもちゃんと良い事はあった。ここには、彼を慕ってくれる人も大勢いた。
 「―――ま、積もる話はその位にして早くしようぜ。
  さすがにそろそろ見つかるぞ」
 「せやな」
 「は・・・・・・?」
 作業再開。
 結局何をやればいいのかわからずおたおたする跡部を他所に、佐伯と白石は実にてきぱき動いた。
 リョーガ―――光秀の鎧兜を何もつけていない利三につけ、刀も差す。
 「それじゃ、後頼んだぜ白石」
 「任しときいよ。コイツは『光秀』。ばっちしやで。
  ほな、俺は行くわ。早よ秀吉様に報告せなな」
 「ああ。じゃあな」
 それきり、白石はいなくなった。斎藤利三―――いや、『明智光秀』の亡骸を連れ。
 「替え玉、ってか・・・?」
 ようやく狙いを察し、跡部が声を上げる。
 「いくら何でも無茶だろ。第一顔が違いすぎる。他のヤツならともかく、秀吉が見間違えるワケねえだろ?」
 「大丈夫大丈夫。何のためにあれだけぐちゃぐちゃにしたと思ってんだ? すぐ腐り落ちるだろ」
 「ンなエグい事さらっと言うなよ。
  それに利三は利三で殺されんだろ? 首は本能寺で光秀と一緒に晒されたとか何とか」
 続ける跡部の肩をぽんと叩いて、
 佐伯は言った。爽やかに笑って。あまつさえ親指まで立て。
 「そんな脇役の末路までピンポイントで覚えてるヤツ、お前以外にいるワケないだろ?」
 「・・・いや確かにこうして見りゃ立派な脇役だったが。
  一応光秀の家老として歴史上じゃメジャーなヤツじゃねえのか・・・?」
 「・・・・・・。
  んじゃ今からモノホン光秀の首も贈っておくか」
 「わかった悪かったせっかくの案に反論して!!
  あーそーだよな!! 別に光秀に間違えられた利三が晒されようが、光秀と利三がセットで晒されようが、ンなに大した違いはねえよなあ!!」
 「そういう事そういう事。大事の前の小事は気にするな。
  という事で急いで帰るぞ」
 「・・・ああ?」
 こちらは似た体型につきリョーガを軽々担ぎ上げた佐伯。先刻白石も出てきた雑木林に入り込んでいく。
 やはりワケがわからないが、それでも跡部はついていき・・・
 「何で・・・・・・・・・時元移動機が?」
 ・・・そこにあったエセワンボックスカーに、再び驚きの声を上げた。
 「ほらリョーガ乗せるからお前も隙間に乗れ」
 「『隣』じゃねえのかあくまで・・・?
  ―――けど何でだ? 歴史が元通りになったんならわざわざ使わねえでも・・・」





 「なったワケないだろ?」





 「え・・・・・・?」
 「今やったのはあくまで『光秀の替え玉を差し出す』事だ。『光秀を死なせる』事じゃない」
 「けどそれでも・・・」
 「良くはないだろ? これじゃ生き延びた光秀がまた天下を狙うかもしれない」
 「リョーガはもうンな事しねえだろ」
 「それを判断するのは歴史そのものだ。そして今だ俺らが戻れてない以上、歴史はその危険性ありと判断したようだ。
  ―――なあ千石?」
 久しぶりの『語り』に話し掛ける。歴史の語り手。即ち、





 ――――――歴史そのものに。





 《そうだねえ〜》
 かの語りは、己の価値とは全く吊り合わない軽い口調で頷いた。
 《なにせリョーガくんだしねえ。しかもサエくんとタッグ組んだら、もう1回くらい行けそうじゃん?》
 「もう1回行くどころか、今度こそ取りそうだな」
 2人の皮肉―――歴史が戻らないのはお前のせいだという指摘を軽く聞き流し、佐伯が結論を下す。
 「だから
リョーガを歴史から完全に抹消する。そうすれば2度と返り咲けはしない」
 「つまり、殺す・・・ってか?」
 険しい口調で問う跡部。佐伯は彼を、
 ―――心底馬鹿にした顔で見た。
 口にも出す。
 「ばっかだなあ景吾は」
 「うあすっげえ腹立つ・・・!」
 「歴史から抹消、っていうのが必ずしも死には繋がらないだろ。
  一部の伝承じゃ、かの信長様は本能寺で死なず南蛮に渡ったなんていう説もある。今回はリョーガがしっかり殺したが、本来ならあのまま寺と一緒に焼き尽くされて、骨も見つからなかったらしいからな」
 「んじゃ―――」
 「その場からいなくなっても同じだ。
  場所を移す代わりに時間を移す。未来に戻れば、もうリョーガに手出しは出来ないだろ。
  ―――それでどうだ?」
 《ん〜?
  ま、それならいいよ? ここでリョーガくんに死なれてもつまんないしね》
 「・・・・・・そうなのか?」
 《いっや〜。サエくんとリョーガくんの掛け合いは見てて面白いからね〜♪》
 「歴史って・・・・・・
  ・・・・・・覗き魔が作ってんのか?」
 《あ酷〜い! 俺は歴史を紡いでいくっていう壮大な任務を帯びてだねえ―――!!》
 「あーわかったわかった」
 「―――にしても、
  よくンな手思いついたな佐伯。時元移動機なんてどうやって用意した?」
 乱入する第4の声(千石込)。意識を取り戻したらしいリョーガが身を起こし・・・・・・そのまま沈んだ。佐伯はよほど強く打ち込んだらしい。
 ぼてりと隣に座る跡部に凭れかかり、再び佐伯に峰で打たれる。今度は頭を。
 「・・・鞘つけろよ危ねえなあ」
 助手席の背もたれから身を乗り出し後ろを向く佐伯に、危うく戻る刃で切り裂かれそうになった跡部はそれだけを注意しておいた。
 「いてて・・・。
  酷っでえなあ跡部クン。俺への攻撃に対しては何もなし?」
 「災難だったなリョーガ」
 《うわもーノリは災害レベル?》
 「・・・・・・・・・・・・ありがたいお言葉で。
  んで?」
 首を傾げるリョーガ。が、
 それには答えず、佐伯は背もたれを(前に)倒した。その上に座る。
 仕切りがなくなり、お互いよく見えるようになる。もちろん運転席も。
 「てめぇ―――!!」
 「切原!! なんでお前生きてんだ!?」
 「むー!! むみー!! みゅきー!!」
 運転席にて、
25世紀より来たリョーガの同僚にして佐伯に殺された筈の切原は、全身を縄で縛られ猿轡まで噛まされ転がされていた。いろいろ不便そうではあるが、じたばた動く様からすると死んではいないのだろう。佐伯ならば幽霊もこのような扱いに出来そうではあるが。
 唯一タネを知る男はくつくつと笑い、
 「コイツから押収した」
 「殺したんじゃねえのか!?」
 「けどンな事して真田が許しちゃくんねーだろ!?」
 「んめー! ふふむー!!」
 パニックになる車内。やはり佐伯は笑ったままで。
 「ま、これまた積もる話は後にして、とりあえず発進させようぜ?
  話は戻りながらのんびりすればいい。
  ―――という事で発進させていいぞ切原」
 「その状態でどうやって操作すんだ・・・?」
 「むめー!!」
 「何? これじゃ動かせない?
  ・・・は〜。
  ダメじゃん切原。そんなだからお前は下っ端なんだよ」
 「ふぎゃ〜〜〜!!!」
 「・・・すっげー屈辱的な貶され方だったな今の」





・     ・     ・     ・     ・






 妥協案として右手だけ解放。1人だけ運転で孤立させたところ、むぐみぐ五月蝿いので猿轡も外した。
 「んじゃ、最初っから話すが―――
  ―――その前に景吾、よく俺があそこで殺すってわかったな」
 「ああ?
  ・・・ああ、あれか」
 問われ、跡部は一足先に種明かしをした。
 「『光秀』をな、あくまで歴史通り生かして死なせるお前なら一体どこで殺すのか。
  少なくとも山崎の戦までは生かさなければいけない。なら戦いのどさくさに紛れて殺すか? いやそれだと『逃げ延びる最中落ち武者狩りに遭って死んだ』っつー歴史が狂う。なら逃げる最中か?
  ・・・・・・考えて、ふいに思い当たる事があってな」
 「何を?」
 問う佐伯を指差し、
 「お前、以前伊賀の忍者に会って忍術教えてきた、っつったよな?」
 「ああ・・・」
 「俺も、山内一豊と千代夫妻にあって、千代に馬買うようにアドバイスした」
 「だから?」
 「つまりだ。
  歴史ってのは、表舞台に立たなけりゃ俺らがいろいろ介入したりしてもいいんじゃねえかと思ってな。もし全く駄目なら、そもそも俺らがこの時代に来た事そのものが既にアウトだ。無かったものが在るっていうのは、それだけで立派な変更だ。
  だろ? 千石」
 《ま、1人1人の人物伝なんてさすがに出てないんだから、変え過ぎなきゃオッケーっしょ》
 「なんつーアバウトな・・・・・・」
 「てめぇが一番変えたんじゃねえかリョーガ・・・。協力要請先に送ったり、信長の亡骸見せびらかしたりして」
 「ぐ・・・・・・」
 大人しくなったリョーガを放り、先に行く。
 「んで話を戻すが、
  光秀の死ってのはさっき言った通りかなり地味なモンだ。落ち武者狩りに遭い、どこぞの名も無き土民Aの手によって殺された。地味すぎておおっぴらになってねえから、実は死んでねえんじゃねえのかっつー説が出るくらいだ。
  つまり―――
  ―――この『土民A』、誰がやってもいいんだよな? 例えば―――お前とか」
 見る。リョーガ殺害をずっと仄めかしていた男を。
 佐伯も笑って頷き、
 「なるほどな。脇からの介入じゃなくて直接の登場人物になる。これだと確実に『光秀』が殺せる。しかも詳細が明かされないから、その時代に本来いるはずではなかった俺がやったところで歴史は狂わない。
  さっすが景吾。頭回るじゃん」
 「ま、ヒントくれたのは手塚と不二―――山内夫妻だがな。
  アイツらに『最後まで諦めるな』なんて言われなけりゃ、戦場行って無駄な足掻き続けてたぜ」
 「『内助の功』の恩返し、か。お前もまた妙な人脈作るなあ」
 「妙な人脈に関しちゃてめぇに言われる筋合いはねえがな。
  なんで伊賀に属してて甲賀の白石と仲良くなるよ? 立場も逆だし」
 ボヤく跡部を制し、
 「ま、んじゃそろそろ俺の方の説明も始めようか」





・     ・     ・     ・     ・






 「景吾にはもう言ったけど、最初俺たちがこの時代に来たのは普通に説得するためだ。そう提案し、執行部にはだから介入しないよう釘を刺しておいた」
 佐伯の言葉に跡部と切原も頷く。
 「お前が明智光秀に成り済ましてるって話は聞いてたから、成り済ます前に行ってお前を止め、本物をそのままならせようと思った。
  ―――が、途中で時元移動機は故障、俺は景吾と放され中途半端な時代に落ちるというアクシデントが発生した」
 「他人行儀に語ってんじゃねえよしっかりてめぇのせいじゃねえか・・・!!」
 「身動きを取ろうにも自分の基盤すらない。時元移動機は使えない。そもそもリョーガはともかく景吾の居場所がわからない。ここでヘタに歴史を動かすと、最悪景吾だけこの時代に置いていく恐れがある。
  仕方ないからたまたま遭遇した伊賀のヤツら手足にして捜索してたんだよ。リョーガの動向と景吾の行方」
 「やってる事はカッコいいが・・・手足にされた伊賀も嫌だっただろーなあ・・・」
 「ぜんっぜん! 自分達と関係ねえし」
 「しかも挙句に『手下○号』とか呼ばれて扱き使われてたぜ・・・?」
 「けど忍術教えたからな。フィフティ−フィフティーってヤツだ」
 「忍術!? スゲー!!」
 切原が目を輝かせる。リョーガと跡部は揃ってそっぽを向いた。
 「で、ようやっと景吾を見つけた時はもう光秀は一国一城の主だった。今更止めさせる事も出来ないし、他のヤツともすげ替えられない。
  さてどうするかとさすがに悩んだところでお前の台詞だ」
 「俺か?」
 跡部が自分を指差した。
 「『どーせ時間はたっぷりあんだからよ』。
  俺が景吾を攫ったその日の会話だ。天正2年。光秀が死ぬ7年前だな」
 「ああ・・・」
 そういえば言った。リョーガを殺すと言い出す佐伯に向かって。だから他にも手を考えようという意味で。
 「それを聞いてふと思った。さっきから言ってる通り、俺は2年かけて伊賀の忍びの親玉となり忍術を施した。
  2年かけてそれが出来た。
  ―――7年あれば、他にもどっかに入れるんじゃないかって。それこそ小栗栖の土民とか」
 「んじゃお前―――!!」
 「最初は7年かけて直接なろうと思った。
  そうそうここで白石の話が出てくるんだ」
 ぽんと手を叩き、
 リョーガに向き直った。
 「1つ謝っておく。忍びにとって、どこかに潜り込んで情報を漁るのはわりと良くある事だ」
 「まさか・・・」
 「悪いなリョーガ。アイツを先に雇ってた―――アイツと先に取引してたのは俺なんだ。
  アイツは俺のスパイだったんだよ。お前の動向を探る、な」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「少し前から接触しててな。伊賀の様子が変わった原因を探りに来てた。
  俺は完全に土民に成り済まそうと思ったら、小栗栖からはそうそう離れられなくなる。その時はまあそこまでは考えてなかったけど、他の理由でどう動くかわからない。
  その間お前がどう動くか、歴史と違う事をしてないか、探ってくれるヤツが欲しくてな。
  それで伊賀のヤツらを鍛えてたんだけど、アイツの方が格がずっと上だったから頼んだ」
 「んじゃアイツがずっと俺についてたのって・・・・・・
  ・・・・・・忠誠でも何でもなくって、お前に雇われてたからか・・・?」
 泣き笑いに近い表情を浮かべる。
 リョーガにとって、白石はこの時代で最も気の許せる相手だった。自分の座を狙う側近とも、自分にどこまでもついて来る家来とも違う、不思議な立場。フリーの立場。
 彼の前では、肩書きなど関係なくただの人間―――ただの友人として振舞えた。この7年、最後までやってこられたのは彼の支えも大きかった・・・・・・
 ・・・・・・というのに。
 そんなリョーガに、
 さらに佐伯が続ける。
 「ただし白石は俺に『雇われ』はしなかった。当然だな。俺がアイツに払えるものがあるワケない。
  アイツが俺に出した条件は簡単だ。





  ――――――『明智光秀が、自分が仕えるに相応しい相手だったら引き受ける』」





 「そりゃまさか・・・」
 「つまりアイツがお前の傍にいたのは、他意があるわけでも何でもなく、単純にお前を気に入ったからだ。リョーガ。
  ついでにお前は寝てて見なかっただろうが、アイツ利三殺したぞ? それも相当手酷く。
  ―――良かったな? お前殺すなんて計画立てられて、かなり本気で怒ったらしいぞ?」
 「あれ拷問じゃねえのか!?」
 「拷問して今更何訊くんだ? ただのウサ晴らしだろ?」
 「白石のヤツ・・・・・・」
 リョーガが、やはり泣きそうな笑顔を浮かべた。
 照れ隠しかごりごり額を掻いて、
 「―――んで?
  ンな計画の割にゃ、次会った時はふつ〜に殺しかけたよな? しかも飛んできたっつってたし」
 「だから、『事情が変わった』んだよ」
 「は?」
 「あ・・・・・・」
 聞き覚えのあるフレーズに、跡部だけが反応する。真田に雇われリョーガを殺そうとした時の台詞だ。
 思い出し、首を傾げる。
 「ただの聞き苦しい言い訳じゃなかったのか?」
 「断じて違う」
 即答し、佐伯は回想に戻った。
 「元はそういう事情―――計画だった。ところがせっかく思いついてお前に伝えようとしたところでちん入者だ」
 「真田と切原か!」
 パチンと指を鳴らす跡部。運転席では入者扱いをされた切原が何やら文句を言いたがっていた。
 鼻先にそっと短刀を近付け、静かになったところで続ける。
 「そしてリョーガも指摘した通り、そこで真田に殺しを依頼された」
 「んじゃやっぱ―――!!」
 車―――時元移動機を揺らすほどに勢いよく、跡部とリョーガが後ずさっていく。
 2人を見送り短刀を納め、
 佐伯は笑って首を振った。





 「受けるワケないだろ? 『元』プロの殺し屋なんだから、俺は」





 だからコイツも殺してないだろ? と切原を指差し明るく笑う佐伯。確かにその様はとても人を殺しそうには見えない。肉体的には。
 「そういや佐伯。そもそもお前なんで『元』殺し屋なんだ? 別に腕が落ちたワケでもねえみてえだし」
 今回の事とは関係なさそうだが、尋ねてみる。
 『元』でなければ殺していたという。それでありながら、『元』だから頼まれても殺さないという。この辺りのこだわりの理由は何なのだろう。
 「ああ、そういえばお前は知らなかったな」
 「俺は?」
 リョーガを見る。切原を見る。リョーガはにやにや笑い、切原はそんなリョーガを半眼で見ていた。
 「ちょっとした偶然だ。殺したヤツのなかにコイツの弟がいてな」
 目線で示されたのは―――リョーガだった。
 「腹違いの弟ってヤツ? 俺はいろいろ事情あって身寄りねえんだが、ひょんな事からそういうのがいるって知ってな」
 「つまり殺人事件の被害者として取り上げられて知った、と」
 「あん時ぁびっくりしたぜ〜。自分にやけにそっくりなヤツが死んでる。調べりゃ異母弟と来る。
  せっかく身内が出来たとわかった時ぁ死んでた、と」
 「もしかしてそれって・・・・・・」
 「戦国時代で言う『秀吉』だな。本当〜にチビ助そっくりだ。
  んで、死んでんのも可哀想だと思って生き返らせた」
 「『生き返らせた』ぁ!?」
 恐るべし
25世紀。まさか人体蘇生まで出来るようになっていたとは・・・・・・。
 「違う違う。落ち着け景吾。さすがに出来ないから人体蘇生は」
 「う、うるせえなあ! わかってんよンな事//!!」
 《頬赤いよ〜跡部くん♪》
 「すっかり信じちゃって。可愛いなあ景吾ってばvv」
 「さっさと次行け!!」
 手を振られ、言われた通りリョーガが続けた。かろうじて飛んできた裏ビンタを避け。
 「つまり、死ぬ前にタイムスリップして殺されねえようにしよう、と」
 「ああ。それで佐伯に会ったのか」
 「ビンゴビンゴ大正解!
  ―――いっや〜あの頃のコイツは怖かったぜ〜? まさに『殺し屋!!』って感じで、全然笑わねえし雰囲気も刺だらけだし」
 「一応それに相応しく仕事成功率も
100%にしてみたぞ?」
 「・・・・・・。
  お前に殺されたヤツって、ほんと〜に哀れだな」
 自家製毒薬の実験台になっていた事は聞いていたが、趣味にプラスしてただの実績作りだったとは・・・・・・。
 「んで会った〜・・・・・・はいいんだけどな。
  残念ながら1回目は失敗だった。説得の甲斐もなくチビ助は殺されちまった」
 「『1回目』?」
 跡部が眉を顰める。つまり2回目以降があったというのだろうか?
 頷き、
 「もちろんチビ助生かすためなら何回だってやるぜ?」
 「・・・で、実際何回やったんだ?」
 「
38回」
 「アホか?」
 「俺のチビ助への愛情の勝利だっつってくれよー!! おかげで佐伯も心打たれて考え改めたんだぞ!?」
 「・・・・・・・・・・・・」
 半眼で横を向く。
 佐伯もなぜかうんうん頷き、
 「コイツ馬鹿でな〜。計算が面倒なのか機械の使い方がヘタなのかそれとも機械に不備があったのか、戻るというか来るたんびに日時がめちゃくちゃでな。
  俺が『最初』に会った時、コイツは開口一発『会うのは
13回目だが』なんてホザき出した。
  一体何の話だかと疑問を浮かべたが理由はすぐにわかった。別れたと思ったらまたすぐ現れる。その様も毎回違う。服装が違ったり腹が減ってたり傷が出来てたりと思ったら次会う時はなくなってたり。
  さすがに3回目辺りで未来から来てるって事はわかったけど・・・」
 その表情が、げんなりとしたものになった。
 「・・・・・・このまんまずっといさせると、ノイローゼになるかと思ってな。仕方ないから止めたんだ」
 「ああまーそりゃな・・・・・・」
 四六時中べたべた引っ付いて同じ事を延々言われて。同じ人間が付き纏うだけなら五月蝿いの一言で一蹴出来るが、人間は同じでもあらゆる未来から何度でも来る。もしかして殺す時に近付けば近付くほど、複数の『リョーガ』に遭遇したのではないだろうか。その時存在し[いき]ていた分も含め、最高
39人に遭遇可能。
 ・・・・・・さすがの佐伯でもこれはたまらなかったらしい。しかもこの頃はまだシリアス一辺倒モードだったというし。
 「けどそれってよお」
 リョーガに目を戻す。
 「コイツ殺せばもっと話早かったんじゃねえのか?」
 わざわざ説得などせずとも。
 問う跡部に、答えたのは佐伯だった。呆れ返った仕草で手を上に挙げ。
 「俺も不思議に思った。だから聞いてみた。そしたら返ってきた」
 「『一目見てあんたの事気に入ってな。
   今はこんなだけど、全部終わったらデート誘っていいか?』」
 リョーガが後を引き継ぐ。佐伯に流し目ウインクなど送り。
 さらに呆れ返った顔で佐伯が目を細めた。
 「それがリョーガのカウントで
38回目の事だ。
  聞いて本気でコイツは馬鹿だと思った。弟の命助けんのとデート天秤にかけてどーする。
  あんまりに気が抜けてな。もうどうでもいいかって事で、殺す予定の時間でデートしてやった」
 「で、殺さなかった・・・ってか。
  ―――それこそ歴史変えた罪になんじゃねえのか?」
 今リョーガはそういった罪で追われている。人1人助けるだけなのでさすがに今回のような抹殺指令までは出ないだろうが、それでもやっていい事でもあるまい。
 「もちろんなるぞ? 特にリョーガなんてタイムパラドックス起こしまくったんだからな」
 《跡部くんの推測通り、同じ時間同じ場所に同じ人が存在し[い]ちゃいけないんだ。
  生まれ変わりでもそうなんだから、本人なんてもっとだね》
 「リョーガはその辺りを綺麗に無視してな。しかも干渉してわざと違う方向に持って行こうとする。
  当然、当局―――タイムトラベル管理局に睨まれた。あのまま途中で諦めて未来に進んでたら、確実に刑務所行きだっただろうな。何せ管理局は警察の管下なワケだし」
 「ああ? 変えねえと捕まって、変えると捕まらねえのか?」
 「少し違う。
  殺すのを止めた俺も責任を問われてな。コイツが悪いんですとリョーガを突き出したところ、当時の局長が『連帯責任だ』なんて言い出した。
  だから局長に直談判を申し込んでみた。そしたらちゃんと言う事を聞いてくれたんだ。
  リョーガは捕まる代わりに労働奉仕。時元移動機はこんな最新なモンでない限り手動でな。使おうと思ったらそれ相応の技術と知識を必要とする。独学で取得したコイツはもう、充分局員として働けるだけの技能を身に付けてた。
  でもって俺は、以降協力を要請された時は断らない事、ってな」
 「ちなみに『直談判』ってのは当然のように間にナイフ挟んでだ」
 「違う部署で俺も見てたっスけど、震えて頷く局長がすっげー哀れでした」
 「うん。俺の誠意溢れる態度に心打たれたんだな」
 『ぜってー違う』
 「・・・・・・実はその局長とやら、連帯責任にしたのってリョーガに同情してじゃねえのか・・・?」
 どうせ何も期待はしていなかったが、あまりにその通りな佐伯の行動に跡部はため息をついた。
 思う。
 (この時点で佐伯のヤツもう終わってんじゃねえか・・・・・・)
 寂しい結論は置いておいて。
 「んで? それで何で『元』になんだ?
  本業:殺し屋、副業:管理局準職員にすりゃ給料2倍じゃねえか。公的に時元移動まで出来るようになりゃ、尚更仕事はしやすいだろ?」
 《跡部くんがめついね〜・・・》
 「俺じゃなくて『佐伯』がだろーが」
 おかしい。『佐伯』がなぜこんなにオイシイ状況を蹴ったのだろう・・・?
 本気で悩み出す跡部に、佐伯が苦笑いを浮かべた。
 「さっき仕事成功率
100%って言ったけど、ちょっとそれを際立たせ過ぎてな。
  ・・・・・・1度でも失敗したらもう価値はがた落ち。しかも相手は何の力もないただの子どもだったからな。よりによって、難易度としては1番低いもので失敗したんだ。そりゃ信用は失うな。
  おかげで何の仕事も来なくなった。開店休業状態だ」
 「・・・?
  やっぱ『元』じゃねえじゃねえか」
 跡部がさらに首を捻った。
 佐伯の苦笑いが少し変わる。
 組んだ膝の上に頬杖をつき、細めた目でリョーガを見る。実に幸せそうな笑顔。きっと、『殺し屋』であった頃には決して見せなかったであろうもの。
 目を閉じ、くすりと笑った。
 「そしたらコイツが言ってな。





  ――――――『それなら俺がお前を永遠に雇ってやる』ってな」





 「それって・・・・・・」
 あえて疑問には答えず肩を竦める。
 「ま、だから転職したんだよ。
  ただしコイツの安月給じゃとても俺に給料を払ってくれそうにはなくてな。どころかちゃんと見てないとヘンな失敗ばっかやるんだ。
  どうやら俺の『仕事』内容はコイツの尻拭いらしい。今回もな」
 「今回も?」
 指を立て、視線を外し、元の話に戻る。
 「という事で、俺は殺しはしないからと真田に対して別の取引を持ちかけた。『アイツを殺さず歴史戻してやる。だからその時元移動機貸せ』ってな」
 「―――で、最初に戻るっつーか現在に至る、ってワケか」
 「そうそう」
 「けどあの堅物真田部長がよ〜くンな話にオーケー出したなあ!」
 「ここは俺の話術と人脈の成果だ。
  幸村のマル秘プライベートブロマイド数点と、音楽祭一緒に鑑賞しましょう権と引き換えに了承させた」
 「人脈って・・・・・・、友人売んなよ・・・」
 ボヤくリョーガの隣で跡部が手を挙げた。
 「『幸村』?」
 「タイムトラベル管理局局長だよ。つまり俺らの一番の上司ってな」
 「なるほどな・・・。どーりで真田が『部長』になれたワケだ・・・。それ以上だったとはな・・・・・・」
 「ん?」
 「いや何でもねえ。んでソイツが?」
 「面白い事に、真田がコイツにべた惚れでな。
  ところが何せあの堅物真田部長。まともに進められる筈もなく、関係は今だ
20世紀中〜後期の小学生以下」
 「あんだよ縦笛舐める根性もなしか・・・。一番たるんでんのてめぇじゃねえのか真田?」
 「やったんスかアンタ!?」
 「やってねえ!!」
 誹謗中傷はさっさと否定し、
 「・・・つーかその幸村、なんでお前が売り飛ばせるんだよ?」
 「リョーガが言っただろ? 俺とアイツは友人なんだ。ひょんな事から知り合って」
 「さっきの話でな、コイツの脅しに屈し妥協案に応じた当時の局長は責任取ってそのまま辞任。後継いだのが幸村、って図だ。
  そりゃこの2人が仲良くなるワケだよな」
 「ほら、立派な人脈だっただろ?」
 「そうだな。ものすっごく細くって今すぐにも切れそうな人脈だな」
 跡部の言葉にうんうん頷く2人。
 全く取り合わず、佐伯は話に戻っていった。
 「で、時元移動機を貸して貰い、またリョーガを殺さず連れて帰る事に対して許可を貰った。
  でもって執行部からのちょっかいかけは予想してたからな。だからあえて7年すっ飛ばした」
 「そりゃ2年で痺れ切らす部署だしな。7年もちんたらやってたら、他のヤツが来て解決すんだろ」
 「という事で、時元移動機借りるのは向こうのアシ奪うって意味でもあったりしたワケだ。
  ところがこの時元移動機、座席の数からわかるとおり4人乗りなんだよな。あのまま行くと俺・景吾・リョーガに真田と切原で定員オーバーしててな」
 「ああ、それで1度帰ったのか」
 「そうそう。
  ――――――なんだけど」
 一同の視線が切原に集まった。
 「し、仕方ないじゃないっスか!!
  俺だってそんな事情があんだったら真田部長に行かせてましたよ!? けどあの人、『佐伯に任せておけ』としか言わないし!!」
 慌てて首を振る切原。多分彼の言っている事は本当だろう。
 《言い様が、ないもんね・・・》
 「(だよなあ。自分の満足のために方針捻じ曲げた、なんてなあ)」
 「(けど切原だぜ?)」
 「(それにプラスして、多分説明途中で気絶でもさせて来ちまったんじゃないのか・・・?)」
 ぼそぼそとミニ会議終了。これに関してはそれ以上は突っ込まずに行く事にした。
 「で、7年後に来た。リョーガの『説得』にな」
 「説得?」
 同じものをやろうとしていた割に対立していた跡部が眉を顰める。歴史通り進ませる気なら、わざわざここで介入する必要はなかったと思うのだが・・・。
 「ああ。ただし止めようとしてたお前とは逆にな。
  なまじ歴史―――末路を知ってる分、そのまま放っておくと違う事やり出しかねないからな。実際やってたし」
 「んじゃお前が来たのって―――」
 「『歴史通り動け』って伝えようとしてたんだよ」
 加わってくるリョーガにそう告げ、
 「・・・が、お前が調子に乗ってるのを見て非常にムカついてな。1発くらい喰らわせてから説明しようと機を狙っていたところ、再び邪魔が入った」
 「ちょっと待て!! つまり何か!? お前が俺についてくるっぽい態度だったのは全部演技だったってか!?」
 「当たり前だろ? 何で俺がお前についてくんだ?
  お前が俺についてくるんだろ?」
 「・・・・・・。
  あ〜確かにそうかもな〜とか思っちまうぜ。そこまで一瞬のためらいもなく言い切られちまうと」
 「情けねえなあリョーガ・・・」
 「執行部の伝統だな。へたれが多い」
 「俺は違うっス!!」
 騒いでいると、リョーガが復活した。
 「―――ってだからな!! お前がそうやっていらない芝居で時間取ってたおかげでアイツら殺されちまったじゃねえか!!」
 「つまり殺した切原が悪い、と」
 「責任転嫁じゃないっスか!!」
 「殺した張本人が何言ってんだ?」
 「ぐ・・・・・・」
 「まあリョーガも落ち込むな。歴史が正されれば殺されたヤツも生き返る」
 「そりゃ、そうだけどよ・・・・・・」
 だが、殺された事に変わりはない。ぼそぼそと呟き・・・
 「だ・か・ら! お前が悪りいんだよ切原〜・・・・・・!!!」
 「結局俺っスか怒られんの!?」
 「ちょっと待て落ち着けリョーガ!! 襟絞め過ぎだ!! 切原死ぬだろ!?」
 「ぐるぐる巻きに縛り付けられ抵抗力を奪われた相手に八つ当たり。
  いいぞリョーガ。人生完全脱落まであと一歩だ!」
 「『八つ当たり』とかさらっと自白してんじゃねえ佐伯!! つーか止めろてめぇも!!」
 跡部が佐伯を突っ込んでいる間に、切原が彼方へと旅立った。つくづく自動操縦が利いて良かった。
 動かない切原をぺいっと放り出し、
 「んで? 切原に喰らわせたのも峰打ちだってか?」
 「ちゃんと血糊も含ませてな。こういった騙しのテクも立派な忍術だ」
 「はいはいそれはもーいいから・・・。
  ・・・ってかそこまで『殺した』っつー演出に拘る理由が知りてえよ」
 「いやコイツだしな。ただの趣味だろ」
 「あ、ひっどいなあ。
  アレにはちゃんと意味があったんだぞ? 『リアリティを持たせる』っていう立派な意味が」
 《・・・・・・・・・・・・立派?》
 「結局それ、『趣味』って言わねえ?」
 「まあ、人生そのものが丸々趣味みてえなヤツだしな・・・」
 没した切原に代わり千石も話題に戻り・・・・・・やっぱり全体の構成は変わらない事となった。
 説明役(兼ボケ担当)の佐伯が続ける。
 「説明しようとしたところ切原乱入。明らかに計画を知らないアイツによって家来を殺され、お前は逆上。一応景吾は冷静だったけど、冷静過ぎて違う事を考え出す。
  ―――あ〜もうこりゃダメだなって思って」
 「何が?」
 「お前ら全員納得させるのが。
  落ち着かせて事情話して。どれだけかかるんだ? しかも街道だからな。いつ人が通りかかるのかわからない。
  家来の死体を前に光秀様が密談。妙な噂でも流された日には、それこそ修正が不可能になる。
  ・・・仕方ないからいっそそのまま動いて貰おうかと」
 「そのまま、っつーと・・・」
 「リョーガには光秀として天下を狙ってもらう。ただし途中でやる気をなくされたり、どうせ助けて貰えるからいいやなんて甘ったれてもらっても困る。そんな姿見たら家来達が動いてくれないからな。
  だから切原でデモンストレーションをして、『俺はお前を本当に殺すぞ』と示しておいたんだ。死ぬ気で狙ってもらわないとな。そんなお前なら家来達もついてくるだろ」
 「リョーガはそれでいいが・・・
  ―――俺にもせめて何か説明すりゃいいじゃねえか」
 おかげで敵対し合い余計な行為を続けた自分達。跡部が文句を言ったところで無理はないだろう。
 口を尖らせる跡部に、佐伯はぺろっと舌を出した。
 笑う。
 「言っただろ? 『リアリティを持たせる』って」
 「んじゃまさか―――!!」
 「ははっ。悪いなあ景吾。リョーガの指摘どおり利用させてもらったよ。
  ああ言えばお前がリョーガ応援派に回るだろうと思ってな。それ潰していけばもっとリョーガが焦るだろ?」
 『ぐ・・・・・・』
 しっかりハマった2名が呻く。
 「さらにこうしておくと、切原も俺が本当にリョーガを殺すと信じるから手出しをしなくなる。
  制裁加えておいたとはいえ、放っておくと次は何し出すかわからないからな。景吾とも敵対する事で俺が本気だと示してみた。だから邪魔するならお前も容赦はしない、と。
  おかげで以降実に素直になってくれた」
 「うあ切原もか・・・・・・」
 「んじゃやっぱ藤孝も順慶もそれに秀吉もてめぇか邪魔したのは・・・!!」
 「いや他はともかく秀吉のはお前が悪いんだろ・・・。秀吉殺して俺に置き換えって、どういう提案だよ?」
 「うあ跡部クン、なんか随っ分豪快な計画企てたねえ・・・。
  んじゃやっぱ俺の事ずっと見張ってたってワケか。矢なんか撃ってきやがって、マジで怖かったじゃねえか」
 『怖かった』どころではなかった。実際狂うかと思った。というか狂った。
 ・・・・・・という文句をあくまで軽口で流すのがリョーガである。自由奔放に生きているようで、彼の本心を掴むのはなかなかに難しい。
 そんなリョーガが、死の直前に続いて(いやその前にか?)唯一本音を洩らした場面。だからこそより軽〜く流して欲しかったのだが・・・
 それ以上に軽く流された。
 「矢? 俺が?
  撃ってないぞ? 残念ながら忍者の修行で手裏剣は撃てるようになったけど、矢は撃てないな。
  それに俺はずっと景吾についてた。何せ何やり出すか本当にわからないからなあ」
 「え・・・? んじゃアレって・・・・・・」
 「白石だろ」
 「は・・・・・・?」
 「さっき言った事情でお前の見張りを頼んでおいた。でもって俺の代わりに散々にビビらせといてくれ、と。
  矢が来たんなら確定だろ。アイツ、忍びの傍らで―――というか表の顔で矢の道場主やってるからな。腕は抜群だぞ? 全国の大名殿様からお声がかかる」
 「・・・・・・マジか?」
 跡部が呻いた。
21世紀の白石、彼の家は矢と薙刀の教室だ。戦国時代から続いていて、血筋ではなく純粋に実力の高い者が継ぐという慣わしのようだが(ちなみに現在継いでいるのは父親ではなく母親の方だ。なぜこう知り合い一同母の方が強いのやら)・・・・・・。
 (巡り巡って戻ってきた、ってか・・・。歴史ってのも、不思議なモンだな・・・・・・)
 今まで似た人間というのは散々会ってきたが、それらに繋がりがあるのは初めてかもしれない。
 感慨に耽っていると、隣でリョーガがへたり込んでいた。
 「マジで怖かったってのに〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・」
 半泣きリョーガ。あれだけな目に遭わされ、しかもやったのは本人ではなくただの代理。哀しい事この上ないだろう。
 マジ泣きに入りかけ・・・
 ふと顔を上げた。
 「ちょっと待て。代理って事はまさか〜・・・・・・」
 頬を引き攣らせ睨め上げるリョーガに、
 佐伯はにっこりと笑顔で頷いた。
 「聞いたぞお前の告白はしっかりと。泣くくらい苛められて『それでも愛してる』、と。
  いや〜困ったなあ//。そこまで言われたんじゃ俺ももっと苛めるしか―――」
 「そっちかよ照れる理由!?」
 ・・・・・・結局リョーガは泣いた。
 《という事で、リョーガくんを散々にからかい倒してここまで漕ぎつけた、と》
 一応語りらしく〆に入る千石。佐伯もうんうん頷き、
 「楽しかったぞリョーガ。お前は実に面白可笑しく踊ってくれた」
 「ああそーかよありがとよ!!」
 《めでたしめでたし》
 「目出度くねえ!! 結局俺は遊ばれただけで帰ったら晴れてクビか!?」
 「目出度いな」
 「だから目出度くねえって!!」
 血涙でリョーガが叫ぶ。
 煩そうに耳を塞ぎ聞き流した後、佐伯は外した手をぽんとリョーガの両肩に乗せた。
 「大丈夫だリョーガ。今後の明るい計画のため、ちゃんと代理は用意しておいた」
 「は?」
 「俺の計画にぬかりはない。アフターケアも万全だ」
 「はあ・・・・・・」
 ぽかんと口を開く当事者リョーガ。
 もう少し冷静だった第3者の跡部が、嫌な予感を抱え尋ねた。
 「・・・・・・ちなみにどんな?」
 佐伯が微笑む。
 ようやっと目覚めた切原を指差し、
 「切原がな、真田の命令を無視して『光秀』を殺そうとしたんだ。実際殺しちまったら大変な問題になってただろーなあ。それこそ歴史は大幅に変更されてただろーなあ」
 「ぐぅ・・・。
  俺が悪かったっスよその事は!!」
 「そうだなあお前が悪かった。
  ―――普通クビにするのって、そういう致命的なミスを犯したヤツじゃないか?」
 「え・・・・・・?」
 切原が目を見開く。顔がだんだん青褪めていった。
 「対してリョーガ。そんな切原の妨害を潜り抜けちゃんと『光秀』としての生を全うした。おかげで歴史は変わらずに済んだ。
  ―――管理局に対して随分恩は売れるだろうな。お前が光秀じゃなかったらどうなってた事やら。しかも7年以上も仕事についてたワケだし」
 「まさか・・・・・・」
 リョーガもまた目を見開く。切原とは逆に、頬を上気させ。
 ぽんと手を叩き、
 佐伯が結論付けた。
 「確かお前らのトコって、今リストラで人減らしの最中だよなあ? 減るなら誰でもいいんだよなあクビにするの
  さあって俺が上司ならどっちのクビ切ろうかなあ?」
 ゆっくりと紡ぎ、楽しげに笑う。
 「うあまたしても替え玉か・・・」
 《もしかしてサエくんが殺し屋の間も捕まらなかった理由って、こんな風に逃げてた・・・・・・?》
 「はい部外者は無責任な噂を流さない。
  俺がそんな事するワケないだろ? せいぜいスケープゴートを用意してたくらいで」
 『同じだあああああああ!!!!!!!!!』
 跡部
&千石の声を背に受け、先に反論したのは安全圏から一転、クビ最有力候補へと押し上げられた切原だった。
 佐伯を指差し吠え―――
 「き、汚いっスよ佐伯さん!! この人はそもそも動いてるわりにロクな成果も挙げてないし―――!!」
 「けど成果を挙げてないだけであって失敗はしてないよなあ。そんな重要な」
 ―――即座に撃沈。
 そしてこちらはリストラ候補から絶対安全圏へと昇格したリョーガ。わなわな手を震わせ顔を上げ、
 「ん・・・んじゃ佐伯俺は―――!!」
 「『世渡り』っていうのはこういう風にやるモンだ。いかに相手を蹴落としのし上がるか。
  光秀として充分学んだだろ? 大丈夫だ。お前にももう出来る」
 「ああ、ありがとな佐伯!!」
 ぽんぽんと肩を叩かれ、むせび泣いた。
 実に感動の場面だ。
 見て、
 (ぜってーリョーガって、佐伯と出会って悪質改造されたよな・・・)
 《サエくん雇ってるっていうより、サエくんに飼われてんじゃん? リョーガくん・・・・・・》
 (いっそコイツが殺し屋の内に会いたかったな。それならまだこんな性格でも納得出来る)
 《並の犯罪者よりタチ悪い一般市民だよね、サエくんって・・・・・・》
 「―――何か言いたい事あるのか? お前ら」
 「だが今って部長真田だろ? 2人まとめてクビとかなんじゃねえのか?」
 《だよねえ? 切るのが1人だけなんて事もないだろうし》
 しれっと話題逸らしにそんな事を言ってみる跡部と千石。
 佐伯が首を傾げ、
 「それもそうだな」
 「あっさり同意か!?」
 喜びかけたリョーガが一気に崩れた。
 さして広くもない車内を、切原とリョーガ2人の陰気なオーラがもんもんと覆い尽くした。
 「お、お前らまあ落ち着けよ! あくまでこりゃ俺らの推測だし実際どうなるかは―――!!」
 「いや真田部長っスし・・・。1回でも失敗したらもうダメっスよ・・・・・・」
 「そうだな・・・。たとえ立て直したって、自分が崩したものを直すのは当たり前だって一言で切られておしまいだろーし・・・・・・」
 「おい佐伯! なんでせめて否定してやらなかったんだよ!?」
 「だって真田だしなあ。殺さず連れて帰る許可は貰ったけど、それを元の仕事に就かせるなんて話は出なかったからなあ。
  まあ・・・・・・」
 天を仰ぎ、何気ない様子で続ける。










 「クビになったら、仕方ないから俺が一生雇ってやるよ」










 「さえ・・・き・・・・・・?」
 リョーガの顔が上がった。絶望は抜け出たが、その顔には驚愕の2文字が浮き上がっていた。
 見開いた目で佐伯を見る。つまらなさげにそっぽを向き首筋を掻く佐伯を。
 色白の目元が、うっすら朱く染まっていた。
 「佐伯〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜vvvvvvvvvvvv」
 どごっ!!
 飛び掛りかけたリョーガを、靴底が押し留める。
 座って曲げた脚を顔の位置まで上げるという無茶な曲芸をさも平然と行う佐伯。足に―――その先にいるリョーガへとにっこりと微笑む。
 「ただしお前を見習い俺も給料0だからな? 餓死したくなかったらさっさと次の職見つけろよ?」
 「う・う・う・う・う・・・・・・」
 泣き崩れるリョーガに合わせ、腰から下げていた計算機もぶるぶる振動を始めた。
 「ん?」
 「ヒストローム値が、下がってきたな」
 「んじゃあ―――」
 「秀吉が『光秀』の死を確認したってワケだ。これでようやく戻れるな」
 「うあ何か間違った歴史が認められた・・・・・・」
 「つーかいくら顔ぐちゃぐちゃにしたとはいえ、俺とあのおっさん間違えるか〜? 秀吉〜・・・・・・」
 「愛されてなかったんだなリョーガ」
 「しくしくしくしく・・・」
 《代わりにサエくんが愛してくれるんだねvv》
 「さ〜え―――vv」
 どごどごっ!!















・     ・     ・     ・     ・






 同時刻。彼らのいなくなった世界で。
 「秀吉様! 小栗栖の土民が光秀を仕留めたそうです!!」
 「ふーん」
 「さっそくご確認を―――!!」
 「いい」
 「は・・・?」
 「光秀なんでしょ? ならそれでいいじゃん。わざわざ俺が確認しなくても」
 「ですが、仕留める過程でいろいろあったらしく顔からは判別出来ないそうです。鎧兜で確認しましたが、ここは光秀とよく面識のある秀吉様が―――!」
 「もっとヤだよ。そんなぐちょぐちょ死体じっくり見んの」
 「まあ、確かに・・・・・・。私も確認すんの嫌でしたが・・・・・・」
 「ならいいでしょ?
  んじゃ俺そろそろ寝るから。おやすみ」
 「はあ、おやすみなさい。
  ――――――ってちょっと殿〜〜〜〜〜〜〜!!!」





・     ・     ・     ・     ・






 縋りつく家来を振り切り部屋へと戻る。もちろん戦の最前列である以上、部屋とはいっても幕で仕切った程度だが。
 戻り―――
 「これでいいの?」
 「うんいいよ。ありがと」
 秀吉の質問に、彼とそっくりの少年は薄い笑みを浮かべた。
 見れば見るほどそっくりな少年。車輪と棒と板の組み合わさった妙なものに跨り突然現れ、驚くこちら完全無視でいきなり問い掛けてきた。



 ―――『光秀殺したい?』・・・と。



 殺したい―――ワケがない。自分にとって、本物の兄のような存在の相手を。
 だが殺さなければならない。それが信長の遺言。それが自分の務め。
 問いたのが他の者ならまだ普通に頷けただろう。
 『自分』からの質問。まるで心の中からもう1人の自分が出てきたようだ。
 葛藤する。この自分が。珍しい事だ。いつも決めた事に向かいそのまま真っ直ぐ突き進んでいたというのに。
 そんな悩みを見透かしたように―――いや『自分』なのだから見透かして当然か―――向こうは「へ〜え」と小刻みに頷き。
 続けた。



 ―――『助ける方法あるけど、乗る?』



 自分は乗った。乗ってしまった。
 それが正しいのかはわからない。ただ何も考えず、それが当然の結果だと定められていたかのように、頷いてしまった。
 そして、その少年の言ったのが今の提案。
 『これから「光秀」として運ばれる死体を本人だと言い切れ』。
 それで何が起こるかもわからない。自分がつくのが嘘か本当かも、結局確認しなかった。正直なところ、確認したくなかった。
 ・・・もしかしたら生きているかもしれない。そんな幻想を持っていたかった。
 「んじゃ、俺そろそろ帰るね」
 用件だけ済ませさっさと出て行こうとする(?)かの少年。その台詞で来た時と同じ物に跨るのだからそうなのだろう。
 「あ、ねえちょっと!!」
 「ん?」
 慌てて手を挙げ、秀吉は止まった。呼び止めたのはいいものの、何をどう聞けばいいのかそれも全くわからない。
 わからないことだらけだ。
 (なら、もう何もわかんなくてもいいかもね)
 だが、これだけは知りたかった。
 「ねえ、アンタ誰?」
 自分と同じで、それでも自分と違うこの少年。自分より子どもで、でも自分より大人な彼。
 澄み切った瞳で、どこまでも真っ直ぐ見つめる。
 この彼は、一体誰なのだろう・・・・・・?
 問う秀吉に、
 少年は頭に被っていた白く硬い頭巾―――スポーツ帽を少し上に上げ微笑んだ。





 「俺は越前リョーマ。未来のあの人の弟。
  バイバイ、過去の俺。生まれ変わったら、今度は本当の兄弟出来るよ。

  ・・・・・・いろいろ世話が焼けるのが欠点だけどね」



―――突発ラスト予想! ラスト

2006.1.2729