テニプリパロディ略してパロプリ劇場
―――スリップスリップ千石次第!―――
第8回―――3
6月2日、夜明け前。
大軍を率いてやってきたリョーガを、本能寺近くの暗がりで眺めている者がいた。
「来たぞご主人様」
呼ばれ、本能寺を見ていた佐伯は逆方向に頭を向けた。
手を目の上にかざし遠くを見る。たいまつを掲げこちらへやってくる一団は、さながら炎の川のようだ。
「わ、お。
随分団体さん引き連れてきたなあ。さすが卑怯上等の光秀様。1000倍近くの戦力差か」
「戦力差なら万倍超えるだろ? 信長陣で戦えるのは信長本人だけだ」
「それはどうかなあ?」
「何?」
木手にわかるよう、目線で指す。自分たちよりさらに寺近く―――いや最早入り口で同じく見張っている者を。
「跡―――」
「『あと』?」
「・・・・・・・・・・・・あんぽんたんか。何をやってるんだ?」
「そりゃ決まってるさ。歴史破壊だ」
「何だと?」
今度は答えず、凭れていた木から身を起こし。
「さってそろそろ回収するか。あのまま放っておくとさすがにもうすぐ巻き込まれる。
焼死ならまだしも、馬に轢かれたり人に踏み潰されたりして死んだ日には浮かばれないだろあんぽんたんも」
「お前にそう呼ばれ続けるよりは浮かばれると思――――――では行くか」
・ ・ ・ ・ ・
「ちっきしょ〜。やっぱ来ねえか・・・」
入り口に隠れこそこそきょろきょろ外と中を伺う跡部。ひたすら不審な行動をしているところからわかるように、光秀軍が押し寄せてくるのに従い注意力はどんどん散漫になっていた。
だからこそ、
「―――そこで何やってんだ景吾?」
「うおっ―――!!」
「馬鹿静かにしろ・・・!!」
後ろから近付いてくる気配に全く気付かず、素っ頓狂な声を上げすぐ口を塞がれるという情けない事態に陥っていた。
改めて後ろを向く。
「佐伯じゃねえか。何やってんだてめぇ?」
「それはこっちの台詞だ。こんなところで何やってんだよ?
―――なんて、悠長に話してる暇はないな。来い」
などという台詞を吐いておきながら、
「ちょ―――おい!!」
佐伯は跡部の腰を抱き近くの木の上まで飛び上がった。
適当な枝に着地。腰を下ろす佐伯の上に座るような格好となり、
「よし、これでオッケー」
「どこがオッケーだ! いい加減下ろしやがれ!!」
「ほら静かにしろって。あんまり騒ぐと次は全身拘束するぞ?」
「〜〜〜//!?」
この格好で抱き締めると。
宣言され、ようやく跡部は静かになった。赤い顔で舌打ちをする。と、
「―――見せ付けるのもその位にしろ」
「何手下1号? 刺激強すぎてちょっと感じちゃった?」
「戯言はいい加減に止めろと言っているんだ・・・!!」
「『手下1号』? って事はかの服部半蔵か? てめぇが?」
「・・・・・・。そうだが?」
佐伯にはボロクソな扱いを受けているが、跡部に驚きの顔で指差されいい気になる木手。少し胸を張ってみたりして・・・、
「そーかそーか。まあ今は散々な目に遭ってるだろーが後の世にはもう少しまともなヤツとして有名になれるからな? その時まで気をしっかり持てよ?」
「ああ慰めありがとうな・・・!!」
・・・ぽんぽん肩を叩かれ同情され、覆面の下で青筋を立てた。なおもし彼がこの覆面を取っていたら・・・・・・より同情を買えただろう。
「で? 話戻すけどお前一体何やってんだ?」
「決まってんだろ? 信長説得して逃げてもらうんだよ」
「で? 成功したのか?」
「ぐ・・・・・・」
盛り上がりも身もフタもなく問われ、跡部が撃沈する。
「だから、これから無理やりにでも逃がすんだよ!」
吐き捨て、
「だから、てめぇもついて来るよな? 佐伯」
「は? 俺が? なんで?」
「信長様が逃げて下さらなかったら俺も最後まで残って一緒に焼け死にそうだな〜」
指を絡めそんな事を言い出す跡部に、佐伯はやれやれと手を上げた。
「わかった。ついてくよ。
ただし―――
―――本当に危なくなったら、気絶させてでも連れ出すからな」
「いいぜ?」
・ ・ ・ ・ ・
佐伯と木手(ともちろん千石)を従え、再び御殿に戻ってきた跡部。見たのは、
―――白装束に身を包み、刀2本を脇に置き待機する信長だった。
正座をし、真っ直ぐ前を見つめる信長。果たしてその目で待ち構えているのは一体誰か。
恐る恐る近付き、声をかける。
「何・・・やってんだてめぇ?」
「いよう! 跡部君! また会ったね〜」
「・・・・・・一気に貫禄失せたな」
げんなり跡部が崩れ落ちた。
笑顔で手を上げ挨拶した信長は、その手で跡部の傍に控える2人―――佐伯と、さらに無理やり連れて来られた手下1号を指した。
「今度はえらく団体さんで。そっちはお付きの人かい?」
「俺たちは影のようなものです。お気になさらないでください」
「いや今の説明で何をどうやったら気にせずにいられるよ・・・?」
「んじゃ気にしねーで先行くが―――」
「しねーのかよ!?」
されない事になった。
「逃げねーのか?」
答えを期待しない問いを放つ。予想通り、信長は軽く首を振るだけだった。
「死ぬつもりか?」
「ああ」
今度は返事をされた。
「どうやら跡部君。お前さん、随分頭回るみてえだなあ。
気付いてんだろその様子なら?」
「壮大な自殺計画についてか? なら気付いてる」
「なら、
―――死なせてくれねえか?」
力無いような、力強いような声。生きる気力を失くした弱さと、そう決断した強さ。
跡部を見やる信長。その顔には、肩の荷が下りたような穏やかな笑みが浮かんでいた。
なぜこんな顔が出来るのだろう。
彼は、なぜ己の手で己の命にピリオドを打つのだろう。
疑問が顔に表れたか、信長は今度は声を上げて笑い出した。
「いやいや悪りい。いきなりンな事言われたって驚くっきゃねーよな?
まあ話すと長いようで短いんだが―――」
そんな前置きを入れ、話し出した。誰も知らなかった真実を。歴史の裏に隠された、織田信長の死の真相を。
「俺の夢は天下取る事、天下統一だ。俺はそのために今日まで生きてきた」
「そりゃ知ってる」
「ほお。ならどこまで知ってる? どこまでわかる?」
「・・・つまり?」
信長の軌跡を言えと。そんな質問ではないだろう。
眉を顰めた跡部に満足したのか、信長はうんうん頷き、
「天下統一。口にするのは容易い。説明するのもな。
―――邪魔者をねじ伏せ斬り倒し踏み越える、と」
いたずらっ子のような笑みで言う。冗談とも本気とも取れない事を。
「最初はまあ、理想だのいろいろ持ってやってきたワケだ。俺もな一応。
やってみての俺の感想がコレだ。結局天下統一ってのは、自分以外の全てを否定する事なんだな」
それはそうだろう。支配というのはそういうものだ。
自分の敵を排除していけば、最後に残るのは味方だけだ。自然とみんな味方につく。己の意見を捻じ曲げて。
「まあ、それ自体は納得してたからいいんだ。今更悔やんだところで元にゃ戻らねえし、それこそ今まで踏み台にしてきたヤツらに申し訳ねえだろ?」
「だな。散々好き勝手やってきたクセに最後の最後で反省したなんつー自分勝手な意見飛ばしやがったら、俺なら地獄からだって舞い戻っててめぇぶん殴ってやるぜ」
「おお怖ええ。君なら天国に行くだろうけどな。
んで全部は納得ずくでやった事だ。だがな―――
―――天下統一目前で、俺はようやっと気付いた。
振り返ってみりゃ俺の歩いた道にゃ、死体と俺を恐れる手下しかいねーんだよな」
「んじゃあ・・・・・・」
「思うんだよな。もしこのまんま天下統一出来たら、そしたら俺にゃ何が残る? 俺にひれ伏すこの国か?
夢に向かって歩くのは大事だっつーが、夢が叶うってのは残酷なモンなんだな。その先どこに向かって歩きゃいいのかわかんねえ。
他のヤツならまた他の道があんだろーな。次の夢に向かう・他の誰かのために生きる・どこまでも自分を貫く。
―――俺にゃ何があるんだ? 何があると思う? なあ跡部君」
「・・・・・・・・・・・・」
問われても、跡部に答えられるわけがなかった。今日、それも数時間前1度接触しただけの相手だ。その相手の人生を自分に決める事など出来ない。いや、
(俺が俺以外のヤツの人生なんて、決められるワケねえだろ?)
自分は自分、人は人なのだから。人を支配出来るほど自分は完全なる存在ではない。絶対ではない。
口を開いたり閉じたり。結局その間から吐息しか洩れない跡部をそれでも暫し見守り、
続ける。
「だから、ここで終わりにしようと思うんだよな。
今終わりにすりゃ、俺は永遠に『天下統一』っつー夢に向かって走り続けられる」
「・・・・・・・・・・・・・・・2つ」
かろうじて言葉を放った跡部。その口から出たのは、答えではなく質問だった。
「ん?」
目を広げ先を促す信長に、問う。
「1つ。
アンタが死にたがってんのはよくわかった。
―――なんで光秀に殺させる?
死にてえんなら、普通に自害すりゃいいだろ? そのための準備も出来てるみてえだし、まさか自分でやんのが怖ええなんつー、しょーもねえ理由でもねえみてえだし」
「あ〜・・・・・・」
信長が照れ笑いを浮かべ鼻の頭を掻く。
「この織田信長が自害なんて、みっともなくてしゃーねえだろ?
敵に襲われて殺されたって方がまだカッコつく。それにその方が後々面倒も少ねえだろーしな」
「殺したヤツが跡を継ぐ、か。
その方式はわからねえでもねえが、ならなんでそれが光秀なんだ? 秀吉とか他のヤツでもいいじゃねえか。
ぶっちゃけ俺は、光秀のヤツが天下取れる器だとは・・・とても思えねえんだがな」
実際光秀は取れはしなかったのだが、それがリョーガだと尚更思う。
なにせ味方1人満足につけられないヤツだ。人望がないから――――――ではない。
本当に不思議そうに首を捻る跡部。信長も豪快に笑い、
「俺もそう思うぜ。
アイツはちっと優しすぎる。頭は悪かねえんだが、人を従わせんのが大の苦手だ。嫌がられたら『じゃーいーや』であっさり引いちまうし、出来てせいぜいお飾り代表か」
「なら―――」
「だが、そう思うって事は君も相当アイツについて知ってるって事か。そういや『友人』だったっけか」
「まあ、な」
「だったらアイツんトコの家来見たか?」
「・・・・・・・・・・・・」
思い出す。7年前。自分が『光秀』に初めて会った時。
軽い挨拶で飛び蹴りを喰らわせれば本気で怒り、
心配から反論。それでもした事はきちんと詫び、
そして頼りにされれば喜んで。
思い出す。つい最近。再び説得に行った時。
無礼な自分にやはり怒り、
言う事には絶対服従、
そして―――命令を無視し己の命を投げ出してでも、リョーガを守ろうとした。
感嘆のため息を吐き、
「最高の家来だな。あの大将にしてこの家来あり、ってトコか」
「だな。俺もそう思ったぜ。あそこは大将と家来っつーより、全員『仲間』って感じだった。
こないだ、中国遠征命じた時に見たんだがよ・・・。
―――目が覚める思いだったぜ。あんな上下関係ってのもあったんだな」
「んじゃアンタが人生振り返ったのって・・・」
「アイツを―――アイツらを見たから、だな。
アイツらを見た。俺らを見た。何だこの違い? 目指してんのは同じトコだってのに、なんでこうも違うんだ?
それで、気付いちまったんだよな。アイツらと俺らの―――いや、アイツと俺の違い。
――――――俺は、ちっと夢に取り付かれ過ぎちまってた。前ばっかり見てて、周り全然見てやれてなかった」
はーっと長く、信長が息を吐いた。
再び穏やかな顔を浮かべ、
「だからな、最期くらいは俺も周りの事見ようかと思ってな。
アイツは確かに上に立って天下治めるにゃあ器がちっちぇえ。だが、
―――アイツみてえなヤツがいるんだったら、統一した後も安泰だ。屈服させるしか出来ねえ俺がいるよりゃずっとな」
「なら、アンタが治めて側近に光秀置きゃいいじゃねえか。
アンタは無理やりしか従わせられねえ。光秀は無理やり従わせられねえ。
2人一緒にやりゃ完璧じゃねえか。他のヤツにいいように利用されるよりゃ、光秀だってそっち望んでんじゃねえのか?」
跡部の提案に、信長はきょとんと目を見開いた。
噴出す。
「なーるほどな! ンな手もあったか!
今まで天下統一っつーと1人でやんねーといけねえ気がしたが、そういや誰かと一緒にって案もあったんだな!」
「なら―――!!」
「―――が、遅い。
1度襲われて逃げ出した俺が返り咲けるワケねえだろ。出来てアイツの手下までだ」
「それは・・・・・・」
「それに、今更襲ってくる軍止められやしねえぜ?
ほらもう来たぜ」
「っ―――!」
地響きが伝わる。馬の駆け足か、人の行進か。
風切り音が聞こえた―――気がした。焦げ臭い臭いが漂い始める。
「寺燃やす気か!?」
慌てて跡部が立ち上がりかける。歴史でそう伝えられている事を忘れていたワケではないが、まさか本当にそんな手に出るとは思ってもいなかった。
―――こんな、残忍な手に。
驚き、怒りに燃える彼へと、
解説を加えたのは今まで黙っていた佐伯だった。
「一番確実な手だ。
夜明け前なら大体まだ寝てる。起きてても集中力は切れてるだろうから、すぐには対処出来ない。一網打尽に出来る。
仮に逃れたとしても火傷や呼吸困難、その他諸々で戦闘力は大分下がる。
自陣の被害を少なく相手を殺すには恰好の策だな」
「なるほど。アイツらしいやな。
どうせ知ってんだろ。小姓らも逃がした。今火ぃつけても燃えんのは俺1人、ってな」
満足げに頷く信長。
正面に顔を戻し、
「で?」
「・・・・・・あん?」
「2つ目だ。跡部君、質問は2つあったんだろ?
どうせこの際だ。全部答えてやるよ。まあ、
・・・・・・お前さんらは死なねえように、早めに逃げろよ? 俺のワガママの、巻き添え食う必要はねえ」
「もちろんそうさせてもらうつもりだ」
「おい佐伯!!」
「お前だってそうだろ景吾? 今ここでお前が死ぬと、光秀の助け手がいなくなるぞ?」
「・・・っ!」
歯軋りする。佐伯の言う事は尤もだった。
舌打ちに変え、
「んじゃ2つ目な。
―――アンタのそんな気持ち、秀吉のヤツは知ってるのか?」
―――『では、秀吉様は光秀様を止めようとも信長様を助けようともしない、と?』
『そう言ってんじゃん。
ああ、光秀には感謝するかな? 信長殺してくれて。おかげで俺も天下取れるし』
『おかげで俺も天下取れるし』。
あくまで天下統一が主目的ではないらしい。なら秀吉は何を狙って謀反を黙認する?
あの時は怒りに身を任せロクに考えもしなかった事。
―――もしも秀吉が信長のこんな気持ちを知っていたとしたら?
(だから止めねえってか。
ったく、だったら自分で直接やってやれよな)
信長が目を見開いた。直接言ってはいない、という事か。
「アイツ、秀吉のヤツ・・・・・・気付いてたってか?」
「多分な。直接は言ってねえが、謀反は止めねえだとよ」
「頼みに行ったってのかい? 君が?」
「その他いろいろやってきたぞ? 仲間減らしてきたり、協力要請の書状捨ててきたり」
「ひっでえ『友人』だな〜!!」
「何とか止まんねーかと思ってな。ま、全部無駄だったようだが」
煙が隙間から入り込んでくる。パチパチと、木の爆ぜる音が鳴り出した。
その中心で、それとは無関係な空間が広がる。
「そうか・・・。秀吉のヤツ、気付いてたか・・・。
誰にも言った覚えはねえんだがな・・・・・・」
「多分、だからだろーな。そういった話、秀吉のヤツ俺にゃ欠片も話さなかったしな」
「ん?」
「アンタに哀れみかけねえようにするためだろ。最後まで憎まれ口で通しやがった。
―――そんな風に、見られねえための芝居だろこりゃ?」
「ほお・・・・・・」
「アンタが思ってるほど、アンタにゃ何もなくはねーんじゃねえのか?
少なくとも、秀吉はアンタの意思汲み取った。それに―――」
「それに?」
言葉が消える。
思い出すのは、もう1つの事。
―――『1つだけ言っといてあげるよ。
殺すんならためらわない方がいい。そういう風にためらうから、結局負けるんだよ。アンタも、光秀も』
(これに、『負ける』ってか)
見やる。『これ』―――全ての元凶、信長を。
光秀は、リョーガはどうなのだろう? これが罠だと気付いているか? 気付かずチャンスだと攻めてくるのか?
(いや・・・気付いた、か。アイツなら)
気付いたから、その願いを聞き静観を決め込んだ秀吉。
気付いたから、その願いを聞き自らの手で終わらせるリョーガ。
2人の違い。自分が動くか、動かないか。
(殺しをためらうヤツは、死にたがりを生かすのもためらう・・・か)
秀吉はためらわなかった。死にたいなら死ね、生きたいなら生きろと。
片手で頭を抱え、ため息をつく。自分もまたためらっている。信長を、助けるか、このまま死なせるか。
勝者に敗者の現状を伝えたところで意味はない。信長もわかっている―――知っているのだろう。自分が言うまでもなく。
信長が軽く息をついた。会話終了の合図。
顔を上げる跡部の前で、言った。
「そっちのお前さん―――佐伯君、だったか」
「はい」
「お前さん、影のような者だ、っつったよな」
「はい」
「なら丁度いい」
「お前さんに、介錯頼めるかい?」
―――第8回 4
2006.1.23〜24