テニプリパロディ略してパロプリ劇場
―――スリップスリップ千石次第!―――





第8回―――4


 「介錯、だと・・・・・・?」
 「つまり切腹時の首斬り役だな。確実に自害を行うための補助役で、さらに病人などに付き添う人の事も指す」
 「知ってるわンなモン!!」
 こんな時でもボケを忘れない佐伯に、こちらも突っ込みを忘れない跡部が突っ込む。
 そして肝っ玉の据わりきった信長は当然のように全てを軽く流し、
 「本当は、出来るんなら跡部君に頼みたかったんだけどな。
  その様子じゃ、やらせんのも酷だろ。
  ・・・・・・君もやっぱり、優しすぎる」
 刀の一本を佐伯に渡す。普段腰から吊っている方。
 一礼して受け取り、佐伯が鞘と柄を持ち両手を広げる。するりと抜ける刃。随分いいものだ。造りももちろん、扱いも手入れの仕方も。
 今まで幾人もを斬り裂いてきたであろうこの刀。最後の仕事は己の主を斬る事か。
 信長が、手元に残った短刀を抜く。こちらは使った形跡のないもの。当たり前だ。武士が懐に忍ばせている短刀は切腹用。人生で使うのは1度きりだ。
 そして今が、その時。
 「ちょっと待てよ信長も佐伯も!! 何で普通に死ぬ方で話がまとまってんだよ!?」
 「元からその予定だったからだろ?」
 「そりゃ確かにお前らはそうかもしんねーけど!
  だったらそれ止めるために今まで動いてた俺の立場はどーなんだよ!?」
 「確かにお前は今日まで頑張って右往左往してきたが―――」
 「それぜってー意味違って言ってんだろ!!」
 「そのままの意味で言ったぞ?」
 「尚更悪いわ!」
 「―――が、既に信長殿はそう決めておられる。お堅い決意だ。俺たちにもう止める事は出来ない」
 「・・・端から止める気0だったじゃねえかてめぇは。その台詞は努力したが駄目だったヤツが言うんだぞ?」
 何だか笑い泣きしたい気分で呟く。外で待たせておくと逃げに成功した時邪魔されそうだったので連れて来たのだが・・・・・・
 (連れてこねー方がよかったなこりゃ・・・・・・)
 摩訶不思議な佐伯マジックだ。ここまで好き勝手に動かれると、いっそ自分もそれでいいような錯覚を覚え始めてくる・・・。
 「・・・・・・・・・・・・ってだからそーじゃねえ!!!!」
 萎えた気力を一気に戻す。地団駄を踏んで暴れ出す跡部になぜか手下1号も激しく頷き、
 「おいだから信長も!! 逃げるって約束したじゃねえか!! 逃げ延びて俺の事抱くって!!」
 ・・・そして激しく顔を引き攣らせた。さすがに佐伯も呆れ返る。
 「お前そんな約束したのか?」
 「いいじゃねえか! 逃げ延びんのが目的なんだからよ!! 手段なんぞ選んでられっか!!」
 「手段選ばないんだったら、いっそ光秀もたらし込んだらどうだ?」
 「嫌に決まってんだろーが」
 「・・・難しいモンだな」
 「つーかそりゃてめぇがやれよ・・・」
 結局萎えきり続くだらだら会話。
 終わりなきそれに、制止は意外なところからかかった。
 「―――まあいーじゃねえか跡部君」
 「・・・・・・ああ?」
 己の腹に刃先を突きつけた信長が、笑って言う。
 「こりゃ俺の最期のワガママだ。抱かれる代わりに、俺の死に様、見届けてくれねえか?」
 「なん、で・・・・・・」
 「ホントはな―――ってさっきもそう言ったが。
  君らが来なけりゃこの役目は光秀にやらせようと思ってた。俺の屍を乗り越えろ。必ず天下を取れってな。
  だが―――」
 「光秀にやらせるのもまた酷だ。だから行きずりで何の関係もない、そして如何にも殺しを請け負いそうな俺に任せた、と」
 「ほうほう。お前さんも頭が切れる。でもってやっぱべっぴんさんだ。
  類は友を呼ぶんだねえ」
 横に立ち続ける佐伯に、信長はやはり笑う。
 にやりと。
 「それに、





  ――――――強いて言や、光秀思いのお前さんの方がこの役は相応しいかと思ってな」





 佐伯の手が、止まった。
 何で? 目がそう問いている。
 「伊達に俺も年取ってねーんでな。
  お前さん、なんで俺の自害に積極的だ? 介錯やんのに断んねえ?」
 「それ、は・・・。
  歴史通り進めようと・・・・・・」
 「『歴史通り』。つまり未来そうなる。
  って事はお前さん、光秀のヤツと同じ未来人か。この調子だと跡部君も」
 「・・・・・・ああ」
 「なら、出てるワケだ。極めて近い未来、光秀が俺を殺す、と。
  ――――――お前さん、光秀にその役やらせたくねーんじゃねえのか? だから自分が代わりに請け負おうと。違うか?」
 「な・・・・・・・・・・・・」
 声を上げたのは跡部だけだった。佐伯は何も言わない。
 今ここで佐伯が何をしたとしても、光秀が信長を殺すという歴史には変わりはない。直接手を下すか、それともその事実だけを得るかの違いだけで。
 たとえ自害の手伝いだとしても、リョーガはその罪の重さに耐え切れないだろう。それでありながら、これだけの思いを、覚悟を、決して拒否する事は出来ない。
 (佐伯は、全部見越してた・・・ってのか)
 表面的にしか考えず、ただ止めるためにしか動かなかった浅はかな自分。それに引き換えこの2人は、どれだけリョーガの事を想っているのだろう。
 何も言わない佐伯に、信長も何も言わなかった。
 ただ黙って頷き、
 「お前さんみたいなのが光秀の想い人でよかったぜ。これで安心して俺も死ねる。
  いろいろ頼りねートコとかあるだろうが、よろしく頼むぜ? 佐伯君」
 実に嬉しそうに笑う。まるで花婿を前にした花嫁の父のようだ。・・・・・・いやこれだとまず花婿殴るのか(偏見)。
 佐伯も無言で瞳を閉じ頷いた。
 「さて、長くなっちまったな。
  これ以上ここいるとさすがに危険だろーよ。手早くちゃちゃっと頼むぜ?」
 「では―――」
 佐伯が刀を振り上げる。信長も俯き頭を差し出し、短刀を持つ手に力を込める。
 跡部は信長に言われた通り全てを見ていた。せめてこの神聖な場を悲鳴で穢したりしないよう、きつく歯を食いしばる。
 そこで、佐伯がふと言った。
 「介錯をする前に1つ、無礼を働く事をお許し下さい」
 「・・・・・・・・・・・・ああ?」
 顔を上げる信長。彼が見たのは、
 ―――にっこりと笑う佐伯だった。
 「ハッ!」
 佐伯の気合の声が広がる。信長が短刀を腹に突き立て、耐え切れず跡部が固く目を閉じ―――
 ―――そのどれよりも、佐伯の行動は速かった。





 ごがきん!!





 「どおおおおあああああああ!!!!!!」
 ずざざざざざざざざぁっ!!!!!!!
 掛け声と共に1歩踏み出し体を捻り、峰によるフルスイングでの攻撃を放った佐伯。側頭部を強打され、悲鳴を上げて信長が吹っ飛んだ。
 吹っ飛ぶ信長を見送り、跡部と木手がそれぞれ一言。
 「確かに、すっげー無礼だったな」
 「そういう問題、なのか・・・・・・?」
 「―――っていきなり何しやがる!!」
 復活した信長様。佐伯に詰め寄る様に奇妙な既視感を覚えるのは、その仕草がリョーガとぴったり同じだからだろう。さすがそっくりさん親子。
 その鼻先に、(今度はちゃんと)刃を突きつけ、
 「いい加減にしろこの甘ったれが。
  死にたいなら勝手に死ね。死んでまで人様に迷惑かけるなうつけ者」
 「え・・・、な・・・・・・。
  は・・・・・・?」
 突然の佐伯の豹変。二重人格構造に慣れていない者にはさぞかし衝撃的に映るだろう。こちらの面ばかりに慣れきった木手はむしろ安心したようだが。
 慣れずまともに呑まれる信長。突っかかった勢いはどこへやら、一歩踏み出す佐伯に同じだけ下がっていった。
 片手で全く震わせず、それ以上に震えない声と眼差しで佐伯が詰め寄る。
 「夢が叶うのが嫌だから死を選ぶ? 独りきりだと孤独を噛み締めるのが嫌だ?
  ああ結構。自分で選んだ幕引きだ。どうぞご自由に死んでくれ。一同拍手で見送ってやる」
 「お、おい・・・・・・」
 完全ブチ切れモードの佐伯様降臨。元々止める気はなかったとはいえ禁句のオンパレードに、さすがに跡部らも止めようかと思い―――刃と目線で威嚇され引っ込んだ。信長が恨めしげに見るが、まあこれも自業自得。諦めて佐伯の制裁を受けていただこう。
 「それで? 死のうと思ったお前が選んだのがこの自殺劇か?
  光秀に跡継がせるだと? ふざけるな。
  ―――それでお前『殺した』光秀がどうなるのか知ってるのか!?」
 「な・・・・・・?」
 もちろん知るワケがない。きょとんとする信長の襟元を、刀を放り捨てた佐伯が掴み上げた。
 そのまま片手で捻り上げ、顔を近付ける。
 「謀反を企てお前を殺した犯人としてなあ! アイツは秀吉軍に追われて最期は落ち武者狩りに遭って殺されるなんていう惨めな結末迎えるんだぞ!? それも今日からたった
11日後の事だ!!」
 「何!?」
 驚く信長を―――その向こうに今から彼を殺すリョーガを見て、佐伯は哀しげに首を振った。
 「殺される瞬間アイツは何考えるんだろうな。やっぱ謀反なんて起こさなけりゃよかった、か?
  ―――まさか思わなかっただろうなあ。その『謀反』ですら、お前が仕組んだのに乗せられただけだなんて。
  乗せられた方が悪い? 計画立てたのは事実?
  ―――そもそもの計画立てさせたの誰だ? そう促しておいて実際やったアイツだけの責任に出来るか?
  光秀だって、お前が自殺計画なんて企てなけりゃ乗らなかっただろうな。お前が普通に天下統一してりゃ、謀反起こす事もなくずっとお前についてってただろうな」
 「けどよ、アイツだって・・・・・・」
 「天下狙ってた? かもな。
  けどアイツはお前を殺してまで成し遂げようとしてたか? お前にとってアイツは『敵』だったか?」
 「・・・・・・・・・・・・」
 信長の視線が逸れる。佐伯の視線も逸れた。
 跡部の方をちらりと見て、
 「さっき、お前が言いかけて止めた事、俺が代わりに言ってやる。
  コイツにはもうはっきり言ってやらないと駄目だ。コイツは何もわかってない」
 信長へと戻る。
 「秀吉はお前の計画に気付いてた。





  ――――――光秀も気付いてたとは思わないのか?」





 「―――っ!」
 「それでも光秀は乗ったんだぞ? お前のこの馬鹿馬鹿しい遊びに。
  そんなアイツにお前は何をする? 『俺の屍を乗り越えろ』? 『必ず天下取れ』?
  ―――取れないんだよお前を殺したせいで!! お前のワガママが他の誰でもない、光秀破滅に追い込んだんだよ!!
  乗り越えて欲しいんだろ!? お前が光秀踏み潰してどうする!!
  何にもないっていうお前をそれでもアイツは慕ってんだぞ!? こんな芝居に付き合っちまうくらいお前の事大好きなんだぞ!?
  お前の今やってる事はアイツに対する最大の裏切りだ!!」
 勢いに任せ腕を振るう。掴んだ信長を放り捨て。
 それでもまだ佐伯は止まらない。
 「自殺はカッコ悪い!? ああカッコ悪いよ!! 今のお前最高に!!
  何自分の死人任せにしてんだ!? しかもその後の事は何も考えずか!?
  天下の信長様がまさかここまで無責任男だとは思わなかったよ!!
  カッコ良く死にたいんだったら、こそこそこんな所でやってないで関係者全員集めてその前で死んで来い!!」
 静まった場に、佐伯の荒い息遣いだけが響く。他には何も聞こえなかった。建物の燃える音も、外からの声も。
 まるで永遠のような数瞬後、場が動き出す。
 佐伯が放り出した刀を鞘に納めた。言いたい事を言ってすっきりしたのか、部屋の隅まで後ずさった3人完全無視で爽やかに額の汗を拭っていた。
 すっ転んだままの信長の前に跪き、頭を下げる。
 「ご無礼、申し訳ありませんでした。ただどうしても、それだけはお伝えしたかったもので。お許しください」
 「い、いや、いい・・・・・・」
 信長がかくかく頷いた。多分ここで許さなかったら次何が来るかわからないからだろう。恐るべきへたれ根性だ。さすがリョーガの父(そっくり)。
 そんな、恐怖の象徴として世に名高い織田信長氏を言葉と睨みだけで怯えさせた佐伯は、
 顔を上げるなりこんな事を言い出した。
 「お詫びといっては何ですが、1つ小噺をさせて下さいな」
 「小噺って・・・・・・」
 「つーか、ンな事やってる間にマジで死ぬだろそろそろ・・・」
 「大丈夫。火を放ち燃え盛る建物に自殺覚悟で突っ込む大馬鹿野郎は、この場にはお前しかいないからな」
 「ついて来たてめぇも連帯責任だ!!」
 「大丈夫大丈夫。ちゃんと焼け死ぬ前に終わらせるから」
 「終わらせて逃げる事までやってくれな頼むから・・・・・・」
 一応釘を刺しておく。コイツに任せると死ぬ寸前まで話し続けそうだ。
 なおも説得力のない『大丈夫』を繰り返し、佐伯は信長へと向き直った。
 笑う。
 「いかがでしょうか信長様。明智光秀についてかもしれない話というのは」
 「『かもしれない』?」
 ぴくりと信長が眉を上げる。
 「うあ止めとけ・・・」
 《いやもー手遅れだって》
 遠くから聞こえるささやかな反論は無視し、
 佐伯は話を始めた。もちろんこの時点で既に、信長の拒否権は剥奪されていた。
 「信長様。『輪廻転生』という言葉はご存知で?」
 「死んでもまた違う存在として生まれ変わるってヤツだろ? 仏教の考え方だ。
  ま、俺はそういう理由で今の生に見切りつけたくはねえけどな」
 「それはそれは。結構な考え方で」
 「・・・・・・馬鹿にしてねえ?」
 「いえいえ。
  ところがこの輪廻転生―――なのか何なのか。面白い事に前の生で失敗すると、次の生でも同じ失敗を繰り返す傾向にあるようです。例えば光秀などが良い例で」
 「アイツが?」
 「貴殿がどこまで聞いているのかは存じません。もちろん聞いた事を馬鹿正直に信じろとも言いません。
  それらを踏まえて俺たち『未来人』。未来を先読みすると言われているようですが、正確には違います。
  俺たちは未来から来ました」
 「ほお・・・」
 「・・・不思議にゃ思わねーのか?」
 「思っても仕方ねーんだろ? どうせ訊いたって答えちゃくれねーだろーし、ンな悠長に話してる暇はさすがにねえだろ。
  それに―――」
 怪訝な顔をする跡部に信長は口を吊り上げ笑い、
 「『小噺』だろ? ンなモンに理屈求めちゃいけねえ。面白味が半減する」
 「いや俺らは別にアンタを喜ばせるためここまで来たんじゃねえんだがな・・・・・・」
 「まあそんな景吾のボヤきはいいとして。
  『未来』と一口に言いましても、俺とコイツが来た未来はそれぞれ別です。景吾は今から
400年ほど、俺は900年ほど先から来ました。
  さてここでお立会い。
  景吾のいる時代。俺のいる時代。それぞれにここで『明智光秀』と呼ばれる男とそっくりの者が存在します
 「ああ?」
 意味がわからず首を傾げる信長。
 大体意味のわかった跡部は、視線を送られ説明を受け継いだ。
 「俺のいる時代じゃ、そいつは『越前リョーガ』って名乗ってる。
  アンタにそっくりの親父さんと、秀吉にそっくりの弟と、それにもちろんお袋さんの4人家族だ。
  親父さんと一緒に弟からかい倒して、今で言う天下統一とはまた違うがやっぱ誰よりも上に立つ事目指してて、それはそれはごく普通に平凡な幸せ噛み締めてたな。
  だが何でだかある日それが不満になったらしい。家飛び出してっちまってな。
  散々いろいろやったんだが、ごたごたもあって結局家に戻る事にした。7・8年ぶりってトコか。
  そんなアイツを、家族は特に非難する事もなく受け入れた。まあ弟だけはどこで何やってたか詰め寄って、2度といなくなんねえように約束させたみてえだけどな。
  今じゃアイツは元の暮らしに収まってる。普通で平凡だが、幸せな・・・・・・な」
 信長は、何も言わずにじっと耳を傾けていた。
 佐伯に視線を送る。バトンを戻した。
 「俺のいる時代でもまた、そいつは『越前リョーガ』と名乗っています。
  ただし環境は全く別のもので、ロクな親に育てられず逃げる形で飛び出し、どん底の生活を続けていました」
 反応を示したのは跡部だった。初めて聞いた、
25世紀のリョーガの過去。
 無言で目を見開くこちらに気付いただろうが、気にせず進められた。
 「そんな中、アイツは1つの仕事を見つけました。そのいきさつに関してはまた別の話とさせて頂きますが、アイツはそれが天職だと言わんばかりに仕事に打ち込んでいきました。
  ところがこのリョーガ、今までどん底の生活を送っていただけあって世渡りはとことんヘタでした」
 「いやそりゃすっげー暴言だな・・・」
 「いやいや上手かったらもっと早く良くなってるだろ。
  頑張れど頑張れど努力に成果は比例せず。おかげで上には全く認められず、ついにアイツは会社―――ああ、勤め先の事です―――から首を切られてしまいました」
 「ほお、そりゃ災難だな」
 普通に受け止める信長。果たして『首を切られた』をどういう意味で捉えたか。いずれにせよ織田信長にとって役立たずはいらない、という事のようだ。
 「それで終わりだと話は早いのですが、切られかけたこのリョーガ、何と会社に逆襲してやろうなどと考えてしまったのですよ」
 「そりゃあもうどーしよーもねえな」
 「ちなみに信長様。貴殿の場合、このような部下はどうなさいます?」
 「仕方ねえから殺すか遠く追い払うかだろ。ンなので自分トコが危険になっちまってもなあ」
 「そうですねえ。会社が考えたのも同じ事でした。アイツを殺そうと。





  ――――――殺すために遣わされたのが俺なんですよ」





 「何・・・・・・?」
 反射的に出された声。そこに驚きの色はなかった。感情より先に声が出るほどの衝撃だったようだ。
 佐伯が微笑み、自分の胸に手を当てる。
 「実はですね。
  そのリョーガの勤める先、『タイムトラベル管理局』と言いまして、過去に何か異常が発生した際、足を運びそれを直す仕事をしています。
  今異常が起こっているのはこの時代なのですよ。リョーガが『明智光秀』という存在に成り済まし行動しています。
  俺はそれを止めに来ました。歴史通り、この後秀吉軍との戦いに負けさせ
11日後殺すために」
 「けどお前さん、アイツ―――光秀っつーか『リョーガ』だっけか? とにかくアイツの事、好きなんじゃねえのか?」
 震える声で問う信長に、
 佐伯は言った。笑顔のまま。










 「だから?」










 「は・・・・・・?」
 「だから? それが何でしょう?
  目的のために邪魔な存在は排除する。貴殿と同じなのですよ信長様。
  貴殿は、己が殺す相手に対し恨みなど抱いておられましたか?」
 「い、や・・・・・・」
 「たとえ何も思わずとも、それどころか見ず知らずの相手でも。
  それでも目的のため容赦なく殺す。
  ―――同じじゃありませんか? 仕事のためなら恋人でも殺す俺と」
 「・・・・・・・・・・・・」
 黙り込む信長。佐伯も黙り込む。肯定否定、どちらか答えない限り先に進める気はないようだ。
 暫し考え、信長が選んだのは更なる疑問だった。
 「お前さん、それでいいのか・・・? 恋人殺す事になって・・・・・・」
 聞き、
 突然佐伯が笑い出した。狂ったように笑う。
 「いいワケないじゃないですか! どこの世界に喜んで愛する相手殺すヤツがいるんですか!? 俺だって出来るならしたくないですよ!」
 「なら―――!!」
 「誰がそういう事態に追い込んだんですか!? 貴殿ですよ信長様!
  貴殿がこんな間抜けな自殺劇考えた―――その手伝いをアイツにさせたから、俺はアイツを殺すハメになったんですよ!!
  なぜ普通に天下統一をして下さらなかったのですか!? なぜ普通に死んで下さらなかったのですか!?
  そうすればアイツは『親』を殺し『弟』に追われ狙われ、そして恋人に殺されるなんて哀れな結末を迎えずに済んだんですよ!!」
 「――――――っ!!」
 「貴殿の馬鹿げた遊びがアイツの人生を狂わせた。
  貴殿が今ここで死ぬせいで、アイツの命は後
11日。俺はその日が永遠に来ない事を祈りながら刀を研ぐんですよ。せめて少しでも苦しませないように。俺にはそんな事しか出来ないから。
  貴殿を今ここで殺せば全てが変わるというのなら、俺は喜んで貴殿を殺しましょう。
  貴殿に恨みはありません。ですがそれでアイツが助かるのなら、俺は貴殿を殺します」
 静かな物言い。だがそこに秘められた殺気は本物だ。
 誰も何も言わないうちに、佐伯は己でそれを御した。
 最後に〆る。
 「先ほど、貴殿は俺に、俺が貴殿の介錯を請け負うのはアイツにやらせたくないためだ、と仰られましたよね?
  正解です。アイツに貴殿を殺させたくはない。
  ―――アイツに『親殺し』をやらせたくはない」
 「俺とアイツが親子だって話か? だがそりゃ違う世界―――未来での話だろ? しかも今『光秀』やってるヤツにゃ関係ねえみてえだし」
 「でしょうね。実はアイツ、とっくに本物の親殺してるんですよ」
 「な―――?」
 さらっと言われた事に、跡部が横槍を入れた。話の腰を折るが、そこはどうしても聞きたかった。
 「殺しただと?」
 「アイツが何であんなにケンカが強いか、考えた事ないか?
  親に毎日暴力振られてな、いつか殺してやるって、その一心で強くなったんだよ。
  そして実際殺す事で、地獄からの脱出を図った。その先に待っていたのが天国かは知らないけどな」
 口調が戻る。
 「しかしそんなアイツ、ちょくちょく見てはいましたが、
  ―――随分貴殿に懐かれているようですねえ、信長様」
 「そう、か・・・?」
 「ええ。まるで本物の親子のようです。
  ところで俺、少し景吾が言うところの『越前リョーガ』を見た事があるんですよ。
  驚きましたねえ。確かにそっくりで。見た目だけでなく中身も。入れ替わったとしたら、俺に区別がつくかどうか」
 「確かにな。俺も区別つかねえだろーな」
 《俺はわかるよ。えっへん》
 (はいはいてめぇは黙ってろ)
 「ぜひ一度、貴殿にも逢わせてみたいですね。ここまで似ていると信じてしまいますよ。生まれ変わりではないのか、って。
  ・・・・・・アイツはなぜ貴殿にそこまで懐くのでしょう?
  魂の奥底に、残っているのではないでしょうか? 貴殿と親子であった記憶が」
 静かになる。何となく上に向いていた視線を戻し。
 「俺の話は以上です。
  さて信長様、あとは貴殿がお決め下さい。俺に殺されるか、光秀に殺されるか、それとも、生き延びるか」
 『生き延びる?』
 3人の声が重なった。
 「どうやってだ?」
 代表して跡部が問う。もちろん自分も生かすつもりだったが、ただ逃がすだけの自分とはまた違うらしい。それこそ歴史を狂わせる事を、わざわざ佐伯がするワケがない。
 「犯罪者がよく使う手だ。お前の時代でもあるだろ? 追っ手を逃れて・・・」
 「高飛び―――南蛮か!」
 「なるほど。堺に南蛮貿易の港がある。そこに行き乗せてもらうという手か」
 「いかがでしょう信長様? 聞いた話では確か、信長様は南蛮かぶれだ・・・とか」
 視線で問う佐伯に、信長がこくりと頷く。
 「だが・・・・・・行ける、のか?」
 信じられない眼差し。それもそうだ。まずこの火事を逃れなければ。それが出来たとしても、逃げたとわかれば光秀は追っ手を放ってくるだろう。
 見つめられ、
 佐伯は笑って頷いた。
 「もちろん。
  ―――という事で卒業試験だ手下1号。全員使って信長様を堺までお連れしろ。船に乗せるまで出来たら合格だ」
 「馬鹿な。この軍の中を潜り抜けろだと? 大体俺たちがお前の言う事を聞く必要がどこにあるさ―――」
 「『さ』?」
 「――――――ご主人様」
 「よしよししっかり教育出来たな。
  それが出来たら『卒業』だぞ?」
 「―――!!」
 (『卒業』・・・。これでもう佐伯にいびられたり扱き使われたりせずに済む・・・!!)
 ―――といった、木手心の中の歓喜をしっかり読み取り、千石はそっと佐伯に伝えた。意味もなく相手を陥れる。佐伯・白石と並んでS3強の一角と恐れられる千石の本領発揮である。
 佐伯が笑みを更に深くし、
 「それとも一生俺に学びたいと? お前も好きだね〜」
 「違う!!」
 「ちなみに失敗したら『手下』改め『金魚の糞』に格下げする。もちろん卒業も先送り。晴れてお前らは俺の元で1以下から再教育、と。
  ・・・ああお前は再々教育か手下1号」
 「わかった承ろう。
  では信長殿。ここからはこの私、服部半蔵が貴殿を堺まで送り届けます」
 「おおそうか! そんじゃ1つ、よろしく頼むよ手下1号君!」
 「服部半蔵です・・・!!」
 「ああそうそう。卒業したら次は就職か。
  堺に今丁度徳川家康様がいらっしゃるだろうから、会って雇ってもらうといい。それで伊賀忍者は安泰のはずだ。よっぽど妙な失敗でもしない限りはな」
 「お前がいないならそうならない自信がある。問題はないだろ」
 「てめぇら本気で友情低いな・・・。まあ予想は出来てたけどな」
 己のやる事を見つけ子どものように喜ぶ信長。静かに火花を散らす木手とそれに全く気付かない佐伯。そして自分は一体何をしに来たんだろう・・・と根源的な疑問に苛まれる跡部。
 4者はさすがにそろそろ燃え始めた部屋から出ようとして―――
 ばん!
 扉が開いた。焼かれて壊れたのではない。
 開けて、入ってきたのは・・・





 「跡部ク―――佐伯・・・・・・」
 「リョーガ・・・・・・」





・     ・     ・     ・     ・






 火を放ち燃え盛る建物に自殺覚悟で突っ込む大馬鹿野郎2人目―――略してリョーガ乱入。恐らく信長にとどめを刺しに来たのだろう。
 目的人物以外がいたからか、それとも本当に目的とする人物がいたからか、リョーガが硬直する。
 跡部も嫌なタイミングでの相手の登場にその名を呻き、
 「・・・・・・佐伯?」
 ・・・首ごと視線をずらした。固まる自分らと違い、すぐに動き出した佐伯へと。
 ゆっくりリョーガへ歩み寄る佐伯。目線の高さまで手を上げ、唱える。
 「今お前が見ているのは全て夢だ。目覚めたらお前は全てを忘れている。
  倒すべき敵・織田信長は死んだ。焼け落ちる寺の中、お前にとどめを刺されて。
  再び眠りにつくまで、あと3・・・・・・2・・・・・・1・・・・・・
  ―――ゼロ」
 「ぐぎゃ!!」
 翳した指を鳴らすなり、リョーガが眠りについた。横腹に回し蹴りを喰らい、信長同様吹っ飛びながらも信長と違い壁に頭から突っ込んで。
 ガラガラと火の付いた木が崩れ落ちていく。このまま放っておくと、目覚めるのは来世になりそうだ。
 「見たか。これぞ『忍法・催眠術』」
 えっへんと胸を張る佐伯を他所に、3人がぼそぼそ話し出す。
 「あー確かに眠りに誘[いざな]いはしたな。『気絶させた』って一般では言うんだがな」
 「今までの主張や説得が一瞬で無価値になったな」
 「佐伯君・・・。お前さん、ほんとーに光秀の事愛してんのか?」
 「大丈夫だろ。何せ『苛めも立派な愛情だ』とか平気で言い出すヤツだから。
  だが・・・
  ―――お前マジで忍法とかホザいてンな詐欺術ばっか教えてたのか佐伯?」
 「詐欺とは何だよ。俺は嘘は言ってないぞ?
  今のだって言葉と手に惑わされて下に注意がいかなかったコイツの過失だ」
 「まあ確かにそれは俺も納得するが、
  ・・・曲がりなりにも鎧つけてるヤツ、なんで蹴り一発で吹っ飛ばせるんだ?」
 「1つ。人体の構造上、節足動物と違って完全なる鎧は作れない。曲げる部分はどうしても遊びが入る」
 「横腹にか?」
 「上から被らず前後で貼り付けて着込むからな。横は開くさ。
  でもって2つ。俺の靴には鉄板が仕込んである。警棒は余裕でへし折れるぞ? その前に相手が吹っ飛ぶけどな」
 「・・・1つ目の説明いらなくなかったか?」
 口以外を動かそうとしない佐伯とは目を合わせないようにして、跡部はそちらへ向かった。一応救出はすべきだろう。
 人道的理由で木手もそちらに向かう。信長も続こうとし、
 「では信長様、南蛮にて生き続けられる・・・と?」
 「ああ。
  わざわざ突っ込んでくるたあ、どうやらお前さんの言った事が正しいみてえだしな。
  結局殺すっつー汚名は被せちまうが、実際殺させるよりゃマシだろ。
  ―――あ〜安心してくれや。ちゃんとわかってる。向こう着いたら、名前も捨てるしもう2度とこっちにゃ戻って来ねえ。
  これでいんだろ?」
 憑き物の落ちた晴れやかな笑みを見せる信長。佐伯も笑い、










 「もうひとつ。絶対死のうとは思わないで下さい。

  ―――――――――貴殿は決して独りではないのですから。お義父さん」










 言って、佐伯ははにかんでみせた。燃える暑さではなく、その頬がうっすら朱に染まっている。
 驚きに目を見開き、
 信長はにかっと笑った。
 「ま、ケンカはほどほどにな。犬も食わねえぜ?」





・     ・     ・     ・     ・






 そしてリョーガの発掘も無事成功。一同マイナス佐伯の努力の甲斐もあり、怪我も軽度の火傷で済んだ。
 あえて起こさず、信長を先に促す。
 「では改めて、参りましょうか信長殿」
 「おう」
 「―――ああ信長。ちょっと待て」
 出かけた2人を、今度は跡部が止めた。
 「何だい跡部君?」
 振り向く信長の前で、跡部は床に転がっていた短刀を拾い上げ。
 「もう死ぬ気はねえんだよな? ならこの短刀、俺が貰っていいか?」
 「ん?
  ああまあ、ンなのでいいんならな。
  世話になった礼だ。こっちのも合わせてやるよ。君の好きにしてくれ」
 「ありがとよ」
 刀と短刀をセットで貰う。微笑んで礼を言い、
 「そういや跡部君。
  お前さん、
400年後から来たんだっけか?」
 「? ああ、まあ大体そのくらいか」
 それがどうした?
 目線で問う。問おうと目線を上げ、
 「―――っ」
 意外と近くにあった信長の顔に驚く。その声もまた、触れ合わせた口の中に消えた。
 離れ―――
 赤くなる跡部に信長はぺろりと舌を出し、囁いた。
 「俺も生まれ変わりってモン信じてみっか。
  ―――来世ではよろしくな。約束はそん時果たしてもらうぜ?」
 「〜〜〜〜〜〜//!!」
 は〜っはっはっはと大笑いをし、信長はそれきり去っていった。





・     ・     ・     ・     ・






 リョーガを運び、外へ出た。
 気絶したままのリョーガに信長の刀を持たせる。
 「これでよし、と」
 《なんで?》
 「寺が完全に焼け落ちりゃ、信長の生死っつーか遺体なんて確認のしようがねえ。
  他のモンも燃え残ってるかもしんねーが、一番確実なモン大将が持ってんだ。もう誰も疑わねえだろ」
 《刀が? 使った形跡ないと思うけど?》
 「・・・いやちっとひん曲がったと思うんだけどな。鞘に入れにくかったし」
 「災難だなあ」
 「てめぇのせいだ・・・!
  それはともかく武士の証っつったら刀だろ? 戦場で敵の大将から奪ったとなれば、イコール殺しただろーよ」
 《あ、もしかして跡部くんが短刀欲しがったのって・・・》
 「切腹用の短刀となればより確実だ。家紋もしっかり入ってるしな。
  ま、これは俺が貰っとくぜ。身近にやけに危険なヤツもいるし、持ってて損はねえだろ」
 「そんなの持つのが普通とは・・・。大変な人生歩んでんだなあ景吾」
 「だからてめぇのせいだっつってんだろーが!!」
 「ほら騒ぐなって。リョーガも起きるし他のヤツにも気付かれるぞ?」
 「信長・・・。アンタに貰ったこの短刀、さっそく使う場面が来たぜ・・・。もちろん許してくれるよな・・・?」
 《あああああ跡部くんストップ落ち着いて!! マジで目ぇ据わっちゃってる!!》
 何をやるにもスマートにいかない彼ら一同。
 何とか隠蔽工作を終え、寝ているリョーガに落書き等イタズラをしようとする佐伯を殴って連れ出しその場を離れる。
 燃え落ちる寺を見下ろす位置に陣取り、
 「でもま、ありがとよ佐伯」
 「ん? 何が?」
 「信長止めてくれて。俺1人じゃ止められなかった」
 途中経過いろいろはともかく、信長に生きる決意をさせたのは間違いなく佐伯の説得だ。それに生きる理由と方法を与えたのも。
 (どうかな? 意外とお前の方だったのかもな。信長を生きさせたのは)
 自分がやったのは、ただの理論による力押しだ。それに現実味を与えたのは、何としても助けようと躍起になった跡部だ。
 無謀さ・真摯さ・そして優しさ。跡部の持つそれらをリョーガ―――いや光秀に重ね合わせたのだろう。だからこそ、そんな彼を悲しませてはいけないと思い、
 ―――そして一目惚れをした。最後に跡部を見た信長の目。よく知っている。リョーガが自分を見る目だ。
 (危ない危ないっと。普通に天下取ってたら、リョーガ取られてたかもな)
 くすりと笑い、佐伯は肩を竦めた。
 「ま、情報操作と霍乱は忍者の十八番だからな。
  天下の信長を騙すとは、俺も1人前になっただろ?」
 「うあそれは認めたくねえ・・・・・・」
 呻く跡部に向け、さらに自分にとっても都合のいい話を加える。
 「それに、事実信長の遺体―――というか骨か―――は確認されてないっていうし、公から消えてくれれば生きていようが死んでいようが歴史に変わりはないさ」
 「んじゃ、そのノリでリョーガのヤツも―――」
 「アイツはダメだ」
 ちょっと上向き加減の気分で問う跡部に、佐伯がぴしゃりと言い切った。
 「光秀の死はちゃんと確認されてる。首切られて晒された」
 「んじゃあ・・・・・・」
 「ああ」
 頷く。
 木に凭れ眠ったままのリョーガを見下ろし、
 佐伯は言った。鞘に収めたままの短刀を握り。





 「アイツは殺す。光秀の命日、6月
13日にな」



―――第9回 1











 ―――第8回。やはりポイントは信長の台詞「邪魔な者は女子ども
さえも切り捨てて〜」云々でしょう。そうですか信長様。サエも許しませんか・・・。
 そんな、完全に誤った方向での盛り上がりはいいとして、本能寺の変信長編はこうして終わりを迎えました。信長は助けてもやっぱ石松は助けませんか薔薇之介・・・。
 そしてこの話。輪廻転生話が説得のメインのはずでした。なぜサエぶち切れ物語の方が目立っているのでしょうか・・・? なおサエというか多分私の書くキャラ全員、普段からエンジン全開でぶっ飛ばしている分、本気でキレるととっても怖いと思います。


 最後にお詫びを。今回は大丈夫だと思うのですが〜・・・・・・光秀と秀吉、似た名前なおかげで書き間違えているかもしれません。第7回では大変なところで間違えていました。秀吉を売っちゃいけませんわ跡部・・・。
 他にも見つけ次第直しますが、また間違っていたりしましたら大変申し訳ありません。

2006.1.2224