同じドアの前で
本編



―――冥界入口にて―――


 「―――ようこそ冥界へ。僕は周。ここの管理をやってるんだ」
 「はあ?」
 目が覚めるなりかけられた声に、跡部は間抜けな声を上げた。目の前にいる少年―――あくまでそう断言するのは、実際はどうあれ自分はコレをそうとしか表現しようがないからだ。いやこう内容を説明する前に言ってもわけがわからないだろうが。
 ・・・つまるところ『周』と名乗った彼―――冥界の管理者だか何だか?―――は、その名からして幼馴染の不二周助そっくりだった。
 尋ねる。
 「・・・いつからてめぇはンな副業までするようになったんだ? 不二」
 「僕はこっちが本業!」
 「・・・・・・つまり人間が副業だ、と? バイト費誰にもらってんだ?」
 「・・・君見た目に反して意外と庶民的な事考えるんだね」
 「いやだってなあ、日々雇用条件にうっせー野郎がそばにいりゃ―――」
 言いかけ、ようやく気付く。彼は不二ではないと。
 確かに見た目は同じだ。だが態度が違う。まるで初対面の相手への対応(にしてはけっこー失礼なのは元々だ。コイツは根本的に何かが抜けている)。幼馴染として
14年以上共にいて、その成果がこれだったらさすがに泣けてくる。
 彼こと『周』―――あまりそう呼びたくはないが便宜上仕方ないのでそう呼ぶが―――は、こちらの見出した答えに追随するように言葉を重ねてきた。
 「どうやら僕は君の知り合いの誰かに似てるみたいだけど違うからね。僕と君は今初対面だ。
  それでここからが本題なんだけど、
  ―――つまり君は死んだわけなんだ」
 「そうか」
 「・・・・・・。あれ? 随分あっさり受け入れるね」
 普通まずこれを受け入れてもらうのに時間かかるんだよ? と続ける周に、
 跡部は軽く肩を竦めてみせた。
 「『冥界』なんだろ? てめぇが真性の馬鹿か俺をからかうつもりかそれが何かの暗語かそういう固有名詞の場所が他にあるかしねえ限り、つまりそこにいる俺は死んだって事だろーが」
 「・・・・・・『〜しない限り』の割に随分その条件がいっぱいあったね」
 「るっせーな。てめぇによく似たやつぁさっき言った雇用条件にうるさいヤツと一緒に人の言葉の網目くぐんのが何より好きなんだよ。きっちり念押しとかねえと『解釈の違い』なんつー白々しい言い訳で常識的にありえねえ事やり出すんだよ」
 「・・・・・・。僕あんまりその人に似たくなかったな」
 「安心しろ。その突っ込みっぷりは誰がどう見てもそっくりだ」
 「それで何をどう安心すればいいのさ・・・・・・?」
 そんな感じに適切な突っ込みを入れ、
 周は気を取り直すように息を吐いた。
 「じゃあ説明続けるけどね、
  確かに君は死んだんだ。でもそれは君のせいじゃない」
 「そうか? 事故る寸前に俺が何かのアクション起こしたら死ななかったかもよ?」
 「そういう仮定で話しないでよ。それに―――
  ―――君が何のアクションも起こさなかったから死ぬのが君だけで済んだんだから」
 「・・・・・・あん?」
 「事故は飛び出してきた歩行者に対して急ブレーキをかけたところ後ろのトラックが衝突。最近の車は便利だね。
360度どこからの衝突でも運転席は安全に作られてる。一方シートベルトを締めなかった君は急ブレーキと後ろからの衝突、2つの力に飛ばされフロントガラスを突き破って前に落下。飛び出し犯は君がぶつかって全治1週間くらいの怪我。そして君はフロントガラスが割れる勢いで頭をぶつけ、首の骨を折って死亡」
 「何だよ結局俺の不注意じゃねえか」
 「だね。でもってもし君がアクションを起こして車が違うように動いたら・・・
  ―――君の注意に慌ててハンドルを切る運転手。向かいから来ていたタンクローリーに衝突。エアバックでも守りきれず激突死。さらに跳ね飛ばされスピンした車が歩行者も跳ねそちらも死亡。タンクローリーから零れたガソリンに引火して爆発炎上、被害は甚大。君の生き死にはどの時点で君が気付くかによりだね。
  どっちがよかった?」
 「・・・・・・。選択権ねえじゃねえか」
 「見ようによっては君の不注意は君も助けたよ。もしシートベルトをしてたら君はトラックに潰され見るも無残な姿になってたもの。やっぱ死体とはいえ綺麗な方がいいでしょ? 掻き集める時間も節約できるし。まあ・・・焼く側とすれば細かい方が早く燃えてくれてよさそうだけど」
 「うあ。可愛い顔してそういうグロテスクな事明るく言うなよ。俺はともかく初めて見たヤツ幻滅すんぞ」
 呻く跡部に、周はそれこそ可愛らしい笑みを向けてきた。
 「大丈夫さ。別に僕に固有の姿はないからね。君が今見てるのは君が造り出すイメージ。だから知り合いに似る事はよくあるんだ」
 「俺の・・・イメージ?」
 「そう」
 ある意味ここに来てコイツの話を聞く中で一番納得した。確かに不二ならこういう事のひとつやふたつしそうだ。だからこそ抵抗無くコレを受け入れたのだから。
 「でね―――」
 説明へと戻る。確かにこれは不二ではないようだ。不二ならこちらが強制的に戻さない限り元の話に戻ってくるなんて事はない。
 「自分の責任で死んだんじゃない―――『不条理な死[
Accident]』を迎えた君には特別サービスが発生するんだ。輪廻転生の輪に優先的に入れてもらう・・・早く生まれ変わるか、
  ――――――それとももう一度今の生をやり直すか」
 「つまりそりゃ・・・・・・」
 「そう。君が望めば君は『死ななかった』事にする事が出来る。もう一度今の生―――跡部景吾として生きたい?」
 「ああ。生きてえな」
 悩む事はなかった。答えはすぐ出てきた。
 生きたい。生き返りたい。もう一度跡部景吾として生き・・・
 ・・・・・・もう一度佐伯と愛し合いたい。
 逃がさないように、壊さないように。大事に包み込んでいたのに。なのに逃がしてしまった。壊してしまった。
 この手から抜け落ちたものは、あまりに大きくて。
 失った哀しみに、自分はもう押し潰されそうだ。
 もう一度会えるのならば。
 たとえ何があろうと・・・・・・
 跡部の目をじっと見る周。跡部もまた、周から決して目を逸らさなかった。
 どれだけ時間が経ったのだろう。冥界だからかそれとも死んでいるからか、時間の感覚は完全に狂っていた。
 それでも長く感じた後―――
 「―――わかった。じゃあ生き返らせてあげる。ただし・・・」
 「タダじゃあやらねえ、ってか」
 「当たり前だね。いくら
Accidenterっていったって、そうそうぽんぽん生き返っちゃってたら僕の商売上がったりだもの」
 「・・・・・・本気でこっちが本業か」
 「給料けっこういいよ? 君もいっそここで働く?」
 「断る」
 「残念だなあ」
 言う割にはさして残念そうでもない。人数が増えれば給料が減るからだろう。
 「まあお金がかかるとか大変とか辛いとかそんな事でもないんだけどね、
  生き返るためには現世に繋がるドアに行かなきゃなんないんだ。ここから結構遠くてね。僕はともかく君を連れていくと面倒なんだ。悪いけど自分で来てくれない?」
 「・・・それだけでいいのか?」
 「いいよ?」
 「実は途中に崖があって渡れねえとか人喰いの獣がいるとか辿り着くのに百年かかるとか―――」
 「―――君けっこー現世で辛い事あった?」
 「いろいろな」
 「ま、まあそんな非常識な事はないから。歩きになる分へばるかもしれないけど、多分普通に行けば
10日くらいで着くかな? あ、ちなみに今の勘定は現世基準ね。ここはちょっと1日のサイクルが違うから最初はちょっと慣れなくて時差ボケ起こすかもしれないけど、短い期間だから無理に直すよりはそのまま自分の感覚でいっちゃっていいと思うよ。ヘタに合わせようとするとそれだけで日にち取られるから」
 「なるほどなあ」
 周りを見回す。暗い空。なのに明るい。現世―――自分の世界で当てはめるなら白夜といったところか。既に何時だか全くわからない。
 「ところで行くのはいいとしても何か目印あんのか? なきゃ地図とかコンパスとか。ねえと迷うぞ」
 時間がわからない。太陽の位置がわからない。この時点で方角が全くわからない事が証明された。たとえ『ずっとまっすぐ』であろうと何も無い中
10日間歩けば絶対ずれる。しかも10日はあくまで基準だ。『駅から徒歩3分!』が売り文句であろうと人と状況によっては1分から30分以上まで様々であるのは誰でも体験する事。
 周りには誤解されがちだが自分は慎重派だ。こんな曖昧な条件で進むのは・・・・・・まあ他に手がないならそれでも進むが(なお彼はここで開き直るから周りに誤解されるのだが)。
 特に恥ずかしがる事なく『迷う』と口にした跡部。本人としては極めて現実的な意見なのだが―――
 ―――聞いていた周にはどうやらツボに入ったらしい。体をのけぞらせ大爆笑する。尤も、プライドの塊のような自分が言えばそりゃウケるか。
 満足するまで笑い転げ、
 「それなら心配ないよ。案内役つけるから」
 「―――っ」
 言葉と同時に、後ろから気配も無く現れた存在。白いマントを羽織り、フードまでしっかり被っているおかげで顔は見えない。自分とほぼ同じ背丈と、これまた白のハイネックロンT及びジーンズ越しに推測される体型を考えると性別は男か。
 「彼が案内してくれるから一緒に行ってらっしゃい」
 「コイツが、ねえ・・・」
 値踏みする眼差しで見る。不躾だろうが、コイツのせいで辿り着けなかったなどとなったら例え死んでいようがもう一度この手で殺す。
 じろじろ見つめられ、それでもそいつは全く動こうとしない。
 (本気でコイツ大丈夫か・・・?)
 「コイツ、どんなヤツなんだ?」
 少なくとも自分と同じではあるまい。ならば自分と同じく道はわからないはずだ。
 尋ねる跡部に、
 周はあっさりと答えた。
 「自殺者だよ」
 「な・・・?」
 「冥界への来方は3つある。平たく言えば、死に方は3種類に分かれる。
  1つは寿命や病死といった『誰の責任でもない死[
Die]』。この場合は普通に輪廻転生の輪に従い再生の時を待つ。
  2つは君みたいに他人に殺された、いわゆる『不条理な死[
Accident]』。この場合はさっき君に言った通り、特別サービスが発生する」
 「デ●ズニーシーのファストパスみてえな感じのだよな」
 「そういう物凄く現実味溢れる例え止めてくれないかな・・・・・・。
  そして3つは自殺者や殺人者。つまりは『自己責任による死[
Kill]』。
  普遍のものである輪廻転生の輪を乱す
Killerは、冥界においては罪人扱いなんだよ。罰として仕事を命じられる。
  ―――今回彼に命じられた『仕事』が君の案内だよ。終わったなら輪廻転生の輪に再び組み込まれる」
 「つまり、俺がちゃんとドアに辿り着くかどうかでコイツの運命も変わる、って事か」
 「そうだね。正確には君が生き返るまで。でもって失敗すれば彼の再生はさらに遅れる」
 聞いて、安心する。なら『死に物狂いで』自分を案内するだろう。
 「にしても自殺、ねえ。勿体ねえ事するモンだな」
 馬鹿にするように笑う。同情はしない。こっちなど生きたくとも生きられなかったのだから。
 「・・・・・・・・・・・・」
 無言。
 「おい、ちったあ何か言えよ」
 「・・・・・・・・・・・・」
 やはり無言。
 「・・・大丈夫かこういうヤツに案内任せて」
 「まあ案内は指差しひとつで出来るから」
 答えたのはコイツではなく周。コイツはまだ無言、無反応を保っている。
 「つーか顔隠したまんまってのがまず気に食わねえんだよ。これから
10日一緒にいんならまず顔見せろっての」
 「―――っ!!」
 フードに手を伸ばす。ようやっと反応が返ってきた。
 取られないようにフードを押さえたソイツに安心する。どうやら死んではいないらしい・・・・・・この言い方もどうかと思うが。
 別に顔などどうでもいい。どうせ
10日しか付き合わないのだ。隠していようが取ると美形だろうが実は目が3つあろうがさして重要な事ではない。
 が、なぜか気にしたのは周の方だった。
 「彼とこれから
10日平穏な旅をしたいなら嫌がる事はしない方がいいよ」
 「そこまで隠したがる理由がわかんねーけどな」
 「罪人は隠すものでしょ? ほらテレビでだって逮捕された人映す時映らないように上に服被ったりするじゃない」
 「・・・・・・てめぇの方が遥かに現実味溢れる例えしてんじゃねえか」
 「ま、そういう事だから。
  じゃあ後は2人で頑張ってねv」
 「あ、オイちょっと待て!!」
 言うだけ言って、押し付けるだけ押し付けて。
 いきなり去ってしまった周・・・のいた位置に向け、跡部は思い切り怒鳴りつけた。
 「実はこりゃコイツじゃなくて俺に対する罰なんじゃねえのか!? ああ!?」
 戻って来ない。それでも
30秒くらいは粘って。
 「ああクッソ!! アイツマジで不二の双子の兄貴とかじゃねえのか・・・!?」
 爪先で地面を蹴りなおも悪態をつく。この程度は許されるだろう。
 怒りはそれで納め、
 「んで、てめぇ名前は?」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「んだよ。本気で無言で行く気か? しゃべれねえんならそりゃそれでいいが地面に書く位の捻りは見せろよ。それともそもそも名前がねえのか? そういやお前どこのヤツだよ? 言葉通じてねえ?」
 「・・・・・・・・・・・・」
 変化なし。どうやら時間の無駄だったようだ。
 方向転換しかけ―――
 「・・・・・・・・・・・・コウ」
 「あん?」
 振り向く。また押し黙ってしまった。
 今度は気長に1分くらい待ってみる。全くしゃべる気配はない。だが・・・
 「へえ・・・。『コウ』ね」
 微かに聞こえた響き。ハイネックに隠れたのだろうか、くぐもった声ではあったが、確かにそう言った。前の自分の文と合わせると、どうやらコイツは『コウ』という名でありそれを示したらしい。でもって言葉は通じるようだ。
 「んじゃ、よろしくな、コウ」
 薄く笑い、手を差し出す。周の言葉ではないが、これから
10日、一緒にいるならギスギスするより平穏な方がいいだろう。
 右手を出した跡部。その動作に合わせコウもまた――――――
 ――――――右手を差し出した。
 軽く頭を下げるコウに、
 跡部は首を傾げ尋ねた。
 「お前左利きか?」
 空白の一瞬に出しかけて引っ込めた左手。握手の際とっさに出す方は大抵利き手だろう。
 「だとしたら悪りいな。先手取っちまって」
 その程度の繋ぎにしか使われない質問。跡部としてはそれはただの素朴な疑問だった。が、
 コウには違ったらしい。なぜか激しく動揺している。今までは空気すら揺らさない無反応振りだったのに、動作でこそ現さないものの彼の周りの空気は完全に乱れていた。
 「おいおい、別に責めたりとかしてねえぞ? 左利きなんて珍しくもねえしな。日本じゃ全体の5%っつーがその割にゃ俺の周りは左利き多いしな。知り合いの弟もだし部員にもいるし他校のヤツらもけっこー左利きいるし・・・・・・それにそもそも俺の―――恋人も左利きだしな」
 『幼馴染』と言いかけて変える。せっかくなったのだから名称は改めねば。
 目を細め嬉しそうに笑う跡部に何を思ったか、コウの周りの空気も穏やかなものとなった。
 差し出された右手は無視し、左手を跳ね上げさせる。落ちてきたところで、こちらは右手で作った拳をこつんとぶつけた。
 「改めて―――よろしくな、コウ」



―――本編2