同じドアの前で
本編



―――道中での出来事―――


 2人の旅路が始まった。相変わらずコウは無言で。こちらがする質問だの一方的な会話だのに頷き・否定・指差しの3つで対応してきた。いつもとは逆のポジション―――いつもなら煩く騒ぐ周りに適当に応えていただけだ―――に最初は苛立ったりもしたが、これはこれでいいのかもしれない。少なくともコウはこちらの言葉を全て聞いている。応えてくれる。一人ではないと、実感させてくれる。
 幸い服装は最期身につけていたままだった。腕にはめた時計も含めて。止まってはいない。動いている。現世基準の正確な時を刻んでいるかはともかくとして。
 冥界の1日は確かに現世とずれているようだった。カウントしてみると1日6時間から
50時間。太陽の動きが一定でないため(長期間観察したら一定なのだろうが)、一番沈んだと思った時ごとに区切っていったらこんな結果となった。確かにコレに体を慣らそうと思ったらそれだけで1ヶ月は経過しそうだ。
 時計と感覚を頼りに、一定と思われるペースで食事を取り休憩し眠りにつく。コウも特に反対はしなかった。詳細不明とはいえ元は同じ世界の人間と考えれば、1日
24時間ペースの方が体には合うのだろう。
 そういえば奇妙なものだ。死んでいるのに生きている時となんら変わりない生活を送っている。
 食べ物はそのあたりの植物やら獣やら。普通にあるそれらに対し、こちらも普通に木とツルで弓矢を作り石をナイフ代わりに先端を鋭くし射抜く。弓は学校の授業でもやれば家でも母親が好きなのでよく付き合っている。乗馬しながらでも的を正確に射抜ける程度には慣れている。作りが粗悪になるためさすがにピンポイントで狙いは付けられないが、それでも当たった獲物を行動不能にする程度には有効だった。
 総じて旅は順調といったところだ。







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 今日もまた、丁度ウサギ程度の獲物を仕留めたところで他のものを探しに行っていたコウが戻ってきた。両手にいっぱいの―――怪しげな物件を持って。
 「それ・・・・・・食えんのか・・・?」
 ぶるぶる指差し、尋ねる。かつて不二に見せられた乾汁・・・その先の名前忘れた。とにかくグロい色のヤツ・・・を固体にしたような感じだ。見た目がヤバいのは毒というのがキノコ界のお約束だが、果てさて木の実(だろう多分)には当てはまらないのだろうか。
 恐る恐るといった様子の跡部に対し、コウはひとつ頷くと自らそれを証明してみせた。
 「げっ・・・・・・」
 垂れる雫まで摩訶不思議色。毒物だ。絶対毒物だ。
 ごくりと嚥下したらしいコウ。ハイネックが僅かに動く。飲み下し―――
 ―――未だに死なないところからすると即効性のものではないらしい。
 無言で差し出される。ぶんぶんぶんぶんぶんと激しく左右に首を振ると、残念そうに俯かれた。
 俯かれ・・・・・・
 今度は普通に赤い実を取り出された。
 「普通のモン持ってんなら先にそっち出しやがれ!!」
 ごん!!
 突っ込み、どつく。内気なフリしてどうやらコイツの根性は相当に据わっているらしい。一発二発殴ったところで問題ないだろう。
 むやみに感じる慣れた空気。なぜだろう。ああそうだ。
 ・・・・・・などと考えるまでもなく、この空気は完璧自分と佐伯の間にあるものだった。
 (周が俺のイメージならコイツもそうだってか!? ああ!?
  出てくんならもうちっとマシなヤツ出てきやがれ!!)
 自分を呪う。つくづくロクな知り合いがいない。
 跡部が極めて短時間で己の人生を省みている間にも、コウは頭をさすり(もちろんフードは取らず)赤い方の実を食べ出した。
 汁が飛び散り、唇が紅く染まる。
 見て―――
 跡部はコウの頬に手をやった。またフードを狙うのかと後ろに下がろうとするコウ。それよりも早く詰め寄り、顔を近づけ・・・・・・
 唇が触れる寸前のところで、頬に当てたままだった親指の平で汁を拭ってやる。
 解放する。フードとハイネックに隠され見える部分など限られているというのに、そこからですらわかるほどコウの顔は真っ赤だった。
 汁を舐め取り、してやったりといった笑みを浮かべる。ちょっとしたからかい。佐伯に似ているとなるとぜひともしたくなる。ただしさすがにキスまではしないが。
 (浮気はマジいからなあ。いくら・・・・・・つったって、バレたらまた冥界[ここ]に逆戻りじゃねえか)
 <好みのタイプ:束縛する人>なんぞとホザきながらむしろ佐伯自身が束縛者だ。優しげで融通が利くように見せかけその実自分の気に入ったものは意地でも放さない。ヘタに手を出すと死の制裁が待っている。
 「んじゃメシにすっか」



―――本編3