同じドアの前で
本編
―――彼と彼と彼女と彼と―――
普通に植物があり普通に動物がいる。となればこれも『普通』か。
目の前にある城壁を見て、跡部はそんな感想を胸に抱いていた。
コウに目線で確認を取る。指差す方向はやはり前。どうやらドアへはこの街を通り抜けていくらしい。
チェックもなく街に入る。いるのは様々な人々。ここにいるからには全員死んだのだろうが、ぱっと見そう納得出来る要素はどこにもない。このまま切り取って現世のどこかに移したとしても全く違和感はないだろう。
フラフラとどこかの店に入る―――事もなく、2人は前へ進むだけだった。油を売るほど時間があるわけでもなければ・・・油が売れるほど金があるわけでもなかった。かの跡部財閥の一人息子が口にするには非常に情けない理由だが。
並ぶ屋台もさっさと通り抜けようとして・・・
「おいそこの坊主!!」
・・・さっさと通り抜けた。
「って無視かよ!?」
「・・・あん?」
どうやら呼ばれていたのは自分たちだったらしい。反応してしまった以上、振り向く。
そこにいたのは若い娘を連れたへべれけのオヤジで。
「―――さてさっさと行くか」
「振り向いたんならもうちっとまともな反応しろよ!!」
「あんだよいーじゃねえかてめぇみてえなのに構ってられるほどヒマじゃねえんだよ俺は」
「『俺は』。つまりそっちのはいいワケだな?」
「あんだよいーじゃねえかてめぇみてえなのに構ってられるほどヒマじゃねえんだよ俺らは」
「・・・最初っからそう言えよわざわざ言い直さずに」
それこそ時間の無駄でしかない会話をしつつ、オヤジがこちらへと寄ってくる。跡部は反射行動としてコウを後ろに下がらせ自分の身でガードを作った。
「あら。ナイト気取り? そっちの陰気な坊やの」
くつくつと笑いながら娘の方も参加してくる。奥に潜む怪しい色―――間違いなく手を出してくるとしたらオヤジよりこっちが先だ―――に、警戒の眼差しを送り・・・
「―――っ!!」
コウの無言の悲鳴が広がる。いつの間にそこまで近寄っていたのか、オヤジがコウの腕を取り無理矢理引き寄せていた。
「コウ!!」
跡部もまた手を伸ばし―――こちらも寄ってきた娘に抱きこまれる。
「てめぇ何しやがる!!」
振り払おうとして、
「アタシこの子気に入っちゃった。ねえキミ、あんな陰気な坊やじゃなくってアタシと旅しましょうよ。ね?」
「お前・・・・・・『案内人』か?」
「そv 案内人の凛よ。よろしくねv」
笑顔の自己紹介は無視し、跡部はオヤジの方を睨んだ。案内人と共にいるという事はコイツも自分と同じAccidenter。ならばなぜこんなところでのんびりしている?
疑問が通じたらしい。オヤジがにまにま笑う。
「ドアに辿り着いたらこの世界ともおさらばだろ?」
「そりゃそうだろ? でもって生き返んだろ?」
「そりゃまそうだが―――
ソイツ・・・凛な、口じゃ何だかんだ言って寂しがり屋でな。いいヤツ見つけて任せとかねーとおちおち生き返りも出来やしねえ」
「・・・・・・赤の他人じゃねえのか?」
「他人だぞ? だからどうした? お前らだって会ったばっかの他人だろ?」
首を傾げながら、
「『他人』ならいらねえよな? どうなったっていいんだよな? つまりは」
オヤジがコウを抱き込んだ。頭の血が一気に昇る。
「コウに手ぇ出してんじゃねえよ!!」
そう跡部が叫ぶのと、
ずぱん!!
コウの見事な足払いが決まったのは同時だった。体勢を崩したオヤジの襟を掴み、さらに転ばせる。途中でカウンターに頭をぶつけたのは明らかに狙ったお約束だろう。
気絶したオヤジの元から逃げ出し、コウは跡部の胸元に飛び込んできた。
よしよしと撫で、
女を睨めつける。
「てめぇもちゃんと仕事しろよ」
「仕事? アタシが? 何を?」
「だから、そのオヤジさっさとドアまで連れてけよ」
「だからアタシが何で?」
「案内人だろーがてめぇは! 仕事しねーと再生出来ねえんだろ!?」
苛立ち、怒鳴りつける。だが、
「アタシが案内人? 違うわよ?」
「・・・・・・あん?」
「アタシは案内される人。つまりはキミと同じAccidenter」
「んじゃあ・・・、このオヤジは・・・・・・」
「ま、そういう事ね。アタシの案内人」
「・・・・・・。余計駄目じゃねえか」
案内人がへべれけになって街にとどまってどうする。
ため息をつく跡部。ついて・・・
「なら俺らと行くか? ドアの場所って全員共通だろ? コイツが知ってるから、ついてきゃアンタも現世に戻れんぞ」
そうなればこの案内人は仕事失敗となるのだろうが、既に98%失敗といったところだろう。この様子では特に気にもしなさそうだし。
手を伸ばす跡部だったが、
「あ、それはダメ」
女は受け取らず、ぱたぱたと振るだけだった。
「何でだよ?」
「この人が言ってたでしょ? アタシは寂しがり屋なんだって。そんな事言ってきたのこの人が初めて」
「・・・・・・アンタ見りゃ誰でも言わねえか?」
「あら、キミもそう思う? やっぱアタシが見込んだだけあるわね」
「さっさと話進めろ」
「はいはい。
アタシまあ現世じゃ不良みたいなのやっててね。だからって別にグループ作ってるワケでもなくって? 元々人といんの嫌いなのよ。むしろ人の世界って言ったほうがいいかな?」
「なら生き返る理由もねえだろ? どうせまた舞い戻るんだとしても、次は人以外になったかもしれねえぜ?」
「あっはっは。そう思う? アタシもそう思った」
「・・・ならそっち選べよ。ワケわかんねえよ」
「いや〜。そっち選んでもよかったんだけどさ、アタシが死んだ理由って―――Accidenterになった時点である程度予想つくかもしんないけどつまりは殺されたワケよ。一人でイキがってたら生意気だって絡まれてね。集団リンチでそのまんまって感じ?
生き返ってなんかしたいってワケじゃないのよ。ただアタシを殺したそいつらに復讐したいだけ。それで死んでも別にいいし」
「んで、今度はKillerとして戻ってくる、ってか」
「不満足なまんま人生終わるんだったら満足して罪人になりたいからね」
「ああそりゃわかんねーでもねえな。ならなおさら来いよ」
「だからダメだってv」
「だから何でだよ?」
結局戻ってきた会話。声に険悪さを滲ませ始めた跡部に気付いているのか否か、女はなおさら楽しげに笑った。
「そんでそう思ってドア行き選んだワケよ。それで付けられた案内人があのオヤジ。ダメっぽいでしょ〜。一緒にいて1日目でこりゃダメだってアタシも思った。何か旅する気0。生活適応能力0。全っ部! アタシに面倒見させて一人楽して。道順知らなかったら間違いなくほっぽってたわ。
でもね・・・」
女の笑みが変わる。楽しそうに―――嬉しそうに。
「このダメオヤジの面倒見ながらさ、ああアタシって実はこんな事も出来たんだな、って思った。コイツが何をどこまで考えてそうしたのかなんて全然わかんないけど、それでもアタシはこのオヤジの面倒見てる中で初めて生きてるって実感出来た。・・・死んでるけどね、今」
「ほお・・・。んで?」
「とりあえず一応旅してるっぽくここまで来たけどさ、
―――ダメだわこっから先は」
「まさか・・・・・・」
その1フレーズから想像される事。ここで止まるということはつまり・・・
「ここ出たらすぐドアだって。ここ出たらそれで終わり。このオヤジは再生待って、でもってアタシは生き返ってまた死んで。
・・・・・・・・・・・・出らんないでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・」
言う言葉を失くし、跡部は黙り込んだ。説得はしない。同意もしない。・・・コウの時と同様に。
人の生き方死に方はその本人の自由だ。彼女―――凛は生きることを放棄し、今幸せそうだ。ならばそれはそれでいいのだろう。
「んじゃ、俺らは行くな」
コウをさりげなく引き剥がす。もう落ち着いたようだ。
案内させるためコウを先に立たせ、
「『袖刷りあうも他生の縁』って言葉キミ知ってる?」
「ああ? 俺の事馬鹿にしてんのか? 『ちょっとした関わりも前世からの縁だ』っつー意味だろ? だからどうだって事もねえが」
「そなの? アタシ初めて知ったわ」
「てめぇいくつだよ・・・・・・」
「今までずっとカウントすんなら45歳? でもって心は永遠の17歳☆」
「いっぺん死んで来い」
「もう死んでるって。
このオヤジが事あるごとに言ってんのよ。アル中で言語もおかしくなったかと思ってたけど、ちゃんと意味あったのね」
「・・・・・・。立派な諺だ。人の心配する前にてめぇの頭ン中心配しろよ」
「あ、ひっど〜い! でもちょっと学んじゃったからまあ許す!!」
「あーそーかよありがとよ」
「んでもって許したついでに先輩として一言。
―――『縁』は生きた人間の間だけに成り立つものじゃないと思うな」
囁く彼女に、跡部は半眼を向けた。
「・・・やっぱてめぇ実は意味わかってただろ」
「え〜? 何の事〜? アタシさっぱりわかんな〜い☆」
「止めろその口調は45歳」
「うっうっうっ。息子の反抗期に嘆くお母さんはきっとこんな気持ちなのね」
「てめぇの息子にゃなりたかねえな」
「うっさい!!
でもってね―――」
耳元に、顔を寄せられ、
「さっきあのコ守ろうとしたキミ、凄くかっこよかったよ。30歳若かったらホレちゃってたv」
囁かれ、
跡部はふっと笑った。
「当然だろ?」
「うーわ言っちゃうし!!」
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