同じドアの前で
AnotherStory 〜ヴェールの向こうで〜
―――道中での出来事―――
<S+A ver>
2人の旅路が始まった。周の説明どおり、本当にイメージ通りの『冥界』が作られた―――どちらかというと『魔界』か。小さい頃からこういったファンタジーは好きだった。自分がであり、跡部がであり。それを証明するように、跡部もまたごく普通になじんでいた。
不思議なものだ。かつてこんな世界だろうと話し合ったそこに、今実際自分たちはいる。もしかしたら跡部も気付くかもしれない。それとも普通に受け止めすぎて逆に気付かないか。
跡部はここでも生真面目だった。相手をからかう際『死ぬまで直らない』とはいうが、どうやら彼の場合『死んでも直らない』らしい。時計を見、きっちり生活を送る。ラケットとボールがあったら練習までしていたかもしれない。
その生活ペースの中で、少しだけ嬉しい事がある。今時の若者といえば夜更かしは当たり前だ。朝練があるとはいえ常識的な時間に始まる以上、そこまで早寝早起きを心がける必要もない。なのに跡部は極端な早寝早起きだった・・・・・・自分に合わせ。日のあるうちにやる事は済ませたい(というか夜電気はつけたくない)自分。幼馴染として何度もお泊りしたりしていれば、跡部もまたそんな生活になる。嬉しいのは、引っ越して4年以上経ったのに今だにそれが続いている事。物理的に離れ、お互いを取り巻く環境はすっかり変わってしまったというのに。
さらに嬉しい事がある。無言のキャラを造り上げてよかった。やろうと思えば声色を変えて普通に話す事も出来ただろう。演技には自信がある。ただし・・・
・・・・・・跡部相手にどこまで誤魔化せるかわからない。そして見破られなかったなら、きっとわかるようにわざとヒントを出してしまうだろう。
だからこそ何もしないで済むものを作った。これでいい。これならどんなに跡部と話したくても触れ合いたくても自分からは何も出来ない。
だが、
だから跡部は自ら動き出した。自ら会話を切り出し、また手を差し伸べてくれたり。多分彼は、自分が独りでない事を確かめたいのだろう。それでも良かった。彼の求める『誰か』がたまたま自分だったというだけだとしても。それでも嬉しかったのだ。
――――――それは決して嘘じゃない。嘘じゃないんだ。
・ ・ ・ ・ ・
赤い木の実。指で摘むとすぐ潰れる。
真っ赤な汁を口紅のように唇に塗り、佐伯はそれを舐め取った。考える。
・・・跡部のキスはどんなものなのだろう、と。
・ ・ ・ ・ ・
跡部の目の前でそれを食べた。わざと唇で潰す。
真っ赤になった唇を、跡部はじっと見ていた。フード越しにそれを観察する。
煽り立てるように舌で舐めた。跡部の目は、それを追っていた。
手が、頬にかけられる。ゆっくりと顔が近づき、
キスされた。
跡部の舌が唇を舐める。自分のと変わらないはずなのに、感じ方は全く違った。
「・・・・・・・・・・・・っ」
「あ・・・・・・」
声を出さないよう、懸命に堪える。むずむず震える唇を開くと、ぺちゃりと音を立て舌が進入してきた。
どくりと心臓が跳ね上がった。脚ががくがく震える。縋りつくように抱き締めると、きつく抱き締め返された。
死ぬ前日にし合った抱擁とは全く別のもの。温もりを伝え合ったあの時と違い、今回のは興奮を呼び起こす。多分跡部も同じだろう。キスがもっと深くなった。
耐え切れずに膝から崩れた。優しく横たえられ、跡部が覆いかぶさってきて・・・・・・
目は閉じなかった。どうせフードで隠されている。
見ていたかった。跡部の顔。跡部の目。どんな風に全てをこなす?
―――お前は本当なら、どんな風に俺を愛してくれた?
『コウ』の体を横たえる。フードは今だに外れない。外されない。それでもわかった。その奥で自分を見つめる瞳を。
「―――っ!」
懸命に声を―――喘ぎを堪える。大したものだ。口端に滲む赤は、もう果汁だけでではないだろう。
全てを脱がす。フードを除き。
苦笑する。外さないのは、コイツと自分、どちらのためだろう。
フード越しに見つめ合い、体を沈める。さすがに目は閉じただろう。覗く顔の筋肉が引きつった。
何となくで伝わる。コイツはこれが初めてだ。自分と同じように。
苦笑が自嘲に変わった。初めてなのに相手の顔も見られない。勝手に想像するだけ。一人でヤるのと何が違う?
達しながら、心の中で問いかける。
―――お前は、『コウ』でなくとも同じように抱かれてくれたか?
・ ・ ・ ・ ・
跡部が寝入ったのを確認し、佐伯はむくりと身を起こした。
反転し、覗き込む。相も変わらぬあどけない寝顔。微笑を浮かべ、フードを取る。
直に見つめたのは何日ぶりか。透けているとはいえ、間に何かを挟んで彼を見ていたくはなかった。
眠る跡部に尋ねた。
「なあ景吾、お前は何で『コウ』を抱いたんだ?」
自分だと知って? それとも―――寂しさの延長で?
答えを封じるよう、佐伯は跡部に唇を重ねた。
「好きだよ、景吾」
わかりきった事を告げ、眠りにつく。また明日も会えますように・・・・・・そう祈りながら。
佐伯が寝入ったのを確認し、跡部はむくりと身を起こした。
隣を見下ろす。フードをしたまま眠り込む彼。そろそろと頬に手を伸ばしたが、それでも目覚める気配はなかった。
そっとフードを外す。唯一外せなかったそれを。外した下からは、佐伯の見慣れた寝顔が現れた。
やっと顔が見られた。微笑を浮かべ、髪を撫でる。
眠る佐伯に尋ねた。
「なあ佐伯、お前はいつ『コウ』を止めてくれる?」
フードを取って。顔を見せて。声を出して。
いつお前は、また俺の名を呼び「好きだよ」と言ってくれる? それとも―――もう永遠に言ってはくれないのか?
「愛してるぜ、佐伯」
言ってくれないのならいくらでも言ってやる。触れてくれないのならいくらでも触れてやる。飽きるまで。嫌になるまで。降参するまで。
そしたら最後には言ってくれるだろう? 触れてくれるだろう?
顔を下ろし、唇を交わす。いつか本当に会おう・・・・・・そんな再会の約束を込め。
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