同じドアの前で
AnotherStory 〜ヴェールの向こうで〜
―――彼と彼と彼女と彼と―――
<S+A ver>
「コウに手ぇ出してんじゃねえよ!!」
途中にあった街―――こんなものは指定していなかった。他の人のと混ざったか、あるいは周が横槍を入れてきたか―――で出会った女とオヤジ。
オヤジに絡まれたのでいつもどおり難なく倒す佐伯の耳に、跡部のそんな怒声が飛び込んできた。
目を見開く。心臓が高鳴る。
どっちだ? どっちのつもりで跡部は叫んだ?
自分だとわかってか? それとも――――――わからずか?
わからない。判断がつかない。焦りは本物だ。自分が他のヤツに抱き込まれて、苛立ちでとっさに出たものか?
だが・・・跡部なら知っているはずだ。こんな程度の相手に自分が遅れをとる筈はないと。
それを知らずに言った? 自分だとわからず? なのに腹を立てるのか? 焦るのか?
わかっている。跡部は優しいヤツだ。たとえ赤の他人でも、暴行を受けて見捨てるような薄情なヤツではない。ただし、
―――それならこんなに焦りはしない。
怖かった。跡部は『コウ』を―――自分ではない他者を愛しているのではないか、と。
躰だけの繋がりならまだ許せたのかもしれない。心も動いてしまったならば?
跡部の中で、『佐伯虎次郎』はどこにいるのだろう? 現世で帰りを待っているのか? ここで『コウ』と名乗り共にいるのか?
(それとも・・・)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう、どこにもいないのか?
不安を振り切るよう、跡部の胸に縋り付く。よしよしと撫でられた。
撫でられ、声をかけられる。
「もう大丈夫だ、コウ」
・・・・・・・・・・・・返事をする事は出来なかった。
跡部が女を睨みつける。フードの中で、佐伯はそんな跡部を見た。睨みつけるように―――駄々を捏ねるように。
衝動に駆られる。
今すぐフードを取りたい。
素顔をさらし、「俺だよ」と言ってしまいたい。
口を開きかける。と―――
跡部とずっと話していた女が言った。
「ここ出たらすぐドアだって。ここ出たらそれで終わり。このオヤジは再生待って、でもってアタシは生き返ってまた死んで。
・・・・・・・・・・・・出らんないでしょ?」
(――――――っ!?)
慌てて思い出す。今日は何日だ? 何日目だ?
跡部が日時を確認していたように、佐伯もまたカウントしていた。出来るよう、設定しておいた。
(9日目・・・・・・)
確認し、絶望する。正確な日時はわからないよう太陽の軌道を変え混乱させたのに。
(やっぱ、時計も壊すべきだったのかな・・・・・・)
皮肉げに思う。跡部同様、佐伯の日時カウントシステムもまた、腕にはめた時計だった。太陽の傾きだけで時間を言い当てた自分に、「せめて時計くらいの文明道具は持て」と呆れ返った跡部がくれたバースデープレゼント。自分の手首にも色違いのものを付け、「お揃いな」と笑っていたか。
だからこそ、止まらせたくはなかった。自分たちより一足先に同じ時を歩み出したもの。自分たちより先に、終わらせたくはない。
しかしながら、その時計が跡部にも告げていた。明日で全てが終わると。
これは、それを知らせるためのイベントだった・・・・・・。
(どうする? 帰す? 帰さない?)
ドアを前に、跡部は出る? 出ない?
『佐伯』に逢おうと、喜んで出て行く? 『コウ』と離れたくないと、出るのを拒否する?
「これで最後だっつーし、時間ももう遅いから1泊くらいしてくか」
告げられた、跡部の無常な声。嬉しくもあり、哀しくもあり。
他人とも別れ、再び2人きりになって。
振り向き、佐伯はただ小さく頷くだけだった。
最後の夜。適当に良さげな宿に泊まる。尋ねたところ、お代はいらないそうだ。よくよく考えてみればわかる事だが、この世界で金を稼ぐ手段がそもそもない。
今日もまた、フードは取らないまま抱かれる『コウ』を見下ろし、
跡部はそっとため息をついた。
(どうする佐伯? ドアは目の前だぞ? もう時間はねえぞ?)
言ってくれないのか? フードを取って、「俺だよ景吾」と・・・。
最後の望みを託し、ここに留まった。最後だと。わかっていると。そう告げた上で。
自分から言ってしまおうかとも思う。言えないのはなぜだろう?
(俺は・・・・・・お前が言ってくれるのを待ってる)
決して綺麗な感情ではなく。
ただ、自分では言えないから向こうに託した。佐伯の強い思いはよくわかるから。だから自分にはそれを無駄にさせる事は出来ない。そんな綺麗事をホザきながら・・・。
・ ・ ・ ・ ・
結局何も進展はないまま、最後の夜が終わった。期日まであと1日。
―――AS4へ