同じドアの前で
AnotherStory 〜ヴェールの向こうで〜
―――冥界出口にて―――
<S ver>
約束の10日目。イメージを解けば、そこは始まりと同じ場所で。
待っていた周に、跡部を引き渡す。口から出そうになる言葉を無理やり飲み込み。
言えなかった。言わなかった。いっそ誇らしげに思う。
(大丈夫だよ景吾。俺は、絶対お前の邪魔はしない)
やれる事はやった。恋人として、自分に出来る事を、コイツにしてやれる事を、全て成し遂げた。
「コイツ―――コウのヤツ、俺をここまで案内してきたがこれでコイツの『罪』も免除されたってか?」
最後まで『罪人・コウ』を気にする跡部に苦笑する。そんなに気を使わなくてもいいのに。
自分がどうなろうが構わない。一緒にいられた10日間。それだけで充分だ。
「うん。これで彼は改めて次の生へと行けるよ」
次の生。跡部のいない生。跡部を忘れ、全く違う存在として、全く違うものと共に生きる。
ゲームのリセットと同じ。真っ白にし、またやり直す。そう考えると、輪廻転生というのも残酷なものだ。思い出も人格も全て無視し、真っ白に書き換えられる。
このまま、佐伯虎次郎として終われたらどんなにいいんだろう。跡部との思い出と跡部への想いを胸に抱き、そのまま消滅出来たならば。
「じゃあ―――」
周がドアを指し示す。それを見る跡部を、佐伯は目に焼き付けた。せめて全てなくなるまでの間でいい。消されるとわかっていても、それでも今だけでも、躰を心を跡部でいっぱいにしたかった。
五感に意識を集中させる。他の全てが消え落ちた世界を、ただ跡部だけで満たして。
「断る」
(え・・・・・・?)
断った。誰が? 跡部が。何を? ドアから現世に戻るのを。
なぜ・・・・・・?
――――――――――――わからない。
瞬きしていると、跡部がこちらを見てきた。目を伏せさせる。たとえフード越しでも見せたくなかった。眼力が得意な跡部なら気付いてしまうかもしれない。自分が喜んでいる、と。
伏せている間に、さらに跡部が近寄ってきた。
「俺が戻るんだったらコイツと一緒にだ」
「けい・・・・・・」
つい、声が洩れた。声色を変えるのも忘れた。
(お前、やっぱ・・・・・・)
跡部の手が、マントを止める紐に伸びる。解かれながら、もう片方の手で頬を包まれ、
「そうだろ? なあ、
――――――佐伯」
わかっていた、跡部は。
「なんで、お前俺だって・・・・・・」
「ばーか。どれだけ一緒にいたと思ってんだよ。顔隠してようが声殺してようがてめぇの事なんぞ3秒で見抜いてやるぜ」
言われた。跡部はきっと、最初からわかっていたのだろう。
とめどもなく、愛しさが込み上げる。わかっていたから、わかった上で、跡部は躰も心も自分にくれた。
跡部はずっと、自分を愛してくれていた・・・・・・。
「何で・・・言わなかった? 顔隠して、偽名使って。今俺が言わねえ限り自分で言い出しはしなかっただろ?
俺と会うのは嫌だったか?」
なぜ言わなかったか。きっと跡部はわかっている。その上で、どうすべきか、判断を自分に委ねた。
それが、跡部の優しさそして残酷さ。別れの言葉を、自分に言わせようとする。
だから、
佐伯は涙を流し、自分の正直な気持ちを2つ言った。餞と、僅かな嫌味の意味を込め。
「嬉しかったよ・・・。まさかお前にまた会えるとは思ってもいなかった・・・。死んでも全然変わってないお前見てほっとした・・・。10日間、一緒にいれるって言われて・・・泣くほど嬉しかった・・・・・・。
言ったら続けちまう・・・! 『ずっとここにいてくれ』って・・・! 『現世になんて帰んな。ずっと俺のそばにいてくれ』って・・・!!」
「お前は現世に戻って・・・また新しい人生を始めるべき人間だ・・・・・・!!
だからな、景吾・・・。
お前は生きてくれ・・・。
生きて・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺の事は忘れて幸せになってくれ・・・・・・・・・・・・」
とんと背中を押す。ドアへと向かって。
哀しみはしない。喜んで見送ろう。これは自分で選んだ結果だ。
涙は止まらなかったが、それでも無理やり笑みを浮かべる。ドアの縁で振り向いた跡部に、笑顔だと思ってもらえるように。
そんな自分に合わせてだろうか。跡部もまた、笑みを浮かべていた。とても晴れやかな笑みを。
後ろ向きに飛び下りながら、
「またな、佐伯!!」
――――――――――――それが、跡部の『最期の』言葉だった。
外を見下ろす。落ちながら、胸に尖らせた木を突き刺しながら。
跡部はやはり笑い続けていた。
「景吾お!!!」
何も考えずに飛び下りる。手を伸ばし、跡部を抱き寄せ、
「なんで、こんな事したんだよ・・・!!」
なぜ。決まっている。『また』、逢うためだ。
自分で自分を殺した跡部。死者として冥界へ舞い戻り、Killerとして仕事をこなすまで次の生へも行けなくなる。
跡部を生き返らせるまでが仕事だった自分。跡部は生き返らなかった。仕事失敗だ。
「景吾・・・」
愛しさを込め、抱き締めた。ずっとずっと出来なかった事。
抱き返してはくれないけど、跡部はそれ以上のものを返してくれた。自分では超えられなかった壁を越えてくれた。共に生きよう(死んでるが)と、言葉より何よりはっきりと伝えてくれた。
「大好きだよ景吾・・・!!」
光に包まれ、2人は現世へ戻るルートから姿を消した・・・・・・。
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