《ああ? 手塚の肩が治らねえ?》
 「正確にはもう治っちょる。ばってん、精神的な問題で肩が上がらんらしいとね」
 《精神面? つまり―――》
 「痛めた記憶と再発の恐怖。お前がつけたモンとね、跡部」
 《ほお、なら・・・》
 「なら?」
 笑う千歳。受話器の向こうから、いつも通りの彼の声が聞こえた。自信満々なその声が。





 《責任は取んねえとなあ。
  俺様直々に治してやるよ。ありがたく思いな、手塚》










    

      ●    Placebo   ●      








α.かの男の来襲



 「雑誌で見たばいね。
  古傷の肩を痛め、戦列を離れわざわざここ九州までリハビリに来たそーじゃねーか!
  手伝ってやるよ。おたくのリハビリ」
 ミユキを人質に取り、獅子楽中が無理矢理手塚に試合を持ちかけた。
 肩が上がらない手塚にやりたい放題の大丸。手塚も反撃しようとチャンスボールにラケットを振り上げ―――
 ―――途中で止まった。
 (肩が・・・・・・・・・上がらない!)
 持ち直し下から打つものの、逆に上がった球は向こうのスマッシュチャンスとなった。
 「焦らすんじゃねーよ!!」
 大丸が吠えて飛び上がる。
 放たれるジャンピングスマッシュを前に、手塚に成す術はなかった。膝をつき、目を見開き・・・
 バシュ―――!!
 「何・・・?」
 ボールは、斜め後ろから飛んで来たボールに当たり弾き飛ばされた。後からのボールが大丸のコートを穿つ。
 「何だ!?」
 獅子楽中の一同も慌て出す。だが誰一人、今起こった事を理解出来ないようだ。
 その中で、唯一ミユキだけが冷静だった。ボールが飛んできた方に首を回す。
 手塚も同じ方向に向き直る。
 そこに、
 彼がいた。







 「よお手塚。久し振りだなあ」
 「跡部・・・」










          ●          











 「何だテメーは!!」
 「勝手に勝負割り込んでんじゃねえ!!」
 怒る獅子楽中一同に、彼―――跡部は普段と何も変わらぬ悠然とした仕草で腕を組んだ。
 浮かべる笑みもいつも通り。
 「俺が誰か?
  『雑誌で見た』んだろ? なら俺も見なかったか? 『手塚国光を破滅へ追い込んだ張本人』ってな」
 「跡部・・・・・・」
 複雑な表情を浮かべる手塚。対して獅子楽中の一同が浮かべたものは、単純な表情だった。驚き。
 「コイツ・・・!! 氷帝帝王の跡部景吾か!!」
 「なんで・・・そんなヤツが・・・・・・!!」
 「別に? ただ俺らは負けちまったおかげで全国も終わってな。ヒマなんで散歩がてら来た。それだけだ」
 「散歩!?」
 「氷帝って関東じゃねえのか!? ここ九州だぞ!?」
 「いいじゃねえか別に。同じ日本だろ? パスポートもいんねーし」
 「そういう問題とね・・・?」
 「基準違い過ぎんだろ・・・。やっぱ関東の方がグローバルなんか・・・?」
 一同が慄く。当たり前の話だが。
 それらを軽く流し、跡部は気怠げに前髪を掻き上げた。
 「んで、何か試合やってんな〜と見てみりゃ何だこりゃ? てめぇら全国出るプレイヤーとして恥ずかしくはねえのか?」
 「なんね! 文句あっか!?」
 「俺らはただ普通に試合しとっただけばい!!」
 「弱点攻めはおたくの得意技だろ跡部様!!」
 いきり立つ彼ら・・・・・・もまた流された。
 跡部がのんびり近寄ってくる。氷よりも冷たい炎を瞳に湛え。
 「どけ。てめぇら雑魚にゃ用はねえ」
 「ヒィッ―――!!」
 あっさり獅子楽中一同は退場した。
 改めて、向き直る。コートの中で。
 そこで、跡部は手塚へとラケットを突きつけた。







 「俺はてめぇに勝負を申し込みに来た」










          ●          











 「ちょっと待むぐ!!」
 横から口を挟もうとしたミユキ。大きな手で後ろから羽交い絞めにされ、言葉はそこで途切れた。
 新手かと焦るミユキだったが・・・
 「―――まあまあ。俺らはのんびり見守るばいね、ミユキ」
 「お兄ちゃん!」
 「よっ。助け遅うなってすまんとね」
 外した手で軽く挨拶する大柄の男―――千歳に、ミユキは驚きの声を上げた。今は四天宝寺の一員として大阪にいる筈では・・・・・・。
 「手塚が九州おる言うとな、黙っとれんヤツがおったとね。俺はアイツの付き添いばい」
 指差す。ラケット越しに手塚を見つめる跡部を。
 「あ! あ! そう!!
  あのドロボーの兄ちゃん、怪我しとって今試合出来んっちゃ!! やから―――!!」
 「知っとうよ。さっき言っとった通り、手塚怪我に追い込んだんがアイツ―――跡部ばい」
 「なら―――!!」
 「じゃから、ヤツなりに責任ば取りたいんよ。
  後悔はしとらん。けどそのまんま放っとけるほど冷たくもなか。
  ―――これが、さんざ悩んでアイツなりに考えたけじめのつけ方ばい。自由にさせときないよ」
 「・・・・・・・・・・・・」







 黙り込むミユキをちらりと見、手塚は視線を戻した。ラケットの向こうの、強い眼差しへと。
 戻し―――すぐに逸らした。
 「よかろう」
 「ほお・・・?」
 頷く跡部の声音がやけに冷たかった事に、手塚は全く気付かなかった。



―――β