「あれ?」
 とある部活のない昼下がり、最初にそれを発見したのは英二だった。
 「どうした? 菊丸」
 「あれ・・・・・・」
 指差す方を、乾と桃も見やる。駅前のわりと華やかな通り、逆側を歩いていたのは―――
 「氷帝の、跡部だな」
 「それがどうかしたんスか? 英二先輩」
 「じゃなくって。その隣。てゆーか腕組んで歩いてんの」
 言われ、もう一度見やる。確かに跡部は1人ではなかった。それもいつも一緒にいるお供の樺地ではなく、
 「すっげー、美人じゃないっスか・・・・・・?」
 そこにいたのは、茶色の髪を腰まで伸ばした碧い瞳の美少女だった。春らしく薄手のカーディガンを羽織り、ロングスカートの下はローヒールのサンダル。多少女性としては背は高めかとも思ったが、
175cmの跡部とは丁度釣り合いが取れていた。
 「あの様子では跡部の恋人といったところか。確かに跡部ならばそのような存在の1人や2人、いたところで不思議ではない」
 「でもアレが、っスか・・・・・・?」
 「世の中、すっげー不公平じゃん・・・・・・?」
 「まあ跡部だからな。だが・・・・・・俺としてはそれ以上に跡部の表情の方が気になる。
  ―――言うなれば、間違いなく『ベタ惚れ』だな。いつもの様とは大きく異なる」
 「確かに、いつもの俺様跡べーじゃにゃいよね・・・・・・?」
 「誰なんでしょうね。跡部さんそんなに釘付けにしちまうのって・・・・・・?」
 「よし。さっそくデータ収集だ」











The Secret makes Woman Woman ?

〜1〜









 「けーいっ! こっちこっち!」
 「わーってるって。ンな急ぐなよ。時間なんて充分あんだろ?」
 「だってせっかく久しぶりに景とゆっくり出かけられるんだよ? 今の内に遊び貯めしとかなきゃ」
 「お前も本気でバカな事考えるな。遊びなんて別にいつだって出来るだろ?」
 「景冷め過ぎ!」
 「悪かったな。お前がハイテンション過ぎんだよ」
 「む〜・・・・・・!」





 そんなやり取りをしながら前を歩く2人。サンダルを履いた細い足がターンする度長い髪とスカートの裾がひらひら風になびく。
 時に離れ、時に近付き。まるで春の妖精のように舞い踊る少女とは対照的に、跡部は一定のペースで進んでいた。進み―――少女が先に行き過ぎれば腕を引き寄せ、近付き過ぎれば肩を抱いて先へ促す。
 普通にやれば非常なまでに通行の邪魔なのだが、2人に見惚れた周りは誰からともなく道を空けている。
 そしてついていく側は・・・・・・





 「やべぇ・・・。めちゃくちゃカワイイ・・・・・・」
 「先輩すんません・・・・・・、オレ、鼻血噴いていいっスか・・・・・・?」
 「ふむ。確かに。
  しかしますます疑問だな。あの跡部に向かってあんなに親しく話すとは・・・・・・。しかも名前呼びか・・・・・・。
  ―――よし、もう少し調査してみよう」
 「オッケー!!」
 「ほ、本気っスか〜・・・・・・?」







・     ・     ・     ・     ・








 「あ、景! アイスあるよ! 行こ行こv」
 「で、買えってか・・・?」
 「ダメ?」
 うるうるうるうる・・・・・・
 「〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・。買えばいいんだろ買えば!」
 「わ〜い景ありがと〜vvv」



 「はい、景」
 「おお」
 「ふふっ。おいしいねv」
 「まあ―――いいんじゃねえの」
 「あ、景。そっち頂戴v」
 「いいぜ。ほらよ」
 「ありがとv」
 ぺろ。
 「んv おいし〜v
  こっちもいる?」
 「ありがとよ」
 ぱく。
 「ってちょっと景食べ過ぎ!」
 「ああ? どこがだよ」
 「そこチョコ固まってたんだよ!?」
 「それでか。どうりで舐めたら舌痛てえって思ったら」
 「ずるいずるいずるいずるい〜〜〜〜〜〜!!」
 「あーもーわかった! もう一口食えばいいじゃねえか!」
 「ありがと〜〜vv」
 「・・・・・・てめぇ、謀ってやってねえか・・・・・・?」
 「ん? ほんなほとないよ? ひのへいらよ」
 「全部食うんじゃねえ!」
 「へひ〜」
 「だったらこっちもっと食うからな」
 「あ〜!!??」





 ラムレーズンを食われた腹いせに少女の持つチョコミントへと手を伸ばす跡部。必死に取られないようにしながらもさらにラムレーズンを狙う少女。互いに手を拘束し合い、高度ながら低レベルな攻防戦を繰り広げる2人を周りも微笑ましげに見守る。
 一方、呆然と眺めるものもまたいてみたり。





 「アレ・・・、ホントに跡部?」
 「すっげーなんか・・・・・・、普通の人っスね」
 「あの少女恐るべし、といったところだな。
  だが、あの少女まさか・・・・・・」
 「ん? どしたの乾?」
 「いや、何でもない。
  まさか、な・・・・・・」







・     ・     ・     ・     ・








 「あ、ねえねえ景。そこテニスコートあるんだよね」
 「ああ? だからどーした?」
 「やってこーよ。久しぶりにさ」
 「フッ・・・。周、てめぇが俺様に勝てるとでも思ってんのか?」
 「やってみなきゃわかんないよ? ボクだって強くなったし」
 「ハッ! 口先だけなら何とでも言えるぜ?」
 「だったら証明してあげるよ!」





 そんなこんなでテニスコートへと向かっていく2人。
 隣の公園へと足早に向かいつつ、3人が推測をさらに深めていく。





 「『周』って言うんだ、あの子・・・・・・」
 「名前もカワイイっスね・・・・・・vvv」
 「―――2人の夢を壊して悪いんだが、
  アレ・・・・・・
不二じゃないか?」
 『はあ!?』
 「何言ってんだよ、乾」
 「あれが不二先輩っスか? 冗談キツいっすよ」
 「まず笑い方違うって。不二なら目閉じて笑うっしょ?」
 「話し方も全然違うっスよ。ていうかまず声から」
 「それ以前に性格から完全別人じゃん」
 「いや、だがあの口角の上げ方や身振り手振りにおけるクセなどは間違いなく不二と同じだ」
 『細かッ・・・!!』
 「それに日本人で『周[しゅう]』などと音読み一文字で終わらせる名前はそうそうない。跡部景吾が『景』と呼ばれているなら不二周助が『周』と呼ばれたところで不思議ではない。現に今一人称を『私』ではなく『ボク』と言っていた」
 「う〜ん、それは確かに・・・・・・」
 「そしてもうひとつ、先ほどから『周』はよく動いているが、いくらローヒールとはいえサンダルであれだけ動いて転ばないところをみると相当に運動神経はいいぞ。しかも跡部にテニスでまともにケンカを売るとなれば・・・・・・」
 「『天才・不二周助』・・・・・・」
 「だったらテニス中の様子見てみましょうよ。不二先輩のだったらいつも見てるんですし、すぐ分かるっスよ」
 「そうだな」







・     ・     ・     ・     ・








 「あん? スコートじゃねえのか?」
 「あ。景ってばセ〜ク〜ハ〜ラ〜♪」
 「違げえよ! ただどうせそういう格好してんだから徹底してやりゃいいじゃねえかっつってるだけで」
 「あはは。冗談冗談。どっちでもいいんだけど学校で慣れてる方にしよっかな、って思って。
  ―――ああ、大丈夫。スコートが見たいんなら2人きりの時にいつでもvv」
 「見てえなんて言ってねえ!!」





 ポロシャツにジャージを履き、ネット越しに向き合う。少女:周は髪が邪魔らしくポニーテールに縛っていた。露になる細い項・・・・・・が問題なのではなく、おかげで顔がよく見える。
 よく見て・・・・・・





 「確かに顔は不二っぽい、よねえ・・・・・・?」
 「しかも『どうせそういう格好をしているんだから』というのは、あえて女性らしい格好をしている、という解釈にしかならないだろう?」
 「学校でジャージに慣れてるって、そりゃ不二先輩ならふつ〜にジャージ穿いてるっすよね・・・・・・」
 「んじゃやっぱ、アレって不二・・・・・・?」
 「でもあの・・・・・・胸、って・・・・・・」
 「動き方からして、パットの類でない確率、
96%」
 「乾やらしすぎ・・・・・・」
 「先輩の方がセクハラっぽいっスよ・・・・・・」
 「結局どっち・・・・・・?」
 悩む3人の前で、試合が始まる。







・     ・     ・     ・     ・








 「絶望への前奏曲を聴きな!」
 バシュッ―――!
 「悪いけど、まだ絶望する気はないんだよね!!」
 パァァ―――ン!!
 「ほお、やるじゃねえの」
 「そっちこそね」
 「だが・・・
  守ってばっかじゃ俺様には勝てねえぜ?」
 「だろうね。だから―――
  ―――白鯨!」
 ギュルルルル・・・・・・
 パンッ!
 パシ。
 「こんなものでどうかな?」
 「やってくれんじゃねえの」
 「お望みとあればいくらでも」
 「ハッ! 言ってろ」





 まず1ポイント目を先取した少女。にやりと楽しそうに笑う跡部にそちらもにっこりと笑ってみせる。





 「『白鯨』ぃ!?」
 「やっぱ不二!?」
 「あの神業的トリプルカウンターを行える者などアイツをおいて他には―――!」
 「しかもようやっと性格から顔から不二っぽくなってきた!?」
 「じゃあやっぱアレ不二先輩っスか!?」
 「だがしかしだとすると性別は・・・・・・」
 「えええええええ〜!? 結局どっちなの〜〜〜!?」







・     ・     ・     ・     ・








 「ゲームセット。7−5。ウォンバイ跡部」
 「あ〜くやし〜。今日こそ勝てるって思ったのになあ」
 「俺様に勝とうなんざあまだまだ早ええ」
 「ちょっと位手加減してくれたっていいじゃない」
 「ざけんな。俺が手加減したらお前だって手ぇ抜くだろうが」
 「ゔ・・・。それはまあそれとして」
 「―――本気でやる気だっただろ」
 「気のせい気のせいv じゃあ勝った景にはごほうびでvv」
 「誤魔化すんじゃねえ」





 ネット越しに跡部の顔を引き寄せキスする少女・・・不二。跡部も片手を不二の手に重ね、もう片手で不二を抱き寄せた。
 夕暮れも近く、もう他に誰もいないテニスコートは2人により完全に支配され・・・・・・。





 「どうやらあの胸は4%の確率でパットだったようだな。さすが不二。まともなデータは極めて取りにくい」
 「ゔっゔっゔっ・・・。不二〜・・・・・・」
 「ウソでしょ〜。先輩が跡部さんの恋人っスか〜・・・?」
 「これだけ徹底して女装デートなどした挙句ディープキスまですれば
99%間違いなくそうなるな」
 「残り1%は・・・・・・?」
 「希望、だな」







・     ・     ・     ・     ・








 今度は普通に部活のある次の日、3人はその1%の希望を胸に、着替え中の不二に近寄った。
 「不〜二〜。ちょーっと訊きたいんだけどさ」
 「どうしたの? 英二」
 「いやあのさ〜・・・・・・。
  昨日って部活なかったじゃん。なんっか・・・・・・やってた?」
 「何か―――って、別に普通に家にいてレコード聴いてただけだけど?」
 「ウソ!?」
 「え!? 不二先輩跡部さんと一緒にいたんじゃないっスか!?」
 「見苦しい言い逃れはするな不二! お前が跡部と一緒にいたという証拠も証人もしっかり用意されてるんだぞ!?」
 「証人はともかく証拠、って・・・・・・?」
 不二の答えに、そっぽを向いて他人の振りをしていた桃と乾もぐるりと振り向いてきた。
 疑問なところを一応突っ込み、
 不二はくつくつと笑った。
 「もしかしてそれって―――周の事?」
 『「周」・・・?』
 「僕の双子の妹。今跡部と同じ氷帝学園に通ってるんだけど・・・・・・、そういえばみんなには言ってなかったっけ」
 「聞いてないよ〜!!」
 「ていうかホントっスか!? その話!」
 「不可解な点が多すぎるだろ?」
 「そうかなあ・・・?」
 「だって全然知らなかったよ!? 不二のきょうだいって言ったら由美子さんと裕太だけじゃないの!?」
 「直接知り合う機会がなかったからね。周はずっと氷帝上がってるし」
 「氷帝応援部にいたことないじゃないっスか!?」
 「・・・一応アレ氷帝『テニス部』なんだけど。まあ周はテニス部入ってないからね」
 「ならなぜその妹がお前と同じトリプルカウンターなど打つ!?」
 「そりゃ打つよ。トリプルカウンターは僕と周の合作だもの」
 「じゃああのテニスの腕は!? テニス部入ってないのに!?」
 「跡部に個人レッスン受けてるからね。自然と強くもなるよ。僕も元々青学[ここ]来るまでテニス部とかはいってなかったしね。跡部に教わってただけで」
 「てゆーか、じゃあそもそもなんでそんな関係になるんスか!? 昨日の様子じゃめちゃめちゃ恋人っぽかったっスよね!?」
 「ぽい、というより恋人だからね。厳密には跡部の一番のお気に入り、かな? 周も嫌そうじゃないし、別にいいんじゃない?」
 「なら、クセなどがお前に似ているのは・・・・・・」
 「あれ? やっぱ似てる? みんなに言われるんだよね、そっくりだって。イマイチ自分じゃよく分からないんだけど。
  ―――周もそれで僕に間違えられるのが嫌だからって髪伸ばしてるしね」
 「そんなに似てんの・・・・・・?」
 「さあ。最近じゃ性格が違ってきたってよく言われるようになってきたけど」
 『それは確かに・・・・・・』
 納得し、離れていく3人を視線で見送り不二が着替えを再開する。Yシャツを脱ぎ、ポロシャツを首に通してから下に着ていたランニングシャツを脱ぐ。
 下も着替え、レギュラージャージを羽織ってから。
 「ホラ3人とも、もうすぐ部活始まっちゃうよ」
 「え!? ウソ、マジ!?」
 「やべっ!! 急がねえといけねえなあ、いけねえよ!!」
 「今すぐ出て行かなければ手塚に走らされる確率、
100%」





 ばたばたと3人が出て行く。誰もいなくなった部室にて。





 「―――だってさ、景」
 呟き、不二―――不二周は頭に手をかけた。いつものショートカットのかつらを外す。中から、ばさりと腰までの長さを誇る茶色い髪が現れた。
 「そんなのいるわけないじゃない」
 本格的に動く部活前によりきつく止め上げる。部活中に落ちてきたら大変だ。
 ジャージのファスナーを閉める前に一応胸元確認。古典的なサラシながら、意外と使いやすくしかも緩みにくいそれには毎度助けられる。カモフラージュで着ているランニングシャツも、『男』としても性的[そういう]対象に見られるらしい自分としては肌の露出を抑えるなどという恰好の建前があったりする。
 「全く、景もムチャ言うよね。というかどうやって入学書類偽造したんだろう?」
 青学へ入学すると言い出した弟を追って(正確には待ち伏せする形で)中学は氷帝から青学へ移行しようと決意した自分。その話を跡部にしたところ、心配性の彼は最初「俺も青学に行く」などと言い出した。「お前1人でンなトコ言ったら3秒で襲われる」と力説する阿呆部にブチ切れ、「そんな事あるわけないだろ!?」と大喧嘩。青学の合格通知を見せつける自分に、ようやく跡部が考えだした妥協点がコレだった。
 「ま、みんなには悪いけど暫く『周』で踊っててもらおうか」













・     ・     ・     ・     ・








 「なんて事があったんだよ」
 「ほお」
 ベッドに長い毛を散らし、その中心で笑う周に、被さりつつ跡部が僅かに顔をしかめた。
 「って事は、こないだつけてた奴等ってのはそれ確認してたってワケか」
 「うん。『周』とデートする景をね」
 「馬鹿じゃねえのか? アイツら」
 周の頬を撫でつつ、顔を寄せる。触れる程度のキスをして、
 「こんな顔の男がどこの世界にいるってんだ」
 「あ、何? そんなにボクが綺麗だって言いたいのかな?」
 「馬鹿が。違げえよ」
 「痛っ・・・」
 額を軽く握った拳で叩いてから、手を下へと滑らせYシャツのボタンを開けていく。一度家で着替えてきたのだろう。Yシャツの下には何もなく―――
 「―――せめてサラシつけてねえ時はブラくらいしろ」
 「いいじゃない。どうせ外すんだから。それにしててもきついだけだし」
 「そういう問題じゃねえ。俺以外のヤツが見たらどうするつもりだ。ちったあ女として自覚持ちやがれ」
 だから1人でどっかやるのは心配なんだ・・・と続ける跡部へ、周はきょとんとした表情で尋ねた。
 「景以外? 見せるつもりあるの?」
 きょとんとした―――その奥で笑いを隠さない表情で。
 跡部はくしゃりと髪を掻き上げ、ため息をついた。
 「見せるワケねえだろ? 馬鹿が」
 「ふふっ。だろうね。安心したよ」
 片や憮然として、片や笑って、
 2人は今度こそ深く深くキスを交わした。



―――












・     ・     ・     ・     ・


 『
Secret makes Woman Woman』。確かコナンでこんな感じの言い方をしていたようないなかったような、そんなうろ覚えの文章です。まあ訳は『秘密はより女性を美しくする』だそうで。
 そんなワケで今回は不二の女体化というか女性化話です。進んでいないシリーズ『
S&S』でリョーマ女性化verはありましたが、不二先輩は初めてだなあ・・・。いや、女体化全っ然関係ない話ですが。ちなみに『周』の時の声は由美子さん声という事でよろしくお願いします。

2004.4.8



 ―――今回の話、不二以上に跡部が可愛くてたまらないような気が・・・・・・。