さらに次の週行われた青学対氷帝の練習試合。氷帝学園へ青学が赴きなされたそれにて、ついに騒ぎは起こった・・・・・・。
The Secret makes Woman Woman ?
〜5〜
両部長と顧問らが打ち合わせをしている間、着替え終わったレギュラーらはコートに散らばり準備運動をし―――
「―――あれ?」
「あん? どないした? 不二」
「ここ・・・・・・」
端のコートを使おうとした不二が、ネットの前に身を屈めて指差した。たまたまそばにいた忍足もまた、身を屈め、
「あら〜・・・。こら酷いなあ」
「でしょ?」
ネットとポールを繋ぐロープ。いつも力強く引かれるせいか、かなりボロボロになっていた。
「試合中に切れたりしたら笑えるね。特に手塚対跡部戦で」
本当に笑顔でそう言う不二に、
「仕方あらへんなあ。ストックある筈やし、新しいん取ってくるわ」
ぽりぽりと頭を掻いて忍足がため息をついた。
「ああ、じゃあ僕行ってくるよ」
「お前が? ええでそんなん。せっかく『客』なんやからゆっくりしていき」
「でも第一発見者僕だし。それに場所知ってるから」
言うだけ言って、言葉の最後にはもう不二は走り始めていた。
止め損なった忍足。半端に上げた手を下ろし、
「ええお嫁さんになれそうやなあ、不二は・・・・・・」
・ ・ ・ ・ ・
部室の脇にある、テニス部専用倉庫。この辺りも部室改築ついでと跡部が金を出したのだが、
「え〜っとネットネット・・・・・・あ、あった」
どうやら管理も跡部がやっているらしい。几帳面というか神経質というか、何にせよ彼らしさを遺憾なく発揮するそこは、物もきちんと整理され、入ってすぐぐるりと見回せばどこに何があるのか全てわかるという便利な収納方式がなされていた。
ネットを取り出し、今度は古びていないかチェックをし―――
ふと首を傾げた。
「そういえばネットって・・・、あんな風に古くなるかな・・・・・・?」
使えば実際なるかもしれない。あれ以上にボロボロのネットだっていくらでもあるし、いちいち変えていては相当の出費だ。いくら氷帝でもさすがにそこまで新しいのにはこだわらないだろう。はっきり言ってネットなど位置と高さがあっていればそれでいいのだから(リョーマや葵のようなコードボール狙い、さらにブン太のような秘技・綱渡りなどの場合は別だろうが)。
だが・・・・・・
「ロープ以外はそこまでボロボロじゃなかった・・・・・・。ロープは引っ張られてるから? それだけか・・・・・・?」
呟く不二の後ろで、
がちゃん。
倉庫の扉が音を立てて閉められた。
・ ・ ・ ・ ・
「あ、手塚達戻ってきた」
英二の声に、練習していた者達の視線が一斉にコート入り口へと向く。
代表して、跡部が掛け声をかけた。
「今から練習試合始めるから準備し―――!!」
かけて・・・・・・そこで止まる。
「・・・・・・おい。てめぇらンとこのNo.2はどうした?」
「え? 不二?」
「そういやいないな・・・・・・」
「―――不二やったら今ネット取りに行っとるで。すぐ戻ってくるやろうから先始めとこや」
忍足の言葉に納得する一同。反面、
「ネット、だあ? 何でだ?」
「Eコートのネット、ボロボロやで?」
「ああ? ンな事ねえだろ? 毎日ちゃんとチェックさせて―――」
言いながら跡部が問題のネットへと近付いていく。不二が指差したところを彼もまた見やり、
「―――で、不二が倉庫に取りに行ったんだな?」
「? まあ場所知っとるしな」
「他には? 誰か一緒に行ったか?」
「不二1人やで? そない人数いらんやろ?」
「・・・・・・・・・・・・」
じっと見て、腐食部分を指でなぞり・・・・・・
「てめぇら練習試合先やってろ!!」
「あ、おい跡部!?」
跡部は、他の全員にそう命令すると1人コートを飛び出した。不二が呼び出された、倉庫へ向けて。
・ ・ ・ ・ ・
閉まった扉を振り向く不二。閉じ込められたのは自分と―――あと氷帝部員3人。
全員知っているその顔。幼稚舎にいた頃、やはりテニスクラブのメンバーだった3人に、
「・・・・・・なるほどね。ボクを呼び出すにしては、随分回りくどい方法を選んだね」
周は、ゆっくりと頷いた。
ネットを抱えたまま、警戒して目を左右に走らせる。
「で、わざわざこんな事して何の用かな?」
「言わなきゃわかんねえか?」
逆に問われる。
恨みがましい目で自分を睨み付ける3人を暫し見つめ、
「つまり、青学が氷帝を倒し全国に進んだのが気に食わない、と?」
「わかってんじゃねえか」
「それもこれも、てめえが俺達氷帝を裏切ったせいだぜ」
「てめぇが負けてりゃこんな事になんなかったんだよ」
確かにその通りだ。自分がジローに負けていれば、S1で跡部が勝ち氷帝が関東大会2回戦へと進んでいた。
わかった上で、
くすりとからかうように笑う。
「ホントに景ってくじ運悪いよね。せめて2回戦で当たってれば負けても敗者復活戦出られたのに。はっきり言って山吹ならまだしも緑山と氷帝なら、間違いなく氷帝が勝ち残っただろうね」
自分だって、どんなにそうなったらよかったかと思った。なんでよりによって1回戦で当たってしまったのか。たとえ跡部と直接対戦するのは手塚であろうと、それでも一緒に大会を勝ち残っていきたかった。
笑みの中に、微かに寂しさを篭める。跡部ならば気付いただろう。その笑みが自嘲だった事を。
だが、
「てめえ舐めやがって!!」
「そもそもてめえが青学なんか行きやがったからだろうが!!」
「何スカした顔してレギュラーなんかになってやがる!!」
もちろん周の本音になど気付かない男らは、激昂して周に詰め寄ってきた。
「てめえ自分が何だか忘れてるみてえだな!」
「俺達が教えてやるよ!」
「てめえがレギュラーなんかなってんのが間違いだってな!!」
男達を見据える周の目が細まる。ネットをいつでも広げられるように両手に構える。
暴徒対策なら跡部と佐伯に散々教わっている。3対1とはいえ不意をつけばこの程度の相手なんとでもなるだろう。扉のカギは掛けられたようだが、内側からならば普通に開けられる。
警戒する周には気付いたらしい。先手を打ってきたのは男達のほうだった。
「いいのか? 反撃して」
「・・・何が言いたいのかな?」
「<負けた氷帝の部員、仕返しとして勝った青学のレギュラーに暴行を働く>
―――騒ぎになったら大変だろうなあ、氷帝は」
「―――っ!!」
氷帝は――――――即ち、跡部は。
氷帝部員の起こした問題に対する責任は、もちろん顧問の榊と、そして全てを一任されている部長の跡部にある。もしここで跡部に何らかの汚点が付いたとしたら?
確かに今回氷帝は関東で負けた。氷帝中等部テニス部部長としての歩みはこの時点で終わった。だが全国区であり、関東の試合で手塚とあれだけの好試合をした跡部。彼にはこの先輝かしい未来などいくらでもある。やはりテニスの強豪校である氷帝の高等部へ進むも良し。他にも様々な学校から現在引っ張りだこだと言っていたし、それに海外からの誘いまであるという。
――――――――――――それら全てを、自分のせいで潰してしまうのか?
自分のワガママで始まったこの騒ぎ。渋々ながらも跡部も容認してくれて。そして表面的にはともかく芯ではずっと自分を支えていてくれたのに。
―――『やっぱ氷帝戻ろうかな?』
裕太がルドルフへ転校してしまい、ぽつりとそんな事を呟いたときも、
―――『バーカ。戻ってくんじゃねえ。
てめぇは手塚もろとも来年俺達氷帝がぶっ潰して、全国への踏み台にしてやるから楽しみに待ってろ』
跡部は鼻先に指を突きつけそう言い放ち、優しく抱き締めてくれた。その腕の中で、自分は忘れていた笑みを思い出した。
(これ以上、景に迷惑かけられないよ・・・・・・・・・・・・)
ふっと、肩の力を抜き、
周は持っていたネットを足元へと落とした。服従の合図。男達が周へと群がる。
かつらを取られ、ジャージのファスナーを壊す勢いで下げられ、ポロシャツを引き裂かれ。
サラシを解かれても、周は一切抵抗しなかった。
下卑た笑みで胸を掴まれる。知り合いにはその程度はやらせるが、明らかにそういう意味を持った触られ方に嫌悪感が走る。
顔を背ける周に、さらに調子に乗った他の男がジャージのズボンを一気に下げ、現れたそこを面白げに触った。
「やっ・・・!!」
まだ下着越しとはいえ、決して跡部以外には触らせない部分。さすがに周が声を上げた。
反射的に脚を閉じようとして、
「反抗するんなら、頬でも一発殴ってみるか。その白い頬じゃ、さぞかし目立つだろうなあ」
「う・・・・・・」
証拠を残してはいけない。少なくとも目に見えるところには。
ぎゅっと目を閉じ歯を食いしばり、逆に脚はゆるゆると開いていく。頭を乱雑に撫でられ、
「お利口お利口。自分の立場ってモンよくわかってるじゃねえか」
「それとも跡部さんじゃもの足りないってか?」
「ははっ! だったら俺達のトコ来いよ。いくらでもやってやるよ!」
下着も引きちぎられ、強制的に座らさせられ、
「景・・・・・・」
涙で滲んだ目で、周が愛しい者の名を呼んだ。
助けに来て欲しいわけじゃない。むしろ来られれば最悪の事態が待っている。
だが、それでも―――
「景・・・・・・」
もう一度呼び、今や酷く遠い扉へ手を伸ばす。その手の先で・・・・・・
「周!!」
閉ざされていた扉が、開いた。
・ ・ ・ ・ ・
明らかに薬品で腐食したロープ。それを誰が最初に見つけるかは博打だが、周の性格を知っている者ならばわりと容易に思いつく策だ。このような場合、まず最初に動くのは鳳かさもなければ周だ。確率1/2、いや、迎える側として先に青学生をコートへ入れる以上、一番端のアレに気付くのは間違いなく周の方が先。確実にその罠には周がハマる。
「くそっ・・・!!」
倉庫に全速力で向かいながら、跡部は苛立たしげに唸っていた。気付いて然るべきだった。氷帝が青学に負けて以来、内部に不穏な動き―――とまではいかないが、歪みがあったのは確かだ。その青学との練習試合。氷帝部員がモヤモヤをどこに向けるかなど明らかではないか。
(なんで俺は周から離れた・・・・・・!!)
いつもあれだけ気を使っていたのに。なのに油断した。周の事を知る者の多い氷帝内だから、と。自分に逆らう者のいない氷帝内だから、と。
(ンなのそばにいなきゃ意味ねえだろうが!!)
自分に直接逆らう者はいない。ならば・・・・・・
――――――自分がいない時を狙う者は多い、という事だ。
倉庫へと辿り着く。閉じられた扉。そこにはもういないか、さもなければ・・・・・・
「周!!」
ドアを蹴り破り、中へと飛び込む。そこにいたのは部員3人と、
「景・・・・・・・・・・・・」
裸同然の格好で男達に組敷かれ、涙を流し自分へと手を伸ばす周だった。
何があったのか、これから何が起ころうとしていたのか、一瞬で悟る。その一瞬の間にも、体は既に動いていた。
「てめぇら何やってやがる!!」
一声吠え、男達を蹴り飛ばし周からどかせる。
周を抱き起こし、目立った傷などはない事を確認し、
「大丈夫か? 周」
「景・・・。どうして・・・・・・?」
跡部は、呆然と呟く周の頭を優しく撫でた。
「お前が泣いてたらすぐ行くに決まってんだろ? じゃなかったら佐伯の野郎がお前取り返しに来ちまうじゃねえか」
茶化して言う跡部に、力の抜けた周が体を預けた。
暫し、背中をぽんぽんと叩き、落ち着いてきたところで、
「で、てめぇら覚悟は出来てんだろうなあ、もちろん」
底冷えのする声で、呼びかける。支配された空気が萎縮し、合わせるように固まっていた部員がびくりと震えた。
震えながら・・・・・・言ってはならない台詞を言った。
「だ、だって跡部さん・・・・・・」
「そいつが青学行かなけりゃ、レギュラーになんてならなきゃ・・・・・・」
「俺達、全国行けたんですよ・・・・・・?」
跡部の目が見開かれる。驚きではない。
瞳の中に、青い炎が灯される・・・・・・。
「俺達が青学に勝てなかったのは俺達のせいだ!! 俺達にそれだけの実力がなかったから勝てなかっただけだ!! コイツのせいじゃねえ!!!」
抱き締めた周の存在すらも忘れ、立ち上がりざま間合いを詰めた跡部が3人を殴り飛ばす。
外へ転がり出た3人を追おうとして―――
「待って景!!」
後ろから、周に抱きとめられる。
「周! お前ンな事言われてて平気なのかよ!? お前のせいじゃねえ―――」
振り向き怒鳴り―――勢いが止まる。
周が、笑っていた。涙をボロボロ流し、いっそ憐れみを抱かせるその様で、それでも笑っていた。
「ボクは大丈夫だから、ね? 何にもないから。だから・・・・・・」
それだけで、もうわかった。あいつらの、卑怯なやり口。
それでも・・・・・・
跡部は、追うのを止めて周と向き直った。ひとつ、長くため息をつく。周の体がびくりと震えた。
「馬鹿野郎が・・・・・・」
「ごめん、なさい・・・・・・」
謝る周を、
ぎゅっと抱き締めた。
「お前はいろんな事に気ぃ配りすぎなんだよ。
全部背負い込もうとすんな。俺の事なんて気にしなくていいんだよ」
「でも・・・・・・」
何か言いかけた周をさらに強く抱き締め、
「いいんだ。お前はずっとワガママ言ってりゃそれで。俺にまで遠慮すんな。
お前はワガママ言ってぎゃーぎゃー騒いで俺に殴られてぶーぶー文句垂れてんのが一番似合う」
「何さそれ・・・・・・」
半眼で呟き、そして笑う。今度は本当の笑み。
跡部にあやされ、彼の存在を確かめるように抱き締め返し、その中で、
周はようやく嗚咽を洩らして泣いた。
今になって震える彼女の体を、今度こそ絶対に手放さないよう、跡部はきつくきつく抱きしめた。
・ ・ ・ ・ ・
「どうしたんだ? 跡部のヤロー」
呟き、みんなが問題のコートへと寄る。その中で、最初に跡部と同じ点に気付いたのは鳳だった。
「あれ?」
「どうした? 長太郎」
「このロープ・・・・・・」
「ああ、もう古いんやな。そんで不二が今新しいの取りに―――」
「違いますよ、コレ・・・・・・
―――明らかに薬品で腐食させられてます」
「え・・・・・・?」
鳳の指摘に、ロープへと注目が集まる。
代表して、忍足がロープへ手を伸ばす。他の部分と見比べてみても、確かに、通常の古くなり方とは違う。
「ホンマや・・・・・・」
「気付かなかったのか? テメエが」
「すぐ不二が動き出しおったんで、あんまよう見とらんかったんや。
せやけど、こないな事するっちゅーたら狙いは・・・・・・」
呟く忍足の視線に合わせ、全員が倉庫の方を見やる。まるでタイミングを合わせてきたかのように、そちらから氷帝部員3人がまろび出てきた。
一様に腫れた顔に、一部の氷帝部員―――幼稚舎から上がってきた者たちが、事態を察する。最悪の事態を。
「アイツら・・・・・・!!」
動いたのは向日と宍戸だった。慌てて逃げる3人中2人の襟首を捕まえ、
「言え! テメエら不二に何やった!?」
恐ろしい剣幕にガタガタと震える。いや、この男らはそれより前にもっと恐ろしいものを間違いなく見た。それが今だに引いているのだろう。
「あ・・・、アイツのせいで氷帝が負けたから、だから少し思い知らせてやろう、って・・・・・・」
『思い知らせて』。―――何を『思い知らせ』ようとしたのか。
男達の震えが伝わったかのように、宍戸と向日の腕も震えだす。それだけではない。忍足の、鳳の体もまた震えていた。
「何やってんだテメエら!! 俺達が負けたのは俺達の責任だ!! 俺達の実力が足りなかったからなだけだ!! アイツのせいじゃねえ!!!」
「ヒッ―――!!」
跡部と同じく激昂し、2人が男らを殴り飛ばす。忍足も、鳳も止めなかった。
「うわあああああ!!!」
残った1人がなおも逃げ出そうとする。その先にいた樺地に、忍足が怒鳴った。
「やりい樺地!!」
「ウス!」
まるで跡部に指示されたかのように―――違う。本当に跡部に指示されたのだ。直接は言われずとも、やるべき事は伝わったのだろう。
(それも、ちゃうな・・・・・・)
樺地もまた、宍戸や向日、それに自分達のように、自分の意思で動いたのだろう。誰よりも跡部のそばにいる樺地は、同時に誰よりも不二のそばにいる。跡部が、みんなが不二を大切に思うのと同じように、樺地もまた不二の事を大切に思っているのだ。
男に重い一撃を加え気絶させた樺地を見やりそんな事を思う忍足。隣でとりあえずの溜飲を下ろした鳳が、眉を寄せ呟いた。
「でも、これだけ怯えてるのって、跡部さんの制裁喰らったからっスよね・・・・・・」
「そらそやろな・・・。その割にあんまケガはしとらんようやけど」
「だったら、それまで不二さん、なんで抵抗しなかったんでしょうね・・・?
不二さん、跡部さんや佐伯さんに教わって護身術出来るんでしょう? だったらおかしくありません?」
「そないなんは、不意をついたかもしくは―――」
言いかけて、止まる。鳳の言葉に、ほどんど無傷の男達。はっきり言って、今まで不二をナンパしただけで全治2週間程度は当り前だった。それを、明らかに襲ったというのに・・・・・・。
『―――っ!』
同時に悟る。忍足と鳳が目を合わせ、口の中でまさかと呟く。
最低だ。氷帝部員として信じられない行為だ。そこまで青学に負け氷帝は荒廃していたのか? 跡部の絶対支配を離れるほどに?
「お前ら・・・、まさか跡部利用して不二脅したんか・・・・・・?」
『な・・・・・・!?』
こちらもわかったらしい。宍戸と向日が声を上げる。
青褪める男達の顔。決定だ。終わった。氷帝は・・・・・・。
「そないなん真に受けてまともに『脅され』おった不二にもち〜っとばっかし腹立つけどな・・・・・・、
最低なんはお前等や。お前ら跡部を何やと思とるん? 権力にしがみついて、それかさにしてふんぞり返っとる男や思とたか? そないな部長にお前ら従っとったんか?」
ぎしりと歯を食いしばる。その音が静かなコートに広がった。
「ふざけんなや!! 跡部がどれだけ俺らにお前らに尽くしとるか知らんのか!!
都大会も敗者復活戦行き! 関東は1回戦負け!! 今年の氷帝ボロボロやて周りみんなに言われとるんやで!? それが直接俺らに来いひんのは跡部がそこで止めとるからや!!
一番悔しいんは跡部なんやで!? なのに全部自分の責任や言うて背負っとる!! あの跡部が! プライドずたぼろにされてそれでも甘んじて全部受け入れとるんやで!?
お前らのした事はそんな跡部への最大最上の侮辱や!!!」
「あ・・・・・・」
「そん、な・・・・・・」
「嘘、だろ・・・? 跡部さん、が・・・・・・?」
「そんな事、して・・・・・・?」
崩れ落ちる氷帝部員2人。周りでも、初めてそれを知らされた者たちが息を呑んでいた。
「ホンマやったら、そないなお前ら追い出すんが普通なんやろうけどな・・・・・・。
跡部やったら絶対そうせえへんから―――アイツほんまモンの阿呆やで。お前らみたいなんまで受け入れようとする―――、せやから俺らもこれ以上は何もせん。お前らの好きにせえ。辞めるも良し。続けるも良し」
「侑士・・・・・・」
向日の呼びかけに、忍足が小さく頷いた。
「せやな。まあコイツらが生きとる時点で大した事はあらへんかったんやろうけど、戻って来いひんのは気になるなあ。行ってみよか」
「また見せ付けられたりしてな」
少しでも重い雰囲気を飛ばすように、宍戸が苦すぎる苦笑いを浮かべ呟く。
倉庫へ、重い足取りで向かおうとする氷帝レギュラーら。青学レギュラーもついていこうとして・・・・・・
「俺らがどーのこーの言うのも何やけどな、
―――ついて来いひん方がええで。あんま、オモロないモンしか見れへん」
振り向きもせず言われた事に、足が止まる。その中で、
「だが、不二も絡んだ問題なのだろう? 不二は青学の部員、俺達の仲間だ。ならば放ってはおけない」
手塚が、そう断言する。合わせるように頷く青学一同。
振り向き、それを確認し、
「―――さよか。出来ればそれ、ずっと思っててな・・・・・・」
忍足は一言、ぽつりと呟いた。
・ ・ ・ ・ ・
倉庫へ向かった一同。そこで見た光景に、それぞれ違う意味で息を呑んだ。
開けられた―――というかあからさまに壊された―――扉の内側で立ち尽くす跡部。裸同然の格好で腕に抱かれ、しゃくり声を上げる不二・・・・・・と思しき少女。
知っていた者たちは、予想通りの光景に細めた目を逸らしてため息をつき、
知らなかった者たちは、口を開けてまじまじと少女を見つめた。
「不、二・・・・・・?」
「え・・・? この、女の子が・・・・・・?」
腕にかろうじて引っかかるポロシャツは確かに青学レギュラーのもの。腰まで届く長い髪については前回聞いた通り。だが、跡部に抱かれるほっそりとした、しかし女性特有の丸み(いやそれを直に知っているわけではないが)を帯びた体は・・・・・・。
「ひっく・・・、えぐ・・・・・・
景〜・・・・・・」
洩れる嗚咽もまた、自分達の知る不二のそれとは音域を異にする。どちらかというと彼の姉、由美子に近いくらいか。
ゆっくりと、しかし一定のリズムで頭を叩きながら、跡部が独特の低音で耳元に囁きかける。
「大丈夫だから。もう何も怖ええ事はねえから。ずっとそばにいてやるから」
呪文のように繰り返される言葉。腕の中で頭が小さく動けば、また頭を叩き。
静かな空間。誰も何も言わず、誰も動かず。全てが2人だけに支配される。
その中で、手塚が小さく動いた。
手を首元に持っていき、自分がジャージを着ていない事を確認すると、2人の元へと近寄っていく。
びくりと震える小さな体。抱き寄せ、跡部も警戒心を見せる。
2人を無視して倉庫の奥へと入り、捨てられたジャージを拾い、跡部に手渡した。
「手塚・・・・・・?」
「てめぇ・・・・・・」
顔を上げ、きょとんとする2人に、どう言おうか一瞬悩み。
「着させてやれ。そのままの格好では―――彼女が可哀想だ」
「あ、ああ・・・・・・」
跡部自身も言われて初めて気がついたのだろう。手塚からジャージを受け取り、周の肩に掛けてやる。
周も素直に腕を通し、
「手塚・・・・・・」
「む? 何だ?」
「ありがとう」
涙の跡の残る顔で、ふんわりと笑った。
・ ・ ・ ・ ・
全員がその場を後にして暫し。跡部もまた、コートへと戻ってきた。
みんなが何か問うよりも早く、
「アイツなら今着替えてる。多分もうすぐ来る」
そう答える跡部はジャージを脱ぎポロシャツにハーフパンツの姿だった。あのポロシャツの様子から考え、ジャージもぼろぼろにされていたのだろうか。もしくは・・・・・・
とりあえず、間接的ながら無事だと知らされ、誰もがほっと一息つく。一息つき、改めて跡部に詰め寄ろうとし―――
手塚が片手を上げ、それを制した。
跡部を真っ直ぐに見つめ、問う。
「最初に確認しておきたいんだが・・・・・・」
「ああ」
「俺達が知るところの『不二周助』という人間は存在しているのか?」
手塚の質問に多くの者は混乱し、
一部の者は肩を落としてため息をついた。
自分を真っ直ぐに見つめる手塚にこちらも対抗するように、跡部もまた手塚を正面から見据え、
言う。
「いや。してねえ。
いるのはお前らも見た通り、『不二周』っつーヤツだ。『不二周助』はそいつが青学に行くのに使ってる架空の存在だ」
「嘘、だろ・・・?」
「じゃあ、俺達がずっと一緒にいた不二って・・・・・・」
「あの女の子、って事・・・・・・?」
ざわめく周りを見回し、跡部が下を向いて首筋を掻いた。務めて平静に見えるように、感情を表に出さず説明を続ける。
「元々アイツが氷帝生だったってのは知ってんだろ? 裕太が青学行くっつったのに合わせてアイツも青学行くなんて言い出したけどな」
「でも、じゃあなんで男の格好なんて・・・?」
「裕太がテニス部入った時一緒に出来るようにだろ?」
「嘘つきいな」
即刻付く忍足からのクレーム。知っている者にとって、周の男装の理由―――跡部との大喧嘩は有名なものだ。なぜか必死に止めようとする跡部。終いには俺もついていくとまで言い出す始末。その理由を問われ、
―――『お前1人でンなトコ行ったら3秒で襲われるだろうが!!』
などと力説し、初めて周に張り倒されていた。同時に、聞いていた全員もあまりの阿呆部のアホ振りに揃ってコケた。
「ちっ・・・。
ああそうだよ俺が言ったんだよ。青学行くんなら男として行けってな」
「なんで・・・・・・?」
「危ねえだろ1人で行かせたら」
「まだ言うのかよお前は・・・・・・」
今更何をと言わんばかりに確信に満ちた目で断言する跡部に宍戸が突っ込む。一方で、
「『危ない』、ねえ・・・・・・」
「まあ、確かに・・・・・・」
青学での不二を知る者たちは大きく頷いていた。確かに、不二が男であるというのはひとつの大きな堤防だった。はっきり言って不二はそこらの女子より遥かに抜きん出ている。丁度性に目覚め初めの中学生たる自分達。会話がそんな方向に飛ぶ時、学校の女子よりもグラビアアイドルよりもまずは誰しもが不二をネタにして話す。そして結論はいつも「あ〜なんで不二は男なんだ!!」というため息の合唱。これで不二が実際通り女子として入学していれば、男でも構わんという勇者以外の普通の者たちからも狙われるハメとなっていただろう。
逆に危機感のよく認識できない氷帝部員ら。こちらはこちらで理由がある。親馬鹿過保護な跡部然り佐伯然りの鉄壁(しかも大砲付)の守りのおかげで、周に手を出すどころかオカズにしようと思う正真正銘の勇者(どちらかというと他殺願望者)がいないのだ。あの千石ですら間違えて周をナンパしかけただけであれだけ引いたのだから、そこらの賢い生徒は早々と周をそういう対象から除外していた。
「で、そんなワケだが―――」
一瞬間を置き、跡部はさりげないままに続けた。
「お前らどうする?」
「・・・・・・つまり?」
「アイツ―――周をどうするか、っつってんだ。お前らがここで騒げば書類偽造の時点で最悪退学。まあそこまでなるかはわからねえが、少なくとも『男子』じゃねえ以上男子テニス部にはいられねえな。
全国大会、アイツ抜きで勝つか? それとも―――
―――何も見なかった事にして、アイツを『不二周助』として受け入れて勝つか?
一応氷帝戻すってんなら手続きはすぐ済ませる。元々幼稚舎から上がったヤツも多いし、別に戻ってきたところでアイツも特に不便はしねえだろ」
「不二が、いなくなる・・・・・・?」
「そんな・・・、みんなで全国行こう、って、言ったんスよ・・・・・・?」
呆然と呟き、そして跡部につっかかろうとする一同をやはり制止し、
「アイツ―――不二の意見を聞こう。決めるのは不二自身だ」
手塚がそう言う。それに対し、
跡部が口角を僅かに吊り上げた。氷帝部員らも、顔を見合わせ安堵の表情を浮かべる。親指を立てたりする者もいて、
「何―――」
驚く青学部員らを無視し、
「なら、お前らにくれてやるよ。
―――それでいいんだろ? 周!」
後ろに向かって呼びかける跡部。みんなの目の前に、どこから話を聞いていたのか周がゆっくりと歩いてきた。髪の毛は上げないまま、跡部の―――氷帝のジャージを着込み、胸元を押さえオズオズと近寄ってくる。これが本来彼女のあるべき姿なのだろう。今までこれを見てなぜ自分達は彼女を男だと思えたのか。
全員の注目が集まる中で、周はまるで叱られた子どものようにおどおどと、青学部員とそして跡部へと視線を動かしていた。
視線が丁度自分を捕らえたところで、跡部が周の体を反転させ前にいる手塚へと押し付ける。
「おら。責任持って引き取れよ」
「跡部・・・・・・」
「景・・・・・・」
手塚と周の声が重なる。正面にいる手塚は直接見て、前に押し出されていた周は見ずとも知った。平然と言いつつも、跡部こそが捨てられた犬のような目をしていた事を。
跡部が周の青学行きを反対した本当の理由。捨てられるのが怖かった。弟を追い自分の作った小さな籠から飛び立ち、自分のいない、自分の知らない世界を見てくる周。男になれと言ったのもまた―――自分と周との繋がりが欲しかったから。周と青学を、出来るだけ切り離したかったから。
それでも、『仲間』の元へ向かう周を再び閉じ込める事は出来なくて。自分はただ、周がなんのためらいもなく飛び立てるように、平静を装いむしろ追い出すだけ。
「何だよ。さっさと行けよ」
いつまでたっても伸ばした腕からなくならない重みに、呆れ返って跡部がボヤいた。
「うん・・・・・・」
周が、自分の足で立つ。腕から消える重み。何か言いかけ・・・・・・全てを無音のため息に変え、手を下ろす。一度はこの手に戻りかけた温もり。周を信じていないわけではない。また戻ってきてくれる。そう、言い聞かせてはみても、
・・・・・・温もりのなくなった手は、酷く冷たい。
と―――
「周・・・・・・?」
体中が、熱くなる。跡部の手を離れた周が、今度は逆に跡部の体を抱き締めていた。
「絶対に、帰ってくるから。今は、みんなと行くけど、でも絶対、絶対ボクは景のところに帰ってくるから」
ぎゅっと抱き締め、存在感を植え付ける。
力なく下がっていた腕が、自分を抱き締め返してくれるのを確認し、周が顔を上げた。
(周り無視で)見下ろしてくる跡部と誓いのキスをかわす。永遠といえそうな程に永く永く触れ合わせ続け―――
離れた時には、跡部の顔に浮かぶのはいつも通りのふてぶてしい笑みだった。
ごん。
「痛・・・」
「何ンな先の事言ってやがる。ンなモンの前にぜってー全国優勝決めて来いよ。
てめぇら青学は氷帝を打ち破って勝ち上りやがったんだからな。しょーもねえところで負けやがったらてめぇは二度と俺様の家の敷居は踏めねえと思え」
「ええ!? ちょっと厳しすぎない!? しかもボク限定!? 景の横暴横暴おーぼーおーぼー―――!!」
「ああ!? ったくうっせえなあ。そのために練習試合すんだろ? おら全員さっさと準備しろ! 全然始まってねえじゃねえか」
「うわっ!?」
どん、と周―――不二の背中を突き飛ばす。数歩たたらを踏み、手塚に支えられ止まった不二が振り返った時にはもう跡部は氷帝レギュラーらを引き連れ準備に入っていて、
青学全員の注目を浴び、不二は深々と頭を下げた。
「あの、えっと・・・、今まで騙していて申し訳ありませんでした。それと―――
―――これからもよろしくお願いします」
そっと、前髪の隙間から目を上げ、みんなの顔色を伺う。誰もが困惑していて、そして・・・・・・
『不二!!』
『不二先輩!!』
「え・・・・・・?」
みんなに、抱き締められた。
「よかった〜。お前もう戻ってこないのかって思った〜」
自分に頬擦りしながら泣きそうな英二。
「まあ、アンタを倒すのは俺なんだから、それまでいなくなられちゃ困るっスよ」
腕を取り、そんな生意気台詞を吐くリョーマ。
「お前の事知った時より、いなくなるって言われた時の方が胃が痛くてたまらなかったよ」
心底安心したように、そして心の底から嬉しそうに笑いかけてくる大石。
「不覚な事ながらも、お前のデータはまだまだ穴だらけの状態だ。越前の言葉ではないが、全て埋まるまでいなくなられては困る」
眼鏡のブリッジを指で上げつつ、ふむと頷く乾。
「先輩は、青学にかかせない人です。戻ってきてくれて・・・その・・・・・・、嬉しく、思います・・・・・・」
下を向きぼそぼそと、しかし他にはどうとも聞こえない台詞を言ってくる海堂。
その背中を叩き、桃が明るく言い放つ。
「な〜にお前恥ずかしがってんだよ! せっかく不二先輩戻ってきてくれたんだろ? パ〜っといけってパ〜っと!」
「うん、そうだね。
不二、戻ってきてくれて嬉しいよ。また、出来るかどうかわからないけどダブルス組めたらいい―――」
「タカさんもだから暗いってほらラケット」
「うおおおおおお!!! コングラチュレーション!!! 不二!! 戻ってきてくれてアイムハッピー!!!」
「タカさんまで・・・・・・」
バーニング状態になった河村に、苦笑する。
そして・・・・・・
「不二、お前はまだ青学部員として果たすべき事を果たしていない」
真正面に手塚が立つ。自然と場所を空ける一同。
向かい合わせに立ち、不二が力強く頷いた。
「ああ。全国優勝だろ? わかってる」
「ならば―――油断せずに行くぞ」
『おう!!』
―――おまけへ
・ ・ ・ ・ ・
はい。ここまででとりあえず本編は終わりです。後におまけがつきますが、そちらは練習試合後とその日の夜のこと。前回の六角戦で跡部が乱入したのならば次はもちろんあの人の乱入です。というか彼は常々乱入していくっぽいです。
この話の跡部にしろ各種パラレルの不二リョにおける不二もしくは手塚にしろ、なぜか私は飛び立つ存在を見送るのが好きなようです。そしてなぜか飛び立つ側が必ず戻ってきています。この話のみならずサイト内で、というか私の中での不二と跡部の関係はこんな感じですが、それでも恋人なり友人なりいろいろな形で帰ってくるみたいですね。などと自己分析するのはいいとして。
2004.4.30
―――微妙な反省というかなんというか。不二が男3人に襲われるシーン。書いてて自分で凄まじく嫌気が差しました。あ〜跡部様早く助けてあげて〜〜〜!! って感じでしたね。まあなんだかすっげーガード堅そうな2人がついている以上、もう絶対こんな事はないでしょう恐らく・・・・・・(なぜか気弱に)。