ねえ周助、こんな事になっちゃって・・・・・・もう俺の事、嫌いになったよ、ね・・・・・・。
Focus
Act2.焦燥
「俺・・・おチビん家見てくる!!」
崩れ落ちるリョーマを抱き抱えた桃に、英二から声がかかった。
さっきの写真、ちらりと見ただけだがキスする(寸前の)2人の後ろには意図したものかそれとも偶然か、『越前』の表札がしっかりと写っていた。リョーマは中学テニス界では有名な存在である。月間プロテニスを上げるまでもなく、現在テニスブームの日本では未来のプロ候補として中学テニスも多少ながらメディアに取り上げられている。その上不二は一度母校訪問と称して青学に行き(もちろん実際はリョーマの授業&部活参観が目的)、そこでリョーマと接触している。これは割と様々なところで取り上げられ、しかもその時はもちろんリョーマの名前なども公表されたため、写真を見ただけでリョーマだとわかる人も多いだろう。
もしかしたらもうリョーマの家にマスコミなどが押し寄せているかもしれない。そう英二が懸念するのも無理はない。が、
「待って下さい英二先輩!」
「―――え?」
早くも扉を開けていた英二を呼び止める。
「先輩『有名人』でしょ? 見つかったら余計騒ぎになりますよ!」
「ゔ・・・・・・」
アマながらプロ並みの実力を見せる英二と大石はやはりよく知られている。しかもカメラの前で不二と話をしたりあまつさえ抱きついたりしているため、世間には『不二の親友』としてかなり有名になってしまっていたりする―――それが嫌なわけではないが。
「け、けどこっそり行けば・・・・・・」
「駄目っスよ。英二先輩目立ちますから」
「う〜・・・・・・」
容姿にしろ性格にしろ身にまとう雰囲気にしろ、英二はとにかく人に強い印象を与える。彼が有名になったのはそれのおかげ、とは言い切れないが、かなり大きな影響を与えたのは事実である。
頭を抱えて落ち込む英二に、リョーマをベッドに運び終えた桃が逆の提案をした。
「だから俺が行きますよ!」
「え、けど桃、おチビが目覚ましたとき桃がいた方が良くない?」
「自転車でかっ飛ばせばすぐですし、それに俺なら『野次馬その1』で誤魔化せますから!」
わざと明るく言い放つ桃。それに合わせるように、英二も立ち上がって手を掲げた。
「うし! 頼んだぞ桃ちん!」
「ういっス!」
ハイタッチを交わし、部屋を出て行く桃。そして・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・」
寝ているリョーマを起こさないように音量を小さくしたテレビを眺める英二の目には―――
何も浮かんではいなかった。
ζ ζ ζ ζ ζ
7分後。
ばたばたばたばた!
戻ってきたらしい桃の、こちらへ向かってくる足音を聞き、英二は先にドアを開けた。
「うっさいぞ桃! おチビ起きたらどーすんだよ!」
「す、スンマセン・・・!!」
ドアの前で平謝りする桃に頷き、ようやく本題に入る。
「で、どうだった?」
「駄目っス。もう結構人集まってます」
「んで、おチビの家の人は?」
「出て来てないみたいですね。多分中にいると思うんスけど・・・」
「そっちも、か・・・・・・」
「え? それって・・・?」
「テレビで不二ん家も出た。やっぱ家の人出て来ないみたい」
喫茶店も営んでいる不二の家は有名である。本人も住所を隠す気がないため少し調べればあっさり判明する。
「不二先輩もっスか・・・・・・」
「うん・・・・・・」
ため息をつく2人。肩を落としたまま、部屋の中に目をやる。
「越前・・・・・・」
「おチビ・・・・・・」
2人の視線の先では、全てを拒否するようにリョーマがただこんこんと眠り続けていた・・・・・・。
ζ ζ ζ ζ ζ
それから数日がたち、
「―――越前の様子はどうだ?」
英二の呼びかけで桃の家に集合した元レギュラー一同。代表して尋ねた手塚に、桃はただ首を振るだけだった。
「部屋に篭ってテレビ見るばっかで。食事もロクに食べようとしませんね―――無理矢理食べさせてますけど」
リョーマの家は騒ぎが起こってからマスコミなどに常に見張られた状態だ。その中に帰しても餌食にするだけだ、と英二と桃の独断で今でもリョーマは桃の家に置きっ放しにしている。
「学校の方も相当な騒ぎになってるようだよ」
大石が後を続ける。
「テニス部員たちに聞いたけど、越前の事は騒ぎのあった日に緊急で朝礼が開かれて、一切マスコミには取り合わないように、と言われたらしい」
「そう・・・っスか・・・・・・」
唯一の安心材料に胸を撫で下ろす。これで身近なヤツがテレビでリョーマの事を好き勝手言う事はない、という訳か―――どこまでその制限が効くかはわからないが。
「だが安心してばっかもいられない。学校内じゃ今大騒ぎ、というか争いになってるらしい」
「争い?」
英二がきょとんと聞き返した。ここ数日青学には顔を出していないため情報が全く入ってこないのだ。
「ああ。なにせ青学は不二の母校だ。それにあそこじゃテニス部はかなり注目されるだろ?」
「うん」
これは英二らが中学だった頃から変わりはない。さすがテニスの名門校と言われるだけあって、青学では注目される部活は野球部やサッカー部などではなくテニス部である。
「そんなこんなで青学には不二のファンが多い。しかも同時に越前のファンも多い。実際越前にはファンクラブが出来上がってる程だからな。
で、この2つが現在対立している」
「何で?」
「不二のファンは『なんで越前なんかと付き合ってるのか』『ただの誤解だ。いい迷惑だ』と反対派が多い。しかもその責任を越前になすりつけている」
「なにせ不二のファンは得てして不二を神聖視する傾向にあるからね」
乾のまったく慰めになっていない言葉が全員の胸にざっくりと食い込んだ。
気を取り直して大石が続ける。
「・・・で、それで越前ファンの子達は大激怒している。曰く『たぶらかしたのは不二先輩の方じゃないの!?』と」
『ははは・・・・・・』
乾いた笑いが響く。リョーマのファンクラブ会長の子―――小坂田朋香はここにいる全員がよく知っている。彼女が会長を務めるファンクラブならばそのような過激な子が集まったところで不思議ではない。
「ちなみに騒ぎが起こってから保健室の利用者は2.3倍に跳ね上がったようだ。ほぼ全員が女子。しかも明らかに他者につけられた傷だそうだ」
「―――越前、休ませて正解だったっスね」
本人が外に出ようとしないから、というのもあるが、騒ぎ以来リョーマは学校・部活共に欠席させている。もしも彼が学校に行ってたらどうなってたか。いつもは人の事などカケラも気にしない彼だが、この状態でそれだけの騒ぎをまともに食らって、どこまで『いつも通り』でいけるか。恐らく保てるほど強くはないだろう。
「さらに他の場所でも騒ぎは大きくなる一方のようだ。
不二のファンたちもいくつかに内部分裂をして争っている」
「どういう事っスか?」
今まで口を閉ざしていた海堂が尋ねてきた。無愛想に見えて優しい彼としては今回の問題も早く解決したくてたまらないだろう―――もちろんここにいる全員が同じ気持ちだが。
「まずこの話はデマだとする完全否定派。肯定してはいるが原因は越前にあるとする不二神聖視派。2人を温かく見守るべきだとする完全肯定派。また今回の一件で不二を見損なったとファンを脱退するものたちも出てきた。
そして更この問題は不二のファン以外にも広がっている・・・・・・明らかに不二に不利な方向にな」
「え? 何で?」
その英二の質問に答えたのは手塚だった。
「越前の性別の問題もあるが、これは問題にはし難い。同性愛は現在世界全体で権利を獲得し始めているし、実際幾つかの国では同性同士の結婚も法律で認めるようになっている。個人が騒ぐならともかくマスコミがこれを問題視すればそれはそれら諸外国を敵に回すようなものだ。
それより問題なのは―――越前がまだ誕生日を迎えていないことだ」
『え・・・・・・?』
ワケのわからない指摘に首を傾げる。そこにノートを開いた乾の補足が入った。
「日本の刑法では13歳を境に『強姦』として犯罪行為にあたる条件が異なる。13歳以上ならば暴行または脅迫を用いて―――つまりは相手が同意していない場合の姦淫は犯罪となるが、13歳未満の場合同意非同意に関わらず行為を行なった時点で犯罪だ。
あの写真を見れば越前が無理矢理されていたようには見えないが―――今の理由によりその場合でも不二が罪に問われる可能性は極めて高い。子どもっぽくないとはいえ越前はまだ12歳だ」
「は、犯罪・・・って、だってキスしてただけじゃん!!」
「それも未遂だ。だが本格的に調べれば不二と越前がどの程度の関係を持っていたのかはわかるだろう。
―――だが・・・」
なぜかここで乾がにやりと笑った。
「残念ながら、というべきか―――不二の行為は現在の法律では犯罪として立証され得ない」
「へ・・・・・・?」
「今俺の言った法律に当てはまるのは全て女子の場合だ。これこそ今さら確認する必要はないと想うが越前は男だ。男子用の法律は今のところない」
「あ、なんだ〜・・・・・・」
「脅かさないで下さいよ〜・・・」
へなへな崩れる英二と桃。このようなアクションこそ起こしていないものの他の者も安堵の表情を浮かべ―――。
「だがどちらにせよ不二が『子ども』を相手に手を出したのは事実だ。性行為やそれに関わる犯罪の低年齢化は現在大きな問題となっている.マスコミ側からすれば格好のネタとなるわけだ」
完全に他人事のような言い草だが、その性格上他人を全く当てにしない不二とリョーマの問題に横からごちゃごちゃ口を挟むよりも、逆にそれらをシャットアウトしてじっくり考えれる用にした方がいいだろう―――そう全員の意見が一致した結果だった。
「そういえば、不二は?」
「わかんない。ケータイ繋がんないし」
「え? けど今日本にいるんでしょ?」
「大会あるからいると思うんだけど・・・。まだ1週間以上あるわけだしもしかしたら他の国[トコ]行ったのかも・・・・・・」
「越前置いてっスか!?」
と思わず桃が叫んだが、考えてみれば当たり前の事だった。リョーマには中学生活がある。各国を連れて回るわけにも行くまい。が、
「じゃあ不二先輩ってもしかしてまだこのこと知らないんスか!?」
「わかんないけど・・・。発表されてまだそんなにたってないみたいだから、そーかも」
「マジっスか・・・・・・」
もごもご口篭もる英二に桃が呻いた。今のリョーマに一番必要なのは不二の存在だろう。だが不二も大会まであと数日である。ここで知らせれば大会を欠場してリョーマと一緒にいると言いかねない(現に以前似たような事あり)。それにこの事を知って不二はどう思うか。最悪リョーマの二の舞いとなり、事態が泥沼化する恐れもある。
「不二先輩〜・・・・・・」
この場の空気を代表すべく、情けない桃の声が広がった・・・・・・。
ζ ζ ζ ζ ζ ζ ζ ζ ζ ζ
え〜っと、これとこの次のAct3は実質同じ時間で、2が状況説明、3がリョーマの心理描写となる(予定)です。が、既にこの時点で失敗してるよな・・・・・・。とりあえず今大問題になってるんだ、ってことでよろしくお願いします・・・・・・。
2003.1.12