知らなかった。自分がこんなに他の人に想われていた事・・・・・・。
Focus
Act4.仲間
〜越前家の場合〜
場所は変わって越前家にて。
「すみません! 大学行くんです! 通してください!!」
家を出た途端マスコミらに押し寄せられ、予想していたとはいえそれ以上の勢いになんとか掻き分けて進んでいた菜々子の足がついに止まった。チャンスとばかりに突きつけられるマイクの束。目もくらむ数のフラッシュに気を失いそうになる。
だからなのか、白濁した彼女の意識に声だけは掠れる事無く流れ込んできた。
「話をお願いします!」
「従姉の菜々子さんですよね! 弟さんの―――リョーマ君の今回の騒動をどう思われますか!?」
「相手はあのプロテニスプレイヤーの不二周助選手ですが、確かリョーマ君もテニスをやるんですよね!?」
「彼と親しくなる事で少しでも有利に自分を売り込もうとしているという可能性が疑われているんですが!!」
(何・・・? これ・・・・・・)
「また彼はまだ少年ですが、保護者やそれに近い立場として反対なさらなかったんですか!?」
「それとも今回の騒動で初めて知ったのでしょうか!?」
(何なのよ、これは・・・・・・?)
あまりにも勝手な言い草に、目を見開いて怒りでわなわなと体を震わせる菜々子を見てどう思っているのか、さらに質問は激化してきた。
「付き合いは、どちらが始めたのでしょうか!? その時に相談などはされましたか!?」
「どうやら2人は肉体関係も持っていたようですが、リョーマ君の年齢を考えるとあまり賛成できる行為ではないと思うのですが!!」
「『家族』としてこのような行為に目を瞑っていていいので―――!!」
「―――いい加減にしてください!!!」
がしゃん!!
菜々子が肩から下げていた大きめのバッグを地面に向かって振り下ろした。その激しい物音に、そしてそれ以上の菜々子の剣幕に、今までの騒ぎが嘘の様にぴたりと静まる。
(なんで・・・好きだから付き合ってるだけなのにこんなに責められなきゃならないのよ・・・・・・!!!)
その中で、堪えきれずにぼろぼろと流した涙を拭う事もせず彼女は叫んだ。
「私は幼い頃からリョーマさんのことを知ってますし、不二さんにも何度も会った事があります! 確かにリョーマさんは周りに言われる通り生意気ですし子どもっぽくないと思うところもあります!! 不二さんも人の事を全く省みずに行なう数々の行為に時々それはどうかと心の中で突っ込む事もあります!!
けど2人とも真剣なんです!! 遊びとか利益不利益とか関係なしに付き合ってるんです!!
好きだから付き合う! この理屈何かおかしいですか!?
脇から勝手な理屈つけて騒ぎ立てるのは止めてください!!!」
あっけに取られる一同を前にして肩で荒い息をつく菜々子。そこに―――
ぱちぱちぱち・・・。
「いやあ。豪快なタンカ切ったねぇ菜々子ちゃん。けど大学あんだろ? こんなところでのんびりしてたら遅刻しちまうぜ」
気の抜けた拍手と言葉に菜々子が顔を上げる。と、坊主姿にタバコをくゆらし、いつものノリとテンションで、門から現れた南次郎が軽く両手を叩いていた。
「け、けどおじさま・・・・・・!」
報道陣を無視してゆったりと歩み寄ってきた南次郎がなおも何か言いたげな菜々子の頭にぽんぽんと軽く手を乗せた。
にやりと笑って言う。
「いつもと違う菜々子ちゃんもいい感じだけど、そんなふうにぷりぷり怒っちまうとせっかくの美人さんが台無しだぜ?」
「だって・・・リョーマさんだって不二さんだって遊びとか冗談とかそんなんじゃないのに・・・・・・周りからこんな風に言われて可哀想・・・・・・」
南次郎の登場で怒りは収まったものの、今度は涙を止められずに口に手を当て嗚咽を洩らす菜々子。そんな彼女を見て満足げに1つ頷き、南次郎は紫煙を吐き出した。
「そーかね? けど菜々子ちゃんみたいに良く思ってくれてる奴だって多いだろ? まあそれで差し引き0ってトコロだな。
それにあの2人がンな事いちいち気にするとは思えねえけどね。
―――まあとりあえず一回中入んな。そのままじゃさすがに人前に出れねえだろ?」
そう指摘され、菜々子は改めて顔に手を当てた。化粧こそしていないものの涙と鼻水で顔中ぐちゃぐちゃ。目元も間違いなく腫れている。このまま大学に行けば絶対周りに変な目で見られる。
丁度門からここまで割れた人垣を通ろうとして、すれ違いざま更に南次郎から声がかかった。
「さっきの『演説』にはなかなかに笑わせてもらったよ」
「〜〜〜////!!」
くっくっくと肩を震わせそう言う南次郎に、菜々子は顔を真っ赤にした。先程は混乱していたため自分でも何を言っているのかわかっていなかったが、改めて自分が言った言葉を考えてみればかなりおかしい事を言ったような気がする・・・・・・。
「す・・・すみません!! 私そんなつもりじゃ―――!!」
「い〜ってい〜って。その通りだし」
ぱたぱたタバコを持った手を振る南次郎。それに甘えて菜々子は家の中へと入って行った。あのまま外にいればさらにどんな事を言ってしまうか・・・・・・。
ζ ζ ζ ζ ζ
菜々子が家に入って行ったのを確認し、南次郎は再びタバコをくわえ、のんびりと息を吐いた。ざわめき始めた周りの様子を暫し窺い、適当なところで話を切り出す。
「まあその様子だと知ってるヤツもいそーだが・・・俺があの馬鹿息子の父親兼不二君の非常勤のコーチだ。何か訊きてー事あるんだったら訊いていいぜ。
ああ、とりあえず最初に言っとくが、あの2人が付き合ってんのか云々に関しては菜々子ちゃんが言った通りだ。付き合ってる」
2人の直接の知り合いでこうはっきり断言してきたのは初めてである。今の南次郎の言葉に、どよめきは一気に大きくなった。
「そんなあっさり言ってしまっていいのですか!?」
「隠しておかなくていいんですか!?」
「隠す? 何でだ? まあ不二君はともかく馬鹿息子の方はからかわれんのが嫌だからだろうけどな。むしろ言いたくてたまんねーって感じだったけどなあ」
「え!? で、ですがこんな大騒ぎになってしまっていますし!!」
「騒いでんのは周りだけだろーが。男同士? 子ども[ガキ]相手? いーじゃねーか。人類の1/2は男だぜ? しかも年齢なんて60・70のジジイになりゃ気にならねえだろうが」
―――と、裕太と全く同じ理論を繰り広げる。
「そ、そんなめちゃくちゃな・・・!!」
「めちゃくちゃ? じゃあアンタは人好きになるのに年齢や性別でわざわざ制限もうけてんのかい? そりゃご苦労なこった」
はっはっはと笑う南次郎に質問した女性記者が顔を真っ赤にして怒り出す。
「じゃああなたは賛成なんですか!? 子どもの面倒は親がしっかり見るべきでしょう!? そんなちゃらんぽらんな事言ってないで親ならしっかり正しい道に直してあげるべきではないんですか!!?」
「お、おい・・・・・・」
この行き過ぎた発言にさすがに一緒にいたカメラマンの男性が制止を掛けようとする。が、
「親? 子ども? 正しい道に直す?
ハーッハッハ!! そりゃ傑作だ!!」
「な! 何がおかしいんですか!! 私は親として当然の責務を―――!!」
ひとしきり笑い終わった南次郎が、ふと真面目な顔になった。
「アンタの言う事は正しい。親なら子どもの面倒はしっかり見るべきだ」
「でしょ!? だったら―――!!」
「だが生憎とウチは放任主義でね。生きていけるよう最低限の『面倒は見る』―――がそれだけだ。子どもだろうが親だろうが互いの生き方に口は出さねえ。まあちょっとしたからかい程度はあるがな。
てめーの面倒はてめーで見ろ。それがウチの方針だ。それでなんかあったんならそれは全部てめーの責任だ」
「け、けどせめて正しい道を示す位は―――」
「おう。やってるぜ。だから不二君紹介した」
「え・・・・・・?」
「ついでに言うと教え子ってのはみんな子どもみたいなもんだ。だから不二君にもリョーマのヤツを紹介しておいた。正確には不二君だけに紹介して勝手に会いに行かせただけだけどな」
「何、ですか、それ・・・・・・?」
訊いてくる女性記者は取り合わず、南次郎は周りにいた記者たちをぐるりと見回した。
「ちょっと訊くが―――こん中でスポーツ担当してるヤツっているのかい?」
その言葉に互いに首を傾げながらも手を挙げる人がチラホラ。ワイドショーなどの記者が多いのだろうが、それでもとりあえずスポーツ誌等の記者もいるということか。
「じゃあその中で今までに不二君を取り上げた事があるのは?」
「あ、はい・・・・・・」
「僕も・・・・・・」
更に人数が減ったがとりあえず0ではない。それならば話は早い。
手を挙げた数人に南次郎は質問を重ねた。
「いつから取り上げた事がある?」
「私はデビュー当時から」
「僕は1年後位からです」
等々上がる中で、
「ならその頃から今現在までの資料もう一度良よ〜く見てみな。まあそうそう注意して見る必要もねえかも知れねえが―――ウチの馬鹿息子といつから付き合い始めたか、多分一発でわかるぜ」
「それはどういう・・・・・・?」
「明らかに変わった。そういう事だ。不二君も―――リョーマもな。
一言で言うと子ども[ガキ]っぽくなった。もうちっと言うと角が取れた・地が出た―――まあこんなところか? 文章はあんた達の方が得意だろ?」
「あ、え・・・?」
やはりわけがわからなかったらしく混乱する一同を他所に、南次郎は紫煙を吐き出し、懐かしそうに遠くを見やった。
「俺が不二君と知り合ったのは不二君が留学してきてからだから、どうしてそうなったのか、それまでの経緯は全然知らねえ。けどリョーマに関してだったらよく知ってる。なにせアイツの問題とはいえ原因をつくったのは間違いなく俺だからな。
―――不二君もリョーマもこの点じゃそっくりだ。無理矢理自分を『大人』に見せようとする」
『大人びた』不二。『子どもっぽくない』リョーマ。言われ方こそ違うが、本来子どもであるべき世代を強制的に通過させられた事に関しては2人とも同じだ。
「それって・・・悪い事なんですか?」
早熟―――むしろそれは喜ばしい事ではないだろうか?
そんな意味でだろう。疑問をぶつけてくる記者に軽く肩を竦める。
「さあな。まあいいとは思うぜ。本人がそれに適応できてれば、な」
『?』
「俺は子どもより大人の方が優れてるとは思わねえ。少なくとも不二君と馬鹿息子に関しちゃあ今の方がずっといいと思う。行き先もわかんねえ世界で肩肘張ってうろうろすんなら子ども[ガキ]臭く泥まみれになって争ってみたっていいじゃねえか。ガキ結構。時にはガキの方がものが良く見える場合ってのもあんだろ?
―――ホレホレ、俺は仕事があんだ。質問もうねえんなら行くぞ」
それだけ言って、本当に記者たちを押しのけて寺の方へ行こうとした南次郎に新たな声がかかった。
「最後に1つ、いいですか?」
「―――おう」
訊いてきたのは自分も良く知る記者だった。月間プロテニスの記者・芝沙織。不二とリョーマの事はとっくに知っているはずの彼女が何を今更質問するつもりか。
面白そうに質問を待つ南次郎へ、芝はごく一般的な、それでいて今まで誰も質問してこなかった事を尋ねた。
「単純に『親』として南次郎さんは2人の付き合いをどう思われますか?」
非難も推奨も求めないその質問。聞きたいのは南次郎自身の考え。
それに「ほお・・・」と感心するように声を上げ、南次郎はにやりと笑った。
「いいんじゃねえの? 恋人にしろ友人にしろライバルにしろこういう関係ってのは一生生きててもなかなか巡り合えねえもんだ。人生10年20年でいきなり会えたんだ。かなりの儲けもんだろ」
「『こういう関係』というのは?」
「まあ―――お互い高め合える関係ってとこか。あいつら2人ってのはセットにしとくと面白いぜ。なにせ本気で負けず嫌いのガキ同士だ。自分が引くなんて考えはハナから持ってねえ」
「なるほど・・・・・・」
思い出すのは不二の学校訪問。試合をした時の2人は間違いなくいつも以上の実力を出していた。不二の事もリョーマの事もずっと追っていたが、あれだけの力量があるとは想像もつかなかった。
納得する芝の耳に、再び背を向け歩き始めていた南次郎の声が風に乗って届いてきた。
「いやあ。けど恋愛で一騒動か。恋愛オンチのウチの馬鹿息子も大人になったもんだ。青春だねえ〜」
『・・・・・・・・・・・・』
はっはっはと笑いながらタバコに再び火をつける南次郎。吐き出され、頼りなげに風に流される紫煙がその場にいた全員の気持ちを代弁していた・・・。