Robing Game 〜初日〜






 1月2日〜7日の6日間にかけて、テニス界最大のお祭り[イベント]と呼ばれる世界プロアマ合同のニューイヤートーナメントが開かれる。これは、世界各国で活躍するプロを中心に、これから活躍を予想される新人や、既に引退した元プロなどを招いて行われる親善試合で、勝敗そのものももちろん大事だろうがそれ以上にテニス界の縦の繋がりを深めようという意味合いを持つ。
 この大会への参加者は以下の2グループ。
 1つ―――大会運営委員の選んだ、世界各国でトップレベルの実力を見せるプロの『招待選手』。
 2つ―――同委員の薦める、あるいは招待選手1名が推薦し、さらに参加選手3名以上が同意したアマチュアの『選抜選手』。
 わかりやすいように言い換えてはいるが、選抜選手もそのほとんどが国内ではトップレベルで活躍しているプロである。



 が、今回この大会には大きな嵐が訪れた。1人の招待選手の参加辞退、そして――1人の無名の少年の参戦によって・・・・・・。







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 『では続いてメダルの返還と選手宣誓です』
 その言葉に、今まで列に並んでいた不二が壇上へと進み出た。隣にはダブルスで去年優勝した忍足・向日ペア。さらに女子のシングルスとダブルス、男女混合ダブルスのミクスドの優勝者が次々と台に上る。
 「よお不二、元気になったん?」
 「まあまあね」
 軽く手を上げそう聞いてくる忍足に簡潔に答える。肩を竦めるその仕草から、彼は何か悟れただろうか?
 「そういえば今日跡部は?」
 「アイツか? アイツは『俺様が正月を日本なんかで過ごせるわけねえだろ』ゆうて海外[ソト]行ってもうたわ」
 「跡部らしいね」
 「アホちゃうか、アイツ?」
 くすくすと笑う不二に忍足がため息をついた。
 1人1人運営委員にメダルを返していく。かなり珍しい形式だが、こうして毎年『受け継いでいく』ことで縦へ繋げていこうという委員側の気の利いた慣わしである―――ちなみに返却するのは金だけであるが。
 ラストに不二の番となった。メダルを返し、そしてマイクを受け取る。不二が男子シングルスの、そして忍足・向日ペアが男子ダブルスの優勝を果たした去年の大会。日本人の男子がこの大会で優勝するのは
20年前に続いて2回目、しかもダブルスでは初めて―――という事で、優勝者の出身国の内どこかで開かれるこの大会の、今年の開催国は日本となった。当然選手宣誓もその国の人が行うわけで・・・
 (じゃんけんの結果)選手宣誓に選ばれた不二が、マイクを持って選手たちと向かい合う。まだ
19歳という幼い彼が何を言うのか、誰もが注目する中、不二は俯いて肩の力を抜いた。
 黙考するように瞳を閉じ、長々と息を吐き続ける彼に、会場中の空気が張り詰めていく。
 そして―――
 顔を上げた不二が開いた瞳で選手一同を、そして会場にいる応援者たちをぐるりと見回した。
 『今回、選手宣誓に選ばれた男子シングルス出場の不二周助です。本来ならこの場で選手の代表として誓いをするべきなのでしょうが―――』
 一拍置く。次の自分の言葉に騒ぎが起こるだろう事を予想して。
 『―――申し訳ありません。今大会への出場を辞退させて頂きます』
 ざわざわざわっ!!!

 誰もが目を見開き息を呑む。日本語がわからない海外の選手たちも周りに通訳してもらい、次第に驚きを驚きを露にしていった。
 『そ、それはまた・・・どういう事でしょうか・・・?』
 招待選手、それも前大会優勝者の突然の出場辞退。かつてないハプニングに役員も動揺を隠せなかった。
 そんな中、1人不二が淡々と語る。
 『理由は僕自身の体調管理の怠惰。ご存知の方もいらっしゃるかと思われますが、この年末、かぜと疲労が原因で6日間入院しました。それに関してはさして問題もなく、無事退院もしました。ですがその間満足なトレーニングも行えず、現在万全のコンディションとは言えません。この状態で出場しても、満足の行く試合は行えないと思い、出場辞退を決意しました』
 なおもざわめく中、マイクを手にしたままの不二の耳元に忍足がこっそりと話し掛けた。彼の不調の情報は彼自身の話含め、各方面から入っていた。が、
 「何? 疲労? かぜだけやなかったんか?」
 「実はこっちが本命。入院するほどじゃなかったんだけど退院させると何やらかすかわからないってみんな言うもんで・・・」
 「はあ・・・。念のため訊ーとくけど、まさか疲労の原因が『寝不足』なんて事・・・あらへんよなあ・・・?」
 「あれ? よくわかったね」
 「・・・・・・・・・・・・。それ聞いたら泣くで、お前のファン」
 「そう?」
 予感的中。こんなんで出場を辞退される大会側はたまったものではなかろうが、とりあえず原因がはっきりしている以上心配はない、という事か。
 「・・・で?」
 「何が?」
 「それだけやあらへんのやろ? それだけやったらマイク返しとるやろ」
 「あれ? よくわかったね」
 半眼で尋ねる忍足ににっこりと笑い返す。言う事はこれだけではない。
 今だ騒ぎの収まらない正面を向き、不二は僅かにマイクの位置をずらして声が入らないようにして、口の端を微かに吊り上げた。
 隣にいる忍足にのみ聞こえる声で呟く。
 「お楽しみはこれからだよ」
 そしてマイクを口元に持っていき、
 『その代わりに、僕は招待選手不二周助の名を以って、私立青春学園中等部在籍、男子テニス部1年の越前リョーマ君のこの大会への出場を推薦します』
 ざわっ!
 
「・・・・・・ホンマ?」
 「うん本気v」
 笑顔で答える不二に忍足は軽くため息を付いた。極上の笑顔。中学の頃からライバル校として顔を付き合わせてきたが、こんな顔は今まで見た事がない。不二とリョーマの関係についてはメディアを通じて知ってはいたが・・・・・・
 (本気、なんやなあ・・・・・・)
 『―――って待ってください。いきなりそう言われましても・・・!!』
 壇の下から役員があたあたと近づいてくる。だがそれを受ける不二は平然としたもので、
 『僕が抜けた分枠は1つ空きました。大会を進める上で問題はないでしょう?』
 『そ、それはそうですが・・・・・・!』
 役員の言いたい事はわかる。いくら『お祭り』とはいえ仮にも世界規模で行われる大会だ。出場選手も世界に通用する者達を厳選した。一般への知名度もかなり高い選手たちを取り揃えた。そこに全く無名の、ただの中学生を参加させろというのだ。言ったのが不二でなければ即座に却下されたであろう―――いや、たとえ不二であろうと本人の出場辞退などというハプニングを起こしていなければ間違いなく断られていた。それ程の大事だ。
 (ま、協力したるか)
 『駄目ですよ! 大体参加資格があるのは――』
 「招待選手1名が推薦し、さらに参加選手3名以上が同意した選手、やろ? せやったら俺と岳人が同意したるわ」
 「―――っておい侑士!」
 いきなり勝手に名前を持ち出された向日が突っついてくる。それを無視して忍足は不二ににやりと笑いかけた。
 「どうせ不二のことや。『参加選手やったら選抜でもええやろ』ゆうて菊丸らに同意させるつもりやったんやろ? せやったら俺らが協力したる。俺らやったら招待選手やし、委員会の方も文句付けにくいやろ?」
 壇の下、選手たちの列の中で1人大きく手を上げたまま凍りついている赤髪の少年(とはもはや言いがたくなったが、彼のイメージとしてはそんなものだ)を見下ろし、笑みを深くする。(今のところ)今大会唯一の完全アマチュア選手である菊丸・大石ペアを推薦したのも不二である。この時もかなり騒ぎとなったのだが、2人の実力はプロの世界にもかなり知れ渡っており、委員会側も入れるかどうか悩んでいたため開催国の特例として認められたのだ。
 「侑士! 俺はそいつが参加するなんて認めてねーぞ!!」
 なおも強行に反対する向日を引き寄せ、囁きかける。
 「考えてみい。男子シングルスは不二君抜けてもうて華のうなってしもたんで? 入れたらな可哀想やん」
 「・・・・・・そういう理由か?」
 「ま、えーやん。オモロそーやし」
 「・・・たく。いい加減直せよその『面白』好き」
 そういい渋々手を挙げる向日。周りからは逆に見られがちだが、なんだかんだ言って向日は忍足の決めた事を大抵容認する。
 それに満足げに頷き、忍足は周りに聞かせる意味を含めて不二に重要な質問をした。
 「で? その『越前君』の実力は? まさか中学生に毛生えたくらい、なんてゆーわけあらへんやろ?」
 「ないね。少なくとも僕らの中学生時代に匹敵するよ。彼は」
 「ほー。『少なくとも』、ねえ・・・・・・」
 つまりはそれ以上でもある、という事か。『中学テニスの黄金期』などと呼ばれていつつも―――いや、だからこそか―――あの時代も上下差は激しかった。特に上の方となると手塚や跡部、真田、幸村など今プロとして活躍している選手ですら勝てるかどうかわからない者たちまでいた。
 (さて越前君の実力はどの位か・・・。ま、上の方やったら言う事なしなんやけどな)
 最近の中学テニスはレベルが低いと耳に挟んだ事がある。不二の贔屓目かそれともリョーマの名が知れ渡っていないだけか。
 「はいはいはい!!」
 壇の下で先に忍足に台詞を取られ固まっていた英二が後ろに並んでいた大石の手ごと挙手し騒いだ。
 「俺達も俺達も!! 俺達もおチビの参加に同意する!!」
 「―――って『おチビ』じゃわからないだろ。俺達も越前の参加に同意します」
 苦笑し、大石が言う。今回の騒ぎ、完全に不二の独断らしく、実は彼らも何も聞いていなかった。だがリョーマの参加とくれば不二の頼みなしでも英二は同意したであろう。
 (まあ、それを見越しで何も言わなかったんだろうけどね)
 と、さらに選手たちの中から声が上がる。明るいオレンジ色の髪、それに見合った明るい声。千石だ。
 「あ、アマ選抜組も同意していいの? だったら俺も! 俺1回リョーマ君と試合してみたかったんだよねv」
 その言葉どおり彼もまたアマチュア選抜選手である。が、彼は普通に(笑)役員たちに推薦された選手だったりする。日本国内のみとはいえその実力は世界に充分通用する―――余談だが彼が日本から出ないのは、「慣れない場所でやるとラッキーが逃げる」という理由からだったりするのだが。
 「・・・せやった。不二が変わりに出すって事はシングルスか・・・」
 「最初に気づけよ・・・」
 「―――なあ不二、越前君とダブルス組んで試合出ーへん?」
 「う〜ん。僕はいいけどリョーマ君がね・・・。彼『もうダブルスは2度とやらない』って言ってたし」
 「そーなん?」
 「以前桃と組んだんだけど、結果ボロボロで」
 「桃城と? せやけどアイツダブルスできるやろ?」
 「2人とも超攻撃型だから。全然息が合わなくて。普段は息ぴったりなんだけどね」
 悔しいくらい、と呟く不二。ポーカーフェイスの得意な彼が珍しく見せた哀しそうな笑み。それを見なかったことにして忍足は役員に言い放った。
 「これで同意者5人やな」
 『しかしですね、そのうち3人が選抜選手となれば、他の選手たちの手前容認は・・・・・・』
 なんとかして不二の暴動をくい止めようと役員側も躍起になっている。
 (まあ確かになあ)
 アマチュア選抜よりプロの方が文句はつけにくい―――自分自身が先程言った言葉を思い出し忍足は頷いていた。跡部がいない以上、いわゆる不二の友人はこれで終わりだ。まあいたとしても彼が同意したかどうかはわからないが。
 と、
 「―――はい。でしたら僕が同意します」
 細く綺麗な手を挙げそう言ったのは金髪碧眼の少年、不二らより1つ年下の、(やはり今のところ)最年少出場選手のクリストフだった。
 「フジが推薦するのならそれだけの選手という事でしょう? 僕もぜひ戦ってみたいです」
 いきなり現れた新人として周りから敬遠されがちな中、年齢が近いこともあり不二と彼は選手の中ではかなり親しい。今大会も、招待選手であるのもあるが不二と試合ができるという事で参加を決めたのだ。その不二が薦める選手ならばぜひ対戦してみたい。
 「招待選手3人。これで決まりやな」
 『で・・・ですが・・・・・・』
 拒否する要素がなくなり役員が詰まる。それを他所に、先程のクリスの発言は選手たちに波紋を呼んでいた。
 ―――『あの不二が薦める選手』
 跡部やそれこそ不二自身を筆頭に現在日本の選手は海外勢からかなり重要視されている。その中で突如上がった現在無名の選手の名。言われてみれば気になる。無名のまま終わるのか、それとも・・・・・・。
 選手たちを取り巻く雰囲気が『断固反対』から『賛成』へと移り変わろうとした――――ところへ、
 「―――放せよクソ親父!!」
 会場入り口から割と高音気味の日本語が響き渡る。女性のものか―――それとも少年か。
 「だ〜うっせーぞ! さっさと歩け馬鹿息子。お前が散々駄々こねるせいで遅れちまったじゃねーか」
 「勝手に拉致ってきたのは親父だろ!? 何の用だよこんなトコに!!」
 『・・・・・・・・・・・・』
 凄まじく低レベルな言い争い。だがその声に早くも反応する者数名。
 「来たみたいだね」
 「にゃv」
 「役者登場、か」
 そして―――
 「―――おう、遅くなっちまったな」
 『サムライナンジロー!?』
 軽く手を上げる越前南次郎に、何人もの選手が声を上げた。今でこそ引退しているが、その短いプロ人生での破竹の快進撃は今でも尊敬を抱く者が多い。そう、彼らのように。
 この場において尚いつも通りの和服姿にタバコを咥えた南次郎は、それらの声をあっさり無視すると片手で持っていたものを放り捨てた。
 「―――って何しやがる!!」
 掴まれていた首根っこをようやく解放された騒音の主は、受け身を取って地面を一回転した後即座に起き上がり南次郎に突っかかっていった。
 それをやはり片手であっさり止め、くるりと体を反転させ全員によく見えるようにする。
 「ってわけでコイツが俺の息子の『越前リョーマ』だ」
 さっきからの騒ぎはドーム内のテレビで見ていた。不二が今日出場を辞退するかもしれないことも非常勤コーチとして前もって聞いていたため、一応無理に出場しないか見張りに来ていたのだが。
 ―――騒ぎを聞き、応援席であっけに取られていたリョーマを面白半分で無理矢理引っ張ってきたのだがはてさて・・・。
 苗字が同じでもリョーマが血縁者だと気付いた者はいなかったらしい。あっけに取られる一同を前においしそうに紫煙を吐く南次郎。
 「役員さん方、俺を推薦してくれたのはありがてーが俺はもう引退しちまった身だしな。こんな大きな大会にゃも〜出る気はねーんだ。
  で、代わりといっちゃなんだがコイツ置いてくぜ。なんでも不二君が出場辞退だって? 去年圧勝した不二君が出ねえって事は今年の優勝は誰になるかわかんねえってことだろ?
  ―――まあウチの馬鹿息子でもちょっとした賑やかし程度にはなるんじゃねえか?」
 はっはっはと笑いながら去って行く南次郎にリョーマが胸元まで上げた拳を震わせた。せっかくの不二の試合、それも観戦可能な範囲という事でチケットをくれた不二には「ふーん、そう」と冷たく答えつつもそれを握り締め内心意気揚々と出かけてきた! なのにその不二は出場辞退。理由には心当たりがありすぎるがそれを一言も言ってくれなかったあげく「絶対来てね!」などと念を押してきた上、さらに見世物にするかの如く自分の名を出す不二にイライラが募る中、他の選手は(考えてみれば当り前なのだが)自分の参加に嫌そうな顔をする。あげく意地になって誰が出てやるもんかと決意を固めれば父親に無理矢理連れ去られる。これで怒るなと言う方にかなりの無理がある。
 が、リョーマがその怒りを露にするより早く、
 「というわけでよろしくね、リョーマ君vv」
 (何がどう『よろしく』なんだよ!!)
 にっこりと微笑む不二に、ようやくチケットをくれた時点で既に罠に嵌っていた事を悟った。
 負けずにこちらもにっこり笑う。
 「やだ」
 「・・・・・・・・・・・・」
 会場中を寒波が襲う。あまりの寒さに一同が凍る中、忍足がジャケットの袖を擦った。
 そしてそんな彼の隣で、
 ごほっ。ごほっ。
 (ウワめっちゃワザとやん・・・)
 口に手を当て咳込む不二。
 「だからそうやってわざと咳すんの止めろよ!! 大体アンタ入院中1回も咳込んでなかったじゃん!!」
 「そうだね。咳込んだのはリョーマ君ばっかりだしvv」
 「あれはただむせ返ってただけだろ!? 粉薬なんて飲み慣れてないんだからしかたないだろ!?」
 「けどオブラートに包むとか水に溶かしてから飲むとかいろんな方法があったでしょ?」
 「―――!? 知ってたわけ!? だったら最初っからそうすればよかったんじゃん!! 何が『僕粉薬飲むの苦手だからリョーマ君飲ませてv』だよ!!!」
 「けどそうやって僕のために苦しいの我慢して頑張ってくれたリョーマ君はとっても可愛かったよvv」
 「〜〜〜〜〜//////!!!」
 「―――ちょー待ち」
 いつまでも続きそうな会話を忍足が遮る。不二の肩に手を置き、
 「何あったんか大体わかったから―――そーいう事大声で言うんは止めとき。全国に流れとるで」
 「僕は全然構わないけどね。ちなみにそのときのリョーマ君は―――」
 「わ〜〜〜〜〜!!!!」
 「・・・わかったから。可哀想やからこれ以上は止めとき」
 「う〜ん、けどリョーマ君出ないって言ってるし。僕としてはそりゃリョーマ君のあんな姿やこんな姿を全国のお茶の間に流すのは忍びないけど・・・」
 と、どこから取り出したかハンカチを目に当て不二が言う。当然の事ながら口元には今だマイクが当たっていたためその声もまた増幅され―――
 (あんな姿やこんな姿って・・・何やらすつもりなん・・・?)
 「出る! 出ます!! ぜひ出させてください!!!」
 (それでなんで出よう思うん・・・・・・?)
 「よ〜しおチビ出場決定!! んじゃこっちこっち!!」
 (えーんか、それで・・・・・・・・・・・・?)
 忍足の数々の疑問を残したまま出場を承諾したリョーマ。英二にブンブン手を振られ、選手たちの列に連れて行かれる彼の後姿を見て、最後に一言思う。
 (苦労・・・しとるんやな、越前君・・・・・・)







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 急遽開かれた役員会議の結果、なし崩しにリョーマの出場が承認された。やはり不二と南次郎、2人の推薦というのは大きかったのだろう―――と周りは思っていた。僅か十分という異様なまでの短時間で決まったことに関しては疑問にも思わず。
 まあその真実については気にせず話を続けるとして。
 現在行われているのはある意味今大会の最重要事項、トーナメントの組み合わせ抽選である。本気でお祭り意識の強いこの大会、実力の似たもの同士から当てようなどという意識は全く無く、招待選手も選抜選手もシード権無しで決められる。
 「おっチビ〜v 何番だった?」
 既にクジを引き終えていた英二が、ラストにクジを引いたリョーマの背中にのしかかる。ちなみに不二は参加選手ではないため隅にセットされた選手用のベンチで待機していたが。
 「・・・2番っスね」
 「2番・・・!?」
 なぜかその数字に驚愕する英二。
 「何々? リョーマ君何番?」
 「えートコ当たったか?」
 「わかるわけないじゃん」
 「お、2番か」
 「あ、だったら俺と4試合目に当たるね」
 「アンタが勝ったらね」
 「うっわリョーマ君それ酷いなあ・・・」
 更に後ろから覗き込んでくる千石と忍足にいつも通り生意気に答え、リョーマは今だ目を見開きカタカタと震える英二に胡散臭げな目を向けた。
 「何なんスか、英二先輩?」
 「だ・・・だっておチビ、2番って言ったらホラ・・・・・・!」
 「?」
 「2番って言ったら不二じゃん!!!」
 『――!!!』
 その言葉に全員が硬直する。『2』番――――不『二』。
No.『2』。
 不安げにそろそろとベンチを見上げるリョーマ。ベンチではにこやかに手を振る不二の姿が・・・・・・。
 「・・・・・・」
 「ぐ、偶然だよ、越前・・・!!」
 「ほら、きっと不二くんが影ながら見守ってるって感じでラッキーっぽいじゃん」
 「ラッキーか? むしろ呪いついとんのとちゃう?」
 「だよね〜。不二ならこんなクジ操るのなんて朝メシ前っぽいし・・・」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「忍足! 英二! 越前を不安がらせるような台詞言うなよな!」
 「―――ふうううううん・・・」
 『ふ、不二!!?』
 つい先程までベンチにいたはずの彼に背後から声を掛けられ、振り向いた全員がずざざざざっと反射的に後ずさる。
 「大石までそんな事言うんだ。ふ〜ん・・・・・・」
 「え、いやあのそれは越前が妙に心配そうだったから声を掛けただけで・・・!!」
 「って俺に話し振らないで下さい!! 言い出したのは英二先輩でしょ!?」
 「に゙ゃ〜!! 俺はただあ〜不二っぽくっておチビってばいいにゃ〜って意味で言っただけだよ!?」
 「その思いと、言葉と態度はかなり食い違って見えたけど(にっこり)?」
 「あ、俺はいい事言ったからね、不二くんv」
 「千石、お前逃げよるんか・・・」
 「そりゃもちろん!」
 「じゃあ千石君除いて、全員覚悟はいいかなあ・・・?」
 「あー! 不二ヒデー!! 差別だおーぼー―――!!!」
 「英二v」
 「は、はひ・・・・・・」
 「キミからいこっかvv」
 「に゙ゃあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙・・・!!!!」
 などと不気味なオーラとともにわけのわからない言い争いが繰り広げられる中・・・。
 スタスタスタスタ
 「―――あれ? リョーマ君、どこ行くの?」
 「前。登録してくる」
 「ああ。俺らもせなあかんな」
 「そーいやまだしてなかったっけ」
 あっさり離脱するリョーマ、忍足、千石。さすが各校の曲者同士。さて残された者たちがこの騒ぎを終わらせるのはいつになることやら・・・。







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 2番という順番から予想されるように、リョーマの試合は午後からいきなり行われた。
 「リョーマ君頑張れ〜vvv」
 件のベンチで声援を飛ばす不二。その隣では(先程まで虚ろな目でどこかを彷徨っていた)英二も応援している。さらに大石・千石・忍足・向日・クリスとリョーマを推薦した者たちはここに集合していた。
 そして、
 「なんっか旗色悪そうだね、リョーマ君」
 「そりゃ仕方ねーんじゃねーの?」
 千石と向日の言葉通り、会場中でリョーマを応援している者は極めて少なかった。あの越前南次郎の息子とはいえそもそも彼自身が活躍したのは
20年近く前。余程のテニスファンでもない限り彼を覚えている者は少ないだろう。そしてリョーマ。全国制覇を果たした青学のエースとしてその名は全国に知れ渡ってはいるがあくまで中学テニス界及び一部の高校に留まる。世間一般には違う意味では有名だがテニスプレイヤーとしての彼の姿を知るものは皆無に等しい。
 それに対して彼の対戦相手の場合。クジで1番を引いたのはリョーマ同様アマチュア選抜のリチャード。アメリカではトップに君臨し、何度か来日し試合をした事もある。その大柄な体格から繰り広げられるパワープレイと、事前に対戦相手をよく分析した上で行われるゲームメイクの上手さについてはなかなかに定評がある―――余談だがこのメンバーの中で彼と対戦した事があるのは千石と不二。ゲームメイクに関しては定評どころかトップレベルと評される2人だけあって割と楽に勝っていたりするが。
 日本人人中学生としては平均的ながらまだ目立たない筋肉含め、コートで向かい合うリョーマと彼を比べると大人と子どもにしか見えない。この状況でそれでもリョーマを応援しようなどと思えるのは一部の熱狂的な(そしてテニスに関しては素人の)不二のファンくらいだろう。
 が・・・
 「リョーマく〜んvv」
 「おチビ〜! ファ〜イトv」
 そんな中にあってなお余裕を崩さない者が3名。
 「大丈夫なんか、越前君?」
 「彼まだこういった大きな試合の経験って少ないんじゃないですか? 相当プレッシャーになってると思うんですけど・・・」
 大声での応援こそしていないがリョーマを落ち着いた眼差しで見つめる大石に忍足とクリスが小声で話し掛けた。不二の自信ありげな態度に同意はしたが、実際に見た『越前リョーマ』の姿に2人ともかなりぐらついていた。
 「まあ、なんとかするんじゃないかな? 越前なら」
 肩を竦め苦笑する大石。なんとか『なる』ではなくなんとか『する』。つまりは運任せではない、という事か。
 それを聞いた不二がくすりと笑った。
 「そうだね。それにこの状態はリョーマ君とっては一番都合がいいと思うよ」
 「おチビな〜にやらかしてくれるかにゃ?」
 更に飛び出す謎の台詞。くっくっと笑い合う2人に、大石を除く全員が目を交し合い首を傾げた。
 さてその一方で―――。





 ネットを挟んで向かい合うリョーマとリチャード。2人の身長差は
40cm以上。体格に至っては2倍近く。
 「シンパイしなくても、チャーンとテカゲンしてあげるからネ」
 右手で握手を交わしながら、リチャードがたどたどしい日本語で言った。完全に馬鹿にした優しい態度。別に珍しいことではない。アメリカにいた頃は同い年の子どもにすら更に馬鹿にするような態度を取られ続けていた。こういう輩に怒ってみたところで意味はない。テニスで見返してやればいいだけだ。
 握手を交わした手で帽子のつばを下にさげ、リョーマはつまらなさそうに言い放った。マイクには拾われない小声で。
 「(負けたときの言い訳にしないでね、ソレ)」
 早口の言葉にリチャードが目を見開いた。言われた言葉にか、それとも日本人の子どもの発する流暢な英語にか。
 驚く彼を無視し、リョーマは背を向けコートの端へと歩いていった。







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 サーブはリョーマから。ボールを受け取り、ポー・・・ン、ポー・・・ンと何度も地面につく。
 「びびってんじゃねーの?」
 ため息とともに呟く向日の言葉はそのまま対戦相手含め会場中、いやテレビ等でこの試合を見聞きしている者全員の心情だった。
 と、
 リョーマの顔つきが変わった。
 跳ね返って来たボールを掴み、今度は上に投げ上げる。
 パァン―――!!
 右手から放たれた第1球。
 「おっせーな」
 「まあ鳳みたいなサーブ打てゆー方に無理あるやろ」
 せいぜい
150km/h程度の球に、向日と忍足が冷静に評価を下していく。まあリョーマの体格を考えればこれでも速い方か。
 どうやら相手もそう思ったらしく、受ける側からは絶好のポジションへ向かうそれを、リチャードは余裕で取りに行った。
 だが―――
 ギュルルルルルル!!
 「―――!!」
 地面でスピンする球に、彼の顔色が変わる。慌てて背けた顔の脇を飛び跳ねていく球。
 「ツイスト・・・サーブ・・・・・・?」
 いきなり見せられた難易度の高い技に、会場中が静まり返った。そんな中で1人なんでもなさそうにラケットを肩にかけたリョーマが審判に訊く。
 「ねえ、コールまだ?」
 「―――フィ、
15−0・・・・・・」
 呆然としつつも判定を下す審判の声を聞き、リョーマは再びボールを地面につき始めた。
 やはり予想外の相手の実力にあっけに取られたままのリチャードに今度は日本語で呟く。
 「さっさといくよ」
 そして、2球目が放たれた。







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 「うまいなあ越前君」
 あっさり3ゲーム先取したリョーマに忍足が感心したように声を上げた。技術だけの問題ではない。ゲームメイクの上手さについてだ。
 『まあ、なんとかするんじゃないかな? 越前なら』
 『そうだね。それにこの状態はリョーマ君とっては一番都合がいいと思うよ』
 『おチビ何やらかしてくれるかにゃ?』
 先程の3人の言葉が蘇る。最初に決めたツイストサーブ。それに周りが動揺して浮き足立っている間に1ゲーム取ってしまった。時間にして僅か1分程度。速攻の典型だ。
 試合の流れは完全にリョーマが握り、今では逆に会場中が彼を注目している。プレッシャーを掛けられる形となったリチャードは本来の実力が全く発揮できていない。
 よくよく考えれば中学生程度でツイストサーブを打つ事はそこまで珍しいことではない。現に忍足が中学生だった頃も、少し違うが不動峰の伊武がキックサーブを使っていた―――もっともそうそうあることでもないが。重要なのは使った技ではない。『この程度簡単に出来る』と周りに認識させることだ。意識的・無意識的に人間は何に対しても自己評価というものを最初に置いてしまう。曰く『第一印象』というやつだ。それを大きく外されれば少なからず人は混乱する。リョーマは実に巧みにそれを利用した。
 今の混乱した状況は、まさにリョーマの思うがまま、というわけだ。
 「彼も普通に戦えればいい試合が出来ると思うんだけどね」
 「そら酷やで」
 笑いながら答える不二に苦笑する。テニスは精神[メンタル]面が大きく作用する。特に彼の様に事前に相手のデータを集めるタイプとしては全くもって始めての相手、それも実力が今だにはっきり見えてこない存在という慣れない環境下、今の彼に平常心で戦えと言う方に無理がある。
 「だろうね」
 「・・・わかっとって言ったんかい。
  せやけどまだ1セット目やろ? 立て直されへんか?」
 初めての相手に負けてばかりでアメリカトップが務まる訳はない。1セット目は落とすかもしれないがその程度で終わり、という事もないだろう。
 「無理じゃない?」
 「ほお? それはまたえろう自信ありげやな」
 不二の浮かべるいつもの笑みとは違った笑いに、忍足が楽しげに訊き返した。誇らしげにリョーマを眺める彼の目は、リョーマがこの程度の存在ではないという事を示している。
 「だってリョーマ君、まだまだ練習程度の実力しか出してないもの」
 「・・・・・・・・・・・・。
  ―――そらオモロイわ」
 不二の言葉はどこまで本当なのか。
 (ま、なんにしても『にぎやかし』程度やあらへんかもな・・・・・・)
 もしかしたらかつてない事態が起こるかも知れない。
 その予感を前に―――
 (それはそれでオモロそーやな)
 忍足もまた笑みを浮かべた。







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 「ゲームセット! ウォンバイ越前!」
 その言葉とともにコートの上でリチャードが崩れ落る。それを見下ろすリョーマの目に感慨の色はなかった。
 (どーせ『あんなガキに!』、とか言ってんでしょ)
 「まだまだだね」
 いつもの言葉を冷たく言い放ち、握手もなしにコートを出る。マナー違反だが自分との握手は向こうがお断りだろう。試合前と比べ笑えるほどの豹変を見せる彼を振り返ることもなくベンチに向かって歩くリョーマ。自分にはやることがある。
 「おめでとう。リョーマ君」
 自分の勝ちは確信していただろうにお祝いの言葉をよこしてくる不二の前で立ち止まり、ラケットを持っていない方の人差し指を突き立てた。
 「まずは1つ」
 左手を突きつけられ、一瞬不二が驚いた顔をする。
 (意味はわかるでしょ?)
 それは勝利の合図ではない。かつて言い放った宣言を実行する言葉―――即ち優勝宣言。
 『―――必ず奪ってみせるよ、アンタから』
 早くも意味を察したか、楽しそうに不二が笑った。
 「早いなあ。まだ
10日も経ってないじゃない。
  ―――ま、今回は譲るけどね。けど・・・・・・次からはこう簡単にはいかせないよ」
 「上等」
 不二の言葉ににやりと笑うリョーマ、果たして彼の宣言は達成されるのか。
 嵐はまだその本質を見せないまま、長い試合の初日はとりあえず幕を閉じたのだった・・・・・・。


―――Next2日目


















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 ―――この話のあとがきを述べるに当たって、まず最初に声高々に宣言します。

「この話はフィクションであり、実際の大会・団体・個人等は一切関係ありません!!!」


 ・・・・・・ふ〜。落ち着いた。
 てなワケでこの話、もちろんこんなスチャラカな大会はありません。もし仮に何か類似しているようなものがあったとしても全くもって別物です。いやあ、王子の活躍を全世界に知らしめす! 今まで『不二の恋人』という汚名(リョーマ談)でしか認知されていなかったのを『天才テニス少年』としてアピール!! くくうっ!! いいねえ!! こういうのは大好きです!! なんか自分の好きな人の自慢って考えるだけで顔がにやけます。
 さてオリキャラ。勝手に作られました。イヤ本気で。特にリチャードなんて『負けキャラだからどうでもいいか』と頭に浮かんだ名前をそのまま利用。ありきたりすぎる名前ですみません。まあ突発キャラなんてこんなもんです。そしてクリス。彼はこの後ボツボツ出てきそうです。なのでこの話と同時に設定の方に
Upしておきます。
 今回忍足氏が妙に出張りましたが、考えてみたらこのメンツでこんな会話とか(本文参照)出来る人って彼しかいなさそうだなあ、ということで。けど千石さんにやらせても良かったなあ・・・・・・。
 では、日にちを限定しておきつついきなり遅れるというかなり笑えるこの話、とりあえず初日を終わらさせて頂きます。『男子シングルス以外はどうした』という突っ込みが来そうですが、ちゃんと男子ダブルスはこの後出てきます。え? それ以外? 興味ないでしょ、みんな(爆)。

2003123