「なんっか、上手くいかないね」
「疑問に思うどころか、完全に6歳児に馴染んでるっスよね」
「そうだな」
「って乾〜」
「先輩っスよ? その案出したの・・・・・・」
「だから、そこで少し作戦を変えようかと」
「・・・・・・つまり?」
「少し長期的な作戦になるだろうが、一時凌ぎではなく完全に戻す手段がある」
「おお!?」
「不二が6歳児である理由をなくせばいい。根本から原因を取り除くんだ」
「そっか裕太だ!!」
「そう。裕太と不二の関係が改善されれば恐らく不二も戻るだろう」
「でも、それ裕太が協力してくれなきゃ無理じゃないっスか?」
「この話をすれば裕太も必然的に協力してくれる。
確かに裕太は不二に対し一線を引いてはいるが、だからといってその間に完全に何もないわけじゃない。実際裕太はよく病院へと行っているらしい」
「じゃあ次は、不二と裕太仲直り作戦だね☆」










「さっすが諦めの悪い青学。頑張るなあ」
「敵軍誉めてんじゃねえよ」
「う〜ん。でも楽しみじゃん? 次どんな手で来んだろ?」
「今の話しても駄目。テニスも無駄」
「と来りゃ1つしかねーだろ」
「ちょっぴり強敵?」
「さあ、どうだろう?」
「だが『上手く』いきゃ一気に戻んだろ」
「『最悪』じゃなくて?」
「敵軍は誉めてやるんだろ?
敬意くらいは表してやるよ。無駄な努力に、な」
「へえ、じゃあ―――」
「ああ」





―――壊してやろうぜ、完全にな





「完全支配? 独占欲強いね、跡部」
「独禁法に引っかかったりして」
「ンな法律俺様が変えてやるよ」
「ってゆーかそれ以前にそんなので引っかかってたりしたら世の中の恋人だの夫婦だのみんな違反だって。
とりあえず周ちゃんは市場[マーケット]じゃないから」
「るせーな。やんのかやんねーのかどっちなんだよ」
「今更訊くまでもないだろ?」
「もっちろん、やるよ♪」
















3.崩壊



 「ふ・・・あ・・・・・・」
 合わせられた口と口。その隙間から漏れる甘い声。
 長い長いキスを終え、力の抜けた不二の躰を両側に座っていた佐伯と千石が支える。
 「どうだ? 久しぶりのキスは」
 「久しぶり・・・って、覚えてないよ・・・・・・」
 涙で潤む目で不二が見上げる。真正面から紅く染まる頬を撫で、跡部が再び顔を寄せた。
 「う・・・ん・・・・・・」
 「小さい頃はキス魔だったじゃねえか、周」
 「いつ・・・、の事・・・・・・?」
 「7ヶ月から1歳半ってトコだな」
 「覚えてないよ・・・・・・・・・・・・」
 「覚えてたらそれはそれで大変だよな」
 「ってその頃って跡部くんも1歳ちょっとだったんじゃ・・・・・・」
 「聞いた」
 「覚えてないじゃん・・・・・・」
 「覚えてたらそれはそれで恐いけどさ・・・・・・」
 「何にしろ―――
  ――――――また好きにさせてやるよ」
 「ふん・・・、は、あ・・・・・・」
 触れ合う唇。絡まる舌。
 キス魔であったあの頃にはなく、しかし二次性徴を向かえた今にはある『快感』。
 それがもたらす気持ち良さにハマり、より跡部を求めるように躰を伸ばしていく不二。両側から支えつつ、佐伯と千石がそれぞれ小さな耳に囁きかけていく。
 「今度はもっと―――」
 「気持ち良く、してあげるからね―――」
 「2度と忘れられねえように―――」







 『俺達なしじゃ、生きていけないように・・・・・・・・・・・・』








 「ふあ・・・・・・」
 躰中を、心の中まで包み込む温かさに。
 不二はくすぐったそうに首を竦め、目を閉じた。










・     ・     ・     ・     ・











 半年間寝続けていれば体の各機能は落ちていくものだ。特に顕著なのが筋肉。
 そんなわけで不二は現在リハビリ中である。



 「―――ってゆー割りにはふつ〜にテニスやってたよね」
 「まあ、周ちゃんのテニスはあんまり力いらないからね」
 「おら周! ちゃんと持ち上げろよ」
 「え〜。これはムリだよ・・・・・・」
 「上げてみろよこん位」
 「よ〜し不二くん頑張れ!」
 「蹴り上げたらそのまんま跡部が後ろにコケるよ!!」
 「そっか! それは見てみたいかも!!」
 『じゃあその息でぜひ一気に!!』
 「てめぇら・・・・・・」



 今やっているのは太腿の筋肉強化。椅子に座った状態で重り付きの脚を上下させる、単純な運動。
 重りの代わり、と向かいに座り足を踏みつけ押さえつける跡部。押さえつけ―――全く動かさせない。いわゆる静的運動[アイソメトリック]。
 全く動かさせてくれないその状況に不二が文句を言い始めていた。
 さてここは正式なリハビリルームではなく不二の病室。安定のさして良くない丸椅子に腰掛けやっているためいくら彼であろうと時折バランスを崩す。
 やはり落ちそうになる不二を支えるため両側を陣取る千石と佐伯。支えつつ、むやみに煽りたてる。
 と―――





 コンコン





 ガチャ―――










・     ・     ・     ・     ・











 『―――というわけだ。わかったかい?』
 『つまり、俺と周助[アニキ]が仲直りしたら周助は元に戻るんですか?』
 『その可能性が極めて高い、断言は出来ないがそう言わせてもらおう』
 『もちろんやるよな? 裕太v』
 『ですけど―――』
 『何ためらってんだよ裕太!』
 『そうだよ! 不二が戻ってくんなかったら俺ら全員ただの「知らないお兄ちゃん」なんだぞ!? 跡部とか佐伯とか千石とかみたいに俺だって不二と遊びたい〜〜〜〜〜〜〜!!!』
 『って英二! 問題ずれてるぞ!!』





 そして、そんな作戦と着替えを持っていくという口実により病室へと向かうチャンスを得た裕太。
 不二に存在を拒否されて以来、一度も足を運んでいなかった病室へ行こうと思った理由は英二の一言。


 『裕太〜』


 今でもよく覚えている。まるで今後ろから呼びかけられたかのように。
 少し間延びした兄の声。小さい頃から何度そうやって呼ばれていたのだろう。
 小さい頃から―――兄はずっと自分のそばにいて。
 頼んでもいなくって、約束していたわけでもなくって。
 でもそれが『当り前』だった。
 最初にそこから逃げたのは自分。
 なのに―――



 『跡部とか佐伯とか千石とかみたいに俺だって不二と遊びたい〜〜〜〜〜〜〜!!!』




 なぜ今自分は兄の一番そばにずっといるこの3人に嫉妬を覚えるのだろう・・・・・・・・・・・・?










・     ・     ・     ・     ・











 コンコン



 ガチャ―――



 「あ、兄―――じゃねえ。周助、着替え持って来た、ぞ・・・・・・」
 扉を開け、荷物を掲げ入って来た裕太の口調が・・・尻すぼみになっていく。
 リハビリ中だったのだろう。そんなものも必要だと、話には聞いていた。
 個室中央の空間で、椅子に座る兄。見慣れたテニスウェア。運動をするには丁度いい服装だ。
 ―――それがよく知る青学レギュラーのものではなく自前のものなのは決して青学生である自分を否定しているからではなく、ただその存在を『知らない』から。
 汗を掻き、白い頬を上気させているのはそれこそトレーニング中だから。
 両腕をそれぞれ抱き込む千石も佐伯も、真正面で足を押さえている跡部もそれに協力しているから。
 理由は、しっかりとある。
 だが―――
 それを見て、言い知れぬ―――自分でもよくわからない胸の疼きを覚えるのはなぜだろう。それには理由がつけられなかった。
 「あ、ありがとう。お兄ちゃん」
 笑顔で礼を言う不二。裕太を弟として認識しない不二は、彼を英二の知り合いとして識別していた。
 単純に礼を言う笑顔。だがそれにすらいつもフィルターを張る彼にとって、純粋な笑顔というのは極めて珍しい。
 ・・・・・・それを引き出しているのは『年齢』のせいであり、そしてそばにいる3人のおかげであり。
 しかし今その笑顔に混ぜられているのは別のもの。やっている事そのままの軽い疲労と―――
 「あ、ああ・・・・・・」
 裕太が軽く目を逸らす。その笑顔から。そして―――
 ―――ポロシャツの襟元から覗くいくつもの内出血から。
 「不二くんお疲れ〜?」
 裕太が開けた間を埋めるように、千石が不二の顔を覗き込んだ。色気たっぷりの、その妖艶な笑みを。
 「そんな事、ないよ?」
 「い〜や疲れてるって!
  んじゃそんな不二くんに、元気になれるおまじないをしてあげよう!!」
 言うが早いか、不二の方へ身を乗り出し、耳朶へとキスをする。
 極めて自然な動作。される側もそれが嫌そうなのではなく、ただ―――
 「ちょ・・・! くすぐった・・・・・・!!」
 「って、え・・・・・・?」
 笑いながら反射的に身を引く不二。腕を掴んでいた千石ごと巻き込み、佐伯の方へと体重をかけた。
 その先で、不二だけを受けとろうと佐伯が体を抱き込む。
 が、
 「てめぇ千石! 何してやがる!!」
 「馬鹿跡部! 今足上げんな!!」
 千石を指差し勢い込んで立ち上がる跡部。当然重り代わりに押さえていた足を外す彼に、佐伯は思い切り怒鳴りつけた。
 間の悪いことに、現在『真面目な』不二は跡部の隙を狙うべく丁度足を持ち上げようと力を入れているところだった。
 必要以上の勢いがかかり、完全に支えを失う不二。引きずられるまま前のめりになる千石。一気に襲い掛かる2人分の体重に耐え切れずさすがに佐伯もバランスを崩した。
 丸椅子だったのは不二だけではない。バランスを崩す佐伯に丸椅子はあっさりその役目を放棄した。
 「わ・・・!」
 「うわっ・・・!」
 「げ・・・・・・!!」
 床へと没しようとしていた3人。見ていた裕太はとっさに手を伸ばした。
 とっさに―――真ん中にいた兄へと。
 伸ばした手が―――
 ――――――空を切った。
 それこそ反射的な不二の行為。反射的に―――びくりと身を引き、こちらへ伸ばしかけていた手を引っ込めた。
 怯えの表情と共に。
 「――――――!!」
 初めてそんな顔を向けられた。
 決定的な証拠。兄の中で今の自分は『弟・裕太』ではなくただの赤の他人・・・・・・。
 何も出来ず見送る中、ふいに隣からもう1本手が伸ばされた。
 伸ばされた手を―――
 ――――――今度はためらいなく掴んだ。
 証拠がさらに決定付けられる。『この人』と―――『この人たち』と自分との違い。
 もう、この中に―――



 ――――――自分の存在場所はどこにもなかった。










・     ・     ・     ・     ・











 もみくちゃになって3人が床に転がる―――
 ―――かと思いきや。
 「―――何遊んでんだよてめぇら」
 「・・・・・・。別に遊んではいなかったんだけどね」
 「ただ跡部くんのわかりやすい差別に嘆いてるだけで」
 何事もなかったかのようにしれっと椅子に座っている跡部。その腕に、倒れかけたのを横からかっさらってきた不二の腰を抱き込み。
 「え〜っと、とりあえずありがとう」
 跡部の膝を跨いで逆向きに座り込む不二が、逆向きのまま礼を言う。後ろは振り向き辛いようだ。もみくちゃになって床に転がる2人は。










・     ・     ・     ・     ・











 そうやって戯れる4人を見―――

 裕太はそっと病室を出て行った。







―――4.現実