5.逆襲
今日も病室で合流した青学メンバーと跡部・佐伯・千石。
面会時間ギリギリまでいたため自然と帰りは同じとなり―――
「ところで3人に質問なんだけどさ」
「ん? 何々?」
「『今』の不二に初めて会った時、普通に対応してたよな。予め聞いてたのかい?」
大石の素朴な疑問に、そういえば・・・と一同が頷いた。
いきなり「誰?」と訊かれ硬直した自分達。対していきなり飛びかかられて普通に対応した彼ら3人。
自分達は不二の退行を知らなかったから対応出来なかった。では彼らは?
「ああ、別に聞いてなかったよ?」
「だからさっさと寝かせて聞いただろーが」
跡部の言う事は尤もだ。予め知っていたならば、わざわざあの場で確認とも取れる質問をするわけがない。
「じゃあなんでわかったワケ?」
「ああ、あれ?」
苦笑する佐伯。その苦笑にはどんな意味が込められているのか。
「不二がああいうふうに人前で無防備に笑う姿なんて見せられたらただ事じゃないなって思って。ただそれだけだよ? 後は向こうに合わせて態度決めてっただけ」
『人前で』―――即ち彼ら3人は『他人[ヒト]』には含まれていないという事。
ささいなところで見せ付け、見せ付けられて。
それに気付けた人間は何人いるか。
もしかしたら全員かもしれない。それきり会話がばったりと途絶えた。
前は前、後ろは後ろで分断される中―――
「―――ところで跡部、千石。今まで訊きそびれていたんだけど、2人とも不二とはどういう関係なんだ?」
いつもの如くデータノート片手に、乾が前を歩く3人(の内2人)へと問いた。不二を元に戻すための手がかり、という名目ももちろんあるが、やはり不二のデータとなれば彼が興味を示さないわけはない。しかも上手くいけば彼らは、今までブラックボックスと化していた不二の過去のデータを持っているかもしれない。
「あん? 佐伯にゃ訊かねーのか?」
「佐伯には前聞いた。幼馴染だって言ってたけど?」
「ならそれに入れとけ」
一瞬だけ肩越しに振り向き、跡部が適当に手を振る。彼の態度からしてみればそれで普通なのだろうが、なまじ不二と接する彼を見てしまったからだろうか、妙に突き放したものに映る。
血の気の多い英二やら桃やら海堂やらが怒りを露にする。それを軽く手を上げ制止する乾。普段他人のデータ取りをしている彼は、この程度の対応には慣れている。自分のデータを取る人間に―――しかもそれによるメリットが自分には一切ないとくれば、親しげに接してくれる者などそうそういない。親しげに接しエセデータなどをよこしてくる某青学No.2と比べれば、跡部の『普通』の態度はむしろ喜ばしい。
が、跡部の態度に不満を覚えたのは何も血の気の多いメンツばかりではなかったらしい。
「跡部く〜ん。も〜ちょっと説明入れてあげようよ。それじゃ全然わかんないじゃん」
「ていうかお前もうちょっと人との接し方学べよな。そういう態度ばっかだからむやみやたらに敵作るんだろ?」
「ああ? ンなのでいちいち腹立てる奴との付き合いはこっちから願い下げだ」
「ああなるほど。そういうのを聞いて爆笑する人とぜひ付き合いたい、と」
「違げえだろーが!! ンなヤツぁ見たら即座に殴るに決まってんだろ!?」
「ああ、それでか。なんで跡部に事ある毎に殴られてるのか不思議でたまらなかったんだ」
「俺はサエくんに毎度無意味に殴られてる事の方が不思議に思うよ」
「ホラ、俺口数少ないから」
「そんな爽やかに言っても全然説得力ないよ?」
「それはともかく」
「だからそうやって笑顔で無理矢理全部黙殺すんの止めようよ・・・・・・」
「そういえば詳しく言ってなかったっけ。不二の家挟んで跡部の家と俺ん家があるんだよ。だから不二とは生まれたときからの―――というか親の世代からの付き合い」
「んで、俺が3人のご近所さん。大体5歳くらいの足で徒歩1分ってトコ。ま、3人と知り合ったのは保育園でだけどね」
「ありゃ? でも俺も不二とは―――てゆーかみんなと?―――家すぐ近くだよ? けど全然合わなかったじゃん。
てゆーか前から疑問だったんだけどさ、不二ってどこの小学校通ってたワケ? 俺と不二の家って学区同じだったのに小学校で一回も会った事ないんだけど」
「そりゃそうだろうな。
小学校じゃねえよ。初等部だ。氷帝学園初等部」
「って・・・・・・」
『ええええええええええ!!!???』
「てことは何!? 不二ってば元は氷帝生!?」
「ま、不二だけじゃなくて俺も千石もね。まあ俺は5年の時六角に転校したけど」
「そんなワケで、もーちょっと長くいれば俺達も『勝つのは氷帝! 勝つのはアホ部!』って言ってた―――」
ゴス・・・
跡部の踵落とし炸裂。沈黙した千石はそれこそ毎度恒例無視されて。
「なら不二は氷帝でテニスを覚えた、というわけか」
それならあの強さも頷ける。
が、
「いいや。不二はテニス部―――テニスクラブか、入ってなかったよ?」
「そうそう。時々遊びには来てたけどね。でもって遊びに来るたんびに跡部くん負かしていってはみんなに入れ入れって勧誘されてたよ」
「半分は勝ってただろーが!!」
「でもシングルスで跡部と互角に張り合えるのなんて不二以外ホントにいなかったしね。俺も誘ったよ。跡部の一人天下何とかしてくれって」
「おい・・・・・・」
「ん? 何だ? 跡部」
「てめぇはそういう目で俺を見てたってワケか・・・・・・」
「いや俺だけじゃないから。忍足とか本当〜に頑張って不二の事誘ってたよ?」
「あ〜そーそー。俺ら全員が神経性胃炎になってクラブの存続が不能になる前に頼むから入ってくれ、って」
「忍足の野郎・・・。次会った時は輪舞曲で沈める・・・・・・」
「まずロブ上げないだろ・・・・・・」
「輪舞曲は当たると本気で痛いからね・・・・・・」
「『痛い』のレベルか・・・? 当てられてから2日間記憶ないんだけど、俺・・・・・・」
「うん。俺もその位ないな・・・・・・」
「そう考えると当たって2時間で復活した不二が一番凄いか・・・・・・」
「しかも外傷なしって辺りが人間ワザじゃないよね・・・・・・」
「『さっすが<天才>』・・・・・・」
「『つくづく<天才>』、だね・・・・・・」
『天才』の2つ名は佐伯と千石が嫌味に使って広がった――――――この会話を聞けばわかるだろう。2人が『人外魔境』の暗語としてそれを使っていたという事は。
同じ意味で用いている青学陣にとっては何の不思議もない事だった。特に何も言われず流される。
代わりに別の場所を突っ込まれる。
「忍足・・・って事は、もしかして不二は元々氷帝のメンバーと面識があったのかい?」
「んにゃ? そうなの?」
「不二の人当たりの良さはいつものことだけど、氷帝メンバーと初めて顔を合わせた時少し疑問に思ってね」
「ああ。ジローと日吉以外の奴は初等部からもういたからな。全員コイツらとは顔見知りだ」
「そういや芥川くんって中等部からだっけ」
「つくづく不二と重ならなくてよかったな、跡部。2人が同時にいた日にはお前の苦労は倍だっただろうね」
「むしろ2乗じゃん?」
「アイツら災害片っ端っから持ってきやがって・・・!」
「まあそれでもちゃんと面倒見ちゃうから持って来られるんだろうけど・・・・・・」
「なんか言ったか?」
「いや。跡部もホント『世話女房』だなってだけ」
「馬鹿かてめえは」
と、結局3人で盛り上がる彼らを後ろから観察し―――
「・・・・・・・・・・・・」
乾はノートの新たなページにペンを走らせていた。
・ ・ ・ ・ ・
「不二が戻らない原因がわかった」
「何を今更」
「裕太っしょ?」
「確かにそれもある。だがそれだけじゃない」
「・・・・・・つまり?」
「あの3人だ。原因は。
あの3人が、不二に『6歳の環境』を与えているんだ」
『はい・・・・・・?』
「つまり、あの3人は『6歳の不二』を受け入れてるんだ。あいつらといる限り『6歳の不二』は否定されないんだ。
たとえ俺達が『6歳の不二』に何らかの矛盾を覚えさせたとしても、一緒にいるあの3人がそれを無にしている」
「じゃあ―――」
「そう。あの3人がそばにいる限り、不二は元には―――14歳には戻らない」
「なら先輩と引き離せばいいって事っスね!!」
「理屈の1つとしては、ね。
だがそう簡単にはいくまい」
「どこが?」
「裕太が不二に認識されない以上、6歳から14歳までの期間で繋がりがあるのは不二の母・姉、そして跡部・佐伯・千石の3人だ。
不二の記憶―――年齢を戻す方法は俺が提案したような荒治療も確かにある。しかしもっと穏便に、不二の精神に悪影響を与えず行なうならば、あいつらがやるのが一番だ。あいつらなら不二の年齢を少しずつ上げられる。
が、なぜかあいつらはそれをしない」
「そんなの気付かないからじゃ―――」
「と思うか? あの3人が?
今までの事をよく考えてみろ。
―――あいつらに潰されてないか? 俺達の作戦は」
「まさ・・・か・・・・・・」
「そんなの・・・やる、理由・・・・・・」
「ないとは言えない。
恐らく狙いは不二の独占」
「不二の・・・・・・」
「独占・・・・・・?」
「その証拠が不二の『天才』の話だ」
「あの、こないだ言ってた・・・・・・?」
「跡部が始めて、千石と佐伯が広めたって言ってたけど・・・・・・」
「それに関しては、3人とも後悔していただろう?」
「だがそうやって他人と溝を作った不二は誰を頼った? あの3人だろう?
『6歳の不二』があの3人を認識出来たのは他人と溝を作る前と後、どちらの状態でもその関係に変化がなかったからじゃないのか?
それは即ち、
『天才』と呼ばれ、弟からも敬遠された不二にとって唯一の居場所となったんじゃないのか?」
「それじゃまさか――――――」
「不二の『天才』って――――――」
「事実がどうだったかはわからない。だが可能性として否定は出来ない」
―――あの3人が不二を手に入れたいがために広めた、とも。
「ひっでー!!」
「サイアクっスね!!」
「けどいくらなんでもそんな・・・・・・」
「甘いよタカさん!! 俺こないだ見たもん!!
4人だけでめちゃめちゃ楽しんでた!! 入り込めない位仲いいんだってそん時は思ったけどさ! それって今のと合わせたら不二の事自分達の都合いいように閉じ込めて作り変えてたってワケじゃん!!」
「許せねえ・・・・・・!!」
「みんなちょっと落ち着けよ。あくまで今のは乾の推測―――」
「だったら確実じゃないっスか!!」
「何だよ大石!! お前アイツらの味方する気か!?」
「え、いやそうじゃなくってそれならますます不二の気持ちを重視―――」
「甘いっス! 甘すぎっスよ大石先輩!!」
「ほっといたらアイツらもっと図に乗るじゃんか!!」
「だから不二にとっての幸せは―――」
「乾! 対抗手段ねーのかよ!?」
「ある」
「ホントか!?」
「ああ。あの3人の話でヒントが出た。6歳の時―――即ち小学校の時、不二は・・・・・・」
『氷帝初等部にいた!!』
「そっか! 氷帝メンバーなら6歳の不二とも知り合いなんだ!!」
「じゃあその人たちと合わせれば―――」
「ああ。跡部らに頼らずともさっき言った手は使える、という事だ」
「よっしんじゃそれで行くぞ!!」
「だがその最中あの3人にまた妨害を受ければ同じ事」
「何か理由つけて、寄せ付けなければいいんじゃないっスか・・・?」
「最終的にはバリケードでも作って・・・・・・!!」
「まあ、バリケードまではともかくとしてじゃあその手で行ってみるか」
「あ、でも氷帝メンバー呼ぶってなったら跡部が気付くんじゃ―――」
「それは向こうと相談して決めてみよう。上手くいけば『クセ者』辺りがいい口実を考えてくれるかもしれない」
「にゃ〜るほど。忍足か」
「けどやっぱ氷帝サイドに話すって危険じゃないっスか・・・? それこそ跡部にバレるんじゃ・・・・・・」
「だから忍足に最初に話すんだ。あいつなら嘘の1つや2つつき慣れているだろうしそれに
―――あいつが跡部に忠誠を誓っているとはとても思えない」
「は〜ん」
「形勢逆転・・・っスね」
「後はそれこそスピード勝負だ。時間が経てば経つほど『6歳の不二』の形成は強固になる」
「ンなの、今から即スタートっしょ!」
『おー!!』
「・・・・・・・・・・・・」
盛り上がる一同を遠くから見ながら、
手塚は先ほど大石が言いかけて途切れさせた言葉を反復させていた。
『それならますます不二の気持ちを重視―――』
『不二にとっての幸せは―――』
(不二の幸せ、か・・・・・・)
14歳の『今』と6歳の『今』。どちらにそれがあるのかと問われれば―――
―――間違いなく6歳の『今』に、だ。
不二の笑顔を見ればわかる。飾りのない―――偽りではないあの笑顔。
14歳の『今』は、彼には辛すぎる。
たとえ乾らの作戦・・・努力により元に戻れたとしても、
現実は変わらないのだ。
相も変わらず不二は『天才』と呼ばれ続け、
相も変わらず裕太との関係はこじれたまま。
いや、むしろ今回の騒ぎで『罪の意識』まで植え付けられてしまった裕太は、もう2度と今まで通り接する事は出来はしないだろう。
腫れ物のように接し、そしてまた溝を広げる。
あの3人が自分達の満足のために不二を閉じ込めた
そんな事は今更どうでもいいのだ。
重要なのは、たとえ真実がどうであれ『今』―――6歳にしろ14歳にしろ、とにかく不二にはあの3人が必要だという事。
不二が現氷帝メンバーらと知り合いだった、それは割と前から予想がついていた。人当たりよさげに見えて誰と接するにもガラス越しのような触れ方をする不二。そのシールドの薄いポイントが氷帝メンバーだった。
そして、
最も薄い―――
いや、
シールドの存在していないのがあの3人。
そうなるよう、それこそ『自分達の都合いいように閉じ込めて作り変えてた』
―――わけではない。
氷帝メンバーの不二への接し方は極めて普通だ。とても『天才』という理由で敬遠しているとは思えない。
『氷帝の天才』なんてものが身内にいる時点で当然だ。
強いテニスプレイヤーとしての敬意はあるかもしれないが、その程度で。
不二が溝を作る理由はどこにもない。
ならばこうは考えられないだろうか。
不二が他人と一線を隔すのは、
彼にとってはそれがごく自然な人付き合いの方法だからだ、と。
そして跡部・佐伯・千石の3人に対してそれがないのは、
―――彼が自ら望んで外したからだ、と・・・・・・。
だとすれば今みんなのしている行為こそが極めて滑稽なものだ。
今自分の目の前で3人を不二から引き離そうと作戦を練っている彼らも、
不二を自分達の中に閉じ込めようと必死になっている3人も、
誰も何も見えていない。
誰も、『不二の幸せ』を考えていない。
気付いたのは、その広い視野と冷静さで全てを見渡すことが出来た大石と、
―――そして幸か不幸か彼に全てを託された自分。
だが・・・・・・
「よ〜し! 今度こそ行くぞ!!」
『お〜!!』
盛り上がる彼らを、手塚は止めることが出来なかった。
彼は―――
――――――己の中に小さく芽生えた嫉妬に、負けた。