6.『友人』1 −クセ者−
本当に行動は早かった。
翌日から跡部・佐伯・千石の3人はぱったりと病室へと訪れなくなり、
そして―――
「不二〜。今日はお前の友達連れて来たぞ〜!!」
「英二お兄ちゃん?」
今日もベッドの上に身を起こしていた不二。笑顔で英二が手を振る方を見つめ―――
「久しぶりやな」
「不二さん、お久しぶりです」
「ウス」
「なんだ、元気そうじゃねーか」
「心配して損したぜ」
今日もわらわらとやってきた人達。だがいつもと違うメンツに不二の瞳がきょとんとし、
「あ! 忍足君! 鳳君! 樺地君も!!」
明るく呼びかける不二に、計画発案者達が小さくガッツポーズする。
とりあえず、代表で忍足が見舞いの品を渡した。
「元気そうで良かったわ。ほなこれ、激励品っちゅーやつや」
「どーゆうやつだよ・・・・・・」
「ありがと〜v
―――あ、りんごだ」
「不二、好物やろ? 蜜めちゃめちゃ多いでそれ。なんせ多すぎて規格に合わんっちゅーて商品に出来んかったやつやからな」
「送るなよ、ンなモン・・・・・・」
「ってかてめーはどこでンなモン手に入れた・・・・・・?」
「ありがとう。丁度良かったよ」
「丁度ええ? 何がや?」
「あのね、千石君がすっごく皮むくの上手いの。今丁度暇だし、今度教わりたいなって思ってて」
「は〜。千石がかいな。まった妙な特技持っとんな〜」
「あ、でもサエも上手いんだよ。りんごのウサギ」
「任しときい。ウサギりんごやったら俺も作れるわ」
「張り合うなよ・・・・・・」
「しかも低レベルだなー・・・・・・」
忍足の台詞に片っ端っから突っ込んでいく宍戸と向日。この3人のボケ突っ込みはいつものことなのだが―――
「―――ん?」
「ねえ忍足君。
あのさあ・・・・・・
―――後ろの2人って、忍足君の友達?」
『へ・・・・・・?』
思わず硬直する一同。初めて見た彼らにとって、不二のその態度はなかなかに新鮮なものだっただろう。
―――その対象となった宍戸と向日からしてみれば笑い事ではないが。
きょとんとしっ放しの不二。ぱくぱくと開いた口から息すらも漏らせない見物人ら。
当事者たちは完全に灰と化し―――
そして唯一何の反応も出さなかった忍足が、何の違和感もなく後ろの2人を指した。
「あーせやせや。言うとこ思とたんやけど、なんや見舞い品で話逸れとるやん。
コイツらな、初等部から一緒になるんやと。先に会うたんで紹介しとくわ。向こうのが宍戸。んでこっちのが向日」
「あ、ああ・・・」
「よろしく・・・・・・」
「へ〜。僕は不二。不二周助。これからよろしくね」
笑顔で手を差し出す不二に、ぎこちなくも何とか応える2人。
珍妙な挨拶を終えたところで、再び不二が尋ねた。
「あれ? でも僕にだけ紹介するの? 景とかには?」
「・・・・・・・・・・・・」
やはりどう転んでも出てくる3人の話。後ろでしかめ顔をする人々を不二の目から隠すよう彼に目線を合わせ、
忍足はおおげさに首を振ってため息をついた。
「紹介するから一緒に来い言うたんやけどなあ。断られてもうたわ」
「ああ、忍足君の頼みじゃあねえ」
「うわいったい一言やなあ。泣けるで今のは」
「あはは。ごめんごめん。
・・・・・・そっか。3人とも来ない、か・・・・・・」
不二の笑顔の、質が変わる。
落とされた睫毛に隠れる瞳。口元だけで曖昧に浮かべられるそれから感情を予想する事は不可能。
いわゆる―――笑顔のポーカーフェイス。
それを見つめる忍足の目に、一瞬だけ剣呑さが走る。こちらはこちらで、いわゆる『クセ者の顔』。
一瞬で霧散させ、忍足は俯く不二の頭をぽんぽんと撫でた。
「すまんなあ。殴って気絶でもさせて引っ張ってくればよかったわ」
「そんな事したら忍足君こそ沈められるよ? みんな強いもの」
「アイツらそもそもケンカする相手いないやろ? なしてあないにケンカっぱやいわ腕っ節強いわすんねん」
「お互いで慣れたからでしょ」
「止めい。そないにデンジャラスな付き合い」
「でも『拳で語り合うんだよ』ってサエが―――」
「語っとらん。断じて語っとらん。アイツらのは単純暴力で都合悪いモンもみ消しとるだけや」
「けどホラ、最後はみんな大声でバンザイしたり自分の意見取り下げたり―――」
「そら悲鳴を上げてもんどりうって気絶したっちゅーんや・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・そうなの?」
「あ〜、今めっちゃ俺みんなの意見に賛成したなってきたわ。今ん内にコイツの思考、一般的に通用するよう改良させん?」
「何の事?」
「いやこっちの話やけどな。
―――それはそうと不二、お前ずっと寝とるけど別に起きれんのやろ? 確かみんなとテニスした言うてたやん」
自分達が来た時から不二は決してベッドを離れていない。お見舞いっぽさが出るのはいいのだが、不二の性格からすると逆に普通に出迎えられて自分達が『ええからお前は寝とき』といった台詞を言うような、そんな展開だと思っていたのだが・・・・・・。
現に―――
「ああ、ごめんねこんな格好で」
「あー構へん構へん。ただずっと動かんと筋力落ちるんとちゃう? 思ったやけやから」
「リハビリにトレーニングはやってるよ? 景たちが『まだ何かあるかわからないから必要以上に出るな』って言っただけで」
「相っ変わらず過保護やな〜・・・・・・」
リハビリならむしろベッドから出した方がいいのだろうに。自分達の目の届かないところで何があるか、よっぽど心配なのだろう。
「『親バカ』っちゅーんはあいつらみたいなモン指すんやろなあ・・・・・・」
「すっごく大切にしてもらってるよv」
「・・・・・・ええけどな。お前がそないに思とるんやったら。
ホンマ不二は跡部も佐伯も千石も好きやなあ」
言いながら、再び頭を撫でる忍足に不二は―――
「うん! みんな大好きだよ!!」
「忍足〜!!」
「全っ然! 話逸らせてないじゃないっスか!!」
「そないに言うてもなあ・・・。まさか保育園まで遡っとるとは思わんかったわ・・・・・・」
病室からの帰り道、作戦が失敗したのかそれとも成功だったのかかなり謎だったやりとりにつけられるクレーム。
ぱたぱたと手を振り誤魔化したところで、隣を歩いていた鳳が感心した声を出した。
「あ、でも忍足さん、よく不二さんが保育園生だってわかりましたね」
「ああ、『あの』不二は読み易うてええなあ。俺らが入っていった時、順番に俺・お前・樺地って見おって次に向日と宍戸見て表情変えとった。あら絶対2人がわからへんっちゅー顔やった。
―――『今の』不二やったら表情で感情読むなんて絶対無理やで」
「へ〜。で、忍足さんと僕と樺地って言ったら保育園ですか」
「せや。よう考えたら6歳っちゅーたってイコール小1ゆうわけあらへんかったな。それに不二が退行した原因がホンマに『天才』説やったら小1の頃になる筈あらへん。不二の『天才』が広がったんは小1ん時や」
「あ、そういえば僕が初等部に入学した時にはもう言われてましたね。てっきり最初跡部さんが言われてるのかと思ってましたよ」
「まあ、アイツは『天才』とかそういうレベル越しとるからな。むしろ人としてのレベル。
―――人に『天才』言われるとああ俺もまだ人として認められとるんやな、っちゅー感傷に浸れるようなったわ」
「それ使用法思いっきり間違ってません・・・?」
「ええやん。俺は人として生きたいんや・・・・・・!!」
「そんな握り拳で力説されても・・・・・・」
「―――ってまあンな冗談はええとしてな」
「冗談だったんですか? とてもそうは見えませんでしたけど」
「冗談や。誰がなんと言おうと冗談や。冗談にさしといて頼むから」
「いえ、俺にお願いされても・・・・・・」
「それもそやな。
で、問題は不二が保育園まで戻っとるっちゅー事や」
「なんでそれがンな問題なんだよ?」
背の高い2人のやり取りをつまらなさそうに見上げていた向日が、ようやっと口を挟めるチャンスを得て―――もとい忍足の妙な強調点に疑問を口にした。
「ああ、せやな。お前は―――っちゅーか多分鳳、樺地。お前ら含めて全員知らん事やろうけどな。
保育園の頃の不二っちゅーたらそれはそれはあの3人にべっっっっっっっっっっったりやったで。1年後に裕太が入りおったおかげでちょっとはマシになりおったけどな。
しかもあの3人の親バカっぷりが最大限に発揮されとったのがその頃や」
「そん・・・なに・・・・・・?」
「僕が知る限りでもすごく激しかったんですけど・・・・・・」
「ていうか・・・今でも充分激しいだろ・・・・・・?」
「ちゃうちゃう。今の比やあらへん。特に跡部と佐伯。
なにせ跡部と不二・佐伯、それと千石が初めて会ったんが保育園入園式の日やったんけどな・・・・・・。
―――あん時の事は今でもよー覚えとる。不二見るなりナンパしようとした千石2人掛りで即刻張り倒して、その上足で踏みつけて『不二に手え出そうなんて100万年早えーんだよバーカ』言うたんやで!? そないな3歳児がどこにおんねん!! しかも佐伯は佐伯で倒れた千石の襟元掴んで気道塞いで『次やったら死刑決定だな。おめでとう』なんて爽やか笑顔で言いおったんやで!? あれ絶対頚動脈の位置わかっとった上でポイント外しとったわ。思わず拍手してもうた」
「てめーが一番ありえねえよ」
「するなよ拍手・・・」
「それきっかけで保育園1日で乗っ取ってもうた。それ以降も不二にちょっとでもちょっかいかけおる奴は闇討ち不意打ち嫌がらせの数々。
最高は2人への仕返しに不二殴ろうとした奴が6ヶ月入院になったわ。しかも入院期間終わっても保育園来れへんかった。入院期間中にそいつの入学証明抹消されとったんや。
もー誰も恐うて不二に関われんかった」
「それだけやりゃ問題になんだろ・・・?」
「ならへん。2人が全部もみ消しとったからな」
「つーか・・・、
それで千石がどうやってそいつらと仲良くなったのか、それが一番気になんだけどな」
「千石は千石で図太いでー。不二にコナかけんの無理やてわかったら今度は跡部に絡み出して取り入ったっちゅー強者や。手下になったんやあらへん。あの3人のペース乱したんは後にも先にもアイツ一人やで」
「ちなみにお前はお前でなんでそんな3人と仲良くなったんだよ?」
「ですね。しかも不二さんとも仲いいですし」
「ああ、俺か? 俺はそないな危ない奴らには関わらんようしようっちゅー、かったい決意をしとったんやけどな・・・・・・。
―――逆に絡まれたわ。逃げ出せんかった」
「てめえがか・・・・・・!?」
「恐るべし、そこ4人・・・・・・」
「ちなみに俺がさっき2人の口調真似た時な、不二の事名前で呼ばへんかったんは命が惜しいからや。千石がずっと『不二くん』で通しとるんも同じ理由や。あいつらの間に―――でもって俺含めた中に『仲間意識』なんちゅーもんはあらへん。一歩でも踏み間違えたら即座に地獄行きや」
「まあ・・・、そういう関係だろうな、って予想はついてたけどな・・・・・・」
「で、でも・・・!
とりあえず確かに不二さんって3人によく懐いていましたよね・・・。いつもとてとてとてっと駆け寄っていく姿は見ていて微笑ましかった―――」
必死に話題を明るくしようと引きつった笑みで言う鳳。
忍足はそんな馬鹿な―――としか最早言い様のない後輩の肩に両手を乗せた。
「鳳。
以前お前とよう似た台詞言いおった保育士な、
―――2日後謎の自動車事故に巻き込まれて脚の骨折ったで・・・・・・」
鳳の笑みが―――さらに引きつる。
「し、し、し、宍戸さん!! どうしましょう俺!! 足骨折ですよ!?」
「って何で俺に振りやがる!!」
「だ、だってだって!! 僕が怪我してテニス出来なくなったら宍戸さんが―――!!」
「そんときゃシングルスに行くに決まってんだろ!?」
「そんな〜!! 酷いですよ宍戸さん!! 僕は今まで宍戸さんのためだけに―――!!」
「ああうるせえ!!」
と、ますます逸れていく会話を耳の端に捕らえ、
「せやから『あの』不二の中の3人っちゅーのは限りなく『絶対』に近い存在や。それ消すっちゅーたら並大抵のもんや―――」
あらへん。
言おうとして言葉を止める。
残りの息で代わりに吐く、質問。
「そういや今3人と合わせんようしとるんやって? もうどの位になったん?」
「え〜っと、今日で1週間!」
「随分楽勝っスね!」
盛り上がる青学一同をもまた目の端に追いやり、
(1週間、なあ・・・・・・)
『保育園児の不二』がそこまで3人と離れた経験は恐らく初めて。
保育園児の1週間。自分達に換算するとどれだけなのだろう。
(だけやない・・・か?)
思い出す。不二のあの顔。
なぜ不満を露にしない?
保育園の頃なら―――いや、今でもだろうが―――不二のワガママは3人にとっては絶対だ。
それこそ、王に仕える従者の如く。
言われた事は必ず叶える。
不満な事は必ず取り除く。
4人の中では―――
―――保育園児4人の中ではそれはごく当然の事。
その筈だ。
(その筈、なんや)
「あ、悪いなあ。俺ちょっとここで別れるわ」
「どうしたんだよ忍足」
「用事思い出した―――ちゅーベタな理由は止めとくで。
もう一回不二に会いに行ってくるわ」
「何でだよ?」
「なんや、ど〜しても気になる事あんねん」
「何か、って、何が?」
「それがわからへんから『なんや』言ーたんやで」
「珍しいじゃねーか。てめーがわからねえなんて」
「悪いなあ。俺はどこぞの超人らやあらへんのや。わからんもんはわからん」
「ま、むしろその方が安心するけどな」
「ちゅーワケで、ほなな」
「ああ」
「わかったら教えろよ! 『なんか』気になる」
「物好きやなあ。岳人は」
「そりゃてめーだよ、侑士」
忍足がクセ者たる理由は嘘が上手いからではない。
彼は決して嘘はつかない。嘘の危うさと意味のなさを知っているからだ。
彼は限りなく嘘に近い本当を言うのが上手い。
そうやって、曖昧なまま人を操る。
・ ・ ・ ・ ・
「さて、どないしよか」
清潔感溢れる病院の塀を見上げ、透視が出来るワケはないが単に庭が広く離れているからその向こうに見える窓を見やり、忍足はそう呟いた。
みんなと別れてはみたが、実は何をやるつもりか自分でもよく決めていなかった。
「跡部ら連れてくるか・・・・・・せやけどそれやったら何の解決にもならへんし・・・」
確かに忍足は跡部に忠誠を誓ってはいない。だが彼に味方する事はある。ごく普通に友人として。
「それになあ・・・。
―――あの不二の顔、なんやめっちゃ気になるわ・・・・・・」
話の最中、時折見せていた憂いの表情。
「あんな表情しとったか・・・・・・?」
記憶にない。いや、記憶にはある。6歳以上の記憶には。
「まあ、もう一回会うたらなんやわかるかも知れへんなあ・・・・・・」
結局悩んだ末、建前通りに動く。よくある事だ。
そして―――
「あ、せやせや♪」
本題に関係ない辺りでついでといって決定打を放つ事もまた。