「やってくれんじゃん、青学・・・・・・!!」
「アイツらまで俺様の敵に回るとはな・・・・・・!!」
「ねえ・・・・・・。
いーんじゃん
? もう」





―――『王様。もう充分お遊びになられましたので、そろそろお戻りいかがですか?』―――





「そーだな。アイツも充分遊んだだろ?」
「そろそろ、お還りいただこうか」
















7.『友人』2 −トリック−



 消灯時間もとっくに過ぎた頃、ベッドに座り膝元に絵本を広げていた不二。眼球はどこにも動かず、
10分前から1ページたりとも進んでいない。
 コンコン
 ふいに窓から聞こえてきたノック音。即座に反応し、ロックを開ける。
 開け放った窓から―――
 「不二〜。入れてくれへん?」
 「・・・忍足君?」
 昼普通に面会に来た忍足が、なぜか夜警備をかいくぐって窓から侵入してきた。
 「どうしたの? 忘れ物でもしたの?」
 「忘れ物・・・? まあ、分類上は忘れモンって言えへんでもないか・・・・・・」
 ただの忘れ物のためにこんな苦労と危険を冒すほどの物好きに見られていた事に、少々哀しさを覚える忍足。
 とりあえずそれはどこかへ置いておくとして、『忘れ物』を果たす。
 「何や? 誰か待っとったん?」
 一応わからないフリ。待ってなければあんなに反応が早いなんて事はない。
 「待って―――」
 曖昧な笑み。言おうかどうしようか悩んでいるのだろう。正確には―――言わずに済むかどうか。
 というわけで、忍足は悩む不二を無視して話を進めた。選択肢をなくした、ともいえる。
 「まあ、とりあえず俺みたいな無粋な訪問者は待っとらんかったのはわかるわ」
 「そんな事ないよ」
 「最近来いへんの? 跡部やら佐伯やら千石やらそこらへん」
 「・・・・・・・・・・・・」
 ウソは即座につけてもホントはすぐには言えない。6歳の頃は確か逆の傾向に強かったような気がする―――あくまでその傾向に強かった、と強調させてもらうが。
 ぱったり途切れる話題。そうやって無表情に俯く姿は、やはり自分の記憶の中、『6歳の部分』にはないものだ。
 暫くその顔を見てから、今度は視線を追ってみる。
 下に向けられた不二の瞳。そこに映るのは―――
 「絵本か。何読んどったん?」
 不二の脇から見下ろす。見開き2ページ分の文章だけでそれが何の話だかわかるほど童話に精通してはいない。
 だが・・・
 「捕らわれのお姫様を王子が助ける、か・・・。おとぎ話の王道やな。
  ―――憧れとるん?」
 「かもね」
 挿絵を見れば丁度そんなシーン。とりあえずそこからの推測は間違っていなかったらしい。
 と、
 下を見ていた不二の視線がこちらへと向けられる。
 深い深いセピア色。そこに映る自分の映像。
 奇妙な光景だ。これと同じ色の写真なら彼に何度も見せてもらった。
 『僕はこの色好きなんだよね。物悲しいけど、でも優しい。すごく温かい。そんな風に感じるから』
 彼の瞳越しに映る自分は、今まで見せてもらったどの写真よりも綺麗で、
 ―――ただ物悲しさしか表していなかった。
 「憧れるよ。この姫には迎えが来る」
 「お前には来いへんのか?」
 「来ないよ、僕には。
  ――――――みんな、僕から離れていくだけ」
 (『みんな』・・・・・・?)
 誰だ? 6歳[いま]の不二から離れる『みんな』は。
 疑問に思い、
 ふいに悟る。
 (――――――ああ、そないゆうタネか)
 ようやくわかった。全てのことが。
 意外と驚きはない。出来すぎたこのシナリオに無意識に違和感を覚えていたからか。それとも―――
 『クセ者』としての勘―――むしろ『共感』か―――がこのトリックを予想させていたか。
 ふ・・・っと微笑み、泣きそうな不二の頭をぽんぽんと撫でる。
 「心配すんなや。もうすぐ迎えに来るで。忠実な従者どもは」
 「忍足、君・・・・・・?」
 「まあ、それまでは不満やろうけど俺ででも我慢しててえな。
  ―――あ、けどこれ以上は堪忍な。バレたらホンマあいつらに殺されるわ」
 「ん・・・・・・・・・・・・」
 頭に乗った手にさらに手を乗せ、不二がもたれかかってくる。
 小さな体を引き寄せ、やはり小さな背中を撫でてやる。
 それこそ6歳児にそうするように、何度も、何度も。
 この寂しがりやの王様が、安心して眠るまで。





 ぐっすり眠った不二をベッドに横たえ、忍足は立ち上がりながら小さく口を尖らせた。再び呟くこの言葉。
 「さて、どないしよか」
 言うべきか。言わざるべきか。
 医者にか。家族にか。青学のみんなにか。それとも―――従者3人にか。
 「―――ま、えっか」
 肩を竦めて結論づける。実のところ悩みはしなかった。これが不二の望んだ事なのだから。
 「それやったら俺も協力したるわ。お互いクセ者同士、利用し合おやないか。
  ――――――ええや。ちゃうな」
 窓に足をかけた状態で止まる。自然と口の端が吊り上がった。
 「一番のクセ者の称号はお前にやるわ」
 見下ろすその先には、迎えを待つ迷子の王様。その
14歳の寝顔を見て、忍足は・・・・・・・・・・・・










・     ・     ・     ・     ・











 その夜、明かりの灯らぬ家から出て来た跡部は、
 「よお跡部。こないな時間に外出かいな。不良やなあ」
 「忍足・・・。なんでてめぇがンなトコいやがる・・・・・・」
 「さあ。何でやろうなあ・・・・・・」
 跡部邸の塀にもたれ空を見上げる忍足。そんな忍足を細めた瞳で見やる跡部。
 「そないなおっそろしい目で見んといてや。体に穴空くわ」
 「邪魔する気か? また
 忍足の軽口を一言で潰す。穢れを知らない澄んだ瞳はだからこそ、そこに映るものを鮮やかに光り輝かせる。
 たった一つの感情―――殺意を。
 それでありながら、
 忍足の顔に浮かべられた笑みは揺らぎもしなかった。
 「邪魔したつもりはあらへんかったんやけどなあ。
  せやけど邪魔や思とったんやったら、そら悪い事したなあ」
 「てめえの減らず口は聞き飽きた―――」
 「まあそのお詫びっちゅーワケでもあらへんけどな。一つ耳よりの情報教えといたるわ。
  ―――病院行くんやったら裏門の左
50m付近に立っとる木に沿って入るとええで。そこだけなんでか監視カメラの死角なんや」
 正しくクセ者の笑みで、あっさりそんな情報を漏らす忍足に―――
 「忍足・・・・・・
  てめぇ、何で・・・・・・」
 「お? お前のそないなアホ顔は初めて見おったわ。今日来た甲斐あったで」
 跡部の瞳から殺気が消える。代わりに浮かぶは驚き。今この場にいる時点で忍足は自分が―――自分達が何をやるきかわかっている筈だ。
 彼の疑問が届いたわけでもないが、肩を竦めて忍足は『答え』た。
 「俺はいつでも不二の味方や。そんスタンスは変わらへん。今までも、これからもな」
 面白そうに笑い、手を上げ指で指す。跡部もよく知る氷帝名物。
 「病院へ、『行ってよし』。
  ―――ほら早よせい。ワガママ王様待ちくたびれとるで?」
 「・・・・・・・・・・・・。
  ――――――――――――ありがとな」
 パン!
 すれ違いざま、交わされるハイタッチ。出会って初めてで、そして最後のその行為。
 「失敗すんなや! 俺まで共犯にされてまうで!」
 「バーカ。誰に向かって言ってんだよ」





 跡部の姿が完全に見えなくなってから、
 「しもた・・・。跡部やのうて千石か佐伯に教えればよかったわ」
 忍足は再び空を見上げ、実に情けない顔で呻いた。
 「お前が言うと全っ然! 説得力あらへんわ・・・・・・・・・・・・」





―――8.帰還