「う・・・あ、ん・・・・・・」
 誰も訪れない夜。不二は独り、最近覚えた一人遊びにいそしんでいた。
 「は・・・・・・。
  跡部・・・、サエ・・・、千石君・・・・・・」










『快なること』を知ってしまったこの躰と心。

もうそれ無しでは生きてもいけなくて。

ねえ、早く迎えに来てよ。

早く、楽園に連れていってよ。
















8.帰還



 コンコン
 今日も窓から聞こえるノック音。重たい躰を引き上げ、不二はロックを開けた。
 開け放った窓から―――
 「な〜にまたしけたツラしてやがんだてめぇは」
 「だからさあ・・・」
 「あ〜不二くん、そんな顔してたらせっかくの可愛さ台無し―――」
 ごすげす!!
 無言で振り上げた肘を思い切り振り下ろす跡部と佐伯。両側からエルボーを喰らい、開けた窓越しに体をだらけさせる千石。
 どれだけ離れていたか、もうわからないほどずっと離れていたというのに、そこにあるのは『いつも』の光景で。
 「景! サエ! 千石君!!」
 嬉しそうに―――泣きそうなほどの嬉しさを胸に、不二が窓から身を乗り出させた。
 「やっと来てくれた!!」
 乗り出させ・・・・・・窓越しに3人を抱き締める。
 しっかりと受け止め、抱き返してくれる3人の熱を体中に感じながら、温かい腕の中でようやく涙を流した。
 「バカバカ!! なんで来てくれなかったのさ!! ずっと待ってたんだよ!?」
 「仕方ねえだろ? こっちはこっちで事情があったんだからよ」
 「どんな事情!? 僕が寝てたからなんてイイワケはもう聞かないからね!! ずっと起きて待ってたんだから!!」
 「あーあーそりゃ光栄だな」
 「と、いうわけでさ」
 そんな台詞をきっかけに、3人の温かさが離れていく。
 寂しくて手を伸ばして、でも届かない。
 その先で。
 「ほら、行くぞ」
 「行くよ、周ちゃん」
 「さ、行こ♪」
 差し出される3本の手。
 「え? 行くって・・・どこ、へ・・・?」
 その手へと重ねかけ、
 ぴたりと止まった。
 自分がいたいのは今ここだ。3人と一緒の場所。他にはどこにも行きたくない。
 俯く、不二を見て。
 3人がそれぞれの笑みを浮かべる。
 「今更何言ってやがる」
 跡部が頭を軽く叩き、
 「そんなの決まってんじゃん」
 佐伯が不二の手を取り、
 「俺達は不二くん迎えに来たんだよ」
 千石が待ちきれないとばかりに腕を掴んで引きずり出す。
 「行こう! 俺達の楽園へ!!」
 「うん!!」










・     ・     ・     ・     ・











 誰もいない跡部邸。母親は今日は父親とパーティーに出かけた。使用人たちは全員ヒマを出しておいた。
 その、離れにて。





 「周。前やった劇覚えてるか?」
 「劇? ってあの―――」
 「そうそう。跡部くんの1人勝ち舞台」
 「跡部の暴走のおかげで、結局ラストどんなんだったか永遠にわかんなくなったよな・・・・・・」
 「るせーな。暴走なら周の方だろーが。黒魔術なんか使いやがって」
 「え〜僕? 勝手に自力脱出しちゃったお姫様の方がずっと問題じゃないか」
 「そーだよ跡部くん! せ〜っかく俺がか〜っこよく跡部くん救出に向かったのに!!」
 「てめぇの助けなんていらねーよ!!」









・     ・     ・     ・     ・












 それは彼らの通う保育園にて毎年行なわれるお遊戯発表会での事。誰の案だか、彼らが最年長生だったその年は劇をやる事に決まった。
 魔法使いに捕らえられた姫、それを救出しに向かう王子。魔法使いには忠実なる僕の騎士がいて―――
 そんな、ファンタジーの王道を貫くような劇。
 ―――の、筈だった。





 まず問題となったのは王子を誰がやるか。立候補者が多かったのではない。推薦する側が多かったのだ。それもたった4人をひたすら推す人たちが。
 跡部・佐伯・千石・不二(あいうえお順)。誰を王子にするかで
10日ほど揉め、結局保育園の園児保育士全員で投票を行い、結果僅差で跡部が王子役決定となった。
 そしてこれが決まったら決まったで次に揉めたのがお姫様役。こちらは3日程度でカタがついた。
 園児の持ち物。さりげに危険なものが多い。誤飲防止にと適度な大きさで作られたおもちゃは同時に手に持ち投げるにはピッタリで。本なんてハードカバーもびっくりの全ページごっつい造り。挙句この保育園では教育の一環として園児全員がハサミを所持している。
 ―――ケガ人続出で救急車出動回数が
15回を越えた時点で、もう少し建設的な案を出すべきだと誰もが悟ったのだ。
 『建設的な案』。それを出したのは忍足だった。
 ―――『要は王子と結ばれて誰も文句言えへんヤツが姫様やったらええんやろ? せやったらこれでどや?』
 王子・姫・魔法使い・騎士。この話の実質主役はこの4人。ならば今揉めてる4人で割振ったらいいじゃないか。
 賛成極めて多数によりこの案は決定となった。なお反対したのは跡部と佐伯。当然の如く彼らの意見と人権は千石と不二の手により事象の彼方へと捨て去られた。
 『じゃ〜くじ引きででも決めよ〜!!』





 『よ〜し! 王子役げ〜っと!! や〜っぱ俺ってラッキー♪』
 『あ、僕魔法使いだ。面白そうv』
 『騎士か・・・。よかった・・・・・・』
 『なんで、俺様が・・・姫役・・・・・・・・・・・・?』
 そんなこんなでこの頃より既に運のなかった跡部が『姫』役となり(ただし本人のあまりの猛反対振りに残念ながら女装は見送られた。このため正確には跡部と千石が共に王子同士で友人という設定。さらに不二が攫い、それを千石が救出する理由はとても保育園児が口に出せるものではなくなったという、王道のはずがなかなかに斬新な劇となった)、かくて劇はようやっとスタートラインを切ったのだった。





 劇はそれはとてもとても順調に進んでいった。そう、練習は





 本番になって跡部が切れた。さすがにサブタイに『跡部様争奪戦! さあ、真実の愛を貫けるのはどっち!?』などという煽り文を入れられたら当然だろう。
 閉じ込められていた筈が南京錠(本物)を鉄製杖(ちなみに跡部の設定は魔道士である。王子にしては珍しいものだが、そうでもしなければ魔法使いたる不二との共通点がなくなる上剣士とすると被った純王子・千石が目立たなくなる)で叩き壊し、戦っていた王子と騎士を横から問答無用で吹き飛ばし、ラストは魔法使いと一騎打ちになった挙句それを打ち倒した。
 『ラスト』に舞台に立っていた―――立っていられたのは跡部1人。とても保育園児だとは思えない自信に満ち溢れた様子でスポットライトを一心に浴びる彼に、元の話を知らない保護者らは多少首を傾げつつも拍手をし、そして跡部様推奨派だった者たちは溢れんばかりの悲鳴が溢れ返り、これまた救急車で病院送りとなった。
 ちなみに余談だが佐伯が金髪を銀に染めた理由。ここまでくればわかるだろう。
 『王子っていったらもちろん金髪碧眼でしょ?』
 『そうそう。まあ「碧眼」はともかく、千石くんの髪の色だったらライト当たったら金髪だよね』
 『で、孤高(じゃないけど)な騎士っていったら―――』
 『それはもちろん―――』
 ―――銀髪決定でしょ。
 といったやり取りを経て、かくて佐伯は千石と不二の手によって(正確には彼らの姉の手によって)見事な銀髪に染められたのだ。しかもヘアマニキュアのはずが毛根部の遺伝子までもいじくってしまったかなぜかその後生える髪まで銀髪に。
 さらに余談だが不二(及び跡部)が何故黒魔術まで使う事が出来たのか。この姉らが髪染めだけに参加していたワケはない。衣装と小道具は保護者の中でもこの2人が中心となって作った―――この時点で2人の杖を中心に妙な魔力がかけられていた、というのが周りの推測である。まあただの余談だが。





 そんな、思い出の1ページというには苦すぎるような気もする出来事。










・     ・     ・     ・     ・











 「ラスト、変えてみたくねーか?」
 ごそごそと端に置かれていたものを漁りつつ、跡部が呟いた。
 「え・・・?」
 「ほらよ」
 目当てのものを見つけたか、振り向く彼。その手に抱えられていたのは―――
 「うっわ! なっつかし〜!!」
 「へー・・・。そのサイズってお前作り直したのか?」
 驚く2人同様、不二もまた目を見開いた。抱えられた、2本の剣と2本の杖。それはあの劇にて用いたものとデザインは寸分違わぬもので、むしろ現在の自分達の身長に合わせ大きくされているため不自然さを生まない。
 「貸して貸して!!」
 手を伸ばす不二。その劇にて使っていた物と同じ魔法使いの杖を手にとろうとし―――
 すかっと避けられ、泳ぐ体ごと跡部に抱きとめられた。
 「おっと周。今度は違う役でもいいぜ?」
 「それって―――」
 「お前が捕らわれたら俺様が攫いに行ってやるよ」
 「ん・・・・・・」
 耳元での甘い囁き声。
 「じゃあ俺は魔法使いになるよ。なって―――ずっと逃がさないよ」
 「ふ・・・・・・」
 後ろから抱き締められて、やはり耳元で甘く囁かれて。
 「なら俺騎士決定? いいね。守ってあげるよ。君を苦しめる全てのものから」
 「あ・・・・・・」
 頭を抱き寄せられ、触れる寸前の唇で紡がれて。
 「うん・・・・・・」
 「決定―――」
 「だな」
 「だね」












































・     ・     ・     ・     ・











 ふいに、目を開ける。
 映るのは、紅。
 血まみれの自分と、
 血まみれの3人。
 その死に[ね]顔はとても安らかで―――





 不二は薄く微笑んで、










 ――――――――――――持っていた杖を、自分の喉に突き刺した。


















こめんね。今まで待たせて。

ありがとう。迎えに来てくれて。

もう大丈夫だよ。

さあ、









還ろう。

僕達の楽園へ。













































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あるところに王国がありました。



そこには王様と3人の従者が暮らしていました。



王様はいつも笑顔のとても可愛らしい人です。



従者たちは王様がいつも笑顔でいられるようにとても可愛がっています。










王様には寄り路好きという癖がありました。



よく王国を抜け出してはあちこちで遊んでいました。



遊んで、そのまま迷子になることもよくありました。



でも大丈夫。



いつも従者たちが迎えに来てくれるから。



帰り路も、帰り方も。



全て従者たちが教えてくれるから。



だから王様は安心して寄り路をし、



従者たちは必ず帰ってきてくれるからそんな王様をいつも探しに行きます。















そして今日もまた、





王国は幸せな刻を刻んでいます。










―――エピローグ