Fantagic Factor
−幸せの要因−
Prerude. 突然舞い降りたそれ そう君は誰? <前>
「周助」
「ああ、姉さん。何?」
「あなたをここに呼んだら用事はひとつでしょ?」
と、一人用の割に広いオフィスの、当然の如く1つしかない書き物机に肘を突き見上げる姉に、周助は軽く肩を竦めた。
「まあ社交辞令みたいなものだから」
「・・・・・・最近どんどん人間味を帯びてきたわね」
「姉さんほどじゃないよ」
「まあいいわ。
そんなわけではい、今回の仕事」
「ん?」
渡される書類をぱらぱらと―――めくるまでもなく。
「あなたの成績はよく知ってるから楽勝でしょうけど、幸せにしてあげてね」
ドンッ―――!!
そんな言葉とともに、周助はあっさり人間界へと突き飛ばされたのだった・・・・・・。
ζ ζ ζ ζ ζ
「やれやれ。相変わらず姉さんも無茶するなあ・・・・・・」
高層マンション上空を漂いつつ、姉の暴挙に苦笑する周助。普通あんなことをされればいくら空を飛べる“天仕[てんし]”であろうと体勢を立て直す間もなく地面へ墜落するだろう。
天仕の証、純白の羽根を羽ばたかせマンション最上階のベランダへと向かう。資料によると今回の担当者たる人間はここに住んでいるはずだ。
着地しようとして―――
「――――――っと、危ない危ない」
ベランダに仕掛けられていた赤外線接触寸前の位置で体を止めた。天仕の感覚は人間と少し違う。彼らにとってこのようなセキュリティーに用いられる赤外線は視界『外』のものではないのだ。
「わざわざこんなの仕掛けてあるなんて・・・・・・今回の担当者はよっぽどのお坊ちゃまだね」
資料によると、確かここの部屋の主はまだ未成年の少年の筈だった。
「とりあえず、お邪魔しまーす」
天仕仲間の―――厳密には幸福普及委員会日本東京支部S-1、通称“青楽[せいらく]”仲間の乾お手製の解除装置があればこの程度のセキュリティーは楽に迂回出来る。周助はベランダ到達後20秒で室内侵入を果たした。
ζ ζ ζ ζ ζ
「へえ・・・・・・」
思わず漏れる、感嘆の声。さすがマンション最上階全てが担当者の家というだけあり、周助が最初に入った部屋―――多分リビング―――もまた充分余裕のあるつくりだった。
しかもそれだけではない。
「いい部屋だなあ・・・・・・。落ち着く」
置かれる調度品はどれも値の張る物ばかり。だが一般的にありがちなパターンである、それらを見せつけるように所狭しと並べてあるわけではない。恐らく必要最低限しかないのだろう。おかげで部屋が広く見える。
しかもそれら全てが使い込まれている。見栄えだけではないのだ。ここの住人はこれら高級家具などを日常品として当り前に使っている。そんなことが出来るのは余程物に対して執着心がないか、それともそれらの価値がわかっていないか―――あるいは本物の金持ちか。
だが部屋も家具も本来使われるために存在するものだ。ただ置かれただけの他人行儀な部屋ではここまで人を(天仕だが)落ち着かせる事は出来ない。
「いい人・・・・・・・・・・・・だったらいいのにね」
呟く周助の顔に、一抹の物悲しさが走った。今までこの仕事を続けていて、『いい人』に会った事がないわけじゃない。だが今回の相手は『未成年の少年』。
―――間違いなくいつもと同じ展開になるだろう。そこに例外なんてなかった。
虚ろな笑みを零す。そこへ―――
「―――あっれ〜? めっずらし〜。ウチに初めてのお客さんなんて」
突然、後ろからお気楽な声がかけられた。
ζ ζ ζ ζ ζ
その少し前、『帰ってきた』千石は―――
(あり・・・・・・?)
リビングに入ろうとして、思わず足を止めた。ベランダに着地―――しかける存在。一瞬飛んできたシーツか何かかと思った。でも違った。シーツかと思った白いものは大きくて艶やかな純白の羽根で、でもってその羽根に囲まれるのは―――
―――羽根よりも遥かに綺麗な少年だった。
(うわ・・・・・・)
セキュリティー万全のはずのここにあっさり入り込むその少年。今度こそふわりとリビングに着地する。
体重を全く感じさせないその様はまるで水の上に立つかのようで。
身震いするかのように一度大きく震えた羽根が、ゆっくりと分解消滅していく。
『人間』となった彼が、
閉じていた、その瞳を開いた。
(――――――!!!)
綺麗な綺麗な碧い瞳。吸い込まれそうなほどに深く澄みきったそれに、上げかけた悲鳴を無理矢理殺す。
代わりといわんばかりに、千石はごくりと喉を鳴らした。
「へえ・・・・・・」
彼の第一声は感嘆の声。むしろそんな彼の声に感嘆を上げたい。
(きれ〜・・・・・・・・・・・・)
それは、自分の知るどの歌手よりも綺麗な声だった。聴くだけで、頭がぼ〜っとする、魅惑の声[ヴォイス]。
「いい部屋だなあ・・・・・・。落ち着く」
本当に気に入っているみたいで、リビングをひと回りする。ただそれだけなのに、その動作ですら優雅さを醸し出す。
完全に見入る千石。その耳に、その目に―――
「いい人・・・・・・・・・・・・だったらいいのにね」
彼の虚ろな笑みが飛び込んできた。
何の事だかわからない。
そもそも彼がなんなのかもわからない。
それでも―――
そんな顔はして欲しくないと思い、
そして、
―――これ以上見ていたら自分がどうなるかわからないと思った。
だから、千石は出て行った。
自分を全て覆い隠す、笑顔のフィルターをその身に纏い。
『いつもどおり』のお気楽さと共に。
「―――あっれ〜? めっずらし〜。ウチに初めてのお客さんなんて」
ζ ζ ζ ζ ζ
「――――――!!??」
(嘘・・・・・・!!)
信じられない事態に、後ろを振り向くのも忘れ周助は目を見開いて硬直した。天仕の感覚は人間と違うと言ったが、それは視覚だけではない。天仕は人を幸せにするという役目から、人間、いや、生き物の発する感情を直接読み取る事が出来る。わかりやすく言えば気配を読む、といったところか。それも感情部分を読む以上余程マインドコントロールが出来る者でもない限りこの“詠み”から逃れる事が出来るわけがない。
なのに・・・・・・
(詠め・・・ない・・・・・・?)
何とか震える体を押さえて振り向く。確かにそこには人がいた。声そのままに、とでも言うべきか、見た目からして軽そうな少年。少年―――とはいってもあくまで成年にはなっていないであろうといった程度。資料と組み合わせると、彼がここの住人兼今回の自分の担当者、といったところか?
頭の中でそんな事務的なことを考える。そうでもしないと―――壊れてしまいそうだった。
(何・・・? この人・・・・・・)
長年この仕事をしていたが、詠めない相手などというのは初めてだった。感情がないのだろうか? いや、そんなわけがない。現に彼は楽しそうに笑っているじゃないか。
―――ならばなぜ『楽しい』という感情が詠めない?
「や・・・だ・・・・・・!!」
本能的な恐怖にかられるまま、周助はその少年から逃げるべく窓へと走り出した。
ζ ζ ζ ζ ζ
余程自分の存在に驚いたか、恐怖にかられるまま急いで逃げようとする彼。慌てて千石がその小さな体を引き止めた。
「ちょっ、ちょっ、ちょ〜っと待ってってば!!」
「や・・・・・・!!」
「いやそんなめちゃめちゃビビらなくても何も―――」
ガチャ―――。
タイミングが悪いとはこういう事を言うようだ。丁度仕事を終えたらしい後2人の同居人が帰ってきた。
帰って、目の前に広がる光景に2人で同時にため息をつく。
「千石・・・。そういう事は部屋でやれっつってんだろ?」
「リビングで堂々とやるなよな。俺達に見られて相手の子、可哀相だろ?」
「って跡部くんもサエくんも違ーう!! ちゃんとこの子見てよ!!」
「ああ? 何でてめぇの相手なんざわざわざ観察しなきゃなんねーんだよ」
「はいはい。わかったからもう止めようなそうやって自慢するの」
「じゃ〜なくって!! どっからどう見たってこの子男じゃん!!」
『男・・・・・・?』
言われ、跡部も佐伯もようやっと千石と―――後ろから彼に躰を抱きすくめられ怯える『男』を注目した。確かに線は細いが骨格はしっかりとしている。女性的細さではない。
・・・と、服の上からでも見てすぐにわかったのはむしろ拘束する千石のおかげだろう。彼の回す腕の長さから推測したとも言えるし―――彼と比較して、とも言える。彼は彼で線が細い。丁度今抱き締めているそいつのように。
一通り確認し終わり―――
「まあてめぇの趣味については今更とやかく言うつもりもねえけどな、強姦は誰相手にやろうが犯罪だろ?」
「訴えられたら俺達は今見てることを残さず検事にも弁護士にも言うからな」
「ご〜か〜い〜だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
―――Pre後へ