生憎と同居人はもう足りてんだ。これ以上厄介事はいらねーよ。
Fantagic Factor
−幸せの要因−
2. 『同居人』 〜周助の 仕事場訪問記〜
跡部の場合 −跡部財閥総帥息子− <前>
黄昏時。空もマンションも金色に燃える中。
「は〜。今日も1日平和に終わったな〜」
と、のんびりと呟いていた周助ののどかな時は―――
ばん!
「おら周! 今すぐこれ着ろ! 出かけんぞ!!」
執事―――いや正確には秘書だろうが―――と共に帰ってきた跡部によってあっさりぶち壊しになった。
ζ ζ ζ ζ ζ
「―――で、これって・・・・・・」
手渡された服に目をやり固まる周助。執事は渡すだけ渡し、
「んじゃあ15分後に出かけるから車出しとけよ」
「かしこまりました」
跡部の命に従い、出て行ってしまった。
「ねえ、景・・・・・・」
「あん? さっさと着替えろよ。時間ねーんだぞ」
「は、わかるけどさあ・・・・・・。
――――――なんでドレス?」
渡されたものを広げる。見間違いようもなくカクテルドレス。無い袖の分はこれまた渡されたストールで覆えということらしい。
一通り観察し・・・・・・
周助は眉を潜めた。
「もしかして、景ってそういう趣味?」
「じゃねえよ」
もの凄い誤解を生む発言に突っ込みを入れ、とりあえず跡部は『最低限』を説明した。
「これからそれ着て飯食え。いいな?」
「いや、全っ然よくないよ。何やりたいかさっぱりわからないんだけど」
「理解の悪りいやつだな・・・・・・(ため息)」
「景の説明のせいだって思うんだけど・・・・・・」
「とにかく、これから夕食会がある。お前はそれ着て俺の連れって事で参加しろ。そこで何訊かれても適当にあしらっとけ。
いいか? 変な態度取るんじゃねえぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかったよ」
結局ワケのわからない説明に、仕方無しに周助は頷いた。これ以上訊いても無駄だろう。その上時を止める力などない以上、彼の設けた制限時間たる15分は文字通り刻一刻と迫っている。
「じゃあとりあえず着替えるからちょっと待って」
言い―――着ていたタートルネックのロングTシャツを脱ぎ捨てる。向かいで跡部がなぜか顔を引きつらせたが、それは気にせずGパンも脱ぎ、ドレスを頭から被った。
「でもドレスはいいとして、化粧は? さすがにノーメイクはおかしいよ?」
「・・・ああ。それなら心配ねえよ」
一拍遅れて返事した跡部が、しゃがみ込んでやはり執事に運ばせていたものを開けた。バスケットのような大きなバッグ。その中には―――
「うわあ・・・・・・」
出てくる出てくる化粧品の山。見た目からして高級品だろうにこれまた家具同様乱雑にテーブルへと並べていく。
「おら周。動くなよ」
「ん―――!」
手早く施されていくメイク。自分のためにか、化粧品と共に置いてくれた鏡を手に、前に立つ跡部越しに自分の顔を確認する。
「すごい・・・。上手い・・・・・・」
「ったり前だろ? 仕事で毎日毎日化粧してるヤツ見てんだからな」
呟きに答えるべく、下げていた目線を上に上げる跡部。
その目と―――ふいに合う。
「―――っ!」
「どうした?」
「い・・・いや別に」
「・・・・・・。ならいいけどな」
丁度目元のメイクをしていたために、互いの目の距離は最短となっていた。
飲み込まれそうなほど深い色。魅せられて、そのまま引き寄せられていきそうで。
再び下げられた目線。それにもまた、魅了される。
(睫毛長い・・・。顔綺麗だなあ・・・・・・)
かつて、担当者相手にこんな気持ち抱いた事はなかったのに。
自然と顔が前に出る。その唇に、触れるまであと少し。
―――のところで。
「わ・・・っ!」
いきなり抱き締められて、掠めるだけのキスをされる。
「な・・・な・・・な・・・・・・////!?」
確かにそうしたいと思っていたけれど、でも自分がするのとされるのとではまた大きく異なるわけで。特に心構えとかその辺り。
うろたえる周助を片腕で拘束したまま、跡部は仕上げの口紅を塗った。
にやりと笑う。
「見た目ってのは、人に見られてるって意識してこそ生えるモンだぜ?」
「だ、だからって―――!!」
「ほら、見てみろよ」
周助の反論を許さず、洗面台へと連れて行く跡部。大きな鏡の前に周助を立たせ、その後ろから緩く抱き締める。
鏡を見れば自分がいて、その後ろには跡部がいて。
鏡越しとはいえ深い深い瞳は自分だけを見つめていて。
胸の奥から湧き上がってくる何か。心地良いそれが自分を活性化させる。
自分の顔なんて普段ロクに見ないけれど、化粧を抜きにしたとしても多分今の自分は今までの人生で5指に上げられるほど綺麗な顔をしているのだろう。
「今のお前、綺麗だろ?」
「ん・・・・・・」
耳元での囁き声に、周助の目が気持ち良さそうに細まった。猫のような高貴溢れるその仕草。見ている跡部の目もまた細まる。
「いい子だ」
今度は頭にキスをしくしゃくしゃと撫で、
ばさっ。
「ぅわっ!」
「頭のセットはてめぇでしろよ」
「ってちょっと! カツラあるんなら先言ってよ! 普通そっちが先でしょ!?」
「おら時間ねーぞ」
「ひっどーい景ってば!!」
ζ ζ ζ ζ ζ
「来たね、景吾君」
「親父・・・。何の用だよ」
連れて来られた先は言葉通りのレストラン。正装原則の超高級感を醸し出すその入り口で、跡部は普段と全く変わりない様子で気だるげにため息をついていた。―――いや問題はそこじゃなくって。
(お父、さん・・・?)
跡部の半歩後ろから周助がきょとんと覗き見た。笑顔で手を上げてきたのは、30代以下にしか見えない男性。優しげな笑顔や柔らかな雰囲気ははっきりきっぱり跡部と血縁だというのが一番信じがたいタイプだが、彼より色の薄いアッシュ・ブロンドの髪や彼と同色の瞳、そして年齢を感じさせない整った顔立ちや落ち着いた物腰は確かに跡部と通じるものがある。
(そういえば、景って髪染めてるって言ってたっけ・・・・・・)
元はもっと薄い―――それこそ今の佐伯とほぼ同じ色らしい(佐伯と千石曰く)。ただし散々若白髪とからかわれたため今の灰白色[アッシュ・グレイ]へと変えたそうだ。
(じゃあ染めてない景ってこんな感じなんだ・・・・・・)
むやみに感心する(もちろん表には出さないが)周助を他所に、親子の会話はごく普通に進んでいった。
「ははっ。相変わらずだな。父親が息子を食事に誘うのに他に何か理由がいるのかい?」
「他に何も理由ない状態で誘ったことあんのか?」
「なかったかな?」
「ねえよ」
軽くおどけてみせる父親を一言で断ち切り、跡部は視線を横にずらした。
「だったらそいつらなんなんだ?」
跡部に合わせて周助も視線をずらす。父親のさらに隣で自分達(厳密には跡部1人)を迎えた人物達へと。
1人は彼の父親同様スーツ姿の男。こちらは彼の父親に比べて・・・・・・ぶっちゃけ『おじさん』の見本品。働く日本のお父さん、といったところ。
と、こう周助が印象付けたのには理由がある。その『理由』はさらに隣。
きらびやかなドレスに身を包む少女が、優雅かつ不自然ではない仕草で跡部へとお辞儀している。彼とおおむね同年齢か。せっかくの挨拶を僅かに細められた視線だけで応えられ、若干むっとしているようだ。
「こらこら。その言い方はマズいだろ?
こちらはウチにとって重要な方とそのお嬢さんだよ。今日お前と食事するって言ったらぜひ自分達もと言ってこられてね。どうだい?」
「跡部財閥[ウチ]の? ほお?
―――つまりは俺には関係ねえ、って事か」
『跡部財閥の跡取り息子』とはいっても彼本人は独立している。彼の持っている会社というのも彼自身が立ち上げたものであり、跡部グループとは全く繋がりのないものだ。
値踏みするように見下され、娘の笑みが完全に引きつる。心などわざわざ詠まなくとももの凄く感情が伝わりやすい。
「まあそう言わないで。その内関係が出てくるかもしれないだろ?」
「・・・・・・なんだよその妙に含んだ言い方は」
「いや? その内取引相手なんかとして関係が出てくるかもね、っていう意味で言っただけだけど?
他に何だと思ったんだい?」
「てめぇのそのくだらねえおしゃべりはもういい・・・・・・!」
笑顔のまま尋ねてくる父親に、跡部がげんなりとため息をついた。どこでもよく見る光景。
(ああ、そっか・・・・・・)
ようやく先ほどから感じていた既視感の正体に行き当たり、周助が小さく頷いた。笑顔のままさりげなく会話を混乱へと持って行く。この父親は佐伯に似ているのだ。
そう考えれば跡部が相好を崩している理由もよくわかる。いや、出会った順からすると逆か。父親で慣れているから佐伯とも普通に親しくなったのだろうか。
(面白いなあ・・・・・・)
今まで家からまともに出たこともなく、そのため跡部が同居人以外の他人とどう接するかは他の2人に聞いた限りでしか知らなかったのだが。
―――父親に対してと一緒にいる2人に対しての接し方の差。まだ合流して数分と経ってないはずなのだが、それだけ見ればもう充分だ。跡部は完全に2人を無視している。
「ところで、今更ながらに訊くけどそちらのお嬢さんは?」
「ああ、コイツか?」
いきなり話題を振られ、全員の視線が周助へと集まった。その中で周助はまず質問者たる父親へと軽く礼をした。向こうも笑顔で会釈してくる。
「ウチの私用秘書だ。こういう所で食事した事がねえっつーから連れて来てやったんだよ。別にいいんだろ? 親子水入らずってワケでもねーし。
―――おら、お前もちゃんと自己紹介しろよ」
(私用秘書・・・ねえ・・・・・・)
なかなかに凄い(妙な)役職だ。相手2人もまた怪訝な顔をしている。
その中でも全く動揺しない―――失礼ながら勝手に心を詠ませてもらった。跡部の父親というと彼同様詠ませてはくれないかと思ったが・・・・・・やはりこの父親は佐伯と同類だ。浮かべる笑顔と同じ『穏やかさ』をブラインドに、他を全て隠している―――かの父親を中心に、周助は今度は深くお辞儀をした。
「初めまして。私用秘書をやらせていただいております周です。本日は皆様にお会いすることが出来、光栄に思います」
礼に合わせ、肩より長いウェーブのかかった髪が前へと落ちてきた。それが上がる先で、跡部は指示どおり動く自分に満足げに口端を吊り上げ、そして彼の父親は―――。
(ん・・・・・・?)
相も変わらず笑顔の父親。だが一瞬だけ、その心が揺れた。彼は笑みのまま瞳を薄く開き、なぜかそれこそ値踏みするように跡部を見ている。
疑問に思うこちらに気付いたか、再び普通の笑顔に戻る彼。微笑まれ、周助も怪しまれないよう微笑み返した。
「いやいやこちらこそ。景吾君はなかなか自分の事を僕には話してくれないからね。君のような子を連れてきてくれて嬉しいよ。これはぜひとも仕事場での景吾君の間抜けっぷりを聞かないと―――」
「うっせえ!」
「―――というのはさておいて」
「あくまで『冗談』だとは言わねえ気か・・・・・・?」
「こんな入り口で立ち話もなんだよね。せっかくレストランが僕らの目の前なり後ろなりにあるんだから入ろうか」
『目の前なり後ろなり』。来たばかりの跡部と自分には『前』、向かえる彼ら3人には『後ろ』。間違ってはいない。
招かれるまま入る父娘の後ろで、面白い言い回しに、口元に手を当てくすりと笑う周助。跡部も(相変わらずこの親父は・・・)と言いたげにため息をついていた。
父娘に次いでレストランに入りながら、そんな2人を肩越しに振り向きつつ彼の父親は、
―――先ほどと同じ目で2人を見ていた。
ζ ζ ζ ζ ζ
「そういえば訊くだけ訊いておいてこちらは紹介していなかった。失礼だったね。
僕は、まあ景吾君との会話でわかっただろうけど彼の父親で跡部狂介」
「名は体を表すの見本品だな」
「酷いなあ景吾君は。もう少し父親に対して愛情は持つべきだよ?」
「嫌だね」
「いいけどね(即答)。
それでこちらのお2方は神野[かの]俊三さんにその娘さんの美恵嬢。彼女は君の1つ上の20歳だよ」
「景吾君に会うのは初めてだよね。よろしく。私は跡部さんに紹介された通り神野俊三だ。君の一族の方にはお世話になっているよ。
ほら美恵も挨拶しなさい」
特等席もちろん予約済みにて、待たずに出されたオードブルを食べつつまだなされていなかった人たちの紹介(ただし跡部本人は除かれる)がされる。
名は体を以下略はどうやら彼女にも当てはまるようだ。神の美に恵まれた者。確かにその名の通り、強気そうな顔立ちながら彼女は立派に美人の部類に入るだろう。
その強気な眼差しにて斜め前でパンをかじっていた跡部を射貫くべく、熱い視線を送る彼女。その視線の意味については最早確認する必要もないだろう。
「初めまして、景吾君。あなたの事はよく聞くわ。グループから独立して自分で会社を立ち上げたんですって? 凄いわね。私にはとても真似できない」
「当然だろ?」
(うわ〜・・・・・・)
他人からの賞賛に照れる事も逆に誉め返すこともしないらしいこの男は。まあわかってはいたが。
これまた心の中で感心する周助。『変な態度取るんじゃねえぞ』と事前に注意されてはいたが、これは意外と楽かもしれない。神野親子の注意は跡部にしか向けられていない。尤も彼らにとって『お恵みでレストランに連れて来てもらった下っ端』など興味の対象外であるのは当り前だろうが。
後注意するべきなのは跡部の父親・狂介だろうか。この手のタイプを舐めてかかってはいけないのは佐伯で充分実体験済み。だが彼もまたどちらかというと息子の方に注意を向けている。それこそ当り前だが。
が、世の中そう甘くはいかないらしかった。
「で、周・・・さん、よね? あなたさっき景吾君の私用秘書って言われてたけど、どんな仕事をしているのかしら。『私用』なんてつく時点でやっぱりそんな・・・?」
くす、と瞳を細め、そんな下世話な話題を出してくる美恵。大方それでもネタに自分の評価を下げるつもりだろう。動揺すれば相手の思うがままとなる。
それをわかった上で―――周助は笑顔のまま固まった。もちろん動揺したワケではない。そもそも彼女曰くの『そんな関係』ではないのだから。
固まった、というよりわざと返事を遅らせた周助。彼は跡部の返答を待っていた。彼が自分をわざわざそんな役職につけた理由を知るために。
跡部もまたそれを悟ったか、カップを口に付けようとした手を止め彼女へ、そして自分へと視線を下ろした。
「ああ? ンなワケねーだろ? 大体誰が俺の私用秘書だっつった?
コイツはウチの上役全員の秘書だ。ただし普通の秘書としちゃ何の役にも立たねえけどな。いわゆるマスコットってやつだ。ただしそんなヤツにも一応役職は与えねーと説明しにくいからそう付けただけだ」
ちなみに跡部の所持する会社、『氷帝グループ』は一般的な社長に専務に部長に・・・といった役職は存在しない。上役と下役。2つにのみ分かれている。なので跡部本人も厳密には社長ではなく最上役にすぎない。実力次第で年齢・性別等関係なしに上への出世も出来れば下への降格も簡単に行われる云々。どうやら自分はその中でも例外的な、中途半端な役職につけられたらしい。
予め姉の資料により、そして跡部本人から得ていた情報を反芻させ、
(なるほどね)
と周助は頷いた。これで仕事についてたとえ答えられなくても不自然さはなくなったわけだ。
「へ、へえ・・・・・・。そうなの。
でも景吾君も心が広いわね。わざわざそんな子に食事をご馳走してあげるなんて」
「生憎と俺のトコは遠慮の知らねえたかり野郎が多いんでな。今更1人増やしたところで変わりはねえよ」
言ったところで、
跡部が僅かに顔をしかめた。
本当に僅かな変化。現に気付かなかったらしい美恵嬢はさらに話を進めようとしている。
「(景・・・?)」
「(何でもねえ)」
気付いた周助が小声で尋ねる。が、それもまた一言であしらわれる。彼は自分に何があろうとなかなか人には言ってくれない。
と、
美恵の会話を遮り、狂介が呟いた。
「景吾君。お手洗いならガマンせずに行くことを勧めるよ。我慢は体によくない」
「違げえよ! ただの電話だ」
笑う狂介にテーブルを叩きつつ怒鳴り、席を立つ跡部。それに周助は、今度は普通の意味で感心した。
彼は跡部の性格をよくわかっている。普通に訊けば答えてくれないのは先ほど自分が実演した通り。だから別の言い方をした。誘導、とも取れる言い方を。
電話だと告げた以上彼が席を立つのにためらう理由はなくなった。あの様子では―――というかわざわざ店側に預けず持っていたのだから、そこそこには重要な話なのだろう。
主役が抜け、美恵のきつい眼差しは3割増しとなって周助に襲い掛かった。
「―――なんて景吾君言ってたけれど、周さん、実際のところどうなのかしら? あなたたちの関係は」
「関係、ですか?
彼が言った通りですけど?」
そんな眼差しも笑顔でさらりとかわす。長年多くの人と接するおかげで度胸はやたらとついている。ウソの1つや2つはお手のもの。ただし今回跡部のした説明は必ずしも間違いだらけとはいえそうにもないが。誰がどのように不幸なのか探るために彼らの家に住み着く自分は、探るだけで具体的な仕事をしていない以上彼らにとってそれこそマスコット扱いだろう。
「マスコット、ねえ・・・。さっき景吾君に言ったけど、彼の事についてはいろいろ聞いてるのよね。完全実力主義で、役に立つ有能な人材しか会社には入れないそうよ?
―――マスコット、って、何の役に立つのかしら?」
「・・・・・・・・・・・・さあ」
周助の返事が遅れる。同じ事を、考えているから。今の自分は彼の―――彼らの、何の役に立っているのだろう。
そもそも彼らは本当に『不幸』なのか? そうだとしても自分に解決出来るのか? 解決できると、そう思われているのか?
彼らは天仕の助けなど必要そうではなかった。彼らはたとえ何があろうと自分の力で立ち上がり、乗り越えるだろう。
なら自分は? 自分はなぜここにいる?
―――――――――情けで、置いて貰っているだけじゃないのか?
自虐的な気持ちになる周助だが、美恵はこの間を別の意味と捉えたらしい。
「意外と景吾君、周さんの事気に入ってたりして、ね。部下としての意味じゃなくって、ね・・・」
「まさかそんな事―――」
あるわけがない。自分は彼に迷惑をかけてばかりで、彼に怒られてばかりで。さらに自分絡みで家では争いが絶えず。
無意識のうちに、顔を下ろす周助の指先が唇に触れる。家を出る寸前にもされたキス。何かにつけて跡部とする事は多い。だがこんな事は別に理由なくいくらでも行える。跡部の慣れ振りを考えるとそれこそ彼にとって大した事ではないのだろう。
そんな周助の動作に、美恵がぎしりと歯軋りをした。伝わる、嫉妬という名の悪意。
自分が何をしていたのか察し、周助が唇から手を離す。
(何やってんだろ、僕・・・・・・)
呆れる。彼は人間。自分は天仕。人間には人間同士の付き合いがあって、天仕はそれもまた応援するもので。
―――間違っても自分がそれを手にしようとするものではない。
(それにそもそも別に僕は景の事何か思ってるワケでもないしね・・・・・・)
人を幸せにする天仕が感情的になってはいけない。第3者的視点で見る事。それが、鉄則。その―――筈だ。
「随分ロコツな反応ね。その様子じゃあなたは景吾君の事『気に入って』るようね」
「ですからそんな事は―――」
と、
「―――おや? 景吾君、用事は終わったのかい?」
狂介の一言で会話が中断される。逃げるように周助もまた視線をそちらに動かした。
「ああ。馬鹿の馬鹿話に付き合わされただけだ。出ただけ無駄だったな」
「それは残念」
狂介に答えながらこちらへと向かってくる跡部へと。
ネクタイを緩め、正装をギリギリまでラフに着こなすその姿。それでもだれて見えずむしろ似合っているのはそれが普段の姿だからだろう。
さすがお坊ちゃんといわんばかりに、歩く仕草も優雅で綺麗。
そしてこんなところでも全く臆さないのは場馴れしているからか。堂々とした様はテーブルを囲む者達だけでなくこの場全員の注目を集めていた。
(やっぱり、景ってかっこいいよね・・・・・・)
誰もが魅了されることは無理もなくて。そんなみんなに―――うっとりと頬を染める美恵に何かを思うのは自分の役目ではなくて。
これ以上見ていたらぐちゃぐちゃな気持ちを吐露してしまうかもしれない。
目線を戻そうとしたところで、声がかけられた。
注目を、一心に浴び―――
「あん?」
跡部はその中の1つだけに反応した。自分がいない間に何を話していたか、泣きそうな顔で見上げていた周助に。
「何見てやがる? 俺様の勇姿にでも惚れたか?」
「う〜ん・・・・・・。言葉がなければもうちょっとマシだったかな・・・?」
周助の顔が、苦笑に変わる。
それを確認して、跡部は席についた。
―――2跡部編後へ