周助の担当する(らしい)人の1人、佐伯虎次郎は、“虎鵜[コウ]”という名でファッションモデルをしている。
Fantagic Factor
−幸せの要因−
2. 『同居人』 〜周助の 仕事場訪問記〜
おまけ ≪人気ファッションモデル虎鵜脅迫事件!!≫ <1度目の警告>
それは、佐伯が(公開していないにも関わらず)実家に届けられたファンレターを開こうとした時だった。大抵は事務所・・・・・・は残念ながらないため、契約している雑誌社宛に来るものだ。が、このように実家に来るのも皆無ではない。直接の友人か、あるいは友人から住所を聞いた者か。高校卒業後こちらのマンションに引っ越した(転がり込んだ? 巻き込まれた?)ためさすがにこちらに直接届けられるものはないが、たとえ住所と共に本名も一切公表していなかろうが、この見た目により自分を知る者には一発でバレる。そこから辿れば実家もあっさりわかるワケだ。
そんなこんなで、実家からは2週間ごとに手紙やプレゼントがまとめて送られるもちろん着払いで。今はそれを開けているのだが・・・・・・
「―――サエ」
「ん? 何? 周ちゃん」
隣に座り興味津々で見ていた周助が、いきなり真剣な声で呼びかけてきた。
そちらを見やる。だが肝心の彼は、佐伯が手にした封筒を無表情な眼差しで見つめるだけだった。
「コレ?」
自分も見てみる。取り出したばかりのためまだよく見てはいないが、取り立てて変わったものではない。
それが理由でではなく、佐伯は周助を安心させるような動作をしてみた。
「この封筒がどうしたのさ?」
小さく笑い、封筒を振る。普段なら、大抵どんな事があろうと佐伯の言う事に周助は素直に従っていた。佐伯が大丈夫だと言えば、周助もまた大丈夫だと安心した。口に出さなくても同じ。だからこそ佐伯は動作にも出したのだ。そうすると自然と『心』もそれに同調するからだ。普通感情に行動が伴うものだが、自分は行動に感情が伴う事が多い。嘘をしれっと言ったり寒い芝居を真面目に出来たりするのはそのためだ。ならモデルではなく役者になればいいじゃないかと周りはみんな言ったが、だからこそ自分が気に入らない演技はしたくないのだ。自分でわざわざ嫌いな自分を作り上げる必要はない。
だが、
・・・今回、周助の様子は一向に変わらなかった。無表情なまま、ぼそりと呟く。
「その手紙、悪意が篭ってる」
「・・・・・・。つまり?」
突拍子もない事を・・・とは思わなかった。『心』への理解について人間より遥かに優れた天仕が、感情の1つである悪意について語った。自分に例えれば「そのラケットは××のメーカーのものだ」と言うようなものだろう。わかったところで何ら不思議はない。
「歩いた後には足跡が、触った後には指紋が残るように、“残思”って言って強い思いが篭められたものには暫くそれが残る事がある」
「なるほど。残り香、ね・・・」
「中には気をつけた方がいいよ。何が入ってるかわからない」
じっとこちらを見て言ってくる周助。心配そうなその態度は、コレの危険性を如実に表してくれた。
ぽんぽんと周助の頭を撫で、
「心配ないよ周ちゃん。何せ俺は―――
―――捻くれ者なんだ」
笑いながら、佐伯は逆の手に持ったカッターを動かした。封筒の口端に引っ掛けた後・・・・・・本来の開け口ではない方へと。
90度ずれて開かれた封筒。逆さまにし上から叩くとカッターが落ちてきた。刃の部分だけが。確認するが、自分の持っていたのは折れていない。
「わっ!」
周助が驚いて引いていく。まあこんな危険物が転がり出てきたら驚くだろう。それを見て、「お、次補充する分買わずに済んだ。よかったよかった」などと考えるのは多分受け取った張本人と、その母親程度だろう。だからこそ実家から弾かれずこちらへ送られた。
「カミソリレター。また古典的なもので来たな。
ね? 周ちゃん、心配なかっただろ?」
「でもサエ、そんなの来て―――」
「この手のものはそうそう珍しくもないよ。好かれてる証拠だって思わなきゃ」
「・・・サエ、マゾ?」
「違うから。
好かれてるヤツって同時に嫌われる事も多いんじゃないかな? もちろん中には跡部みたいにまず嫌われるところからスタートするヤツもいるし、千石みたいに嫌われないよう立ち回るのが上手いヤツもいる。人それぞれで違うだろうけ、ど」
「ん?」
「はい周ちゃん。そろそろ晩飯作ろっか。2人も帰ってくるよ」
「あ、そっか!」
あっさり話題転換。ぱたぱた台所に向かう周助を笑って見送り―――
―――佐伯はもう一度封筒を逆さまにした。ひらひらメモが舞い落ちてくる。
カッターと一緒に入っていたものだ。一歩遅れて落ちてきそうになったので、周助がカッターに気を取られている間に指で押さえ封筒へと戻しておいたのだが・・・
(どうやら正解だった、か・・・)
足元に落ちたそれを見下ろす。極めて陳腐なものだった。新聞や雑誌の文字を繋ぎ合わせたそれは、
≪コウに告ぐ。今すぐ仕事を辞めろ。警告は3度までとする≫
―――そんな、脅迫状だった。
「『虎』と『鵜』はさすがに見つからなかったか・・・」
どうでもいいところを指摘し、
ばん!
佐伯は裸足の脚で封筒ごとそれを踏み潰した。先程の周助の弁を借りれば、悪意と共に指紋が残っていたかもしれないそれ。だがそんなのはどうでもいい。どうせ警察になど届けないのだから。
瞳を細め、実に面白そうに笑う。それこそ周助が見ていたならば「悪意に満ち溢れた笑み」だろう。
「俺を敵に回して、タダで済むと思うなよ・・・?」
「―――どうしたのサエ? 今凄い音したけど?」
「いや何でもないよ? ゴキブリ見たような気がしただけ」
「えええええ!!?? ゴキブリ僕嫌いなんだけど!!」
「大丈夫さ。もう始末したよ」
「・・・ならいいけどね」
―――2おまけ編2度目の警告へ