周助の担当する(らしい)人の1人、佐伯虎次郎は、“虎鵜[コウ]”という名でファッションモデルをしている。





Fantagic Factor
           
    −幸せの要因−




. 『同居人』  〜周助の 仕事場訪問記〜



おまけ ≪人気ファッションモデル虎鵜脅迫事件!!≫  <病院にて>

 ・・・・・・・・・・・・。



 ――――――――――――サエ・・・サエ・・・。



 (ん・・・? 声・・・?
  周ちゃん、の・・・・・・?)



 ―――サエ・・・!



 (あ・・・・・・。今・・・起きる、から・・・・・・)







ζ     ζ     ζ     ζ     ζ








 「サエ!!」
 「ん・・・」
 目を開ける。ぼやけた視界の中に、周助の顔がアップで映し出された。
 「周、ちゃん・・・?」
 心配そうな顔。今にも泣きそうな顔。
 泣かないように手を伸ばすと、周助は今度はとても嬉しそうな顔をした。
 「サエ!!」
 ぎゅっと抱き締められ、ようやっと自分の状態に気付いた。真っ白な天井と、仄かにただよう消毒液の香り。寝ている体勢と合わせると、どうやら爆発で気を失い病院へと運ばれたらしい。
 周助がいなくなった視界に、もう1人別の存在が映る。
 「やっ、サエくん。ご機嫌いかが?」
 「ま、さして悪くはないかな。周ちゃんの抱き締めがご褒美なら」
 「サエってば・・・//」
 自分のしている事を振り返り、周助がさささと身を引いていった。
 (ちっ。残念)
 などと心の中で思いつつ、佐伯も合わせるように身を起こす。
 「で、俺は・・・」
 「“虎鵜くん”宛に送られたプレゼントこと爆弾にやられて頭怪我して病院送り。爆風で後ろ頭打ったのと、鉄片掠めてちょっと切れたのあるけど全部軽症。優秀な行動のおかげでその他被害はなし。
  警察はその場にいた人の話聞いて君をターゲットにした攻撃だって断定。今使われた爆弾面と、あとそれ渡した相手について捜査中。ちなみに受け取った人曰く、渡したのはそこらにいるごく普通の女の子だったらしいよ。
  ―――で、君狙われる覚えは?」
 淡々と説明され、
 佐伯はなんとなく違う事を尋ねてみた。
 「お前何でここいるんだ? 千石」
 「このビルにある事務所にいてね」
 「ヤーさんのか?」
 「違うから!! ごく普通にタレントさんの!!」
 「『ヤーさん』って?」
 「周ちゃんは知らなくていい事だよv」
 「ついでに知った時のために言っておくけど俺は関わりないからね。
  今度その中の1人が歌も始めるからって俺に頼んできたんだけどね」
 「その言い振りだと断ったのか?」
 「イマイチその子が好みじゃなかった・・・・・・っていうのは冗談だけど、人に物頼むのに自分のトコ呼び寄せるって、けっこーナメてない? 態度もそれっぽくってムカついたから断ってきちったvv けど―――
  ―――おかげでラッキーだったよ。出たら丁度騒ぎだったからね。急いで合流したんだよ。俺と君が知り合いってのは向こうの人も知ってるからね」
 「じゃあ、周ちゃんもお前が・・・?」
 「僕・・・? たまたまテレビ観てたらニュースでやってて、サエが怪我したっていうから―――」
 「ラッキーその2だね。先に電話してよかったよ。周くんが普通に堂々駆けつけてたら、≪人気モデル虎鵜に恋人が!?≫とかむやみにスキャンダルになるからね。
  で、サエくん。俺の質問は?」
 にっこり笑う千石。ただしはぐらかすのは不可のようだ。
 「1回こっきりか。“警告者”より厳しいな」
 「“警告者”?」
 「―――コレだろ?」
 病室(ちなみに佐伯を狙った犯行という事で、現在彼は個室にいる)の少し重い扉を開け、跡部が入り込んできた。
 「・・・お前もどうしたんだ?」
 「てめぇが怪我したってニュースでやっててな、別にいいかと思ったんだが周りのヤツらが見て来いって煩くてな」
 「その割に遅かったじゃん」
 「コレ取りに行ってたモンでな」
 手にしていたのは、1度目の脅迫状と、2度目の書き込みのコピーだった。
 「それ・・・」
 2度目はともかく1度目の方は見覚えのある周助が反応してきた。尤も彼も脅迫そのものは知らなかったが。
 「1度目がカミソリ入り脅迫状。文字切抜きで内容は≪コウに告ぐ。今すぐ仕事を辞めろ。警告は3度までとする≫。
  2度目はサイト荒らし。書き込んできた文章は≪虎鵜に告ぐ。今すぐ仕事を辞めろ。残りは1回だ≫。
  ラストは?」
 「時計仕掛けのプレゼント爆弾。わざわざオフィスに入ってから届けてきた辺り、周りの社員巻き込むつもりだったんだろうな。ちなみに内容は≪最後の警告だ。今すぐ仕事を辞めろ≫」
 「やれやれ。それで警告レベルね。警察の人もしきりにサエくん感心してたよ? 『その場で爆発させてたら、最低そこにいた3人は死んでた』って」
 「わざわざ大きな箱に入れてくれたからな。それに上で渡された時点で周り巻き込もうとしてるくらいは予想が出来る。
  ―――つまりはこれも『警告』に過ぎなかったワケだ。時計の音もわざとらしく大きかった」
 「でもサエ、普通の時計だ、って思ったりはしなかったの?」
 「しなかったね。プレゼント爆弾は実のところ2週間前
HPに挙げたショートショートで使ったネタさ。でもって一昨日の日記に≪新しい時計を買った≫って話をした。チェックしてるファンならあえてそれを選びはしない。でもって“徹夜組”ならこの程度のチェックは常識だ」
 だからこそみんなの前であのメッセージカードを開いたのだ。あのまま絡まれていたのでは間に合わないところだった。
 「んで? これからサエくんどーすんの?」
 「どうも? 今までどおりするだけさ」
 「警告は終わったぜ? 次は本気で来んだろ?」
 「来るなら来ればいい。おまんま取り上げられて餓死するよりよっぽどいい」
 「まったサエくんもぶっ飛んだご意見を・・・」
 なぜだか『これからも狙ってオッケー』で丸く収まりかける3人。中身の伴わない笑いを遮り、1人俯いていた周助がむくれたまま呟いた。
 「でもおかしいよ。なんでサエがそんな危険なメに遭わなきゃいけないのさ」
 「ンなモンこいつが相手逆撫でばっかしてるからだろ」
 「どー考えても根本はともかく事態悪化の原因はサエくんにあり、だよね」
 「うるさいよ2人ともv」
 スカンスカーン!!
 お見舞いにさっそく持ってきてもらったフルーツバスケット―――に入っていた果物缶をぶん投げる。やはり同じ果物なら日持ちしかつ汁が余計についてくる缶の方が・・・!!
 ―――そんな言い分を忠実に守った結果滅ぼされた2名は放っておき、佐伯は周助へと向き直った。
 優しい目で、問う。
 「で? 周ちゃんは俺にどうして欲しいのさ?」
 視線を上げてきた周助。縋りつくように、佐伯の腕にしがみついてきた。その顔には、目覚めたばかりの時と同じ、泣きそうな表情が浮かんでいて。まるでこの腕を離したら二度と戻っては来ないと言いたげに。
 「辞めようよサエ!! 仕事なら他にもあるでしょ!? こんな危険なメに遭って、今度こそ本当に大怪我したり死んじゃったりしたらどうするのさ!?」
 しがみつく手が震えていた。彼は本心から自分を心配してくれているらしい。
 今までの、3人の生活ではなかったもの。自分たちはあまりに考え方が似すぎていた。だからこそ共にいる事を選んだのだが、
 (たまにはいいかもね、こういう風に反対されるのも)
 佐伯が小さく笑った。受け入れてもらえたのかと喜ぶ周助。その手から腕を引き抜きながら。
 「サ、エ・・・・・・?」
 引き抜いた手で、ぽんぽんと頭を撫でる。いつものおまじない。安心する周助に―――
 ―――残酷な台詞を吐く。
 「ごめんね周ちゃん。君の願いでも、それを聞く事は出来ないんだ」
 「なん・・・で・・・・・・?」
 逆になる立場。問いかける周助に、向き直るように、逸らすように、佐伯は体の向きを
90度変えた。
 病院の床に脚をつき、シーツを引き寄せながら、とつとつと話す。
 「ねえ周ちゃん、俺の仕事、知ってる?」
 「え・・・? ファッションモデル、じゃないの?」
 「そう。『ファッションモデル』。
  不思議だと思わない? この仕事。
  ただの―――普通のモデルと違って、主役はあくまで身に着けてるものなんだ。それを身に着けてる『モデル』っていうのは、要はマネキンの代理なんだ」
 シーツを持ったまま立ち上がる。まるでそれこそがこれから宣伝するものであるかのように体に巻きつけ、
 「つまりそれを身に付けられる人なら誰でもなれるって事だ。それこそ周ちゃんでも、千石でも跡部でも、そして俺でも。
  ならなんである程度の金を払ってまでわざわざ俺を使う? もっと安くて頼まれる人なんていくらでもいるだろ? それこそ雑誌を作る人たち自身がモデルを兼ねれば一番安上がりだし使いやすい」
 「そんな事な―――」
 言いかけた周助の唇にぴたりと指を当て黙らせ、佐伯はシーツを開いた。自分の体を存分に見せつけ、結論を出す。
 「それでも俺に頼むのは、俺だからこそ出来る何かがあるからだ。マネキンじゃ出来ない、他のヤツじゃ代理が利かない何かが。
  俺はこの仕事にそういった自負―――プライドを持ってるんだよ。俺が辞めるのはこのプライドを失くした時だ。今じゃない」
 「で、でも・・・」
 「周ちゃんはさっき、俺の言った事を否定しようとしたね? 俺じゃなきゃ駄目だ、と。他にも大勢の人が言ってくれるんだ。『応援してます』『これからも頑張って下さい』って。
  ―――1人でもそう言ってくれるなら、俺はずっとこの仕事を続けようと思う」
 「う〜・・・・・・・・・・・・」
 周助は、何も言い返せずただ呻くしかなかった。そう言う佐伯の顔は本当に晴れやかで、本当に幸せそうで。
 こんな彼をそれでも止めるのは天仕としての仕事に違反していて、でもそれ以上に止めたくは無かった。もっと単純な思考で。
 「危ないんだよ・・・?」
 「慣れてるさ」
 「大怪我しちゃうかも・・・」
 「母さんにボコられた時よりは絶対軽症になる自信がある」
 「死んじゃうかもしれないんだよ・・・・・・?」
 「やりたいようにやった結果なんだから諦めるさ」
 「でも・・・・・・・・・・・・」
 思いを無理矢理押し殺し、言葉で止めようとする周助。佐伯は座る彼の前にしゃがみ、もう一度ぽんぽんと頭を撫でた。
 「大丈夫。俺は大怪我はしないしましてや死にはしない。なにせそれらをすると入院費だの葬式代だので金がかかる。今いるこの部屋の費用も、誰が払うのか、俺なら労災は適用されるのか、それが今一番心配でならない。とりあえず今すぐここを出て行くと部屋代は払わずに済むのか否かこれから掛け合って―――」
 スカーン!!
 今までのカッコよさを全て台無しにして1人真剣に悩み始めた佐伯の後頭部を、今度は跡部がぶん投げた缶が襲った。
 「サ、サエ!?」
 崩れ落ちる佐伯。慌てる周助とは対照的に、跡部は冷静に状況分析を行った。
 「包帯で多少衝撃が緩和されたから心配ねーだろ」
 「いやその頭に怪我してるから包帯巻いてるワケでしかも後頭部って・・・・・・」
 「あん? 何か言ったか周?」
 「いや・・・。何でもないけど・・・・・・」
 「いや周ちゃん、こういうのにこそはっきり言わないとダメだよ? 『殺人罪で逮捕されるから止めて』って」
 「めちゃくちゃピンピンしてんじゃねーか!!」
 「『未遂』も立派な犯罪だ」
 「死にゃしねーだろーがてめぇはこの程度で!!」
 「いーやお前の今の攻撃には絶対殺意が満ち溢れていた。俺を亡き者にして周ちゃんと2人きりになろうという卑劣極まりない野望を胸に―――」
 「誰かコイツ止めてくれ・・・」
 「ていうかサエくん、俺完全無視・・・?」
 「わかってる。お前は跡部と組んで俺を殺した後寝首を掻くように跡部を攻撃するんだろ? だから俺はそんなお前の考えには気付かなかった事にしてあくまで跡部をメイン扱いしたんだ」
 「・・・・・・いろいろ気ぃ使ってくれてありがとう。けど気付かなかった事にするも何もそもそも俺はそんな事―――」
 「何ぃ!! てめぇ千石!! この俺様をハメようとしやがっただと!?」
 「サエくんの話を即座に信じない!!」
 ・・・・・・なんだかいろいろわからなくなってきた。そこに、
 ブッ―――!
 「・・・・・・何かな? 周ちゃん」
 「ああ? てめぇまでケンカ売るってか・・・?」
 今まで黙り込んでいた周助。初めて会った時から全く変わらない珍妙なやりとりに、堪えきれずに噴き出した。
 「あはは!! ごめんごめん!! 何回聞いてもおかしくって君たちのやりとり!!」
 「・・・やっぱ褒めてない? 周くん」
 「決めた!」
 「え・・・?」
 「もうサエの事は止めない。代わりに僕も犯人逮捕に協力するよ!!」
 『は・・・・・・?』
 耳に聞こえた幻聴らしきものに間抜けな声を上げる3人。耳をほじり、とんとんと全てを落としたところで再びそれが聞こえてきた。
 「頑張るよ僕!! とりあえず何からやる!?」
 「・・・・・・とりあえず、君の頭の中の確認?」
 「いやもーコイツはマジだろ・・・」
 「何か握りこぶし作っちゃってるよ・・・。しかも目ぇ燃えてるし」
 散々好き放題言われ、
 「でも周ちゃん、危険なんだよ?」
 「サエもでしょ?」
 「・・・大怪我しちゃうかもしれないんだよ?」
 「サエもでしょ?」
 「・・・・・・死んじゃうかもしれないんだよ?」
 「サエもでしょ?」
 「つーか人間の『死』と天仕の『死』って一緒なのか?」
 「はっ・・・!!」
 「・・・。考えてなかったんだ」
 「そーいえば僕って、あんま死なない!?」
 「『あんま』って何なんだよ死ぬか死なないかのどっちかじゃねえのかああ・・・!?」
 「ホラならなおさら大丈夫だよ!! 危険な事もどんと来いさ!!」
 「・・・・・・結局そういう結論?」
 「駄目だコイツは止められねえ・・・」
 「お前もうちょっと粘れよ・・・・・・」
 どうやら決まってしまったようだ。ため息をつき、
 佐伯はやれやれと苦笑した。
 「仕方ないなあ」
 「じゃあ―――!!」
 喜ぶ周助の両肩に手を置きじっと見つめ、
 「ただしこれだけは約束する事。絶対1人で行動はしない。解決するまで、俺たちの誰かとずっといる事。横槍が入ってるってわかったら、向こうも何してくるかわからない。現に俺に関わってる他の人まで巻き添えにしようとしてた。
  いざとなったらそいつら盾にでもして―――」
 「オイ」
 ―――クレームがつき、残念ながらその妙案はボツにされた。
 「でもサエくん、多分その心配はないよ。
  ―――狙うならサエくん1人だ」
 千石が、そう断言した。
 「・・・・・・・・・・・・。根拠は?」
 「相手、“警告者”はサエくんに―――“虎鵜くん”にこう言った。『仕事を辞めろ』って。虎鵜くんの仕事っていったらもちろんモデルだ。
  もし仮に、この脅迫が俺宛に来てたとする。俺の仕事は作詞と作曲。辞めさせようとしたらどうするか。
  1つは俺を殺す。死ねば仕事なんて出来るワケないからね」
 「ホラやっぱ・・・」
 「けど人を殺すにはそれなりに覚悟がいる。捕まればもちろん殺人罪だ。法的にもそうだし―――倫理の上でもね。そうそう簡単に選べる選択肢じゃない。もちろん例外は常にあるだろうけど。
  さて2つ目。俺を仕事の出来ない状態にすればいい。
  ただしこれは難しい。作詞や作曲は頭の中でやるものだ。手や足潰されたって頭が残ってれば、やろうと思えば出来るかもしれない。頭を潰すとなるとやっぱり殺すか、それに近い状態に追い込むか。精神を壊すなんて言ったって何をどこまでやればいいのかわからないしね。
  これでもう一つ挙げられるのは周りから攻める事。仕事の依頼が来なきゃどうしようもない。けど俺相手ならこれも難しい。俺はフリーでかなり手広くやってるし、それに自画自賛で言うけど今の俺は『担当してもらうとステータスになる』って言われる位の売れっ子。完全に仕事無くそうと思ったら音楽業界全体に圧力かけなきゃ。
  そんなこんなで、俺に対して何かしようとする人はそういない。逆に俺に『コイツをどうにかしてくれ』って頼みに来る位さ」
 「・・・・・・どーにかしてんのか?」
 「してるよ? もっと上手くなるように面倒見てる」
 「とことん性格悪いなお前」
 「俺をであり同時に他のであり誰かを潰す一番の手さ。自分がソイツよりのし上がればいい。ただそれだけの事」
 的の中心を射た千石の言葉。ここで頷いた3人は脅迫なんかとは無縁という事だ。
 「さて話を戻して“虎鵜くん”の場合。実のところ、こっち相手なら随分簡単さ。殺しは除くとしても、『仕事の出来ない状況にする』っていうのは。
  虎鵜くんはその人気に反してなんでか1社としか契約してない。しかもお世辞にも大きいとは言えないところ。
  そこを潰すか、あるいは虎鵜くんとの契約を切らせるかすればいい。それが1つ。
  でもってもう1つは―――」
 千石がしゃがみ込んだままの佐伯に近付いた。手を伸ばし、顔に触れ・・・
 「さっきサエくんが言ってた通りさ。虎鵜くんだからこそ出来る事。
  虎鵜くんの人気っていうのは、全部じゃないけど少なくない部分が『顔の良さ』だ。
  ―――傷が1つでもついたら、たちまち人気はガタ落ちだろうね・・・」
 頬を撫でていた手が離される。指1本、爪先だけで触れている状態。そのままつつつ・・・と斜めに滑らせようとして、
 がしっ。
 「だからそう簡単にはつけさせないさ」
 にやりと笑う佐伯。千石も降参といったように逆の手を挙げた。
 「多分この手で来るだろうね。犯人からしてみれば、尤も簡単かつ被害が少なくて済む方法だ。その程度なら不幸な事故としても片付けられるかもしれないし、その程度でヘタに虎鵜くんが騒ぎ立てればイメージダウンで自滅に追い込める。傷物でお嫁に行けなくなるなんて心配もしなくてもいいから良心の呵責もあんまない」
 「じゃあ次は―――」
 「本気で来るんなら直接接触するだろうね。
  そこで周くんの出番だ」
 「え? 僕・・・?」
 「なるほどな。人の心が詠めんならコイツに攻撃しようとしてるヤツがわかるってか。現に脅迫状当てたっつーしな」
 「サエくんももちろん不意打ちにあっさりやられる程度じゃないのはわかってるけど、それでも念は入れるべきでしょ。気付いた時には避けられない状況でした、な〜んて事も防げるだろうし。
  ―――もちろん協力するでしょ? 周くん」
 もちろん―――と頷こうとした周助を、
 佐伯の一瞥が止めた。ただの一瞥。だがその中にははっきりと『心』が込められていた。殺意に近い、冷たい怒気が。
 びくりと震える。その時には、佐伯の視線は千石へと戻っていた。
 「つまり一番危ないところに周ちゃんを送り込む事になるんだろ? 断る」
 どくどくと心臓が脈打つ。たった一瞬だったのに、今でもそれは見えない鎖のように、周助をがんじがらめに縛っていた。
 (けど・・・)
 鎖の奥に感じる。佐伯の優しさ、温かさ。彼は本当に自分を心配している。こうやって、自分の身を守ろうとしてくれている。
 それは冷たいけど温かくて、でも苦しいもの。
 (けどねサエ・・・。
  君にプライドがあるように、僕にだってプライドはあるんだよ・・・?)
 唇を噛み締め、周助は鎖を断ち切った。佐伯の想いを代償に、本当の温かさへと飛び込む。
 「僕はやるよ」
 「周ちゃん!!」
 悲鳴のような叱咤が響いた。哀しそうな目を向ける佐伯の前に立ち、
 両手で頬を包み込む。
 「僕はね、サエ・・・。君を幸せにするために来たんだ」
 「だったら―――!!」
 「自分を犠牲にしても他人を守る。それが君の優しさだってわかってる。君が、自分より人が傷つく事を嫌がるのも。
  でもね―――
  ――――――そんな君だからこそ、みんな守りたがるんだよ。僕だけじゃない。キヨだって、景だってそうだ」
 導かれ、佐伯が視線を動かした。ひらひら手を振る千石と、にやりと笑ってこちらを見下す跡部が見えた。
 「・・・・・・・・・・・・説得力が欠片も・・・」
 「ちょっとキヨ! 景も!!」
 「あっはっは。冗談冗談☆」
 「まあそう気にすんな佐伯。てめぇはどーなろうが周は俺らが責任持って守るからな」
 「ほら2人だってそう言ってるよ!」
 「・・・・・・ホラだから天然相手にそういうシャレはやるなって。全部本気で受け取られるんだぞ?」
 「・・・・・・う〜ん。怖いねえ天然」
 「・・・・・・げに恐ろしきは天然なり、ってか」
 とりあえず天然は最強だった。屈する3人を他所に、周助は佐伯をそっと抱き締めた。
 耳元に、囁く。
 「ねえ、君は言ったよね? 『俺だからこそ出来る何かがある』って。
  これは僕だからこそ出来る事だよ? それでサエが守れるんだったら、やるに決まってるでしょ?」
 「周ちゃん・・・・・・」
 横を見る。周助は力強く笑っていた。それこそ神話に出てくる『天使』の笑み。全ての人を慈しむ慈母の笑み―――ではなく。
 それは、『周助の笑み』だった。自分の決断に対し、迷いなく進んでいく事を選んだ証。彼のためになりたいと、心の底から望んだ笑み。
 佐伯はもう一度苦笑し、
 「じゃあ、
  ―――“警告無視し隊”行くぞ!!」
 「おー!!」
 「サエくん語呂もセンスも悪いよ・・・」
 「入りたくねーなンな部隊・・・・・・」
 スカンスカーン!!







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 特に問題はなかったのでその日の内に退院してきた。なおみんなを救ったというのもあり、諸費用は全て雑誌社が持ってくれる事になった。ますます問題はなくなった。
 脅迫については、爆破騒ぎでさすがに警察も駆けつけ、また他の人もあのメッセージレターを見ている事から外へ知れ渡る事になった。「何でもっと早く警察に来なかったんだ?」と怒られたが、「この手の事は多いしただの冗談だと思った」で切り抜けた。見た目だけ好青年な外面大王はこの辺りで真価を発揮する。警察もマスコミも、まさか佐伯があんな事やこんな事を考えているなどとは露知らず、彼を『可哀想な被害者』扱いして取り上げ、大いに“警告者”を刺激してくれた。
 誤算があるとしたら警察に、事件が解決するまで仕事を辞めるよう助言された事。ただしこれは口八丁手八丁涙のちょちょ切れる感動話で
180度意見をひっくり返させたおかげで影響はない。が、
 「よしわかった! じゃあ解決するまで私たちが護衛に回るわ!!」
 (げ・・・・・・)
 感激屋かつ虎鵜のファンだったらしい女性警官の一声で、作戦には最大の障害が立ち塞がる事となった。







ζ     ζ     ζ     ζ     ζ








 次の“虎鵜”の仕事はそれから2日後、夜の公園での撮影だった。襲ってくれと言っているような危ないロケーションに、警察の方はとっても反対してくれた・・・が。
 「前々から決まっていた事で、どうしても外せないんです。こんな事情で延期したら、カメラマンも何て言うか・・・・・・」
 憂い溢れる表情で訴える佐伯。警察陥落に5分はかからなかった。・・・つくづく彼が役者に回されないのが不思議だ。
 なおこれを聞いた当の『カメラマン』は・・・
 「前々? まあ・・・昨日決まった事なら確かに『前』か? つーか俺が何て言うかって・・・・・・何言っても無視すんじゃねーかお前」
 ・・・と言っていた。
 さてその問題の撮影会にて。





―――2おまけ編撮影会−前編−