周助の担当する(らしい)人の1人、佐伯虎次郎は、“虎鵜[コウ]”という名でファッションモデルをしている。
Fantagic Factor
−幸せの要因−
2. 『同居人』 〜周助の 仕事場訪問記〜
おまけ ≪人気ファッションモデル虎鵜脅迫事件!!≫ <撮影会−前編−>
「おっしそこだ虎鵜! その無防備に振り返るしぐさがそそる―――」
「はいオヤジネタはいいからさっさと進めような竜牙v」
どがっ!
カメラを手に大興奮でにじり寄る男を、佐伯は振り返りながら蹴り飛ばした。
転がるその変態男こそ、超人気モデル虎鵜を撮る唯一のカメラマン“竜牙[リョーガ]”こと越前リョーガだった。かつて佐伯と1度だけ会ったことのあるリョーガは、彼と同時期にカメラマンとしてデビュー。本名を使い風景などを撮る一方、この芸名(というか当て字)で佐伯と組み仕事を行っている。本人曰く「『竜虎の争い』って感じで丁度いいだろ?」だそうだが・・・・・・どうやら名に反しその勝負は『虎』の完全勝利らしい。
佐伯がリョーガにしか撮らせないのと同じく、リョーガも人物としては佐伯しか撮らない。本名を使っているところからわかるよう、リョーガは元々人以外を専門としていた。賭けテニスをし人の汚い面ばかりを見るリョーガにとって、心惹かれたのは『心』のない『物』だった。だからこそ決して人は撮らなかった―――たまたま日本で行ったイベントで、ひょんな事から佐伯と再会するまでは。
即座に賭けテニスを止め帰国し、リョーガは佐伯にこう言った。
―――『世界中のモン見てきたけど、お前が一番綺麗だった』、と。
この半プロポーズは即行回し蹴りで却下されたが、それ以降2人は相棒としてやっていた。彼をただのモデルその1としてしか扱わない他のカメラマンと違い、佐伯自身を見つめるリョーガの写真はより彼を引き立たせ、また佐伯もリョーガの「写真もテニスと同じだろ? ただがむしゃらに撮ってりゃいいってモンでもねえさ。俺は俺がいいって思った時しか撮んねえ」という持論を気に入っていた。一瞬勝負というのは佐伯も好きな派だ。彼がモデルとしてしか活動しないもうひとつの理由である。1枚のショットを撮るのにフィルム何本分もバシャバシャ撮っていた今までのカメラマンにうんざりしていた佐伯にとって、持論どおり本当に気に入った一瞬しか撮らない(おふざけ除く)リョーガはいいパートナーになった。2人のこんなやり合いは、撮影時の名物である。周りも、写真には決して写されないフザけた虎鵜に喜び、馬鹿な竜牙を笑い飛ばしている。
毎度恒例の撮影場所公開は、今回もまた行った(警察には内緒で)。今回も―――いや今回は、自分の無事を確認するために普段以上のファンが集まっていた。もちろん彼女らは知らない。今回の撮影が、“警告者”のおびき出しのエサになっている事など。警察も、そして・・・リョーガも。“警告無視し隊(結局コレで決まった)”の4人以外は誰も知らない事だ。情報がどこから洩れるかわからないし、むやみに他人を巻き込んでも仕方ない。尤も・・・
(リョーガなら気付いてる方に10点、ってトコだな)
タラシだしヘタレだが馬鹿ではない。ただでさえ危険なメに遭っているのに余計危険にする真似を、しかも急遽行うとなれば怪しんで当然だ。なのに何も尋ねてこない。しかも他にも仕事などあっただろうに合わせてきた。
「んじゃ虎鵜、始めようぜ」
「ああ」
たとえエサだろうが―――いやエサだからこそ、撮影は本当に使うものとして行った。今回の見世物はコート。夜道でも映える(否『光り輝く』)ものという事で、こういう状況が選ばれたのだ。
実験用の自前コート―――なにせここで汚すと買取になるため―――を脱ぎ、ワゴンへと持っていく。中で待っている人に渡すと、すぐ本番のものが返って来た。
この雑誌社では、撮影をする時はモデルとカメラマン(助手込)、それにメーカーの人間がセットで『スタッフ』扱いになる。やはりどういった見せ方がいいかはメーカーの人間が一番良くわかっている。1着ごとに指導してもらいながら・・・
「あれ? 虎鵜腕どうしたの?」
「ああコレですか? 大した事じゃないんですけどちょっと手首痛めてて」
「両腕とも? 珍しいわねえ!」
「どっかの怪力に合わせててそれで」
「駄目よ竜牙。そんな乱暴に接しちゃ」
「俺か!? やんねーよ返り討ちに遭うし!」
「そーなんですよ竜牙に苛められて。コイツ俺の泣く姿がいいって・・・」
「ひどーい!! サイテー!!」
「信じんのかよあっさり!?」
しくしく泣く(フリ)佐伯。コートを脱ぎ露わになった両腕には、確かに黒いリストバンドが巻かれていた。テーピングを目立たなくするためだろう。コートはもちろん長袖だし、仮に見えたとしても袖か何かだと思われるだろう、と軽く流され撮影開始。
最初は公園の中心で普通に正面写真。遊具が入らない角度を選び、適当な木をバックに入れる。
1着目は見た目のクールさ(中身まで『クール』だったら凄い嫌がらせだ)をウリとしているため、佐伯もそれに合わせた雰囲気を作り出す。
冷たい雰囲気に呑まれ、周りが完全に静まり返った。風の音1つしない。するのは、直接それを向けられたリョーガの唾を飲む音だけ。
佐伯が息を吐いた。顔が僅かに下を向く。瞳が閉じられ―――
―――次に開けた時がシャッターチャンス。緊張に震える手を押さえ、シャッターボタンに乗せる。
閉じた目が、ゆっくり開かれ・・・
(今だ―――!!)
押そうとしたその瞬間に。
「虎鵜!!」
(ちっ・・・!)
後ろから飛ばされた声に、開かれていた目がまた閉じられてしまった。やり直しだ。
頭と体、思考と行動は連動しているようでその実動くのは同時だ。今だと思った瞬間にはもうボタンを押していた。舌打ちしている間にもフラッシュが焚かれ、
ガキィ―――!!
――――――カメラは思いがけないものを撮っていた。目を閉じたまま両腕を頭の上に掲げた佐伯と、そこへナイフを振り下ろす人影とを。
(なるほどな、コイツの仕業か)
響いた呼び声はどうでもよかった。その僅かに前から、せっかく佐伯の作り上げた雰囲気が壊されていた。ファンにしては随分無粋だと思ったが・・・・・・どうやらファンではないらしい。あるいは究極まで突き詰めたファンか。
一方佐伯。周助の声に前を見てみれば、真正面―――リョーガの後ろから誰かが走ってきていた。夜目には自信があるが、それでもさすがに濃いサングラス越しの瞳は見えない。マスクや帽子に阻まれては尚更。
(なるほどね。まあ、タイミングとしては最高か)
割と誰でも経験あるだろうが、まぶしい光を正面から見れば目が眩む。カメラのストロボ、それも夜撮影となればより強力となる。自分が被写体でありそれが目的でない以上目を閉じてはいけない。姿勢が決まっているためとっさの反撃も難しい。
だからこそ、定石を無視し佐伯は目を閉じ腕を翳した。リョーガには悪いが後でテイク2をやってもらおう。他のカメラマンならともかく、リョーガ相手なら多少のワガママは効く。
「何っ―――!?」
ナイフ野郎が声を上げた。低い声からすると男か――――――もしれない。それが地声だとは限らない。
にっと笑い、佐伯はナイフを弾いた。飛び込んでいた男が下がる。その手に握られたナイフに血は・・・全くついていなかった。
「無手で待ってるなんて誰も言ってないからな」
裂けたコート。黒いリストバンドも切られ、
―――その下からさらに黒いものが覗いていた。それがナイフと当たり、硬質な音を立てていたのだ。
無傷の佐伯に、男が歯軋りをした。多分。
マスクでそちらは誤魔化せようが、隠しようのない眉間には皺が寄っていた。
それを確認し、
佐伯は後ろにいたリョーガを見た。
「竜牙! 悪いけどコイツ撮っといてくれないか? 脅迫騒ぎは警察に届けたとはいえ、単純にコイツをぶっ飛ばすと俺が暴行罪でしょっ引かれる」
「しゃーねえなあ。お前以外撮んのは好きじゃねえが・・・ま、今回は協力してやるよ。お前がいなくなるとこっちも差し支えるからな」
「サンキュー。恩に着るよ」
「なら礼はお前のヌードで―――!!」
「死んで来い竜牙v」
どすっ・・・
カメラを構えたリョーガの足元に、1本の棒が突き刺さった。ほとんどの者は見えなかっただろう。佐伯がリストバンドから引き抜き手首のスナップだけでそれを投げた様は。
見えた者の代表として、リョーガは地面に食い込んだそれを抜き取ってみた。
目の前に翳す。ようやっとそれの正体が明らかになった。
「おいおい棒手裏剣かよ。お前何時代のヤツだよ・・・」
「向こうがカミソリレターだのプレゼント爆弾だの古風な事やってきたからな。こっちも対抗してこんな感じで。
ついでにそういう騒ぎのおかげで俺には警察の護衛がついててな。逆に言えば常に警察の監視下にあるって事だ。日々勤勉な警察様のお手を煩わせるのも悪いだろ? ヘタなものを持つと銃刀法違反になるが、コレならただの鉄棒だ」
「まあその辺りの屁理屈はいいけどな、ついでにこれでもアウトだと思うけどな。
―――なんでヌードが不可なんだよ!? こないだセミは撮ったじゃねえか!!」
「誤解招く言い回しをするな!! あれはジーンズ撮ってたからだろ!?」
「んじゃ次はYシャツOnlyで!!」
どがっ!!
無言のまま棒手裏剣2本目が飛ばされた。おでこに当たり、リョーガが後ろに転がった。
「ほら刃がないと便利だろ? こんな感じで峰打ちもどきも出来るぞ」
「いや・・・今のは刃の有無に関わらず避けてなかったら死んでただろ・・・・・・」
避けてもダメージ甚大だったらしい。痛そうに頭を擦るリョーガは無視し、視線を前に戻す。
男は律儀に待っていた。
(油断は禁物、か・・・)
くだらないやり取りをする間も警戒は怠らなかった。最中に攻撃を仕掛けたらしっかり返り討ちにしてやったというのに。
両腕のリストバンドから3本ずつ取り出し、指で挟み込む。
まるで撮影の続きと言わんばかりに冷たい雰囲気を纏ったまま、佐伯は綺麗な笑みを浮かべてみせた。
「皮膚と肉が土より硬いとも思えないからな。突き刺さる程度は覚悟して来いよ?」
気迫に押され、騒ぎ立てようとしていた見物者らがぴたりと静まり返った。男もまた退く―――かと思いきや。
「ならばやってみろ。俺は避けるぞ」
男はやはり冷静だった。避ければ後ろにいる者に当たる。リョーガはまあいいとして、その後ろには罪もなきごく普通のファンが・・・
「じゃあお言葉に甘えて」
「なっ―――!?」
佐伯は構わず右手の3本をぶん投げた。動揺しながら男が避け、自己犠牲精神のないリョーガももちろん避けた。
さらに後ろに飛ぶ棒手裏剣を見―――
「そんなワケで援護よろしく!」
「―――ったくしゃーねえなあ」
悲鳴の合間に気だるげな声が広がる。同時、
ヒュンヒュン―――
ピシピシピシ!
飛んでいた棒手裏剣は、何かに当たって上へと跳ね上がった。
適当に跳ね上げられたようで1箇所に落ちてくるそれら。前に進み出た跡部が、右手で受け取った。彼を盾に―――もとい彼に守られるよう、もちろん後ろには周助がいる。
「ワイヤーアクションねえ。君もまた、随分乙なモンが好みで。跡部クン」
尻餅をついたまま、首を後ろに倒していたリョーガがからかった。左手には革のグローブ。さらにそこからは闇に隠れる黒いワイヤーが延びていた。高速で自在に操り棒手裏剣を弾いたのだろう。
そんな彼を見下ろし、跡部もまた薄く笑う。
「よお。カッコいいぞ竜牙」
「あーはいはいありがとーな//!!」
「それはともかく、
―――ンな雑魚1匹、てめぇ1人で倒せよ虎鵜」
「そうするとお前らの出番が減るだろ? 増やしてやってんだからありがたく思えよ」
「よく言うぜ」
どんな時でも軽口は忘れない。余裕の表れか―――それとも焦り隠しか。
そこまで判断する義理もないので、跡部は特にそれ以上前に出る事もなく成り行きを見守った。
リョーガも同じく。写真は最初に撮った1枚で十分だろう。戦う佐伯というのも魅力的だが、・・・・・・。
後ろ2人(3人)の準備が出来た頃、前2人も終えたらしい。飛び道具なら至近距離に弱いと、男が突進をかけた。
佐伯が左手に残していた3本を投げる。僅かな時間差のつけられたそれ。1つ避けると次に当たる。
際どいところで全て避けきった男。顔狙いで下ろされた刃を、右手のリストバンドで受けた。
受けたまま、そこに左手を添える。離した時にはもう次の1本が握られていた。
「ちっ!」
慌てて下がり、振り上げられた切っ先を鼻すれすれでかわす。円運動で振り下ろされた腕から、今度はそれが飛ばされてきた。
避ける間はない。見切り、男はナイフでそれを叩き落とした。
「なるほどなあ。手首外側分で防御、内側分で攻撃か。アイツ一体何本仕込んだんだ?」
「切・打・刺・投。厄介極まりねえなありゃ」
「けどよ、敵さんは敵さんで相当キレ者だな」
「いい具合にあの武器の弱点ついてやがる。短いし柄がねえからしっかり握れない。本数には限りがあるからむやみに投げてりゃその内弾切れ起こす」
「あと何本かは―――攻撃優先か防御優先かで変わる、ってか」
「向こうはどっちと踏んでくるかだな」
「防御に10点」
「奇遇だな。俺もだ」
こんな2人のやりとりが聞こえたのではないだろうが、男は懲りずに突進を繰り返した。再び両手に3本ずつ構えた佐伯。後ろに下がりながら、今度は全てを投げた。余程接近して欲しくないらしい。
「こんなもの!!」
せせら笑いながら全てをかわす。佐伯は投げるため両手を広げてしまっていた。
彼の顔に焦りが浮かぶ。男は無防備になった懐に潜り込み―――
がん!!
―――強烈な蹴りを前に、あっさり跳ね返された。
見せつけるように優雅に脚を下ろし、
「俺、『脚に自信ある』んだよな」
男の眉が大きく上がった。どうやら知っているらしい。
「以前ウチのモデル全員参加で行った対談で俺はこう答えた。読んだ人は『脚の「綺麗さに」自信がある』んだと思ってたみたいだけど・・・・・・実はあの対談、俺が問題発言したおかげでその前が少し切られてたんだ。
『特技は何ですか?』って聞かれて『ケンカ』って即答したんだよな。笑い飛ばされたけど。
―――俺が自信ある『脚』は、綺麗さじゃなくて『足技』だよ。武器はただの補助さ。残念だったな」
「ぐ・・・・・・」
無防備な腹にしっかり食い込んだ。普通のヤツなら今の一発で気絶してただろう。フラつきながらもまだ立っているそいつに口笛を送ってやる。
と―――
「舐めんなあ!!」
一声吠え、男は三度突進をかけてきた。足技封じの超接近戦。連打で来る攻撃に棒手裏剣を取り出すヒマもなく、またもう残り5本。これ以上取ればナイフを防ぎきれなくなる。
「ほらほらどうしたあ!!」
一歩また一歩と下がっていく佐伯に、男が得意げに笑う。
やがて、背景にしていた木まで追い詰められた。
木に背中がぶつかり―――
「これで終わりだ虎鵜!!」
どん!!
男の宣言を無視し、佐伯は踵で幹を蹴りつけた。同時に両手で男を突き飛ばす。
いきなりな反撃に一歩下がった男。開けられた50cm程度の隙間に、
ばだだだだだだだだ!!!!!!
上からBB弾が降ってきた。いや・・・
「狙撃か!!」
木の上を見上げながら男が後ろに飛び退る。後を追ったBB弾が地面にめり込み、男がバク転を決めたところで止んだ。
ざっ―――
BB弾の射出地点から、何かが降ってきた。5ミリに満たないBB弾に比べれば随分大きいもの。
それはゆっくり身を起こし、
「虎鵜くんのナイト、清澄[せいちょう]参上」
モデルガンを肩に担いだ黒服の男。やはり黒いニット帽を脱ぐと、そこからは彼のシンボルともいえるオレンジの髪が現れた。
撮影直前に木に登り待機していた千石。丁度そこで襲われたのは彼のラッキーの賜物―――ではなく、この公園は今までも何度か使ったため撮影ポイントが絞られるからだった。その中でも最もメジャーな(別名ありきたりな)ポイントを選び、佐伯も場所選びでそこをそれとなく推奨した結果だった。それから犯人含む周り引き連れ他の場所を見ている間に隠れたのだ。
千石は、いつも半分閉じているような目を更に細め、面白そうに笑った。
「卑怯上等苛め万歳。集団リンチだろうが、これ以上虎鵜くんに手出すんだったら―――こっちも容赦しないよ?」
モデルガンを片手で構える。これでまともに打てるとは思えないが、千石の腕は先ほど証明された。当たらなかったものの、移動する相手にぴったり喰らいついていたところを見るとむしろわざと外していたようだ。
「ちなみにコレ、モデルガンだけど改造済みだから。当たるとけっこー痛いよ? それとも―――
―――そのキレ〜なお顔に、傷、つけてあげよっか?」
「―――っ!?」
“警告者”の顔に何度目かの動揺が浮かんだ。
次の瞬間には、誰もいない横手の林へと飛び込んでいた。
追おうとする佐伯。そこへ、
「虎鵜!」
いきなり呼ばれ、そちらを見たところでばしりと投げつけられた。トンファー片手分。
「サンキュー」
投げつけてきた跡部に軽く振り、佐伯もまた林へと飛び込んだ。追う者は誰もいなかった。
ζ ζ ζ ζ ζ
暫しして、
ズガァ―――・・・・・・ン・・・・・・・・・・・・
林の中を、一発の銃声が駆け抜けていった・・・・・・。
―――2おまけ編撮影会後編へ