周助の担当する(らしい)人の1人、佐伯虎次郎は、“虎鵜[コウ]”という名でファッションモデルをしている。





Fantagic Factor
           
    −幸せの要因−




. 『同居人』  〜周助の 仕事場訪問記〜



おまけ ≪人気ファッションモデル虎鵜脅迫事件!!≫  <撮影会−後編−>

 逃げる男を追いかける佐伯。追いかける佐伯から逃げる男。
 このまま続けていても飽きるだけなので・・・
 「当たるといいな・・・」
 呟き、佐伯は左手に持ったトンファーの持ち手先端を右手で包み込んだ。軽く回すと、そこはあっさり外れた。
 持ち手部分の空洞に隠された鎖が延びる。外れた錘と合わせて使う鎖分銅。
 鎖を持ちぶんぶん手元で回し、そのまま投げる。懸賞応募ハガキ以下の情熱で投じたそれは、懸賞品よりは確実に当たった。
 「たっ・・・!!」
 足に絡みつく鎖に転倒しかける男。振り向きながら姿勢を立て直した時、既に佐伯は追いついていた。
 握力を抜きながら、左手を前に出す。手の中で回転したトンファーは、掲げようとした男のナイフを下に弾いた。
 そのまま拳を出す。男も後ろに逃げようとしたが、絡んだままの鎖を踏み込んでやればそこでつかえて止まった。
 佐伯の拳が男の胸に到達しかけ―――
 「―――っ」
 ―――チェックメイト寸前で、佐伯は腕を大きく左へ開いた。一撃覚悟で弾かれたまま攻撃を仕掛けようとしていた男の手ごと。
 佐伯が下がる。2人の間は1m程度。全ての攻撃が届く範囲だ。
 男が悠々と絡んだ鎖を外していく。佐伯もトンファーから切り離した。繋がったままなのは相手と同時に自分にも不利になる。いざとなったらトンファーを捨てればいいのだろうが、普段ならともかく撮影衣装のためこれ以上武器はない。ナイフを持つ玄人相手に篭手もどきだけでは辛いものがある。
 再び向かい、切り結ぶ。1本のナイフと1本のトンファー。ない方の手同士も掴み絡み弾き。
 その中で、2人が最接近したところで。
 今度手を出してきたのは男だった。顔へ伸びてくるナイフをトンファーで受け止め―――
 「もらった!」
 下に落とされていた男の手。袖から滑り落ちてきたのは、もう一本のナイフだった。下からそれが伸ばされる。
 まっすぐ向かってくる2本目。リストバンドで受け止めようにもよほどピンポイントで当てない限り腕に突き刺される。トンファーを下げれば解放された1本目が来る。
 確かにそれは逆に王手をかけられた状況だった。その状況で、
 佐伯もまた、口端で小さく笑ってみせた。
 右手をトンファーに添える。今度は最も長い部分。1本目を押さえるそこを掴み、まっすぐ一気に引き抜いた。
 シュッ―――!!
 金属同士が擦れあう音が響く。現れたのは―――
30cmを超える刃だった。
 「仕込み刃!?」
 「どちらかっていうと『仕込みトンファー』かな?」
 鞘となっていた鉄部分で2本目を押さえる。佐伯がトンファーを1本しか渡されなかったのは、むしろ両手に持つとこれらの仕掛けが使えず不便だからだ。
 「なんでそんな改造が・・・!!」
 「俺は仕掛けものが好きだからだよ。警察にもマスコミにも言わなかったけどな、あのプレゼント爆弾見抜いた理由―――俺も同じようなものを作った事があるからだ。さすがに発動するのは爆弾じゃなかったけどな。
  さてそろそろケリつけようか。白旗上げんのどっちにする? 5数える以内に上げたらここで止めてやるよ」
 「上げなかったら?」
 「少なくとも半殺しは覚悟しとけ。俺はガキの頃から『逆らうヤツには容赦するな』って教わってるからな」
 「『ケンカが得意』ってのは・・・」
 「親にそう教育されたんだよ。おかげでこうして役に立ってる」
 「なるほどな」
 「で? どうする? 5数えるぜ?」
 押さえ込んだまま、佐伯のカウントダウンが始まった。
 「5」
 「確かにお前は強いよ」
 「4」
 「このまま続けて、間違いなくやられんのは俺だろうな」
 「3」
 「ああホントにな。お前の方が上だ。ケンカの腕も・・・仕事の腕も」
 「2」
 「俺の方が訊きたいよ。なあ、俺はどうすればいい? どうしたら俺はお前に勝てる?」
 「1」
 「・・・・・・答えてくれないんだな。最期にお前の答えが聞きたかった」
 「0」
 「俺の答えは―――
  ――――――――――――これだ」
 両手が軽くなった。男がナイフを手放したのだ。
 佐伯の体が浮く。刃が男の喉へ迫り―――佐伯はそれを自分へと引き寄せた。
 「甘すぎるぜ虎鵜。名に相応しくもない。
  本当はお前―――“小卯”にしたかったんじゃないのか?」
 男の懐から、拳銃が取り出された。顔へと向けられる。
 佐伯が鉄棒を前へ掲げた。そして・・・・・・





 ズガァ―――・・・・・・ン・・・・・・・・・・・・







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 「銃声!?」
 「アイツ、ンなモンまで持ってやがったのか!!」
 「じゃあ、サエは・・・!!」
 「わかんねー。が、
  考えるよりゃ実際見た方が早ええだろ。行くぞ!!」
 「うん!」
 騒ぎになる公園中心。さすが普段音を聞くのが商売である千石は、こだまする中で正確に音の発信源を聞き分けそちらへと走っていった。跡部と、さらに周助もそれに続き―――
 「―――?」
 呼ばれたような気がして、周助はくるりと振り向いた。
 カメラを構えていたリョーガ。ひらひら手を振られ、周助も無意識に手を振り返していた。
 パシャ―――
 「ナイスショット」
 「え・・・?」
 「―――オラ周! 何やってやがる!! さっさと行くぞ!」
 「あ、う、うん・・・・・・」
 まだいろいろ聞きたい事もあったが、跡部に促され、周助は結局何も聞かずにそちらへ向かった。
 走りながら、肩越しに見てみる。
 リョーガはまだ手を振ったままだった・・・・・・。







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 佐伯の体がぐらりと揺れた。頭から血が噴き出る。どうやらあの至近距離。完全には避けきれなかったようだ。
 崩れ落ちる佐伯の体を抱き止め、男は信じられないといった表情を浮かべた後―――笑みを浮かべた。
 「やった・・・。これで・・・ついに・・・・・・!!」
 悦ぶ男の耳に、
 掠れた声が聞こえた。
 「逃げろ・・・・・・。早く・・・・・・」
 「え・・・?」
 「銃声で、他のヤツが来る・・・。警察の見張りも今は眠ってるが、もうすぐ目を覚ます・・・・・・。捕らえられたら終わりだぞ・・・・・・」
 「何、言って・・・・・・?」
 「今なら大丈夫だ・・・。俺が引き止めといてやるよ・・・。怪我人放っといてまで、犯人追跡なんてやんないだろ・・・?」
 「まさか虎鵜さんわざと―――!!」
 驚く男―――少年の唇を指で塞ぎ、
 佐伯は優しく笑った。
 「さっきの答え教えてやるよ・・・。答えなんてないんだ・・・・・・。
  たかが
19で人生悟れたワケじゃないけど、だからこそ俺だってずっと試行錯誤繰り返してるだけなんだよ・・・・・・。
  こんな決着のつけ方虚しくないか・・・? 次は、ちゃんと仕事で決着つけようぜ・・・?
  ―――なあ、快流
 唇から外した指を上に持っていく。サングラスを外すと、そこから現れたのは確かに自分の後輩の、まだあどけない瞳だった。
 「虎鵜さん、俺の事気付いて・・・・・・」
 作られた低音が解除され、いつもどおりのテノールで問われる。
 「まあ、割と最初の頃からな・・・。
  ホラ早く行けよ。さすがにそろそろ誰か来ちまうぞ・・・」
 「でも虎鵜さんは・・・・・・」
 「大丈夫だって・・・。
  ああ、じゃあこうしよう・・・」
 と、持っていたトンファーを快流に押し付ける。
 「こんなもの持ってたら俺も怒られるからな・・・。見つからないように隠しといてくれよ・・・・・・?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホント」
 「え・・・?」
 「ホント、虎鵜さん甘すぎですよ・・・。俺、虎鵜さん殺そうとしたんですよ・・・? 無傷で逃がすんですか・・・・・・?」
 泣きそうな顔を見せる快流。ぽんぽんとその頭を撫で、
 「“虎鵜”は俺の希望―――願望だよ・・・。俺は、強くなりたかった・・・・・・。強くなって、俺を好きになりたかった・・・・・・・・・・・・」
 すっ―――と、佐伯の体から力が抜ける。慌てて確認すると、ちゃんと寝息を立てていた。気を失っただけらしい。
 優しく体を横たえ、快流は耳元に囁きかけた。
 「あなたは十分強いですよ、虎鵜さん。だから、俺たちはみんなあなたが大好きなんです」










 そしてみんなが駆けつけた時、
 そこには倒れた佐伯しかいなかった。
 眠る佐伯。その顔は―――





 ――――――――――――とても嬉しそうだった。

















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 誰もいなくなった広場で、
 リョーガは手に持つカメラを見つめていた。
 先程これでかの少年を撮った。頼まれた1枚は除き、佐伯以外で初めてカメラに人を収めた。カメラに収めようと思ったのは佐伯に続き2人目、この目に入れておこうと思ったのは3人目。
 「周――――――“周助”、か」
 小さく笑う。彼が去っていった方向を眺め。
 笑ったまま、リョーガは最後の言葉を紡ぎ上げた。










 「――――――――――――“虎鵜”は渡さねえよ」










 手の中で、ばきりと音を立てカメラが壊れた。





―――2おまけ編再び病院にて