周助の担当する(らしい)人の1人、佐伯虎次郎は、“虎鵜[コウ]”という名でファッションモデルをしている。
Fantagic Factor
−幸せの要因−
2. 『同居人』 〜周助の 仕事場訪問記〜
おまけ ≪人気ファッションモデル虎鵜脅迫事件!!≫ <再び病院にて>
「う・・・ん・・・・・・・・・・・・」
数日前と同じノリで、佐伯は目を開けた。周助の声が聞こえなかったのは、多分今が夜だからだろう。
上を見る。まだ2度目でなんだが、見慣れた天井。
横を見る。今が夜だと思ったワケ。周助はベッドに頭を乗せ眠り込んでいた。撮影時、既に相当眠そうだった。
さらに視線を動かす。イスに座り跡部もまた眠りについていたところからすると、意外と長時間眠っていたのかもしれない。
もっと動かし―――
「やっ、サエくん。お目覚めいかが?」
「・・・お前、『寝る』って事しないのか?」
「ははっ。何言ってんのさ?」
唯一起きていた千石は、半眼の佐伯に尋ねられ手をぱたぱた振っていた。
諦め、ぼふりと頭を枕に戻し、
「そういえば、あの後どうなったんだ?」
「ん? どうにもならなかったよ?」
「“警告者”は?」
「捕まったよ?」
がばっ!
身を起こす佐伯の前で、千石はひらひら〜っと両手を振って見せた。
「―――な〜んてね。逃げ切ったよ? 君の自己犠牲のおかげで」
「・・・気付いてたんだな」
「こないだの爆発でやられた場所とぴったり同じだったもん、傷。『偶然ってスゴいね〜』なんてお医者さんたち言ってたけど、わざとでしょ?」
「丁度いい感じでカサブタになってたからな。取るだけで血が出る。相手ビビらせるにはそれで十分だ」
「ああ。やっぱ避けてたんだ」
「避けたっていうか―――元々当てるつもりはなかったみたいだったな。運試しとでもいうか・・・相当きわどいコース狙ってきてた。弾かなければむしろ無傷だったかもな」
「ほんっと、サエくんって優しいねえ」
「“警告者”にも言われたよ。俺は甘すぎだって」
千石が、じっとこちらを見ていた。
「君は、いつから彼の正体に気付いてたんだろうねえ?」
「お前も気付いてたのか? 千石」
逆に問う。そういえば千石は、わざと顔を狙い追い払っていたか。モデルにとって顔の傷は痛い。彼自身が言った事。だからこそ自分もまた、攻撃の際決して顔は狙わなかった。
「可愛い子と美人さんには特殊レーダーがついててね。君と同じ雑誌に載ってた子だって、すぐわかったよ」
「残念だな。あれだけ頑張って変装してたのに」
「そう言う君も気付いてたんでしょ?」
「ファッションモデルだからこそとでもいうか、俺は人を服装や見た目だけであんまり判断しなくってね。
向こうもわかってたからこそ声低くして口調も変えてた。だから逆によくわかった」
「まさしく墓穴の典型って感じ?」
「そうだな。『芝居』のどこにも不自然さはなかった。さすが『タレント』」
「あれ? 快流くんってやっぱタレントが本職?」
「タレント、っていうか―――役者だな。モデルになったのは修行の一環だ。演技も何もしない、ただ一瞬の映像でどこまで表現できるか」
「な〜るほどね。歌も修行の1つか」
「歌?」
首を傾げる佐伯に種明かしをする。繋がっていないようで全ての事態は繋がっていた。
「爆弾騒ぎの日、俺はタレント事務所で新人の担当頼まれてたって言ったでしょ? その新人が快流くん」
「何で断ったんだ?」
「だっていなかったんだもん。本人いなきゃ何もしようがないでしょ? 勝手に作るにしても、やっぱ直接会ってイメージとか掴みたいし。
だから次に決めましょう、って断り入れたんだよ。ホントに断ってたら、そんなあっさり出られたワケないっしょ?」
「・・・・・・またお前は紛らわしい言い振りを・・・」
快流が来なかったのは、あのプレゼント爆弾を届けてたからか。思い返し、佐伯は小さく笑った。
「実のところな、答えは最初っから出てたんだよ。何か普通に出過ぎてスルーしてただけで。
“脅迫者”の脅迫のタイミングが早すぎた。俺が出てる雑誌は月刊誌だ。何も知らないヤツがやろうと思えば、俺がそれを呑んだか確認するのはそれ見るしかないから月ごとになる筈だ。撮影予定日見て・・・とも思ったけど、爆弾が来た日あそこに行くとは公開してない。自然と犯人あるいはその味方は、結構身近な人物って事になるんだけ、ど・・・・・・」
「『けど』?」
訊いてくる千石に、今度は佐伯が種明かしをした。ぺろっと舌を出し、
「そもそも俺に『仕事を辞めろ』なんて言ってくるヤツは、同じ雑誌でモデルやってるヤツ以外いるわけないんだよな。競争相手他にいないし」
「な〜るほどね。
―――でも快流くんって、爆弾騒ぎじゃ被害者候補じゃなかったっけ?」
確かに、佐伯が動かなければ一緒にいた彼もまた死んでいた―――筈だ。
「2つな。
そもそも俺宛のものを快流に渡すのがおかしいんだよ」
「つまり?」
「お前がさっき言っただろ? 快流は同じビルにある事務所の所属だ。下で会ってもアイツがどっちに行くつもりかわからないんだよ」
「それ知らなかったんじゃん?」
「俺もそうも思った。それでもう1つ。
時計仕掛け―――時限式っていうのはな、止めるのも簡単なんだよ。止まるよう細工するのはな」
「じゃあ快流くんは、元々止めるつもりだった?」
「多分な。でもって赤外線かなんかで信号送って止められたんじゃないかな。だから自分で渡したんだ。そうしたら一番そばにいられる。しかも俺が時計に気付かなくても指摘する事が出来る。
本当はこんな流れだったんだろうな。時計の音に気付いて慌てて包みを開く。取り出したらそれが爆弾! 焦る俺らの前で、残り1秒ぐらいでストップ。ああ確かに『警告』だな〜って感じで。・・・まあこういう警告なら、中に爆弾じゃなくてクラッカーか何か仕込んでびっくりさせる方が洒落聞いてて俺は好きなんだけどな」
「ああそうだねえ。そんなものが会社に届いたって跡部くんめちゃくちゃ怒ってたもんねえ」
「何だよちゃんとメーデーに贈ってやったんだぞ? ≪一息入れろよ≫ってメッセージつけたじゃん」
「うん。解除してた1時間は確かに一息つけたっぽいね。おかげで残業してなかったっけ?」
「ところが俺がその前に動き出したからさあ大変。さっさと部屋出ちまったおかげで解除出来ない。慌てて追いかけて、追いついた時にはもう間に合わなかった、と」
「ありゃりゃ。そりゃご愁傷様」
「全くだな。爆弾騒ぎといいコレといい、俺が何かすると必ず被害を出す。アイツが想定しなかった方向に」
言い、佐伯はくつくつと笑った。
「アイツにとっては俺の存在そのものがそんなモンだろうな。いなければ全ては順風満帆に行われていったのに・・・」
「サエくん・・・?」
佐伯の様子がおかしい。伝わる空気が変わった。
眉を顰める千石。見上げる佐伯は卑屈な笑みを浮かべていた。
「なあ、“快流”の意味って知ってるか? 『すばらしい流れ』って事だ。
アイツの人生っていうのはまさにその名―――本名の通りだったんだよ。何をやっても向かうところ敵無し。所属事務所でも天才子役として騒がれてたんだ。実際モデルの仕事でもそうさ。初めてまだ数ヶ月だったっていうのに、もう人気は十分出てた」
「ただし虎鵜くん以下、と」
言葉がぴたりと止まった。笑みが消える。
俯く。その肩は小さく震えていた。
「ああそうだよ。俺はアイツの前に立ち塞がった初めての壁だったんだよ。初めてだったから、どうしていいかわからなかった」
「越えればいいだけでしょ?」
「そうだよそうなんだよ。けどアイツはそれもわからなかった。だから壊す事、取り除く事を考えたんだ。
最後に聞かれたよ。『俺はどうすればいい? どうしたら俺はお前に勝てる?』って。
なんでもっと早く言ってくれなかった? 何でもっと早く気付けなかった? そうすればここまでアイツを追い詰める事はなかった。もっとマシな解決が出来た。
そうすれば・・・、
・・・・・・・・・・・・アイツを壊さずに済んだ」
声にならない嗚咽を洩らす佐伯を、
千石は黙って抱き締めた。
いつも彼がそうしているように、頭を、背中を、ぽんぽんと叩いてやる。
「大丈夫だよ。快流くんは強いから。この程度じゃ壊れないよ」
「そんなの、お前にわかるワケ―――!!」
「わかるよ。だって、
――――――そうじゃなかったらここには来てないから」
「え・・・・・・?」
千石の体が離れた。開けた視界の端で、周助でも跡部でもない誰かが動く。
「やあ虎鵜さん。具合はどうですか?」
「快、流・・・」
呆然と見上げる。いつの間にか入ってきていた快流は、普段と何も変わらない人当たりのいい笑みを浮かべ、近づいてきた。
「なんでお前ここに・・・・・・」
「やだなあ虎鵜さん。預かり物を返しに来たんですよ」
「預かり物?」
「ハイ」
と手渡されたのはあのトンファー。暫し見下ろし、
「―――俺は『隠しておけ』って言わなかったか?」
尋ねる佐伯に、快流はしれっと答えた。
「言いましたよ? なので隠しておきました」
「はあ?」
「まあまあ。『百聞は一見に如かず』ですよv」
刀を引き抜くようジェスチャーされたので従ってみる。両手で握り、左右に―――
「・・・・・・・・・・・・抜けないんだけど」
呟く佐伯に、
快流はにぱあっ、と実に嬉しそうな笑みを見せた。
「刀を隠すのは鞘の中ですよ! 内側に超強力瞬間接着剤たっぷり垂らしておきました! たとえ警察に没収されようと、これでただのトンファーです!!」
「ほお・・・。
ちなみに、返された後どうするんだ?」
「そこは大丈夫です! ちゃんとはがし剤も持ってますから!! それを垂らせば元通り!」
「ほおおおお・・・・・・。
ちなみにさらに訊くが、どうやって垂らすんだ?」
「え・・・?」
笑みを貼り付けたまま固まる快流。トンファーをよく見えるよう目の前に持っていき、佐伯は本家本物の笑みを浮かべてみせた。
「垂らすっていうのはな、隙間がないと出来ないんだ。
さてコレをよ〜〜〜く見てみようか。どこにそんな隙間があるんだ?」
「えっとそれは〜・・・。
―――諦めて作り直す、というのでどうでしょう?」
「コレ、すっげー手間暇金かかったんだけどな〜。さ〜ってその分誰に請求すればいいのやら」
「ゔ〜・・・。
そ、そうですよ! そもそもそんなトンファーなんてただでさえ危険なものにさらに刀まで仕込んで!! これはきっと『もうこれ以上罪を犯すな』って神も仰られてるんですよ!!」
「そーかそーかカミサマがそーおっしゃられたかー。
――――――さって拳銃小僧。お前も一緒に警察行こうか。さぞかしカミサマならぬお上は怒ってくださるだろうなあ」
「虎鵜さんすっごい怖いです・・・・・・」
「いや〜。虎鵜くんに逆らうのはムダだからもー諦めて謝った方がいいよ、快流くん」
「うう・・・。そうですね・・・。
虎鵜さん申し訳ありませんでした」
「う〜ん素直だなあ。そう謝られると俺としてもこれ以上は怒れないし」
「じゃあ―――!!」
「だから次の問題に行こうか。お前のおかげで俺は入院2度目なんだけど」
「ううううう・・・・・・。虎鵜さん冷たいですよ〜・・・・・・」
「世間の風はそういうものだからな。だが心配するな。俺が徹底教育を施してやるからなv」
「ちなみに虎鵜くんの『教育』は凄いよ〜? 慣れてくると世間の風なんて熱風に感じちゃうくらいだから」
「・・・・・・・・・・・・辞退させていただきます」
「残念」
割と本気で言っている佐伯は見なかった事にして、千石は快流に向き直った。
「で、快流くん。君なんでまたここに?」
「え? だから―――」
「まさか本気でトンファー返しに来ただけじゃないでしょ?
俺は騙せないよ? その程度じゃ」
はっきり言い切られ、
快流は貼り付けていた笑みを消した。顔を背けびっと舌を出したりする彼は、今までとは違う意味で子ども―――15歳の少年らしかった。
「やっぱ世間一般ってのは厳しいモンだな」
がらりと変わる口調と声。それはまさしく“警告者”のそれだった。
「―――アレ?」
きょとんとする。まったく驚いていない佐伯に。
「アンタ、何で驚かないんスか?」
「何を驚くんだ?」
「だってほら、俺いつもと全然違うじゃないっスか」
「だから?」
「え〜っと・・・・・・」
結局黙り込む事になった快流。佐伯は楽しそうに顔を押さえて笑い出した。
「お前、俺が目ぇ覚ます前からいたんだよな? なら全部聞いてただろ?
俺がなんでお前をあれだけ褒めたと思う? モデルの立場としてならともかく、芝居に関して俺はもちろん素人だ。そんな俺がお前をどうして評価出来る?」
「そんなの、事務所の人に聞いて―――」
「悪いな。俺は実存主義だ。噂に踊らされるのは嫌いなんだ。
いつも見てたからだよ。お前気付いてないだろ? 普段高音出すとき喉引きつってる。“警告者”の時は何でもなかった」
「え・・・? そんなトコ―――」
「俺は目の良さが自慢でね」
「『脚』じゃなかったんスか・・・?」
「それは『自信あり』。これは『自慢』」
「・・・だから?」
「そんなだからよく見えた。さっき言ったとおり、俺は服装なんかはあんま見ないが、代わりに動作とかはよく見る。態度の節々で『地』が出てた。
どうせモデルとしてならともかく芝居でなら俺に勝てるだろうと思ってたんだろう―――が、
―――俺を欺くのもまだ早い」
指を突き付け佐伯が言い切る。む〜っと唸り、
「ちえっ。虎鵜さん、アンタほんっといい性格してるよ」
「サンキュー」
「褒めてない!」
「けど『大好き』なんだろ?」
「な・・・!? え、あ・・・!!」
「ウッソー!? 快流くんってば虎鵜くんに告っちゃったの!?」
「ち、違―――!!」
「そーなんだよ。俺ってば抱きしめられてさあ。
いや〜どーするかなあ。子どもは俺も好きだからなあ。こーいう生意気な感じなのは尚更?」
「だから俺はそんなんじゃ―――//!!」
「どーする? マスコミ発表いつにする? 人気タレントとモデル。どっちも見た目よくってしかも男同士となれば話題性は完璧! 後はどっちが『妻』になるかってトコ? 虎鵜くん行ってみる? 姉さん女房」
「そうだなあ。やっぱそっちか? こーいう情けないのは尻叩いて後押ししてやらないとな」
「うわあああああああああああん!!!!!!!!!!!」
だだだだだだだだだ・・・・・・・・・・・・
「あ、逃げた」
「やっぱ世間の風はまだ寒いんだねえ」
「そうだなあ。けど―――
―――た〜のし〜な〜♪ こーいう後輩苛めは♪」
「うわ・・・。サイテイ発言が・・・」
「ん? 何だ千石? お前が苛められたいか?」
「そ〜んな俺がまさかv
―――あ、戻ってきたよ」
ばん!!
「だから!! 俺が言いたかったのはそうじゃなくって!!
えっとまずは千石さんに。歌手デビューの方、こっちから頼んで何なんですけど、白紙に戻させてください。お手数かけてすみませんでした」
「別にいいけど何で?」
「つまりですね・・・」
帰ってきた快流は、大根役者顔負けのオーバーアクション(それでも本人は真剣らしい)でびしりと佐伯を指差し、
「俺はアンタに絶対勝つ!! 絶対アンタを越えてみせるからな!!」
一方的に宣言するだけし、反論される前に再び去っていった。
今度こそ完全に消えた足音を確認し、
「つくづくアイツも不幸だよな。この雑誌のモデルっていうのも、本来ならただの踏み台だったんだぜ? もっと大きいトコいくらでも取れるのに、まずは力試しって踏み込んだおかげで一生棒に振ったワケだ」
「一生って・・・・・・勝たせるつもり0?」
「当たり前だろ? ああいうのは骨の髄まで遊びつくすのが楽しいんだ」
あ〜楽しみ〜♪ 次はな〜にしようかな〜♪ と喜ぶ佐伯に、
「・・・・・・確かに君が彼壊したみたいだね。性格と未来」
そう、千石はぼそりと呟いた。
「そういえば、警察の人には何て言う気?」
今回の作戦において、即座に包囲などされても邪魔なだけなので、頑張る警察官らには悪いが本番前に全員ノさせてもらった。もちろん誰にやられたかはわからないようにしたが(ついでに軽症になるよう調節したが)・・・
「犯人にやられたんだろ」
「ま、いいけどね」
確かに『犯人』にやられた。なおやった『犯人』は自分たちだ。
「どうせもう片は付いたとか適当言ってお引取り願うからな。俺が訴えなければ警察ももう動きようはないだろ。“警告者”の正体も気付いたヤツいないだろうし」
「そうだねえ。俺と君と、後はリョーガくん位?」
「アイツが?」
「気付いてただろうね。だから1枚しか撮らなかった。あんま分析されるとバレるだろうからね」
「・・・まあ、まがりなりにもカメラマンだしな。見る目あったって不思議じゃないか。同じトコいるんだし、何度も顔合わせてるからな」
「まあ、ね・・・・・・」
そこで、千石は口をつぐんだ。リョーガに対して気になったのはそこだけではない―――むしろそこは些細な事に過ぎないのだ。
背景となった木の上からずっと見ていた自分。周りと違い、リョーガを真正面から見ていた。
不思議でたまらない事がある。“警告者”の接近時、彼は矛盾した行動を取っていた。
人の接近を何で知るか。姿を見て。足音を聞いて。匂いを嗅ぎ取り。いろいろあるだろうが、自分たちに関しては『気配を感じて』というのが一番近い。今回については『殺気』か。
ところでこの『気配』。周助と知り合い気付いた事だが、『気持ち』の方がより先走る傾向にあるらしい。だからこそ探査を周助に任せたし、実際周助は自分たちの中で最も早く、“警告者”の接近に気付いた。が、
(リョーガくんはそれより早かった・・・・・・)
周助の声に指一本震えなかった。あの静寂でいきなり大きな音を鳴らされれば、普通はびくりと震えるものだ。よっぽど集中していたか―――あるいは予め知っていたかしない限り。
そんなリョーガが反応したのは僅かに前。ボタンを押しかけた手を微かに浮かせた。恐らくその時点で察したのだろう。この写真は失敗だ、と。
(この時点で“警告者”に気付いてたとする。ならなんで避けなかった?)
リョーガのケンカの腕は佐伯と互角だ。なにせ日々あれだけいたぶられていながらあっさり復活するのだから。
いきなりな事に対処出来なかった。写真を撮るのに夢中だった。あるいは―――
(自分は絶対危害を加えられない自信があった)
首を振る。殺気を纏った相手がこちらに突進してくるのを前に、そう言い切れる自信はどこにある? たとえ直接は向けられていなくても、少しは下がるものだろう? というか一直線上に並んでいたのだから、普通は手前にいる自分が攻撃されるものだと思うだろう? 相手は武器まで持っていたのだから。
なのに視線1つ送らなかった。100%の確信を彼に持たせたその理由は何だ? 快流に予め話を聞いていた?
(いや・・・)
リョーガはともかく、快流にそんな素振りは見られなかった。ああしっかり反省したのなら、協力者がいればその存在も明かすだろう。
それに―――
(リョーガくんがサエくん切って快流くんの応援? ありえなーい)
タイミングの良すぎるシャッター。快流も計って攻撃したとはいえ、リョーガは後ろから迫る彼に、なぜあそこまで正確に合わせる事が出来た?
何にしても不思議な事だらけだ。リョーガは一体何者か。何が狙いなのか。
不思議、ではあるが。
(サエくんには、言わない方がいいかな?)
一番彼と接する人物。探りを入れるには最適だろうが、
(アンフェアな勝負は嫌いだしね)
今の状況は、明らかに佐伯の方が持ち駒が少ない。今ここで、自分が知っている事知らない事全てをぶちまければ、多分2人の『情報』は同じになるだろう。が、
だからといって公平な勝負が出来るのでもない。あれば必ずしも有利と言い切れないのが情報の恐ろしさだ。
佐伯は持っていないからこそ現在リョーガより有利な立場に立っている。
一方リョーガもこの盤を引っくり返せるものを持っていながら使っていない。
両方を見れば、とっても公平な試合を進めていた。
(さって今後どうなるか、それは今後のお楽しみ、ってね)
―――2おまけ編真の脅迫!?へ