「サエ!」
「ん? 何? 周ちゃん」
Fantagic Factor
−幸せの要因−
2. 『同居人』 〜周助の 仕事場訪問記〜
佐伯の場合 −ファッションモデル− <前>
≪周ちゃん。撮影、これからウチの近くでやるんだ。見に来ない?≫
佐伯からそんなメールが届いたのは、周助が丁度みんなの分の洗濯物を取り込み終わった時だった。
ζ ζ ζ ζ ζ
「えっと、ここかぁ・・・・・・」
指定された場所は、夕暮れ迫る公園だった。普段は子どもとお母さんの溜まり場になっている―――いや、秋の夕暮れともなればもう人はいないか―――場所には、なぜか様々な人でごった返していた。
「あ、あの・・・。どうしたんですか? ここ」
近くにいた少女に尋ねる。人が集まるといえば殺人事件の現場だが(周助の愛読書はミステリー小説。イメージぶち壊しだから止めろと跡部に止められはしたが、やはりこの、探偵が犯人を追い詰めていく過程はスリルがあってたまらない)、集まった人の雰囲気を『詠む』とそうとも思えない。何か・・・とても興奮している。そう―――
(―――これから集団デモ!?)
・・・やはり周助は根本的に何かが抜けているらしい。いたって真剣にそんな結論を導き出した彼に、少女はうきうきわくわくしながらこう言った。
「今日ね、ここで撮影会なの。“虎鵜”の」
「『コウ』?」
「知らないの? 今すっごい人気のファッションモデルよ? 背も高いしスタイルもいいし、顔もすっごい綺麗なの!!」
「・・・『ファッション』モデル?」
「だ! だからいろんな服が似合うの! この間私も彼氏に虎鵜と同じ服着せてみたけど、やっぱダメね〜。すっごい幻滅。服は人選ぶのね」
「・・・・・・それって尚更意味ないんじゃ・・・」
「そーんな事ないわよ!! だから最近開き直って私が着てみたりしてんだから!! コスプレっぽくってどっきどき〜★」
「そ、そうなんだ・・・・・・」
溢れるパワーに押され、引く周助。確かによく見てみたら、男性のような恰好をしている女性は多かった。みんな同じ結論にたどり着いたらしい。
(でも、その“虎鵜”ってまさか〜・・・・・・)
事前に姉に渡された資料でも彼は女性に大人気だとあったし、普段結構気の抜けた服装をしている彼もあの見た目でしっかりコーディネートすればそりゃあさぞかしカッコよくなるだろうけど・・・・・・。
首を捻りながら、一応確認のため人垣の後ろの方に張り付く。さすがに前に出る勇気はなかった。
(というか、怖い・・・・・・)
先程の少女を始めとして、そこは異様な熱気に包まれていた。人の心に敏感な周助にとって、人ごみは元々あまり得意ではない。
それがただ通行人の集団のようなものならいいのだ。ぐるぐるごちゃごちゃ混乱してはいるが、その分お互い打ち消し合い、割と緩和されるのだから。
最も苦手なのは同じ思想の集団だ。一方向に固められた思いに呑み込まれ、自分がだんだん保てなくなる。
今もそうだ。特に“虎鵜”を親近感を持って考えるからか、胸がどきどきと高まり自分もまた興奮状態になっている。
(ちょっと、これはキツいかもね・・・)
一息軽く吐き、周助は全てを遮断するよう瞳を閉じた。イメージとして自分の周りに壁が出来、思いの洪水が全て遮断される。
(これで良し、と・・・)
この位のコントロールは天仕として当たり前だ。出来なければ人の世界で―――いや人・天仕問わず他者と生活など出来るワケがない。
周助は落ち着いてきたところで目を開き―――
「――――――っ!?」
―――造り上げていた『壁』が、一瞬で壊された。
「何・・・!?」
こんな事は今までなかった。『壁』すら一撃で壊すほどの強い思い。またその洪水に呑まれるのかと手に力を込める。が、
ふわ・・・・・・
襲ってきたのは、自分を優しく包み込む温かさだった。
それが来た方を見やる。周りの見物客らも、いつの間にか興奮を収め静まり返っていた―――いや、彼ら彼女らもまた、この温かさに身を委ねていた。
(何、だ・・・?)
懐かしいようで、初めてのようなそれ。知っているような、けど知らないような。
答えは、すぐに出てきた。公園の外にワゴン車が止まる。スタッフだろう何人かが降り、そして・・・
「やっぱサエ・・・・・・」
下りてきたのは、同居人にしてメールを送ってきた人物、佐伯だった。だが、
(何だろう・・・。サエなんだけど、サエじゃないみたいな・・・・・・)
そこにいたのは佐伯当人だった。それは間違いない。だが、
―――何かが違った。普段の彼とは。
きゃーvv と騒ぎ出す一同。今度はそんな興奮も気にならなかった。対象者が来たためだろう。全てそちらに向かい―――彼もまた、それを全て受け止めている。自分に届くのは、先程からと変わらない温かさだけ。
この温かさには憶えがある。佐伯が普段自分に向けているものだ。わかっているのに・・・
――――――それがそうだという確信が持てない。何かが違うと、心が警笛を発している。
(そんなワケ、ないよね・・・?)
打ち消したくて、
「サエ!!」
周助は、そう呼びかけていた。
そして佐伯は―――
「・・・・・・・・・・・・サ、エ・・・?」
――――――周助を完全に、無視した。
ζ ζ ζ ζ ζ
あの後、早々切り上げ帰ってきた周助。何をするでもなく、暗くなり始めた部屋で膝を抱え込んでいた。
「サエ、無視した・・・・・・」
口を尖らせ、呟く。聞こえなかったのではない。間違いなく聞こえていた。その証拠に、呼びかけた時彼の心は僅かに揺れた。自分の声に対して反応を示した。他の人が呼びかけた時は何も示さなかったのに。
なのに―――
「僕の事、見てくれなかった・・・。呼んでくれなかった・・・・・・」
『サエ!』
『ん? 何? 周ちゃん』
佐伯は呼べばいつでも応えてくれた。忙しい時でもそうでない時でも。用事があって呼んだ時もただ呼んでみただけの時も。そう・・・
「揚げ物やってたって(危険です)魚下ろしてたって(もっと危険です)車運転してたって(非常に危険です)、僕が呼びかけたら絶対振り向いてくれたのに(全て危険行為ですので絶対真似はしないで下さい)・・・・・・」
うじうじ悩む。不安は取り除かれないどころかますます深くなり、実はアレは彼の双子の兄弟かクローンかドッペルゲンガーかというところで落ち着きそうになったところで。
「た〜っだいま〜♪」
「周! いんのか?」
「あ・・・・・・」
振り向くと、帰ってきたらしい千石と跡部が不思議そうに自分を見下ろしていた。
「えっと・・・・・・」
必死に言い訳を探す。最初に作ってくれたのは千石だった。
「どーしたの周くん? 小学校の体育ごっこ?」
「え・・・?」
どがっ!!
「わかんねーよそのノリは。
んで? どーしたよ周お前? 何か元気なくねえか?」
(千石を蹴り飛ばした後)跡部が周助の前に屈みこんだ。前髪を掻き上げおでこにぴたりと手を当て、覗き込んでくる。
キスをしそうな程近い距離で、
跡部は目を細め、ふんわりと笑った。
「どうした? 何かあんだったら話してみろ」
「う〜〜〜〜〜・・・・・・」
周助は暫く呻いた後、
「景〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
跡部に抱きつき、泣き出した。
ζ ζ ζ ζ ζ
ひととおり話を聞き、
「なるほどなあ・・・」
「なるほどねえ・・・」
「って景もキヨも! ちゃんと僕の話聞いてた!?」
「聞いてたぞ?」
「聞いてたからちゃんと頷いたでしょ?」
「だったら! もっと何か言ってよ!!」
ただ頷くだけの2人に、周助は癇癪を起こしていた。もっと一緒に怒ってくれると思っていたのに!!
一方、話を聞いた2人は・・・
「アイツ、ちゃんと説明しなかったのか?」
「まあ仕方ないっしょ。サエくん自身はあんま意識してないだろうし」
「ったく・・・」
「何の事?」
首を傾げる周助を見て。
跡部はただ頭を掻きため息をつき、そして千石はこんな質問をしてみた。
「周くん、サエくんに呼びかけたってさ・・・・・・どんな風に呼びかけた?」
「え?
・・・普通に『サエ!!』って・・・・・・」
「ああやっぱ」
「?」
ますますきょとんとする周助。どう説明しようか悩み、
「じゃあ周くん。もう一回、『サエくん』に会いに行こっか」
「もう一回?」
「今日これから、っていうかもうかな? サエくん、近くのスタジオ借りて撮影続けてるはずだから。今度は人あんまいないから自由に話せるよ?」
「あん? 千石お前何でンな事知ってんだよ?」
今度は跡部が首を傾げる。実のところ、スタジオのように一般人立ち入り禁止の場所でない限り、佐伯は撮影場所(もちろん日時も)を公開している。ファンと触れ合うためでもあり、また映像と違い写真なら音は入らないため少々騒がれても平気だからである。ただし、撮影中は誰もが見惚れるか呑まれるかして、騒がれる事はあまりいないが。
そんなワケで先程の大勢のファンがいたのだが――――――逆に言えば、スタジオなら撮影日時は公開はしていない。同居人とはいえマネージャーではないのだから、お互い細かい仕事内容までは知らないはずだ。
「実は今俺が担当してる子の1人、今度サエくんと一緒にモデルの仕事やる事になったんだって。今日も一緒に撮影。『憧れの虎鵜さんに逢えるvv』ってすっげー喜んでた」
「は〜。わざわざアイツに逢いてえモンか? 出来るんなら俺なら遭いたくねえけどな」
「まあ、ぱっと逢ってぱっと見るだけなら俺もやりたいけどね」
「俺はそれもい―――」
「―――ねえ」
2人の会話を遮り、周助が声を上げた。
「『コウ』って、サエの呼び名だよねえ?」
「呼び名、っつーか・・・」
「モデルやる時の芸名だね。『虎次郎』の略で『コウ』。漢字は『虎』と『鵜』。せっかく虎が強そうなんだからこっちも強そうなヤツでって」
「なんでわざわざそんな違う名前付けるの?」
「何でか、っていうと〜―――」
言いかけた千石の口を、
跡部が片手で塞いで止めた。
見上げる周助に、にやりと笑う。
「それ確かめに行こうぜ」
―――2佐伯編後へ