もしも心が見せられたなら どんなにどんなにいいんだろう?
でも残念 心だけじゃ伝わらないんだ
だから俺は動くよ
Fantagic Factor
−幸せの要因−
2. 『同居人』 〜周助の 仕事場訪問記〜
千石の場合 −作詞兼作曲家− <前>
それは、珍しく眠れない夜の事だった。
「―――って、たまたま目が覚めただけなんだけどね」
などと自分に言い訳しつつ、キッチンへと向かう周助。たまたま夜中に目が覚めた時の常套手段、水を1杯飲むために。
戻りかけ―――
「―――ん?」
ふいに気付く。
「ピアノ・・・・・・?」
廊下の先から微かに聞こえる音。そういえばこの部屋は一室一室防音設備が整っているとか。何にしろ視覚だけでなく五感全てが人間と異なる天仕、全ての音がというわけではないが、それでも高音はかなり聴こえる。
「そういえば、あの部屋ってグランドピアノあったっけ・・・・・・」
リビングの他にもうひとつ、誰のものでもない部屋。各種楽器やそれに類似したもの―――つまりは音を造り出せる物全般が置かれたそこで、この部屋の住人たちは持て余したのかそれともわざわざ作り出したのかとにかく暇な時間を謳歌しているという。
―――1名除いて。
「ああやっぱり」
扉の外に立ち、周助は呟き、頷いた。中から流れるピアノの音。中から詠めない人の心。
『それ』が仕事の彼。千石はきっと今曲作りの真っ最中なのだろう。間違えたワケでもないのにぶちぶち切れる音。暫しして再び始まり、また切れる。
「邪魔しちゃ悪いね」
さらに呟き、戻ろうとしたところで―――
『―――周くん? いるんだったら入っておいでよ』
中から声がかかった。
ζ ζ ζ ζ ζ
「う〜ん困った〜・・・・・・」
座席の目の前、本来なら譜面を置く場所に千石は上半身を置いてみた。ピアノは打楽器の1つとも分類されるように、鍵盤をゆっくり下ろせば音は鳴らない。自分の体横幅分の鍵盤を無音で鳴らし、持っていたシャーペンを手の中でくるくる回す。それで何か浮かぶわけでもない。そんなので何か浮かぶようなら、世の中シャーペン回しの名人でいっぱいだ。
「まっずいな〜。明日までに出さなきゃいけないってのに・・・・・・」
詰まっているのは曲ではなく歌詞だった。それでも9割方は出来ている。残るはラストのサビへ繋ぐ1部分。
グランドピアノに手を残したまま身を起こす。間奏を弾き、問題の空白部分を鼻歌で歌い、そしてラストのサビへ―――
「―――やっぱ止めた」
吸った息を、歌ではなくただの言葉のために費やす。
「サエくんか跡部くんかでも起こしてみようかな〜・・・って怒るか・・・・・・。
それにイマイチ2人のイメージじゃないし〜・・・・・・」
歌詞が浮かぶどころか、2人に歌わせると今まで作ってきたもの全てを破り捨てたくなるかもしれない。いやその前に2人が破くか。
歌詞の入った楽譜と、歌詞候補が乱雑に書かれた紙を交互に眺め。
「あ〜いっそここ鼻歌に・・・・・・っていうのは却下だよなぁ・・・・・・。
あ、ならいっそここは潰してギターソロ!? ってだからそれじゃダメだってば・・・・・・」
だんだん本末転倒になっていく思考。ここがあるからラストのサビの繰り返しが意味を持つというのに潰してどうする。
「え〜・・・。でもわっかんな〜い・・・・・・!」
中途半端に自分をイメージしてなど考えたのが悪かった。他の部分はさこさこ出来たが、肝心の部分だけが出来ない。
「こんなとき、俺ってどうするんだろ・・・・・・?」
自分が何をするかはよくわかる。だが自分がなぜそうするかは?
自分の気持ちがわからない。自分は何に突き動かされてそんな事をする?
もう一度、口に出して歌おうとして―――
「―――周くん? いるんだったら入っておいでよ」
結局、千石は一切何も歌わなかった。
ζ ζ ζ ζ ζ
がちゃりと開く扉。外から現れる小さな体。中心に居座りつつどこか他人行儀なオレンジ頭。
先に声をかけたのは千石だった。
「起こしちゃった? メンゴメンゴ。でもよく聞こえたね?」
「ああ、天仕は聴覚も少し違うからね。でも起きたのは偶然だよ?」
言って、やはり周助はその意見を取り下げた。
「じゃないのかな? もしかしたらこの音が聴こえたから起きたのかもね」
「う〜ん。それはつまり『五月蝿い』って、そう言いたいのかな?」
「えっと、そうじゃなくって何だろう・・・・・・」
こめかみに指を当て苦笑する千石に、周助はパジャマの胸元を握り締め俯いた。
「何だろう・・・? ただ・・・起きたんだ。起きて、眠れなくて・・・・・・。うん。それで・・・乾いて・・・・・・。咽が・・・・・・心が・・・・・・」
俯く周助を優しい―――優しさだけを湛えた揺らがない瞳で見やり、千石はイスから立ち上がり彼の手を取った。
「じゃあさ、眠れないんだったら暫くここいなよ。音楽って安らぐっていうし。
―――まあ今の俺じゃひたすらに切羽詰った感じしか出せないけど。ってもしかしてその切羽詰りが伝わった?」
「あはは。多分違うと思うよ」
笑う千石に合わせるように周助も笑い、勧められるがままにグランドピアノの脇まで寄った。
「ああ、そういえば今更訊くけど、よく僕が来たってわかったね?」
この部屋は防音設備が付いている。外から聞こえないものは中からも聞こえない。
疑問に思う周助だったが、
「ああそれ?」
千石はいたずらっけを含めた舌出しであっさりと答えた。
「実はあんま意味なくってさ。なんかここの住人ってむやみに五感いいみたいで―――ってああ、天仕の君たちと比べるとそりゃ悪いだろうけどそれでも人間の平均内じゃあないみたいでさ。まあ俺はこういう仕事だからっていうのもあるんだろうけど。
足音聞こえてね。スリッパの。家スリッパ履くの周くんしかいないからね。他みんな裸足だし」
「あれ? それじゃ僕も裸足にした方がいいかな?」
指摘され、周助が足元を見やった。今履いているスリッパは、確かに自分がここへ来てから買ったものだというし、それを渡してきた3人は今でもずっと裸足である。
一文も稼いでいないのに自分だけもらっちゃ悪いよなあ、と思う周助ではあったが・・・。
―――『はい周ちゃん、足とお腹と腰は冷やさないでね』
コアな(ついでに根本から間違えた)注意をしながらクマさんをモチーフにしたもこもこファンシーなスリッパを渡した佐伯に、イスごとひっくりこけた自分と跡部。しかしこの似合いっぷりを見せられれば反論もツッコミも一切消え去り、今では全員スリッパ賛成派と化していたりする。
なので―――
「いやいや全然大丈夫だって。俺らがスリッパ履いてないのって、跡部くんやサエくんはどうかはわかんないけどとりあえず俺に関してはただフローリングのひやっとしたのが気持ちいいからだけだし。
それにスリッパ1つで潰れる家計でもないっしょ。いくらなんでもさすがに」
「あはは。確かに」
一通り笑い、
「――――――どうしたの?」
「へ? 何が?」
「『切羽詰ってる』って」
「ああそれか」
笑ったまま頷く千石。その笑顔が・・・
・・・・・・今にも泣きそうに見えるのは決して締め切りが迫っているからなだけではないだろう。
何となく、伝わる。心は詠めないが―――詠めないからこそ。きっと『心』としては表れてはいない。それほどに淡く、曖昧なもの。
「歌詞がね、浮かばないんだ」
「・・・つまり?」
「前作曲担当した人―――ああその人は作詞は自分でやるんだけどね―――その人に訊かれたんだ。
―――『自分の事で歌は歌わないのか?』って」
「え・・・?」
わかるようで、わからない言葉。自分で歌うなら確かに自分の事、想いだの以前あった事だので歌うかもしれない。だがそもそも、千石は自分では決して歌わない。
傾げた首が・・・止まった。
「そういえば、キヨって自分で歌わないよね?」
歌手として活躍していないという意味でもあり、仕事以外で作った曲をいつも跡部か佐伯に歌わせているという意味でもあり。
歌が下手だったり歌うのが嫌いだったりするワケではないだろう。カラオケではむしろ進んで歌う。
千石の笑みが、微妙に変わる。苦笑へと。
「う〜ん・・・。ちょ〜っとそことも関係してるんだけどね・・・。
その人が言うには、俺の歌というか俺の歌詞にはオリジナリティがないそうだ」
「オリジナリティ? でも別に誰かの真似してるワケじゃないでしょ?」
「ハハッ。それやったらとっくに訴えられてるから。
その人は歌詞作るから多分そっち限定で言ったんだと思うけど、俺の作るモンは全体的にそうなんだよね」
「オリジナリティが、ない・・・・・・?」
「誰かに似てる、じゃないんだ。
誰でも作る。どこにでも溢れてる。そういうもの。
実は俺が人気なのはそれこそ『どこにでもある』から誰にでも受けるんだよ」
「そんな事・・・」
「あ、慰めてくれんの? ありがとv」
嬉しそうに笑う千石に、無償な哀しさが込み上げる。そんな事はない。長年、何人もの人間と接していてわかった事。誰もが自分は特別でも何でもない、周りの人間と同じ存在だと思っている。いくら表面的には違うと否定しても心のどこかでは思っている。それに例外はない。たとえ跡部であろうと、佐伯であろうと・・・・・・そして千石であろうと。
(けど違うんだ。決して同じじゃない)
どこかではみんな違う。まるで遺伝配列のように。同じように見えても、微細部では必ず違う。だからこそ『自分』は『自分』であるのだから。
そう言いたい。抱き締め、包み込み、「君は君だよ」と言いたい。
だが・・・・・・出来ない。
心が詠めない。違うと思うのはただの経験知。千石自体が他と違うのかがわからない。それに・・・・・・
(キヨがそう言って欲しいのかも・・・・・・)
他者と違う事を望む者。他者と同じ事を望む者。千石は果たしてどちらに当てはまる?
何か言いたげに俯き唇を噛み締める周助。そんな顔をさせたかったワケじゃないのに。
明るく笑って、
話題を変える。
「だからね、ちょっと俺っぽいのを作ってみようと思ってね」
「え・・・?」
周助が顔を上げてきた。驚く中でも―――嬉しそうだ。だから本当の事は決して言わない。
――――――個性[オリジナリティ]がないのは・・・・・・個[オリジナル]がないからだ、とは。
「でも作ってみたら難しいねえ。ホラ、自分の事じゃん。な〜んか作ってて照れちゃうし。しかも人が歌うんだよ? いや自分で歌ってもめちゃめちゃ恥ずかしーけどさあ。
作って感心しちゃったよ。よくみんなこんな事出来んな〜って」
「じゃあ、歌詞が浮かばない・・・って・・・・・・」
「いっちばん恥ずかしいトコがさあ。もー作っても作っても恥ずかしくって」
「でも自分の事でしょ? なんでそんなに照れるの?」
「周くんいったい質問するなあ。自分の事だから照れるんだよ」
「そういうものなの?」
「じゃあ周くん、後で試しに訊いてごらんよ。跡部くんに『僕の事好き?』って。
どう答えるかはともかくどう思うかは周くんならわかるっしょ? まあ・・・心なんて詠む必要ない位わかりやすいって思うけどね。あれで跡部くん、自分の気持ち隠すのはヘタだから」
「景が? どういう事?」
きょとんと尋ねられ、千石は見た目だけではなく内面から苦笑した。
(他人には敏感でも自分には鈍感、か。こりゃ跡部くんの『幸せ』は程遠そうだね)
他―――自分と佐伯に関してならともかく、もしも周助の『担当者』が跡部だとしたら、仕事をこなすのは最も簡単かつ最も難しくなるだろう。『今のまま』で叶っているのだから。何もする必要がない一方・・・・・・決してここから離れられなくなる。離れれば仕事失敗だ。
「さ〜。どーいう事だろーねえ?」
適当に誤魔化す。ここで言ったのがバレたら、ついに九分殺しを通り越し本当に殺されそうだ。
ぱたぱたと手を振り、千石は話題を終わらせる事にした。
「ま、つまりはそんな感じで詰まってんだよ。明日には出さなきゃいけないから頑張らないとv」
笑顔の彼をじっと見て、
「歌ってよ」
周助は、そんなリクエストを出した。
「え・・・?」
「歌ってよ、その歌。僕聴きたいな」
「でもホラ、歌詞出来てないし」
「『一番恥ずかしいところ』でしょ? 他は出来たんでしょ?」
「ゔ・・・」
にっこりと笑う周助。どうやら断るのは無理なようだ。
「んじゃあまあ―――」
コホンと咳をひとつ払い、
「・・・・・・笑わないでよ?」
「笑わないって」
ピアノの上に千石の手が乗る。大きく、節の太い無骨な手。
その手が、軽快に動き出した。
いつもはクールに決められるのに
ホラ話題もこんなにたくさん
なのに君の前じゃ何? この有様
無様にコケて 不恰好に空回り
ああどうしちゃったの俺ってば
お願い神様 教えてPlease!
今俺の中に沸き起こる この気持ちの正体は?
君の前では俺が俺でなくなる
アガってドモってコケてオチて
“人”飲み込んでも効果はないんだ
俺に起こるの一体何!?
よっぽど見かねたか神様が
舞い降り俺へと囁いた
「だからそれが恋。わかったらさっさとレッツゴー!」
押される背中 痛いの俺だけ?
よ〜しわかったら行くっきゃないっしょ!
当たっちゃうよ? 砕けるまで
俺の胸のドキドキ 全部全部受け取って!
君の前では俺が俺でなくなる
アガってドモってコケてオチて
それでもいいかななんて思っちゃう
なんとこれが恋なんだって!!
「―――はい。こんな感じ」
歌い終わった(出来ているところまで)千石。その先が出来ていないとわかりやすいようわざとぶちっと切り、両手を上げてみせた。
ぱちぱちぱちぱちぱち・・・・・・
「すごーいキヨ! それ全部キヨが作ったんだよねえ?」
「まあ、作詞作曲両方担当だからね」
本当に凄いと思っているのだろう。目を見開き一生懸命拍手する周助に苦笑した。―――こんな風に誉められるのはどれくらい振りだろう。
もちろん作ってあげた相手は喜ぶ。ありがとうと礼を言ってくる(言わないのもいるが)。だがそれは、作った礼ではあってもそれに対する賞賛ではない。当たり前だ。自分はそれが仕事なのだから。鉛筆に「書けるんだ! 凄い!」とか、計算機に「計算出来るんだ! びっくり!」とか誉めるヤツがいないのと同じだ。一歩間違えずとも立派な嫌味だ。
なおも暫く拍手をしていた周助。さすがにそろそろ手が痛くなってきたらしく、音も収まっていき・・・・・・
「そこからが出来ないの?」
「まあね。これで、君に伝わるまで頑張るよ〜っていうラストに繋げようと思うんだけどね」
「繋げればいいんじゃないの?」
至極当然の事を返され、
千石はなぜか首を傾げた。
尋ねてみる。
「ねえ、なんで頑張るの?」
「え?」
「好きな人って頑張って作るモンなの? それとも好き同士になるのに頑張るモンなの?
頑張って好きになって好きにさせてどうするの? それって大会で優勝するような感じ?
でも恋愛ってそれだけじゃないでしょ? 結ばれたら今度はそれ維持しなきゃ。それもずっと頑張るの? それって疲れない? それとも疲れた息抜きが浮気? ギブアップした結果が別れ?
教えてよ。恋愛って何でこんなに大変なの? なのになんでみんな頑張れるの?」
まっすぐな瞳で見つめられる。見つめていると、飲み込まれてしまいそうだ。それほどに深い。
「君は、恋愛は?」
「ないよ?」
即座に返って来た。
「愛された事は?」
「あるかもね。でもすぐに終わった」
「愛した事は?」
「・・・ないかな?」
返答前の空白。1つ彼について知った。『心』がない事は、彼自身がよく理解している。
(すぐに終わる、か・・・)
きっと飲み込まれてしまったのだろう。彼のこの深さに、相手の気持ちは。
最後の答えで、千石の視線は逸れていた。合わせ、周助もまた逸らし、
「―――ねえ」
「ん?」
「楽譜ってあるの? 見てみたい」
今の会話をリセットしたかのように明るく言う周助に、千石も元の明るい笑みで答えた。
「はい、コレ」
どけていた楽譜を渡す。そういえば空で弾けるほど暗譜もついでに暗記もしてしまったらしい。
音符の羅列を見て、周助が首を傾げた。
「周くん、楽譜読める?」
「読めるよ失礼だなあ。担当した人の中には音楽家だってちゃんといたんだからね?」
「『音楽家』・・・・・・?」
いや別にいいのだが。
何故だろう? そう称されるとやったら古い人ばかりが連想されるのは。
「ちなみに周くん、君人間につくすようになって何年目?」
「えっと・・・・・・
・・・・・・・・・・・・100年くらい?」
「よかった意外とまだ近かった・・・・・・」
安堵のため息をつく。500年くらいとか言われたらどうしようかと思った。
(いや見た目俺らと同じくらいだしね、19の俺らからしてみたら100歳だろーが500歳だろーがあんま変わんない気もするけどそこはホラ、ねえ?)
誰にともなく同意を求め、千石はぱちくりと瞬きした。
「んじゃ何で首傾げてたの?」
「いや・・・・・・歌詞載ってなかったから」
「ああ・・・・・・」
そういえば歌詞は別の紙に書いていた。全部出来てから写そうと思ってたのだ。
その紙を渡し、
「・・・・・・・・・・・・?」
「とりあえず、書いてあるのは大体日本語ね?」
「でもあんまり古い時代の使われると僕もさすがに・・・・・・」
「いや普通に現代語だから」
何度も書いては線引き横へ吹きだしぐりぐり消してそこへ矢印・・・などとやっていたおかげで、内容は千石ですら解読不能となっていた。
(・・・・・・よかった空で憶えてて)
憶えてなかったら1からやり直しだった。
「もっかい歌ってみる?」
「うん。いい?」
「そりゃもちろん」
という事で、もう一度歌ってみた。周助は、今度は目を閉じじっと聞き・・・・・・
ふっ・・・と笑った。
「・・・・・・・・・・・・何?」
「え・・・?」
「今周くん笑ったでしょ!? 笑わないでって言ったのに!!」
「そ、そんな事ないよ!! ただちょっと―――」
「馬鹿っぽくって笑える?」
「じゃなくって。
ちょっとね―――
―――――――――――羨ましいな、って」
「・・・つまり?」
尋ねられ、周助は上を見上げた。もちろんこんな事をしても見えるのは天井だけで、実際上の方にあるという事でもないのだが。
「僕のいた天界じゃね、
―――恋愛・・・って、なかったんだ」
「え・・・?」
「なまじ相手の心がわかっちゃう同士だからかな? ちょっといいなって思っても相手の心詠んですぐ幻滅。前はそれでもあったみたいだけどね、僕の生きてる今じゃもうほとんどないな」
「なら、相手の心なんて詠まなきゃいいじゃん。そういう風にも出来るんじゃないのかい?」
こちらも至極当然の返答だ。自分もそう思う。だが、
「姉さんがこんな言い方をしてたよ。『パンドラの箱を開けるカギを持っていたとしたら、いつまで開けずにいられる?』って。
何人も何人も人間を見ていく中で、そういう人にも当たった。みんな怖いんだよ。『あの人は本当に自分の事が好き?』『浮気してない?』『もう自分には興味ないんじゃないか?』。
誘惑に、不安に勝てず禁を犯す。メールを見る。後をつける。無理やり問いただす。試す。脅す。
―――天仕だって人間と変わらないんだよ。携帯を覗き見るのと同じ感覚で心を覗き見る。
もちろん防ぐ方法だってある。でも見せなかったらむしろやましい事がある証拠だって思われる。みんな疑心暗鬼になるだけなんだよ僕らは」
「じゃあ『羨ましい』っていうのは・・・」
周助が苦笑を浮かべた。それこそ泣きそうな笑みで。
「人間っていいね、『恋愛』が出来て。見てて思うよ。
お互いに想い合ってる2人がいるんだ。天仕同士ならすぐに結ばれて終わり。なのにお互い気付かないんだ。よっぽど僕は教えてあげようかって思った。
けど違うんだ、恋愛って。『どうやったら相手が気付いてくれるのかな?』『どうやったら自分を見てくれるかな?』。すっごい考える―――すっごい『頑張る』んだ。
確かにこれは疲れるかもしれない。でも考えてみて。そうやって、結ばれた時の感動。すごく嬉しいと思うよ。努力して手に入れたものだもの。相手のこと、本当に大切に出来る――――――愛せると思うよ。
だから『頑張る』んじゃないかな?」
いつの間にか、笑みには力が篭っていた。もう彼は泣かないだろう。
だから千石は問い掛けてみた。
「周くんは、心は詠めない方がいいと思う?」
「どうだろうね。どちらともいえない・・・のかな。詠めなければ、すれ違ってそのまま終わるかもしれない。でも・・・」
「『でも』?」
くすっ、と周助が笑った。
「―――心が詠めたらきっと、『彼』はまた違うように動くんだろうね」
言われ、はっと気付いた。
彼は―――自分はなぜ頑張る? 疲れはしないのか? 嫌になったりはしないのか? そこまでする価値はあるのか?
頑張るのは、本当にそれが欲しいからだろう?
(なんだ。テニスと同じじゃん)
勝敗の見えない勝負だから頑張る。いつかは勝てるように。たとえ負けたとしても、諦めなければ次はある。次は勝てるよう、策を練り練習をする。
もしも最初から勝敗が決まっていたら? やる気なんて沸かないだろう? 頑張ろうなんて思わないだろう?
「よし!」
「な、何!?」
突然立ち上がった千石。驚く周助の手を取り、
「思いついたよ歌詞!! ありがとう周くん!!」
「ホント!? よかった〜・・・」
これまた、周助は本当に嬉しそうに笑ってくれた。
「聴かせて聴かせて!!」
「あちょっと待って。忘れない内にメモメモ―――」
「大丈夫だよ。僕が憶えてるから」
「でもさっき2回聴いた・・・」
「今度はちゃんと1回で憶えるから!」
「んじゃあ―――最初の部分だけね。その後サビに入ってラスト。そこら辺はもう憶えてるから。
じゃあ行くよ〜」
「うん」
もしも心が見せられたなら どんなにどんなにいいんだろう?
見てよ俺の心 笑っちゃうくらい君でいっぱい
でも残念 心だけじゃ伝わらないんだ
だから俺は動くよ
転んだって 空回ったって
君の前では俺が俺でなくなる
アガってドモってコケてオチて
いやいやまだまだめげないよ
だってそう決めたんだ!
君の前では俺が俺でなくなる
アガってドモってコケてオチて
それでも這い上がってまたスタート!
君に伝わるその日まで
体当たりのこの恋
いつかきっと伝わるよね?
伝わったら一緒に笑おう 無様に藻掻いたあの日の自分
そして一緒に言ってくれる?
「だからそれが恋。わかったらさっさとレッツゴー!」
「―――ああなるほど。そういうオチだったんだ」
「『オチ』って・・・・・・。
でもって憶えた?」
「え・・・? と・・・・・・」
「・・・・・・。
いや、まあいいよ。1回歌ったら整理出来たし」
「じゃあこれで出来上がりだね!」
「だね。
ありがとうね、周くん」
―――2千石編後へ