ここで誓う。
―――俺はぜってー、お前を幸せにする―――
Fantagic Factor
−幸せの要因−
3. 周助についての物語 <プロローグ>
跡部景吾は跡部財閥の総帥息子であり、また自ら立ち上げた『氷帝グループ』のトップである。親譲りの才能を遺憾なく発揮する彼。その稼ぎは長者番付の上位に食い込むほどだ。さらに顔もよく誰の目も引くが今だに未婚。恋人もなし。
つまり、
―――彼は非常に話題にしやすい人物である。
ζ ζ ζ ζ ζ
家のあるマンションまで帰ってきた―――途端記者に囲まれた。
「跡部景吾君ですよね!?」
「すいません! 質問したいんですけど!!」
方々からかかる声。残念ながら聖徳太子ではないためいっぺんに聞き分けるのは無理だった。が、
(またか・・・)
大体の予想はつき、跡部はため息をついた。
このように騒がれた事は過去何度か・・・何度も・・・あった。財産数十億円と噂される自分。気になるのはその『夫人』になるシンデレラガールが誰か、らしい。
それに関してはもう何も言わないが、どうしても1つ言いたくてたまらない事がある。
(なんで俺の金が数十億こっきり扱い受けてんだよ・・・!!)
なぜ揃いも揃って一桁間違える!? これでは自分は半端に稼いで自慢してる成金野郎ではないか!!
・・・そう言いたくてたまらないのだが、そんなことを強調すればますますただの小金持ち馬鹿扱いを受けるので懸命に堪えている。多分同じ理由で稼ぎのほとんどを使っていないから、余計財産が少なく見られるのだろう。
(つっても・・・使う理由なんてねえしなあ)
衣食住は全て確保している。ブランド品で全身を包むよりバーゲンTシャツの方が動きやすい。装飾品は邪魔だ。ギャンブルは千石の十八番だし、ヨットも別荘もあったところで使わない。車なんて普通に走れば十分だろう? 世界の珍味高級料理もいいが佐伯が捕ってくるアサリも十分美味い。
―――こんな感じで、跡部は金持ちにあるまじき庶民的思考の持ち主だったりする。
ぼーっとしながら聞き流す。こんな時には何を言っても無駄だろう。教室で騒ぐ生徒らに向け、教師はどれだけ声を嗄らし叫んでいる? 雑踏を前に「静かに歩け」と命令する並の不可能さと不毛さだ。
だんだん疲れて騒ぎも収まってくる。ようやっと『声』が『声』として聞こえた。
「最近女性と同棲してるって本当ですか!?」
「嘘だろ」
即答する。家にいるのは全員男だ。
「どーせまたアレだろ? 清澄だの虎鵜だの見間違って騒いでんだろ? 言っとくがな、
―――なんで俺があんなヤツらと騒がれなきゃなんねーんだよ!! アイツらが俺の恋人なんぞ死んでもごめんだ!!」
「ほおおおおおお・・・・・・」
どがっ!!
「うおっ!?」
拳を握り締めそう主張する跡部。その頭を回し蹴りが襲った。
いつからそこにいたのだろうか。騒ぎに気配を紛れさせ、いつの間にか背後を取っていた佐伯が優雅に脚を下ろし微笑んでいた。
「随分な言い振りだなあ跡部。俺はこんなにもお前を愛しているというのに」
「この行為のどこをどう見りゃそういう台詞が沸いて出んだ? ああ?」
「これも1つの愛情表現だな。ついでに清澄と十把一絡げに扱われた事に対する抗議」
「はああああああ・・・・・・。コイツの相手になるやつぁ大変だなあ。変態同士じゃねえとなあ。なあ清澄」
「ぅええ!? 俺!?
いや〜確かに虎鵜くんも見た目いいと思うけど性格がちょ〜っとなあ・・・。お付き合いすんだったらもーちょ〜っとマシな子と〜・・・・・・」
「そーかそーか清澄。お前もそんっなに俺の愛を受けたい、と」
「あのすいません・・・。『愛』ってそんな、ごきごき骨鳴らす類のものじゃないよーな気がするんですけど・・・・・・」
「いやこれも立派な『愛』だぞ? 何せ俺は人を苛めるのは大好きだ」
『「愛」じゃねえ/ない!!』
即座に叫ぶ被害者2名。呆気に取られていた記者の中で、
割合冷静だった1人が声を上げた。
「今回はそうじゃないんですって! しっかり証拠写真もあるんですよ? あなたが茶パツでショートカットの子に見送られて家から出てくる写真が!!」
「茶パツで・・・」
「ショートカットの・・・」
「子・・・・・・?」
3人別々に呟く。該当する人物は―――
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いたじゃん」
千石がぽんと手を打ち、佐伯が肩をコケさせ、そして跡部が携帯を手に取った。
「あのなあ、ソイツもコイツらと同じで同居人だ。でもってソイツも男だ」
「そんな馬鹿な! だってどう見たって少女でしたよ!?」
「それにあんなに仲良さげにしてましたし!!」
なかなか信じない記者ら。元から期待はしていなかったので、跡部は呼び出した番号へと電話をかけた。液晶部に浮かぶ名はもちろん―――<周助>。
15回ほどコール音がし、
《ふぁい・・・。ひゅーふけれす・・・・・・》
いやに舌足らずな声に眉を顰める。確かに見た目は子どもだし長年生きている割に中身はそれ以上に子どもだが、それでもここまでではなかったような気がする。
(酒でも飲んだか・・・? いや、飲むなっつってんだから飲んでねーよなあ・・・)
かつて面白半分で千石が勧め――――――そして彼らは地獄を見た。
“天仕”というのは人の心を詠む事が出来る。そうして、相手が望んだ事を叶えるのだという。ではなぜそれだけで人間を幸せにする事が出来るのだろう。いくら心が詠めようが、叶える力がなければ意味がないだろう? 努力して叶えられるものならまず本人が叶えているだろうに。それでも天仕がそれを行える理由は・・・
―――というのの答えを知ったのがその時だった。天仕というもののもうひとつの特殊(いや彼ら種族にしてみれば普通か)能力に、“伝心”というものがあるらしい。自分の心を相手に伝えるのだ。人間でもごく稀に『心が通じ合う』事があるが、天仕の場合さらにそれが大規模かつ強力になる。『心の垂れ流し』とでもいうのか、相手が望む望まないに関係なくそいつの気持ちに同調・感染する。多分天仕というのは、これらの能力を駆使しカウンセラーのような働きをするのだろう。
さてでは、酒飲みの心が直接入ってきたらどうなるか。
・・・最悪だった。泣き笑い怒り騒ぎ絡みその他エトセトラ。普段周助はそれらが伝わらないよう制御しているのだろう。酒でタガが外れた感情が全て流れ込んできた。『攻撃』としか呼べないそれらを喰らい、完全に回復するまで1週間かかった。それ以来、彼は酒は絶対厳禁となった。唯一の救いは、周助は元々相当強い事か。でなければこの間のような食事会になど連れていくワケがない。あそこでコレが発動したら大変な事態になっていた。
(後は・・・・・・
――――――ああ)
上を見上げ、ようやく思い至った。今は夜10時だった。頑張って起きた成果らしい。通りで出るのも遅かったワケだ。
「周か? 俺だ」
《けー?》
「今マンションの前いんだけどよ、お前今から外出て―――」
「不可」
どがっ!! Part2
再び倒れた跡部。今度は復活を待たず、佐伯は彼の襟首を掴み上げた。
顔を寄せ、囁く。
「今お前何しようとした?」
「ああ? だからここに周呼ぼうと―――」
一番簡単な解決法だ。本人が否定すれば向こうもどうしようもないだろう。
が、なぜかそれを聞き、佐伯はますます顔を引きつらせた。
「どうしたよお前? 周が人目にさらされんのが嫌だってか?」
だったら今誤解解かねーと余計さらされるハメになんぞ? と続けようとして、
その声はあっさり掻き消された。
「その通りだ!!」
彼にしては珍しい大絶叫。耳を押さえる跡部に、
「周ちゃんの今の姿考えてみろ!! 寝ぼけ眼にだぶだぶパジャマ! 足にはふかふかくまさんスリッパ! 手にはやっぱりくまさん抱き枕!!
それが目ぇこしこし擦って出てくるんだぞ!? 『うみゅ〜・・・』とか言いながらふらふらしてんだぞ!?
これで惚れなかったら人じゃないだろ!?」
『――――――っ!!!???』
跡部と千石、2人のバックに稲妻が疾った。
慌てて携帯を握り締め、
「待て周待て!! ちゃんと着替えて顔洗ってから来いよ!?」
「目覚ましココアも忘れないでね!! あ! 抱き枕は置いてきてね!!」
「1時間くらいだったらのんびり待ってるからね!!」
ζ ζ ζ ζ ζ
「・・・・・・・・・・・・何をやっているんだアイツらは」
仕事を終え、その男は意外と可愛らしい寸胴マグカップ片手にテレビで夜のニュースを見ていた。話題が芸能などになり、興味はないため新聞に目を落とそうとしたところであの話題。
旧友の名を聞きちらりと顔を上げれば、やっているのは毎度恒例ワケのわからない騒動。
とりあえず息災だというのを確認し、再び新聞に目を落とそうとして・・・
「・・・『周』?」
彼らからは聞いた事のない名。彼ら以外からは聞いたことのある名。
―――本人から、聞いた名。
「『茶パツでショートカットの子』・・・・・・
―――――――――――――――――――――まさかな」
口元に微かな笑みを湛え打ち消す。かつて自分の元に訪れた彼が、まさか今度は彼らの元へ行くなどそんな偶然が・・・・・・
「あるわけない・・・のだろうな」
苦笑し、彼はテレビを切った。
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